オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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至高の41人最強の騎士

 

 二体の天使が消滅して、その光の粒子が鎧に反射する。

(さて……さっき感じた微振動……いまも感じる少しの寒気……ひょっとしなくても……)

 たっち・みーは、のんびりと自分のこめかみに指を添えた。そして〈伝言〉の魔法を用いて、モモンガに連絡を試みる。

 その〈伝言〉にはすぐ応答があった。

『……たっちさん』

 低く、不機嫌そうな声。たっち・みーはその声を聴いて懸念が的中したのを感じた。先ほど敵の司令官が口にした言葉は、仲間を大切にし、たっち・みーを大事に思ってくれているモモンガを怒らせるには十分な侮蔑の言葉だったのだから。

 おそらく今ごろ怒り狂っていのではないかと、たっち・みーは懸念していたのだ。

『モモンガさん。もしかしなくても、配下たちを動かしてあの男を殺そうとしていませんか? ダメですよ』

『っ……! しかしたっちさん! その屑はたっちさんを侮辱して――』

 アンデッドの精神安定はどこにやってしまったのか、モモンガは声だけで人を殺せそうなほどの憎悪の籠った低い声で言う。

 たっち・みーはそれを遮った。

『ダメですよ、モモンガさん。すみませんが、あいつの相手は譲れません』

 穏やかな声で、しかし確かな力を込めた声でモモンガを抑える。

『あいつは私が仕留めます。殺さないようにしつつ、恐怖を植え付けて確保しますから、情報の引き出しはお任せします』

 侮辱してきた相手は自分自身で仕留める、と言われてしまってはさすがにモモンガも納得せざるを得なかった。

『……わかり、ました。でも、絶対すんなり殺しちゃダメですからね。いいですね! 苦しむのが可哀想とか、そういう、たっちさんの慈悲をかける価値はない相手ですからね!』

 普通ならば、殺すことが慈悲にはなりえない。

 しかし人間でなくなり、人間に対して虫けらに対する程度の共感しか持たなくなったモモンガが、たっち・みーを侮辱した相手をどう扱うかなど、想像するのも恐ろしいことになるのは明白だ。だから、この場合に限っては一思いに殺すことの方が慈悲になりうる。

 それはたっち・みーもよくわかっていて、頷いた。

『ええ。わかっていますよ』

 普通の悪人であったならそれを考えなくもなかったかもしれない。ただ単に立場や状況がかみ合わなかったために敵対しただけの相手であるならば、一思いに殺してやるのが慈悲だと考えただろう。

 だが――。

 たっち・みーはモモンガがひとまず落ち着いたのを確認してから、〈伝言〉を切った。こめかみに添えていた手に握る剣を、改めて握り直す。ちなみに〈伝言〉の魔法は別に手をこめかみに添える必要があるわけではないのだが、携帯電話を用いるときと同じで、意識していないとついついそうしてしまうのだ。

 〈伝言〉を使っている間のたっち・みーは周りからは隙だらけに見えていたが、敵対しているはずの存在は一人として動けなかった。その表情はいずれも驚愕に彩られ、目の前で起きたことをどうにかして理解しようと必死になっているのが伝わってきた。

「なんだ……? なにが、おきた……?」

 そんな呆然とした部隊を率いているニグンは、呆然とした声をあげた。その周りの部下たちに応えられるものはいない。

 たっち・みーはそんな彼らに対し、一歩踏み出す。特に駆け出したわけではない。散歩を始めるかのように、普通に歩きだした。その途端、敵対するニグンたちがびくりと体を震わせる。

「何を……した。どうして、天使たちが消滅したのだ!? 答えろ!」

 どうして突撃を仕掛けたはずの天使が消滅するのか。一体何をすればそんなことができるのか。その事実に怯えているのか、ニグンの声は震えていた。そんな彼に対し、たっち・みーは特に何でもないことのように――実際特別なことは何もしていないのだが――答えた。

「斬った」

「き、っ、た……?」

 そのたっち・みーの言葉は、とてもシンプルだったが、ニグンたちの中で理解できたものは一人もいなかった。いや、それを理解するのを頭が拒否していたのかもしれない。

「馬鹿な! 剣を振ってなどいなかった!」

「いや、普通に振ったぞ」

「何かのトリックに決まっている! 次の天使を突撃させろ!」

 ニグンの悲鳴のような声に従い、今度は三体の天使が突撃姿勢を取る。

 それに対し、たっち・みーはふぅ、と息を吐いた。

「わかったわかった。次は半分くらいの速度で振ってやるからよく見てろ」

 天使が突撃をかける。目にも留まらぬ速さで迫る天使たち。

 だが、たっち・みーの目には止まっているのと変わらなかった。これは別に特殊技術を使用しているわけではない。たっち・みーの基礎身体能力は、その異形の体になったことで飛躍的に大きく向上していた。動体視力もそのうちのひとつだ。元々戦士職だったからか、高速で振るわれているはずの敵の武器の切っ先でさえ、はっきりと視認することが出来た。

 そんな超身体能力だからこそ、たっち・みーは天使の突撃がいくら速くても恐れはなかった。自分の握る剣の間合いギリギリの位置まで来た天使の首を一撃で落とす。落とす、と言っても刃がそこを通過した瞬間、その天使は大ダメージを受け、首と胴が離れる前にその体を光の粒子へと溶かす。

 コンマ数秒遅れて来た次の天使に向かって、切っ先を突き出す。頑丈そうな頭部をやすやすと破壊し、その天使もまた光に解けた。

 最後の一体は、味方の影になるようにして攻撃をしかけてきていたが、たっち・みーの攻撃圏内に入ったときには、その味方は光の粒子となって消えていた。それでも天使は突撃するのをやめない。れは味方の光の粒子が目くらましになればよいとばかりの行動だったが、たっち・みーは素早く剣を返し、袈裟切りでその天使も消滅させる。そもそも気配で敵の位置を把握できるたっち・みーにとって目くらましなど何の意味もない。

 かなり速度を落としたとはいえ、常人にはとても目に負える速度ではない。強敵と戦うことを想定し、日々己を鍛えているからこそ、その恐ろしく速い斬撃の軌跡だけがニグンには見えた。

「ば、バカな……天使が一撃……だと……?」

 たっち・みーが、一歩前に進む。

「別に不思議でもないだろう。どんなモンスターでも、HP以上のダメージを受ければ一撃でやられるのが道理というものだ」

「……! 総員、集合しろ! 全天使でかかれ!」

 村を囲うように展開していた者たちが、ニグンの合図に従って集まってくる。

 その場所に集まった天使の数は20を超えていた。

「全天使を突撃させろ! 急げ!」

 部下が集まるのを待って、ニグンが攻勢を仕掛ける。駆けつけたばかりの者の中には事態がよく呑み込めていないものもいたが、命令に従って天使を目の前に立つ騎士に向かって突撃させる。

 無数の剣が、たっち・みーを襲う。

「やれやれ」

 そんな中を、たっち・みーは軽く歩いて通過した。その背後で勢い余った天使たちが互いにぶつかり地面を転がり、無様な醜態をさらす。

 当然、刃の雨を潜り抜けたたっち・みーには、傷一つなかった。

「あり……えない……げ、幻術か……?」

「普通に避けられるだろう?」

 起き上がった天使たちが、再びたっち・みーへと攻撃を仕掛ける。たっち・みーは四方八方から来る天使の攻撃を、まるで問題なく避けていた。真後ろから突き出された剣すら、軽く首を振って避けてしまうのだから、もはや背中に目があるといわれても納得したかもしれない。

 決して天使たちの連携が拙かったわけではない。普通の人間なら、いや、たとえ王国最強のガゼフであったとしても、それだけの天使の連撃を防ぐのは不可能だ。とはいえ、それほど密集して突撃をしかけてくるのならば、ガゼフなら反撃して天使たちを仕留めていただろうが。

 だがそれは相手を倒して数を減らす前提の話であって、反撃をしないまま延々と敵の攻撃を避け続けるなど、よほどの実力差がなければ成り立たない。

 ましてや個人と集団であるならば――その力量の差は天と地よりも開いていることになる。

「なぜだ……! なぜかわせる! 不可能だ!」

 軽い足取りで天使たちの猛攻を交わし続けていたたっち・みーが、その剣を振るう。

 ただしその剣の軌跡は一切見えず、気づけば周囲に浮遊していた天使たちがほぼ同時に消滅した。

 天使を構成していた粒子が舞い、一種幻想的で神々しい雰囲気さえ漂っていた。しかし、それを楽しむ余裕は、ニグンたちにはない。

「あ、ありえない! ありえるわけがない! ただの騎士が! ただの剣技で! 天使たちを蹂躙するなんてことが、ありえるか!」

 武技を使用しているのなら、まだわかる。実際、王国最強の戦士長であるガゼフならば、武技を使用して天使たちを倒すことができるはずだ。しかし、目の前で戦っているたっち・みーは、その手の武技を一切使っているように見えない。魔法による肉体強化も、されているようには見えない。

 ただの身体能力と技術で天使が圧倒されるなど、ニグンにとっては悪夢でしかなかった。

 その場にいた天使をすべて消し去ったたっち・みーが、さらに歩を進めていく。それはごく自然の歩みだったが、そこから感じる威圧感はこれまで彼らが相手にしてきたどんな敵よりも恐ろしかった。下手に素早く距離を詰めてこないのもその威圧に拍車をかける。

「ひ、ひぃ……化け物っ! 〈正義の――」

 天使たちが意味を成さないと知り、部下のひとりが魔法を使って攻撃を仕掛けようとした。

 その瞬間、たっち・みーはその前に踏み込んでいた。剣の柄側が突き出され、その部下が体をくの字型にしながら吹き飛ぶ。

 一瞬、その場にいた全員が硬直した。最初にその硬直から回復した別の部下が、たっち・みーに手を向ける。

「っ、〈聖なる――」

 同じ運命をたどった。瞬時に距離を詰めたたっち・みーが、柄でその男の腹部を突き、軽く数メートルは吹き飛ばして地面に転がした。まるで糸の切れた人形のように地面を転がって、四肢が変な方向に曲がって行った。死んだ、と誰もが思ったが、うめき声がして、まだその男が生きていることをその場の全員が知る。

「安心しろ。どれほど強い攻撃を加えても、相手のHPを必ず1残す特殊技術〈峰打ち〉だ。ユグドラシルでは利用方法が限られていたが……こうなると便利だな。やりすぎる心配がない」

 たっち・みーは軽く剣を振るいながら、ニグンに向き直る。

「魔法使いの弱点を知らなかったのか? 魔法には詠唱が必要だ。なら、それが終わる前に叩いてしまえばいい。だから戦士系を相手にするときには、十分な距離か、その詠唱時間を確保するための策が必要だ。ただ目の前で唱えるだけじゃ、こうやって当然防がれるわけだ」

 当然のことのようにたっち・みーは言うが、実際はそこまで単純な話ではない。魔法の詠唱といっても、一つか二つの単語を唱えるだけのこと。それを数メートル距離が離れた状態から防げるたっち・みーが異常なのであって、決して陽光聖典の者たちが常識知らずというわけではなかった。

「ぜ、全員で同時に魔法をかけろ!」

 ニグンがそう叫ぶが、前の二人の光景を見ていた者達は動けない。詠唱をしようとしたらその瞬間やられるのが目に見えていたからだ。そんな不甲斐ない部下の姿に、苛立ちと共にニグンが叫ぶ。

「魔法を阻止してくるということは、それを恐れているということだ! 全員同時に詠唱に入れば、だれかの魔法は届く!」

 そのニグンの言葉に勇気づけられたのか、部下たちが一斉に魔法の詠唱に入る。たっち・みーは動かなかった。その体に雨あられと魔法攻撃が降り注ぐ。

 そして、一切ダメージは入らなかった。平然と立ち続けているたっち・みーに、全員の顔が絶望に染まる。まるで埃を払うかのように、たっち・みーは鎧を軽く叩いた。

「この鎧には、レジストした低位の魔法の効果を完全に打ち消す力がある。生憎お前たちの魔法攻撃力では、私の魔法防御力を打ち破ることはできない」 

 仮に通ったとしてもたっち・みーの体力からすれば、その程度の魔法で与えられるダメージなどほとんど意味もないようなものだっただろうが。

 天使も無駄。魔法も無駄。

 ニグンの部下たちはどうしようもない恐慌状態に陥ろうとしていた。いつ逃亡し始めてもおかしくはなかった。

 それを察知してか、それとも彼自身が堪えられなくなったのか。

「か、監視の権天使! かかれ!」

 ニグンはそう言って、いままで彼の背後に控えていた二体の監視の権天使を攻撃に使用した。

 メイスと盾を構えた二体が、見事な連携でたっち・みーに攻撃を仕掛ける。互いの攻撃が邪魔にならないように、それどころか互いの攻撃がよりよい結果を引き出すように計算された、絶妙な連携攻撃だった。

 それを、たっち・みーは盾で弾く。

「〈攻勢防御〉」

 盾によって攻撃を弾かれた監視の権天使らが、大きく体勢を崩す。敵の攻撃を無効化し、同時に大きく体勢を崩させて致命的な一撃を誘発しやすくなる特殊技術だった。

 完璧に発動させるにはシビアなタイミングが要求される特殊技術だが、たっち・みーは二体を同時に相手にして、その両方に完璧な〈攻勢防御〉を発動させていた。

 たっち・みーが片方の監視の権天使に向かって剣を突き出す。たまたま軌道上にあった天使の盾にたっち・みーの剣が当たり、それを豆腐のように貫いた。当然、その剣はそのまま天使の体にも突き刺さる。剣に天使を刺したまま、たっち・みーは力で無理やり腕を振るう。その結果、もう片方の天使にその天使が勢いよくぶつけられ、そしてそのまま吹き飛ばされた。

 絡み合いながら吹き飛んだ二体の天使は、そのまま地面に激突、胴体部を貫かれた天使が先に消滅し、もう一体の天使も遅れて光に還っていく。

 一瞬の出来事だった。

「あ、ありえるかああああああ!!!!」

 自身の切り札のひとつだったはずの二体の天使が一蹴され、ニグンが叫ぶ。

 ニグンの部下たちも完全に動揺していた。

「た、隊長どうすれば!?」

 いっそ撤退することが頭を過ったニグンだが、何とか踏みとどまる。ここまでガゼフを追い詰めたのだ。この機会を逃がすことはできない。

 懐に手を入れ、そこから輝く水晶を取り出した。

「最高位天使を召喚する! 時間を稼げ!」

 ニグンが取り出したその水晶を見て、たっち・みーは警戒心を抱いた。

(魔封じの水晶。超位魔法以外を封じるアイテムだから……)

 自身が専門の魔法職でないこともあって、それがどこまでのことができるアイテムなのか、たっち・みーは把握していた。

 そこに、モモンガからの〈伝言〉が入る。

『たっちさん』

『モモンガさん。ちょうど連絡しようと思っていたところです』

『さすがですね。流石に恒星天の熾天使以上は出ないと思いますが、至高天の熾天使が出てきたら、いまのたっちさん一人ではお辛いでしょう。その際はアルベドと共に加勢に向かいます』

『お願いします。しかし、出てくるのが未知なるモンスターである可能性もあります。その際は一時撤退する方向で行きましょう。粉塵を巻き上げるなどして目くらましをかけますので、その隙に〈転移門〉をお願いします』

『了解です』

 素早く話し合った二人が方針を決めている間に、ニグンの持つ水晶の輝きが増していく。その中に封じられたものが外に出てこようとしているのだ。

(しかし……隙だらけだな)

 召喚を防ごうと思えば、たっち・みーには容易なことだった。仮にここにいるのがモモンガでも同様だっただろう。魔法を一発撃てばそれで済むのだから。

 それをしないのは、彼らの力の『底』を見ておきたかったからだ。ここまで追い詰められた上で使う切り札なのだから、それが彼らの震える最大の力であるとみて間違いない。それがどの程度のものかで、今後の動きの方針は大きく変わってしまう。

 最悪、切り札は切られてはならないものである可能性がある。その際は見敵必殺。これまで以上に諜報行動や奇襲作戦が重要になってくる。

 果たして、どの程度の切り札なのか。

 たっち・みーが見つめる前で、ニグンが掲げるクリスタルが破壊され、それまで以上の光が溢れる。

「見よ! 最高位天使の尊き姿を! 威光の主天使――倍加」

 それは光り輝く翼の集合体だった。異様な姿をしているが、神聖な存在。

 

 それが、二体現れる。

 

 たっち・みーが息を呑む。

「これ、が……切り札……?」

 ニグンはそのたっち・みーの様子に、一気に安堵が噴出するのを感じた。さすがの化け物も、この天使の前には驚愕をあらわにするしかないと知って。

「そうだ! 怯えるのも無理はない。最高位天使が二体など、相対するお前にとっては悪夢でしかなかろう! 本来であれば一体で十分なのだろうが、念には念を入れさせてもらった!」

 得意げに語るニグンに対し、たっち・みーが驚いた声をあげる。

「ちょ、ちょっと待て。いまのはどういう意味だ? この天使を召喚したのは、その魔封じの水晶の力じゃないのか?」

 慌てたように尋ねてくるたっち・みーに対し、本来なら応えることはなかったが、心地よささえ感じたニグンは鷹揚に応えてやった。

「私の生まれながらの異能の力だよ。召喚するモンスターを倍加する能力だ。本来であれば、魔法の威力があがるような生まれながらの異能持ちでも、魔封じの水晶やスクロールで使う魔法には効果がないのだが……私のそれは神に愛された特別なものでね。どんな方法であろうと、私が召喚する限りその効力は発揮されるのだ」

「……なるほど。生まれながらの異能という奴は何でもありだな。勉強になったよ」

 納得した様子でたっち・みーは頷く。

 そして、聞いた。

「それで? いいのか?」

 ニグンは一瞬、何を言われたのかわからなかった。

「なに?」

「それが最後の切り札で本当にいいんだな? 実はもっと別の奥の手を隠し持っていたんです、なんてことは言わないな?」

「……なにをいっている?」

「そうか……ないのか。いや、すまない。わざわざ友人に備えてもらったのに、無駄になったと思ってな」

 たっち・みーはそう言って、なぜかこめかみに手をやった。剣を持ったまま、何気ない様子で。それはきちんと剣を構える行為の放棄だった。

「は……?」

 ニグンは理解できない。目の前の騎士が何故そこまで余裕な態度でいられるのか、まったく理解できなかった。

「……威光の主天使だぞ? かつて、魔神をも駆逐した、最強の存在だ! 人の身では決して到達できない第七階位の魔法を操る、伝説の……!」

「ああ。もういい」

 言い募るニグンをむしろ哀れむように、たっち・みーが言葉を放つ。

「そいつをけしかけてくるなら早くしろ。それを待っている理由なんて、本当はないんだぞ?」

「――――ッ!」

 威光の主天使をまるで問題にしないばかりか、いつでもそれを潰すことができると言わんばかりの態度に、ニグンの感情が弾けた。それ以上喋らせてはいけないと、彼の心が叫んでいる。

 決して認められない。最高位天使よりも強い存在がいることなど。

「〈善なる極撃〉を放てええええええええ!!」

 最大全力での力の攻撃を求めた召喚者の意図に従い、威光の主天使の持っていた笏が砕け散る。その破片が主天使の周囲を旋回して、さらに力を引き出す。召喚ごとに一度しか使えないが、魔法威力を増幅させることのできる特殊能力を使用したのだ。

 それが、二連。

 並んで立つ二体の主天使がその力を解放せんと、互いに自身の周りを旋回する破片が当たらないようにしつつ、力がさらに渦を巻く。

 

 ――〈善なる極撃〉・二連。

 

 光の柱が、地上に向かって落ちてきた。

 それは一瞬でたっち・みーを呑み込み、周囲にも余波として衝撃派を生じさせた。完全に光に呑み込まれた形になるたっち・みーに対し、ニグンが笑みを浮かべる。

「は、ははははは! さすがのお前も、これにはひとたまりもなかったか!」

 自らが召喚したモンスターの強さを改めて実感し、ニグンは満足げだった。召喚時間が過ぎる前にこのままガゼフ・ストロノーフをも仕留めるつもりだった。想定外の邪魔が入ったが、所詮はそれだけのこと。

 そう、ニグンは思っていた。しかしその余裕も、威光の大天使の内、片方が消えていくのを見て、一気に消滅する。

「え……?」

 ニグンは状況の変化に頭がついていかなかった。何がどうして威光の主天使が消滅する状況になっているのか、理解できない。

 その原因は、いまだに続く〈善なる極撃〉の中から、現れた。

 たっち・みーという存在は、普通ならば跡形もなく消えてなくなるような力の奔流の中、まるでそよ風でも吹いているかのような気楽さで、その影響下から脱した。

「〈善なる極撃〉……属性が悪に偏ったものにより大きなダメージを与える魔法か。これをモモンガさんが受けていたらさすがに……いや、別にこの程度は問題ないか」

 光の柱が、威光の主天使の片割れと共に消えていく。

 何の役目も果たさないままに。

「あ、あ……ああ……」

 ありえない。ニグンにはその言葉を呟くことさえできなかった。たっち・みーはゆっくりと歩みを進めていく。

 ニグンは思い込みたかった。最高位天使を倍加するのは生まれながらの異能があっても、無理があった行為だったのだと。それゆえに、無理やりに形作られていた片方が、勝手に自壊して消滅してしまったのだと思い込みたかった。

 だが、そんな逃避をたっち・みーは許さない。

「お前の切り札の天使が消えてしまったことが不思議か?」

 悠々と歩みを進めながら、たっち・みーは問う。

「単純な話だよ。〈魔法攻勢防護〉で〈善なる極撃〉を跳ね返しただけだ」

 軽く盾を掲げつつ、たっち・みーは言う。ニグンはもはやたっち・みーが何を言っているのか理解できなかった。

「魔法に抵抗した上で、絶妙なタイミングが要求される技……本来なら、二発とも跳ね返したかったんだが、さすがに腕が鈍っているな」

 鍛え直さなければ、とたっち・みーは呟く。それは錆びついた腕でその実力であると言外に告げていた。

「さて、もう終わりか? 威光の主天使が命令を待ってるぞ?」

 悠々と告げられた言葉に、ニグンは無様に口を開閉することしかできない。たっち・みーに少しでもダメージを食らっている様子があれば、即座に二発目を放てと命じただろう。少しでもダメージが入っているのなら、希望はそこにあると信じて。

 しかし、たっち・みーに対してはそもそもダメージが通っているように見えない。さらには、〈善なる極撃〉を放ったところで、また跳ね返されるのではという危惧もある。ゆえに、ニグンは動けない。動かなければその絶望的な状況がどうにかなると思っていたわけではない。だがいまのニグンにはそれが精一杯の抗いだった。小さな力しか持たない人間が、強大な力をもって荒れ狂う自然の猛威を前に、ただ過ぎ去ってくれることを祈るように、ニグンには何もできなかった。

 自然災害ならばニグンを見逃したかもしれないが、目の前にいるのは自身に敵意を持って迫る化け物である。その化け物が、ニグンが動かないのを見て、小さくため息を吐いた。

 

「虚無に消えろ――〈次元断切〉」

 

 一刀両断。

 威光の主天使は真っ二つに切り裂かれたかと思うと、その剣によって切り裂かれ、開いた虚無の空間に吸い込まれて消えてしまった。神々しく光を放っていた存在が二つとも消滅し、あたりに薄暗闇が戻ってくる。気づけば日が沈みかけ、周囲は闇に閉ざされようとしていた。

 そんな中でも、存在感を持って輝くたっち・みーが、ゆっくり、歩を進める。万策尽きて何もできなくなったニグンの配下を横目に、たっち・みーはニグンのすぐ傍に立った。

「さて、お遊びはここまでだ」

 その言葉に、ニグンは己の運命を悟った。がたがたと体を震わせながら、その場に膝を突く。

 泣き叫んで助けを請うべきか。たっち・みーは部下の命も奪わなかった。たとえそれが情報を引き出すための手加減だったとしても、そこに生きる活路はある。

「ま、待て! 待ってほしい! たっち・みー殿! いや、様! 待ってください! 取引を、取引をさせてほしい! お願いです! 決して損はさせません! 私たちは……いや! 私だけでも構いません! 私はこれでも国では価値のあるもの。破格の金額でも国は出してくれるはずです! なにとぞ――ぶへっ!」

 たっち・みーに対して懇願していたニグンは、突如顔面に生じた激痛にもんどりうって倒れ、その場で無様に転がった。たっち・みーがその顔を蹴り飛ばしたのだと、周りで見ていた者たちは理解できた。

「……もう忘れたみたいだから思い出させてやろうか? お前は最初、私に向かってなんといった?」

 ニグンは顔を抑えながら、なんとか声を絞り出した。

「あ、あれは……! あなた様のことを理解できていなかったのです! ここまで素晴らしい……並び立つ者などいようはずもない騎士であると知っていたなら、貴方を侮辱するような言葉など決して吐かなかった! 伏して、伏してお詫びする! 放った言葉はすべて撤回する! だから――」

「違う」

 たっち・みーの強い言葉が、ニグンのみならずその場のすべての者の動きを封じる。迸る青い怒りのオーラが、静かに燃えるたっち・みーの激情を現しているようだった。

「私のことなら、別に構わないんだ。後ろ指を指される覚悟も、バカにされる覚悟もできている。私のことだけを悪く言うのなら、私はお前のような存在でも楽に殺してやるつもりだった」

 だが――。

「お前は言ったな。私が助けた存在は『糞の役にも立たない者(・・・・・・・・・・)』だと。私のことだけではなく、私が助けた者達まで、悪し様に侮辱したな?」

 

 それだけは、絶対許せない。

 

 たっち・みーの全身から、威圧感が迸っている。ニグンの部下が次々と気絶する中、ニグンは気絶することも許されず、ただ目の前に存在する怒れる騎士の威圧感を真正面から浴びていた。

 その時、空がパキン、と割れて何らかの探知魔法に対する防御が発動したが、誰もそれに注意を向けなかった。

 たっち・みーはニグンを見下しながら、最後の言葉を告げる。

「私の大切な友人のことまでも侮辱したお前に、かける慈悲は一切ない。ただ、絶望に身を浸し、自分の行動を後悔しながら死ぬがいい」

 たっち・みーはすっ、と指を伸ばし、ニグンの背後を指差した。

「ほら、わざわざ出迎えに来てくれたぞ?」

 ニグンが振り返るよりも早く、その肩を骨だけの手が掴む。

「はじめまして。たっちさんを怒らせた愚か者」

 いっそ清々しいほどに穏やかな声が、ニグンの耳元で囁かれる。凄まじい力で肩を握りしめられ、その骨や関節が砕ける。

 悲鳴をあげようとしたその口を、背後から伸びてきたもう一つの手が塞ぐ。

「もう、喋ってくれるなよ。これ以上たっちさんの耳を穢すことは許さない。お前のような存在がいることを、たっちさんに認識させたくもない」

 ニグンがたっち・みーに投げかけた侮蔑の言葉を皮肉にも応用して、その存在は死を告げる。

 凄まじい力が、ニグンを絶望へと引きずりこもうとしていた。ニグンの抗う力など、何の抵抗にもなりはしない。

 黒い孔に呑み込まれながら、ニグンはやけにはっきりと声を聞いた。

「たっちさんを侮辱した罪、その命でしっかり購ってもらうぞ」

 最後に辛うじて振り返ったニグンの視界には、空虚な頭蓋を晒した骸骨の化け物と、その背後に控える無数の死者の軍勢が映った。

 

 そして、ニグン・グリッド・ルーインは地獄に落ちて――二度と帰ってこなかった。

 

 

 

 








改訂点(2015/09/11)
・スレイン法国の監視に対する描写を追加。




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