オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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騎士と支配者の相談

 

 その日、とある相談のためにモモンガは執務室にたっち・みーを呼んでいた。

 約束していた時間通りにたっち・みーは現れる。それは社会人として、遅くもなく早すぎもせず、絶妙な時間の訪問だった。

「わざわざ足を運ばせてしまってすみません。たっちさん」

「この程度気にしないでください。それで、相談したいこととは?」

 朗らかに二人の相談が始まる。部屋に控えていたアルベドにも席を外してもらい、執務室にはモモンガとたっち・みーの二人だけしかいない。

「実は、数日前にアルベドやデミウルゴスと一緒に方針を決めた『例の件』なのですが……誰が相応しいか、たっちさんにもご意見を伺いたいと思いまして」

 その言葉だけで、たっち・みーは何のためにモモンガが自分を読んだのか把握したようだった。

 軽く頷いて用意された椅子に座る。

「ああ、『例の件』ですか。すでに候補はあがってるんですか?」

 今後の活動のための話し合いが始まる。

「……と、その前にいいですか?」

 たっち・みーはそういってアイテムボックスを探り、一本の蝋燭のようなものを取り出した。

 モモンガが不思議そうな顔をする。

「たっちさん、それは……?」

「ちょっと待ってくださいね」

 たっち・みーは次に皿のようなものと、火をつける道具を取り出した。そして、蝋燭を皿の上に立て、火をつける。

 すると、柔らかで心を落ち着けるような、甘くて優しい匂いが広がった。モモンガは感嘆したような声をあげる。

「おお……いい匂いですね。アロマ、ですか?」

「ええ。仕舞い込まれていたものをメイドが発見してくれましてね。せっかくですから、一緒に匂いを楽しみたいと思いまして」

 たっち・みーはそう言ったが、モモンガはそこに彼の気遣いを感じた。本来、こういう話し合いをするときにはお茶などを呑みながら行うが、モモンガはアンデッド。残念ながらそういったものを楽しむことができない。

 それゆえに、たっち・みーはモモンガも楽しめるものを考え、メイドに命じて用意してくれたのだろう。細やかで優しい気遣いに感謝しながら、この細やかな気遣いこそが美人の奥さんを捕まえる秘訣なのではないかとモモンガは思った。さすが勝ち組リア充は違う。

 しかし、ここであまりそれに言及してはせっかくのたっち・みーの気遣いを無為にしてしまうと感じたモモンガは、軽く礼を言うに留めて早速話を始めることにした。

「候補なんですが……そもそもナザリックの者たちの中だと、大前提の条件をクリアしている者が少ないんですよね。アルベドがそのいい例です。それがなければ彼女でもよかったんですが」

「ああ、角や翼が隠せませんからね」

 アインズ・ウール・ゴウンに所属するのは、ほぼ全てが異形種だ。そのため、彼らが考えている今後の計画には適さない者が多かった。

「そういうものを触感含めて誤魔化せるアイテムや魔法ってありましたっけ?」

「いえ、残念ながらほとんどないですね。やるにしてもコストが高すぎるものばかりです。一瞬ならともかく、恒常的に誤魔化すのはほぼ不可能かと」

「なら、最初から除外されるメンバーは除外したままにしておきましょう」

 モモンガは頷く。

「アルベド、デミウルゴス、コキュートス、エントマ……は除外……と。アウラとマーレも除外した方がいいでしょうか」

「エルフはこの世界にも存在するみたいですが、二人はダークエルフですからね。どういう印象を与えるかわかりませんし……それに、そもそもの見た目が幼すぎますね」

「ですね」

 机の上に置かれた紙には、ナザリックの主だったメンバーの名前が書かれていた。その上にモモンガは「×」の印をつけていく。その中でシャルティアとセバス、ソリュシャンの名前にはすでに射線が引かれていた。

「他に仕事を頼んでいなければ、セバスという線もありだったんですけどね。騎士に仕える執事。絵になるじゃないですか」

「いや……さすがにそれは浮くんじゃないかと。それ、完全にお金持ちのボンボンが我儘言って冒険に出てる図ですよ?」

「そのギャップがいい気がしたんですよね。最初は侮られるくらいが、後々の名声にも繋がると思いますし。最初に目立つのは大事な気がします」

 モモンガはそう考えていたが、たっち・みーはやはり渋い顔だった。モモンガとしてはそこまで渋い表情を浮かべる意味がわからず、首を傾げる。たっち・みーはそれ以上そのことには言及しなかった。

「他に仕事を任せている以上、セバスにはそちらに集中してもらいましょう。さて……モモンガさん的には有力候補はいますか?」

「個人的には、ルプスレギナか、ナーベラルでしょうか。あの二人なら、姿形的には十分です」

「なるほど……ん? シズは?」

「彼女は攻撃方法が特殊ですからね」

 モモンガがそう指摘すると、たっち・みーもそのことを思い出したのか、納得する。

「そうでしたそうでした。確かに彼女は選びづらいですね。そういう方面も含めて考えるのなら……ナーベラルが一番適任でしょうか?」

「ですね。魔法詠唱者ですし。ルプスレギナはカルネ村の担当にしましょう。この前、王国戦士長への手紙を持っていかせましたが、村人とも割と友好的に接しているようでしたし」

 早々と結論が出たことで、モモンガは満足げに頷いた。やはり相談できる相手がいるというのはとても良いことだ。

「では、それで計画を進めましょう。必要なアイテムを用意しておきます。あと……たっちさんの鎧についてですけど」

「ええ。この価値や特製を誤認させる魔法の準備を願いします。そのままだとさすがにまずいかもしれませんし」

 たっち・みーの身に着けている鎧はこの世界基準で言えば、神話級の物品よりも遙かに強力なものだ。それを堂々と晒して歩けば、思わぬ厄介ごとを引き寄せるかもしれない。しかし、安全面を考えればそれ以上のものはありえないため、あえて魔法で隠蔽する方向で話はすでにまとまっていた。

「任せてください。私が全力で魔法をかけます。それを破れるような者は、相応の強者か、この世界特有の才能持ちということですから、それも参考にしましょう。……たっちさんを囮のように使うのは本当は嫌なんですが」

 モモンガはそういって少し暗い声を出す。たっち・みーはそんなモモンガを慰めた。

「大丈夫ですよ。私が提案したことなんですから。それに……囮は強くないと、万が一の時にかえって危険じゃないですか」

 確かに、下手に弱い者を囮に使えば、不意の一撃でやられてしまうかもしれない。そのことを考えると、不意の一撃にも反応できる強者が囮になるというのは納得のいく話ではある。

 しかし、万が一その不意の一撃が強者の対応力をも上回るものであったなら。それは致命傷になるかもしれない。それをモモンガは気にしていたが、たっち・みーはそれを軽く笑い飛ばす。

「大体、モモンガさんも他人事じゃないんですよ? むしろ職業的には私よりもモモンガさんの方が危ないんですから。……やっぱり」

「たっちさん。それ以上は」

 想像以上に固くなった声で、モモンガはたっち・みーの言葉を遮った。その声に込められた意志を改めて実感したらしいたっち・みーは、素直に口を噤む。

「……わかりました。そもそもそれが目的の一つなんですから、今更でしたね」

「そうですよ。色んな意味でそれは嫌です」

 モモンガがそう締めくくり、たっち・みーはそれに納得する。

 そして、話を次に移した。

「ところで、隠密護衛部隊の話はどうなっていますか?」

「ああ、エイトエッジ・アサシンたちについていてもらおうかと。彼らなら人の多い中でも隠密行動できますし。私達なら彼らの行動を把握することができます」

 不可視化の能力を持つ忍者服を着た蜘蛛型のモンスターだ。たっち・みーは気配でその存在がわかるし、モモンガには不可視化の能力は通用しないが。一般人を相手にするのならば十分すぎるほどだろう。

 もし気づかれたとしても、問題はない。逆に彼らの存在に気づいて騒いでくれれば、モモンガやたっち・みーの立場からすればありがたいくらいだ。

 とはいえ、たっち・みーはもしもエイトエッジ・アサシンたちがやられそうになれば当然助けるつもりである。

「彼らはNPCではなく、仲間たちが作った存在ではありませんが……ナザリックに属するもの。それを使い潰すわけにはいきませんからね」

「……そうですね」

 モモンガはそっと目を逸らした。たっち・みーはその視線の動きや放たれる微妙なオーラから、モモンガがそこまでエイトエッジ・アサシンを重要視していないことを知る。当然、ナザリックに属する者としての愛着は多少あるのだろうが、仲間たちが設定したNPCとは比べるべくもないということなのだろう。

 逆に言えば、ユグドラシル金貨を消費さえすればいくらでも補充できる傭兵モンスターを、たっち・みーほど大事にする方が珍しいともいえるので、その点についてたっち・みーは追求しなかった。NPCを大事にすることに感じては共通の想いを持っているのだから、エイトエッジ・アサシンに対する想いまで無理に合わせる必要はないというわけだ。

 だが、モモンガが言葉を濁したのには、たっち・みーが考えたのとは少しだけ違う意味があった。

 エイトエッジ・アサシンのようなモンスターに対してはともかく、たっち・みーと同じようにモモンガもNPCたちのことを大事に思っていること自体は間違いない。

 それらを傷つけられたり、侮辱されたりすれば、容赦なくその敵を蹂躙し、二度と日の目が拝めないような仕打ちをすることになんら躊躇いはなかった。アンデッドの精神安定など意味を成さないくらいにブチ切れる自覚はある。

 しかし、それとはまた別の意味で、彼らを完全に信頼しきれているわけではないのが、モモンガの悩みであった。

 NPCたちが積極的に裏切ると思っているわけではない。わけではないが、そういう可能性もありうるとも考えていた。その警戒はある意味当然で、ゲームの道具として設定されているならともかく、生命を宿し、動き出した彼らはもはや一個の独立した意思を持つ存在だ。

 何かのきっかけで自分たちを裏切る、という可能性も気にしておかないわけにはいかない。

 たっち・みーもそれを全く考えていないわけではないだろう。実際、デミウルゴスに対してはそういった懸念を持って、先んじて動いていた。

 しかし、基本的にたっち・みーはNPCたちに対する信頼から動いている。彼らしいことではあったが、それがいつか足元をすくわれる結果になることだけは避けなければならない。

(気を付けなければならないことは俺が気をつければいいだけだ。うん。全く同じ方針でNPCに接する必要もないし、違うアプローチや注意の仕方をしていた方がいいこともあるかもしれないしな)

 モモンガは心中でそう結論付けた。

 その他、細かなことを煮詰めていると、不意にたっち・みーが笑った。モモンガは首を傾げる。

「どうされました?」

「いえ、こういう話し合いが懐かしくて。よくやりましたよね。新しいフィールドに行くときとか、ダンジョンに挑むときとか……」

「ああ……」

 モモンガは得心し、万感の思いが籠った息を吐く。

 確かにそうだった。仲間たちとの騒がしくも楽しい話し合いの様子を思い起こす。

「懐かしいですね……たっちさんとウルベルトさんが正反対のことを言って、よく討論会になってましたね」

「ははは……お恥ずかしい話です」

「覚えてます? 炎の巨人と氷の魔竜のどっちを倒すかって――」

 昔の活動を懐かしく思い返す二人の話は、その後も延々と続いたのだった。

 

 

 

 








改訂点(2015/09/07)
・『例の件』について、アルベドやデミウルゴスと事前に話し合いをしていた描写を追加。
・エイトエッジ・アサシンがNPC扱いになっていた描写を修正。




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