オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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10話

「シャカシャカシャカ♪」

 

至高の41人の1人に創造されたかつて存在したとされる伝説の夜天の光に照らされる闘技場の観客席で、体を左右に振りながら踊り歌う人影が一つあった。

その長い袖からは幾つもの紙片、精神効果の魔法効果を発動させる符が顔を覗かしている。

 

「そろそろかなぁー?そろそろですわぁー」

 

手にした符が一瞬光を放ち蒼炎を上げ消失すると、その人影、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータは懐から懐中時計を取り出した。

現在ナザリック時間23時55分。

この時間帯に来ないのであれば、もう本日の分は終了だろう。

目を動かさずに眼下の闘技場を見やると、エントマは懐中時計を慣れた手つきで元あった場所へと戻した。

そんな時、如何にも紳士然とした声がエントマの背後から聞こえてきた。

 

「今宵も良い月ですなエントマ様」

「あらぁ!恐怖公じゃないぃ。まだだったのぉ?」

 

擬毛を動かし背後を振り返ったその先には王冠とマント、錫杖を身に着けた直立するゴキブリが居た。

第二階層「黒棺(ブラックカプセル)」の領域守護者であるナザリック五大最悪の1人、恐怖公だ。

緋のマントを翻す彼の周囲には夥しい数の眷属の姿が見える。

闘技場の構造物を侵食するかのように蠢く黒い闇の一団は恐怖公が持つ同族の無限召喚というスキルによって呼び出されたゴキブリの大群(スウォーム)だ。

その数、まさに膨大。

 普段彼が守る領域である黒棺に犇いている数を更に超えている。

 

このナザリックにおいても多くの者が恐れを抱くだろうその光景を前に、エントマは顎に袖を寄せジュルリと舌なめずりのような音を立てた。

その音に恐怖公とその一団が微かに身を引きつらせる。

 時たま自身の守護領域に現れてはおやつ感覚で同胞をつまんで(……)いく彼女の食欲は今日も旺盛なようだ。

 

「ご覧の通り、一日かけて用意した我輩の貢物はいささか嵩張りますゆえな。これほどまでに膨れ上がった群れを率いこの場所へと移動するとなると、通り道の皆々様方にご迷惑がかかると思いこのような時間と相成りました」

「気遣いご苦労様ぁ。もうすぐ時間だからぁ、早く所定の場所に配置してねぇ?」

「勿論ですとも。至高の御方をお待たせするわけにはいけませんからな」

 

 恐怖公の指示を受け、光沢を放つ闇の塊がザッと音を立て滑るように闘技場の広間へと移動していく。

それを何時もと変わらない顔で見つめるエントマに、恐怖公が声をかけた。

 

「……彼らは至高の御方々に捧げる供物。つまみ食いはダメですぞ」

「ちょ、ちょっとぉ!いくらなんでもそんな事しないからぁ!」

 

図星を指されたエントマは肩を怒らせて恐怖公に抗議した。

確かに恐怖公の言うとおり、一匹ぐらい食べてもばれないだろうという考えはあった。

だがそれでも彼らが何の為に此処へ連れてこられたのかを知るエントマは決してその考えを実行に移すことは無かっただろう。

 

「で、ありますか。これは大変失礼を致しました。さて、そろそろ我輩は自分の領域へと戻りますぞ」

「むぅー。あなたが私の事をどういう風に思っているのかすっごく気になるんですけどぉ……」

「それについてはまた後日ですな。今はご自身のお役目に専念なさるとよろしいでしょう」

 

それだけ言うと、恐怖公は滑らかかつ機敏な動きで闘技場から去っていった。

エントマは遠ざかっていく食欲をそそる匂いを多少惜しく感じながらも、今一度闘技場の広場を見下ろした。

 

そこには、先ほど加わった恐怖公の眷属の他に様々な種族のモンスター達が所狭しと犇いていた。

 悪魔、魔獣、蟲,アンデッドetc...

彼らはナザリックの者達が召喚した生贄だった。

召喚系スキルの多くは一日に使用できる回数が決まっている。

その回数がナザリック時間23時を越えて余っている者達が次々とこの闘技場にやってきては召喚した結果がこの大群なのである。

まるで統一感の無い構成ではあるが、彼らはみな整然と列をなして静止していた。

エントマの得意魔法である精神操作の影響だ。

精神作用に耐性のあるアンデッドやスライムの周りには勝手な行動を阻害するための壁として体の大きな悪魔等が配置されている。

 

「0時ジャストぉ。お時間ですわぁ」

 

エントマはそう呟くと通信符を取り出し口元へと添えるとその場に跪いた。

偉大なる主への定時連絡である。

伝えるべき相手が眼前に居なくとも臣下の礼をとるのはエントマにとって当然の行いだった。

 

「ナザリック時間0時となりました。これより儀式を開始致します」

 

通信相手二人からの返事はすぐにやってきた。

至高なる主人二人からの言葉に擬毛を歓喜に大きく震わせると、エントマは貴賓席へと跳躍した。

数十メートルの距離を一瞬で飛び越えた先にはヴェールに覆われた高さ3メートルもある長方形のシルエットをした何かが貴賓席の床に鎮座していた。

前日には存在していなかったその物体を覆うヴェールをエントマは躊躇い無く引き剥がした。

 

ヴェールの向うにあったのは濃い色の黒曜石で構成された塔のようなオブジェだった。

 螺旋状に絡まる二つの四角錘のような形状のこのオブジェの表面にはまるで蜘蛛の巣のように見える溝が彫られており、その中央には見るだけで邪悪であるとわかる狂気じみた文字が刻まれていた。

 

そんな邪悪ではあるが一種の神聖さを感じさせる捩れた塔の前に立つエントマは自身が口と舌での奉仕を捧げる偉大なる主人より授かった呪文を唱える準備をする。命じられた司祭としての役目を果たす時が来たのだ。

深呼吸し、精神を集中するエントマは、神殿にて巨大な聖印に対し祈りを捧げる聖女をイメージさせるほどの真剣さを纏っていた。

そしてついに、神に等しき御方より賜った深淵なる力を秘めた呪文が詠い上げられた。

 

「ウエウエシタシタヒダリミギヒダリミギビーエー」

 

エントマの口がリズミカルに呪文を唱え上げると捩れた塔に刻まれた文字から血のように赤い液体がにじみ出る。

そして次の瞬間。

緑色光の爆発とでも言うべき現象が闘技場を駆け抜け、そして――。

哀れな犠牲者達の魂を恐怖と戦慄で覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、神話パワーが溜まってきたな」

 

今日も今日とて自室で寛ぎつつ検証を重ねていたクーゲルシュライバーが巨大な蜘蛛の巣の上でそう呟いた。

部屋の柱時計を見ればナザリック時間0時1分ジャスト。

予定通りの時間に頼んでおいた儀式が成功したのだと理解したクーゲルシュライバーは満足げに巨大な牙に自らの足を擦り付ける。

己の中に意識を向ければ260などという数が馬鹿馬鹿しくなるほどの神話パワーを感じる。

ユグドラシルではコレほどまでに神話パワーを貯めるのはかなりの重労働だった。

それが今では一瞬である。

それもクーゲルシュライバー自身が一々行動する事無く部下達の働きで半自動的に神話パワーが手に入るのだ。

 

「我ながらいい方法を思いついたものだ。協力してくれたモモンガに礼をせねばならんな」

 

クーゲルシュライバーが考え付き、モモンガに協力を求め、エントマに実行させた儀式。

それは<恐怖の印形(シンボル・オヴ・フィアー)>という魔法による間接的な恐怖効果付与を行う事によって神話パワーを得ようというものだ。

<恐怖の印形(シンボル・オヴ・フィアー)>。

それは魔法による罠と呼ばれるタイプの魔法である。

 この魔法は強大な力を持つルーンをオブジェクト等に刻み込む事が出来る。そして術者が指定したトリガーとなる行動が行われるとそのルーンに込められた魔法効果が広範囲に渡って発揮されるのだ。

<恐怖の印形(シンボル・オヴ・フィアー)>によって刻まれるルーンの魔法効果は当然「恐怖」であり、付与される症状は「恐慌状態」である。

だが、クーゲルシュライバーのパッシブスキルによって強化されたこの魔法は範囲内に居る存在を恐怖作用最上位の「戦慄状態」にする事が可能となっている。

 

モモンガに協力を求めたのはこの魔法を刻む事が出来て、それでいて見た目がよいオブジェクトをクーゲルシュライバーが用意できなかったのが原因だった。

事情を聞いたモモンガは快く、そして実にあっさりとクリエイト系魔法によって見るも立派な黒曜石のオブジェクトを創造してくれた。

その上<恐怖の印形(シンボル・オヴ・フィアー)>の魔法に<永続化(パーマネンシイ)>を付与してくれた。

コレにより本来一回発動すると力を失ってしまう<恐怖の印形(シンボル・オヴ・フィアー)>は発動後10分のクールタイムの後、再び使用できる状態へと戻るようになったのである。

 

そうして出来上がった恐怖を振りまくオブジェはナザリック第六階層の闘技場へと設置された。

そして一日の終わりにナザリックのシモベ達が持つ召喚スキルの余剰を使い召喚された低レベルモンスター達を闘技場へ集め、オブジェに秘められた魔法を発動させる。

すると、オブジェに込められた魔法はクーゲルシュライバーのものである為、発動させたのが別人であっても<恐怖を喰らうもの>の条件……すなわち「自身が恐怖効果を付与したクリーチャーのレベルに応じた神話パワーを得る」を満たすことが出来るのだ。

 

「この後はモモンガによる経験値の搾取か。あっちも自動化できればいいのだが」

 

戦慄状態になり身動き一つ取れなくなったモンスター達は世界級アイテム「無欲と強欲」を装備したモモンガによって一匹残らず滅ぼされ、超位魔法を使用する際の経験値として貯蓄される。

今頃闘技場ではモモンガが魔法の検証もかねて捧げられた生贄達を処理している所だろう。

まだ検証が必要な魔法が残っている現在、それでもいいのかもしれないが何時かはこの作業を別の誰かに任せるべきかもしれない。

なにせこの生贄の儀式はこれから毎日行われるのだから。

 

(それに関してはまぁ追々でいいか。それよりも今はこっちの作業が大事だ)

 

心の中で呟いたなんてこと無いはずの言葉。

それにどこか引っかかるものを感じたものの、クーゲルシュライバーは次の検証の準備に入る。

糸の扱いに関しては数時間をかけて検証及び練習をして問題がない事を確認している。

ただ、より多くの検証すべき事項、ゲーム内ではなかった応用が出来そうな要素を発見してしまったので引き続き研究が必要と思われた。

しかしそれは今すべき事ではない。一定の成果が得られたのだから当初の予定通り次の検証に入るべきだ。

そう自分に言い聞かせて糸の研究に没頭したくなる気持ちを多大な精神力を消費し抑え付けると、クーゲルシュライバーは半ば専属メイドと化しているシクススに特殊技術(スキル)を使用して声をかけた。

 

 

「シクスス。私の下へ」

 

クーゲルシュライバーの部屋に緊張が走った。

ムービースクロールの検証の後にコキュートスが連れてきた護衛用のシモベであるエイトエッジ・アサシン達が控えている天井からも微かな物音が発せられる。

隠密を得意とする彼らがこうもあからさまな気配を発するのはそれだけでなにか異常な事態が起こったという事を証明していた。

 

「あっ、えっと、か、かしこまりました?」

 

声をかけられたシクスス本人ですら困惑していた。

だがそれも仕方がない事だろう。

なにせ自分を呼び付けた声は、この部屋の主クーゲルシュライバーのものでは無かったのだから。

 

「フフフフ。混乱しているようだなシクスス?そんなにもこの声は変か?」

「い、いいえ!とても美しいお声だと思います!」

 

間違いない。

クーゲルシュライバー以外のこの部屋にいる存在はこの、少女のような美しいソプラノの声の持ち主がこの部屋の主である事を確信した。

驚愕に支配される部屋の空気が愉快で、クーゲルシュライバーは蜘蛛の巣の上で未だに慣れない動きで毛づくろいをしつつ笑い声を上げた。

悪戯が成功したような声であっても、聞く者の耳を孕ますかのような妖艶さがそこにはあった。

天井の気配がより一層ざわめく。

 

(職業<プレデター>の微妙スキルだけど、取っておいてよかった!これなら女性キャラを演じるときにキモくならないし女性ヴォーカルの曲も歌い放題だ!)

「そうかそうか美しいか。世辞でもそう言われるとこういう声を出すのも偶には悪くないように思えるな」

「お世辞ではございません!とても艶やかで美しく、可憐で……魅力に溢れておいでです!」

 

少し大きな声を出したシクススに軽く驚きつつもクーゲルシュライバーは楽しくて楽しくてしょうがなかった。

もとより自分とは違うキャラクターになる事が楽しくてTRPGやユグドラシルをやっていたような人間だった。

だからこうして特殊技術「声真似」を使い自身が想像する最も美しい声を模倣し、そしてそれを褒められるのはクーゲルシュライバーにとって至上の愉悦に他ならない。

故に、興が乗ってしまった。

何時もとは違うロールプレイに火がついてしまったのだ。

 

「魅力に溢れた・・・・・・か。女であるシクススから言われてもどう受け取ってよいものかわからんな」

 

より女性的に演技の質を変えつつ、クーゲルシュライバーは擬頭を天井へと向けた。

そんな彼は毛づくろいの真っ最中であり、前脚の先端は牙の先端と擦れあい、豊かな黒い体毛が唾液でテラテラと光沢を放っている。

 

「エイトエッジ・アサシン。お前達はどう思う?蜘蛛のモンスターかつ、雄であるお前達の意見を聞いてみたい」

 

 

 

 

 

持ち場である天井を離れエイトエッジ・アサシン達はクーゲルシュライバーの張る巣の前で跪いていた。

誰もが皆、体を硬直させ高性能な目の視界に偉大なる主の姿が入らぬように苦心しながら思考に没頭していた。

考える内容は当然先ほど投げられた「蜘蛛であり雄であるお前達にとって私は魅力的かどうか?」という問いに如何に答えるべきか、という事である。

 

魅力的かどうかと問われれば、魅力的でないわけがない。

主の大きく膨らんだ腹部は、護衛対象であり崇め奉るべき至高のお方であるという事を肝に銘じていても無視することが出来ないほどの性的魅力に溢れている。

あまり食事を取らないという事だが、もしも食事をしたとしたらその魅力は更に膨れ上がる事は間違いないだろう。

長く太い肢など動かさなくとも垂涎物なのに、それが一本一本動く様はエロティズムの極地ともいえる。

先ほど見せた、それら美しい肢をその巨大かつ逞しい鋏角に隠された口の下顎より分泌される唾液を塗りつけ毛づくろいする姿など、滅私奉公をモットーとするエイトエッジ・アサシン達であっても内から湧き上がる衝動を隠し通す事など不可能なレベルの色気だったのだ。

いや、そのお色気シーンは未だに続いている。だからこそエイトエッジ・アサシン達は不敬とは思いながらも視線をクーゲルシュライバーに向けることが出来ないでいる。

 

物理的な圧力を錯覚するほどの魅力ではあったが、それを素直に口にするのも護衛役である彼らには躊躇われた。

もしも素直に自身が感じている主人の放つ魅力について話せば、不敬にも懸想していると見なされかねない。

そうなれば護衛を外される可能性とてあるだろう。

彼らは皆コキュートスに選抜された精鋭中の精鋭である。

もしもそんな彼らが守るべき対象に懸想している事を理由に護衛役から外されでもしたら敬愛する上司であるコキュートスの顔に泥を塗ることになる。

 そしてクーゲルシュライバーに対して、この短期間にも拘らず懸想してしまっているのは事実だ。そして彼らにとっての初恋でもあった。

未だ雌の体を知らない雄にとってクーゲルシュライバーは余りにも魅力的過ぎた。

だからこそ、一度口を開いてしまえば胸に秘めた恋心が露見しかねない。

それがエイトエッジ・アサシン達がクーゲルシュライバーの問いに即答できない理由だった。

 

「どうした?私の命令が聞こえなかったわけではあるまい。はやく答えよ」

(今までは男性的なお声だった故、男性として見ることでなんとか堪えられたものの……斯様な美声でお声をかけられては、最早女性としてしか見ることが出来ぬぅ!)

 

 コキュートスに派遣されてきたエイトエッジアサシン達の中でリーダー格の者が色々と堪えきれずその顔を上げた。

瞬間、人間のものとは構造が違う心臓が大きく脈動する。

顔を上げた先には、中空に張られた巣の中心に居座るクーゲルシュライバーの姿があったからだ。

角度的に腹部と頭胸部の境界付近に存在する小さな切れ込みのような、もしくは蓋のような部位までもが見えてしまっている。

 求愛するなら性成熟する一歩手前の少女で、未成熟な内から囲っておきたいという極一般的性的嗜好を持つ彼ですら一瞬で虜にしてしまう程の圧倒的美魔女オーラ。

成熟した女性の妖艶さと少女のような無垢な美しさと若々しさが同居したこの世のものとは思えぬ色気に、血反吐を吐くかのような呻き声があがる。

その声に微かに首を傾げる主の姿を見て、エイトエッジアサシンはまるで魅了の魔法にでもかかったようだと戦慄しながらも覚悟を決めて口を開いた。

そして彼は辛うじて普通の声を出すことに成功した。

 

「はっ!女性としてこの上なく魅力的だと言わざるを得ません。確実な死を予感していようと求愛する事を止められぬ者とて居るほどでしょう」

「ふぅん。確実な死とかはよくわからないが……そうか、そんなにも魅力的か。求愛したいほどに?」

「ははっ!その通りでございます」

 

言ってしまった。

明らかに余分な事を口走ってしまったが、彼は立派に主人からの問いに答えることに成功した。

 事態を静観していた他のエイトエッジ・アサシン達の安堵と称賛の気配を背中に感じつつ、少なくとも彼らも自分の言葉を支持している事を理解してほっと一息つく。

主からの反応も悪くはなさそうだ。これでこの降って湧いた危機を乗りこることができた。

そう判断したリーダーが微かに肩の力を抜いたその時、クーゲルシュライバーが極自然な、なんてことない事を質問するかのように口を開いた。

 

「ではお前はどうなのだ?この私に対して求愛したいという気持ちはないのか?」

 

一瞬何を言われたのか理解できなかった彼は、数秒の時間を費やしクーゲルシュライバーの言葉を完璧に理解し、そしてまたしても血反吐を吐くような呻き声を上げる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはりか」

 

特殊技術(スキル)声真似を使用した女性の声でクーゲルシュライバーは眼前の光景を眺めてそう言った。

彼の眼前ではエイトエッジ・アサシンの一体がリズミカルに武器である肢を震わせている。

その様子は良く言えば「剣の舞」、悪く言えば「じたばた暴れてるだけ」だ。

クーゲルシュライバーにとっては熱意のようなものは感じられるが、ただそれだけである。

 心中に湧き上がってくるものはないし、体に性的な興奮を感じたりもしない。

 

(こいつの求愛が下手糞なのか、種族が違うから通用しないのか、はたまた俺にはそういう機能がないのか……さて、どれだろうか?)

 

そこまで考えてクーゲルシュライバーは馬鹿馬鹿しいと思考を打ち切った。

元々気まぐれでやらせている事だ。

少なくともエイトエッジ・アサシンの雄による求愛というものがどのようなものなのか見れただけでも未だ乏しい蜘蛛知識の足しにはなっただろう。

そう思いクーゲルシュライバーは求愛を止めさせようとしてエイトエッジ・アサシンに意識を向けた。

そして、そこで肢を蟹股に広げ両腕を上げて小刻みに振動しているエイトエッジ・アサシンの姿を見た。

 

「プフッ」

 

クーゲルシュライバーから、小さくない音量の笑いが漏れた。

まずい、とは思いながらもその小さな笑いは精神抑制されることなくふつふつと湧き上がってくる。

どうやら求愛をしていた者も含めるエイトエッジ・アサシン達全員にもクーゲルシュライバーの笑い声は聞こえたのだろう。

 全身を硬直させ緊張の面持ちでクーゲルシュライバーの様子を窺っている。

特に求愛していたエイトエッジ・アサシンの緊張は凄まじいらしく、腕を振り上げた、一見間抜けなポーズで凍りついたかのように微動だにしない。

そのキチン質で覆われた顔には本来表情などないのに、今この時だけはまるで絶望しているかのような悲痛な感情が透けて見えるようだった。

それを見て一生懸命命令に従ってくれているシモベに対して、失礼な態度だったとクーゲルシュライバーは反省する。

残念な事にまったく理解できないが、彼にとってはアレが渾身の決めポーズだったのかもしれない。

それを笑うのは余りにもむごい仕打ちというものだ。

 

「あぁ許せ。なに、必死で動き回るお前が微笑ましくてな」

 

別に滑稽だから笑ったのではない。そう伝えたつもりなのだがエイトエッジ・アサシン達はまだ固まったままだ。

どことなく気まずい雰囲気が部屋に満ちていくのを感じ、クーゲルシュライバーは表に出しはしないが焦り始める。

そして唐突に面倒になった。

なぜ雄の心情を思いやってあれこれフォローしてやろうとか考えているのだろうか?

そういう繊細な心遣いは胸のときめくような女性にするべきだろう。なんとも馬鹿馬鹿しい。

クーゲルシュライバーは胸中に発生したそんな思いに従って、演技を忘れたやや投げやりな動作で擬腕を振った。

蝿を追い払うかのようなそのジェスチャーが意味するところはすなわち「あっちいけ」である。

 

「もうよい。本来の仕事に戻れ」

 

クーゲルシュライバーがそう言うと同時に、求愛をやらされていたエイトエッジ・アサシンがその場に崩れ落ちた。

何事かと目を見張るクーゲルシュライバーに気付いた他のエイトエッジ・アサシン達が、やけに小さく見える彼らのリーダーを抱き起こすと一糸乱れぬ一礼をした後に揃って天井へと戻っていった。

 お前はよく頑張った。届かぬのはわかっていた事だろう。そう気を落すな。後生だから放っておいてくれ。ほかに身の丈の合った女性が……。もうやめてくれぇ! 

そんな囁くような声が天井から聞こえてきたが、クーゲルシュライバーは努めてそれを無視した。

自分のしてしまった事から目を逸らしたかったのかもしれない。

 

「まぁ声真似が上手く作動するのはわかったしな。さて、次の検証は……」

 

クーゲルシュライバーの夜更かしはまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祭りか……?」

「ん?」

 

クーゲルシュライバーはナザリック地下大墳墓第九階層、モモンガの私室に居た。

 ナザリックの外で太陽が昇り始めたころに検証を一端終了させ儀式から帰還したエントマに――エイトエッジ・アサシン達が天井に控えているにも拘らず――毛づくろいをさせていたところ、モモンガから面白いアイテムを引っ張り出してきたから遊びに来ないかとの伝言が送られてきたのだ。

モモンガの招待に応じて部屋に来たものの、肝心の面白いアイテム、離れた場所の映像を映し出すマジックアイテムである「遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)」の操作方法が分からず二人で四苦八苦する羽目になってしまった。

散々に時間をかけて操作法がわかったのはつい数分前だ。

起動キーとなる動作があまりにも単純だった為に激しい徒労感にやる気をそがれたクーゲルシュライバーは、傍に仕えていたセバスが差し出してきた良い香りのするお茶を器用に啜りながらモモンガの後ろで寛いでいた。

そんな折に聞こえてきたモモンガの声にクーゲルシュライバーは遠隔視の鏡を覗き込んだ。

 

鏡の中では中世の騎士のような姿のをした男達が如何にもファンタジー世界の農村らしい場所で村人達を虐殺していた。

馬上から背中を切りつけられた男が地面へと倒れこむとそれを別の騎兵の馬が踏み潰し、哀れな犠牲者をグズグズのミンチへと変貌させていく。

 またある騎士は、孫だろう少年を逃がそうと老体に鞭打って走る老婆の髪の毛を掴み、何の躊躇も無くその首を刎ね飛ばす。噴き上がる鮮血に老婆が守ろうとした少年が絶望の表情を浮かべると、次の瞬間には彼の胸には剣が突き立っていた。首の無い老婆の死体に覆いかぶさるように少年の死体が力なく倒れ伏す。

そんな酸鼻極まる光景が村の彼方此方で発生している。

 後から見る者の憎悪を煽るような無残な方法で虐殺を行うその様子は、まさに人の世に地獄ともいえるだろう。

 

その光景を見て、クーゲルシュライバーは感動していた。

 

(なんて悲劇的なんだ。あのお婆さん、お孫さんを守りたかっただろうに髪を掴まれて……痛かっただろうな。それでも首を切り離される寸前までお孫さんになにか声をかけていた。なんという愛情。こういうのに俺弱いんだよなぁ。孫の方も胸を刺されて倒れた後も、小さくなにか呟いていた。あれ、おばあちゃん……とか呟いてたらホント泣けるよなぁ)

 

それは上等な映画のワンシーンを鑑賞している時に感じるようなものだった。

悲劇を鑑賞する者が抱くのに似た感動と愉悦がクーゲルシュライバーの心を躍らせる。

そこには、実際に存在する人間が無残に殺された事に対する恐怖や嫌悪感、忌避感は一切無かった。

そして同情も慈悲もなかった。

完全に想像でしかないが、それでも彼らの心情を思い浮かべ、それを泣けるとまで賞したというのに。

 

「クーゲルシュライバー、どう思う?」

 

同じ映像を見てそう問いかけてくるモモンガの声にも動揺はない。

見つめてくる骸骨の顔に同意を求めているかのような雰囲気を感じたクーゲルシュライバーは自身の感性の変貌を自覚しつつも穏やかに答えた。

 

「どうやら虐殺が行われているようだな。悲劇的な村だ」

「……それだけか?」

「それだけだとも、我が友モモンガよ」

「……そうか。まぁ確かに、そうだな」

 

なぜ村が襲われているのか?どっちが正義でどっちが悪なのか?なぜ圧倒的強者が無力な者達を無残に殺しまわるのか?

そんな疑問が浮かんでは消えていく。

ユグドラシルにて一世を風靡した異形種狩りの苦い記憶もまた蘇えってくる。

突然降りかかる理不尽に蹂躙される悲しみを思い出す。

きっと村人達はその時以上の悲しみと苦痛を味わっているに違いない。なにせ此処はゲームの世界ではないのだから。

鎧を着た騎士達の行為は人道的観点から見ればまさに外道と評される悪逆非道に他ならない。

 

――だがそれらの考えのどれもがクーゲルシュライバーに何か行動を起こさせる理由にはなり得ない。

 

(同族意識がなくなればこんなものか)

 

冷え切った残酷な考えに、自分が人間とは違う存在になり果てた事をクーゲルシュライバーは強く感じた。

その事を悲しく思うことはない。

なぜならば似たような考えを、目の前の友人も持っているだろう事を確信しているからだ。

同じ考えの仲間がいる。

だからクーゲルシュライバーは悲しくなんかなかった。

 

「それで、どうされますか?」

 

クーゲルシュライバーとモモンガに対してセバスが問いかけてくる。

どうするもなにも、と酷薄な笑いが出そうになるクーゲルシュライバーに先んじてモモンガが彼に答えた。

 

「見捨てる。助けに行く理由がないからな」

 

 全く以てその通りだとクーゲルシュライバーは擬頭を縦に動かしてモモンガに同意した。

それを受けて忠実な執事であるセバスは軽く頭を下げると無言で身を引いた。

それでいい。

情報が足りない今、無闇に現地の事情に首を突っ込むのは避けるべきだ。

 それをしっかり理解している仲間に心の中で称賛を送ると、クーゲルシュライバーは別の所を見ようとモモンガに声をかけようとして――やめた。

 

「……」

 

モモンガがセバスを見つめていた。

いや、正確にはその背後を、だ。

クーゲルシュライバーもつられてセバスとその背後を見つめてみるが、特に何かが見えるわけではない。

一体どうしたのだろうか?

 

「困っている人を助けるのは当たり前、か……」

「え、モモンガさん?」

 

あまりにも唐突に思いがけない言葉が飛び出し、クーゲルシュライバーは演技することを忘れモモンガを敬称付きで呼んでしまった。

一体なにがどうしてそんな言葉が出てきたのか?

クーゲルシュライバーは頭を捻るが答えは出てこない。

 

「たっち・みーの決めゼリフだよ。懐かしくは無いか?」

「あぁ、そういわれれば。確かにその言葉は彼の十八番だった」

 

言われてみれば思い出すことの出来る友人の口癖めいた決めセリフ。

言われなければ思い出せないほどに風化しているという事実と、未だに覚え続けているモモンガに軽く恐れを抱きながらもクーゲルシュライバーはなぜ此処でその言葉が出てくるのかを考えた。

もしかして、ただそれだけの理由でこの村を助けに行くつもりなのだろうか?

TRPGのセッションにおいても、自分の利にならないのであれば野盗に襲われている村を見捨てるようなプレイをしていたクーゲルシュライバーとしては今一気乗りしない。

野盗が略奪の限りを尽くし、村娘を陵辱するなど隙を見せたところで背後から奇襲して一網打尽にする。その上で村娘をヤるなり殺るなりして目撃者を消し、賊共が纏めた財宝を掻っ攫う。1人ぐらい賊を生かしておいて本拠地を吐かせ、そこにある財宝を頂くのもいいかもしれない。

クーゲルシュライバーはできればそういうリスクの少ない行動を取りたいのだ。

そんなクーゲルシュライバーの雰囲気を察したのだろう、モモンガが十分な冷静さを感じさせる声で話し始める。

 

「無論それだけが理由ではないさ。そろそろ私達が出来る事の確認も終わってきたことだし、ここらで一つこの世界での自分の戦闘能力を調べてみないかと思ってね」

「なるほど。確かにそれは、いつかはやらなければならない事だ」

 

クーゲルシュライバーはモモンガの言葉に十分なメリットを感じていた。

様々な不安要素はあるが、あの騎士達は主に近接武器を扱っているようだし魔法を使う様子もない。

それであれば此方の攻撃がもしも通じなかったとしてもモモンガの魔法で逃げることは容易だろう。

また、騎士達がある程度訓練されているように見えるのも実験台として非常に都合がいい。

ただの村人相手ではこの世界の戦闘職が持つ戦闘力を調べる事は出来ないからだ。

 

「神話パワーはどれだけ使える?」

「悪いが正確な数は把握できていない。だが、極振りすれば1000レベル突破も出来るだろう」

「であれば、奴らが想像以上の力を持っていたとしても対処はできるか」

 

恐らくは可能だろうとクーゲルシュライバーは判断する。

初めてこの世界で<恐怖を喰らうもの>のバフ効果を発動させた時、どれほどの影響を与える事が出来るかをテストした。

その結果100レベル相当の筋力と素早さで繰り出されたクーゲルシュライバーの通常攻撃は用意された巨大な岩を一瞬で砂へと変えた。

村を襲う騎士達の攻撃にはそこまでの威力はないように見える。

ならば物理と魔法防御力を500レベルぐらいに上昇させれば壁役としてモモンガを守ることぐらいはできるだろうし、物理攻撃力を強化すれば相手の防御力が優れていてもダメージを与えるぐらいは可能だろう。

それに相手は鎧を装備している。胴を守る装備が鎧であるならばそれは自分にとってカモでしかない。

 

「あぁ。対処可能だ」

「で、あればだよ。我が友クーゲルシュライバー」

 

モモンガが杖を取り立ち上がる。豪華なローブとマントが翻り、その姿はまさに魔王のようだ。

 

「どうだ?行かないか」

 

モモンガは不敵に笑いながら転移門(ゲート)の魔法を起動した。

 




邪教の儀式爆誕。
例のオブジェの形は「Dead space」シリーズに出てくるマーカーみたいな感じです。

あとようやくコキュートス配下のエイトエッジ・アサシン達を出すことができました。初恋のご主人様に求愛するところ見せてと命令された挙句必死で求愛したらそれを笑われるという可哀想な童貞君になってしまいましたね。現実でこれやられたら一生の傷になるかも。
でも彼の犠牲のおかげで蜘蛛から見るとボールペンの容姿はとても美しいものだというのが分かりました。さらに男と見るか女と見るかで印象がかなり変わるという事も。

エイトエッジ・アサシンからみたボールペンの印象を人間に当てはめると、某有名ゲーム会社が世に送り出した蜘蛛の方の初音さんみたいになります。
はぁ……姉様かわゆ……。
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今の所判明しているボールペンの種族&職業一覧

種族
ジャイアント・スパイダー(大蜘蛛)
トゥーム・スパイダー(墳墓蜘蛛)
ベビリス(悪魔喰いの大蜘蛛)  
アトラク=ナクア(深淵の大蜘蛛)

職業
プレデター(捕食者)
オカルトホラー(超常的恐怖)
パニックホラー(災害的恐怖)
コズミックホラー(宇宙的恐怖)

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