オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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※魔法に関する独自解釈があります。


最後の“漆黒の剣”

 その現れた女は、不気味な笑みを浮かべながら、ここに来た自分の目的を話し始める。

 情報の秘匿という意味で、あまりにも無防備な女の様子に、ぺテルは警戒を強めながら、覚悟を決めた。そんな風に自分の目的を容易く口にするということは、確実に自分たちを殺す自信があるからだ。

 状況を打破するには、自分たちが盾となってンフィーレアを逃がすしかない。このままンフィーレアが連れ去られてしまえば、この街にとって最悪の事態になりうる。

 そしてニニャ。彼女(・・)も逃がすべきだ。自分たちとは違い、ニニャにはしなくてはならないことがあるのだから。

 命を賭してでも二人を逃がす。

 そんなぺテル、ルクルット、ダイン。三人の決意だったが、背後から病的に白く細い体を持つ男が姿を見せたことで、それがより困難になったことを知る。

(挟撃されたか! なら……!)

 ぺテルは決断する。ダインと視線を交わし、ダインも動く。

「ニニャ! 行きなさい(・・・・・)!」

 そう叫んで、盾を構える。

 あえて明確に言わず、ぼかして叫んだというのに、目の前の女の目が怪訝そうに細められる。何かがあることを悟られてしまった。

「……っ、ぺテル、でもっ」

「へぇ……なにかある(・・)んだね?」

 女が構えるスティレットの先端がニニャを狙い定める。

「ガジッちゃんが準備してくれてるから、遊ぶとしたらそいつだと思ったけど……まずはそいつから仕留めましょうか、ねっ!」

 女の体が一瞬沈み込み、そして暴風の如く跳ぶ。

 スティレットの先端がニニャの額に迫る。

 

 

 ニニャは超魔法適性という生まれながらの異質を持っていて、それによって第三位階の魔法をひとつだけ習得していた。

 覚えられる第二位階の魔法を一通り修め、第三位階を覚えようと思った時、ニニャはまずどの魔法を覚えるべきか迷った。いくら魔法適性があるとはいえ、ひとつの魔法を覚えるにはそれ相応の時間と労力を有する。ニニャは冒険者として活動しているため、何の魔法を覚えているかいないかは生存率にも大きく関わってくる。

 最初、ニニャは〈電撃(ライトニング)〉などの強力な攻撃魔法を覚えようと思っていた。姉を攫った憎き仇。それを撃ち殺すために。憎しみのままに、敵を殺すための魔法を覚えようとした。

 だが、そんなニニャを優しく諭してくれたのは、当時はまだ出会ったばかりのダインだった。

 いつも落ち着いていて、一歩引いたような立場にいたダインのことを、当時のニニャはあまり信頼してはいなかった。その頃はニニャも長くそのチームで活動する気がなかったからお互い様ではあったが。

 ダインは自分に合う攻撃魔法を探すニニャに対し、いつもの深い落ち着きのある声で言った。

 

「ニニャ。お前のやりたいことは、敵を殺すことであるか?」

 

 その言葉に込められた意図に気づけないほど、ニニャは馬鹿ではない。目的を達成するために、冒険者としての名声や、純粋な戦闘力は必要なものだ。しかし、それは目的を達成するためであって、それ自体が目的となってしまっては、道を見誤る。

 実際、ニニャはその時、憎き貴族を殺すことばかり考えていて、姉を探して助け出すという本来の目的を見失っていた。

 ダインの言葉で改めて目的を見つけ出すことができたニニャは、習得する魔法を決めたのだった。

 

 

 ニニャが唯一使える第三階位魔法。

 それを用いれば、格上の敵に挟撃され、絶体絶命の境地になるこの場から脱することも出来るだろう。だがニニャは迷った。それはその魔法を使うことで助かるのが自分だけだからだ。仲間を助けられない。

 その魔法を習得することを選んだ時、ニニャはそれでもいいと思っていた。自分には果たすべき目的がある。そのためには仲間を見捨ててでも生き残る必要がある。積極的にやりたいことではなくても、やるべきときにはやらなければならない。

 だからたとえそんな状況に置かれたとしたら躊躇いなく使うと決めていた。

 しかし、ニニャにとって漆黒の剣の面々は、例え自分の目的のためでも、もはや簡単に切り捨てられる存在ではなくなっていた。ここでニニャがその魔法を使えば、残った彼らは確実に殺される。自分が残っても大した違いは生じえないと思っていても、割り切れるかといえばそうではない。

 そのニニャの葛藤は襲撃者の女がニニャのことを警戒し、まずニニャから狙うことにするには十分な時間を与えてしまった。

 魔法の詠唱も許さない速度で、明確な死を与えるスティレットが迫る。

 ニニャはかけがいのない仲間を得た結果、致命的な隙を生じさせてしまった。

 スティレットが人間の体を貫く音が響く。

 

 だが――その隙を補うのも、また仲間という存在である。

 

 鮮血が床を濡らす。スティレットを突き出した女が、不愉快気に顔を顰めた。

 ニニャが目を見開く。ンフィーレアが叫んだ。

「ルクルットさん!」

 間一髪。襲撃者の女とニニャの間に、ルクルットが割り込んでいた。装備が軽装である野伏だったからこそ、間に合った。

 だが、体を張って割り込んだ結果、ルクルットの体を女のスティレットが貫いている。

 血を吐くルクルット。その手はしっかりと女の腕を掴んでいた。女の身体能力は桁が外れているため、ルクルットの手を振り払うことは可能だ。しかし、ルクルットが渾身の力を込めて腕を掴まえているため、ほんの数秒、振り払われることを堪える。

 文字通りに血を吐きながら、ルクルットが叫ぶ。

「行けや! ニニャ!」

 その声に弾かれたように、ニニャが杖を構えた。魔力を集中させる。

「カジッちゃん!」

 女の叫びに呼応して、挟撃を仕掛けてきた男が魔法を唱える。

「〈酸の投げ槍(アシッド・ジャベリン)〉!」

 緑色の槍状のものが、男からニニャに向かって射出される。それはぶつかった相手に酸の飛沫によってダメージを与えるもので、体が酸によって溶かされる激痛を与える残酷な魔法だった。

 そんなものを受けては、魔法の詠唱などおぼつかないに違いない。それゆえに選んで放たれた魔法だった。

 ニニャにそれが炸裂しようとした時、その前に大きな体が立ちふさがった。

 ダインだ。

 両腕で顔を庇い、その体を盾にしてニニャを守る。〈酸の投げ槍〉が直撃した腕や腹部から肉が爛れ、骨が溶ける嫌な音が響いた。それでもダインはニニャの盾となって立ち続けた。悲鳴も苦痛の叫びもない。すべてを噛み殺して、ダインはそこに立っていた。

 彼の名を叫びそうになるのを堪え、ニニャは口を別の目的のために開く。

「――」

 女が目にも留まらぬ速さでもう一本のスティレットを抜き放つ。そしてそれを正確に投擲した。驚異的な身体能力で放たれたそれは、人の頭蓋くらいなら簡単に貫き、殺す破壊力を持っている。

 それを、今度はぺテルが止める。盾を構えていたにも関わらず、スティレットは盾を貫通し、ぺテルの腕を使用不能にさせたが、それでも、本来当たるはずだったニニャには当たらなかった。

 ニニャが魂を削るような声で、魔法を唱えた。

 

「〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉!」

 

 その場からニニャの姿が掻き消える。

 襲撃者の女と男が驚愕に目を見開く。

「転移魔法だと……! 使えたのか!」

 苛立たしげに男が吐き捨てる。それに対し、その場に残った漆黒の剣の面々は笑った。

「ええ。うちのニニャはすごいでしょう?」

 男はギリギリと歯ぎしりをする。

「おのれ小癪な真似を……! クレマンティーヌ! 遊んでいる暇はなくなった! さっさと引き上げるぞ!」

 どさり、と何かが倒れる音が響く。

 ルクルットが床に倒れていた。その前に立つ女――クレマンティーヌは血のこびりついたスティレットを振るう。

「あーあ、つまんないの……まあ、いいや。それじゃあ軽く殺してあげる」

 圧倒的な戦闘力の差。

 それでも、ぺテルとダインは最後まで諦めなかった。

 

 

 

 

 ニニャは無事転移に成功したことを理解する。

 そこは自分たちが取った宿の一室だった。いつでもここに戻ってこれるようにマークしておいたのだ。〈次元の移動〉という魔法は第三位階にある魔法であり、数ある転移魔法の中ではかなり制限も多い魔法だ。基本は短距離の転移しかできず、長距離移動をするためには一度その場所を訪れたあと、時間をかけて座標をマークしておく必要がある。

 さらにこの魔法の制限として致命的だったのは、自分しか転移できないというところだった。さらに上位の転移魔法ならば他者を移動させることも出来るという噂は聞くが、ニニャにはそれを使うことはできない。

 ニニャは唇を噛みしめる。その魔法を使えたなら、あの場から全員、あるいはせめてンフィーレアだけでも共に逃がすことも出来たかもしれないと、自身の非力を悔いて。

 しかし、いまはそれを嘆いている暇はない。

(どうする? 衛兵に事情を説明して、助けに……いや、衛兵じゃどうしようもならない)

 あの襲撃者たちがどういう事情を持って、どういう立場にあるものかはわからないもののの、明らかにその力量は常人の息を超えている。衛兵などでは死体が増えるだけだと確信できた。そもそも、事情を説明して説得する間も惜しい。

 そう考えたニニャの脳裏に、輝く純白の鎧が横切った。

(っ、そうだ! あの人なら……!)

 ニニャは部屋を飛び出す。杖を放り捨て、体裁などに構わず、とにかく走る。時折道をゆく人とぶつかって転倒しそうになりながらも、ぶつかった相手に罵声を浴びせられながらも、怪訝そうな奇異の視線を向けられながらも、とにかく走った。

 いままでの人生で一番全力を振り絞って、ニニャは走った。

 

 

 

 

 組合でのハムスケの登録は存外簡単に終わった。

 ハムスケの姿を記録するために写生をするか、魔法を使うか選ぶように言われ、魔法を選んだのも手早く済んだ理由だった。それをしなければかなりの時間を取られていたはずだ。

(なんだかんだでガゼフから貰った資金が役に立ってるな)

 たっち・みーはガゼフをあそこで助けておいたのは間違いなかったとしみじみ頷く。

 次の手紙でお礼を言っておこうと考えていた。正当に得た対価なのだから、お礼を言う必要はないという考えもあるが、たっち・みーはそれはそれとして、役に立ったのなら感謝の気持ちを表すのは大事だと思っている。

 組合から出たたっち・みーは、組合の建物の前で待っていたモモンガとハムスケの傍に、老婆が立っているのを見た。

(あれは……? もしかして)

 出てきたたっち・みーに気づいたモモンガが、たっち・みーに声をかける。

「タツさん、終わりましたか?」

「ええ。無事に。……モモさん、そちらは?」

 老婆を示していうタツに対し、モモンガが応える前に老婆自身が答えた。

「わしの名前はリイジー・バレアレじゃ。今回、孫が世話になったようじゃな。お礼を言わせてもらうよ」

「ああ、そうでした……んんっ、そうだったのか」

 老婆という存在に対し、癖で敬語を使いそうになったたっち・みーは、咳払いをして誤魔化す。

「これから報酬をもらいに店の方へ邪魔させてもらうところだった」

「それはそれは……わしもちょうど店に戻るところだったんじゃ。ご一緒してもよいかの?」

 リイジーは少し含むところのある目でそういう。何を求めているかは明白だったため、特に警戒することなく、受け入れる。

「ああ、構わない。では行くか」

 そう言ってたっち・みーは再びハムスケの背に乗ろうとして――そこに叫び声が届いた。

「タツさん! モモさん!」

 たっち・みーとモモンガが声のした方を見ると、人垣をかき分けて、必死な形相のニニャが走り寄ってきた。

 大粒の汗を垂らし、呼吸も大きく乱しているニニャの様子に、たっち・みーの表情が引き締まる。

「――どうした?」

「はぁ……はぁ……タツ、さん……!」

 ニニャがその手を伸ばし、たっち・みーに縋る。

 そして苦しそうな声で、彼に向かって懇願した。

「助けてください……っ」

 その言葉に対し、たっち・みーの返答は当然ひとつしかない。

 詳しい事情は知らない。何が起こったのかすらわかっていない。

 だが、それでもたっち・みーの返答は決まっていた。

 

わかった(・・・・)。どこにいけばいい?」

 

 

 

 




※転移魔法系に関する独自解釈について

・転移魔法には今回ニニャが使用した〈次元の移動〉〈転移〉〈転移門〉など様々なものがあります。

・原作においてこれらの魔法はどれがどう違うのか、明確には判明していません。そのため、今作中におけるその解釈はすべて独自のものとなっています。

・その中でも〈次元の移動〉に関しては、恐らく短距離転移しかできないという制約がありますが、今作中ではマークさえあればある程度の長距離転移もできる扱いです。


(追記)
・ニニャに第十位階の〈転移門〉の知識があるとは思えない、というご指摘を受けましたので、少し描写を修正しました。

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