問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
一話
アンダーウッド収穫祭前夜。売店市場にて。
巨龍となったレティシアの暴走で一時は開催は絶望的と思われた収穫祭だったが、近隣コミュニティの支援物資によりどうにか開催が出来るまで立て直すことが出来た。様々な支援物資はアンダーウッドの土地には珍しいものも多くあるので、今回の祭は今までと違った盛り上がりを見せるだろうと思われている。
そんな折、信長は十六夜とリリと共に売店市場へとやってきていた。そして今は偶然買い物にきていた飛鳥と耀のふたりと合流したところだった。
「ふーん、十六夜君が料理ねえ。本当に作れるの?」
「似合わない」
胡乱げな視線を見せるふたりに、心外だと腕を組んで鼻を鳴らす十六夜。
飛鳥達と合流する前の話、復興物資にあった野菜を嬉しそうに抱えていたリリが十六夜が出会い、暇つぶしに料理をしようとしていた彼にリリがリクエストしたのだ。
「ねー。僕的には十六夜は『腹に入っちまえばなんでも同じだ』とか言いそうだと思ってたよ」
「おいおい全員俺様をなんだと思ってやがる。仕舞いには埋めるぞ?」
チラリと、疑う眼差しの女性陣を見やる十六夜。口角があがった。
「ま、きっとそこのふたりより上手いぜ?」
「……カチンときた」
十六夜の挑発で一転、剣呑な雰囲気を醸し出す女性陣。
「種目は?」と耀。
「欧風。メインはキッシュだから残りは前菜とスープだな」
「オーケー。行こう飛鳥!」
駆け出す飛鳥達。どうやら勝負は成立したらしい。
「良かったなリリ。メニューが増えるぞ」
「えへへ。やったー、です!」
「ああ……飛鳥ちゃんと耀ちゃんの手料理が食べられるなんて。僕もう死んでも悔いないかも」
「そういうお前は参加しないのかよ?」
先ほど同様、挑発気味にけしかけてくる十六夜だったが、信長はふにゃりと笑って返した。
「料理はしたことなくてねぇ。どっちかと言えば食べる専門だから」
予想していたとはいえ乗ってこなかったことに、けっ、と十六夜は不満そうに吐き捨てる。
その後一通りの食材を仕入れた十六夜と別れた信長とリリは時間までふたりで売店を散策していた。
但し今物色しているのは食材ではなく小物市場である。
「うーうー!」
通り掛かる店に並ぶ品々を眺めては唸り、また次へと足を進めるリリ。信長はそれを一歩後ろからついてきていた。
やがて、尻尾と耳をしなだれさせたリリが戻ってくる。
「どうしましょう信長様。黒ウサギのお姉ちゃんへの贈り物、見つかりません」
しゅん、と落ち込むリリ。
実は、ノーネーム一同は普段からコミュニティに尽くす黒ウサギへのサプライズプレゼントを企画していた。それぞれが見繕ったものを収穫祭の際に手渡すつもりなのだ。
リリはそれを探しており、しかし中々良いものが見つからないでいた。
「随分苦戦してるねえ」
「うぅ……」
のぼせ気味の頭を撫でてほぐしてやる信長。ややしなだれた耳の傾きが戻ったリリが撫でられたまま見上げてくる。
「信長様はもう決めたんですか?」
「うん! 今育成中!」
「い、育成中……?」
一体なにを贈ろうとしているのか。何故か理由の無い寒気に襲われたリリは尻尾を震わせた。
「お姉ちゃん、あんまり小物とか付けたりしないからキリノちゃんみたいな可愛い髪飾りがいいかなぁと思うんですけど……どう思います?」
「いいんじゃないかな」
「白と黄色の綺麗な華の髪飾りがあったんですけど……うーん」
良い物がないわけではない。だがいざ決めようとすると本当にそれでいいのかと不安が顔を覗かせる。
リリにとって黒ウサギはまるで本当の姉のような存在。だからこそ、黒ウサギを大切に思えば思うほど彼女を喜ばせてやりたいという思いが大きく、比例して不安は尽きない。
必死に悩むリリが再び商店へと駆けていく後ろ姿を微笑ましく見守る信長。
そんなとき、誰かが叫んだ。
「うわああああああ! 暴れ牛だああああああああ!!」
そんな馬鹿なこと――――と思う隙もなく、爆走する暴れ牛の一団は入り乱れる人を割って街中を通り過ぎる。
「ひゃ、ひゃああ!!?」
「あ」
その際、軽く小突かれたように押されたリリはクルクル回ってよろけると、地下都市の断崖の隙間へ落ちてしまった。
★
「美味しい!!」
スープを飲み干した器をテーブルに置き、信長は言う。
アンダーウッド内部の主賓室にて、急遽昼間始まった料理対決は、結論を先に言ってしまえば耀に軍配が上がった。
正式なゲームではないので審査員はいないが、誰であろう対戦している当人達が対戦相手である彼女の料理を絶賛したのだ。
十六夜は事前の話通り、メインである南瓜のキッシュを。飛鳥が前菜を、そして耀がスープを手掛けた。
料理対決を聞きつけた――――信長が喋った――――サラとガロロまでやってきて、揃って問題児達の料理に舌鼓をうっている。
「クッハァー! なんでえなんでえ。こんな芸達者なら調理大会に出なかったのが惜しまれるなあ」
持参したラム酒を呷りながら料理を堪能していたガロロがそう口にすると、些か憮然とした表情の十六夜が反論する。
「……馬鹿言うな。俺のスキルなんざ精々趣味の範疇だろ。もしも出るとしたら春日部一択だろ」
十六夜はそう言うが、実際彼のキッシュも中々のものだった。大会に出したとて決して恥ずかしくはないほどの出来栄えだと思う。
だが、それなりに自信があったものの、耀の料理に自ら『負け』を認めてしまった以上、それを大衆に振る舞うのは彼のプライドが許さない。そう、彼はとても負けず嫌いなのだから。
そしてもうひとり、この結果にしょんぼりしているのは飛鳥だ。
「そうね、春日部さんがこんなに料理上手だったなんて。私なんて焦がしてひっくり返してしまったのに……」
「いやいや飛鳥ちゃん、飛鳥ちゃんの料理だって美味しいよ。ほら、この苦味の中にあるほんのりとした甘みが」
「それ砂糖と塩を間違えてるだけよ! ああもうやめて! 食べないでちょうだい!」
顔を真っ赤にして料理を取り上げようとする飛鳥と、器用にそれを躱しながら食べ続ける信長が部屋を走り回っているのを呆れた調子で眺めていた十六夜が、どこか上の空でいるリリに気付いた。
「どうしたリリ? 食べないのか」
「……え? あ、はい! いただきます!!」
声を掛けられて我に返ったリリが慌てて料理に手を伸ばす。しかししばらくするとまたぼーっ、と虚空を見たまま動きを止めてしまう。
首を傾げる面々。追いかけっこをやめた信長達も席に戻る。
「どうしたのリリ。何か嫌なことでもあった?」
「信長に変なことされた? 埋めてこようか?」
「あれ? 耀ちゃん、僕ってそこまで信用ないの?」
一同が――――サラやガロロまで――――揃って首を縦に振ったことに信長は少なからず傷付く。料理の塩気が増した気がした。
「ち、違います! 信長様はなにもしていません! いつもリリに優しくしてくれます!!」
「判決は?」
「ギルティ」
悲しいかな満場一致だった。
「――――冗談はさておき」飛鳥が場をしめて「何があったのリリ。普段の貴女らしくないわ」
美味しいご飯を前にして盛り上がらないリリは、普段の彼女を知っている者達からすれば異常事態だ。彼女を煩わせているものがあるならば、問題児達は即刻それを排除しようと思っていた。要は皆過保護である。
しかし、リリの口から話されたのはそういったものでもなかった。
「あのお店のことでしょう?」
「お店?」
「はい。……実は今日、とても素敵なお店を見つけて――――」
リリがぽつりぽつりと語る傍らで、その場にいた信長もあのときのことを思い出していた。
★
「――――大丈夫?」
リリを追って断崖へ足を踏み入れた信長。幸いにもすぐに再会することが出来た。
尻もちをついて目を回していたリリに手を差し出して立ち上がらせる。
「……ここはどこでしょう?」
意識がはっきりしてきたリリが辺りを見回す。
そこは地下都市のさらに地下――――というよりは、断崖の隙間に出来た窪みのような空間だった。見上げればアンダーウッドの木の根が網目のように広がっている。
自然が作り上げた秘境――――かと思われたが、それを否定するものを彼女は見つけた。
「こんなところに……お店?」
リリの視線を先。ここの空間の奥まった方に見えるのは人工灯だった。
「行ってみようか?」
何故こんな人気のない場所に、と疑問に思う矢先、信長に誘われたリリはコクリと頷いた。
普通に考えればこんな怪しい店、好奇心と同じくらい危険を感じる。箱庭にはそういった危険な罠も存在している。
それを考えないほどリリは愚かではない。だが、不思議とあの店からはそういった感覚は湧いてこなかった。むしろ運命の出会いだとさえ思えた。
……或いは、
(信長様が一緒にいてくれるからかな?)
優しく手を繋いでくれる隣りの少年の存在が頼もしいから、リリは臆病な自分がこんなに落ち着いていられるのかもしれないと思った。
そうこうしている内に店の前まで辿り着く。
店先に揺れるランプの火。聳える黒塗りの扉は金箔で模様があしらわれており、一見では尻込みしてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
「お邪魔しまーす」
普通の感覚の人間ならば。
「の、信長様!? 扉になにか紙が貼ってあります!」
ズンズン進んでしまいそうな少年を必死になって引っ張るリリ。これではどっちが保護者かわかったものではない。
言われて開けた扉を信長が見やればそこにはリリの言う通り、一枚の紙が貼ってあった。
「ゲームクリアした者のみ売買可、ね」
そう一文が記されていた。
ということは、ここはゲームによって売買が行われている店ということだ。それ自体は別に珍しいことではない。ゲームの結果如何で値下げをしたり、逆に定価の倍で売り買いが行われたり、或いは景品が準備されていたり、箱庭らしい店というのは多々ある。
だが、これは少しばかりおかしいと信長は感じた。
今回この祭の主催者は《龍角を持つ鷲獅子》連盟。南の階層支配者に抜擢されるほどのコミュニティが開催する祭で、こんな客を試すような真似許されているのだろうか。
「ん? あれ? リリちゃん?」
いつの間にか姿を消していたリリを探す。すぐに見つかった。
「はぁ……」
外観に違わぬ品々が陳列される店内。その中でも一層存在感のあるのは店の奥、椅子に座らされた蒼い瞳を持つ人形だ。
だがリリが見ていたのはその人形のすぐ横のテーブル。正確にはその上にある木製のブローチ。
一心にそれを見つめる少女の尾は、彼女の心情を表すようにパタパタ揺れていた。
可愛らしい姿に頬をゆるませていた信長は、ふと先ほどの人形が手になにか持っているのに気付いた。
「それがここのゲームの契約書類ですか?」
書面に目を落としたいたところにリリがやってくる。
「うん。――――でも僕にはさっぱり」
そう言って紙をリリにも見せるが、彼女も首を横に振った。
リリは心底残念そうに肩を落とす。
もしこのゲームが解けたならあのブローチが買えたのに、と。
「謎解きは専門外だからねえ。次はみんなも連れてきてみようか?」
申し訳なさそうに言う信長。彼とすればゲームを解いてリリを喜ばせてやりたいところだが、やはりこういったものは十六夜や耀に任せる他ない。
名残惜しそうなリリの手を引いて落ちてきた裂け目まで戻る。
リリを先に向こう側に戻してから、信長も出ていこうとしたとき、
「…………」
不意に信長は店の方を振り返る。
薄暗い道。先に見える人工灯の明かり。
光より闇が多い空間が不自然に揺らいだように見えた。
「信長さまー?」
「――――うん、今いくよ」
信長は裂け目を越えて街道に戻る。
――――――――――――
――――La……
音楽の無い歌声が闇に響いた。
閲覧&感想ありがとうございましたー。
>お久しぶりでございます。全作品通しても更新は亀ならぬナマケモノではございますが、まだまだ失踪はしておりませぬよ。多分……これぐらいなら失踪ではない、はず。はず。
>さてさて、エンブリの続刊が中々やってこないのと、リメイクの更新ばかりだと新話待っていてくれている方々に申し訳ないので原作サイドストーリーにちょっと手を出してみたりしました。
特に、物語でも関係深そうなコッペちゃんのお話です。
それほど長くはならないのでおそらくは……全3~4話くらいですかね?
>みんな大好きマッチョは次話です(なんというネタバレ!)
>まあ、ノロノロとこんな更新ですがお暇潰しにしていただけるなら幸いです。