問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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三話

 春日部 耀は現在空中城塞にいた。

 

 十六夜の決死の覚悟で逃された後、アルマの背に乗って避難民の殿を務めていた耀達をまず襲ったのはアジ=ダカーハの分身体達だった。

 耀と飛鳥がそれぞれを相手にし、これをなんとか打ち倒した耀は、新たな力を手にして今度こそ十六夜を助けに行こうと思った矢先異変を感じる。

 

 身に余る過剰な恩恵に、肉体が悲鳴をあげる。それはまだ予想の範疇だった。

 しかし、突如体の自由がきかなくなってしまった。

 混乱した頭でいくつかの可能性を考え、絶望的な真実に行き着く。

 

 生命の目録の恩恵が消失していた。

 

 耀はそもそも病弱な少女であった。ベットの上で1日のほとんどを過ごすほどの。

 それが今ではこうして走り回れるのは彼女の父がある日与えてくれたペンダントの力だった。それこそ、生命の目録。

 

 当時こそ詳しくは知り得なかったが、目録は三毛猫を始め、周囲の動物達の力を蓄え耀に与えた。

 やがて彼女は自由に歩き回れるようにまでなった。

 

 ならば、生命の目録の恩恵が消失すればどうなってしまうのか。

 

 戻ってしまう。自分の力では立ち上がることも満足に出来ないか弱い少女へと。

 

 さらに絶望は続く。

 

 場にいる中で最大戦力であった耀が事実上の戦線離脱を余儀なくされた瞬間、次なる追手として現れたのはマクスウェルだった。

 マクスウェルの目的はウィラだけだ。

 けれどそれは同時に、ウィラを手に入れる為ならばなにを犠牲にすることも厭わないということでもある。

 

 マクスウェルは境界門を破壊し避難民を人質にすることでウィラを追い詰める。途中で駆け付けた飛鳥と、耀と同じく無力と化している黒ウサギまでも箱庭の何処かへ飛ばしてしまう。

 

 みんなの為に、友達の為に、ウィラがマクスウェルに屈服しようかというそのとき、救援が現れた。

 

 空中城塞と共に現れたいくつかの旗。

 

 サラが率いる南の階層支配者《龍角を持つ鷲獅子(ドラコ=グライフ)》を始め、《サウザンド・アイズ》や蛟劉まで。他の旗に耀は見覚えがなかったが、いずれも前者に劣らぬコミュニティであることは周囲の反応からわかる。

 

 そうして間一髪のところを救われた耀達は、避難民と共に一先ず空中城塞へと避難したのだった。

 

 その後の展開を、耀は実際に目にすることは出来なかった。サラから口頭で逐次戦況を聞き、十六夜と信長の元にも救援が向けられたというのも。

 

 あてがわれた部屋で、用意してもらった車椅子の上でただ仲間の無事を願うことしか出来なかった。生命の目録を失えばこうも無力になるものなのかと、己の不甲斐なさが死ぬほど悔しかった。

 

 そんな折、部屋の扉が乱暴に開け放たれた。転がるように部屋に飛び込んできたのはコミュニティの年長組のひとり。

 いつも信長との相撲で一番多く彼に立ち向かい、そして一番泥だらけになる狼の獣人の男の子だった。

 

 

「…………っ」

 

「よ、耀様っ!!」

 

 

 彼の言葉を聞くなり耀は部屋を飛び出した。

 

 長い廊下を車輪を押して進む。恩恵さえあれば疾風の如く駆け抜けられるものを、今はその半分も進まない。果てしなく遠い。

 それでも耀は歯がゆい気持ちさえ原動力に必死に手を動かして、ようやく辿り着いたのは城の一角に設けられた石造りの倉庫。四苦八苦しながら扉を押し開けた途端――――熱気が頬を炙った。

 

 まるで中で火事でも起きているのではないかと思うほどのそれは、実際目の前で大火災が発生していた。

 かつては武器か宝か、はたまた兵糧を蓄えていたのであろうか、それなりに広いスペースを踊るように火が蹂躙している。

 

 しかしそれに怯むことなく、どころか身を乗り出して部屋を見渡す耀は見つけた。

 

 

「信長っ……!!」

 

 

 部屋の真ん中。最も火の勢いが強い中心に少年が横たえられていた。

 

 彼がお気に入りだと言っていた着物は見るも無残に引き裂かれ、至る所に裂傷や火傷が見られる。顔面は血塗れで、無事な場所などどこにも見当たらない。

 彼を中心に床が真っ赤に染まっていた。

 

 それを見るなり無理矢理部屋の真ん中へ進もうとした耀の肩が背後から掴まれる。

 

 

「やめて置いたほうがいい」

 

 

 耀が振り返る。

 

 そこに立っていたのは山高帽に燕尾服を着た老人だった。

 

 

「死にたくないのならね」

 

 

 この老人のことを、耀は少しだけ知っている。とはいっても数分前にサラから紹介された程度ではあるが。

 

 かつて耀の父が率いた東区屈指のコミュニティ、その古参のひとり。名前はたしか、クロア=バロン。

 

 力を取り戻せるかもしれないとクロアに預けた生命の目録のこと。父のこと。

 彼に訊きたいことは山ほどあれど、今はそんなことより大事なことがある。

 

 

「離してクロアさん! 信長が!」

 

「安心……は出来ないが、よく見なさい」

 

 

 悠長にしていれば信長が火に巻かれて死んでしまう。そう思い掴まれた手を振り払おうともがいていたところにクロアがスッと指をさす。

 促されて、示された先をじっと見てみると、気付けた。

 

 これほど勢い良く燃え盛る火は、どうしてか信長に燃え移っていない。よく見れば、まるで信長を避けるかのように不自然に彼の周りだけが無事であった。

 まるで火そのものに意志があるかのように。

 

 

「どうして?」

 

「あれは彼が持つ剣だよ」

 

「レーヴァテイン?」

 

 

 信長が愛用する武具。

 

 普段は持ち主である信長の意志で刀の形をとっているが、時に主の意志に応じて形を大弓や長銃に変えたりもする。

 そのどれもが本来の形状ではなく、そもレーヴァテインは形の無い武器なのだそうだ。

 

 ならばこの炎こそが、レーヴァテイン本来の姿だというのか。

 

 

「レティシア共々回収した途端この有り様でね。危うく中庭の者達全員消し炭にしてしまうところだった。なんとかここまで運んだが……いやはや、昔と変わらず見境がない」

 

 

 そう言ったクロアは赤く爛れた左手を見せてきた。

 

 

「黒ウサギめ、アレは絶対に持ち出さないようあれほど言っておいたものを」

 

「……暴走、してるの?」

 

「さてね。なんにしても今すぐどうこう出来るものではない」

 

「でもッ……! 信長は怪我をしてる!」

 

「わかっているとも。どちらにしてもあれほどの傷を塞ぐ術は今は無い。頼みのユニコーンの角ももう無いのだろう? ――――それに今の君に一体何が出来るかね?」

 

「……っ」

 

 

 思わず俯いて、力の入らない己の両足が視界に入った。

 

 今の自分は恩恵を持たない普通の少女……いや、それにすら劣る。動かない足で、力を持たない自分ではこの炎をどうにかして信長を助けることなど出来はしない。

 

 

「今は自分の力を取り戻すことを考えたまえ。そうしなければ彼だけではない。ここにいる全ての者が同じ結末を辿ることになる」

 

 

 アジ=ダカーハを倒さなければいずれこの城さえ落とされる。そうなれば戦っている者はもちろん、リリ達や避難民までも全員が死ぬことになる。

 それだけはさせない。させてはならない。

 

 

「……わかった」

 

「十六夜君が寝ている部屋で待っていなさい。そこで生命の目録を返し……そうだな、君の父親についても少し話そうか。それぐらいの時間はあるはずだ」

 

 

 コクリと頷いて、耀は最後にもう一度炎の向こうを見やる。

 

 眠るように床に横たわっている信長の容態はここからではわからない。しかしレーヴァテインがこうして顕現している以上、死んではいないはずだ。

 

 

「必ず君も助けるから。だから、もう少しだけ頑張って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強い子だ」

 

 

 車輪を押して去っていく耀の背を見つめて、クロアは零す。

 

 

「それに良い娘だ。お前の娘にしておくのは勿体無い」

 

『クロア、どうしてあの子に嘘を教えた』

 

 

 薄暗い通路の角から声は返ってきた。

 

 それに別段驚くこともなく、老紳士はおどけたように肩を竦めた。

 

 

「司令室でのことか? それなら嘘を話した覚えはないな。話さなかったことがいくつかあるだけだよ」

 

『どれも重要なことだ。生命の目録のことも。お前が召喚された本当の方法も。それに《ウロボロス》にしても、だ』

 

「なら自分で言いにいけよ。なんでこの俺がテメエの尻拭いをしなくちゃならねえ。うざったい」

 

 

 今までの穏やかな口調が崩れ、つい素の調子が漏れてしまう。

 

 しかしそれがどうしたことか。同士の好で彼の娘にも目をかけてやっているというのに、それをさも当然のことのような物言いに腹が立った。

 

 声は、しばらくの沈黙の後返ってきた。

 

 

『……自分で出来ればやっているさ』

 

「ちっ」

 

 

 どこか震えすら感じた声に込められていたのは悲哀か。はたまた怒りか。

 

 彼の事情についてを知っているクロアとしては、少し意地が悪かったと、どこにも向けられない苛立ちを舌打ちで誤魔化した。

 

 

「まあ確かに。生命の目録についてはもう少し知っておくべきかもしれない。あんな可愛い娘にお前と同じ轍を踏ませるわけにはいくまいよ」

 

『すまない。苦労をかける』

 

「まったくだ」

 

 

 一転、空気を変える為に明るい声色で答える。

 

 

「お前といい金糸雀といい、私に重要な所だけ投げおってからに。少しはこっちの身にもなれ」

 

『す、すまない』

 

 

 心底申し訳無さそうに謝る声の主には、これ以外にも心当たりがあるらしい。あってもらわなくては困るのだが。

 

 

「生命の目録にお前の霊格を込めておけ。使いこなせるかはわからないが、なんにしても必ず必要となる力だ。アジ=ダカーハを倒すにはあの娘の……いや、あの2人が必要だからな」

 

『わかった。生命の目録の件を終えたら俺は一度ゲーム盤を出る』

 

「ならば外のことは任せよう。分身体の双頭龍も機をみて殲滅してくれ」

 

 

 並の神霊級を優に凌ぐとされるアジダカーハの分身体の討伐を、まるでついでとばかりに振るクロアの発言をサラ辺りが聞けば果たして無謀だと非難するだろうか。それとも任せた相手の正体を知れば納得するだろうか。

 

 

「ところで――――お前はこれをどう思う?」

 

『…………』

 

 

 ガラリと空気が変わる。

 

 2人の意識が炎が踊る部屋へ集まる。

 

 

「思い出すな。金糸雀の奴が手にした瞬間、あいつの霊格を喰らって暴走した時のことを。あの時はさすがに肝が冷えた」

 

『笑い話で済むものか。下手をしたら七層ごと消し炭になるところだったんだ』

 

 

 昔を懐かしむように目を細めて笑うクロア。

 

 彼等の話は誇張でもなんでもない真実である。

 

 とあるゲームをクリアして得た神器がレーヴァテインであった。

 レーヴァテインといえば、ファンタジー系のゲームや漫画でもよく見る知名度の高い武器である。

 

 強力であることは一目見て理解出来た。しかしその凶暴性はクロア達の想像を遥かに超えていた。

 

 怖いもの見たさというものか、危険であるのを承知で好奇心に負けて手に取った金糸雀。瞬間、彼女は倒れ周囲一帯が消し炭となった。炎は金糸雀の霊格を喰らって燃え続けた。

 クロア達によってどうにか彼女の手からレーヴァテインを引き剥がし、火を消し止めたときには箱庭外の平原をひとつ。森を2つ焼き払った。もしあれが箱庭の中、街中で起こっていたらと思うとゾッとする。

 

 以来、レーヴァテインはコミュニティの宝物庫で厳重に保管されることとなった。

 

 そのときの話を幼い黒ウサギにしてやり泣かしたのは何を隠そうクロアである。あれは可愛かった。

 

 

『あんなものを扱える者がこの箱庭といえど流石にいまいと思っていたが……まさかこんな少年がな』

 

「ハッ、おいおいそこじゃないだろう?」

 

 

 命を司る死神は酷薄に笑った。

 

 

「レーヴァテインなんてものよりも――――この子供が果たして(・・・・・・・・・)何者なのかって話だ(・・・・・・・・・)

 

 

 そう、問題なのは魔炎ではない。問題なのは今この場にいるはずのないあの少年だ。

 

 

「お前の娘達はたしかに俺達が呼んだ。コミュニティ再建を建前に(・・・)、来るべき時の為に呼び寄せた。だが、あれは違う。本来黒ウサギ達の召喚に――――4人目はいない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――お前は何を望む?

 

 

 夢の中で、信長は声を聞いた。




閲覧、感想ありがとうございましたー。

>どもども、約1ヶ月のサイクルが回ってきました。といってもさすが年末に近づくにつれて文字を書くどころか妄想の暇も与えちゃくれません。悲しい。

>耀ちゃんの戦いとかをすっ飛ばしているので前半はほぼあらすじ。中盤から後半にかけてようやく物語……というより信長君のイレギュラー性が明かされました。
そうなんです。信長君呼ばれていないのです。お呼びじゃないのです(意味違う)

>最後は覚醒フラグを立てつつ、次回はどこまでいけるでしょうか。そして何よりいつ頃投稿出来るでしょうか。今週末とか辺りにでも出来たらいいなぁ、と割りと他人事な希望を呟きつつがんばろうと思います!

>ちなみに、かなり前にちょろっと黒ウサギが話していたレーヴァテインのお話が今回のに繋がるわけです。

>ではでは次回早めにお届け出来るよう……寝ます!おやすみなさい!

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