夜の空を五つの光が鮮やかに彩っていく。紫、赤、蒼、緑……そして、桜色。
闇夜に浮かぶその五色の色彩達は、時に激しく衝突し、時に重なるように同じ軌道を描いていた。だが、見る者が見ればすぐにわかることだろう。前者の四色は追い立てるように動き回り、後者の一色はただ逃げるように動き回っていることを。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
荒く呼吸が乱れる。心臓の音もバクバクと耳にうるさい。
けれど、動きを止めることは出来なかった。少しでも止まれば、それだけで詰みかねない。
戦闘が始まって、早数分が経過した。私は防戦一方な展開へと追い込まれている。
いや、正確には反撃を行える隙が見つからず、回避以外のことをさせて貰えなくなっていた。
「縛れ、鋼の軛!」
ビルの間を縫っていくように低空飛行を続ける私の動きを阻害するように、地面や建物から何本もの蒼い楔状の柱が飛び出してくる。どこから生じてくるのかわからないそれを、くるりと旋回して避けながら、私は思わず自分の唇を噛みしめた。
四人の動きがさっきまでと全然違う。あれほど畳みかけるように近接戦を仕掛けて来ていたのに、今は全く私に近づこうとしてこない。中遠距離からこちらを削ってくるような攻撃ばかりだ。
“Accel Fin.”
一見すると、それは私も距離を取り易くなるわけだから、やり易くなるようにも思える。
だが、実際は絶え間ない攻撃に晒されて誘導弾を使うのが精一杯だ。しかも、それだって彼女達相手には牽制程度にしか役に立たない。決め手となる砲撃を撃たせてくれる隙なんて微塵もなかった。無理をして強引に撃とうとしても、僅かにチャージする仕草を見せるだけで一斉に潰しにかかってくる。これならまだ近接戦の方がやり様があった。本当に厭らしい手だ。恐らくは参謀役のシャマルさんの指示だろう。
――――でも、悔しいかな。その策は今の私に対して有効的と言わざるを得なかった。
「アイゼンッ!」
“Schwalbefliegen”
空中機動を阻害され、動きの鈍くなっている私へヴィータちゃんが複数の鉄球を撃ちつけてくる。素晴らしく誘導操作された鉄球達は、真紅の光の尾を引いて私の後を猛追してきた。
どれだけ逃げても追いかけてくることは目に見えている。ならば、面倒になる前に破壊して置くべきだ。そう判断し、私も高速で飛行を続けながら誘導弾を迎撃に回す。
「アクセルシュ……っ!?」
「飛竜一閃っ!」
しかし、それは発射前に長く伸びてきた蛇腹剣で全て切り払われてしまった。少しだけ焦げたような痕が服に残っているものの、未だ彼女は顕在だ。どうやら私の砲撃で受けたダメージは大したことなかったようで、平然な顔をしていた。いや、寧ろ戦意が上がってしまっているようにも見える。目がギラギラとしていて少し怖い。
ホント、これだから戦闘狂はっ……! と内心で盛大に文句を言いつつ、迎撃の手段を潰されてしまった私は、その場で足を止めて前面に障壁を展開した。
「くっ……!」
重い鈍器で断続的に殴られているかのような衝撃が両腕から伝わってくる。
その度に僅かに自分の身体が軋むような痛みを訴えてきた。既に戦闘が始まってからそれなりの時間が経っている。騙し騙し頑張ってきたが、そろそろ私の身体は限界に近いようだ。
この程度で……と盛大に舌打ちしたくなる気持ちをどうにか歯を食いしばって堪え、思考を切り替える。今、考えなくてならないのは身体のことじゃない、次にどう動くべきかだ。
“Flash Move”
高速移動魔法を使い、距離を取りながら私は思考を巡らせる。
このまま守りを固めるのは下策でしかないだろう。受け身に回れば回るほど、それだけ私の取れる手段も限られてしまう。そうなったら最後、結局は攻撃に堪え切れなくなって終了だ。
となると、まずは相手の隙を作らなければならないわけだが……っっ。
「……っっ!」
マルチタスクで思考を進めていると突然、頭にズキンとした痛みが走った。
思考にノイズが生じり、猛烈な頭痛が襲ってくる。思わず、私はその場で動きを止めてしまった。身体や思考などの機能が一時停止し、周囲に張り巡らせていた私の感知網も緩くなる。
「捕まえ、た!」
そして、そんな大きい隙を見逃してくれる彼女達ではなかった。
どこからともなくシャマルさんの声が聞こえたかと思うと、私は緑色のバインドに捕らえられる。急いで解除をしようとしたが、頭痛が酷くて中々集中することができなかった。空中で私は完全に身動きの取れない状況に陥ってしまう。
「皆、今よっ!」
シャマルさんの声が響き、ヴィータちゃん達が一斉に私へと襲いかかってきた。
だが、未だ私はバインドを外せていない。もがいた程度で外せるほど甘くもなかった。
最早、形振り構ってなどいられなくなった私は、半ば叫ぶような声で愛機に命じる。
「……ジャケット、パージッ!!」
“Full burst!”
『――――っ!?』
愛機の機械音が聞こえたと同時に私のバリアジャケットが激しく爆発した。
向かってきた三人と周囲諸共を巻き込んだ盛大な自爆。当然、私へのダメージも少なくない。
しかし、それにより嵌めれた枷から脱出し、三人の動きを僅かに止めることができた。
「……お返しだよ」
その間に上空に飛び上がり、私は瞬時にチャージを行う。流石に強引過ぎた所為か、黒のインナーだけとなったバリアジャケットも所々焼け焦げ、僅かに鮮血が滲んでいた。
頭痛もさっきから治まらないし、なんか動悸までしてくる始末だ。でも、私はその全てが一切気にならなかった。私の瞳には撃つべき標的の姿しか映っていない。
「撃ち抜け、ディバイン……!」
桜色の光が杖先で破裂しそうなくらいに膨張していく。
向けられる先は、かなり離れたビルの屋上に立っているシャマルさんだ。
一瞬、彼女と瞳が合う。何故か怯えたような顔で後ずさりをした。
別に背を向けて逃げても良いよ、背中から撃ち抜いて上げるから……!
「バスターッ!!」
「きゃぁあー!?」
放たれた桜色の光が付近のビルの屋上へ突き刺さると、シャマルさんの甲高い悲鳴が聞こえた。ガラガラと崩れていくビルの姿を私は肩で呼吸をしながら見つめる。これで三対一になった。それに回復役&ブレーン役を潰せたのは大きいはずだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……っっ」
だが、どうやら私の反撃はここまでのようだ。無理をした代償は殊の外大きかったらしい。私の身体を桜色の光が包んだかと思えば、瞬く暇もなく私は小学生サイズに戻ってしまっていた。思わず呆然と固まってしまうと、今度は全身をのた打ち回りたくなるような激しい痛みが駆け巡ってくる。
「っ、くっ……うそ……もう時間、切れ……?」
身体強化の効果も完全に切れ、途端に私の身体は鉛のように重くなった。
レイジングハートを握る手に力を入れようとしても、全く力が入らない。
寧ろ、取り落とさないように気を付けなければならないほどだ。
「はぁ、はぁ……うっ、っ!?」
そして、そんな状態の私が残る三人の相手を務めるのは不可能だった。
荒い呼吸が治まらず、呆れるほど動きが鈍くなった私は、実に容易くバインドで拘束され、三人の騎士達に取り囲まれてしまう。まだバリアジャケットの再構成を終えていなかったために先程と同じ手も使えなかった。
「……変身魔法が解けたか、もう限界だな。このような決着は残念だが、ここまでだ」
私を拘束した相手、ザフィーラがお父さんに少し似ている声でそう言ってくる。その瞳には仲間を一人やられた怒りと、健闘した私への感嘆の光が浮かんでいるように見えた。纏う雰囲気からもどことなく惜しんでいるように感じたのは、多分気の所為ではないはずだ。
「確かにお前は強かった。正直、ここまでやるとは思っていなかったぞ。だが、もう止めておけ。これ以上、無理をすれば身体を壊すぞ」
シグナムさんに突き付けられた剣身に、苦しそうに顔を歪めている自分の姿が映っていた。
……確かに私はもう限界なのだろう。時間制限を遥かにオーバーした大人モードの影響で、身体は既にガタガタ。腕や足が小刻みに痙攣まで起こしている。マルチタスクをフルに活用し過ぎた所為で生じた、頭痛も治まる気配が全くない。
「………………」
がくりと私は力なく頭を下に向け、顔を伏せる。
それはまるで今から刑に処される罪人の姿のようでもあった。
そんな私の姿を降伏と受け取ったのか、シグナムさん達は顔を合わせて会話を始める。
無論、私への警戒を彼女達は微塵も怠っていなかった。
「どうする? 一応蒐集しとくか?」
「ああ、多少は足しになるだろう。他にも三人いるしな。ザー……お前はアイツの様子を見て来てやってくれ。大方、気絶しているだけだろうとは思うが、念の為だ」
「……承知した」
ザフィーラが気絶しているシャマルさんの所へと飛んでいく。
残る二人、シグナムさんとヴィータちゃんの顔が私の方を向いた。
どうやら、私はこれから蒐集されるらしい。
「一度言ったけど、すぐに気絶するから痛いのはちょっとだけだ。……ったく。あんなに魔力を使っちまったら、あんまし意味がねぇじゃねーか」
ぶつくさと文句を言いながら、ヴィータちゃんが闇の書を私に向けて開いた。
抵抗したかったが、バインドで拘束されている身体はピクリとも動いてくれない。
――もうダメだ。結局、私の頑張りなんて全部無駄だったんだよ……。
――どうせ蒐集されてしまうのなら、初めから抵抗なんかしなければ良かった……。
そんな考えが私の頭に浮かんだ。他にも沢山の考えが頭の中から湧いてきた。
ずきずきと頭痛が止まない癖に、そんな思考ばかりが浮かんでくる。
「………………」
なるほど、確かにその通りだ。ここから逆転する策なんて何も思い付かないし、仮に思い付いたとしても、それを実行するだけの体力が私には残っていない。状況は完全に詰んでいる。もうこれ以上の抵抗は無意味だ。頑張ったって意味が無い。
――なのに。こんな詰んだ状況なのにもかかわらず、馬鹿なことを問う自分がいた。
このままで本当にいいの? 納得できるの? と問いかける自分がいた。
「…………い…だ」
「あん?」
私の伏せていた顔がゆっくりと上にあがる。
少しだけ黙っていただけなのに、喉からは擦れたような声しか出て来なかった。
だけど、それでもいい。声さえ発することができれば、私には十分だ。
きっと百人いれば百人がもう私の負けだと言うだろう。
確かに万に一つの勝ち目も今の私には無いのかもしれない。
だけど、それでも――――!
「――嫌、だ」
「……なに?」
――――私は嫌だった。
ここで戦いを放棄するのだけは、絶対に嫌だった。
自分の頬肉を思いっきり噛んだ。強く噛み過ぎて口から赤い雫が零れ、鉄の錆臭い味が口の中一杯に広がる。でも、そのお陰でちょっとだけ目が覚めた。頭痛が少し治まる。動悸も感じない。大丈夫だ、まだ私はいける。そして、もう
「私はまだ諦めない! だって、
「あん? いきなり何を言って――――っ!?」
“Plasma Smasher”
怪訝そうなヴィータちゃんの言葉を遮るように、金色の雷光が横合いから放たれた。
それに回避する為に二人は私から大きく距離を取り、私の包囲が解かれる。
――――待望の時は訪れた。さぁ、ここから先は私達の反撃タイムだ。
「チェーンバインドッ!」
『――っ!?』
翠色の鎖がどこからともなく現れ、回避行動を取っていたシグナムさんとヴィータちゃんを拘束する。私が視線を向ければ、そこには小さくサムズアップしているユーノ君の姿があった。
……遅いよ、ユーノ君。だけど、本当にグッジョブ。もう大キッス祭りを開催したいくらいにグッジョブ。でも、私がファーストキスをミっくんに捧げるまでは勘弁してね。代わりに今度、一回だけ何でも命令出来る券(拒否権あり)を贈呈してあげるから!
「さっきはよくもやってくれたねっ!」
「……っ!」
シャマルさんの所に向かっていたザフィーラの前には、犬歯を剥き出しにしたアルフさんが立ちはだかっていた。これでシグナムさんとヴィータちゃんの援護にも、彼は行くことができない。局地的だけど三対二でこちらが有利になるはずだ。とはいえ、こちらの方が消耗していることも事実。ここは早々に勝負を決めにいくべきだろう。私が取るべき手段を思案していると、フェイトちゃんが私の名前を呼びながら高速でこちらに飛んできた。
「なのは――!」
「フェイトちゃん、このバインドをお願い!」
「うん、わかった!」
私の言葉を聞いたフェイトちゃんは小さく頷くと、私を拘束しているバインドを両断する。
それによって、私は漸く身体の自由を手に入れることができたのだが……少しだけ身体がフラついてしまった。そんな私をフェイトちゃんが慌てて、抱き止めてくれる。
「なのはっ! 大丈夫!?」
「にゃはは。ごめん、フェイトちゃん」
「ううん、こっちこそごめんね。私がもっと強かったら……!」
フラフラな私を見て、フェイトちゃんは悔しそうに顔を歪めると自らに強い憤りを見せた。
だけど、そんなことはないと私は声を大にして言いたい。フェイトちゃんが来てくれなかったら、私はとっくの昔にやられてしまっていただろうし、絶対にここまで頑張ることは無理だったと思う。それに何より、駆けつけて来てくれたという事実が私は一番嬉しかった。
でも、責任感の強い彼女にそう言っても、あまり効果はないってことも分かってる。だから、私はちょっとだけ違う手段を取ることにした。
「フェイトちゃん……」
間近にあるフェイトちゃんの顔へ手を伸ばし、その白い頬をそっと優しく撫でる。冷たい彼女のスベスベほっぺは、少しだけぷにっとしていて本当に触り心地が良かった。いつまでも触っていたいと思えるほどに、私の手に良く馴染んでくれる。
「な、なのは……?」
そんな私の突然な行動にフェイトちゃんが戸惑ったような声を上げるが、もう既に先程のような険しい顔はなくなっていた。寧ろ逆に赤くなっていてなんかとっても可愛い感じ(妬ましい)になっている。うん、やっぱり言葉でダメなら行動あるべしだよね。流石は私だ。
「少しは落ち着いた?」
「う、うんっ」
私がそう問いかけるとフェイトちゃんはコクコクと頭を上下に動かした。そのロボットのような動きを見て、私が笑えばフェイトちゃんも照れ臭そうに笑みを浮かべる。ちょっとだけ戦闘中の緊張感が緩み、穏やかな雰囲気になった。
とはいえ、このままずっと見つめ合っている時間など私達にはない。私は笑みを引っ込めると真剣な表情でフェイトちゃんに声をかける。
「フェイトちゃん、私に力を貸してくれる?」
「勿論だよ、なのは! 私になんでも任せてっ!」
私の言葉にフェイトちゃんが胸を張り、気合いを入れた顔で大きく頷いてくれた。
なんかちょーと気合いが入り過ぎてるような気もするけど……まぁ、気にしたら負けかな。
さて、そうと決まれば作戦開始だ。私はフェイトちゃんに抱かれたまま、身体の向きを変え、レイジングハートを力一杯握りしめた。
「いくよ、レイジングハートッ!」
“Load cartridge, Exelion mode.”
レイジングハートから桜色の翼が生え、先端が槍のように鋭く尖った形状へと変わる。
久しぶりのエクセリオンモード。懐かしくて、ちょぴっとだけ私の胸が熱くなった。
「フェイトちゃん! 私をもっと強く抱きしめてっ!」
「えっ……あ、う、うんっ!」
私が声を張り上げると、フェイトちゃんは背後から回していた腕の力を強める。
なんか少しもじもじているっぽいけど、理由はよくわからない。もしかして、恥ずかしがってる? あー、流石にいきなり抱きつけって言うのは説明不足だったかな。ただ、踏ん張りが効きそうにないから身体を支えて欲しかっただけなんだけど……まぁ後で訂正すればいいよね、うん。
ちなみに力を強める際にフェイトちゃんが“なのはの匂いだ……”と小声で言ってたのは、多分私の聞き間違いだ。
“Starlight Breaker. Stand by.”
足下と杖先に巨大な二つの魔方陣が展開された。
私の立てた作戦は至って単純明快。持久戦が厳しいなら、
ドンと一歩分だけ強く魔方陣を踏み、レイジングハートをしっかり構えると私は集束を開始する。結界内に存在する魔力の残滓達が桜色の星屑となり、私の杖先へにどんどん集っていく。
「う、くっ……!」
だが、魔力が集束し始めた途端、私の身体が軋むような悲鳴を上げ始めた。
視界が僅かにブレる。意識が一気に持っていかれそうになった。まだ撃ってもいないのに、こんなことは初めてだ。でも、もう少しだけ我慢しよう。これが終われば、病院のベッドで幾らでも爆睡できるんだから……!
「な、なのは! 大丈夫なの!?」
「……うん、大丈、夫!」
心配そうに見てくるフェイトちゃんに、私は小さく笑みを浮かべてそう言った。
本当は脂汗が出まくりだけど、そこは爽やかな笑顔でカバー。とりあえず、笑っとけば大抵のことはなんとかなる。それは私の持論であり、ある意味世界の真理だ。
“なのはさん! そろそろ拘束しているのも限界です! バインドが解かれます!”
“うん、わかった。こっちももうちょっとで準備完了だから、ユーノ君とアルフさんはすぐにその場から退避して”
“ええっ、まだあたしはコイツを……って。な、なんだい、そのでっかいの!?”
“……アルフ。命が惜しいなら、早くなのはさんの射程圏外に逃げるんだ。僕はもう逃げるよ! こんな所にはいられない!”
“ちょっ、ユーノ!?”
ユーノ君達との念話を終えたのと集束が完了したのは、ほぼ同時だった。
杖先に集まった桜色の光が闇夜を切り裂き、街を眩く照らす。
周囲の風が溢れんばかりの魔力に巻き込まれて、小さな嵐のように渦巻いていた。
気が付けば、皆の視線が脈動する桜色の閃光に集まっている。
――――皆さま、大変長らくお待たせしました。少しおっきいの、いきますっ!
「フェイトちゃん、多分かなりの衝撃が来ると思うから、私(の身体)をしっかり支えててね!」
「っ!? う、うん、わかったっ! 私が絶対になのはを支えてみせるよっ!」
私の言葉に大きく頷くと、フェイトちゃんが私の身体を更にぎゅっと強く抱きしめてきた。
しかも、何故か顔を赤くして興奮しているご様子。いや、深くは問うまい。少しだけ息苦しいけど、これだけしっかり支えて貰っていれば、吹き飛ばされることはないはずだ、多分。
「受けてみて、これが約束された勝利の輝きっ!」
“Starlight Breaker.”
極限にまで高められた桜色の閃光が解き放たれた。
その光の奔流は周囲のモノを飲み込みながら、一直線にバインドを解除したばかりのヴィータちゃん達へと向かっていく――――はずだった。
「え……嘘っ!?」
だが、撃ち放った直後。私の足下にあった魔方陣が突然消えてしまう。
足下にあったのは、発射時の衝撃吸収と反動制御を行う魔方陣。それが消えてしまったということは、一切合財の衝撃と反動が私達にくるというわけで……私達は文字通り、ジェット噴射のように後方にぶっ飛ばされた。
『きゃぁぁああっ!?』
悲鳴を上げながら、吹き飛ばされる私とフェイトちゃん。
それでも意地があるのか、フェイトちゃんは私を絶対に離さなかった。
フェイトちゃんの腕の間から、私は自分の制御を失ったスターライトブレイカーを見つめる。
真っ直ぐ進んでいた軌道はヴィータちゃん達から完全に外れ、進路を空へと取っていた。
そして、見えない
◇
「……っ、ぅ」
次に目を開けるとそこは、やけに荒れているどこかの会社のオフィスだった。恐らく、吹き飛ばされた私達が突っ込んでしまった所為なのだろう。机や椅子、他の様々な物達までぐちゃぐちゃのめちゃくちゃになっている。しかも、結界が破られてしまったから、復元もしない。明日は絶対にニュースになるなぁ……と少し現実逃避をしたくなった。
「フェイト、ちゃん、生きて、る?」
「…………っ、ぁ、ん?」
フェイトちゃんに声を掛けると目惚けたような反応が返ってくる。
どのくらい意識を失くしていたのかは確かでないけど、感覚的には多分それほど経ってないのだろう。未だに動いている車や人の気配を外から感じ取ることができた。
……ヴィータちゃん達の気配は感じないから、どうやら撤退していったようだ。
「こほこほっ。あ、あれ? 一体何がどうなったの?」
少し咳き込みながら、フェイトちゃんがきょろきょろと周りを見渡していた。
彼女には今の状況がさっぱりわからないのだろう。不思議そうに首を傾げている。
まぁ、フェイトちゃんからすれば、理由もわからない内にいきなりぶっ飛ばされたわけだもんね。状況がわからなくて当然だと思う。
「にゃは、は、ごめん。最後の最後で、魔力切れしちゃった、みたい」
「ああ、なるほど~」
私が途切れ途切れな言葉でそう説明すると、ポンと手を叩いて納得の表情をするフェイトちゃん。発動するまでは大丈夫だったけど、最後に魔力が切れて魔方陣の維持が出来なくなってしまった。結果、自分で撃った砲撃の反動で見事後ろに吹き飛ぶという、最低にカッコ悪い姿を晒してしまったわけである。
――――あかん。自分の魔力残量もわからないとか、魔導師失格や……。
はやてちゃんばりの似非関西弁を駆使して、私は盛大に落ち込んだ。自分の魔力量の確認とか基礎中の基礎じゃない。幾ら痛みに堪えてたからって、それくらいはちゃんと出来るはずなのに……って。おおう、なんか思い出したらすっごく全身が痛くなってきた。そして、それ以上に眠気が凄い。
「そう言えば、あの人達はどうなったの? なのはの攻撃で消し飛んだ?」
「いやいや、そんな物騒なことを、可愛い顔して言わないで、よ……」
「か、可愛いっ!?」
「……反応するところ、そこなんだ」
どんどん私の瞼が重くなってきた。フェイトちゃんと話をするのももう限界みたいだ。
べ、別になんか面倒臭いなぁとか疲れるなぁなんて微塵も思っていないからね! ただ、もう本当に限界が近くて眠くなってきただけだから! 勘違いしないで……ごめん、本気で眠いっす。
だけど、その前に私はどうしてもしなければならないことがあった。
「フェイトちゃん……そろそろ、私の上から退いて、くれないかな? 呼吸がちょっと、苦し……」
それは何故か私のお腹の上で女の子座りをしているフェイトちゃんを退かすことだ。
このどういうわけか照れている金色の小悪魔が乗っている所為で、私は寝るに寝れない。いやまぁ、大して重いわけじゃないんだけどね。流石にお腹は止めて欲しい。
「えっ? あっ……ご、ごめん!」
「うぐっ」
私の言葉を聞き、フェイトちゃんは慌てて私の上から飛び退いた。
しかし、結果的には、その際に生じた強い衝撃で私は見事にドドメを刺されてしまう。
うぅぅ、口から出てはいけないものが色々出てきそう。というか、なんか視界が霞んできた……。
「ふっ……」
「な、なのは?」
虚空に浮かぶ幻想を見て、私は小さく微笑んだ。
綺麗な川辺のお花畑だ。なんか季節外れの桜祭りまで開催している。
ああ、そう言えばあの時の桜は凄く、綺麗だったよね……。
「……もう一度……訓練場に咲く、桜が見たかったな……」
「なのはっ―――ー!?」
ホント、なんで私はいつもこんな終わり方ばっかりなの……がっくし。
~同時刻。海鳴市、とあるマンションの一室にて~
サーチャーが集束砲に破壊された影響で映し出されていた映像は消え、真っ黒な画面になった。夕飯を食べながら半ば映画感覚でそれを見ていた三人は、その画面を暫しの間見つめ……すぐに気を取り直したかのように画面を閉じた。
「……どうやら蒐集はされずに終わったようだな」
「ええ。それが良いのか、悪いのかはまだ定かではありませんが……」
「さて、な。良かろうが悪かろうが、我らのやることは変わりない。そうであろう?」
ディアーチェの言葉にシュテルは小さく頷き、同意を示す。
彼女達の
「王様~、シュテるん~。ボク達はいつになったら動くの~?」
「案ずるな、レヴィよ。慌てずともすぐに我らの出番は巡ってくるであろう」
カレー用のスプーンを強く握りしめ、頬に米粒をつけたままレヴィは二人に問い掛ける。
そんな彼女にディアーチェは促すような言葉を告げ、頬のおべんとを取ってやるとゆっくりと席を立った。そして、慣れた動きで年季の入った黄色いひよこ柄のエプロンを身につけ、お玉を片手に力強く宣言する。
「何と言っても、ここから先は“スーパーディアーチェタイム”だからなっ!」
瞬間。偉そうに胸を張ってそう言った、ディアーチェの姿に後光が差した。
いや、後光というのは少し語弊があるだろう。彼女の身体は文字通り光っていた……金色に。
「おお~! 王様がなんか輝いてる~! あっ、おかわり~!」
「うむ、また大盛りでよいのか?」
「うん! お肉多めでっ!」
そんなディアーチェの様子をレヴィはキラキラと楽しそうな瞳で見つめ、カレーをおかわりする。動じた素振りなど微塵も見せず、ただ四杯目のカレーをわくわくしながら待っていた。ある意味、彼女が三人の中で最強であるとは、いつか誰かが言っていた言葉だ。
「……何故でしょう、猛烈に不安になってきました。少し頭も痛みます」