休日の天気は快晴、雲一つなく、太陽の温かく優しい光が、月村の屋敷の庭で、戯れる私たちと猫を包んでくれる。
屋敷の庭には木々が生い茂り、緑のじゅうたんで、格闘技を繰り広げるやんちゃな子たちもいれば、テーブルの下の陰で、いくら声をかけても動かない、岩のような子もいる。
時刻は一時をまわった頃だろうか、昼食は早めに済ましてきたので、先程から、私の足に一生懸命頭をこすり付けてくれてる子を構ってあげようか。
私が相手をしてくれる事に気付いたのか、腹を見せ、なでろと要求してくる。
すずかと目を合わせ、苦笑して、小さな暴君の命令に従い、その御腹を撫でさせて頂くのだった。
「二人ともお茶を持ってきましたよ。ほら、みんなのご飯も用意したから、お嬢様たちを、休憩させてあげてね?」
そういって、両手でトレーを持った月村家のメイドであるファリンが庭に出てきた。
すずかの話ではここ何日かは、知り合いのところに、出張していたらしく、私が顔を見るのは久しぶりになる。
ファリンは月村の家の使用人で、長いきれいな髪に、くりくりとした大きな瞳の、かわいらしい女性だ。
もう一人のメイドのノエルと姉妹で月村家に仕えている。
冷静沈着な姉とは反対に注意力散漫な所があるが、いつも一生懸命仕事をこなす、好感を持てる人物である。
そんなとりとめもないことを考えて、ファリンに目を向けると、彼女の足元めがけ、一匹のミサイルが発射される。
声を上げる間もなく、ファリンの足に被弾し、紅茶のポットやティーカップを乗せたトレーが宙を舞う。
大惨事を防ぐべく、ファリンのほうに一歩踏み出す、私とすずかに、
「大丈夫ですよ、ていやぁぁ!」
まのぬけた声で私たちを制止した彼女は、これまたまのぬけた声で中空にあるトレーに手を伸ばした。
声を飛ばされた私たちは、そのあとの光景をただ眺めているしかなかった。
まず、トレーの取っ手に彼女の右手が伸びる。
……が勢いよく回転するトレーに、はじかれる。
突き指をしなかっただろうか、そんな私の心配をよそに、運よく先程の接触で勢いを失くしたトレーを左手でつかみ、まだ宙に浮いている茶器一式に叩き付けた。
叩き付けた!?
運悪く石畳の上に飛んで行ったそれらが乾いた音を次々と奏でる。
「ふふっ、わかっていますよ。今聴こえているのは、かつてのドジな私が生み出した幻聴にすぎないのです。一人前に成長した私には傷一つなくそこにあるポットも、汚れひとつついてないカップも見えています!」
声に確かな確信を乗せ、彼女は目の前にあるトレーを胸の高さまでかかげる。
トレーの端から端に目を滑らせ、何も乗っていないことを確認した彼女は、首をかしげる。
そしてもう一度トレーを確認した彼女が、不思議そうにこちらを見たので、茶器の残骸がある石畳を指さして見せる。
トレーをテーブルに置き石畳に近づきしゃがむファリン。
理解できないといった顔で二つに割れたカップの割れ目同士をくっつけ片手を離す。
カップがくっつくはずもなく、庭にまた乾いた音が響いた。
その時になってようやく彼女の瞳に理解の色が宿る。
「ええっ! なんで割れてるんですか? 信じられません!」
私も信じられません、あなたが。
「トレーで完璧にキャッチしたはずなのに、いったいどうして?」
叩き付けたからです、あなたが。
『だって仗助君のところだと……』
小さな声でぶつぶつ何かを呟いている。
私とすずかの視線にようやく気付いたのか、ファリンは箒とちり取りを求め屋敷に走っていく。
その背中を見つめながら、
「どうしたのよ、あれ。何かの病気なら早めにお医者様に見せたほうがいいわよ」
すずかに問う。
親友は苦笑して、
「ううん、そのファリンがお屋敷の外で仕事をする機会があってね。まだ一度も食器を壊したりして無いんだって。それで、変に自信を持っちゃって」
ファリンを見送った。
私は割れた破片に興味を持ち近づこうとするミサイルの首を掴み膝に乗せる。
叱ろうと子猫に顔を近づけるも、ここまでの大惨事になったのは、どちらかというと、あのメイドに原因があるのではと思い、何も理解してない頭をやさしく撫でてあげるのだった。
●
残骸の掃除を済ませ、改めて用意されたお茶ですずかと談笑しているときに彼らはやってきた。
ファリンから知らせを聞いて、私たちは玄関間に行く。
すずかのお姉さんの忍さんもすでについていて、同い年ぐらいの男の人にあいさつしているところだ。
その隣、迎えに行っていたノエルの両隣で、手をつないだ状態のクラスメートがいた、なぜか目隠しをされていたが。
「ねえ、ノエルさん。そろそろ、アイマスクを外してもいいかな? サプライズだって言われたけど、もう屋敷についたんでしょ。挨拶もしたいし、いいよね?」
ノエルは忍さんに目配せをした後、それを了承する。
なんだ、そういった意図があったのか。
誘拐という単語が頭をよぎったが、月村家の人たちの人柄をよく知る私は、バカなことを考えたと、思わず笑みこぼす。
「おい仗助、見てみろよ! なんか意味もなくでかい花瓶がおいてあるぞ。うっは、絨毯の手触りとかありえねえ!」
「おい、億泰、あんまりはしゃぐな。まだ挨拶もしてないんだぞ」
アイマスクを外した億泰があたりを見回し興奮している。
それを仗助がたしなめようとするが、一緒になって絨毯に手を付けているあたり、説得力がない。
ようやく満足したのかノエルのところに戻り、背負っていたリュックから何かを取出し、両手で、差し出す。
「ほ、本日はお招きいただきありがとうございます。これはつまらないものですが」
「あら、そんなに気を使わなくてもいいのに、でもありがとうね。そろそろ顔を上げてくれるかしら?」
その言葉に、仗助が頭を上げ改めて忍さんと顔を合わせる。
「はぁーい、元気だった。月村家へようこそ。またあえてお姉さんとてもうれしいな!」
忍さんと仗助たちは知り合いだったのだろうか。
満面の笑顔の親友の姉と目を大きく開いて固まっている二人に、どのような関係なのか、推測が立たない。
固まっていた二人が頷きあい、百八十度回転し、扉に走っていく。
「仗助様、億泰様、こちらは玄関ですよ。庭に紅茶とお菓子を用意しますので、どうぞそちらへ」
いつのまにか、扉の前にいたノエルに腕を引かれ、庭に向かう二人。
手を引かれるのが余程恥かしいのか、必死に振りほどこうとしている。
そんなクラスの問題児が見せる態度が微笑ましい。
まあ、涙目になっているのはさすがに大げさだとは思うが。
『そうね、あなたたちに話があるんだけど、それは夕食を食べた後、うん、高町くんとの話のあとにしましょうか』
仗助たちにそう言い残し、忍さんは屋敷の二階に歩いて行った。
恋人なのだろうか、目鼻立ちの整った、がっしりとした青年とノエルも後を追う。
ようやく恥かしさから解放され、落ち着いた二人はすごい勢いでテーブルの上のクッキーを口に放り込んでいる。
それを見て軽くガッツポーズをしてしまった。
「ふたりとも、そのクッキーおいしい?」
私の問いかけに、頷くのも面倒くさいのか、仗助と億泰は片手をあげ返事とする。
笑いをこらえながら、
「そう、それはよかったわ。わざわざ、鮫島をコンビニにまで走らせた甲斐があったわね」
ネタ晴らしをする。
いつも、いたずらされてばかりの二人にささやかな仕返しが決まったと、喜びがあふれてくる。
悔しがっているだろう二人に目を向けるとそこには、ぽろぽろと涙を流す億泰と無表情で目から光彩の失くなった仗助がいた。
焦るわたしとすずか。
「も、もう、アリサちゃんたら冗談がきついんだから」
とっさの機転を利かせる親友に喝采を送る。
「そ、そうね。少し悪趣味だったかしら?」
冗談で済ませてしまおうとする私の横ですずかが一生懸命証拠品を口の中に詰め込んでいく。
そんなすずかにあっけにとられていた二人が、空になったお皿に文句をつけるが、
「ご、ごめんね。急にお腹がすいちゃって。えっ、意地汚い? ……そうだね。はずかしいよね」
仗助の何気ない一言にすずかが落ち込む。
申し訳なく思うが、クッキーのかけらをほっぺに付けたすずかをフォローする事は出来なかった。
顔を下に向けているすずかの努力を無駄には出来ない。
ファリンにクッキーのお代わりを頼む。
「はい、わかりました。ふふ、みなさんよっぽど気に入ったんですね、このコンビニの……」
「ノエル! ファリンがティーセット一式を故意に破壊したわよ!!」
苦しまぎれの私の声に、空から天使が舞い降りてきた。
「皆さん二階から失礼しました。ファリン、後で話があります。私の部屋に来なさい」
「うう、違うんです黙っていたんじゃなくて、お姉さまの機嫌がいい時を見計らって言おうと思ってたのにぃ」
そう言って落ち込むファリンと屋敷に戻っていくノエルの背中を見る。
二階のテラスを見るがあそこから飛び降りたのだろうか。
よく知っていたつもりでも、人は人のことをちゃんと理解できてないのかもしれない。
……まあ、そんなことはともかく、場の空気を吹き飛ばしてくれたあの冷静メイドに、感謝の念を送る。
ただ、口をあけ固まっているこいつらをどうしたものか?
私だって固まりたいのに。
少し中途半端な位置で終わります。前半なんでコメディは少な目かな。すいません、もう一作品の残りも今夜中にはあげれるようにしたいです。では