オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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4話

「モモンガ様っ!」

 

自動ドアのように完璧なタイミングで開かれた格子戸を潜って闘技場へと足を踏み入れた瞬間、

モモンガの視界に金色の髪がうつりこむ。

焦りを感じさせる声で己の名を呼ばれたモモンガはすわ奇襲かと杖を握る手に力を込め――。

 

「モモンガ様!ご無事ですか!?」

 

闇妖精の少女の、モモンガの身を案じる嘘偽りのない言葉に力を緩めた。

 

「アウラか。見ての通り私はなんともないぞ」

 

落ち着いた威厳を感じさせる声動作で両手を広げ無事である事をアピールするモモンガに、この第六階層の階層守護者であるアウラ・ベラ・フィオーラは安堵の吐息を吐いた。

 

「よかったぁ。お声が聞こえたので、モモンガ様の身になにかあったんじゃないかと」

「そうだったか。余計な心配をさせてすまなかったな」

 

まさに余計な心配だった。

アウラが聞いたモモンガの声とは、黒歴史を掘り起こすクーゲルシュライバーに対する制止の叫びだった。

ある意味危険な状態ではあったが、アウラが心配するような事態ではなかったのは確かだ。

 

「そんな!あたしは至高の御方々に仕える者として当然の事をしただけです!だからモモンガ様がそのようなことを仰る必要などないですよ!」

「……そうか。お前のその忠誠心、嬉しく思うぞアウラ」

 

モモンガはその硬い骨の手で美しい金色の髪を傷つけないよう、細心の注意を払って優しくアウラの頭を撫でた。

鋭い指先がアウラの頭皮を微かに引っ掻きながら耳の裏を通り首筋をなぞる。

そして掌全体でアウラの頬を覆い、軽くその頤を上げさせた。

 

言われたとおりにやってみたけど、これでいいのだろうか?

子供とは言え、女性の頭を撫でた経験などないモモンガは、不安を感じながらアウラを見つめた。

その視線の先では、アウラが口を開けたまま絶句していた。

しくじっただろうか?モモンガがそう思った次の瞬間、アウラの褐色の頬に朱が注し、ピンと伸びた長い耳までもが赤く染まった。

 

「はひっ!?あ、あの、こ、光栄でしゅ、じゃなくてぇ!もったいないお言葉です!」

 

なんであたし当然の事をしただけなのにモモンガ様に頭撫でられてるの?

どうしてモモンガ様こんなに優しいの?実はとってもお優しい方だったの?

それともあたしにだけ優しいの?

今までお会いする機会も少なくて、お話も数えるくらいしかしていないのに。なんでいきなり?

というか撫で方がなんかスゴイ!どうしよう!よくわかんないけど、モモンガ様がスゴクスゴイ!

 

特徴的なオッドアイを白黒させながら必死に言葉を紡ぐアウラ。

そんな彼女をじっくり時間をかけて撫でまわしつつ、モモンガは<伝言(メッセージ)>

でクーゲルシュライバーに確認する。

 

『どうですか?』

『見ればわかると思いますけど判定結果白です。混乱しつつもめちゃくちゃ喜んでますよ』

 

<恐怖の本質(エッセンス・オブ・ホラー)>発動中のアクション可能回数が一回分減った事を感覚で理解し、舌打ちをしつつもクーゲルシュライバーが答える。

 

クーゲルシュライバーが取得している<常時発動型特殊技術(パッシブスキル)>の数は一般的なプレイヤーと比べてもかなり多い。

その中の一つである<真意看破>は別のスキルの前提条件となっている為に取得したものだ。

ユグドラシルでは敵のフェイント系スキルに掛かりにくくなるという地味な効果しかなかった。

だが今はそれだけではない。

じっくりと1分以上をかけて人物を観察すれば信頼できそうかどうかという感覚を得ることもできる。

この感覚が本当に正しいのかどうか今後精度を確かめる必要はあるが、モモンガとクーゲルシュライバーはこのスキルを判断材料の一つとして利用してもよいと考えていた。

<常時発動型特殊技術(パッシブスキル)>による判定ならばアクション可能回数が減少しないのではないかという期待もあったのだが、それは裏切られてしまったようだ。

これも要検証だ。

クーゲルシュライバーは心のメモにそう書き込み<伝言(メッセージ)>を飛ばす。

 

『とりあえずアウラは大丈夫そうです。この様子なら弟の方も』

『ええ。良い子に作ってくれたぶくぶく茶釜さんに感謝しなくては』

『ホントに。あ、モモンガさん。そろそろアウラが限界っぽいんで、先に進めたほうがいいんじゃないですか?』

 

クーゲルシュライバーに言われて見てみれば、そこには全身に力を込め、目をきつく瞑り、下唇を噛みながら頭をモモンガに差し出しているアウラが居た。

その姿にモモンガは自分が新入社員にセクハラ、いや、小学生か中学生に万札握らせて悪戯する変質者になったかのような錯覚に襲われた。

かつてのギルドメンバーが残してくれた大切な存在を汚してしまったような感覚にモモンガは小さく呻いた。

 

いや、セーフだ。合法だ。

アウラは喜んでるわけだから、これはセクハラではない。合意の上での行為なんだ。

そもそも俺がこんな変態みたいな事をしてるのは、これがクーゲルシュライバーさんの提案だからであって……つまり俺の意思ではない。

これが事案だというのであれば道連れにしてやるぞクーゲルシュライバーさん。

 

モモンガは多大な精神力を消費しつつ、アウラの頭から手を離した。

名残惜しいかのように柔肌をなぞりながら離れていくモモンガの手の感触にアウラが小さく声をあげた。

 

俺は何も聞いていない。

モモンガはその外見にそぐわぬ艶を含んだ声を努めて無視して話を始めた。

 

「さてアウラよ。私がここに来たのはだな……」

 

 

 

 

 

 

 

「次に各階層守護者に聞いておきたいことがある。皆にとって、私とは一体どのような人物だ?」

 

 

アウラを撫でくり回して赤面させたのちモモンガは実に手際よく確認事項を消化していった。

 アウラの双子の弟であるマーレ・ベロ・フィオーレとの顔合わせも済ませ、フレンドリィファイアと精神作用無効化に関する検証を行った。

その後集合した各階層守護者からの忠誠の儀を受けその忠義が揺るぐことの無いものと知り、帰還したセバスを交えて現在ナザリック地下大墳墓がおかれた状況と今後の動きについて話し合った。

 

そして今。最後の確認としてモモンガは守護者達に問いを投げた。

 

「まずはシャルティア」

「美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方です。その白きお体と比べれば、宝石さえ見劣りしてしまいます」

 

迷い無く答えるシャルティアを見つめ、自分に向けられた言葉をどこか他人事のように聞きながらモモンガはクーゲルシュライバーと<伝言(メッセージ)>を交わしていた。

 

『美の結晶ってなに?俺、骨なんだけど』

『歯並びいいし、そういうのポイント高いんじゃないですか?』

 

 

 

「――コキュートス」

「守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シイ方カト」

 

『ロールプレイ重視でスキル取ってるからシャルティア辺りには普通に負けかねないんだけど』

『相性悪いですよねぇ。私もクリティカル無効なシャルティアは苦手な部類だし、試合とか挑まれると困っちゃいますね』

 

 

 

「――アウラ」

「慈悲深く、深い配慮に優れた素敵なお方です」

 

『深い配慮?なにそれ。ついさっきミスったばかりなんですけど』

『私より全然優れてるから気にしないでください。それよりモモンガさん、アウラが素敵って言ってますよ。こういうのナデポっていうんですよ!』

 

 

 

「……マーレ」

「す、すごく優しい方だと思います」

 

『マーレは無難だな。そうそう、この程度の認識でいいんだよ』

『モモンガさん?マーレの表情見てもそう言えます?いや、本当にモテモテですね』

『マーレのアレはそういうのじゃないでしょ!単に恥ずかしがってるだけですよ!』

 

 

 

「――デミウルゴス」

「賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力も有された方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しきお方です」

 

『誰の話をしているんだデミウルゴス。俺の事を話してくれ』

『そうは言いますけど俺から見てもモモンガさんってそういうところありますよ。デミウルゴスはちょっと過大評価してるだけで』

『俺はただの一般人なんです!勘違いしないで下さいよぉ!』

 

 

 

「――セバス」

「至高の方々の総括に就任されていた方。そして最後まで私達を見放さず残っていただけた慈悲深き方」

 

『あれ?……この認識、他のNPCも同じなんでしょうか?』

『そうだとすると少し、いや、かなりまずいです。つまり、モモンガさん以外のギルドメンバーは自分を見捨てた、と思ってるわけですよね』

『此処は少し探らないとならないでしょうね』

 

 

 

「そして最後になったがアルベド」

「至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そして私の愛しいお方です」

 

『あぁぁぁぁぁぁ……タブラさんになんと詫びたらいいんだこれ』

『タブラさんなら詫びなんていらないっていいますよ』

『……そうでしょうかね?』

『そうです。気にしなくていいことですよ』

 

設定を変更したことをクヨクヨと悩むモモンガに励ましの言葉を贈りつつ、クーゲルシュライバーは守護者達の言動を思い出す。

まず確かなのは、守護者達のモモンガへ忠誠心は絶対的であるという事だ。

恐らくこれ以上は上がらないだろうと思うほどに、守護者達の忠誠心は高い。

その事に強く安堵すると同時に不安になった。

安堵は、もし今後自分がなんらかの原因により守護者を含むナザリックの存在に危害を与えられそうになっても、モモンガと仲がよければそのピンチを脱することが出来るからである。

一言やめろと命令すればNPC達は私心を殺してでもモモンガに従うだろう。

不安になったのは、その極限の忠誠心が何からきているものなのかが不明だからだ。

当然のように忠誠を誓っているが、それは何故だ?

元々ギルド拠点のNPCだからプレイヤーに従っている、というのが一番期待したい答えだ。

もしそうならばNPC達は絶対に裏切らない。忠誠心についての設定テキストが無くとも、システム的に忠義を尽くすようになっているからだ。

だが、もしも。

NPC達が忠誠を誓う理由が、モモンガの事を先ほど答えさせた通りの『完璧かつ絶対なる支配者』であると信じているからだとしたら?

当然ながら、守護者達の言ったモモンガへの評価の大部分が勘違いだ。

なによりも美しく、誰よりも強く、慈悲を知り、賢く勇敢で、至高の存在達を纏め上げ、その頂点に君臨する真の支配者。

 そんなものはクーゲルシュライバーの知るモモンガの実態とは遠くかけ離れていた。彼はもっと一般的な男なのだ。

だがその偶像にこそ彼らが忠誠を捧げているとするなら。もしそのイメージを壊すような事をしたら。失望されたら。

絶対の忠誠心はその強さのまま逆転し、信仰するアイドルのスキャンダルを知った熱狂的なファンが起こす凶行など児戯に等しい恐ろしい何かが起こってしまうのではないか?

 

『どうしましょうこれ。あいつら……本気ですよ』

『ええ。本気でモモンガさんの事をあんな風に認識している……これはちょっと、あの評価を崩すことは危険かも知れないですよ』

『やっぱりそう思いますか?であれば、あいつらの言うイメージを崩さないよう、演技しなくちゃ……』

 

<伝言(メッセージ)>で送られてくるモモンガの声は非常に重く暗いものだ。それだけで今彼が感じているストレスがいかほどのものか理解できてしまう。

クーゲルシュライバーにとっても他人事ではない。

今は存在が露見していないが、何時かはNPC達の前に姿を現さなければならない。

その時に彼らが自分の事をどう評価しているのかがわかっていなければ、即座に失望される可能性もある。

失われた信用を取り戻すのは、それが強大であればあるほど難しいものだ。

 

『モモンガさん。すごく気が乗らないんですが、私に対する評価も聞いてもらえませんでしょうか?』

『勿論ですよ。まかせてください』

 

モモンガもその情報の重要性に気づいているのだろう。すぐさま了承の返事がくる。

クーゲルシュライバーは、どうかあんな恐ろしい過大評価が自分に対してなされていないようにと神に祈った。

 

 

 

「……なるほど。皆の考えは十分理解した」

 

短くない沈黙の後、モモンガはようやく口を開いた。

 

「では、守護者達よ。再び問おう」

 

その言葉に守護者達はどのような質問がモモンガから投げかけられても対応できるように身構えた。

 

「お前達は至高の41人・・・・・・つまり、私以外のアインズ・ウール・ゴウンのメンバーをどう思う?去っていった彼らを恋しく思うか?」

 

問いを投げた瞬間、守護者達の間に流れる空気が変化した。

アウラとマーレ、シャルティアは露骨に悲しみを顔に浮かべ、コキュートスは何かに耐えるようにその腕を震わせている。

常に微笑みを絶やさず、感情がうかがい知れない部分があったデミウルゴスですらどこか悲しみを感じさせる表情をしていた。

 

「それは……おそらくは皆、同じ答えかと存じます」

 

アルベドが守護者を代表してモモンガに答えた。

 

「至高の御方々を恋しく思わない者など、このナザリックには居りません。偉大なるモモンガ様のお隣に、至高の御方々の姿があればどれだけ素晴らしいことか!誰もがみな、去られていった御方々が再びこのナザリックにお帰りになられる時を待ち侘びているのです」

 

そうなのか?

モモンガはアルベド以外の守護者に目で問いかければ、皆、それに頷いた。

 

「そうか……。嬉しいぞ守護者達よ。我が親友達の事をそこまで思ってくれているとはな……」

 

で、あればだ――。モモンガは言葉を続ける。

 

「お前達は我が友、クーゲルシュライバーの事を覚えているか?お前達にとって彼はどのような存在であったのだ?」

 

 

「シャルティア。言え」

「は……はいっ!」

 

自分の時とは違い、即座に答えを返せなかったシャルティアの様子に、モモンガの視線に疑惑の色が混じる。

ちらりと他の守護者の様子を見てみれば、アウラとマーレ、コキュートスはおろかデミウルゴスでさえ何かに苦悩するかのような素振りを見せている。

唯一余裕を持っているのはアルベドだけだ。

 

もしかして、覚えていないのか?それだとしたら、彼は過大評価されずに、素のままでナザリックへと帰還する事ができるではないか。

なんて羨ましいんだ。モモンガは答えも聞かずにクーゲルシュライバーに嫉妬した。

 

「どうしたシャルティア。よもや、彼の事を忘れたとでも?」

「め、滅相もありんせん!!至高の御方々を忘れるなんてそんな事は絶対にないでありんすモモンガ様!」

 

「では話せ。お前に取って彼はなんなのだ?」

「はい……モモンガ様が美の極限であるならば、かの御方はまさしく恐怖の極限。死者すらも恐怖に怯えすくむことでしょう」

 

「――コキュートス。おまえはどうだ」

「ハッ!底知レヌ力ヲ秘メタ御方。実力ヲ見通セヌ深淵ノ如キ御方カト」

 

「――アウラ」

「ご自身の役職に誇りを持ち、情熱を持って職務にあたる方です」

 

「――マーレ」

「と、とても真面目なお方です。その、すごすぎるぐらいに」

 

「――デミウルゴス」

「指揮下にある者達の失敗を決して許さない完璧主義者。至高の御方々からも恐れられた苛烈なお方です」

 

「――セバス」

「至高の御方々の記録係。そして御仕えする我々の事も気にかけてくださる慈悲のお心も合わせ持つお方」

 

「――アルベド」

「至高の御方々の栄光を余すところ無く記録する事を使命とされたお方。そして私が愛を捧げるお方の御一人です」

 

 

何でそうなったんだ!

クーゲルシュライバーは今すぐ姿を現し守護者達に問い詰めたい気持ちを必死に抑えた。

つまり、なんだ?

クーゲルシュライバーとは恐怖の極限であり、力の限界が見えない強者であり、仕事熱心な超堅物の完璧主義者で同僚からも恐れられているが部下を思いやる事もできる優しさを合わせ持つ、アルベドの愛を捧げられた存在である、と。

 

『なにこれ』

『単純な高評価とはまた違った厄介さですねコレは……』

 

語られる守護者からの評価に、クーゲルシュライバーは悶絶していた。

なにこれ、などと言いつつも彼らがそう評価する原因に心当たりがあったのだ。

 

『ナザリック内での撮影の事、こいつら覚えてるのかよ!』

『あぁー……鬼監督でしたもんねクーゲルシュライバーさん』

『やめて!あれはやりすぎだったって今でも申し訳ないと思ってるんだから!』

 

かつてのナザリックでギルドメンバーの大半が参加した大規模な撮影が行われた。

それは当時クーゲルシュライバーが製作していた大型の動画に使用する素材を撮るためのイベントだったのだが、その撮影が困難を極めたのだ。

何故困難だったのかと言うと、その原因は幾つかあった。

まず監督であるクーゲルシュライバーの要求する画の理想が高すぎた事。

次にウルベルトとたっち・みーが参加していた事。

とどめとして、るし★ふぁーがテンションマックスのやる気満々状態だった事。

これらの原因が重なり撮影会は一転阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、一向に進まない撮影にクーゲルシュライバーがぶち切れたのだ。

 

『まぁまぁ。今ではいい思い出ですよ。……で、どうします?』

『……いや、出て行きますよ。そういうロールプレイもまぁ、やったことあるし』

『では、タイミングを作りますね』

『お願いします』

 

 

 

 

 

「なるほど。その言葉に嘘偽りは無いな」

「勿論でございます。我ら一同、モモンガ様に嘘をつくことなどありえません」

「そうか……」

 

満足げに頷く主人の姿に、守護者達は恐縮ですと言いたげに頭を下げた。

そして続くモモンガの言葉に頭を跳ね上げた。

 

「だ、そうですよ。クーゲルシュライバーさん」

 

いま、自らの主人はなんと言ったのか。

聞き漏らす事無く今しがた認識したはずの言葉の意味が信じられず守護者達はモモンガを驚愕の表情を隠そうともせずに見つめた。

見つめようとした。

 

だがそれは叶わない。

なぜならばモモンガと守護者達の丁度中間。

何も無いはずの空間から漆黒に染まった粘着質の闇そのものがあふれ出してきたのだ。

その底なしの闇が守護者達のモモンガへの視線を遮っている。

 

理解しがたい現象を目の当たりにした守護者達はしかし、取り乱すことも無く闇に向かい深く頭を下げた。

その闇の奥から感じる尊き気配に、全身を歓喜に震わせながら。

 

「……異論は無い。流石は階層守護者達、と褒めるべきかな?」

 

土に杭を打ち込むような音が、八つ。

流れ出た闇が世界に溶けるように消失したその時、聞くだけで畏怖の感情を掻き立てられる冷淡な声が闘技場に響いた。

その声を聞いただけで、アルベドはもう涙を堪えることが出来なかった。

恐怖の涙ではない。

アルベドの金色の瞳を濡らすその雫は、二度と会うことの出来ないと思っていた愛する人と再会することが出来た至福の涙だった。

はやく。はやくその尊きお姿を拝見したい。その御威光に触れさせてほしい。なにとぞ。なにとぞこの哀れな女にご慈悲を!

アルベドの忍耐はもはや限界に近かった。

 

「面を上げよ、我ら(・・)が守護者達よ」

 

モモンガの声に、守護者達は首が霞む程の速度で頭を上げた。

そして誰もが嗚咽を堪え切れなかった。

 

「ああ!クーゲルシュライバー様!!よ、よくぞ……よくぞお戻りになられました!この時をどれほど待ちわびたことか!!」

 

あふれ出す涙を振り払い、面を上げた先ではアルベド達が忠義を捧げるべき尊き存在がその数を増やしていた。

すぐさまあふれ出る涙に滲む視界には、ナザリックの絶対的支配者であるモモンガと肩を揃えて並び立つ、

永きに渡る時を越えナザリックに帰還を果たした至高の存在、クーゲルシュライバーの姿があった。

凄まじい重圧感が守護者達を襲う。辛うじてモモンガの放つプレッシャーに耐えていたというのに、それが二倍になるとは!

守護者達は畏怖の感情を抑え切れなかった。

そしてそれ以上に歓喜していた。自分の仕える主はこんなにも偉大なる存在なのだと。

 

「あぁ、今帰った。……泣くなアルベドよ。美人が台無しだぞ」

「く、くふー!も、もったいないお言葉!」

 

うわ!アルベド目ぇ怖い!

目を見開き金色の瞳をギラギラと輝かせながら発せられたアルベドの奇声に、モモンガとクーゲルシュライバーは悲鳴を上げないようにするのが精一杯だった。

 モモンガは杖を強く握り締めるだけで済んだが、クーゲルシュライバーは豹変したアルベドの表情に怯え、よろけるように後ずさってしまった。

なにやってんの俺!情けない姿見せてどーするんだよ!気づかれないように、姿勢を立て直さねば!

クーゲルシュライバーは細心の注意を払って立ち位置を元に戻そうとするが、見られているという緊張感から上手くいかない。

傍から見てみればなにやらフラフラとしているのが丸わかりだった。

 

その姿を見てモモンガがすかさず助け舟を出した。

 

「ク、クーゲルシュライバーさんは帰還したばかりでお疲れのようだな。顔合わせは今日のところは切り上げようじゃないか」

 

演技とか無理です!もう勘弁してください!

威厳を見せるつもりで姿を現したのに、出だしで躓いてフォローされている自分に情けなくなりながらもクーゲルシュライバーはその提案に乗ることにした。なるべく威厳を損なわないように慎重かつ素早く言葉を選ぶ。

 

「すまない我が友よ。あの忌まわしい封印を破り、ナザリックに帰還するため次元の壁を突破するのに些か力を消耗しすぎたようだ……」

「……お、おう」

 

おねがい引かないで!?

涙腺があるならクーゲルシュライバーは泣きたかった。

威厳ある振る舞いは出来ないのに、なぜ咄嗟の会話でこういうセリフがスラスラと出てきてしまうのか。

 

「うん、いや、うむ。確かにあの封印を破って次元の壁まで破れば消耗するな。なにせあの封印だからな。あの、凄まじい、恐るべき封印な!」

 

あぁ、モモンガさんに中二病だと思われてる。すっげぇ気を使われてる。

もう、消えてしまいたい。というかもう消えよう。

クーゲルシュライバーは意気消沈しながら<伝言(メッセージ)>を使用した。

 

『自室に帰らせてもらいます』

『え?あ、おつです……』

 

「名残惜しいが自室に戻る。皆、また後日」

 

それだけ言い残すとクーゲルシュライバーは指輪の力を使用して闘技場から姿を消した。

言っていた通り、第九階層にある自室へと向かったのだろう。

 

「ふむ。こうなっては仕方が無いな。本当は帰還した彼をお前達と共に歓迎したかったのだが、あぁ仕方が無いな。それは後日としよう。……お前達を信頼し、私の仲間達が担当していた執務の一部まで委ねる。あまり浮かれず、今後も忠勤に励め」

 

大きく頭を下げ、拝謁の姿勢を守護者達の前からモモンガは逃げるように転移して姿を消した。

 

主人が居なくなった事を気配で確認すると、拝謁の姿勢のままセバスは<伝言>を使用する。

相手はメイド長であるペストーニャ・S・ワンコだ。

セバスはレベル1のホムンクルスである一般メイドをクーゲルシュライバーの自室へ派遣するように指示した。

あの偉大なるナザリックの支配者をして凄まじい、恐るべきという言葉を使わせる強力な封印。

それがどのようなものなのかセバスには想像もつかなかったが、それだけの戒めを破れば如何に至高の御方であろうと疲労して当然だろう。

疲労した主人を一人にするなど許されることではない。

セバスの行動はこのナザリックにおいて誰もが納得する当然の行いだった。

 

 

一人で心の傷を治したいクーゲルシュライバーとしては、実に勘弁してほしいものではあったが。

 




難しい。
でもこれで書きたかったイベント書けるぞ!わぁい!
ちなみにボールペンはリアル中二の時に封印されし暗黒の魂が云々で黒歴史を作ってます。なのでドイツ語での恥ずかしい色々は中二病と認識してません。多分ラキュースの考えた設定みたいなのを朗読されるとン・カイの闇に包まれた深淵へと撤退させることが出来るでしょう。

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