「何を言っているんだ。そんなこといくらなんでも」
「しかし、決して不可能ではありません。質量兵器としての役割を果たすならコロニーでなくても問題はないはずです。しかも、『ペズン』ほどの小惑星であればジャブロー蒸発は避けられません!」
(正気なのか連中は!?奴らにとっても地球は故郷だろう。それをやるというのか。薄汚いスペースノイド共め!!)
「中将!参謀本部より、至急迎撃せよと矢のような催促です。」
「今は提督と呼びたまえ。・・ともかく、艦隊の編成は終了したのか?」
「現在、90%完了しております。後は、ルナⅡ方面からの艦隊が合流すれば」
「時間が惜しい。この戦力で動こう。発進準備をさせたまえ!」
シーサンが行う予定であった『月の夜』作戦。
サイド3所属の無人資源衛星を艦隊砲撃によって攻撃、全コロニーを恫喝することを目的にしてた。
ただ、それでも態度を軟化させない場合、艦隊を二手に分けて重要拠点への攻撃に移る手筈であった。一隊は、月のグラナダ攻撃。もう一隊は、ソロモンへの足止め攻撃である。
本命はグラナダの拠点破壊および占拠であるが、あわよくばソロモン陥落もできれば状況は有利になるはずであった。
だが、状況は完全に後手に回った。まさか隕石落としを実行しようとは。
「準備はさせるが、事実かどうかの確認は必要だろう。まだ陽動の可能性もある。ここはルウム周辺で事実を確認してからでも問題はないはずだ。」
だが、その直後に再び連絡が入った。
サイド5から合流したばかりの友軍が、ここに来る途中、ジオンの艦隊とすれ違ったという内容であった。シーサンはその相手を批判したが、ムサイをはじめとした精鋭艦艇であることが確認できたため、無駄な戦力浪費を避けて合流したといわれればいささか酷なことでもあっただろう。だが、無視できない情報をもたらしてくれたのは事実である。
(こちらの合流部隊と接触している?つまり、既にパルスエンジン取り付けを完了して移動する体制に入っているのか?そのための護衛用の艦艇?ええい、情報が少ない。役立たずの参謀本部の連中!)
その後、各所からの連絡をまとめたところ一つ有力な情報が入った。
これも合流したばかりの部隊からの報告で、コロニー公社の民間作業艇が巨大衛星が多数の艦隊に護衛されてルウム方面に向かっているという内容であった。同コロニーの公社には確認が取れたので間違いない。つまり、ルウムを経由して地球に落下させるつもりのようだ。
「提督!ことは一刻を要します。これを放置すれば参謀部の予想通り、ジャブローが灰塵に期することになります。それだけは避けねばなりません!」
「その通りだ。いかに護衛があるとはいえ、数の差は変わらん。ルウムで迎え撃つ。」
かくして、これは作為かそれとも必然というべきか連邦軍艦隊はルウムに向けて行軍を開始した。
一方、その頃、マフティーは一部のメンバーを率いてサラミス級巡洋艦『パーメルン』の格納庫にいた。そこにはザニーとはどこもかしこも違う機体が3機ならんでいる。
これこそが、現在の『クレイモア』の一般兵用MSとして支給・生産された機体である。
ジム・コマンドと前世では言われていた機体。ザニーの件があってから機体開発と生産には特に注意を払うようになったため量産は困難となったが、その一方で突き詰めた開発を行えるようになったため出来上がった機体である。
その正式装備は以下の通り、ザニーよりも充実している。
主武装 ビームサーベル、ビームガン
固定補助 60mmバルカン
左腕シールド装備(任意で取り外し可能)
(いずれはこれの簡易版をエビルにでも設計図付で流してやれば地盤も安定するだろう)
もっとも、このジム・コマンドはザニーでの運用データを見直して機体フレームの構造変更や軽量化を進めることで機動力と運用効率を高めたものだ。
結果的に、前世の1.5倍にもなる総合性能を獲得したのである。
それを考えても、渡す際は前世と同様程度のデータをまず渡すべきかもしれないと感じるほどよい出来だ。だが、その一方でこれがどこまで通用するかは疑問でもあった。
確かに高性能な機体である。
ビーム兵器の小型化は敵にまだない技術だろうし、連邦にもまだ教えていない。
だが、基本的な性能は敵に軍配が上がる可能性は大いにある。
「どうしました?大佐殿」
「気にすることはない。少し不安なだけだよ。」
「そんなに私たちは頼りなかったでしょうか?」
「いや、君たちパイロットではなくMSの方が問題だと思ってね。」
ちなみにマフティーは便宜上、エビルから大佐としての地位を借りている。
まあ、もらったという方が正しいかもしれないが。
それに伴い、エビルから送られてきた優秀なパイロットが今、彼と話している人物だ。
『チョップ・アベル』。前世では『チャップ・アデル』と言われていた。
『不死身の第四小隊』の一角を担った一人で『デラーズ紛争』時は最後まで生き残ったアルビオン所属のMSパイロットだ。
性格と技術の両方がそろった稀有な人物だとマフティー自身も思っていた。
だが、他の二人はいささか問題の2人が送られてきたのだ。マフティーにとって現在、最も頭を痛めている内輪の問題である。
「なんだい、辛気臭い顔をして。やめなよ、不幸が移るじゃないか」
「ヒュー、女は怖いな。というか、ここは正規軍じゃなかったのか?女や子供に戦争ができんのかね?」
「もう一度言ってみな。そこの木箱に突っ込むよ!!」
態度が強く、相手にもの自負しないようなのは『カレン・リュシア』。前世の『カレン・ジョシュア』である。前世では東南アジア戦線で活躍したパイロットで、かなりの腕と豪胆な性格の女性だ。この後世においては東南アジア戦線自体が無く、現在はジャブロー所属のパイロットとして今回の作戦に振り分けられた。
今一人の軽い口調に、不満をにじませた意見を隠すことなく話す男は『バルキット・ビリオ』。前世の『ビルキット・ピリオ』である。本人に自覚は無いようだが、彼もマフティーと同様の転生者である。
彼は本来、UC0123年に勃発した『コスモバビロニア建国戦争』で戦死した連邦パイロットである。その戦争での彼の評価は一言。『地味』である。
それなりの敵を撃墜しているし、バグ散布まで生き残ったことを見てもそれなりの腕はあったようだが、とにかく目立たなかったらしく本人も語ろうとはしないことから余程のことだろう。
ただこの二人、相性が悪い。火と油の関係だ。
バルキットがカレンをおちょくるたびにカレンが鉄拳を浴びせながら口撃を加えている。
怪我だけはしないでほしいものだ。
「二人とも、それぐらいにしておけ。作戦行動中だ」
「お、さすが隊長。いいタイミング」
「口をふさがないとその首、かっ飛ばすよ!」
何とも凸凹なメンツだ。時代、場所、乗機とも前世はバラバラときた。
まあ、ジムは大抵の者に問題なく乗れるように設計されてるから大丈夫だと思うが。
「ところで、隊長は我々とはずいぶん違う機体だと見えますが。あれは?」
「みんなが使っている機体の次世代型試作機らしい。性能は保障付だが隊長機用の機体に生産検討されてるということで俺が試乗することになった。」
次世代型テスト機 ジム・アウトサイド
主武装 ビームサーベル
ビームライフル・携帯用ハンドグレネード付
補助兵装 60mmバルカン
収納式肩部270mmキャノン×1
頭部分はジムの物だが、肩にマウントされたキャノンは前世ガンキャノンに近いものだ。
ジムコマンドの火力不足を補うためにグレネードやキャノンを試験装備させているらしい。
また、胸部部分を大幅に簡略化することでプロペラントスペースを確保し、機体の持続運行能力を向上させている。
武装・スペックから言って現在のMSの最高水準であることも伺える。だが、それでもマフティーは不安を拭えない状態である。
(前世よりも明らかに開戦が早い。それに敵のMS技術進歩の速さ。こちらもMSの開発は急いできたが、前世と同様の差があるのに変わりがない。これは厳しい戦いになるな。)
マフティーは心の中でルウムでの激戦が容易に想像できた。同時に連邦軍がアリジゴクに突入しているように感じたのはニュータイプの直感だったのかもしれない。
前世とは明らかに違う道を歩みつつある後世世界において、彼らは連邦の光となるのかそれともいずれは流れ落ちるはかなき流星か。それはまだ、だれもわからない。