駆逐聖姫 春雨   作:隙間風

5 / 14
ちょっとだけ設定の齟齬を修正


STAGE_05 遊撃・前編

 

 

 

 

あれから南の島で十分に休息を取って疲労を抜いた私は南西諸島海域を離れ、この南方海域に戻ってきました。

オリョールの豊富な資源は魅力的でしたが、私の存在が知られてしまった以上、あそこで活動している各司令部の潜水艦隊と縄張り争いをするのはリスクが大きすぎました。

そのうえ深海棲艦にまで優先的に狙われるとあっては、留まる理由はありませんでした。

 

そこで私はワタシと相談して、この南海まで戻ってくることにしたのです。

理由としては、ここが激戦区だからです。

上位種すら頻繁に姿を見せるこの海域でなら、私の存在も目立たないのでは、と思ったのです。

あとはワタシの特殊な管制能力を索敵に利用して、出撃で手薄になっている深海棲艦の補給施設や泊地に潜入し、物資を頂こうという計画です。

はい、穴だらけですね。分かってますそんなこと。

 

『海賊の次は空き巣かー……。ワタシ姫なのに……』

「うるさいです」

 

というかワタシ、どれだけ姫にこだわってるんですか。

私にそんな願望は全然ないのに。

……全然ありませんよ?

ともあれそういう訳で、私は以前の作戦時の記憶を頼りに敵補給施設を目指し、南方海域の玄関口まで辿り着きました。

 

しかしそこで私が見たものは、一隻の輸送船と艦娘の護衛艦隊が、深海棲艦の艦隊に襲われている場面でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐聖姫 春雨

STAGE 05 遊撃・前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然ですが、輸送に特化した艦娘は今のところ存在が確認されていません。

揚陸艇や給糧艦などの艦娘ならいるのですが、彼女たちも戦闘能力自体は皆無に近いですし。

強いて言えば、輸送用の内部が亜空間化しているドラム缶を積める艦娘であれば、誰でもある程度は輸送船の役割を果たせます。

かく言う私も昔は頻繁に輸送任務に従事していました。はい。ああ、懐かしの鼠輸送。

 

と、それはともかく。

艦娘でも一応の輸送は可能なのですが、さすがに専用の大型輸送船の輸送量とは比べ物になりません。

だからこそ通常の輸送船は深海棲艦が跋扈する今でも使用され、艦娘に護衛任務が与えられることもあるのですが……。

 

遠目に映るのは、今ひとつ動きの鈍い駆逐艦の艦娘たちを唯一高錬度と思しき天龍型の艦娘が、敵水雷戦隊の攻撃をしのぎつつも必死に励まそうとしている姿でした。

 

『うわ、あんな錬度でよくこの海域に来る気になれたね』

「……恐らく彼女たちの司令官は、この南海での輸送や護衛の困難さを知らないのでしょう」

 

あるいは自身の艦娘の性能を過信したか。

海域攻略に比べて、ここでの遠征任務が困難なものと認識していない司令官は、意外なほどに多いみたいです。

まぁ他の海域との遠征任務と比べると、いきなり難易度が跳ね上がってしまうのも確かなのですが。

 

鎮守府近海のようなほぼ完全に安全が確保された海域であれば、確かに一応程度の名目での護衛任務はあります。

どちらかといえば新造艦に艦娘としての動きに慣れさせることが主な目的なのですが、ここはそんなものとは訳が違います。

旗艦、随伴艦共に高い錬度が必要であり、錬度があっても運が悪ければ失敗する。

それが南方海域での遠征任務です。

 

先の作戦により一応は開放された海域とはいえ、まだまだ深海棲艦としのぎを削り合う激戦区。

断じて、ひよっこを連れ歩けるような海域ではないのです。

 

「見過ごすわけにはいきませんね。敵の水雷戦隊を叩きます」

『……本気? 下手すれば両方から攻撃を受けることになるよ?』

「艦娘のほうにそんな余裕はありません。

 あの天龍さんは凄腕だけど、さすがに輸送船と僚艦を庇うので精一杯のようです。

 彼女には悪いですけど、今のうちに叩かせてもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそったれ、だからこいつらにはまだ早いって言ったんだ!)

 

前面に立ち敵の攻撃を引き付け駆逐艦に指示を飛ばしながら天龍は心の中で毒づいた。

自分たちの提督は若い割に優秀で気のいい奴だが、やや楽天的で時々見通しが甘くなる。

 

先の作戦中に保護した夕雲型や陽炎型の新入りたち。

みな駆逐艦の中でも新型の高性能艦だ。鍛えれば確実に頼りにできただろうが、今はまだまだ錬度が足りなかった。

訓練や演習は行って全員一応の改装は済ませてはいるものの、やはりここで戦うには経験の不足は否めない。

 

(救援要請は出したが……近場の艦隊が駆けつけるまで、はたして持つか?)

 

今ひとつ連携の取れてない艦娘たちの砲撃を、深海棲艦の精鋭たちはやすやすと回避し、逆撃を与えていく。

一番の新入りである早霜と清霜は揃って中破。

浜風と谷風はまだ損傷が浅いが、時津風は敵の魚雷から輸送船を庇って大破したため後方へ下がらせた。

 

(オレ自身も直撃はもらってないが、これ以上負荷がかかると艤装がヤバイな……)

 

幸い、艦娘としてはひよっこでも元はかの大戦を経験している艦たちだ。

この劣勢下でも可能な限り冷静に旗艦である天龍の指示に従っていた。

輸送船の船員たちも元は漁師ばかりらしいが、激戦区の輸送任務に就いているだけあって、なかなかに肝が据わっている。

さすがに恐怖の色は隠せないようだったが、状況の厳しさを理解しながらも勝手に動くことなく守られてくれていた。

 

そのため輸送艦は辛うじてまだ無傷で済んでいたが、それでももう追い詰められるのは時間の問題に思えた。

そんな時、後方で索敵に専念させていた時津風から悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。

 

「こ、後方から新しい深海棲艦が一体! なにこれ速いよ!?」

「……挟み撃ちだと? マジかよ……」

 

こうなったら特攻して強引に血路を開くしかないか?

天龍はここで死ぬことを覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ……っ。く、来るな、来るなバケモノォ!!」

 

……あー。ですよねー。

ぺちぺちぺちと。

輸送船に申し訳程度に取り付けられている機銃が私を叩く音が、空しく響きます。何気にいい腕ですね。

痛くない。痛くない。

輸送船の武装程度では艦娘や深海棲艦にはかすり傷一つ付けられない。

だから全然問題ありません。

 

『助けてやるのにそのお礼が機銃ね。貴女も何やってるんだか』

「今の私の姿じゃ当然の反応です。それに、見てください」

 

その輸送船は、銃撃を行いながら大破した艦娘を庇うような位置取りをしていました。

 

『へぇ。なかなかどうして、見上げた根性じゃない』

「でしょう。こういうのって、何かいいですよね」

『……あーそーですねー』

 

何でしょう、何か言いたげですが。

そんな脳内会話をしながら私は輸送船と、ぽかんとした――多分陽炎型の誰か――駆逐艦の横を通り過ぎます。

そして護衛の死角から接近しつつあった敵駆逐艦にすれ違いざまに砲撃を叩き込んで爆沈させました。

 

私は更に輸送船の前方に進み、天龍さんに対して波状攻撃を仕掛けている深海棲艦の一体に魚雷を投げ放ちます。

自分への攻撃と思ったらしき天龍さんが回避行動を取りかけますが、元々当たる軌道ではありません。

それでもいい囮にはなってくれたようで、予期せぬ雷撃に敵軽巡は対処することができず直撃、爆風と共に轟沈していきました。

 

これで残るは駆逐艦が数体のみ。

私は爆風と水しぶきを隠れ蓑に横合いから回り込み、残った駆逐艦を叩こうとしたところで――ワタシに止められました。

 

『もういいんじゃない?

 旗艦だって潰したんだし、さすがに後は連中だけで何とかできるでしょ』

「そう、でしょうか?」

『救援要請くらい出してるだろうし、あまり長居すると増援が来るかもよ?』

「……それもそうですね」

 

私は戦況を見渡してワタシの意見が正しいと判断しました。

それにせっかくの機会ですから、ここらで修羅場慣れさせておいたほうが後々のためにもいい経験になりますし。

という訳で私は速やかに立ち去ることにし、再び補給施設を目指してホバーを吹かしました。

 

……それにしてもワタシと交代する必要がなくて助かりました。

これまでにもう一度だけ、ワタシと入れ替わったことがありました。

南方海域に移動する際、フラグシップの戦艦を旗艦とした機動部隊に偶発的に出くわしてしまったのです。

 

アレは本気で危険です。

確かに出力は私が表に出ている時とは比べ物にならないほどに上昇します。

火力を除けばまるで戦艦並みです。

その代わりに理性がとてもまずい事になりました。

 

深海棲艦としての自分を表に出しているせいでしょうか。

ワタシが砲や魚雷を撃ち敵を破壊するたびに、意識の奥に追いやられた私の自我は少しずつ薄れていくのです。

そしてそれと同時、意味も無く全てを憎み破壊したくなる気持ちが抑えがたくなります。

多用が禁物なのはもちろん、使ったとしても長時間の使用はとてもできません。

 

『ふっふっふっ、だから言ったじゃない。

 さぁ、観念して深海棲艦になるがいいわ!』

「嫌です」

『ぶー』

 

まぁ、使わなければいいだけの話です。

そんな事より、今は補給です。

 

「とりあえず先ほどの水雷戦隊がやってきた方角に向かってみますか。

 そちらにも確か補給施設があったと思いますし」

 

それにしても、天龍さんや駆逐艦たちの呆気に取られた顔が、少しだけ面白かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇妙な幸運により、輸送船と艦娘たちが南方海域を突破し、鎮守府まであと少しという頃。

 

「あ、あのォ……さっきの奴は、ひょっとして艦娘さんだったんですかい?

 だとしたら、俺ぁ、勘違いでとんでもないことを……」

 

輸送船の甲板から、先ほど春雨を射撃した船員がひたすら恐縮した様子で、海上の天龍に尋ねた。

しかし天龍は首を振った。

 

「いや……そんな訳は無いはずだ。アレは間違いなく深海棲艦だった」

「うんうん、電探もはっきり深海棲艦の反応示してたし!

 なんか妖精さんが戸惑ってたのがちょっと気になるけど……」

 

時津風も天龍の背中に背負われてうんうん頷いている。

そして次の瞬間にこやかに船員に手を振った。

 

「あ、さっきは庇ってくれてありがとうね!

 操舵手の人とかも! 特に意味無かったけどうれしーうれしー」

「バカ野郎! 艦娘が護衛対象に護られてどうすんだ!

 ……あんたらも、今回は頼りねー護衛で悪かったな」

 

背中の子犬のように能天気な駆逐艦をどやしつけながら、ひたすら恐縮する船員に天龍は手をひらひらと振る。

増援は結局来なかった。

間の悪いことに、当時あのあたりに出撃している艦隊はいなかったらしい。

あの謎の深海棲艦が現れなかったらと思うとゾッとする。

そこまで考えて、天龍は顔をしかめた。

 

(深海棲艦が現れなかったら、だと?)

 

アホか。情けない。

どこに敵を頼りにする艦娘がいる。

二度とこんな醜態を晒すものか。晒させるものか。

 

「よーしお前ら、帰ったら再特訓だからな!

 龍田と川内姉妹も巻き込んで全員一から扱き直してやる!」

「えええええー!?」

「うるせえわんこ! 耳元で叫ぶな!」

 

天龍の地獄送り宣言に駆逐艦連中が肩を落とす。

優しく面倒見もいいが怒ると艦隊でも有数のサディストである龍田と、訓練時はそれ以上のドSと化す水雷戦隊の羅刹姉妹である。無理もない。

が、皆不甲斐ないという自覚はあったのだろう。本当に嫌がっている者は誰もいなかった。

そして誰よりも猛省させなければならない奴が一人。

 

「……ったく、提督のヤツにも今度ばかりはガツンと言ってやらねーとな!」

「そうだそうだー! 言ったれー!」

「うるせえ!」

 

自分たちが帰るべき家が、見えてきた。

 

 

 

 

 

CASE 02

 作戦名:海上護衛任務(南方海域)

 旗艦:軽巡洋艦天龍

 判定:B

 辛うじて成功

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして目当ての補給施設に辿り着くと、運が良いことに深海棲艦の影はありませんでした。

先ほどの水雷戦隊のように艦娘の迎撃に出ているのかもしれません。

 

「とりあえず深海棲艦の気配を感じるまではここで一休みしましょうか。

 索敵はお願いしますね、ワタシ」

『はいはい』

 

骨のような、シリコンのような奇妙な素材で作られた建造物の中に進入します。

不気味なほどに静まり返った内部は、外観とは対照的に血肉の色をした有機的な壁材で構築されていて、まるで巨大な生物の体内にいるかのようでした。

 

「いつ来てもここは薄気味悪いです……」

 

今は一人っきりのため、より不気味です。

陸上での移動にはあまり適さないホバーをより強く吹かして記憶にある場所まで進むと、そこかしこに弾痕や血肉の欠片、そして深海棲艦のものと思われる死体や艤装の残骸などが散らばっていました。

……どうやら留守にしているのではなく、最近戦闘により壊滅したか放棄された場所のようです。

 

『艦娘がやったのかな? うわ、随分徹底的にやったなぁ……』

 

内部に残された戦闘の痕跡を見る限りではほぼ一方的な展開だったと思われます。

しかし艦娘の仕業にしては随分とやり方が雑なようでした。

 

艤装でも急所でもないような部分が、やたらと不自然に破壊されていたり。

これはまるで『奴』が私にしたみたいに嬲り殺しにでもしたかのような……。

……うう、嫌な事を思い出してしまいました。

 

「深海棲艦に強い恨みでも持っていたのかなぁ?

 まだ近くにいるかもしれません。私たちも出会わないようにしないと」

 

気を付けながら更に先に進むと、そこには巨大な卵の殻のようなものが幾つもありました。

中を覗くと燃料や弾薬といった資材が大量に詰まっています。

 

「やった! まだけっこう残ってます!」

 

これは非常にツイてました。

さっそく補給を済ませてしまいましょう。

 

 

 

 

 

補給が終わり人心地ついたところで私はこれからについて考えます。

さて、どうしましょう。

ここをしばらく利用できるようなら、先ほどのように艦隊の支援を行うのもいいかもしれません。

 

『ちょっと本気? 何の得にもならないじゃない』

「私が楽しいからいいんです。

 それにただ逃げ回るだけなんて、あまりにも意味がありません」

『あーもー』

「はい、決めました! これからは友軍の支援を主な方針として活動します!」

『友軍と思っているのはこっちだけでしょ』

「うるさいです」

 

色々と問題だらけな方針なのは分かっています。

それでも目的をはっきりさせるのは悪いことでは無いはずです。

いつまで続けられるかは分かりませんが、できる限りの事をするという私の意志は変わりません。

 

「さて、それではさっそく計画を練りましょう。

 ワタシの索敵能力が計画の要になるのだから、しっかりお願いしますよ」

『はいはい、もー勝手にして……』

 

この海域で深海棲艦に動きがあれば、ほぼ確実に艦娘との交戦を意味します。

他の比較的安全な海域であれば、たまに民間の商船などが無謀にも艦娘の護衛無しに航海に出てしまうこともあるのですが……。

はい、ほとんどの場合そのまま還ってくることはありません……。

 

話が逸れました。

とにかく、深海棲艦の動きを追跡すれば、先ほどのように艦娘との交戦の場に出くわすことができるはずです。

その時その場の艦娘たちだけで何とか出来そうなら手出しはしません。

しかし窮地に陥っているようなら私の出番というわけです。

 

しかし救援のタイミングはよく考えなければいけません。

下手をすればこちらが攻撃を受けることになりますから。

最悪艦娘と深海棲艦両方から狙われるかもしれません。

 

元戦友の危機に颯爽と駆けつけ風のように去る。

変わり果てた姿になりながらも同胞のため孤独に戦い続ける悲劇のヒーロー……。

 

「あれ、これって何かすごく格好良いかも!?

 夕立姉さんとかのほうが似合いそうですけど!」

『……何故だろう。今ものすごく貴女がワタシと同じ存在であることが我慢できなくなったよ』

 

なんでですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

###TIPS

 

CASE 02

 CASE 01は第六駆逐隊との一件。

 

 

 存在したなら仮○ライダー派

 

 

ワタシ

 存在したならプ○キュア派

 

 

輸送に特化した艦娘

 存在が確認されるのはだいぶ先の第二次SN作戦時のことになる。

 本作では登場しない。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。