オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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小ネタめいたお話。
話が進まないけど許してください。
エントマちゃんかわゆなんです。だから仕方ないんです。わかってくれますね?エントマちゃん…かわゆ…。


9話

魔宴。

そう表現するしかないこの世の邪悪の全てを終結しても尚足りないほどの悍ましい光景が其処にはあった。

夜空を覆い隠すように鬱蒼と茂った暗黒の森の只中、顔の無い無定形の生物の姿が刻み込まれた古の平石が鎮座する広間にて。

無明の闇に包まれているはずの空間には如何なる魔術の作用なのだろうか?

中空に浮かびつつ回転する非地球的な生命体を象った奇怪な装飾が施された小箱の中から漏れる七色の狂気を湛えた光が、禍々しくも慈悲深い暗黒を追い払いこの世のどんな悪夢より凄惨な光景をありありと照らし出していた。

そこに居たのは如何なる存在か。

永遠の狂気に囚われながらも、人類が持つありとあらゆる知識と勇気を総動員し正確に描写しようとするならば次のようになるだろう。

 

――曰く。それは冒涜の言辞を吐きちらかして沸きかえる、最下の混沌の最後の無定形の暗影。

――曰く。それは粘液質の深淵にて忌わしい分裂繁殖を繰り返す灰色の脈うつ液体じみた塊。

――曰く。それは触腕や長い鼻や蛸のような目を備え、なかば無定形で、一部が鱗や皺におおわれている巨大な闇。

――曰く。それは蛸の頭部を備え、顔はのたうつ触腕の塊で、鱗に覆われたゴム状の体を持ち、四肢には長い鉤爪があり細長い翼を持つ大いなる司祭。

――曰く。それはぞっとするような柔軟さの触腕状の付属肢と手の両方を持った燃えるような三眼を備えた巨大な無定形の生き物。

 

曰く。曰く。曰く。曰く。曰く。

 

暗黒の森の広場にはそれら邪悪の化身が犇いていた。

ある存在は植物的特長を備えた樽状の胴体を持つ謎の生物をその触腕にて殴打し、広場に狂おしき太鼓の連打を鳴り響かせる。

 またある存在は骨にも金属にも見える正体不明の物質で構成されたフルートのような物体を吹き鳴らし、か細い単調な呪われた音色を奏でる。

それら正気を打ち砕く冒涜的な音楽に紛れて、金切り声を上げる女と、苦痛に呻く男の声で歌い上げられる狂気の賛美歌が森の奥底から流れてくる。

その賛美歌を破滅を齎す触腕を振り乱しながら唱和し踊り狂う邪悪なる者共の前に、一体の異形が躍り出た。

大量の血液にて清められた冒涜的な象形文字、彫刻や巨像、浅浮き彫りに覆われた巨大石柱で出来た祭壇の上から、邪悪極まりない饗宴を見下ろすその影は腕にも似た器官を大きく振り上げると甲高い鳴き声を上げた。

それに答えるように広場の邪悪達から怒号のような声が湧き上がった。

 

「Ia! Ia! Atlach-Nacha!」

「Ia! Ia! Atlach-Nacha!」

「Ia! Ia! Atlach-Nacha!」

 

 それはかの存在を讃える祝詞だった。

この場に犇く人類の想像も及ばぬ力を内包する邪悪共の全てが祭壇に立つ黒い影に傅きその至高なる存在を讃えているのだ。

中空にて回転する黒き結晶体を抱する小箱から放たれた一条の光が、邪教の祭壇を照らし、そこに君臨する神の姿を浮かび上がらせた。

そこには、全身で崇拝を受けるクーゲルシュライバーの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ。懐かしいな。ギルド【HPラブクラフトいあいあ愛好会】主催、ユグドラシル夏の納涼邪神だらけの盆踊り大会」

 

巨大な鋏角にむしゃぶりつき熱心に唾液を塗り込んでいるエントマの頭を撫でながらクーゲルシュライバーは惚れ惚れするように呟いた。

ここはクーゲルシュライバーの自室の応接間。闘技場での検証を終え、モモンガによる星に願いをの検証結果を確認したクーゲルシュライバーはその結果に満足し、自室に戻ってムービースクロールの鑑賞を行っていた。

ムービースクロールによって映し出される記録映像はユグドラシル時代とは違ってよりリアルさを増していた。

 その事にクーゲルシュライバーは自分の作品を勝手に修正されたような不快感を覚えつつも、より迫力ある映像となった事を喜んだ。

なにせ映像に出てくる旧支配者達はまるで本物のような邪悪さと恐ろしさなのだ。

完璧にR-18になるであろうグロデスクな邪神たちが楽しそうに跳梁跋扈する様は、もしも普通の感性を持つ人間であったらトラウマになってもおかしくは無いショッキングな光景である。

 この手の光景に慣れているクーゲルシュライバーであっても本来は余りの恐怖に視聴を止めるところであるが、深淵の大蜘蛛(アトラク=ナクア)になった事で感性が変化してしまったのだろうか? 

同時多重SANチェックによりSAN値直葬されて然るべき恐怖を目にしても、出来のいい映画を見る程度の感情しか湧かなかった。

 

(それにしても懐かしい。邪教の神様気分が味わえるっていうんで参加者全員と交替しながら祭壇に上がったんだよなぁ。あのシャイニングトラペゾヘドロン型ミラーボールの出来も良かったし、祭壇もすごい作り込みだった。ユグドラシルに存在する全旧支配者の文様が描かれてるなんて流石は100年以上続く愛好会をバックボーンに持つギルド主催イベント。タブラさん参加できなくて悔しがってたなぁ)

 

盆踊り大会の最後に行われた「燃える三眼」と「炎の精」によるお互い<恐怖を喰らうもの>を全力使用したガチンコバトルで会場だった暗黒の森が全部焼けてしまい、そこを狩場にしていた他のプレイヤーから抗議がきたのもいい思い出だ。

最終的には参加者全員が<恐怖を喰らうもの>を発動させて他プレイヤーをフィールドの彼方へと吹き飛ばし、焦土となった森で壮絶なPVPを行うという阿鼻叫喚の珍事に発展したのだが、アレもまた今考えてみるとユグドラシルというゲームを象徴する実に自由かつ混沌とした事件だと言えるだろう。

 

(タイムアウト後のクールダウン中に祭りだとばかりに大挙した上位プレイヤー達に皆まとめて討伐されたっけ。主催ギルドのマスターが、おのれ旧神!我らは必ず蘇えるぞ!正しき星辰の揃うその時まで、束の間の安寧を享受することだな!なーんて言ってあの場に居た全員が大笑いしたんだよな。まったく気のいい連中だった)

 

狩る側も狩られる側も皆楽しそうだった。

そういえば邪神討伐に参加していたプレイヤーにはたっち・みーも居たような気がする。

主催ギルドのギルマスである「沸騰する混沌の核」を討伐したのも「正義降臨」のエフェクトを背後に展開したたっち・みーだった……はずだ。

リスポーンした後に普通の人たちに迷惑かけちゃだめでしょうとちょっぴり怒られた記憶があるので間違いではないだろう。

在りし日のたっち・みーの姿をしみじみと思い出すクーゲルシュライバー。

その優れた聴覚が微かな音をとらえた。

 

 

「……ぁ……ぁ」

「うん?どうしたシクスス」

 

隣に侍る、ようやく名前を思い出したメイドが発するうめくような声にクーゲルシュライバーは気分が悪くなったのかと心配して声をかける。

 

「いあ……いあ……あとらくなくあ……いあ……いあ……くーげるしゅらいばーさま」

「えっ」

 

シクススの様子が変だ。

声をかけられたシクススは瞳孔の開ききった光の無い目を恍惚に震わせ、ひび割れた笑みを顔に浮かべつつクーゲルシュライバーを見つめ祝詞を唱えていた。

――シクススのクーゲルシュライバーを見る目がおかしい……。

 

(え、なにこれ。洗脳? 発狂? なんかよくわからんがそういう感じのやばいアレだコレー!?)

「んぷへぇあっ……クーゲルシュライバー様ぁ。シクススはぁ、幾多の邪神を従えるクーゲルシュライバー様の偉大なるお姿を見て感動しているんですぅ」

 

クーゲルシュライバーの体から銀糸を引きながら顔を離したエントマが甘ったるい口調でそういった。

仕事モードの切り替えは完璧なエントマがこのような無礼にあたる言葉を主人に対して使うのには理由がある。

エントマの仕事ぶりを気に入ったクーゲルシュライバーから毛づくろいをしている間だけ普段プレアデス同士でするのと同じように喋れと命令されたのだ。

変態的奉仕をしている時だけ、素の自分をさらけだしてよいという命令にエントマは更に倒錯感を深めているのだが、そんな彼女の心情にクーゲルシュライバーは全く気付いていなかった。

 

「……そんな感動するほどの事でもないだろう」

「クーゲルシュライバー様からすればそうでしょうけどぉ、私達仕える者からすれば感動するのは当然の光景なんですこれはぁ」

 

そういうものなんだろうか?いや、エントマの言う事にも一理ある。

ようは、勘違いなのだ。

きっとエントマとシクススは、クーゲルシュライバーこそが旧支配者の頂点に立つ総帥であると勘違いしている。

確かにあの映像を見ればそう思うのも仕方ないだろう。

だが実際はアトラクナクアはそんな高位の存在ではないし、そもそもかわりばんこで崇拝ごっこしているだけなので彼女達の思っていることは全くの見当違いなのである。

しかし――。

 

(いちいち誤解をとく必要もないか。都合がいい方に勘違いしてくれるならそれでいい)

 

強大な主たらんとするクーゲルシュライバーはあえて彼女達の勘違いを放置することにした。

彼女達の口からナザリック内にこの噂が広がれば、更なる忠誠が得られるだろうと期待して。

 

「そうか。まぁ今はああいう信徒達は居ないのだがな」

「……では、クーゲルシュライバー様を崇拝する信徒を増やしますか?」

「よい。そのようなことをせずとも今の私にはお前達がいる。私に忠誠を誓い、無私の奉仕をするお前達がな」

 

クーゲルシュライバーは人間の上半身が生えている辺りに居たエントマを勇気をだして左の擬腕で抱き上げそういった。

巨大な手がエントマの細い腰を掴み上げている。

掴んだその手から一瞬、なにか硬質な蓋が閉まるような妙な感触が伝わってくるが、更なる忠誠心の向上のために恥ずかしい演技を敢行しているクーゲルシュライバーはその事に気を向ける余裕はなかった。

 

「私の可愛いメイドよ。我が奉仕種族よ。私はかつての信徒に傅かれるよりも、お前達に仕えられる方が嬉しいのだよ」

「あぁ……クーゲルシュライバー様ぁ……」

(よっしゃいける!このまま口説き落とすんだ俺!)

 

別に口説くのが目的ではないのだが、蕩けるような雰囲気を醸し出すエントマの姿に当てられてクーゲルシュライバーは本来の目的を半ば忘れ、余計な事をしようとしていた。

興奮しているのだろうか?小刻みに高速振動するエントマの顔にクーゲルシュライバーは右の擬腕を添え、彼女の本当の顔を覆う蟲を取り外した。

人間であればおぞましいと感じるだろうエントマの蜘蛛そのものである素顔が外気に晒される。

実を言うとクーゲルシュライバーも内心ちょっと引いていた。

 

「あっ!す、すみませんクーゲルシュライバー様、仮面蟲をお返しくださいませ。御見苦しいものを至高の御方にお見せするわけには……」

 

焦るように言葉を連ねるエントマに、彼女の胴体を握る手の力を一瞬強める事で中断させると、クーゲルシュライバーは八つの赤光を放つ擬頭をむき出しの蜘蛛の顔に近づけ囁くように言った。

 

「見苦しいなどと言うなエントマ。つやつやと輝く円らな単眼は八つの宝石のようで、力強い顎は鋭く尖りとても健康的だ。顔についた小さな肢は繊細かつ可憐でこの私自ら毛づくろいしてやっても良いほどだぞ?エントマよ、お前は知らなければならない。素顔のお前は、美しいのだ……」

 

トドメとばかりにエントマの口元に生えた小さな肢を擬腕の指で小刻みに撫でた。

人間であれば唇をなぞるのに近いだろうと判断してやった行為である。

 

完璧だ。クーゲルシュライバーは自画自賛した。

歯が浮いて総入れ歯にしなければならないレベルのセリフを堂々と演技(ロール)仕切った彼は羞恥を感じる以上に達成感に満ち溢れていた。

これがTRPGのセッションであれば、色んな意味で空気を読んだGMが対話判定に修正値を与えてくれる……そんなレベルの完成度だったとクーゲルシュライバーは確信している。

現実の女性にはトコトンもてなかったが、ゲーム中では熟練のジゴロである。

その自負の下、クーゲルシュライバーは余裕を持ってエントマの様子を観察した。

 

「……」

(あ、あれぇ?反応がないぞおかしいな!?)

 

エントマはピクリとも動かなかった。

表情のない蜘蛛の顔からは彼女がなにを思っているのか窺い知ることは出来ない。

もしや、やりすぎたか!?

そう思い緊張に身を硬直させるクーゲルシュライバー。

エントマとクーゲルシュライバーがピクリとも動かず、物音一つ立てないその横で、シクススの「いあいあ」という恍惚とした声だけが部屋の静寂へと溶け込んでいく。

どれだけ時間が経過したのだろうか?クーゲルシュライバーがそう思った時、エントマの顔に添えた右手に小刻みな振動が発生した。

 

(……ちっちゃい肢で叩いてるのか?)

 

抱き上げられたエントマは口元から生える肢でクーゲルシュライバーの指を高速で叩いていた。

クーゲルシュライバーは考える。

これは蜘蛛的に考えてどういう行為なのだろうか?

 

(……わ、わからん。あの図鑑、体の構造とか色んな種類の蜘蛛の写真が載ってたけど、生態についてはさっぱり書いてなかったんだよなぁ)

 

いまいち役に立たない図鑑を罵倒しつつ思考をめぐらせる。

蜘蛛的にどういう行為かわからないのであれば、人間的に考えてみてはどうだろうか?

相手は蜘蛛人。半分ぐらいは人っぽい常識が通じるのではないかとクーゲルシュライバーは思ったのだ。

 

(添えられている指を高速で叩く……叩くということは、つまりあれか!?この手を離せという事か!?控えめかつ奥ゆかしいなおい!)

 

その考えに至ったとき、クーゲルシュライバーは敗北感に打ちひしがれた。

やはり、此処はリアルの世界。ゲーム内で鍛えた口説きスキルは通用しないのか?

些か調子にのって性急にすぎたのかもしれない。

これ以上の拒絶をされる前にと、クーゲルシュライバーはエントマを床へと降ろした。

それを待っていたようにカサカサと仮面蟲がエントマの顔めがけてよじ登っていく。

次の瞬間にエントマは何時も通りの無機質な微笑みを湛えた美少女の姿へと戻っていた。

 

「……さて、そろそろシクススにも普通の状態に戻って貰わねばな」

 

何事も無かったかのようにエントマに背を向け、クーゲルシュライバーはシクススのメイド服をまさぐって持たせておいたハンカチ型アーティファクトを取り出した。

闘技場に行っている間に洗濯したのだろう。付着していた体液が綺麗さっぱりなくなっている事を確認すると、クーゲルシュライバーはそれを使ってシクススの顔を優しく拭う。

 

そんなクーゲルシュライバーの後ろ姿をエントマはただ無言で見つめていた。

彼女の擬毛だけが、へにゃりと力なく垂れ下がっていた。




ごめんね。病気なんだと思ってください。
エントマちゃんがかわいいのでどうしてもちょっかい出したくなるんです。
だってエントマちゃんすっごい乙女なんだもん。
突然の事に驚きながらも勇気を出してタッピングしたのに冷たく無視されてションボリするエントマちゃんマジかわゆ。
あ、タッピングってメスでもする時あるんですよ!体格差のある蜘蛛の雌雄の場合、食い殺される恐怖から中々仕掛けられない雄に雌からタッピングするっていう光景が結構みられるんですねぇ。やっべぇ超萌える。

これで子持ちってんだからたまらんですよね!


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