駆逐聖姫 春雨
STAGE 11 約束
某日未明に発動された渾作戦。
私は比島の東に位置する、パラオ諸島に潜伏していました。
作戦海域に巻き込まれず、かつ見守れる位置として適当だったからです。
既に作戦発動から数日。
前の時のように三度に渡って行われた渾作戦は、緒戦からとても輸送作戦とは思えないような大激戦でした。
第二次作戦のときなんて輸送役の駆逐艦しかいなかったのに、輸送完全にそっちのけでバケツ被りながら執拗なまでに敵艦隊を殴り続けてましたし。
護衛役も輸送役も一丸となって全力で敵を叩き潰してゆくそのスタイルは、ワタシ曰く『敵を全滅させてからゆっくり輸送すればいいじゃない作戦』だそうです。
その方針の結果、つい先ほど敵の大艦隊を壊滅せしめ、連合艦隊は見事勝利を収めました。
……まぁ、前大戦時の経験が活かされたといえばその通りなのかもしれません。
『ヨカッタノカ? ワルサメ、スゲー行キタソーダッタノニ』
「……え?」
何故かここまで一緒に着いてきてくれたレ級が、気遣わしげにこちらを伺ってきます。
そんなに顔に出てましたか私。
『うんすごく。てかワタシも出来れば行きたかった』
そうか。そうですよね。実際私も行きたかったですし。
姉さんたちともう一度あの輸送作戦に臨めるのなら、駆逐艦春雨としてこれほどの本懐はありません。
……これはある種の禊のようなものなのかもしれません。
当時私はまだ艦隊に加わってませんでしたが、夕立姉さんは鉄底海峡で暴れに暴れまくった末に、いつの間にか改二へと覚醒したらしいです。
また赤城さんや加賀さんもAL/MI作戦後は、どこか張り詰めた感じが薄れて、何かを吹っ切ったような晴れやかな顔をしていました。
過去の大戦を模した、自身に因縁のある作戦に参加するという事。
それは過去の自分に区切りをつけるために必要な事なのでは、などと思ったりしました。
だからこそ、静観を決めこの期に及んでもこうも体がうずく。
『まぁ一航戦の連中は、直後に危うく本土侵攻間際だったという報せを聞いて、しばらくガチ凹みしてたけどね』
……それは言わないであげてください。
……まぁ、過去に固執しすぎるのもそれはそれで良し悪しなのかもしれません。
どの道、今の私にその道はないのです。
私は既にあまりにもかけ離れた道を歩む事になりました。
とはいえ今更、今の自分を卑下するつもりはありません。レ級のこともありますし。
なので、私はレ級に笑って首を振りました。
「いいんです。私はここで姉さんたちを見守っています」
『……ソッカー』
そうしてレ級と共に一息つこうとしたその時でした。
「え?」
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「――――っ!?」
『……こ、これは……』
私でも感じ取れた膨大な量の憎悪の念。
瞬間的に得た情報の意味を知り、私は悲鳴を上げかけました。
『ドーシタ、ワルサメ?』
ワタシの姫級深海棲艦としての索敵能力が、今私がいるパラオ島の沖に、突如として大量の深海棲艦の出現を感知したのです。
『この数は……まずいよ』
三度に渡って行われた今回の作戦。
そこで戦った敵艦隊のいずれをも上回る規模の大艦隊。
間違いなく奴らは作戦を終了させたばかりの連合艦隊を攻撃するつもりでしょう。
それに艦隊の規模も問題ですが……。
深海棲艦が突然現れることがあるというのは知っていましたが、まさかこんな規模で現れるなんて……。
恐らく連合艦隊は当分気付けないでしょう。
いくら何でもこんなの、索敵も何もあったものではありません。
たまたま私は連中の近くにいたから気付けました。
……ならば、どうする?
「……出撃します」
『ン? ヤッパリ行クノカ? デモモウ作戦終ワッチャッタンジャ……』
「近くに深海棲艦の大艦隊が現れました。
このままでは連合艦隊が奇襲を受けてしまいます」
AL/MI作戦のときとは違って、本隊が丸ごと残っているのですから負ける事はまずないと思います。
ですがさすがに大規模作戦の直後で皆疲弊し、修理も補給も十分ではないはず。
迎撃体勢が整わないままあれだけの大群の攻撃を受ければ、大打撃を受ける事は避けられないでしょう。
『チョット待テ、ソンナ所ニ突ッ込ンデドウスンダ』
「敵艦隊を撹乱して時間を稼ぐんです。せめて連合艦隊が補給や修復を済ませる間くらいは……」
『イヤイヤ死ヌダロ、イクラオマエデモ』
「……でも、このままじゃ皆が、姉さんたちが!」
『チョ、待テヨ! ソレナラオレモ一緒ニ行ッテヤルカラ!』
……?
それは予想外の言葉でした。
気持ちは嬉しいですけど、何故彼女が?
「……これは私の事情です。貴女を巻き込むつもりはありません」
いくら私たちのスペックが規格外だからと言って、あれだけの規模の艦隊と真正面からやり合うには分が悪過ぎます。
恐らく生還できる目はほとんど無い死地となるでしょう。
なのに。
『ワルサメノ事情ナラオレの事情ダ! 何言ワレテモ着イテクカラナ!!』
レ級は泣きそうな顔をしながら強く首を振ります。
どういう事でしょう。
思い返せば、レ級が私と行動を共にしてしばらく経ちますが、最近の彼女の様子は少しおかしかった。
妙に元気が無いし、常に私の様子を伺っているような感じを受けました。
今回だって、レ級は私に付き合ってこんな所まで来る必要もなかったのですから。
私はそれまで焦り逸っていた心を抑え、レ級を落ち着かせるように話しかけました。
「レ級、貴女はどうしてそこまで私を気にかけてくれるのですか?」
その瞬間、ぴたりとレ級の動きが止まりました。
しばらく俯いたままでしたが、やがて彼女の大きな瞳から、じわりと涙が溢れました。
『ダッテ……』
「れ、レ級?」
『ダッテワルサメ沈メタノ、オレダモン』
――――え。
「何、を?」
『ワルサメ、オレガ沈メタカンムスナンダロ……?』
「それ、は」
『……気付いていたのか』
まさかレ級が気付くとは思いませんでした。
それとも思い出したのでしょうか。
狂気から開放された今のレ級は、明るくて優しく素直な、とてもいい子です。
知れば気に病むと思って黙っていたのですが……。
『ゴメン、ゴメンナ、沈メチャッテ、ゴメン』
「……レ級」
ぽたぽたと次々に零れだす涙。
ああこれはまずい、とりあえず落ち着かせないと。
「レ級、こっちきて屈んで?」
『……エ?』
このままだと足が無い分背が低くて届かないんですよね。
私はもう一度促してレ級を屈ませると、抱きしめました。
「はい、許してあげます」
別に最初から気にしてはいませんが、こういう時、赦しは必要なのでしょう。
……でも、もしも。
(――沈められたのが私ではなく姉さんたちだったら)
私は、彼女を赦せたでしょうか。
……それは考えない事にします。
現実に、そんな事は起こらなかったのですから。
思考が逸れました。
とにかくレ級を泣き止ませるために、私はぽんぽんと頭を撫でました。
するとなんか更に盛大に泣き出しました。何故ですか。
『当たりまえ』
「解せません……」
『酷イコトシテゴメンナサイ、足ヲ奪ッテゴメンナサイ』
あぁ、えーと。
確かにえらい目に遭わされましたが、それは仕方がないことなのだと思います。
私も一度あの狂気と憎悪の炎に飲まれた身だからこそ分かります。
アレはこの世の者がどうあがいたところで、到底太刀打ち出来る様な、生易しいものではありません。
……本当に、どうして私やレ級は正気に返る事ができたのでしょうか?
『いや、だから魚雷で頭を……』
黙れ。
そんなことであの深淵の灯火を消す事ができたら苦労はありません。ありえません。
正気に返るには何か、奇跡のような幸運と偶然が必要なのだと思います。そうに違いありません。
……もっとも、狂気から開放されたとしても、まともな自我が存在しているかはまた別問題なのですが。
レ級の場合は狂気にこそ飲まれていましたが、私と同じく他の深海棲艦から敵視されてもいました。
辛うじてとはいえ意味の通る会話もできたことから、恐らく元々確かな、生者としての人格があったのでしょう。
それが何かの拍子で、私のように後天的に炎に触れてしまったのではないでしょうか。
『そして正気と引き換えにあの反則的なまでの力を得た、か』
はい。それなら一応の筋は通ります。
元々の彼女はいったい何者だったのでしょう。
私と同じように沈められた艦娘だったのか、それとも……。
『……ワルサメ?』
「あっ……と、ごめんなさいレ級」
なでなでしながらつい考え込んでしまいました。
今考える事でもないですね。
既にレ級は泣き止んでいました。
捨てられた子犬のような表情でこちらを見上げてきます。
正直鼻血吹くほどかわいいのですが、もう時間がありません。
既に深海棲艦の大群は連合艦隊に向けて移動を開始しているのですから。
「レ級、やはり私は行きます。皆を見捨てるわけにはいきませんから」
『ウン、分カッテル。デモオレモ行ク。ワルサメハオレガ守ル』
「レ級……」
確かにレ級がいれば心強いです。ですが……。
私はレ級を見つめます。
「……レ級。正直に言うと、私はいつ沈んでも構わないと思っていました」
『エ?』
「まぁ、正直ちょっと自棄になってまして。
仲間助けて沈むなら本望だー、みたいに軽い気持ちで……」
『イ、嫌ダ!!』
「レ級?」
『ワルサメ沈ンジャ嫌ダ!! ヤダ!! ヤダ!! ヤダァァァ!!!!!』
発狂したように泣きじゃくって私の腕の中で暴れだすレ級。
ちょっと、痛い痛い! 出力違うんですから!
ああはい。
予想はしてましたが、これはちょっとまずいかもです……。
『だね……。これは下手に私が沈んだりしたら、今のレ級だとそれこそ完全に狂いかねない』
はい。そうですね。
考えてみれば、レ級にとって私はこの広い海でたった一人の同胞です。
私の存在は、彼女にとって、私が考えている以上に重要だったのかもしれません。
(……あれ?)
ということは。
ただでさえレ級って艦娘にとって最強の天敵だったわけで。
それが、再び、狂ったりしたら?
絶望のあまり深淵と接触してしまったら?
「…………」
『…………戦艦レ級改flagship?』
「…………」
『…………』
はい。
絶 対 に 沈 む わ け に は 行 か な い 。
「沈みませんよ」
私は誠心誠意込めてレ級に向き直ります。
私の本気が通じたのか、レ級はぱちくりしています。
「正直自分のためにというのは難しいです。でも貴女のためになら約束できます」
『ワルサメ……』
「私は絶対に、貴女を残して沈みはしません」
『…………!』
レ級を一人ぼっちにする事はもちろん、この海最悪の悪夢にしてしまうわけには行きませんから。
はい、全力で生き残ってみせます!
私はレ級の肩を掴み、正面からレ級の目を見据えて強い意志と共に宣言しました。
『…………』
あれ?
レ級が何故か顔を真っ赤にしたまま俯いています。
「レ級?」
『ア、ヒャイッ!?』
何でしょう。レ級の挙動がいきなりおかしくなりました。
まだ不安なのでしょうか?
少し心配ですが、もう本当に時間がありません。
敵艦隊の足止めをし、かつ私もレ級も生き残るために、私は説得の言葉を続けました。
「レ級、厳しい戦いになるけれど、どうか私と一緒にいてください。
貴女が側にいれば、私たちはきっと何があっても生きていけます……!」
『……。……。……ハ、ハイ……』
躊躇いがちにですが、レ級が頷きます。
よし、説得成功しました!
レ級は未だにちょっと目が潤んでいます。
パワーに似合わず泣き虫さんなのですね。よしよし。
何故か脳裏で大和型戦艦の一斉射撃が敵艦に立て続けに直撃弾を叩き込んだ時のような轟音が鳴り響いた気がしましたが、今はそんな幻聴に気を取られている場合ではありません。
レ級を連れて行くのは、ただこの場を生き延びるためだけではありません。
狂気に侵されていたとはいえ、艦娘を相手に散々に暴れまわった彼女は、海軍には強く敵視されているはずです。
でもここで連合艦隊の危機を救えれば、友好的とまではいかなくても、敵対関係にはならずに済むかもしれません。
もしそれで駄目だったら。
その時は……。
「……さあ、行きましょうレ級! 私たちの明るい未来のために!」
『ハイッ!』
こうして私たちは敵艦隊を追って、パラオの島を発ちました。
『……………………知ーらね』
それにしてもどう攻めたものでしょう。
いくら私達が規格外のスペックを持つ艦だからといって、考えなしに突っ込んでも数で押し潰されるだけです。
またこの規模の艦隊なら確実に上位種も存在するでしょう。
生存を勝利条件に加えた以上、特攻はできません。
「うーん、どうにかして連合艦隊に危機を知らせる手はないものでしょうか」
するとレ級が首を傾げて言いました。
『オレガ艦載機ヲレンゴーカンタイッテ所マデ飛バセバイインジャネ?』
『あ』
「それです!」
ずっと単独で戦ってきたため、自分が艦載機を使うという考えが抜け落ちていました。私駆逐艦だし。
レ級の使っている艦載機は深海棲艦が使っているものと同じです。
連合艦隊まで辿り着けば、異変に感付いてくれるかもしれません!
こちらの様子を伺って、気付いてさえくれれば、私も死を前提とした足止めなんてしなくてもいい。
とにかく足並みを乱して進軍速度さえ弱めれば、きっと連合艦隊も迎撃体勢を整えることができるはずです。
『ンジャ、適当ニ何機カ飛バスゼ。エエト、一番早イ戦闘機デイイカ』
「航続距離は大丈夫ですか?」
『片道ナラ大丈夫ダゼー』
「はい。ではお願いします。敵の制空圏に入らないように気を付けて」
『分カッテルッテ』
レ級の尾から艦載機が三匹ほど吐き出され、空へと飛び立っていきます。
燃料も弾薬も補給済み、損傷も疲労も無し、気合も十分です。
特にレ級はなんか光り輝いて見えるほどにやる気に満ち溢れています。
何でそこまでやる気を見せているのかは分かりませんが、悪い事ではありません。とても頼もしいです。
これで全ての準備は整いました。
「それでは、決戦に向かいましょう」
『敵影、見エタゼ! マダコッチニ気付イテイナイヨ!』
「はい、私も見えました! まずはこのまま奇襲を仕掛けて艦隊を動揺させます!」
空に艦載機の影は無く、真昼に視認できるほどに接近しても気付かないという、全くの無警戒。
敵もまさか奇襲する側である自分たちが、奇襲される事になるような事態は、まるで想定していないようでした。
私たちというイレギュラーがいなければ、それは間違った判断ではなかったのですが。
「先制攻撃で出来るだけ沈めます! レ級、お願い!」
『了解! 艦載機、全機発艦! ツイデニ魚雷発射ァ!!』
レ級から残りの艦載機が全て吐き出され、ここに至ってようやく私たちに気付いた深海棲艦が、戦闘態勢を取ろうとします。
でもそれは遅過ぎます。不意の爆撃と長距離雷撃により、瞬く間に敵後方部隊のひとつが壊滅しました。
もう今更ですが凄まじいまでの殲滅力です。
ですが私も負けていられません。
「次は隣の部隊です! 私が先行して機動力で撹乱します!
レ級は後方から戦艦や空母を潰してください!」
『分カッタ! ……ッテ、ワルサメ大丈夫ナノカ!?』
「大丈夫! 知ってるでしょう? 火力は無いけど防御力なら貴女と互角です! そっちも潜水艦には気をつけて!」
『オウ!』
奇襲の勢いのまま私は敵の警戒部隊に強引に飛び込み、存分にかき回しました。
その隙を突いてレ級が次々と敵艦を沈めていきます。
程なく私たちはもう一部隊を撃滅させました。
ここまでこちらのダメージはゼロ。レ級の艦載機にすら損害はありませんが……。
大艦隊ゆえか、奇襲を受けたというのに敵の反応が今ひとつ鈍いです。
楽に叩けるのはいいのですが、進軍の速度を緩めなくては意味がありません。
『いや、これはやっぱり居るね……』
はい……。
自我がないゆえに非常事態に即応できないのは深海棲艦の弱点の一つです。
しかし敵は積極的な反撃こそしませんが、回避や防御を優先させている気がします。
まるで誰かの指示を待っているかのように。
『上位種、か。となるとそろそろ来るよ。気をつけて!
危なくなったらワタシに交代してよ!』
「はい。その時はお願いしますワタシ」
とはいえ出来れば上位種が姿を見せるまで温存しておきたいところです。
背後から奇襲したのですから、後方で統率しているなら近くに居てもおかしくないはずですが……。
「レ級、気を付けて! もうすぐ敵の猛攻が来るはずです!」
『オウ!』
それから程なくして、艦隊後方にいる全ての部隊の無感情な視線と射線が私とレ級に集中しました。
ここからが本当に厳しい戦いになります。
でもこれで後方部隊は引き剥がしました。
動きを止めればその瞬間に集中砲火で圧殺されます。
さすがにワタシやレ級の装甲でも無事ではすまないでしょう。
『ワルサメ! 敵モ艦載機ヲ出シテキタ! 気ヲツケロ!!』
「はい! 引き続き私が囮になります! レ級も動きは止めないで!」
ランダムに回避機動を取りながら空を見れば、残存の敵空母が繰り出した艦載機がレ級の艦載機とぶつかり合っていました。
今のところレ級が優勢のようですが、多勢に無勢です。
このままでは制空権を奪われ、ますます厳しい戦いになってしまいます。
対空攻撃なんてしている余裕はありません。何とか隙を見て空母の数を減らさないと……。
『……いた! 私、あそこだ!』
「……!!」
ワタシが示す方向に意識を向けると、そこには周囲を機動部隊で固めた一体の上位深海棲艦の姿がありました。
巨大な艤装に腰を下ろして憎々しげに私達を見据えている甲冑を纏った女。
司令部の資料で見た事があります。あれは確か……MI作戦で連合艦隊が戦ったという姫級、空母棲姫でしたっけ。
あれがこの艦隊の旗艦なのでしょうか?
『分からない。この規模なら他にも上位種がいてもおかしくないけれど……』
どちらにせよ、あれは放置するわけにはいきません。
かの一航戦が総がかりでも互角に持ち込むのがやっとだという圧倒的な制空力。
そして直撃すれば大和型でも容易く大破させるという馬鹿げた火力。
彼女だけは絶対に、こちらに余力があるうちに先制して、動かれる前に沈めないと。
それに敵の最大戦力である上位種を一匹でも始末できれば、艦隊の統率にも小さくない綻びが出るはずです。
「札の切りどころですね。ワタシ、交代を」
『わかった!』
精神、交代。
「うっ、ぐ、ぐぐ……!」
入れ替わる精神。
爆増する出力。
それと引き換えに意識の奥底で燃え上がる破壊衝動。
押し付けられる憎悪の火。
「ぐ、う、う、ぅ……」
これまでに数えるほどには使ったことがありますが、相変わらず慣れません。
ここはワタシにとっては普通の空気でも、私にとっては毒ガスが蔓延しているにも等しい。
自我が薄れて狂気に飲まれる前にケリをつけなければ。
「レ級! 付キ合イナサイ! 突撃スル!」
『エ? ワ、ワルサメ?』
ぽかんとするレ級に、ワタシは空母棲姫を指し示す。
「アノ女ヲ叩キ堕トスヨ! ワタシニツイテ来イ!!」
『ハッ、ハイッ!!』
いい子です。
それでは突っ切るとしましょう。ソロモンの夜を思い出しますね。
沈むわけにはいきませんが、夕立姉さんのようにやれるといいのですが。
ワタシは身に纏う紅い炎を巻き上げ、ホバーを全開に吹かしました。
突如船速を上げて突撃したことにより、ワタシとレ級へ集中していた火線が一瞬外されました。
あとは決して止まらずに一直線に駆け抜け、あのお高く止まった空母女を叩き潰すだけです。
後方の警戒部隊を振り切り最大船速で駆け抜けると、意図を察したのか正面に空母棲姫を守護する機動部隊が立ちはだかりました。
戦艦と重巡の主砲がワタシを照準します。
「……ッ、回避ヲ――」
『駄目です!! 突っ切って!!』
「!!」
夕立姉さんならそうする。
回避をすれば隙ができる。砲撃をすれば速度が落ちる。攻撃を受ければ吹き飛ばされる。
どれにしても次の瞬間には空母棲姫の艦載機と戦艦どもの第二射に圧殺されるでしょう。
覚悟を決めて、突っ切るしかありません!
敵が主砲を放つ直前、ワタシは足の無い身を更に低くし、ホバーとほぼ水平になって海面を滑走します。
「――グッ!」
それと同時、強烈な衝撃がいくつも背中を掠めました。でもそれだけです。
痛みはない。吹き飛ばされもしていない。艤装も無事。
凌いだ!
なんてスリルでしょう! ちょっと癖になりそうです。
レ級に流れ弾が当たらないかが心配でしたが、着弾音は聞こえなかったので大丈夫なはず。
『……ッ!?』
艦載機を繰り出そうとしたまま空母棲姫が驚愕の表情を見せます。
動きを僅かにも止めなかったのが彼女にとって計算外だったのでしょう。
チェックメイト。
艦載機も戦艦の第二射も間に合わない。もう何をしても手遅れです。
だかラ大人しク死ね。
ワタシがホバーを逆噴射して大きく跳躍する。
戦艦どもを飛び越え、ついに空母棲姫を確殺の射程内に収めました。
『……コ、ノ……!!』
無力な獲物と化した空母棲姫が、綺麗な顔を悪鬼の如く歪めます。
それに負けない程にワタシも邪悪に口元を歪めながら、彼女に対し連装砲と二対の魚雷発射管を向けました。
「ク・タ・バ・レ」
『デキソコナイノ……ウラギリモノガァァァ!!!!!』
連続する轟音。轟音。轟音。
特大の呪詛と共に、空母棲姫は酸素魚雷の爆炎に飲まれていきました。
「スゴイ……」
あはははは。
すごいすごいすごい、すごいですこの力!
今のワタシなら砲撃だけでも重巡どころか下手な戦艦並の攻撃力があります!
あはははははははははは――
『はい、交代』
「はははは…………はっ!?」
精神交代、終了。
『大丈夫?』
「……………………はい」
そして途端に押し寄せる疲労と極大の自己嫌悪。
時間にすればほんの一分足らずのことだったのに……つ、疲れました……。
どちらかと言えば精神的な疲弊から頭を抑え、私は巨大な艤装と共に海の底へ沈んでゆく哀れな亡霊を見つめていました。
そのあたりで、旗艦が沈んだことにより動きを止めていた取り巻きが再起動し、一斉に私に砲を向けてきます。
そして一斉に、私に追いついたレ級の砲撃雷撃爆撃機のフルコースを背後から喰らって沈んでいきました。
『大丈夫カ、ワルサメー!?』
「……ナイス、フォロー……です。ありがとう……レ級」
消耗はしましたが、これで敵の足並みは乱れたはず。
そう思った瞬間。
『ワルサメ! アレ!』
「……!!」
前方の空を無数の艦載機が埋め尽くすのが見て取れました。
そしてそのはるか先、僅かに映る深海棲艦。
『……予想はしていたけど……』
「……上位種」
恐らくはまたも空母。
しかし今しがた沈めた空母棲姫とは別種と思われる上位種が、底冷えするような視線でこちらを凝視していました。
『どうする? もう十分かき回したと思うけど』
そうですね。
主力の一角を潰した以上、相手の目論見は大きく挫いたはず。
そろそろ最初に飛ばしたレ級の艦載機も連合艦隊に辿り着いている頃だと思いますし、離脱したいのですが……。
背後には振り切ったはずの警戒部隊。
新たな上位種の出現の影響か、先ほどよりも統率の取れた動きを見せています。
積極的には攻撃せず壁を作って取り囲むような動きをしていました。
さらに前方には先行した水雷戦隊が回りこみつつあります。
壁を補強しようという目論見でしょうか。ともあれ離脱には時間がかかりそうです。
そして迫る空母上位種の艦載機。
状況は更に厳しくなりました。
ですが私は悲観はしていません。
「レ級、生き残りますよ……!」
『ハイッ!』
気合はまだまだ十分です。
気が付けば。
陽は沈みかけ、代わりに月が光を放ち始めていました。
###TIPS
敵を全滅させてからゆっくり輸送すればいいじゃない作戦
作中世界において、大規模作戦は大体全部こんなノリ。
その分、付け入る隙も大きい。
戦艦レ級
本作のヒロイン。
突然変異的な深海棲艦であり、内情はほぼ春雨の推測どおり。
ちなみに最初の改心フラグはSTAGE_02で春雨に執着し始めたこと。
しょうきにもどればとてもいい子。
なんか光り輝いて見える
戦艦レ級elite(三重キラ付済)
ワタシ
春雨(私)は本能と言っていたが実際は間逆で、理性や常識が人格を得たもの。
狂気や本能はどちらかと言えばむしろ春雨の領分である。
ワタシが狂気に飲まれず、春雨はあっさり飲まれてしまうのもそのため。
度を越していい子な春雨ではできないような、冷徹な思考や判断もしてくれる。
精神交代
深海棲艦として適性が高いのは実は春雨(私)のほうである。
普段全力が出せないのは、春雨の非常に高い善性が深海棲艦化を拒絶しているため。
実際は精神を交代しているのではなく、一時的に春雨が深海棲艦としての自身を許容しているだけ。
そしてヤバそうになったらワタシの理性がストッパーをかけていた。
次回、最終回。