私立聖祥大学付属小学校に億泰と共に入学することが決まって、仗助の母も祖父も喜んでくれた。
入学式には仕事を休んでまで来てくれた二人に仗助は確かな愛情を感じる。
きっとこれから二人に貰ったものを少しづつ返していくのだろう。
それが家族なのだ。
母親同士気が合うのか、仲の良い母と億泰の母を置いて、少年達だけで家路につく。
その途中、大柄で白髪、白鬚の老人と改造学ランを着たこれまた見上げるほどの身長の青年に道を尋ねられた。
どうやら初めて海鳴に訪れたらしく駅までの道がわからなくなったらしい。
老人はイギリス人で息子に会いに、青年は彼の孫で同伴しているのだという。
顔色でも悪いのだろうか、仗助は体調についてしつこく質問されたのが印象にのこった。
数分言葉を交わしたあと、この道をまっすぐ行けば駅があると伝えると、日本人には馴染みのない大げさな礼をいわれ、別れる。
道中、億泰が無言だったのが気になり、尋ねてみるも、彼自身、先ほどであった二人組の何が引っ掛かっているのかわかっていない様子だった。
「ところで仗助、あっちって駅と反対方向じゃなかったっけ?」
――仗助は期待を裏切られたのだ。
道案内してくれた親切な子供に何の礼もしない輩には至極まっとうな処置であると鼻を鳴らす。
これはその後、少年達の身に起きた災難の話だ。
●
少女には絶対、話してはいけない秘密がある。
少女には絶対、他人に知られてはいけない秘密がある。
だから少女に、本当の意味での友人は一人もいない。
そもそも裏側に秘密を貼り付けた笑顔は偽物でしかない。
なら少女の学校生活が孤独なものであるのはしかたのない事だ。
――だけど、目の前の光景はあんまりだ。
少女は二度と友達なんか欲しがらないと誓う。
だから、だからどうか神様、彼女だけは助けてと祈る。
分不相応に彼女の友達になりたいと願ったことの罰は少女だけが受けるべきだ。
紫髪の少女――月村すずかが何度願ってもただ時間が過ぎていくだけだった。
すずかは不安に揺れる瞳を、縛られ転がっている同い年の金髪の少女に向ける。
今、二人の少女は拘束され、知らない車の後部座席に詰め込まれている。
私立聖祥大附属小学校の入学式の後、すずかは、その日本人ばなれした顔立ちのせいでクラスメイトと馴染めず孤立している彼女に声をかけ、二人で迎えの車から逃げて近くの公園で話をした。
姉である月村忍が、友達を作っても良いと言ってくれたために魔が差してしまったのだ。
少女――アリサ・バニングスもすずかを意識していたからなのか、少女達の話は盛り上がっていった。
理由は異なるが、すずかと同じようにクラスメイトとの間に距離を持つアリサなら友達になれるかもしれない、そう思ったのだ。
そろそろ帰らなければ、月村家に仕えるメイドのノエルが心配するだろう時間になり、二人で公園の出口に向かった。
すずかがはっきりと憶えているのはそこまで。
揺れる景色の中、最後に見たのはすずかの後ろから伸びる手と、アリサの口に布を押し当てている黒い服の男だった。
すずかたちは誘拐されたのだ。
必死に体をずらして、窓から外を見ても、木が茂っていることしかわからない。
どこを走っているのだろう。
ほかに走っている車は見当たらないので、私有地なのだろうか。
「気がついたのかい、嬢ちゃん達。もう少しで依頼人のところだから、おとなしくまっていてくれよ」
助手席の男がすずか達に話しかける。
すずかは怖くて仕方ない。
隣には凶悪な誘拐犯に怯えるアリサがいるのだ。
だからすずかが自分勝手に挫けていいはずがない。
少女達にはたかだか数時間の交流しかない。
だが、それでもすずかはアリサを好ましく思ってしまった。
ならばすずか自身がどれだけ傷つこうとも、絶対にアリサだけは守る。
そう堅く誓う。
――そしてとなりで震えているであろう彼女に目を向ければ、そこには青い目の般若がいた。
すずかは、恐怖からあわてて目をそらす。
確か、彼女はすずかと同じ世間知らずのご令嬢ではなかったか。
心臓を落ち着かせる間にも、マシンガンの如き罵声が黒服に浴びせられていた。
涙目になっているのがすずかにも分かる――黒服の男が。
誘拐犯にしては情けないのでは。
すずかはとても思った。
そんな折、一台の車が横を走ってくることにすずかは気づく。
日常生活では重荷にしかならない吸血鬼の身体。
その恩恵を受け、子供離れした力で拘束を弛め、抜けた手で車の窓を開ける。
すずかは出せるだけ、ありったけの大声を使うつもりだった。
だが眼前、すずかの目に飛び込んできたのは。
――黒い車の後部の窓枠に腰掛け、上半身を出しているクラスメイトの少年たち。
刈上げパーマと黒フランスパンという珍しい髪型の少年達が箱乗りをしている異様な光景だった。
すずかは言葉を失った。
だがそんなことはどうでもいいと思い出し助けを求める。
「虹村君、東方君、警察に電話して! 私たち誘拐されたの!」
高速で走る車、幸いなことに彼らにすずかの声は伝わった。
「ああ、わりぃがそいつは無理だ。携帯は前の野郎が持っててな」
不幸なことに意図は伝わらなかったらしい。
そんな悠長なことを言っている事態ではない。
誰の携帯だろうと構わないと伝えようとしたところ、続く仗助の言葉がすずかを絶望に叩き込んだ。
「いや、奇遇だね。ちょうど僕たちも拉致されてる最中なんだ」
――少女の顔から表情がなくなった。
●
「この部屋でおとなしくしてろ、ひっく うう、」
そういって閉じ込められた部屋で、三十分は過ぎただろううか。
何かの工場だったのだろう施設の奥にあった部屋。
拘束はとかれたのですずかとアリサはどうにか逃げ出せないかと部屋の探索をしたがパイプ椅子と壊れた棚があるということしかわからなかった。
唯一あるドアの向こうには、先ほどまで泣いていた男が見張りに立っている。
というか心細い状況で必死に頑張っている少女達の手伝いもせず、男子二人は何をしているのだろう。
「あんた達、さっきから手伝いもせず、部屋の隅で何やってるのよ」
すずかも憤慨し、アリサの後を追って二人に近寄る。
仗助達がしている奇妙な行いにすずかは首を傾げる。
端的に説明するならば、床に置かれた六つの財布、その中から金を取出し、きっちり二等分して懐から取り出した少年たちの財布に収めたのだ。
「何あんた達、お金でもとられたの?」
アリサは、少年達が盗られた金を確認しているのだと思ったようだ。
しかしそれでは不自然なことがある。
床に転がった幾つもの財布。
持ち歩くには数が多すぎる。
それに六つの財布は子供が使用することの少ない革の財布だ。
そういった物を持つ子供もいるのかもしれないが、先ほど二人が懐から出した物は可愛らしい動物デザイン。
小学生らしいそれこそ仗助達の物に思える。
ならば残りの財布は一体誰のものなのか。
「ねえ、その財布って大人物だけど、本当に二人の持ち物なの?」
すずかは尋ねる。
誘拐されていた時にも飄々としていた二人の表情に初めて警戒の色が現れる。
そうまるで、名探偵が推理を披露するときの悪役の様だなとすずかは感じた。
――だから我慢できなかった。
この状況で、誘拐した悪人にではなく、助けあうべきクラスメイトに阿呆な態度をとる二人に。
理不尽に抗う意思を込めたすずかの拳が、二人の顎をとらえた。
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「これからどうしよう、鮫島が誘拐されたことに気づいてくれるといいんだけど」
床に転がってる二人を無視して、少女達は相談する。
隣の部屋から聞こえた話では、敵は誘拐専門の業者で、偶然重なった複数の依頼で、まとめてすずか、アリサ、仗助の三人を拉致したようだ。
令嬢であり、吸血鬼でもあるすずかには誘拐される心当たりがあり、アリサも裕福な家庭なのでそこから理由が伺える。
仗助はここで初めて誘拐される心当たりに気づいたらしく、顔を青くしている。
今更になって怯える、呑気な頭の彼を、三人に巻き込まれてしまった億泰が元気づけている。
顔に似合わず友達思いのようだ、などとすずかは感想を浮かべる。
内容は分からないが億泰の励ましで仗助が立ち直る。
それを確認すると億泰は彼の母親に帰宅時間が遅れる旨を連絡をしていた。
「おう、仗助といるよ。ちょっと遅くなるかもしれない」
――ズボンのポケットから出した携帯電話で。
アリサが億泰の頭を壁に叩きつけた。
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「うん、そうよ鮫島。誘拐されたの! どこか山奥の廃工場、GPS? ついてるわ。わかった待ってるからね」
連絡から一時間も経たない内に、事件は解決。
警察に連行されてく犯人たちが
「くそ、俺はちゃんと携帯は取り上げたはずだ。俺のせいじゃない」
などと、仲間で言い争いをしてるのが見られた。
すずかは強く抱きしめられ、姉の腕の中にいる。
安心し涙が溢れる。
姉に報告する。
今日、苦しみを分かち合って、友達ができた。
すずかと同じように、母親に抱きしめられているアリサを見た。
それと初めて人に暴力を振るった。
それは黙っている。
仗助達を迎えに来ていたのは日本人にしては大柄すぎる老人と青年という珍しい組み合わせ。
少年達が顔を青くしているのを見て、すずかの胸があたたかい気持ちになってしまった。