「あ、そうだ。ねぇラーニャ」
それはいつもと何ら変わらない、例えば「この服可愛いよねー」とか「新しくお店ができたらしいよー」とか、そんな下らない話題をふるのと大差ない気軽さでの、
重大な報告だった。
「あたし、たぶんこの学校退学になったよー」
「………え?」
「いやー、ついさっきさぁ、あたしってば窓を割っちゃったわけよ。なんかやたらと絡んでくるアホがいたから、ちょこっとこらしめたかったんだけど。まぁこれが失敗だったねー、やり過ぎて窓がパリーン!!」
大げさに腕を上にあげ、そのままばたりと後ろに倒れこむ。
「まぁ、退学になるだろ。あたし色んな……つーかほぼ全員の教師に嫌われてるし」
「そっ、そんな……!」
「仕方ないんだけどねー。完全に自業自得だし? それに、この学校で好きなものがラーニャだけってのも、ちょっとどうかと思ってたしさ。合わなかったんだね」
ロザリーはゆるゆると首をふり、肩をすくめる。
「あっ、でも唯一面白かったのがさぁ! あたしがマクゴナガル先生に叱られてる最中に、スネイプがきたわけよ! で、もうその顔がさぁ!
満ッ面の笑顔!
超楽しそうなさぁ! いくらあたしを退学にできるのが嬉しいからってwwwwあたしのせいで怪我した生徒いるのにwwwその笑顔wwwおいオッサン教師だろwww
つーかアンタ、そんな表情できたのかよ!とか、もうお腹痛くってさぁ!
笑いこらえるの大変だったんだから!!!
ラーニャにも見せたかっ……た…………あれ?」
ラーニャのいた場所を見ると、そこには誰もいなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
スネイプ先生は、自分の部屋で薬品棚の整理をしていた。
「あの……、スネイプ先生」
「ん? おお、ギルティクか。どうした?」
「いえ、あの………」
ラーニャは、うつむいて上目づかいでスネイプをうかがう。
「ロザリー…えっと、ロザリオが、退学になるって聞いたんですけど……」
「ああ。彼女はあまりよろしくない素行をしていたものでね」
何をしたんですか、と私はしつこく食い下がる。
「生徒に危害を加え、窓を割り、その上に反省している様子も見られなかった」
「………やっぱり、」
瞳が涙で潤むのが感じられたが、気にしない。
「やっぱり、ロザリオは退学ですか?」
「…………」
視界が涙で歪んでいて、まともに先生を見られなかった。
たたずんでいる黒い影が、ゆらゆらと動いている。
「―――お前は。母親にそっくりな見た目だが、性格も似ているな」
「――………?」
「あの女は、とにかく嫌な女だった。揉め事を好み争いを愛す、そんな女だった。趣味は他人の喧嘩を鑑賞することだと言ってのけるような、傲慢で高慢な女だった。―――あの女、いつか覚えてろ」
ぼそりとつぶやいて、スネイプ先生は慌てたように咳払いをする。
……お母様いわく、「使い勝手のいい男でしたわ。わたくしの大っ嫌いな女に傾倒してさえいなければ、ずぅっとこき使ってあげましたのに」だからなぁ。
お母様や先生の学生時代はよく知らないが、スネイプ先生がお母様から逃げきれて本当に良かったと思う。
「………だが」
スネイプ先生の話には、まだ続きがあった。
「あいつは、仲間のことを、大切にする女だった」
スネイプ先生の声音からは、何も感情が読み取れない。
くすん、と鼻をすすりながら、私はまだ下を向いていた。
「………あいつには、お前の母親には、借りがいくつもあってな。できれば早く返したい。娘であるお前の望みを聞いたとなれば、そのうちの一つは消えるだろう」
「!!! 本当ですか!!?」
「一度だけだ」
嫌そうな顔をして、後ろを向くスネイプ先生。
どうやらよほどロザリーを退学にしたかったらしい。
「ありがとうございます、先生! 大好きです!」
「…………媚びを売るのはあまり良くないな」
「本心ですわ!」
何度も「ありがとうございます!」と頭を下げながら、寮に戻った。
◆ ◆ ◆ ◆
「あ、ラーニャ。どこ行ってたの? 心配したんだよぉ?」
「やった、やったぁ! えへへ、ロザリー、退学しなくてもよくなったんだよ!」
「……何言ってるの? 励まそうとしてくれなくても、あたし平気だよ? そりゃ、たまには手紙とか送ってほしいけど……」
「嘘じゃないわ! スネイプ先生に許可とったもの!」
「ふぇ?」
ぽかんと口を開けるロザリーに、ぎゅうぎゅうと抱きつく。
ロザリーはあっけにとられたまま突っ立っていた。
「なんで? どうやって?」
「スネイプ先生の部屋に行って、直接お伺いを立てたの! そしたら、一度だけ見逃してくれるって!」
「はぁあ!? あんな育ちすぎコウモリの巣に一人で行ったの!? 自殺行為じゃんか!」
そんなことなかったけど、と言わないうちに、ロザリーの顔がどんどん曇っていった。
「あたしのせいで、ラーニャがそんな危ない目にあったんだ……」
さっきからロザリーの中でのスネイプ先生はなんなの?と言いたいのだが、ロザリーが半泣きなのでそれも言えない。
「ごめん……あたし、ラーニャは気にしないと思ってたのに……。まさか、そんな危険なことするなんて……。全然、考えてなかった……、ごめん」
「そんな……謝らなくていいよ、ロザリー」
「ううん。今、すっごく反省してる」
え、遅くない?
「あたし、もう面倒事起こさない。絶対、絶対だよ。約束する。もう二度とラーニャをあんなコウモリのところへ行かせたりはしないから」
手を握られてそうも熱く語られては、スネイプ先生に対する認識へのツッコミもできない。
「あ……でも、これ、どうするの?」
「うん?」
ロザリーは、私が指差した方向を見て、ピシリとかたまる。
そこには、乱雑にたたまれた服が煩雑に散らかり、トランクに無理やり詰め込まれていた。
「………ラーニャ」
「………なぁに?」
「………もうさんざんお世話になった後で、あれなんだけどさ」
「…………うん」
「手伝って?」
「はいはい……」