あの最後通告のことは政府内だけで秘匿され、サイド3の情報を収集した。
だが、通告期限3日前になってそれが無駄になった。サイド3から連邦に通告された同様の通信が各サイドに向けて発信されたのだ。
無論、この情報は各サイドに衝撃を与えたが期待の声も同様に多く、連邦は早期の対策をとらなければならないと悟ることになるのである。
一方、サミトフは誤算が重なったと感じていた。
政変による軍部独裁かとも期待していたが、どうやら議会制に近いシステムを採っているらしい。
詳しくは情報不足であるが、サミトフ・ハイマンにとって望んでいた結果ではないのが彼を困惑させた。
当初はザビ家主導のジオンを討伐し、連邦軍の権威を確固とあるものにしてしまうのがサミトフの狙いであった。そのために、サイドへの物資強要や嘆願の無視を決め込むようにジャブロー上層部を誘導していたのだが、当てが外れつつある。だが。
(政変が起きるのは想定していなかった。リシリアあたりの策謀かはたまた別の勢力が関与しているのか?・・まあ、誰であれ問題はない。最後に勝つのは私なのだから。ふふふ)
サミトフの暗い思考は闇に溶けて行った。
同時刻、シーサン・ライアーはやはり打算をはじきだしていた。
開戦となれば実働戦力はもっとも手柄を上げられる配役ともいえる。とはいえ、実戦である以上危険ではあるが、負けはないはずだとも思っていた。
(戦力は圧倒的なはずだ。負けはあり得ない。となると私が死なずかつ敵を完璧に叩きのめせば出世は決まりだ。次は大将昇進もあり得るかもしれん。エビルの悔しがる姿が目に浮かぶようだ。はっははははは!!)
かくして己によっているシーサン・ライアーは死んでいく兵士のことなど念頭にすらおいていないのであった。
一方、エビルは今後どうなるかをさらに注視しなければならなくなった。
現在の政府は自分に艦隊を任せることはないだろう。何より信頼されていない。
それに、サミトフやシーサンがいるのにその必要もないだろう。だが、あの二人だと無益な犠牲が出るのは目に見えている。
「どう思うかねマフティー君。」
そう聞かれた当人はかなり若い。歳の頃は20代前半の落ち着いた印象を与える。
その一方で目つきが芯の強い性格だと主張しており、実にアンバランスな青年だった。
「失礼ながら、今のエビル閣下には止めるだけの力はありますまい。ここは静観するしかないでしょう。それに、まだ負けると決まったわけではありません。」
「しかし、万が一はあり得る。ジオンの将兵は優秀だと君も常日頃から言っていたし打てる手は打っておきたい。」
「・・ではサラミス級巡洋艦かマゼランを一隻用意できませんか?」
「どうするのかね?」
「焼石に水ですが、手持ちの『カード』を一枚切ります。準備ができたら言ってください。物資を担当の部隊に運ばせるので。」
そう言って彼は部屋を出て行った。
昔、転生者だといって接触してきた時から言葉より行動の青年であったが、今は余計にそれが目立つようになっている。だが、助かっているのも事実であった。
『マフティー・ナビーユ・エリン』。
彼は同志たちにそう呼ばれていた。だが、本名も同じくらい有名である。
前世の『ハサウェイ・ノア』。ホワイトベースの元キャプテンである『ブライト・ノア』の息子。
だが、その最後は壮絶であった。
連邦政府の腐敗を糾弾するためにMSによるテロと粛清を断行し、問題の是正を主張するが彼自身は連邦に囚われ処刑されている。
しかも、その情報は処刑後に公表されたが、それが連邦政府腐敗が決定的になったことを主張する情報として各所を席巻した。
連邦政府の弱体化と崩壊が目に見えて始まった瞬間だったといえる。
ただ、当のマフティーはこの世界に転生した。
だが、驚いたのはこの後世で一年戦争以前に転生したことだった。
UC0069年、巡洋艦サラミスのシュミレーター内だ。
銃で処刑された途端、目隠しが無くなり目の前にシュミレーター画面が飛び込んできたときには混乱した。新しいコックピットに慣れていただけに齟齬に苦しんだのは言うまでもない。しかも、偽名として使っていた『マフティー・ナビーユ・エリン』として転生したのである。
最初こそどうするか迷ったが、彼は事実を受け入れた。そして、こう思ったのである。
(おやじがいた連邦とは違った連邦に俺が導く。あんな腐りきったごみ溜めのために誰が人生を棒に振るものか。・・いや、振らせてたまるか!)
それ以降、彼は学生時代の知識を総動員してエビル(当時准将)に接触したのである。
当初は、きちがいの類と思われていたが、具体的な事例をあげたり現在の情勢の問題点を指摘していくと理解してくれたようで以後、協力者といってよい関係になった。
『キリシマ研究所』も実態は連邦側転生者の寄合みたいなものである。
マフティーがそれとなく接触した中から導き出した転生者を率いて作らせた箱ものであった。ただ、まさか横から成果をかすめ取る屑がいるとはさすがに想定してなかったが。
(まあ、それ以降はうまくやってるし大丈夫だろう。所詮は試験フレーム機だ。)
マフティーや研究所の人たちは別にそれほど気にしていなかった。
彼らにとってザニーは取っ掛かり兼一般量産用の看板程度だったのだから。
彼らは研究所閉鎖後、地下で勢力を増加させ軍内部にも独自のシンパを築くに至っていたが、感づいた者はすくなかった。派閥争いが隠れ蓑になったのはまさに不幸中の幸いと笑ったものである。
かくして現在、彼らは『クレイモア』という地下組織を形成するに至っていた。
そして、予想通りの命令が通告期限前日に各所で出された。
作戦名『月の夜』作戦。
計画案:連邦軍参謀部提出。
シーサン・ライアーを臨時中将に昇進させ、艦船を率いて『新生ジオン』をなのるサイド
反抗勢力を恫喝せよ。
という内容の命令が下された。
シーサンは狂喜し、宇宙に上がると同時に艦隊を静止軌道上に集結させた。編成完了と同時に輝かしい一歩になるはずの作戦に夢想を抱いていたのはいうまでもない。
だが、編成完了をまじかに控えた時、参謀部から情報がもたらされる。
ジオンがある『計画』遂行を画策しているというものであった。
『バルディッシュ作戦』。小惑星『ペズン』に核パルスエンジンを複数取り付けてジャブローに落下させるというものであった。