オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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33話

「ダインはゴブリンの足止めを!ニニャは防御魔法を私に、その後は攻撃魔法に専念して欲しい。不要かもしれないがナーベさんとミュールさんの安全に注意していてくれ。ルクルットは遊撃だ!敵の数が多いから無力化できる敵を優先!抜けてきたオーガは私が対処するが、他にも抜けてきたやつがいたらブロックに回ってくれ!」

 

ペテルによる漆黒の剣に対する指示の内容を背中で聞きながら、モモンはゆっくりと歩き出す。

数はそれだけで脅威である。

真っ先に数を減らそうとするペテルの指示に不備は無く、また指示を受けた漆黒の剣達の連携にも不満は無い。

これならばンフィーレアの身の安全は確保されたも同然だろう。

 

(実力を示しつつ程よく彼らにも仕事をさせてやらなければな。近接戦闘は付け焼刃の練習しかしてないのに、そんな調整できるかな?)

 

左手に持った大剣を左肩に担ぎ、右手に持った大剣は切っ先を地面に引きずらせる。

モモンのそんな構えは、ユグドラシルにおいてはじめて二刀流で戦う初心者が多用する構えである。

それも初心者も初心者、初めて近接武器を握った人向けの「とりあえず両手に持った武器を使って戦闘ができる」という最低限の実用性しかないものだ。

二刀流と言えばかつてのギルドメンバーである「弐式炎雷」の華麗な剣技が思い起こされ、それを目標としたくなったのだがキャラクターの性能が彼とは違いすぎる事から泣く泣く断念している。

 

「ギャアッ!」

「お?」

 

モモンの背後から放たれた矢が、走るゴブリンの頭部を見事に射抜いた。

ルクルットによる射撃だろう。

一心不乱に突撃してくるモンスター達が精神に異常をきたしているのは誰の目にも明らかだ。

モモン達にけしかける為にアウラが精神異常を付与し、理性をほとんど残さないが狂戦士と化しているのだ。

狂っている相手に対して心理的な間隙を突こうとする戦い方は意味が無い。

距離を詰められる前に少しでも多くの命中弾を出して数を減らそうとする彼の判断は正しい言えた。

 

「もっと小細工を凝らした戦い方をするかと思ったが……。敵の状態をよく見ているんだな。中々やるじゃないか」

 

振り返りもせずにルクルットを褒めると、モモンは尚もゆっくりと歩を進める。

対するゴブリンとオーガの群れは狂気的な全速疾走でもって、突出し孤立した迂闊な敵へと迫る。

先頭に立つオーガ3体の小集団が地響きを立て、青草を空中に蹴り上げながら突撃してくる。

その巨体が持つ重量が全力の速度をそのままに体当たりすれば、人間など全身鎧を着ていたとしても蹴り散らされる草原の青草の如く宙を舞うことになる。

それはペテルの持つ防御系武技である《要塞》の持つダメージ吸収能力をもってしても避けられない運命だろう。

何者かにより精神を歪められたオーガ達の捨て身の突進はそれほどまでの威力を秘めていた。

狂気に染まり力を底上げされたオーガ達が、雄たけびと共に巨大な棍棒を振り上げモモンの眼前へと殺到する。

 

「ムン!」

「うわ!?」

「な、なんであるか!?」

 

後方からモモンの援護の為に魔法を唱えようとしていたダインやニニャまでもが自らの務めを忘れ驚愕の声を上げる。

短くない年数冒険者として戦ってきた漆黒の剣達にして、見たことも無い信じがたい光景がモモンの裂帛の気合と共に現出したのだ。

 

「ギャッ!ギャッ!」

 

3体のオーガの後ろを走るゴブリン達が悲鳴めいた金切り声を上げた。

それも仕方のない事だろう。

黒い旋風が巻き起こったかと思えば先頭を走っていたオーガ達が地面ごと爆発し、草原に血と臓物の雨が降り注いだのだから。

 

(ふぅ、なんちゃって二刀流でもなんとかなるもんだな)

 

上空から落下してくる土や血肉を鎧に受けながら、振り下ろした左の剣を大地から引き抜き再び左肩に担ぐとモモンは安堵の息をついた。

上下に両断されたオーガ2体、そして左右に両断されたオーガ1体。

カラフルな内蔵を撒き散らし倒れ伏す犠牲者を生み出した二本の大剣は、本来白銀に輝く蜘蛛の巣状の溝を血の赤に染めていた。

 

 左になぎ払われた右の剣が先頭のオーガの胸部を棍棒とそれを持つ両腕ごと切り裂き、腰の捻りを十分に利かせた返しの刃が宙を舞う一体目のオーガの上半身と2体目のオーガの腰をぞっとする程の鋭さで断ち切り臓物をあふれ出させ、剣が右に振るわれる勢いと上手く同期させた渾身の力を込めた左の剣による振り下ろしが3体目のオーガを頭部から股下まで駆け抜け、その余力で大地を切り裂き爆発四散せしめたのだ。

その一連の動作があまりにも速かった為、傍からは3体のオーガがぶつ切りになりながら爆発したようにしか見えなかったのである。

 

 両手に剣を持っているのに実際に使うときは片腕の一本ずつというモモンの言うところの「なんちゃって二刀流」だったが、実戦において十分な威力と見栄えを発揮していた。

モモンの脳裏で、闘技場におけるクーゲルシュライバーとの会話が思い起こされる。

 

「モモンガさん。見栄えを重視しようとするとかえってかっこ悪くなりがちなんです。いや、ちゃんと研究すれば見れるものになるのは確かなんだけど、やっぱり実用性にどうしても劣るんですよね」

「でもたっちさん……」

「たっちさんだってエフェクト発動させるのは特別なときだけだったでしょ。かっこつけるのはここぞという時だけでいいんです。じゃないと常時大げさな……そうだなぁ。パンドラズアクターみたいになっちゃいますよ?」

「うっ!それは……控えるべき、ですね」

「自分で例に出しといてなんだけど、パンドラズ・アクター不憫だなぁ……。ま、ともかくキメポーズは一定の状況用のを幾つか決めるだけでいいじゃないですか。真のかっこよさは実用性と共にあるもの、機能美とかいうでしょう?まず目指すべきはそこです。次に演出を追加していく形にしましょう」

「といってもどうすればいいのか」

「モモンガさんには弐式炎雷さんみたいなテクニカルな軽業は無理だから、移動要塞みたいな感じで行けばいいんじゃないですかね?モモンガさんの強みはレベル差からくる圧倒的なステータスです。それを前面に出すんですよ。敵の攻撃を受けても一歩も引かない堅牢な防御力!誰もがダメージを与えられない強大な敵を真正面から叩き潰す超火力!非力な魔法詠唱者や一般人を身を挺して守る漆黒の戦士、赤いマントを翻すその背中・・・か、かっこいい!」

 

――少しはかっこよかったかな?

自身の行いを評価しつつ、モモンはクーゲルシュライバーから渡された武器の使い心地に満足していた。

モモンの双剣はクーゲルシュライバーから収穫された《深淵の大蜘蛛(アトラク・ナクア)の抜け殻》からかつてのギルドメンバーが鍛え上げた聖遺物級(レリック)武器であり、外装統一のために装備している《黒後家蜘蛛の衣服(ブラックウィドウスパイダー・クロース)》とのシナジーにより攻撃速度と命中率上昇の効果を持っている。

モモン自身が用意していた武器と比べると一撃の攻撃力は劣っているが、その分手数が多い。

なによりも、習熟すれば二刀忍者である弐式炎雷の剣技の真似事もできる可能性があるのが気に入っていた。

 

「必中いらずのスーパー系とは言っていたが、なるほど。力いっぱい剣を振っているのに狙った場所に正確に命中するのは中々気持ちがいいな。ハァァァッ!」

 

風を切り裂く三連撃。

今度はゴブリン3体が宙に舞った。

3体のオーガを屠ったものと全く同じシンプルな斬撃ではあるが、圧倒的なレベル差とステータス、装備品による補正を持つモモンが放つこの攻撃は唯それだけで回避不能な必殺技と化していた。

 

「す、すげぇ、おいペテル、なんつう武技だありゃ。オーガが3体、まとめて両断されてんぞ!?」

「《流水加速》……?いや、あの攻撃は同時だった。それにオーガの切り口から見て、あの一瞬で4回の斬撃を?ま、まさか」

「噂に聞く王国戦士長の《四光連斬》……!?それも連続して2回も!」

「よもやモモン氏が王国戦士長と同じ武技の使い手であったとは……あの自信もむべなるかなである!」

 

モモンからしてみればただの通常攻撃であるし、実際の斬撃は一振りずつ3回繰り出されているのだが、ンフィーレアや漆黒の剣にはそんな事はわからない。

それが武技であるか否かは見るものが見れば判断がつくが、発生した現象の規模とそれを見る者の未熟さゆえの勘違いだった。

もしも、クーゲルシュライバーが様々な迷惑に対する謝罪の品として、モモンに武器を渡していなかったならばこうはならなかったに違いない。

 

漆黒の剣の中で最も武技に詳しい職業(クラス)であるペテルの見立てでは、モモンがあの一瞬で行ったのは《四光連斬》、《即応反射》、そして再び《四光連斬》という常識的に考えれば肉体的、精神的消耗が著しい超高難度の連携技ということになる。

そんな大技を放ってモモンは大丈夫なのかと心配するも、剣を担ぎなおす動きに淀みは無く全く疲労を感じていない様子だった。

一体どのようなタフネスのなせる技なのか?

それを得る為に一体どのような鍛錬を己に課したというのだろうか?

想像するだけでペテルは雲の中へと続く巨大な霊峰を見上げたかのような眩暈を感じた。

 

「銅級なんて冗談じゃない……あの人は紛れも無い、アダマンタイト級だ」

 

今や彼らの目には、モモンは人間の極限まで自身を鍛え上げ、最強と謳われる王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと同等の高みへと到達した偉大なる戦士に映っていた。

 

「ミュール、ナーベ、やれ」

「はい」

「がんばりますね」

 

モモンは宙を舞っていたゴブリンの死骸に猛烈な勢いで剣の腹と前蹴りを浴びせた。

弾き飛ばされた死骸は臓物を撒き散らしながらも敵集団へと着弾しその動きを鈍らせる。

狂気にかられたモンスター達は仲間の死骸を払いのけ尚も突撃をかけようとするが、モモンに命じられた二人がそれを許さなかった。

 

雷撃(ライトニング)

 

一筋の雷がナーベの白魚の如き指先から空気を震わせながら迸る。

人差し指の指し示す方向にいたゴブリンとオーガは瞬きする間もなく雷に体を貫かれ、異臭と湯気を発しながら草原に崩れ落ちる。

そのあまりにもあっけない死に様を見て、狂気だけではない感情に顔を歪ませるモンスター達だったが、彼らの受難はまだ終わらない。

雷を放ったナーベの隣では漆黒のローブをはためかせながら緑色の怪光を宿した短杖を掲げるミュールの姿があった。

 

「シニヤガレェッ!」

 

ゴブリンの一匹がしわがれた声と共に、手に持っていた唯一の武器である刃こぼれた剣をミュールに投擲しようとする。

それは未だ距離の離れた魔法詠唱者の魔法発動を阻止する手段としては悪くない判断である。

ゴブリンの血走った眼が標的であるミュールを睨みつけ、剣を持つ腕が大きく振りかぶられる。

そして勢いよく振り下ろされようとした時、投手であるゴブリンが片方の手で目を覆い身を捩った。

ミュールとゴブリンの距離は既に15m以内。

行動を起こすのが遅すぎたのだ。

 

「えい」

「ギャアアアアアアアアアアアア!!」

 

ミュールが掲げる短杖の先端から、バチバチと電撃が荒れ狂うような音を立てる緑色の怪光線が迸る。

その光は今まさに剣を投げようとしていたゴブリンの網膜を焼いて投擲を中断させるに止まらず、聞くだけで身の毛もよだつような絶叫を上げさせながら生命を奪い去っていった。

力の根源となる邪神の悪辣さを継承した恐るべき怪光線の前に、ゴブリンは壮絶な苦悶の表情をそのままに地面へと倒れこむ。

 

「おいおいおいおいおいおい!?なんだよさっきの!?」

「の、呪いの類だとは思いますが……」

 

 あまりにも悲痛すぎる断末魔の咆哮を耳にしたルクルットが矢を放ちながら、若干悲鳴めいた上ずった声で叫んだ。

それに答えるニニャも油断なく敵の動きに注意しながら顔を青くしていた。

 

「呪い……え、えげつねぇ。つうかナニが裏返る呪いかけるって言ってたけど、アレひょっとしてマジだったのか?」

「あの様子を見ると本当にそういう呪いを使えてもおかしくないですね。というより、あの苦しみようです。もしかするとあのゴブリン、実際に裏返ってるのかも……」

「やめろぉニニャ!そんな恐ろしい話は聞きたくねぇー!」

 

恐怖を振り払うように矢玉を撃ちつくしたルクルットは腰に下げたショートソードを抜き放つと、ニニャを守るように前進した。

 

ミュールが放ったのはウォーロックにとって、最も基本的な技である第一位階に属する魔法《エルドリッチ・ブラスト/怪光線》だ。

ウォーロックの職業(クラス)を修める者にとっては、魔法でありながらMPを消費せず無限に使用可能であるそれは、単体では最大でも第一位階魔法である《マジック・アロー/魔法の矢》2、3発分の威力しかないが、怪光線専用の魔法と同時使用することによって様々に強化する事が可能だ。

実際にミュールが放った怪光線には第三位階魔法相当の苦痛の呪いが付与されており、正確には《ペインフル・ブラスト/激痛光線》と呼ばれるものに変化していた。

哀れにもこの魔法の直撃を受けたゴブリンは、怪光線(エルドリッチ・ブラスト)本来のダメージに加え、ゴブリン種を専門とする熟練拷問官の手厚い取調べを受けたかのような激痛によるダメージをオーバーキル気味に見舞われてしまったのだ。

 

「ォォォォオオッ!」

 

《四光連斬》と勘違いされるほど速度を持つモモンの通常攻撃が三度敵を切り裂く。

今度の犠牲者により最初は17体居たオーガの数は8体へと減じ、30体からなるモンスター達の集団の総数は13体と激減していた。

 

(いち、にぃ、さん。いち、にぃ、さん。なるほど、たった3回の連続攻撃だけど何となく分かってきたぞ。一つの攻撃を次の動きに繋げる予備動作にするんだな。そして流れるように次に移る。常に先の事を考えながら戦うのが近接戦闘の肝か)

 

剣を振り切った時の腰の捻りを利用した単純な三連撃。

それに慣れてきたモモンはユグドラシルの二刀流初心者達と同じように次のステージへ移行しようとしていた。

 

「勢いを殺さないようにするわけだ」

 

先の惨劇を見たからか、モンスターの集団は互いに間隔をあけつつ突撃を継続している。

剣の間合いでしか攻撃出来ないモモンにとっては必然的にカバーするべき範囲が広がり、今までのように足を止めて迎撃すれば良いだけの状況ではなくなっていた。

故に、モモンは自分から動く。

おぼろげながら掴んだ近接戦闘のコツが、思い違いでない事を確かめる為に。

 

「こんな感じかな?」

 

その声と共にモモンは色つきの風と化した。

 

 

 

■■■

 

 

 

30体ものモンスターの群れが完全に殲滅されるまでに、時間はそう掛からなかった。

血と刃の嵐を巻き起こすモモンと、それを魔法による遠距離攻撃でサポートするナーベとミュールの三人からなる前線部隊は、護衛部隊である漆黒の剣達に活躍の機会を殆ど与える事無く戦闘を終結させてしまった。

 

 戦闘が終わり、現在漆黒の剣達はモンスター討伐の証となる部位の収集に当たっている。

ゴブリン、オークのどちらも死体の耳を切り取るだけの簡単な作業であり、彼らにとっては慣れ親しんだものなのだが、その進捗状況は芳しくない。

 

「お、頭みっけ!……ってなんだよ、割れてて耳が無ぇじゃんか。くそっ」

「この辺りにあるはずである!掘ってみるのである!」

 

そう言って耕かされた畑のような有様になった元草原の土を掘り返し始めるダイン。

彼の背後では肩を落とし居心地悪そうに佇むモモンがいた。

その手には未だ乾ききらぬ血に濡れた剣が握られたままだ。

 

「皆さんすみません。モンスターを倒すことに夢中になって、あとの事をまったく考えていませんでした」

「あぁいや、お気になさらずに。モモンさんのおかげでアレだけの数のモンスター相手に大した消耗もなしに勝利できたんですから」

 

謝るモモンに対し、これっぽっちも迷惑だと思っていないと笑うペテルの両手は、血を吸って泥と化した土で汚れていた。

 それを見てしまえば、いかに本人たちが気にしていないとはいえ申し訳なさが湧きあがってくる。

彼らがこの尋常でない生臭さの中で畑仕事をするが如く泥にまみれながらオーガやゴブリンの死体を捜す羽目になっているのは、紛れも無くモモンが原因なのだから。

 

あの時、猛スピードで駆け出したモモンは練習がてらと軽い気持ちで、武器の持つ命中率上昇の効果をあてにしながら両手の剣を振りまくった。

敵が剣の間合いに居なくとも振るわれる剣は、唯ひたすらにバランスを崩して転倒しない事と攻撃の連続性を意識したものであり、子供が木の棒を両手に持って走りながら振り回しているのとそう違いは無かった。

しかしそれをモモンのステータスと装備で行った時、子供の遊びは恐るべき光景を生み出した。

 

まず最初の犠牲者は戦場となった草原だった。

常識外の怪力で振るわれる大剣は、切っ先が触れるだけで地面を吹き飛ばし土砂を宙高く巻き上げた。

 空中に大量の土砂が舞うなか、モモンの剣が本来の目標であるゴブリンやオーガを捉えはじめると、次々にその肉体をミキサーの如く粉砕し、夏の青い空目掛けて鮮血と臓物を飛び立たせていったのである。

 

そんな事をモンスターが全滅するまで続けた結果がこれである。

今やモモンの通った後にはかつての草原の面影は無く、残されたのは混ぜ返され、まるで肥料の如く大小無数の破片となったモンスター達の死体が梳きこまれた畑のような土地だ。

上空から眺めてみれば、広大な緑の平原の只中に茶色の筋が一本走っているように見えるだろう。

 

「少し待っていてください。もうすぐ終わりますので」

 

移動を繰り返しながら一行はトブの大森林と平原の境界へと近づいていた。

ばら撒かれた死体は物によって数十メートルを飛翔したため捜索範囲は広大なものになっているのだ。

30体全ての耳を集めるのが最善ではあるが、本来の仕事はカルネ村へ向かうンフィーレアの護衛である。

時間の関係上全て見つからなくとも、斬り飛ばされた死体が転がっている森と境界までの約20メートル間を調べ終わった時点でこの作業も終わりとなる。

 

「申し訳ない。そんなに汚れてしまって」

「いえいえ。回収作業ぐらい楽していた私達がやらないと、あれだけ武技を連発していたモモンさんに申し訳ないです」

「あ、いや、あれは……」

 

武技ではない、モモンはそう言いかけた口を噤む。

生き生きとした表情でルクルットとペテル、そしてミュールと話をしていたニニャが会話に参戦してきたからだ。

 

「そうそう!いくらモモンさんでもあれだけの武技を連発したんだからそれなりに疲れてるっしょ?こんなの俺らがやっとくから、その剣の手入れでもしてて下さいよ」

「ナーベ氏とミュール氏の魔法も実に見事だったであるが、モモン氏の剣技はその上を行くであるな!まさしく、出発前に言っていたとおりである!」

「全力で突進してくるゴブリンとオーガの集団を真正面から撃破するなんて眼を疑いましたよ。剣だけで魔法と同等以上の戦果を上げるなんて脱帽です」

 

掘り返されてない地面を通ってモモン達の近くまで来ていたンフィーレアの馬車に、耳がぱんぱんに詰まった袋を積み込みながらニニャは普段顔に張り付いたものとは別の笑みを浮かべている。

若者特有の生気溢れるあどけない表情に、モモンは背中がむず痒くなった。

モモンとしてはそう褒められるような事はしておらず、彼らの反応が過剰のように思えたからだ。

このような反応を求めて行った戦闘とはいえ、どうしても達成感よりもおもばゆさが勝ってしまう。

 

「大した事はしていませんよ。むしろ皆さんの分の獲物を独り占めしてしまったようで恐縮です」

 

経験値はこの世界にもあることは確認済みである。

そして経験値がある以上、モンスターを狩るのはドロップアイテムや金を得る手段だけに留まらず自己強化に必須の大切な行為という事になる。

経験値資源とも言えるモンスターを、当初の約束を破り一人で殲滅してしまったモモンの行為はユグドラシルで言えば非難される類のものだ。

 

(いや、パーティを組んでいるから経験値は分配されるのか?もしそうならレベリングが容易になるが……)

 

また一つ検証すべき事が増えたことを心のメモに書きとめ、モモンは一旦それ以上の思考をやめた。

戦闘が終わり多くの者達が緊張を和らげているが、今は警戒を解いてよい状況ではないのだ。

 

「そんな事気にしないで下さい。正直な話、半数だけだとしてもあれほど激しいモンスター達の突撃に対処する事になっていたら、私達だけではかなりの被害が出ていたと思います」

 

周囲を探索し終わったのだろう。

立ち上がり森の方向へと歩き出すペテルに、泥を掘り返していたルクルットとダインが続く。

これより先はモモンによる地面の破壊跡は無く、探索は容易なものとなる。

これ以上泥に塗れる心配がなくなったからか、心なしか軽快な動きになった彼らの後にモモンも続く。

両手には剣が握られているままだ。

 今のところそれを指摘するものは居ないが、もしされたときは漆黒の剣達の回収作業中に敵襲があった場合の備えだと説明するつもりだった。

 

「それにしても、あの群れは一体どうしたんでしょうね。モモンさんの実力を見ても突撃を止めないなんて」

「それな。あいつら臆病だから、自分より強い相手だとわかるとさっさと逃げ出すのが普通なんだが」

「あれではまるで自殺であるな。あの凶相といい、なにか精神に作用する魔法でも受けたのやもしれないのである」

「理性を無くして凶暴化させる魔法やアイテムというのは存在しますけど、そうなると一体誰がそんなものをゴブリン達に使ったんでしょうか?」

 

横一列になって森へと探索の歩を進める漆黒の剣。

後ろから黙ってついていくモモンから見て最左翼のニニャの背後には、馬車に乗ったンフィーレアとそれを護衛するように歩くナーベとミュールがいる。

 

「そういう効果のある毒草やキノコを集団で食べてしまったとかでなければ……ンフィーレアさん、あなたに恨みを持つ人などに心当たりはありませんか?」

「心当たりですか?ええと、人に恨まれるような事は全然思い浮かばないんですけど」

「わからないぜ?人の恨みなんてものは自分が気付かない内に買っちまってるもんだからな」

 

ルクルットの言葉にモモンは人知れず頷いていた。

脳裏に漆黒の巨影がよぎって、モモンはミュールに視線を向ける。

そして、離れ離れになった39人の友を思い浮かべた。

モモンは友人達の誰であっても、別れの時には感謝と当たり障りの無い社交辞令めいた言葉を贈っていた。

 

(きっと皆は知らなかっただろう)

 

ユグドラシルが終わり、この異世界へと迷い込む事となったあの日。

モモンが胸の中で抱え、荒れ狂っていた感情は紛れも無く恨みだった。

友人達が去っていったのは仕方のない事だとわかっていても、それでも恨まずにはいられなかった自分自身を思い出してモモンはルクルットの言葉に頷いたのだ。

 

(感情は理屈じゃないんだな)

 

モモンはナザリック地下大墳墓のある方向の空を見る。

その空の下に居る、強すぎる感情に隷属し、身を捩りのた打ち回る者達を想った。

そして、その心を憐れむのだった。

恨みを抱える心が産む葛藤の辛さを、モモン自身が知っているから。

 

『モモンガ様』

 

突如届いたミュールの声に、モモンは愚かにも警戒を怠っていた自分を恥じつつ意識をこの場へと帰還させる。

メッセージによる通信だ。

それはつまり、モモンが警戒していたものが接近してきた事を意味する。

モモンは剣を強く握り締め、森を睨んだ。

 

「……みんな止まれ!」

 

ミュールのメッセージから遅れること約5秒。

突如立ち止まったルクルットから警戒の声が上がった。

すかさず漆黒の剣の一人一人が武器を抜き放つ。

こりゃまずい。

ルクルットが額に汗を浮かべて呟いた。

 

「森の奥から何か大きいものが突進してくる。とんでもない速度だ。時間がねぇ!もうすぐ来るぞ!」

「ンフィーレアさん!すぐにここから離れてください!」

「は、はい!」

 

ペテルの怒鳴るような声にンフィーレアは即座に手綱を操る。

 しかし馬を動力源とし小回りの利かない馬車の方向転換には時間がかかる。

そんなンフィーレアの馬車を守るべくナーベとミュールが前に出る。

漆黒の剣達も同じ考えのようで、全員が馬車に向かって走り出す。

最も近い場所に居たニニャが真っ先に到着し、杖を構えて森を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

ニニャの口から間の抜けた声が零れる。

見つめる先の木々が不自然に青葉を散らしたと思えば、一本の太い線が音も無く飛来したのである。

死ぬ。

正体不明の物体を見て、ニニャは自らの死の運命を悟った。

死を目前としてニニャには過去を懐かしむ事も、ここには居ない誰かに思いを馳せる事も出来なかった。

アレが当たって死ぬ。

唯それだけした思い浮かばなかった。

 

「ハァッ!」

 

金属質な音が鳴り、ニニャの目前で火花が散った。

その視覚的な衝撃と、短く切られた前髪の一部を掠め取られる痛みからニニャは後ろに倒れこみ盛大に尻餅をつく。

 

「ニニャ!」

 

自分を呼ぶペテルの声を何処か遠くに感じながらも、ニニャは余りにも早く脈打つ心臓のせいで呼吸も満足にできないまま森から距離を取ろうと足掻いた。

下生えと樹木の葉の中間に横たわる闇が、自分を食い殺そうとしている猛獣の口内に見えてニニャは恐ろしかった。

その闇に、たった今自分を殺そうとした正体不明のロープ状の物体が大蛇の如くうねりながら姿を消していく。

またあの攻撃が来る。避けられない!

 

「ひっ、ひあっ、あっ……あ?」

 

恐怖に震えるニニャの視界に、眼を焼くような赤が滑り込んだ。

ゆったりと波打ちながら、恐ろしい森の姿を覆い隠していくそれの正体に気付いた時、ニニャは普段よりも少し高い声で叫んだ。

 

「モモンさん!」

 

視界に映る赤は、かの偉大なる戦士のマントだった。

自分は今、モモンに庇われているのだ。

 

「ニニャさん、大丈夫ですか?」

 

安否を問いかけるモモンの声は彼らしく、冷静で落ち着いたものだった。

助かった。

攻撃を仕掛けてきた存在が如何なるものか未だ分からないというのに、絶対的な安心感が胸を埋めていく。

信頼する仲間と力を合わせて戦う時に感じるものに似ているが、それとは異なる不思議な暖かさだった。

強大な力を持つ一人の男が自分を守ってくれるという安心感。

早鐘を打つが如き心臓の鼓動は、いつしか不快ではなくなっていた。

 

「立って!」

 

背に豊かな弾力を感じたかと思うと、姉を想起せずにはいられない声と共に体が引き起こされた。

後ろから回された手が、胸の辺りを抱え込んで引っ張っているのだ。

圧迫される胸部の感触に焦りを覚えるが、それは今の状況では心配するに足らない些事である。

ニニャは必死に足で大地を掻いて、自らの足で立ち上がる事に成功した。

 

「すみませんミュールさんっ、助かりました!」

「どういたしましてっ」

 

必死に走って後衛たる魔法詠唱者として必要な距離を取った事を確認した時、背後からまた、あの激しい金属音が聞こえた。

モモンは無事だろうか?

何時でも魔法を使えるように杖を握り締めて振り返った先には、未だかつて見た事も無いような怪物が居た。

 

「白銀の、魔獣」

 

視線の先、モモンの逞しい後姿越しに見える絶望するに足る脅威を見たとき、ニニャの口から零れ落ちたのはそんな言葉だった。

駆けつけた仲間達もモモンの背後で武器を構え立ち向かう姿勢を見せてはいるが、後姿だけでも彼らの動揺が透けてみえた。

彼らの肩が微かに震えている。

そしてそれは、ああなんということだろうか!

 

「なんだと……」

 

この中で最も強い戦士であるモモンでさえ、例外ではなかったのだ!

呆然といった風に疑問を呟きながら、肩を震わせるモモンがふらりとよろめく。

ニニャはその事にショックを受けながらも、当然のことであると納得もしていた。

 

攻撃を仕掛けてきた者。

 蛇のような鱗を持つ尾をくねらせるそれは、白銀に輝く体毛に覆われた巨大かつ屈強な体躯をしていた。

 その全身に高度な魔法的文様を宿した獣は、見るものを震え上がらせるような鋭い眼光を放っており、眉間には荒れ狂う殺意と激怒の程を窺わせる皺があった。

生物としての格が違うとしか言いようの無い存在の、明らかに敵対的なその威容を恐れぬ者など居るはずも無いのだから。

 

「嘘だ……なんで、こんなところに!?」

 

必死に手綱を操作するンフィーレアが悲鳴のように叫んだ。

ニニャも嘘だといいたかった。何故だと問いたかった。

この化け物は、本来こんな所に居るはずが無いのだ。

 

「森の賢王!」

 

襲い掛かってきた絶望の名を、ンフィーレアが言い当てた。

蛇の尾を持つ白銀の四足獣。

伝説どおりの姿を持ち賢王と謳われる大魔獣は、その威厳溢れる瞳に狂気を宿し、決して逃さぬとばかりに此方を睨みつけていた。

 




ユグドラシルの経験値システムってどうなってるんだろう?
私の知るネトゲではPT組んでいる間は平等に分配されるか、ソロと同じように敵に与えたダメージ分取得できるかを選択できた覚えがあるけど。

次回、ちょっと早めの伝説の大魔獣戦です。
早く野営シーンまでたどり着きたい……そしてカルネ村ををををを。

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