【ネタ】逆行なのはさんの奮闘記   作:銀まーくⅢ

28 / 30
第二十五話。なのはさん(28)の矜持

 それはとある日の高町家の食卓でのこと。

 その日は珍しく三人揃っての夕食だったということもあって、私達はわいわいと楽しく食事をしていた。そんな中、カジキのから揚げを摘まんでいたヴィヴィオが何故か私の方をじぃっと見つめてくる。

 

「……ねぇ、なのはママ」

 

「ん? どうしたの、ヴィヴィオ? おかわり?」

 

 しゃもじを片手に私がそう言って手を差し出すと、あと中身が一口分だけとなったお茶碗が反射的に返ってきた。こんがり黄金色にからっと揚げたカジキは、生姜の香りをさせた上品な醤油味。ご飯の進み具合を見てヴィヴィオも気に入ってくれたみたいだね、なんて思いつつ、私は二杯目のご飯をよそった。

 

「あ、うん、ありがと……って違う違う。そうじゃなくて! なのはママにずっと聞いてみたかったことがあるんだけど、いい?」

 

「聞きたかったこと? まぁ別にいいけど……あっ、フェイトちゃんもおかわりいる?」

 

「うん、お願い」

 

 フェイトちゃんのお茶碗を受け取りながら、何やら真剣そうなヴィヴィオの様子に私は小さく首を傾げる。ちらりとフェイトちゃんの方を見てみると、肉じゃがのジャガイモをふにゃりとした笑顔で口に入れている所だった。うむ、今日はいつもより気持ち甘めに煮てみたんだけど、どうやらかなりお気に召したようだ。

 

「はい、どうぞ。それで? ヴィヴィオは一体私に何を聞きたいの?」

 

「……なのはママ、今日の料理の名前は何なのかな?」

 

「あっ、そういえば言ってなかったっけ? えーとね、それが“からっとカジキ君の黄金揚げ”で、こっちが“肉じゃが~活目せよ、これが母の味~”で。あとは“キングオブ味噌汁・豆腐とワカメの二重奏”と――――」

 

「――――ごめん、もういいや」

 

 一つ一つの献立を指で差しながら、私は料理の名前を順々に挙げていった。しかし、何故かその途中で頭を抱えているヴィヴィオによって止められてしまうこととなる。聞いてきたのはそっちの癖に……と小さくない不満を抱えつつ、とりあえず私は続くヴィヴィオの言葉を聞くことに。 

 

「……ねぇ、なんでなのはママは一々料理にオリジナル名をつけるの?」

 

「えっ……? ダメかな?」

 

「いや、別にダメってわけじゃないんだけど……なんていうかちょっと変じゃないかな~って思って」

 

 ががーんと落雷ような衝撃が私の全身を駆け巡った。

 変って言われた。十年も愛情を込めて育ててきた娘に、初めて変って言われた。

 やばい、久々に本気で鬱りそう。確かに思い返してみれば、最近は微妙に反抗期っぽいなぁと思う節があるにはあった。まぁ反抗期が全くないっていうのも、それはそれで問題だって聞いたから、私も多少のことは覚悟の上だったわけなんだけど……流石に“ママ変”発言はダメージが大きすぎる。

 これなら素直に反抗された方が幾分かマシだったよっ。うぅぅ、あの“なのはママ~♪”とか言いながら、ひよ子のように私の後ろについてきていた可愛いヴィヴィオは一体どこに行ってしまったんだ……。 

 

「そ、そんなに変かな?」

 

「うん」

 

「そ、そっか。私、変なんだ……」

 

 聞き間違いかもしれないと思って再度問いかけてみても、返ってきたのは肯定の言葉。

 グッサリと私のハートに突き刺さっていた言葉の刃が更に捻りが加えられた瞬間である。

 まさに意気消沈。そんな四文字熟語が相応しい程に落ち込みモードへと突入していた私は、ふと今まで話に一切入ってきていない親友(もう一人の母)へと視線を向けた。

 

「~~~~~♪」

 

 だが、そこで見たのは何やら恍惚とした表情でジャガイモを食べている親友の姿。

 余程お気に召したのか、明らかにジャガイモだけが器から異常な早さで減っている。

 

 ――――肉じゃがなのにお芋しか食べないのなら……お肉の意味、ないじゃない。

 

 そんな私の内心の突っ込みを余所に、フェイトちゃんは実に美味しそうにお芋さんをもきゅもきゅと食べ続けていた。その何とも言えないゆる~い光景を見て、私は思う。

 あーうん。フェイトちゃんはもうそれでいいよ。ずっとそのままのフェイトちゃんでいて欲しいな。

 我が家随一の癒しキャラにちょっとだけ元気を貰った私は、むんと小さく気合いを入れた。向かう敵は呆れたようにフェイトちゃんを見ている愛娘。ここは母として、反抗期の娘をズバッと論破してみせるっ。

 

「あのね、ヴィヴィオ。私は料理って愛情の結晶なんだと思うの。食べる人の好みや栄養のバランスをよく考えて。食べた時に喜んでくれる姿を想像して。少しでも美味しくなぁれなんて想いを込めながら作って。そんな小さな愛情の欠片達が一つとなって、初めて料理が完成するんだ」

 

「まぁ、愛情は最高のスパイス! みたいな言葉は聞いたことがあるけど……でも、その話はあまり関係なくないかな? 元々の料理名は決まっちゃってるんだし、わざわざオリジナル名をつける必要なんてないよね?」

 

「うん、確かにそれはそうかもしれない。でもね、名は体を表すって言葉があるように、名前ってすごく大切なものなんだ。人もモノも名前を貰って初めて“個”として完成する。そこに魂が注がれるの。だから、私は愛情を込めて作ったこの子達には名前をあげたいって思う。それにね、今日作ったこの料理達と同じモノはもう二度と存在しない。同じレシピで同じ手順で作ったとしても、それは同じモノじゃなくて似て非なるモノでしかないんだよ!」

 

「う、うーん。わかったような、わからないような。というか、私的にはなのはママの独特のネーミングセンスに突っ込みを入れたかっただけなのですが……“明日はテストだ! 頑張るぞカレー”とか“謎フライ~衣の中の神秘編~”とか“また会えたね、カルパッチョ君”とか“煮込みUDON☆爽やかモード”とか。もうどれも意味が不明過ぎるよ……」

 

 私の言葉に何か思う所があったのか、小声でぶつぶつと呟きながら悩んでいる様子のヴィヴィオ。まだ完全論破は出来ていないけれど、少しでも納得してくれたのなら私も話した甲斐があったというものだ。それにこうして素直に話を聞いてくれることから考えても、ヴィヴィオの反抗期レベルはかなり低めみたいなので、少し安心しました。

 これでうっせーよ糞ババア! なんて言われた日は……確実に母として愛の教育的指導(と書いて血戦と読む)をせざるを得なかった。 

 

「ふふっ、まだヴィヴィオにはちょっとだけ早かったかな。でも、いつかはきっとヴィヴィオもわかる日がくるよ。料理人にとって料理は言わば娘や息子のようなモノだもん。出来上がったら名前をつけたくなるのが、親心ってやつなの。それに名前をつけるとちょっとだけ美味しくなるしね!」

 

「うん、それは絶対にないね」

 

「むー、ホントなのになぁ。こう、一段階レベルアップ! みたいな感じでさ」

 

「いや、それだけは絶対にありえないから」

 

 その後もちょこっとだけ言い合いなんかをしながら、高町家の夕食は続いていった。

 未だにはむはむもきゅもきゅ状態のフェイトちゃんに二人でお芋さんを分けてあげたり、ほうれん草のお浸しをdisったヴィヴィオを叱ったり、私のカジキがヴィヴィオにインターセプトされたり。

 少々騒がしくもあったけれど、私は笑顔の溢れるこの食卓を心から愛していた。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 ダイラス星に住む牛魔王に奪われ分解された“異次元空間移動装置”を完成させ、連れ去られた恋人のミっくんを助けるために旅に出た天才魔導師だ。人は私のことを愛戦士ナノハとも呼ぶ……なんて、つまらない冗談はどこかに置いておいて。只今、絶賛ピンチなう。今回ばかりは、少々分が悪過ぎるような気がしております。

 

「………………ん」

 

 上空に浮かぶ四人の騎士達を見つめながら、私は静かにバリアジャケットの再構成を終えた。

 身体のコンディションは最悪とまでは言わなくても決して良くはない。というか、ちょっと動く度に電流みたいな痛みが全身に走る。明日は確実に全身筋肉痛で涙目になることだろう……全然笑えない。いや、こういう時はポジティブに考えよう。この状態で筋トレすれば効果が二倍になるんだ、と。

 

「さて、行こうかな。ユーノ君、フェイトちゃん達をお願いしてもいい?」

 

「ダ、ダメですよ! 今のなのはさんに戦闘なんて無茶ですっ!」

 

 ふわりと少しだけ宙に浮かび、いつの間にか人の姿に戻っていたユーノ君に声をかけると即座に引き留めの言葉が返ってきた。どうやら、私のことをかなり心配しているらしい。そういえば、ユーノ君は昔から心配症だったような気がする。心配を掛けてばっかりの私が言えた義理ではないけど、損な性格しているなと少し苦笑いが浮かんだ。

 

「まぁ、それは私も重々承知してるんだけどね。向こうは逃がしてくれる気はないみたいだよ?」

 

「っ、だったら僕が行きます! その間になのはさんが二人をっ!」

 

「我が儘を言わないの。治癒魔法は私よりもユーノ君の方が得意でしょ?」

 

「我が儘なのは、なのはさんの方ですっ!」

 

 私の言葉に一理あると理解しつつも、ユーノ君は未だ納得してはくれなかった。そんな彼を見て、私の苦笑が大きくなる。しかも、それを見てユーノ君が更に憮然となるという悪循環。

 さて、どう説得したものだろうか。多分、大丈夫や平気って言葉は何の効果もないだろう。かと言って、私は負けないよなんて言っても、最近負けが続いている私では説得力がない。

 結局、良い案も浮かばないのでちょっとだけ私の本音を語ることにした。いつものふざけた様子もなく、真剣な顔をする私を見てユーノ君も表情を引き締める。

 

「多分、このままだと私達は呆気なく全滅してしまうと思うの。私とユーノ君のどっちが行っても、倒されるのは必定。たとえ二人掛かりで戦ったとしても、それはきっと覆らない」

 

「…………っ」

 

「だから、この戦いはフェイトちゃん達の戦線復帰に全てが掛かってるんだ。一人が時間稼ぎ兼足止めを、もう一人が二人の治療を。私とユーノ君で役割分担するしかない。そして、どっちがどっちに向いているかは言わなくてもわかるよね?」

 

 我ながら酷いことを言っているという自覚はあった。負傷したフェイトちゃん達を戦わせようなんて鬼畜の所業だし、言外にユーノ君を戦力外扱いしているようにも取れる言葉だ。でも、実際問題。四対二になっても、勝ちどころか結界内からの脱出すら難しい。援軍が来てくれるのかもわからない以上、今いるメンバーだけでこの状況を打破するにはコレしかなかった。少なくとも私には他に思い付かない。

 

「勿論、不確定要素は色々あると思うよ。私がすぐにやられちゃったらそこで終わりだしね。でも、今はこれがベストだと私は思うの。だから、お願いユーノ君」

 

 正直、レイジングハートなしであの四人の相手をするのは、厳しいを通り越して無謀だろう。別に切札があるわけでもないし、勝算だってない。だけど、それでも二人の治療が終わるまでの時間は何が何でも稼いでみせる。

 ――――エースオブエースの名に懸けて、そう誓う。

 

「私を信じて。そして、私を助けて。私もユーノ君を信じて、助けるから」

 

 真っ直ぐとユーノ君の瞳を見つめながら、私はゆっくりと拳を突き出した。

 それは大きな戦いの前に戦友とやる小さな儀式。互いの健闘を祈る親愛の合図。

 

「……なのはさんはいつもずるいです。普段はふざけてばっかりなのに、こんな時だけそんなことを言って……断れないじゃないですか」

 

「……ごめん」

 

「謝らないでください。もういいです、どうせ止めても聞かないんですから。でも、絶対に無茶なことは禁止ですからね!」

 

 どこかやけっぱちな感じで、ユーノ君は私の拳にコツンと自分の拳を合わせてきた。

 でも、その表情にはどこか嬉しさのようなものが浮かんでいるように見える。

 もしかしたら、ちょっと照れ臭く感じているのかもしれない。

 

「うん、わかってるよ」

 

「なのはさんはいつも返事だけは良いですから、全く信用できません」

 

「にゃはは、酷いなぁ」

 

 気が付けば、張り詰めていた空気が少しだけ穏やかなものになっていた。

 けど、緊張の糸だけは決して緩めない。視線を上空の騎士達へと向けると、丁度あちらもヴィータちゃんの治療が終了したところだった。再び紅い騎士甲冑を纏った彼女がぐるぐると腕を回している姿が見える。

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

 最後に短くそう告げると私は緩やかに飛翔しようとした。

 だが、そんな私に向けてユーノ君がきらりと光る赤い何かを投げてくる。

 

「なのはさん! 忘れ物です!」

 

 綺麗な放物線を描いて手もとに飛んできた彼女(・・)を優しくキャッチした。

 そして、私は祝福するように彼女へ頬笑みを向ける。

 ――――おかえりなさい、ずっと貴女の帰りを待ってたよ。

 

 

 

 

 

 

「一人か?」

 

 四人の下へ辿りついた私に初めに声をかけたのは、シグナムさんだった。

 いきなり斬りかかってくるような様子ではないけど、確かな警戒心が伝わってくる。

 

「はい、これからちょっとだけ私に付き合ってもらいます」

 

「ほう、一人で我ら四人を相手取ると?」

 

「ええ、そのつもりです」

 

 そう言うとシグナムさんは少し愉快そうに笑った。

 でも、その目は全く笑っていない。僅かに怒気のような雰囲気も出ている。

 だけど、私は言葉を撤回する気は微塵もなかった。吐いた唾を飲む趣味は持ち合わせていない。

 

「……お前、まだ回復してねぇだろ。んなこと本気で出来ると思ってんのか?」

 

 仮面をつけていても、ヴィータちゃんが不機嫌そうな顔をしているのがわかった。

 彼女は言外に言っているのだ、無茶なことはよせ、と。そして、怪我の治っていない私を気遣ってもくれている。その気持ちを嬉しく思わないわけではなかった。

 他の三人だってそうだ。別にこうして私と話をする必要なんてないのに、言葉を交わしてくれている。伊達に彼女達と何年も一緒に仕事をしてきてはいない。彼女達が一度内に入れた者に優しいことを私は良く知ってる。

 

「ううん、思ってないよ。でも、出来るか出来ないかなんて関係ないんだ。いつだって大事なのは、やるかやらないか。そして、私はやるって決めた。だから、やるんだ」

 

 だけど、今の私にはどうしても退けない理由があった。

 別に私一人だけだったら、白旗を上げて降参しても良かったと思う。

 けど、今はできない。だってここで降参しちゃったら、私の為に駆けつけてくれたフェイトちゃん達の頑張りや気持ちが全て無駄になってしまう。私はどうしてもそれを許容することができなかった。これはもう私だけの戦いじゃない。私達、皆の戦いに変わってるんだ。

 

「それにね、あなた達が騎士として負けられないように、私にも負けられない理由がある」

 

 僅かに瞳を閉じ言葉を紡げば、自分の内側からナニかが湧き上がってくるのを感じた。

 それはこの世界に来てから、今の今まで忘れてしまっていたモノ。

 向こうの世界に置いて来てしまった忘れモノ――――エースの自負と矜持。

 

「あなた達が騎士なら、私は“エース”だ」

 

 今にして思えば、こっち来てからの私はどこか腑抜けてしまっていたと思う。恐らく管理局員ではなくなったからだろう。長年背負っていたものがいきなり無くなって、少し呆けてしまっていたんだ。

 でも、漸く思い出した。私の居る場所は常に最前線、その背には皆の期待が乗っている。

 

「私は、私のことを“エース”と呼んでくれる人達がいる限り、負けられない。私の敗北は皆の期待への裏切りになる。だから、たとえ誰が相手だろうと膝を屈するわけにはいかないっ!」

 

 その言葉を口にするだけで、重みを持った何かが私に圧し掛かってくるように感じた。

 重い。ああ、凄く重い。周囲からの期待や信頼が、責任や責務が、途轍もなく重いと感じてしまう。だけど、その重みがどこか心地良かった。昔、教えて貰った通りだ。重圧は楽しむためにある。

 気が付けば、私は目前の騎士たちを不敵に睨みつけていた。

 

「さぁ、四人纏めて掛かってきて。今の私はさっきよりもちょっとだけ強いよ」

 

 それは紛れもなく彼女達への宣戦布告だった。

 当然、彼女達がそれに付き合う必要はどこにもない。

 合理的に考えれば、私の相手なんて一人残せば十分だ。私の戯言なんて無視しても構わない。

 しかし、彼女達は良くも悪くも騎士という人種だった。

 

「……ふむ、この平和な時代にも勇ある者がいたようだな」

 

「ああ、良い顔をしている。出来れば、存分に仕合いたかったくらいだ」

 

「はん! まぁ嫌いじゃないぜ、そういうのっ!」

 

「う~ん、別にやる必要はないんだけど……ここは空気を読まないとダメよね?」

 

 それぞれの顔に好戦的な笑みが浮かび上がる。

 参謀役のシャマルさんでさえ苦笑気味に笑って、止める気はないらしい。

 場の雰囲気ががらりと変わった。もう時間稼ぎだけが目的じゃない、これは真剣勝負(決闘)だ。

 

「ぶっつけ本番だけど、いけるよね。レイジングハート!」

 

“All right. Main system, start up. Stand by, ready”

 

 機械的な音声と共に身体に帯状の魔方陣が絡みつき、桜色の魔力光が煌めく。

 時間はほんの一瞬。瞬く間もなく私とレイジングハートの姿が変化し始める。

 後先のことを考えない短期決戦。本気の本気の超本気。今はこの姿が何よりも相応しい。

 

“Drive Ignition”

 

 桜色の光にが消えると、私は本来の姿を取り戻した。

 半年ぶりに感じる不思議な高揚感。自然と高まっていく魔力と共に瞳にも熱がこもっていく。どうやら私は柄にもなく興奮しているらしい。別に戦闘狂の気はなかったはずなんだけどなぁ、とぼやきつつ、対峙する四人にゆっくりとした動作で愛機を構えた。それに合わせて四人もそれぞれの構えを取る。

 

『――――――』

 

 戦いの開始に明確な合図は存在しない。どちらかが先に仕掛けるまでは始まらない。四人へ視線を向ける。前衛にシグナムさんとヴィータちゃん。そのやや後ろ、後衛の位置にシャマルさんとザフィーラ。盤石の布陣だ。見るからに隙がない。だからこそ、私は先に仕掛けるっ。

 

「――――いきますっ!」

 

 一人で複数と対峙する時の基本は、分断と倒す優先順位をつけること。

 あの四人の中で一番厄介なのは、誰か。そんなの悩まなくてもすぐにわかる。

 そして、開始直後に一番有効なのは奇襲、即ち――――速攻だ。 

 

“Flash Move”

 

 移動魔法を使い、消えるように四人の陣のど真ん中へ躍り出る。

 私はデバイスの形状からして、中後衛型の戦闘スタイルにしか見えない。

 当然、距離を取る選択をするだろうと彼女達は思ったはずだ。そこが付け入る隙になる。

 

「っ、いかん、来るぞっ!」

 

「――っ!?」

 

 シグナムさんの警戒を告げる声が聞こえた。けど、少し遅い。

 驚きに目を開いた状態のシャマルさんは酷く無防備だ。急な私の動きに対応出来ていない。

 私はその隙を逃さず、彼女へ圧縮魔力を込めた愛機を思いっきり叩きつけた。

 

“Flash Impact”

 

「やらせんっ!」

 

 しかし、その直前に蒼い影が割入ってくる。

 両腕を交差させるように攻撃を防いだザフィーラが私に対して吼えた。

 盾の守護獣ザフィーラ。彼に生半可な攻撃は通じない。その防御の固さは二番目に厄介な相手だ。

 

「っ……!」

 

“Flash Move”

 

 両腕が塞がっているザフィーラの腹部に蹴りを入れ、そのまま素早く離脱する。

 去り際に小さな魔力弾を放って、爆発させたのはおまけだ。どうせダメージにもならない。

 けどまぁ、彼女達がそう簡単に逃がしてくれるはずもなかった。

 

「はぁっ――!」

 

 大きく距離を取ったはずの私の横合いから現れたのは、シグナムさん。

 気合いの入った声と共に鋭い剣閃が私に襲いかかってくる。

 けれど、私がそれに慌てることはなかった。細く尖った風が私の頬を掠める。

 

「――――!」

 

 迫りくる剣閃を舞うように回避する――――イメージするのは鳥の羽だ。

 風に決して逆らわず、ひらりと宙を舞う羽の動きを自分にトレースする。

 続く烈風のような連撃。当たらない。すべてがギリギリのところを通り過ぎていく。

 元より、私は砲撃以上に空を飛ぶ適正が高い。出来ないはずがない。

 

「おっらぁぁっ!」

 

 次は来たのはヴィータちゃんからの攻撃だった。

 撃ち出された鉄球の数は五。視認したと同時に誘導弾での迎撃を選択。

 同時に此方に接近して来ていたザフィーラへの牽制にも使用する。

 

「挟むぞ!」

 

「おうっ!」

 

 今度はシグナムさんとヴィータちゃんが前後から挟み込むように仕掛けてきた。

 しかし、その動きは完全に捉えている。二人の連携した挟撃もひらひらと避け続け、私は思考する。動きは最低限でいい。無駄な挙動は要らない、疲れるだけだ。避ける、避ける、避ける。相手の呼吸を読んで、常に最低限の動きで回避し続ける。そして、機を見て……一気にスピードを上げる。

 

“Accel Fin”

 

 足先に生えた桜色の羽が大きく羽ばたくと、私は大きく距離を取った。

 そして、レイジングハートを変形させると、素早く二人を狙い撃つ。

 

「ショートバスター!」

 

 二条の閃光が二人へ襲いかかった。

 だが、素早い動きで回避行動を取った彼女達には当たらない。再び思考を巡らせよう。

 剣による近接戦闘特化型のシグナムさん。高レベルのオールラウンダ―のヴィータちゃん。回復と補助、参謀役のシャマルさん。防御の固さと格闘戦を得意とするザフィーラ。

 確かにバランスのいいチームだ。歴戦の騎士である彼女達は個々の力量も並じゃない。けど、彼女達には弱点とまでは言えなくても、注目すべきところがある。

 

「くっそ! あいつ、ひらひら避けやがって!」

 

「っ、待て! 熱くなるなっ!」

 

 それは一対複数の戦闘経験に比べ、複数対一での戦闘に馴染みが薄いこと。

 彼女達のこれまでの境遇が影響しているのだろう。常に追われる身であった彼女達は、基本的に数的不利な戦場が多かったはずだ。加えて、今の状況では仲間を巻き込むような技を使うことが難しい。使うにしても仲間を退避させなければならない。

 

「いくぞ、アイゼンッ!」

 

“Explosion”

 

 故にその連携を完全に読み切ることは難しくとも、決して不可能じゃない。

 何より、守護騎士たる彼女達の連携は“王”がいて初めて完成となる。

 不完全な連携にやられてあげるわけにはいかないっ。

 

「ラケーテン、ハンマーッ!」

 

 中々攻撃が当たらないことに痺れを切らしたのだろうか。

 シグナムさんの言葉を無視して、ヴィータちゃんが大技を繰り出してきた。

 その一撃は先の戦闘で私を障壁ごと粉砕した代物。一度食らってしまえば、一溜まりもない。

 けど、今の私は一人ではなかった。薬莢が排出される音と電子的な彼女の声が響く。

 

“Protection Powered”

 

「くっ……固ぇ……っ!」

 

 前面に張り出した桜色の障壁がヴィータちゃんの吶喊を完全に防ぎ切る。

 尚もモノを削るような音と火花が散っているが、強度の増している障壁は全く揺るがなかった。

 次に意識すべきなのは背後から来る者への対応だ。勿論、抜かりはない。

 

「……っ!?」

 

 音もなく近づいて来ていたザフィーラの身体を設置型のバインドで拘束する。

 何やら驚いている様子だが、私が気づいていなかったと思われるのは心外だ。 

 今の私の感知範囲はこの戦域全体に広がっている。そこに穴なんて存在しない。

 

“Barrier Burst”

 

 障壁を爆発させ、爆風と衝撃を利用して更に上空へ飛び上がった。

 狙うは動きが止まっている二人ではなく、未だ後方に控えているシャマルさんだ。

 早めに叩いておかないと常に不意打ちが可能な“旅の鏡”は厄介過ぎる。

 

“Load cartridge”

 

 レイジングハートのギミックが駆動し、二発の薬莢が排出される。

 そして、そのままシャマルさんへ杖先を向け……とある場所から強烈な魔力の高まりを感じ取った。

 少し離れたビルの屋上へ視線を寄こせば、そこには私に向けて弓を構えているシグナムさんの姿が見える。いけない、あれは危険だ。急遽、目標を変更。チャージを続ける。

 

「翔けよ、隼っ!」

 

“Sturmfalken”

 

 放たれた矢は紫紺の閃光となり、音速の壁を越える速度で私に迫ってきた。

 今から動いても回避は不可能。障壁破壊効果もあるから防御も不可能。ならば、残る手段はたった一つ、迎撃のみ。私は更に二発分のカートリッジをロードし、チャージ分に上乗せする。

 

「ディバイン……ッ!」

 

 襲いかかる脅威を前にしても表情を微塵も返ることなく、私は限界ギリギリまで溜めに溜め続けた。環状の大きな魔方陣が輝きを増していく。距離にしてあと十数メートル。時間にしてコンマ数秒。ここぞというタイミングを狙い、重いトリガーを引き絞る。 

 

「バスタッッー!!」

 

 紫色と桜色の閃光がぶつかる直前、一瞬だけ世界から音が消えた。

 だが、それはほんの僅かな沈黙に過ぎない。衝突後、世界が軋むように揺れ動き、悲鳴のような声を上げた。激しく高密度の魔力砲同士がぶつかり合ったことにより、暴風のような嵐が起こる。そして、閃光と共に生じた衝撃で周囲の建物が一斉に崩壊を始めた。

 

「レヴァンティンッ!」

 

「レイジングハートッ!」

 

 しかし、そんな中で更に動き出している二つの影がある。

 主の声に応えるように二機のデバイスから薬莢が排出され、私達の魔力が一時的に高まる。

 二つの影がどんどん近づいていき、遂にはその距離がゼロとなった。

 腰に力を溜めるように構えた体勢から、シグナムさんが炎を纏った剣撃を放つ。

 

「紫電、一閃っ!」

 

“Protection Powered”

 

 ドンといった重い衝撃音と黒板を爪で引っ掻いたような不快な音が耳に響く。

 けれど、その一撃は障壁を破るまでには至らない。剣の動きがゆっくりと止まっていき、丁度私の目の前で完全に停止した。それを見て、私はにやりと獰猛な笑みを浮かべる。

 

「っ、これはっ!?」

 

「……捕まえた!」

 

 相手の突撃を捕まえさせることも戦術のうち、私の十八番――ゼロ距離バインド。

 鎖状のバインドがシグナムさんを拘束し、身体の動きを封じた。

 その隙に私は大きく空を蹴って後方に距離を取りながら、高速でチャージを行う。

 

「ストレイトバスターッ!!」

 

 殆どタイムラグなしで放たれた砲撃は一直線にシグナムさんへ向かい、直撃。白い煙が濛々と立ち昇ると彼女の姿を覆い隠した。手応えはあった。けれど、どれほどのダメージを与えられたかは不明だ。何より、私にそれを確認する時間はないらしい。

 

「んのやろうっ!」

 

 怒りの篭ったような声と共に吶喊してきたヴィータちゃん達の姿が視界に映った

 小さく吐いた息を飲み込む。どうやら、もうちょっとだけ頑張らなくてはいけないようだ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。