オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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16話

現れたのは各々装備に違いがある傭兵めいた20騎の騎兵だった。

彼らは馬に騎乗したまま広場に乗り込んでくるなり、デスナイトと襲撃時子供達が隠れていた木製台座の影からこっそり顔を出しているデスウェブに警戒しつつ見事な整列を見せる。

その中から馬に乗ったまま一人の戦士が進み出た。

 

騎兵達の中で最も目を引く屈強な男だ。おそらくはこの集団のリーダーなのだろう。

念のため透明化のほかに隠密系スキルを上掛けしたクーゲルシュライバーは音も気配もなくこの男の背後ににじり寄った。

完全な隠蔽効果を持つ《恐怖の本質(エッセンス・オブ・ホラー)》を使用していなくても気付かれた様子は無い。

明らかに暴力を生業にしているだろう勘のよさそうな男が相手でも、自分の隠密能力は通用するのを確認したクーゲルシュライバーは背後から何時でも首を切り飛ばせる準備をした上で油断無く《真意看破》を使用する。

 

1分にも満たない短い時間だが、クーゲルシュライバーはこの男が義理や人情を重視する人間である事を確信した。

短い時間で確信が得られたのはそれだけこの男が、悪く言ってしまえば単純だということだろう。

コイツは所謂「良い人」なのだ。

その事を念頭に置いて接するべきだろう。クーゲルシュライバーは《伝言(メッセージ)》で彼らに直接相対しているアインズに自分の考えを伝えた。

 交渉している場面を見たわけではないが、村長からあれだけの情報を浚い上げたアインズの対人交渉スキルと思考力は明らかに自分を超えている。

きっと彼ならばこの情報を有効活用してくれるはずだ。

 

前に進み出た男はナザリックに属する者達を注意深く観察している。

やはりナザリックに属する者達は異質なものに見えるのだろう。

デスナイトとアルベドを特に念入りに見つめているのは戦士としてその力量を推し量ろうとしているからだろうか?

彼の目が節穴ではなく此方の戦力がどれほどのものなのかを感じ取ってくれることをクーゲルシュライバーは期待した。

先の襲撃犯とは明らかに装備が異なり、鎧の胸に刻印されている紋章も異なる彼らはその堂々とした振る舞いからして、この村が所属している国の騎士だと予想されるからだ。

出来ることなら戦闘は避けたかった。

 

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するために王の御命令を受け、村々を回っているものである」

 

 その静かな、しかし聞き取りやすい声は広場にいる者達だけではなく家々の影から此方を窺う村人達にも届いたのだろう。

あちこちでざわめきが起こっている。

王国戦士長。

交渉中のアインズから伝言で伝えられた情報の中にはそのような役職、人物に関するものは無かった。

アインズも疑問を感じたのだろう。村長にどのような人物なのか小声で質問している。

 

「……どのような人物で?」

「商人達の話では、かつて王国の御前試合で優勝を果たした人物で、王直属の精鋭騎士達を指揮する方だとか」

「目の前の人物が本当にその……?」

「……わかりません。私も噂話でしか聞いたことがないもので」

 

鋭敏な感覚でその会話を聞き取ったクーゲルシュライバーは判断材料を増やしてやろうとアインズに彼が嘘を言っている様子はない事を伝えた。

特殊技術(スキル)《真意看破》で観察した結果である。

 

『ありがとうございます。助かりますよクーゲルシュライバーさん』

 

アインズからの予想以外に柔らかい感謝の言葉に、彼の役に立てたとクーゲルシュライバーは喜んだ。

なにかと面倒な仕事ばかりを押し付けているアインズに対して、これぐらいはやって当然の事だがそれでも嬉しいものは嬉しいのだ。

 

「この村の村長だな?横にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

 

アインズを凝視していたガゼフの視線が村長に向けられる。

身分が圧倒的に違う相手からの鋭い視線を受けてたじろぐ村長を庇うようにアインズが一歩前に出る。

 

「それには及びません。はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われておりましたので助けに来た魔法詠唱者(マジックキャスター)です」

 

アインズが一礼し自己紹介すると、それに対してガゼフは即座に馬から飛び降りる。

そして同じ大地に立ったガゼフは重々しく頭を下げた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 

 王国戦士長という高い地位にいる存在が見せる真摯な態度にクーゲルシュライバーはいたく感心する。

なんと気持ちのいい男だろうか。

ろくに謝罪すらできない大人を多く知っているクーゲルシュライバーとしては彼の行動は非常に好ましかった。

アインズに教えられた情報では、この国では数年前まで奴隷として人間の売買が行われていたらしい。

人権など存在せず、身分の差が非常に明確な世界でこのような行為を行うのだ。

そこに含まれる意味の重さはかつての世界と比べればまったく違うのはクーゲルシュライバーにも十分理解できる事だった。

 

やはりこいつは「良い人」だ。

《真意看破》の効果について信頼を深めると同時に、クーゲルシュライバーはガゼフという人間の評価を上向き修正する。

アインズもガゼフの人柄を知ったのだろう。

自分に向けられた礼に相応しいだけ態度を軟化させてみせると、会話を開始する。

 

素性を隠そうとするアインズと、その職務ゆえにどのような者なのか探ろうとするガゼフの会話は思っていた以上に穏やかに進んでいく。

それはアインズが問題を起こさないようにとガゼフに対して協力的な態度を取っていたのが大きな理由だろう。

納得しているかは分からないが、ガゼフはアインズの事を旅の冒険者であるとして話を進めている。

 今のところは問題なさそうだ。

クーゲルシュライバーがそう思った時、あまり突っ込んでもらいたくない部分にガゼフが触れてきた。

 

「騎士達を殺したと言うが……それはゴウン殿が?」

「……そうであるとも言えますし、そうではないとも言えます」

 

その微妙な言葉に含まれたニュアンスを鋭く察知したのだろう。ガゼフの視線が血の匂いを漂わせるデスナイトとデスウェブに向けられる。

 特に離れているにも拘らず濃密な血の匂いを発散させているデスウェブに対してガゼフの視線が集中する。

それについてクーゲルシュライバーはデスウェブを庇ってガゼフに弁明したい気持ちに駆られた。

確かにデスウェブはその牙と外骨格内に収納された蜘蛛の大群で騎士達を血祭りに上げたが、その時の汚れは既にほかならぬクーゲルシュライバーの手によって綺麗さっぱり洗われている。

糸の片付けを始める前に、村人達を不快にさせないようにと一度村はずれまで移動してそこで無限の水差しを使って丁寧に血を流してやったのだ。

ではデスウェブから漂う血臭はなんなのかと言えば、それは死んだ村人の亡骸を運搬していた時に付着したものだった。

だからそんなに睨まないでやって欲しい。デスウェブは村人達のために頑張ったんだよ。

しかしそんなクーゲルシュライバーの思いはガゼフには届かない。

 

「今ここでお聞きしたいのだが……あれらは、一体?」

「あの騎士は私の生み出したシモベです。そして此方を窺っている蜘蛛ですが……あれは私の友人が遣わしたシモベですね」

 

 感心するような声がガゼフから、そして此方を窺っていた村人達から上がる。

ガゼフはあのような強大な存在を使役するアインズの魔法詠唱者(マジックキャスター)としての高い技量を知ったがゆえに。

村人達は神の一種であると思っているデスウェブの上に主人がいる事、そしてその主人とアインズが友誼を結んでいるという事を知って。

 

「そのご友人というのは?よろしければ名を教えてもらえないだろうか」

「……申し訳ないのですがそれはできません」

「それは、なぜ?」

「……我が友との約束、いや、契約でしてね。決して名を言ってはいけないのです。さもないと……」

 

アインズはデスウェブを指差す。

 

「約束を破った私に愛想を尽かして、あの蜘蛛をけしかけてくるかもしれません」

 

その言葉に村人達がぎょっとした表情になる。

特に声を発したわけではないのだが多くの人間が同時に驚愕を顕にするのを目の当たりにしたガゼフは何かを察したのだろう。

理解したとばかりに重々しく頷く。

 

アインズが言っている事は嘘だ。

名前を言ってはいけない契約など存在していない。

だがクーゲルシュライバーの存在を秘匿している以上、そういった嘘をつくのは仕方がない事だ。

しかし、しかしである。

 

(モモンガさぁぁぁぁん!なんかこっちを見ているネムとエンリがショック受けてます!俺を物騒な人扱いしないで!勘違いされちゃうからぁ!)

 

 クーゲルシュライバーの視線の先には家の影で顔を青くして口を押さえているエンリとネムの姿があった。

 

「なるほど……ゴウン殿に比肩するだろう魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。知っておいて損はないと思ったが、やめておいたほうがよさそうだな」

「ご配慮ありがとうございます」

 

名前を言ってはいけない魔法詠唱者(マジックキャスター)、か。

ガゼフは心に刻むようにそう呟くと再びアインズに質問する。

 

「では……その仮面は?」

「ああ、王国戦士長殿を前にして素顔を見せぬ無礼を許していただきたい。これは魔法詠唱者(マジックキャスター)的な理由で被っているのです」

「仮面を外してはもらえないか?」

「お断りします。あれが暴走したりすると厄介ですから」

 

アインズが指差した先にいるデスナイトを見てガゼフが唸り声をあげる。

村に来た当初から気にかけていた存在が暴走する可能性。

 それはガゼフにこれ以上の追及を思いとどまらせるには十分な効果があった。

 

「やはり強大な存在を使役するというのは難しい事なのだな……わかった。仮面はそのままで結構だ」

「ありがとうございます」

 

二度も同じようなやり取りをする二人をみてクーゲルシュライバーは密かに笑っていた。

 だが、肢の先から伝わってきた振動にその笑みを即座にかき消す。

その振動にクーゲルシュライバーは覚えがあった。

先ほどガゼフ達が現れたときと比べれば遥かに小さいものではあったが、この振動を発生させているものがなんなのか理解できる。

 これは騎兵が駆けてくる振動だ。

それも相当急いでいるらしい。

 

クーゲルシュライバーはガゼフから離れると近くにあった家の屋根に音も無く着地した。

 3メートル近いクーゲルシュライバーの巨体が相当な速度で動いたのにも拘らず、空気に一切の乱れは無い。

すこし高くなった視界で振動の発生源を探せば、それはアッサリと見つかった。

装備からしてガゼフの部下だろう。

彼は息を切らしながら広場に飛び込むと大声で緊急事態を告げた。

 

「戦士長!周囲に複数の人影!村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでもこうしていても意味が無い。ではゴウン殿、お元気で。この村を救ってくれたこと、心より感謝する」

 

村外れに近い民家の中、ガゼフは感謝の言葉を告げるとガントレットを外しアインズの金属に覆われた手を握る。

ガントレットを外さないアインズに嫌な顔一つ見せないのは、きっとガゼフが、これは勝手に感謝しているだけであってその勝手な行いに相手の礼儀を求める必要はない、と思っているからだろう。

ただ真摯に感謝する男と、それを無言で受ける仮面のマジックキャスター。

その姿をクーゲルシュライバーは家の壁に張り付き窓から覗き込むようにして見つめていた。

 

「本当に、本当に感謝する。よくぞ無辜の民を暴虐の嵐から守ってくれた!そして……我が儘を言うようだが、重ねてもう一度だけ村人達を守って欲しい。いまこの場には差し出せるものはなにもないが、このストロノーフの願いをなにとぞ……なにとぞ聞き入れて欲しい」

 

アインズの手を両手で握り締め心の底からの思いを吐露するガゼフ。

その必死な姿をみてクーゲルシュライバーは考える。

果たしてアインズはどのように判断するだろうか?

 

現在村に迫りつつある脅威は天使を使役するマジックキャスターで構成された集団。

それもガゼフの見立てによればスレイン法国に所属する特殊工作部隊「六色聖典」の何れからしい。

そして奴らの狙いはガゼフ・ストロノーフ。その殺害か、誘拐と言ったところだろう。

話を聞いている限りでは今のガゼフには奴らを跳ね除ける力はないようだ。

放って置いても、ガゼフが六色聖典を切り伏せ村を守ってくれる……などという事にはまずなるまい。

その場合この村を自分達が守護してやらねば、折角助けた村人達が殺される可能性は高い。

なにせ相手は特殊工作部隊だ。それがどのようなものか詳しくは知らないが、その類の組織は情報の漏洩を許さないイメージがある。

口封じが行われてもおかしくは無いだろう。

 

正直に言えば、クーゲルシュライバーはカルネ村を守ってやりたかった。

自分のあまりの感化されやすさに苦笑するが、自分と友人が手間をかけて救った村人を殺されるのは些か以上に不快だ。

クーゲルシュライバーは尊敬の眼差しで見つめてきたネムの姿を思い浮かべる。

……死なせたくはない。

それは同等の存在に向けるものではなく、懐いてくる子犬に向けるような感情だった。

 

大規模災害に際し、ペットをおいて避難しなければならなかった被災者の気持ちとはこのようなものだったのだろうか?

村の倉庫へ向かう人々の群れの中にはネム、そしてエンリがいた。

彼女達が浮かべていた不安な表情。

それがかつて見て感動したドキュメンタリー番組を思い出させる。

自分ではどうしようもない災害に動揺し恐怖するも、自らの飼い主を信じて大人しくしている犬。

そしてそれを見捨てて避難するしかなかった飼い主の苦悩がなんとも涙を誘う素晴らしい番組だった。

その番組の犬が見せた表情とネムとエンリの顔がクーゲルシュライバーには重なって見えてしかたないのだ。

 

 しかしそんな個人の感情もナザリック全体の安全を考えれば諦めざるを得ないのは分かっていた。

ここで法国と下手に関わっては後の禍根になるかもしれない。

既に生き残りの騎士を送り出してしまったので手遅れかもしれないが、一国の切り札であろう特殊工作部隊を相手にするのならそれを危惧するのは当然だ。

アインズがそれを理由に村の防衛を断るならクーゲルシュライバーに異論はない。

 

クーゲルシュライバーはアインズがどう答えるか固唾を呑んで見守る。

 

「……それは」

「もし王都に来られることがあれば、お望みのものをお渡しすると約束しよう。ガゼフ・ストロノーフの名にかけて」

 

己の名にかけて約束したガゼフは手を離すと跪こうとする。それをアインズが肩に手をかけて止めた。

さぁどうなると窓から身を乗り出して事態を見守るクーゲルシュライバーにアインズからの伝言が届く。

その内容を聞くとクーゲルシュライバーは窓から侵入させていた人間状の器官についた擬腕でサムズアップしてみせる。

それを見ているのかいないのか。アインズは自分を見つめているガゼフを向いたまま語りかける。

 

「……そこまでされる必要はありませんよ。ですが、了解しました。村人は必ず守ってみせます。あなたがその名に誓ったように。このアインズ・ウール・ゴウンの名にかけて」

 

自分と同じようにと前置きされた上での名をあげての誓いにガゼフの表情が明るくなる。

それと同じように透明になっているクーゲルシュライバーも嬉しげに擬腕を振りまわしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……初めて会った人間には虫程度の親しみしか無いのに、どうも話してみたりすると、小動物程度の愛着が湧くな」

 

周囲に人はいない。村人を隔離し、ガゼフ達を村の外の草原に見送った以上、旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)アインズ・ウール・ゴウンを演じる必要はない。

全ての村人を収容した倉庫の前で、横に立つアルベドと、透明化を解いて姿を現したクーゲルシュライバーに聞かせるようモモンガが疲れた声で呟いた。

交渉中はため息一つつかなかった主人が見せる弱った姿に、アルベドは胸の高鳴りを感じつつも怒りを燃やす。

胸の高鳴りは主人が自分の事を弱さを見せてもよい相手だと思ってくれている事に対して。燃え上がる怒りは愛する主人を煩わす下等生物に対して。

混沌とした雰囲気を発するアルベドにモモンガが少し怯えている。

それを無視してクーゲルシュライバーは口を開いた。

 

「だが情だけではない。そうだろうモモンガ?これはある意味チャンスだ。一国の特殊部隊がどの程度の実力なのか調査することができるし、捕らえられれば情報源として非常に期待できる」

 

結局のところガゼフの要求をのんだのはモモンガとしても情に拠るものが大きかった。

それは後からこっそりと教えられたクーゲルシュライバーも知ることだったが、アルベドがいる手前ナザリック地下大墳墓の支配者らしい理由を聞かせてやる必要があった。

モモンガもそんな考えを察してクーゲルシュライバーの言葉に続く。

 

「うむ。この世界の知識が不足している内は常に相手が格上の存在である事を考慮しなくてはならないからな。今回の状況は我々にとって非常に都合がいい」

「なるほど。モモンガ様はあの人間を敵の力を見るための捨て駒に使ったという事ですね。貴重なアイテムを下等生物ごときに授けたのはそういうお考えだったのですか」

「……うむ」

 

別にそういう風に考えていたわけではない。それに貴重なアイテムと言ってもあれは500円ガチャのはずれアイテムなのでくれてやってもまったく問題はない。

花も恥じ入るような笑顔を見せるアルベドに対して、そう言いたそうな仕草をみせるモモンガを気の毒に思うが訂正しても良いことはあるまい。

クーゲルシュライバーは望んでおこなっていた支配者ロールの面倒くささを噛み締めながらモモンガに話しかける。

 

「ところでモモンガよ。先のカルネ村襲撃の際はお前ばかりが活躍していたように思うのだが……今度は私に実験させて貰えないか?」

「うん?活躍していたつもりはないが……確かに騎士を多く使い潰したのは私だな」

「だろう?私も試してみたいことがある。全部と言わず半分ぐらいはやらせてくれないか」

「別にかまわないとも。ただし、奴らの実力が我々を上回っていた場合はその限りではないぞ?」

「分かっている。奴らの使役する天使は脆弱極まりないが、まさかあれが全力ではあるまい。下手をすれば我々の想定する最高位天使を遥かに超える天使を繰り出してくるやもしれん」

 

そうなったら、いや、そうなる兆候が見えた段階で即座に全力での撤退を行うさ。そういうクーゲルシュライバーにモモンガは大きく頷く。

モモンガもクーゲルシュライバーも天使系モンスターの多くが使用する善、光、神聖魔法とは相性が悪い。

相手の底が見えない以上は慎重に慎重を重ねた対応が必須だろう。

 

「それでモモンガ。すこし提案があるんだが……」

 

今までと違いどこか楽しげな雰囲気を覗かせるクーゲルシュライバーの言葉にモモンガが首を傾げた。

 

「なんだ?猫なで声で」

「いや猫なで声ってあなた……ゴホンッ!まぁなんだ、折角二人で戦うんだ。久しぶりに演出、撮影クーゲルシュライバーで主演モモンガ&クーゲルシュライバーでな」

 

――――ヤってみないか?

 

夕日を背に受け逆光となったクーゲルシュライバーの漆黒のシルエットの中で、彼の八つの単眼だけが夕日よりもなお紅く輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――王国最強、周辺国家でも並ぶものがいないとされる最強の戦士ガゼフ・ストロノーフを抹殺せよ。

 

本来まわされるはずも無い他国への潜入任務だったが、戦闘のエリート中のエリートで構成された陽光聖典にそれを拒否する理由も権利もなかった。

不慣れな任務であると正しく認識していた隊長の念入りな準備と慎重な作戦が功を奏し、ガゼフに与えられたリ・エスティーゼ王国の国宝たる装備一式を剥ぎ取り、さらには近隣の村々を襲撃することで多数の部下と分断する事にも成功していた。

労力と時間をかけて圧倒的に有利な戦場を用意した彼らは、構成員に僅かな犠牲も出さずに周辺諸国最強の戦士と名高いガゼフ・ストロノーフを窮地に追い込んでいた。

深手を負ったガゼフに対しても油断する事無く、多数の天使による同時攻撃で止めをさすつもりだった。

あのまま行けば数秒後にはガゼフの命を奪うことに成功していたという確信があった。

だというのに、これは一体どういうことだ?

スレイン法国六色聖典が一つ「陽光聖典」の隊長ニグン・グリッド・ルーインは困惑しつつも冷静に状況を見極めようとしていた。

 

まず、後一歩まで追い詰めていたガゼフが忽然と姿を消した。

そしてそのかわりに戦場となっていた草原に二人の人影が現れた。

突如として夕焼けの草原に浮かび上がった、特殊工作部隊陽光聖典の隊長であるニグンですら見たことの無い複雑で奇怪な紋章が光を放ったと思えば、既に彼らは其処に居たのだ。

 

一人は魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)風の男で顔を仮面で覆い手にはガントレットを嵌めている。身にまとうローブは見るからに高級な一品で、装備する者の身分の高さを証明しているかのようだ。

もう一人は漆黒の全身鎧に身を包んだ者。見る者を圧倒する迫力を放つ見事な鎧は、並の手段で手に入るものではないだろう。遠目であっても一級品のマジックアイテムであろう事が予測できる素晴らしい逸品だ。

どちらもこんな辺境の草原に似つかわしくない存在だった。

 

だが追い詰めたガゼフのかわりに姿を現した二人である。

何らかの転移魔法を使用してガゼフとその部下達をどこかへ転移させたのだろうが、そんな事ができる魔法に心当たりは無い。

未知の魔法を使用する、上等な装備に身を包む存在。

警戒を絶やしてはならない相手だ。

 

ニグンのその考えを後押しするかのように、草原を吹き抜けていく風の流れが変化する。

まるで件の二人組の背後から吹きだしているかのような風は奇妙に冷たく、そして先ほどまで草原に漂っていた血臭とはまったく異なった洞窟を思わせる湿気た臭いを孕んでいた。

ふと、風の音にまぎれて遠く離れたトブの大森林からだろうか?

魔獣のものらしき甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 

――不吉な。

 

ニグンは思わず口を突いて出そうになった言葉を飲み込む。部下達の前で隊長が口にしていい言葉ではないからだ。

 代わりにニグンは素早く命令を下す。

天使達を一旦全員引かせ、防御用の陣形を組ませ、正体不明の存在から若干距離をとる。

 油断する事無く相手の出方を窺っていると、ローブを怪鳥の如く風に大きくなびかせる魔法詠唱者(マジックキャスター)風の男が一歩前に出る。

それに合わせるかのように風が吹き付けてくる。

まったくの偶然だが、それはあの男が一歩近づいた為に空気が押しのけられて発生したのではと錯覚しかねない絶妙なタイミングだった。

馬鹿馬鹿しい。

相手の装備に圧倒され過剰評価に陥るなど陽光聖典の隊長に在ってはならない事だ。

ニグンは下腹に力を込めると、その魔法詠唱者(マジックキャスター)風の男を睨みつける。

 

「はじめましてスレイン法国の皆さん。私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。親しみを込めて、アインズ、と呼んでいただければ幸いです」

 

 距離があるにも拘らず、風が運んできてくれるのだろう。その声はニグン達に確かに届いていた。

 仮面をしていて、距離が離れており、さらには風に運ばれてきたというのに奇妙なほどにクリアな声だった。

 その事実に言い知れぬ違和感を覚えるが、それ以上にニグンと陽光聖典隊員達の意識は草原から大挙して現れ、そしてアインズ・ウール・ゴウンと名乗った男から逃げるように消えていく様々な小動物に向けられていた。

先ほどまでガゼフ率いる精鋭部隊との戦場になっていたというのに、一体何処に隠れていたのか不思議なほど豊富な種類と数だった。

飛び去っていく蟲の羽音と鳥の鳴き声が妙に不安を掻き立てる。

立て続けに発生する異常な事態にニグンは二人への警戒をより一層強くしていた。

幻術の類か?幻術を用いて自分を強大な存在だと見せて我々を引かせようとしているのか?

その可能性は高い。なにせ戦力は此方が圧倒的に有利だ。あの二人がそれぞれガゼフに匹敵するだけの存在だとしてもこの状況であれば戦闘行為を避けるはず。

 

(なるほど、狙いは読めた)

 

――何者かは知らんが、我々の信仰心をなめるなよ。

多少不安を煽ったところで、陽光聖典に所属するもの達の篤い信仰心は小揺るぎもしない。

神に仕える我々はその信仰心に従って任務を完遂する。その程度の脅しに屈したりはしないのだ。

 

「そして後ろにいるのがアルベド。まずは皆さんと取引をしたいことがあるので、すこしばかりお時間をもらえませんでしょうか?」

 

取引。

やはりそうきたか。

ニグンは自分の考えが正しいという確信を深める。

こいつらの狙いは時間稼ぎだ。恐らくは転移したガゼフ達の為に時間を稼いでいるのだろう。

とすれば向こうのペースに載るのは愚策も愚策。ここは問答無用で叩き潰し、拷問してガゼフの行方を吐かせるべきだろう。

だが――

 

(先ほどから起こっている異常の数々。それを幻術だと仮定して、我々が看破できない程の幻術か。それもこれほど大規模なものを扱える魔法詠唱者(マジックキャスター)の力を侮るのは危険だ。向うもこのような場に出てきた以上何かしらの切り札は持っているだろう)

 

それにアインズが名乗った名前にニグンは心当たりが無い。これほどの腕前の魔法詠唱者(マジックキャスター)が無名なはずはない。

恐らく偽名なのだろうが、転移魔法と幻術に長けた魔法詠唱者(マジックキャスター)について記憶を探ってもアインズ程の技量を持った者はいなかった。

いや、似たようなことができる者はいる。しかしそういった者達の素性は判明していた。彼らがアインズの正体であるという事はありえないとニグンは判断する。

 

武力で排除するには情報が不足していた。

だがガゼフは深手を負っており、その部下は皆倒れていた。

転移させたにしろアレだけの人数を移動させたのだ。おのずと距離の限界が推測できる。

それほど遠くまでは転移することは出来まい。ならばここは慎重にある程度の情報を得たほうがいい。

ニグンは無言で顎をしゃくりアインズに先を促した。

 

「……お時間をいただけるようでありがたい。さて、まず最初に言っておかないといけないことが一つ。皆さんでは私達には勝てません。私達に戦いを挑むという事は自殺行為と同意である、と知っていたただきたい」

 

断言した口調からは絶対的な自信が感じられた。嘘を言っている様子はない。つまりアインズは本気で、たった二人で陽光聖典に勝てるつもりでいる。

ただの馬鹿か、それとも幻術に長けた者の巧妙な擬態か。

スレイン法国でも上位に位置する者達に対するあまりにも傲慢な発言は、何とかして此方を威圧し撤退させようとするアインズの苦肉の策だろう。

アインズの狙いを見透かしているニグンとしてはこの発言は嘲笑に値するものだった。

 

「はっ!無知なのか、それとも虚勢か?どちらにしても哀れなものだな。だがその発言のつけはその身で支払うことになるぞ魔法詠唱者(マジックキャスター)

「さて、それはどうでしょう?私は戦いを全て観察していました。その私が此処に来たということは勝利を確信しているから。もし皆さんに勝てないならあの男は見捨てた、そう思いませんか?」

 

確かにそれは正論だった。

どの系統のマジックキャスターであってもこのように多数の敵の眼前に立つという手段は似つかわしくない。

幻術を得意としているだろうアインズも態々敵に姿を見せる必要などないのだ。

だというのに正面から迎え撃とうとするアインズ達には、何らかの奥の手があると見ていい。

 

だが、そう思わせるのがアインズの狙いだとしたら?

アインズが言ったことは確かに正論だ。

しかし、ガゼフ・ストロノーフという王国最強の戦士が持つ価値を考えればまた違った意味が見えてくる。

アインズは時間稼ぎの捨て駒という可能性だ。

王国は王の派閥と貴族の派閥、二つに分かれてお互いの力を削いでいる状態にある。

そしてガゼフは王の派閥にとって非常に重要な存在でもある。

そのガゼフが死んだら王にとってそれは破滅を約束されたようなものだ。

ならば優秀なマジックキャスターを捨て駒にしてでもガゼフを救おうとするのもおかしな話ではあるまい。

しかし捨て駒である事を悟られては時間稼ぎの任務を果たすことが出来ない。

だからこそアインズはあのような挑発に近い発言をしたのではないか?

侮るわけではないが圧倒的多数であり一人一人が戦闘のエキスパートである陽光聖典を相手に、互角以上の戦いが出来る奥の手を隠し持っていると考えるよりよほど現実的だ。

 

(幻術を得意とする者を相手にするのは疲れるものだ。魔法以上にその知略が厄介。今後はそういった手合いへの対処法も考えねばならんな)

 

思考をめぐらせるニグンが沈黙しているのを良い事にアインズは好き勝手に話しはじめている。

そのどれもが此方を困惑させるようなものだ。

部下達が使役しているのは第三位階魔法で召喚できる炎の上位天使か、などと改めて確認する必要もないと思われる質問に始まり「ユグドラシル」「キリスト教」などの理解不能な単語を交えた意味不明の推察らしきものを独り言のように喋っている。

そんな狂人めいた言葉の数々にニグンは苛立ちを感じる。

だが、それではまずい。向うのペースに乗せられてはいけない。

幻術使いというのはそういった心の隙を決して見逃したりはしないのだから。

ニグンは一度大きく深呼吸すると冷静かつ高圧的な声でアインズの言葉に割り込んだ。

お前の目論見などお見通しだといわんばかりに。

 

「時間稼ぎに付き合うつもりはないぞ幻術士(イリュージョニスト)。答えろ、ガゼフ・ストロノーフを何処へやった」

「時間稼ぎ?……何のことだか分かりませんが、彼らは村の中に転移させました」

「……なに?」

 

白々しく首を傾げるアインズに、やはりこの手の質問は無意味かとニグンが奥歯を噛んだ。

そして一瞬だけ正直に居場所を吐いたアインズに驚いてしまった自分を叱咤する。

 

(馬鹿かニグン・グリッド・ルーイン!時間稼ぎを目的とした捨て駒が本当の事を言うわけがないだろう!)

 

恐らく、いや確実に欺瞞だ。

我々が村を捜索する時間を作り、そうして得た時を別の所に転移させたガゼフの逃亡に費やそうとしている。

 村一つを犠牲にすることを厭わないアインズの、おそらくは王命であろう任務へ本気の度合いが窺える発言だったがその真偽を見極めるのは容易い。

 

「愚かな。多数の天使を使役する我々にとっては村一つ捜索するのにそう時間は掛からん。そのような偽りを言ったところで……」

「――偽りなど滅相もない。お聞きになったので答えたまででしたが……実は素直に答えたのにはもう一つ理由があります」

 

くどい。

ニグンは尚も時間稼ぎの為に言葉を重ねようとするアインズを一喝しようとして、出来なかった。

なぜならアインズの纏う雰囲気が一変したからだ。

山の向うへと沈もうとする夕日の赤い光が雲に遮られ、生じた長い影がアインズだけに闇を落としている。

その闇の中でアインズの仮面の目だけが奇妙に光を反射しギラギラと輝いていた。

吹き付けてくる風が一層強く、冷たくなっていく。

頬を撫でる風に死の匂いを感じたのは、はたしてアインズの幻術に拠るものなのだろうか?

誰かがゴクリと喉を鳴らす音が妙に耳に残った。

 

「実は……お前と戦士長の会話を聞いていたんだが……本当に良い度胸をしている」

 

地の底から響いてくるかのような声だ。

いや、実際に地の底から響いているのかもしれない。

なぜなら、その声に合わせて地面が小刻みに振動しているのが足から伝わってくるのだ。

 

「お前たちはこのアインズ・ウール・ゴウンが、そして我が盟友がわざわざ手間をかけて救ってやった村人たちを殺すと広言していたな。これほど不快なことがあるものか」

 

幻術だ。ブラフだ。脅しに過ぎない。

ニグンは言い聞かせるように心中でそう繰り返し唱えた。

この程度の脅しに、スレイン法国の切り札である陽光聖典の隊長である自分がうろたえてどうする。そんな事はゆるされない。

しかし――

 

「な、なんだあれは?」

 

部下の誰かが不安そうに呟く。

か細い笛の音のようなものが混じった風に撫でられざわめく草原に、奇妙な影が空からおちていた。

それは一体どのような偶然だというのだろうか。

はるか天上に浮かぶ雲が複雑に組み合わさり、それを夕日が照らした産物。

そう言うにはあまりにも人為的な形状の影だった。

それはまるで生ある者を恨むアンデッドのように恐ろしい形相をした頭蓋骨を思わせる形だった。

 

「先ほど取引といったが、内容は抵抗する事無く命を差し出せ、そうすれば苦痛なく殺してやる、だ。だがもしもアレだけの警告をしたにも拘らず歯向かうと言うのなら容赦はしない。その愚劣さの対価として、絶望と苦痛の中で死に絶える事となるだろう」

 

その言葉が言い終わると同時に周囲に闇がおちてきた。

夕日が沈み、夜が始まったのだ。

それ自体はなにもおかしなことは無い。

だが、陽光聖典に所属する誰もが不安げに周囲を見渡し始めた。

それはニグンも例外ではない。

さっきまで草原に影がくっきりと浮かぶほどの明るさがあったというのに、幾らなんでも日が沈むのが急すぎる。

これもアインズの幻術なのだろうか?いやしかし、だとしたらアインズの技量は一体どれほどの高みにあるというのだろう?

魔法に対する抵抗力も鍛えている自分達陽光聖典の全員が抵抗失敗するほどのこの威力。

そしてアインズ自身が発するようになった、圧倒的な強者の威圧。

部下が怯えるのも無理はない。

 スレイン法国最強の部隊である漆黒聖典の隊員とも面識のあるニグンであっても、これほどまでに圧倒されたのは初めての経験なのだから。

 

ニグンは警戒レベルを最大まで引き上げる。

 もはや幻術が得意とするならば直接的な戦闘能力には欠けるはずだなどという油断は一切捨てる。

これほどの力をもつ正体不明の存在が唐突に現れたことに対する疑問は尽きないが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

そう判断したニグンが部下に命令しアインズを攻撃させようとしたその時だった。

 

「カ、カハッ……」

 

声にならない息が喉から漏れる。

瞬きの仕方を体が忘れてしまったかのように目が見開かれる。

 

突如としてアインズの隣の空間から漏れ出したおぞましい汚泥の如き闇。

その闇の向うから、なにか良くない、とても恐ろしい何かがこの世界へと生れ落ちようとしていた。

この世に存在するありとあらゆる生命を集めミンチにして腐敗させる事で生み出された混合物のような邪悪極まりない闇の向うから、聞くだけで恐怖を掻き立てられる声が聞こえてくる。

 

「アインズの威圧を受けて戦意喪失しないその勇気は褒めてやろう。だが少し待て。私も今の内にお前たちに聞いておきたい事があるんだ」

 

神に仕える神官でもあるニグン達はなにも行動できなかった。

ただ、世界を汚すような冒涜的な化け物がゆっくりと姿を現すのを見ているしかなかった。

現れたのは夜の闇のただなかにあっても眼を引く黒檀色の巨体をもつ蜘蛛だった。

本来蜘蛛の眼がある場所には人間の上半身が生えており、その貌のない頭部にある八つの眼が禍々しい真紅の光を放っている。

鋭く頑丈そうな両手には邪悪なる存在に似つかわしくない神秘的な輝きを宿す指輪が嵌められていた。

前肢についた鉈のような爪は人間など一振りで両断してもおかしくないほど巨大かつ鋭利であり、蜘蛛の頭部から生える金属質に輝く緑色の牙にはどんな鎧であっても貫いてしまいそうな威圧感があった。

 

一体この化け物はなんなのだ?

アインズ、などと親しげに呼んでいたがまさかヤツが召喚したモンスターなのだろうか?

そこまで考えてニグンは自分に与えられた「切り札」の存在に思い当たり、そして戦慄した。

 

(まさかあれがアインズの切り札なのか!?ならば頷ける!あれほどのおぞましい怪物を使役できるというのであれば奴のあの態度も当然というものだ!)

 

スレイン法国の切り札の一つである陽光聖典を前にして余裕の態度を崩さなかったアインズの切り札の正体。

それは恐らくは十三英雄に滅ぼされなかった魔神を封じたなにかしらのマジックアイテムだったのだろう。

王国はなんと愚かな事をしでかしてくれたのか。

王としての地位を守らんが為に、人類の敵である魔神を利用するなど正気の沙汰ではない。

ニグンはアインズにこの魔神を与えたであろうリ・エスティーゼ王国の愚王に心の中であらん限りの侮蔑をぶつけた。

 

「お前達があの村に騎士達をけしかけたのかな?」

 

吐き気を催すほど穏やかな声で問いかけてくる化け物に対して、ニグンは半ば呆然としていた頭で答えを返す。

 

「だ、だったらどうするというんだぁ!」

 

ニグンは震える心と体を信仰心を杖として支え、やっとの思いでそう叫んだ。

 我々のしたことは人類を脅威から守るという大義の為に必要な行為だった。

お前のような邪悪の権化にその事についてどうこう言われる筋合いはない。

そういった思いの篭った激高するかのようなニグンの叫びに対して、化け物は極めて冷静に、さらには優しさすら感じさせる声で答える。

 

「そう怒るなよ。別にその事についてお前達を糾弾するような馬鹿馬鹿しい真似はしないとも。なにせ彼らは虐殺にはつき物の略奪をしなかった、非常に品のいい連中だったからな。もっとも――」

 

人間の女がするようなしなやかな動きで上半身をくねらせた化け物が貌の無い頭部に手を添える。

扇で口元を覆い笑っているかのような印象を感じさせる体勢のまま、化け物がさも当然の事のように喋り出した。

 

「たとえ彼らの代わりに……そうだな、裏モノ電脳風俗の内容でいくか。

 年端もいかぬ少女の腹を裂き内臓を引きずり出してできた空間に頭を埋めて胎内回帰願望を満たす者を差し向けようとも。

 うら若き乙女の子宮を生きたまま摘出し、それを肛門拡張の道具として自らに挿入した後絶頂の雫で哀れな犠牲者を汚すことに無上の喜びを感ずる者を差し向けようとも。

 頭蓋骨に穴を開けて生きのいい脳細胞を陵辱することを……○○××△△」

 

「オゲエエエエエエエエ!!」

 

ゆっくりと化け物が語りはじめた邪悪極まりない、おぞましく、冒涜的で、狂気に満ちた言葉の数々に耐え切れず部下の何人かが嘔吐する。

無理もあるまいとニグンは思う。

 知識として人間社会においても様々な暴力的かつ異常な性的嗜好を持つ者がいると知っているニグンでも、あの恐るべき化け物が語るような内容は寡聞にして知らない。

にもかかわらずあの化け物はそれを人間が行う所業であるかの如く語るのだ。

人間という種を嘲笑い、冒涜されてるかのような感覚にニグンは眩暈を感じた。

やめろ、そんな恐ろしいことを教えないでくれ。

幼い頃、寝る前に恐怖を煽る話を聞かされた時の感情が思い起こされる。

この知識は、毒だ。人類が知ってはいけない猛毒を孕んだ禁断の知識だ。

 

「……そんな者を差し向けようとも。私はお前達を責めるつもりなど、一切ないのだよ。ただ聞きたいだけなんだ。答えてくれるな?」

 

いやだ。あんな恐ろしくて気持ちの悪い化け物と会話したくない。

会話した瞬間正気を奪うような何か恐ろしい事を自分の頭に吹き込んでくる予感がしていた。

しかしニグンは精一杯の勇気を振り絞り、こみ上げる吐き気を堪えながら答えた。

 

「うっぷ、そ、そうだぁ!だからなんだというんだ!」

「そうか。お前達のおかげであの素晴らしい1シーンが見れたというわけか。感謝しておこう」

「か、感謝……?」

 

化け物から発せられた思いがけない言葉にニグンは困惑する。

その様子を見て化け物が親しみを感じさせる口調で説明をはじめた。

 

「そうだ。お前達が兵を差し向けなければ無辜の民達が暴力に襲われ、命の危険に晒されながらも精一杯愛する者を守ろうとして力及ばず無残に殺されるという悲劇は起こらなかった。そして私がそれを見ることもなかった。思いがけず良いモノを見せてくれたお前達に感謝するぐらいは当然だろ?」

 

――倒さねばならない。

 

化け物の言葉を聞いて即座にニグンの頭に浮かんだのはそれだった。

ニグンの震える手が懐に仕舞われている「切り札」へと伸びる。

この化け物が、そしてアインズとあの女も魔神だという最悪の状況を想定しても、勝機はある。

もしも魔神では無かったとしてもあの残虐性だ。けっして野放しにはできない。

奴らは必ず滅ぼさなければならない邪悪なのだ。

 

――いざとなったら「切り札」をきることを躊躇わない。

 

ニグンは人類の未来が自分の双肩にかかっているかのような重圧と使命感を感じながら、この世を汚す邪悪と、それを従える邪悪な魔法使いを睨み付けた。

 




「ニグンさま、がんばれ」
とかそんな感じで応援されてしかるべきなニグンちゃんでした。
今その場で邪悪に立ち向かえるのは君達陽光聖典だけなんだー。

あと未来の世界でボールペンの言っていたプレイが一般的というわけではないのでご安心を。
あれは普通に違法なアレです。なんで知ってるのかは気にしちゃいけない。
でもボールペンはそういう内容で遊んだ事ないですから勘違いしちゃイヤですよー?

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