問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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一部変更がございます。

信な……とある厨二病っぽい登場人物の名前ですが、『ノブ』『サブロー』から、『サブロー』一択に致します。
書いていて、特別ふたつも呼ばせる意味が無かったのと、地文で表記に迷ったからです。


五話

 アンダーウッド、地下水脈隠し通路。

 

 焔は、薄暗い道を延々と歩いていた。外では未だ二匹の怪牛が機を窺っているなか、こんな所にひとりでいる理由は、女王、クイーン・ハロウィンに謁見する為である。

 

 ミノタウロスと天の牡牛によりレースはもちろん中止。稲妻に打たれる寸前、鈴華の恩恵で焔と彩鳥はなんとか無事だったが、二人を逃がす為に逃げるのが遅れた鈴華は深い傷を負った。致命傷だったが、幸い、手持ちの原典(オリジン)を投与したことですでに回復している。

 だが、彩鳥に使った分も合わせてこれで二つ失った。

 

 二人は大切な身内だ。使ったことに後悔なんてあるわけない。

 しかし、もし最後の原典を怪牛のギフトゲームをクリアする為に使えば、まだほとんど解明出来ていない星辰粒子体の研究は目に見えて遅れることになる。いや、最悪は研究の打ち切りだ。

 

 こうなってしまっては、あくまで原典使用は最終手段に、出来れば別の方法でクリアを目指したい。しかしホームの子供達の為にも一刻も早く帰りたいのも事実だ。

 

 星獣達が襲ってきたこの大事の最中、女王から焔へ招待状が届けられた。

 焔にしてみれば会わなければならない人物からの招待。不運続きの中の光明だったのだが、聞くに彼女はとても気難しい人物らしい。

 非常事態にも拘らず、風呂に身だしなみにと、小奇麗にしろと口をすっぱく言われた。それこそ、目の前の脅威である怪牛達よりも大事なことだと言わんばかりに。

 それでも最後にポロロは苦々しい顔で、『生きて帰りたいなら逆らうな』という背筋が寒くなるアドバイスを残したのだった。

 

 

「やれやれ、一体どんな奴なんだよ」

 

「可愛い女の子だよ」

 

「――――え!?」

 

 

 独り言のつもりが、応じる声があったことに焔は驚いて飛び退る。

 

 

「サブロー!?」

 

 

 そこにいたのはニコニコと笑う、焔と同い年くらいの眼帯の少年だった。

 

 

「お前、いつからいたんだよ」

 

「ずっとだよ? 後ろからついてきた」

 

 

 ポロロと別れてこの通路を歩いて五分以上経っているのだが、その間ずっと気付かなかったということか。状況の整理とこれからの事に没頭し過ぎたとはいえ、自分の感覚の鈍さに、或いは危機感知能力の低さに自己嫌悪した。

 

 

「いやぁまいったよー。突然雷が降ってきたと思ったら、ヒーさんに身代わりにされて水に落ちるわ流されるわで大変だったんだよー。それで、服を乾かしてたら焔がこっちくるのが見えたからついてきちゃった!」

 

「ついてきちゃった、で済むのかよこれ?」

 

 

 女王の招待状には『西郷 焔を謁見の間に招くように』と書いてあった。人数制限はされてなかったから良い、というのは屁理屈だろうか。

 実際、彼女と面識があるだろうポロロ達は誰一人ついてきていないわけだし。

 

 

「ん? サブロー、お前さっき女王が可愛い女の子って言ったか?」

 

「言ったよー。凄く可愛いって」

 

「知り合いなのか?」

 

「『すいーつ』友達だね!」

 

「……スイーツ?」

 

 

 なんにせよ、彼が女王と知り合いならば連れて行っても問題はないだろう。むしろこれは僥倖。

 気難しいらしいという相手に対し、すでに指定された時間を若干過ぎてしまっている。ならば知り合いらしい彼にとりなしてもらうのが一番かもしれない。

 

 

「――――というか、本当にお前何者なんだよ」

 

「氷の上を滑る子孫を持つ魔王様、かな?」

 

「なんだそれ?」

 

「そんなことより、早く行こうよ!」

 

 

 言われてはっ、とする。確かに、どうにもならなかったとはいえ、これ以上遅れるのは好ましくない。

 

 焔達の進行方向には、一際強い輝きを放つ扉。豪奢なそれを両手で押し開いた瞬間、

 

 

「は?」

 

 

 ガラリと世界が変わった。

 

 頭上から照らされる太陽の輝き。薄い天幕に覆われたそこは、大樹の中でも根の底でもない。そもここはアンダーウッドではない。

 見覚えのない白亜の城の中庭。

 

 

「………………」

 

「ん? どうしたの?」

 

 

 後ろを振り返るとサブローもそこにいた。だが、彼は決して焔の先を歩こうとはしない。

 危険があるから先を歩かせているというよりは、こちらがどのような反応をするのか後ろから眺めて楽しむ為という方がしっくりくる顔だ。

 

 女王に対して助け舟になってくれるかもしれないと思っていたが、どうやら泥船で沈む者を手を叩いて笑う側らしい。

 

 

「連れてきたのは失敗だったか……」

 

「ほら。早く早く!」

 

 

 急かす。しかしやはり、決して先を行こうとはしない。

 

 仕方ないと焔は前を向く。元よりひとりで来る予定だったのだ。それなら最初も後も無い。自分のペースで、自分の思考を信じて進むしかない。

 

 一歩。また一歩と中庭の石畳を踏む。その度に周囲の草花が春夏秋冬を代わる代わる彩る。

 奇跡のような幻想的な風景は、普段であれば心から楽しめたことだろう。

 

 しかし、今はこれほどの業を為し得る人物と会うことに、そして気難しいというその人物の約した時間に遅れていることに、焔は気後れだけでなく、恐れと焦りを覚えていた。

 

 中庭を横断し、目の前の絹のヴェールに手を差し込む。それをまくり上げた瞬間、扉が開き、(・・・・・)再び世界が変わった(・・・・・・・・・)

 

 今度は部屋だ。

 火の灯った暖炉。寝室用のベット。そして部屋の中央を陣取るテーブルの上に、客人を招く為に用意されたティーセット。

 

 窓の外は稲光が見える嵐だった。つまりここはアンダーウッド。戻ってきたということだ。

 

 

「は……はは」

 

 

 その事実を理解して、焔は今度こそ寒気を覚えた。

 

 

(あれほど凄いと思ってた鈴華の物体転移がお遊びに思える日がくるとはな。……俺達なんかとはレベルが違う)

 

 

 女王と名乗る人物は、ほんの余興で世界を渡す転移を行った。

 ハロウィンの化身。境界を与る者。

 ポロロの助言を、今になってようやく理解出来た。

 

 なるほど。これは確かに逆らえば殺されるだろう。

 

 

「ふふ」

 

 

 後ろで笑う声が聞こえる。どうやら彼もしっかりついてきているらしい。

 

 なら、これほどの者と知り合いであるという彼は、一体何者なのだろうかと不意に疑問が浮かんだ。

 しかし今は問いたい気持ちを抑え、何よりもまず女王との対面を果たさなければならない。

 

 焔の目の前には赤い扉と青い扉。謁見の間はまだ先らしい。

 どちらを選べばいいのか。

 選んで進んだとしても、その先はまた別の世界で、正解に辿り着くまで延々と異世界を歩き続けなくてはならないのか。

 

 

「どうやら本当に怒らしたみたいだ」

 

 

 女王にとってほんの意地悪でも、ただの人である焔には致命傷になりかねない。

 

 

「大丈夫大丈夫。お茶目なところはあるけど、意地悪な子じゃないから」

 

「………………?」

 

 

 ということは、これもゲームなのだろうか。

 だとすればノーヒントで運任せなものではないはずだ。

 

 周囲を見渡す。

 暖炉の上にある古時計。当然ながら約束の時間は過ぎていた。――――いや、

 

 

「何か変だ」

 

 

 古時計に近付いてみると、違和感の正体は瞭然だった。

 時計は動いていない。十二時から三分過ぎて止まっている。

 

 三分。その数字が表すのは、

 

 

「俺が遅刻した時間……。てことはもしかして」

 

 

 針に指を当てる。祈りながら、過ぎた長針を押し戻す。約束の時間まで。

 

 

「――――いらっしゃい、西郷 焔」

 

「ッ…………!!?」

 

 

 背後に突然現れた気配に、焔は口から心臓が飛び出る思いをした。

 振り返った先で、今度は呆然とする。

 

 正しく太陽の化身だった。

 

 輝きを放つ黄金の髪。青と緑が溶け合った宝玉のような瞳。

 

 まだこの箱庭のことをよく知らない焔だが、本能的に理解した。

 彼女は神霊などではない。

 

 ケルト神群の太陽の祭事を神格化したものがハロウィン。だが所詮それは、彼女に物質界に干渉させる為に与えられた雛形に過ぎない。

 

 昼と夜。

 生と死。

 

 春夏秋冬を操り、星と星を渡す。

 

 境界を与る者。箱庭三大最強種の一角。

 

 太陽の星霊、クイーン・ハロウィン。

 

 濃密な気配は、ただそこにいるだけで焔の体の自由を奪った。

 

 

「それに貴方まで来るなんて聞いてないわ、ノブ」

 

「美味しいお菓子を見つけたから、是非とも姫ちゃんと食べたくって」

 

 

 ぶす、と女王は顔をむくれさせた。

 

 

「私は女王であって姫じゃないと言ってるでしょう」

 

「可愛いのになぁ。すっごく可愛いと思うのになぁ」

 

「……ならいいわ」

 

 

 いいのかよ、と焔はツッコむことは出来なかった。そんな命知らずな真似など出来ない。

 

 だが、彼女を見た瞬間、まるで鎖で雁字搦めにでもされていたかのような金縛りは、今のやり取りを見てから解けていた。

 

 気付けば女王の目は、焔に向いていた。

 

 

「体はもう自由に動くでしょう? 手間が省けてよかったわ」

 

「は、はい」

 

 

 女王は、手にしたカップを傾ける。

 それで焔は慌てて腰を折った。

 

 

「御初に御目に掛かります、女王陛下」

 

「そんな堅苦しい物言いはやぁよ。せめて女王にして欲しいわ」

 

 

 『姫ちゃんは駄目だけど』と、彼女の視線が一瞬後ろの少年へ向いた気がしたが、焔は敢えて触れなかった。

 

 

「わかった。改めて、初めまして女王。西郷 焔です。それと、約束の時間に遅れてしまい申し訳ありません」

 

「本当に。私と約束した刻限を破って生きているの、貴方で四人目よ。次からは気を付けなさい。――――まあ、どこかの誰かは守ったこともないのだけれど」

 

「あははは。僕の時代には、そんな正確な時間なんてなかったからさー。慣れなくて」

 

「あら? 約束した御茶会を、一ヶ月も忘れてすっぽかしたのはどこの誰だったかしら?」

 

「………………」

 

 

 本気の土下座というものを、焔は生まれて初めて見た。

 

 

「というか、時代? サブローは俺達と同じ時代の人間じゃなかったのか?」

 

「あら? 知らずに連れていたの?」

 

 

 命知らずね、となんとなしに呟いた女王の言葉に、焔は今更ながら、どれほど得体のしれないものと一緒にいたのかと肌を泡立たせた。

 

 

「それは織田 信長よ。箱庭でいえば、今代のというべきなのかしらね」

 

「お、織田……信長!?」

 

「よろしくー」

 

 

 信じられない、と焔は目を瞬かせた。

 織田 信長といえば、日本人の焔からすればそこいらの神様より身近で有名な人物の名前だ。歴史の教科書には必ず載っている。

 

 多くの著書で残虐非道と謳われるあの信長が、目の前の優男だと、言われた今でも信じられない。

 

 

「さて、お馬鹿は放っておいて。――――西郷 焔、席に着くことを許可するわ」それと、と続けて「ノブ、早くしなさい」

 

「何を?」

 

「美味しいお菓子があるのでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、焔は女王にいくつかの質問をした。

 

 元の世界、外界には帰れるのか?

 

 ――――YES。むしろゲームのとき以外は帰ってもらわねばならない。

 

 この箱庭と外界は、何らかの互換関係にある?

 

 ――――概ねYES。但し今回のゲームでいえば、過去の伝承が近代化し再現された結果。問題の根幹は別にある。

 

 ――――今回の一件、本来箱庭は無関係だった。赤道を越える台風も、病害も、飢饉も、全て外界の史実として起こるべくして起こったに過ぎない。何故なら金牛宮の化身が現れる前から、外界ではこの台風が発生していたのだから。

 

 あり得ない。自然界の法則を無視した台風なんて……。

 

 ――――その答えを、貴方はすでに持っている。

 

 それは数日前、焔と釈天が車の中で話ていた内容。自然界のルールでは絶対にあり得ない台風の動き。なら答えはひとつしかない。

 

 この台風には、自然以外の力が働いている。

 

 予想はしていた。だが本当にそうなのか。

 そしてそれが何故箱庭を巻き込んだ事態にまで発展してしまったのか。

 

 その答えは、焔の義兄、十六夜から告げられた。

 

 ――――俺は前にマクスウェルと箱庭で戦ったことがある。そしてそいつは『暖』と『寒』の境界を操る悪魔だった。もし、お前等が研究している第三永久機関(Maxwell drive)に、あの悪魔と同じ能力があるのならば、気圧を操ることが出来るのかもしれない。そしてその人物こそが、この異常気象を引き起こした犯人だ。

 

 その瞬間、焔の頭の中でいくつもの仮説が生まれ、心臓が凍りつくような感覚に襲われた。

 

 いる。焔達以外に、焔の父が残した原典(オリジン)を無くして、星辰粒子体を研究することが出来るかもしれない人物が。

 紛失したと思われていた父の遺品――――星辰粒子体に関する論文を持っていれば。

 

 そしてそれはつまり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あー……姫ちゃんてば、すっごい楽しそうな顔してる)

 

 

 十六夜とのやり取りの後、吐息がかかるほど近く焔へ這い寄る女王。

 

 瑞々しい唇。透き通るような瞳。

 異性であれば目眩がするほどの美貌を前に、しかし今の焔はそれどころではないくらい心が揺れている。

 

 震える声で、揺れた瞳で焔は再び女王に質問する。彼女はそれを楽しそうに聞き、求められたように答える。

 

 答えが明確になるごとに、真実が見えてくるほどに、焔の顔は傍目にもわかるくらい青くなっていく。

 

 その目をする者を、信長は良く知っている。

 何故なら自分は、かつて多くの者からその目で見られてきたのだから。

 

 

「いつの時代も変わらないもんだねえ」

 

 

 復讐を、仇討を考える輩の目は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満天の星空の下、主のいない迷宮には、少女と青年には僅かに満たない年頃の黒髪の少年がいた。

 

 髪を両端に纏めた美少女は、手にした羊皮紙を見る度に堪え切れず笑いを零し、少年の方はうんざりといった具合で艶やかな髪を掻き乱していた。

 

 

「全く、そう何度も何度も読み返してよく飽きんな、世界龍(クールマ)よ」

 

 

 麻布を羽織った美丈夫は、見た目の年齢にはそぐわない老々とした喋り方だった。実際、その雰囲気は見た目通りの年齢ではない。

 その点でいえば、世界龍と呼ばれた少女もまた、見た目通りのただの人間の少女ではない。

 

 なにせ彼等が呑気に立っているこの迷宮は、あの人喰いミノタウロスの住処なのだから。普通であるはずがない。

 

 

「そりゃそうです」少女はうんうんと頷く「この寒空の下の唯一の娯楽なのですから。――――それより牛魔王、私のことは面倒でも世界王とお呼びください。本名はまだ内緒内緒なのです。クーちゃんでも可です」

 

「じゃあクーちゃんと呼ぼう。――――それにしても、お主にその名をつけたあのうつけ者はどこへ行ったのやら……」

 

「まったくです。ノブ君たら、仮にも仲間を二人も殺して行方を眩ませるだなんて」

 

 

 困ったちゃんです、と頬に手をあてて憂いた表情を浮かべる世界王。

 

 

「見つけたら、キツーーーイお仕置きをしなくてはなりませんね。宜しくお願いしますよ? 牛魔王」

 

「自分でやらんのか……。十六夜と焔の相手だけでも面倒だというのに」

 

 

 件の人物のことを思い出して、牛魔王は疲れたようにため息を吐いた。

 

 

「アレの相手は骨が折れそうだ」




閲覧、感想ありがとうございます。

>さてさて、これにてエンブリ1巻が早々と終わってしまいました。原作者様自身言われているように、説明回だったので、信n……げふん。サブロー君の出番も少なかったです。反省。
………………あ、もう身バレしたので呼んで良いのか。そう!彼こそ信長君だったのです!(どやぁ しかも二回目

>はい、すでに何度も言ってましたね。前のあとがきとかでも。

>十六夜君との小競り合い以外バトルシーンが無かったのも不満でした。やっぱり頭使うより拳とか刀振り回した方がいいですよね!わかりやすいし!

>さてさてさて、という感じで次回から2巻です。2巻導入部は、こちらの5話ラストシーンで使用してしまいましたが。
2巻はミノタウロス攻略戦もとい、褐色美少年攻略作戦の開始です。
驚きでしょう?この二つはイコールで繋がるのですよ?(ネタバレ!)

ではでは、次回もどうぞ宜しくお願い致します。

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