ボクは仗助、 君、億泰   作:ふらんすぱん

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ささやかな願い、決まりきった運命、ひとりぼっちの勇気 後編 4

  ●

 

「少々、口の滑りを良くしてやる。今夜の事や、この町で起こった他の騒動の話もそれからだ」

 

 承太郎が近づいてくる。

 

「ちょっと、那美さん。この大人、小学生に暴力をふるうつもりだよ! 黙ってみていていいの?」

 

 何某かの疑いは持っているのだろうが、決定的な証拠、確信に至るまでのそれを与えたつもりはない。

 仗助の懇願が聞こえないのか、那美はすまし顔で袴に付いた土埃を払っている。

小学生にしては立派な体格であるとはいえ、二メートル近くある承太郎の前では文字通り子供同然。

 だからといって大人しくしていられるはずがない。

 どうにかタイミングを見計らって再度駆け出そうと仗助は試みる。

 だが、仗助はバランスを崩してその場に勢い良く尻餅をついてしまう。

 承太郎の鋭い眼力に怯えたからではなく、呆気にとられる彼らの横を走り抜けていく相棒に突き飛ばされたからだ。 

 

「ああっと、那美姉ちゃん。悪い! 今夜はどうしても外せない大切な用事があるんだ。すっげー大事なお客さんが来る予定だから、俺は帰らせてもらうよ。こいつは置いていくから、後は勝手に話し合ってくれよなー」

 

 言葉の最後は距離が広がったので小さくなっていく。

 億泰の裏切り行為から我に返った那美は逃すまいと駈け出した。

 

「って、こらー待ちなさい! 大事なお客さんって、誰なの? 待たせてしまうようなら、私が一緒に謝ってあげるから。――はぁ! 待たせてるのはサンタさんって、大丈夫。億泰君のところには絶対来ないから、ちょっと止まりなさい!」

 

 繊細な子供ならトラウマになりそうな発言で那美は億泰を追い回す。

 注意が逸れた。

 仗助はゆっくりと後ずさり、方向転換をする。

 

「おい、急いで帰る必要はないぜ。――テメエのような悪ガキのところにもサンタは来ねえだろうからよ」

 

 仗助の進路に心ない大人が立ちはだかる。

 

――不快だった。

 

 仗助はこの男に何一つ危害を加えていない。

 後ろをつけ回されることすら許容してあげた。

 

 なのに今度は、僅かな疑念だけで、大人顔で不躾な尋問をし、仗助達より優位な立場にいる――と勘違いしている。

 

 仗助は警察官である祖父から学んだのだ。

 理不尽には立ち向かうべきだということを。

 右腕に力を込め、肩から大きく二回転させる。

 

「どうやら、素直に言う事を聞く気はないみたいだな。しかし、仲間を置き去りにしていくだなんて、いいダチを持ったもんだな」

 

 承太郎の皮肉にその通りだと頷き、仗助はズボンのポケットに手を突っ込む。

 真冬の外気に手がかじかむからという理由ではない。

 ただ態度が悪く見える以外にメリットはなく、両腕が素早く使えないので転んだ時には怪我をしやすい。

 不良ですら喧嘩となれば、両手を出している。

 だが戦うと決めたのならば、自身の腕など何の戦力でもない。

 それを教えるため、そして必死に隠し通してきた秘密をさらけだすのは何よりも承太郎の鼻をあかすため。

 そして示すのだ。

 これが仗助の臨戦態勢である。

 

――戦いに際し、自身の肉体を行使しない。それはすなわち、精神力で物質に直接の影響を与える者――スタンド能力者であるということを。

 

 少年の肉体、頭部が、肩が、腕が、二重に見える。

 仗助の身体から染み出してきた影が、一回り二回り大もきくなる。

 異形、精神の発現、『幽波紋』クレイジー・ダイヤモンドが姿を見せた。

 所々にハートを模った意匠、頑強な体躯、そしてなにより、仗助と同じ自信に満ちた眼差しは承太郎を睨みつけている。

 

 スタンドの出現に恐れ慄いているだろう様子の承太郎を、仗助は鼻で笑った。

 

 ●

 承太郎は驚いていた。

 眼前の少年が操る見覚えのある屈強なスタンドにではない。

 少年が得意気な顔でそれを見せびらかしていることにだ。

 最初は小学生には不釣り合いなその力を誇示しているだけだと誤解したのだが、どうやら、承太郎が、『今の今まで。怪しいことこの上ない。決定的な証拠以外のボロは全て出してきた、とても迂闊な小学生の正体』それに全く気が付かない愚かな人間であると思っているようなのだ。

 目が曇っているのか、脳みそが腐っているのか、あるいはその両方か。

 大人が小学生を何度も追い回すことなど、確信がなければ行わない。

 常人であれば気付く事実が全く目に入ってない仗助を見ると、承太郎の中に一抹の不安がよぎった。

 スタンド使いの強さは意志の強さによって決まる。

 それを承太郎は、凶悪なスタンド使いとの戦いの旅を経て理解した。

 当然、承太郎は己の中にある正義の刃を、確固たる信念を持つ己の強さを知っている。

 それを仗助が持っているかは、一見しただけで判断できない。

 意志の強さとは曲がらないこと。

 戦いの年季を積んだ老獪極まる老いぼれ、仲間のために自らを犠牲にできる占い屋、妹の復讐を不屈の精神で成し遂げたとぼけたフランス人、そして前足を一本失いながらも承太郎達を敵の本拠地まで案内してくれたコーヒー味のチューインガムが好物の犬。

 思い浮かべたその誰もが強力なスタンド使いだった。

 

 ならば仗助の中に彼らと似た信念を感じたから承太郎は不安に思ったのか、そうではない。

 強固な意思にはもう一つの側面がある。

 そしてそれを持ち合わせた存在に承太郎は幾度となく苦しめられた。

 それは、思い込みの激しさである。

 信念にどんな悪意にも耐える力があるようのと同様、思い込みにもそれらに抗う力があった。

 そもそも思い込みの頑なさは、耐える以前に、悪意だけでなく誠意すら届かないこともある。

 己を正しい、己が強いと信じて疑わない人間の強さはうんざりするほどだ。

 まして、その頑なさとスタンドの相性は最悪なほど、最高だ。

 凶悪という言葉が似合いすぎるかつての敵達と、仗助の姿がかぶる。

 ならば眼前の仗助の強さも未知数。

 仗助の眼に宿る戦意と頑なさに、承太郎の油断は消える。

 仗助が一歩踏み出せば、承太郎も同じだけ距離を詰める。

 

――互いの拳が届く距離になって笑った仗助の顔が、今度はいけすかない祖父のものに似ていると感じた。

 

「――やれやれだぜ」

 

 承太郎は、仗助に血のつながりを思い出し、そして厄介事をすべて押し付けてくれた笑顔の祖父を恨み、握る拳に力を込めた。

 

 

 ●

 

 仗助が雄叫びを上げ、クレイジーダイヤモンドが右フックを繰り出す。

 轟音を鳴らし、承太郎のスタープラチナに向かってくる拳を避け、カウンターの右ジャブを合わせた。

 それを可能にしたのはスタープラチナの高い動体視力、精密性などではなく、まして承太郎が積み重ねた戦いの経験でもない。

 承太郎が不可思議に思うほど、破壊力にしか重きを置かない見え見えの大振りだったからである。

 クレイジーダイヤモンドに叩きこまれた一撃をフィードバックしたため、仗助の鼻から一筋の血が垂れてきた。

 仗助の視線には非難するような色が見える。

 戦いの最中なので、お門違いもいいところだ。

 だがよく観察すれば、恨みがましい視線は承太郎を追い越しその後ろに注がれている。

 

「合図は送っただろ、何やってんだ! なんでさっきと同じことが出来なくなってるんだよ。この鼻血はどうしてくれるんだ、億泰!」

 

 承太郎が振り返れば、すぐ後ろ、一メートルの距離もない場所に億泰がポケットに手を突っ込み立っている。

 そして宙には、彼の物だと思われるスタンドが、¥のマークの入った左手を振り上げた状態で停止していた。

 那美を撒いてきたのか、彼女の姿がない。

 

「ち、ちげえよ! 俺はたしかにこいつのスタンドに後ろからザ・ハンドの拳を叩き込んでやろうとしたんだ。な、なのに急に躰が動かなくなっちまって! ど、どうなってるんだ。仗助、助けてくれえ!」

 

 金縛りにあったと、青い顔で億泰は助けを求める。

 よく目を凝らしてみれば気づいたことだろう。

 ザ・ハンドの各関節部に、緑色の紐が巻きつき、力の流れを阻害している。

 

 

「ふう、異変を察知して急いで走ってきたんですが。この様子では、終わってしまったようですね、承太郎」

 

 申し訳無さそうにサングラスを外しながら頭を下げた、承太郎の戦友の最後の一人。

 先程、思い浮かべた仲間たちの中に彼――花京院典明の顔だけなかったのは、承太郎が忘れていたわけでも、嫌っているわけでもない。

 

 ――丁度、公園の入口に走ってくる特徴的なウエーブの前髪が目に入り、思い浮かべる必要などなかったのだ。

 花京院の遠隔操作型スタンド『ハイエロファントグリーン』がその躰の下半身を紐に変え、急襲しようとする億泰のスタンドを拘束している。

 彼の存在に気づいたからこそ、承太郎は油断などせず、無防備な背中を晒していたのだ。

 

「なに、舞台には立てなかったが、一番面倒くさい後始末には間に合ったんだ。問題ねえぜ」

 

 それに『舞台』に間に合わなかったのは承太郎も同じこと。

 文句をいう筋合いはない。 

 

「うがー! 躰に巻き付くな! このマスクメロン野郎が!」

 

 拘束しているものの正体に気づいた億泰が怒声を上げ、力技で外しにかかる。

 気付かれた以上、近距離パワー型のスタンドを完璧には拘束する力のないハイエロファントグリーンは、躰を引き千切られる前に逃げ出す。

 花京院のスタンドは億泰を回りこむように避け、本体の元に戻ると、編み込まれていき、完全な人型に集合する。

 億泰の言葉通り、その頭部の形状は網目のある翠の果実に酷似していた。

 

「たしかに、この後始末は厄介そうですね。どうしてこのような状況に?」

 

 億泰の頭越しの質問。

 成り行きとしか言いようが無いのだが、あえてそれは言わない。

 

「――ただイタズラを叱るだけだ。ガキの躾は大人の責任なんでな」

 

 だからもっともらしい理由を承太郎は選んだ。

 納得したわけではないのだろうが、溜息を付いた花京院はスタンドを構える。

 

「だったら、なあ億泰。糞みたいな頭の硬い、鬱陶しい大人に反抗するのは――」

 

「――ああ、真面目で勤勉な俺達、子供の義務だ!」

 

 仲良く軽口を突き合わせ、自信に満ちた二人の少年。

 少年達は後ろには進まず、前に足を踏み出す。

 逃げることを諦め、覚悟を決めたようだ。

 そしてその意思の塊が、承太郎と花京院に襲いかかった。

 


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