問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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二話

 ズタボロとなった十六夜の瞳に最後の光が灯る。

 仲間の為に、瀕死の体に鞭打って1秒でも長く時間を稼ぐと覚悟したのだろう。

 

 アジ=ダカーハは構えも取らずにじっとその様を真っ直ぐ見据えて――――突如、十六夜とを隔つように現れたそれを見上げる。

 

 人工的な建物。先細りが特徴的な尖塔群。

 それだけではない。

 敷き詰められた石畳の都。街中を流れる川。

 そしてなによりも特徴的なのは、街の中央に座す、鐘楼のある巨大な時計塔。

 

 一度はアジ=ダカーハと十六夜によって更地となった街が甦る。いいや違う。現れたそれは煌焔の都ではなかった。

 

 

『――――――――』

 

 

 思考の途中でアジ=ダカーハはその場から跳躍。膝の動きだけで、一瞬で数十メートルを移動した。

 一瞬遅れて、先ほどまでアジ=ダカーハがいた位置を斬撃が襲った。

 

 蛇のようにうねる軌跡。

 そして影の如き漆黒の刃。

 

 躱して尚追い縋る斬撃を払おうと考えて、アジ=ダカーハの首のひとつが上空からの襲撃者を捉えた。

 

 

「気付かれとったか!」

 

 

 似非臭い訛りが混じった口調で毒づいた隻眼の男――――蛟劉は、アジ=ダカーハが攻撃を払うのではなく同士討ちさせようと動くのを察するなり即座に2本の棍で斬撃を弾く。

 しかしそれで終わらず建物の壁を蹴って空中で軌道を変えると再度アジ=ダカーハに襲いかかる。

 

 

『くだらん』

 

 

 海底火山で千年の研鑽を積むことで仙龍の霊格を得た蛟劉の本気の一撃。それはかつて十六夜をして打倒せしめた。

 

 それを、まともに受けながらしかしアジ=ダカーハは微動だにしない。

 

 

「ちょ……マジか!?」

 

 

 躱された、防がれたならまだしも直撃して無傷とはさすがに予想外だったようで、蛟劉は地面に足を着けると瞬時に距離を取るように後退する。

 

 だがアジ=ダカーハとてそう易易と逃がす気はない。

 龍影で形を成す漆黒の翼を広げる。

 刹那、静止状態から一瞬で離れていたはずの蛟劉に追い付いた。

 

 未だ先の斬撃を放った者達が姿を見せていない以上、急襲される可能性をアジ=ダカーハほどの者が予想していないはずはない。故に、目の前に黄金の炎が巻き上がっても驚きのひとつもなかった。

 

 

「今や、焼き払え!」

 

 

 蛟劉の合図と同時に、羊皮紙と共に地面から噴き出した黄金の羽根。それはたちまち灼熱に変わって大地を焦がしながらアジ=ダカーハに殺到した。

 

 それをアジ=ダカーハは完全に無視して突破する。

 

 そも強靭な肉体も去ることながら、《拝火教》に属する者は皆炎熱に強い耐性を持つ。それは悪神であるアジ=ダカーハとて例外ではない。

 

 だからこそ、アジ=ダカーハは灼熱の羽根が己の腕を焼いたのを見て少なくない驚きを得た。

 

 それは傷と呼べるほど大層なものではない。ほんの僅か、痕を残しただけ。

 しかしそれによって三頭龍の動きが寸断された。

 

 そこへ、

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

 傷だらけの体から流れる血潮で尾を引きながら、拳を握り締めた十六夜が真正面から殴り掛かる。

 

 蛟劉の攻撃にさえ構えることすらしなかったアジ=ダカーハだが、十六夜の攻撃に対しては腕を掲げて受けた。それだけアジ=ダカーハが十六夜を認めているということなのだが、今回に限っては無意味だった。

 

 

「くっ……!」

 

『その体でよくやる。――――が、これで終わりだ』

 

 

 空いた右手の爪が弓のように引き絞られて――――しかし、それが瀕死の十六夜を貫くことはなかった。

 

 アジ=ダカーハの動きが止まった隙に十六夜の体が何者かにさらわれる。

 ボロ布を纏ったカボチャ頭が、しかと十六夜を掴むと安全距離まで離れていく。

 

 それをあっさりと見逃したアジ=ダカーハは右手で掴み取ったそれに目を落とす。

 鉛の塊。

 先ほど動きを止めたのはこれが横合いから放たれたからだ。当たったところでどうということはなかっただろうが、反射的に防いでしまった。

 

 龍の眼がこれが飛んできた方向を見やる。

 

 

「あーあ、惜しい」

 

 

 建物のひとつからこちらへ銃口を向けていた信長は、言葉とは裏腹に然程残念がるでもなくニタニタ笑みを浮かべていた。

 

 何者の攻撃だったのか。その程度わかっていた。わかっていてしかし、いざそれを目の当たりにしたアジ=ダカーハの紅玉の瞳の温度が下がった。

 

 

『惜しくはない。当たっていたところで貴様如き羽虫の力では我の命には至らない』

 

 

 右手を閉じて、開く。強力な力によって粉塵となった弾丸が風に飛ばされる。

 

 

『それにしても、瀕死の仲間を囮に遠方からとは……つくづく見下げ果てた奴だ』

 

「綺麗事を言う人だとは思わなかったよ。あ、龍か」

 

『……貴様は英雄とは程遠い人間のようだ』

 

「200年前は話せる素振りなどみせなかったのに、随分饒舌になったものだ」

 

 

 鈴の音のように澄んだ声は頭上から降ってきた。

 

 財宝の如き黄金の輝きを放つ金糸の髪。西洋の騎士甲冑を纏った吸血鬼の王――――レティシア=ドラクレア。

 

 

「それとも、それほど地下の暮らしは暇だったのか?」

 

 

 嘲弄するかのように言葉を投げかけるレティシアは、しかし普段とは比べ物にならない覇気を身に纏っていた。

 それもそのはず。大切な仲間を傷付けられた彼女の心は今や憤怒に染まり尽くしている。

 

 

「レティシア、挑発に乗るとは貴方らしくもない。事前の作戦ではもう少し戦況を静観するはずでは?」

 

「いやいや、レティシアちゃんが正解や。今出て行かんかったら街ごと吹き飛ばされてたか――――信長君が殺されとった」

 

「ヤホホ、それはご勘弁願いたいですね。主催者として、開催前に舞台を壊されるなど格好がつきませんヨ!」

 

 

 続いて姿を現したのは全身甲冑姿の仮面の騎士、《女王騎士》――――フェイス・レス。

 ランタンを揺らすカボチャ頭、《パンプキン・ザ・クラウン》――――ジャック・オー・ランタン。

 そして七大妖王が一角、《覆海大聖》――――蛟魔王。

 

 尖塔の屋根に降り立つ3人をアジ=ダカーハは3つの首で見上げる。

 

 なるほど。それなりの数と質を揃えてきたものだと三頭龍は感心した。

 蛟魔王の武勇は言わずもがな、女王の側近騎士に吸血鬼の王。カボチャ頭にしてもそれなりの霊格を備えていることを感じる。

 そして本命は、

 

 

「義兄、それに他の者も軽口はそこまでにしなさい。かの魔王は口上を望んでいます。ならば我らも主催者として、毅然とした態度を見せるのが礼儀」

 

 

 黄金の炎で出来た羽根を羽ばたかせて現れたのは、黒髪を結い上げた美女だった。華美な衣装を違和感無く着こなしたその女性こそ、蛟魔王と同じくする妖王が一角、鵬魔王。

 インド神話にて、かの帝釈天に比する王と願われ生を受けた彼女は邪悪なる龍を喰らいあげるとされる生来の神霊。その恩恵は対神対龍に秀でており、アジ=ダカーハの相手としては絶好である。

 

 

「お初にお目にかかります、《拝火教》の魔龍。私は迦楼羅天(かるらてん)が一子、《混天大聖》――――鵬魔王と申します。短い間ですが(・・・・・・)、以後お見知り置きを」

 

 

 軽い挑発には不可視の圧力が込められていた。

 

 それすらアジ=ダカーハは笑い捨てた。

 

 

『ああ、精々私の記憶に留まるよう揃って足掻いてみるといい』

 

「何?」

 

 

 鵬魔王の眉根が跳ねる。

 

 

『同時にかかってきて構わない、と言ったのだ。魔王とはそも存在そのものが世界にとって不倶戴天の敵である。誰でも連れてくるがいい。いくらでも徒党を組んで向かってくるがいい。その悉くを打ち砕いてくれよう。――――個で群を破れずしてなにが魔王か!』

 

 

 アジ=ダカーハが発する覇気に呼応したように溶岩が沸き立つ。

 

 蛟劉達とて相手が人類最終試練となれば簡単にいくとは初めから思っていなかった。それでもこれだけの戦力が揃った今、なんとかなると楽観していた部分もあった。

 

 その考えが如何に甘かったか痛感する。

 

 眼前の存在は正真正銘の魔王。絶対悪。

 その名を名乗って今尚滅せずに生きている化け物だ。

 

 恐れで体が竦んだわけではない。しかし箱庭でも屈指の強さを持つ彼等でさえ、容易に動くことが出来ずにいた。

 

 蛟劉達がアジ=ダカーハに呑まれかけていることを自覚して危機感を覚え始めた直後、膠着は口上をあげた誰でもない者の手によって破られた。

 

 硬質な激突音は、背後から強襲をかけた信長の斬撃をアジ=ダカーハが右腕で受け止めたものだった。

 

 

「惜しい」

 

『何度も言わせるな。貴様程度がこの御旗に挑もうなど分を知れ!』

 

 

 凶爪が袈裟懸けに切り上げる。

 

 一瞬早く身を引いていた信長は完全に躱すも余波だけで吹き飛ばされボロ布のように地面を転げる。

 

 

「信長!」

 

「不用意に動いてはいけません!」

 

 

 レティシアの悲鳴が響く。咄嗟に駆け寄ろうとしたレティシアを、フェイス・レスが珍しく声を張り上げて制止する。

 

 地面を転がった信長はそれでも刀を支えにして立ち上がった。

 白夜叉から貰った着物は無残に裂かれ、足元は震えて定まっていない。額から流れる鮮血は顔の左半分を真っ赤に染め上げていた。

 

 それでも、彼は口元に笑みを浮かべていた。

 

 

「レティシアちゃん」信長はアジ=ダカーハから目を離さずに「十六夜のことお願いね。多分まだ生きてると思うから」

 

 

 言われてはっとしたレティシアは、少し離れた場所で気を失っている主を見つけると今度こそフェイス・レスの手を振り切って駆け寄る。

 

 直前まで戦っていたはずだが、レティシア達増援を確認するなり遂に気を失ったらしい。元よりこれほどの傷で生きていることが奇跡に等しい。

 それでもいつだって無敵であり続けた彼が、こうも弱っている姿にレティシアは普段の冷静さを失うほど狼狽してしまった。

 

 

『案ずるな。どう足掻こうがこの場にいる者全員、辿る道は同じだ』

 

「かもね。でも違うかもしれない」

 

 

 ボロボロの体を押して刀を構える信長に、レティシアは悲鳴のような声をあげる。

 

 

「ま、待て信長! お前だってもう限界だ! ここは――――」

 

「ここは蛟劉さん達に任せて逃げろ? 冗談でしょ。僕はずっとこういう戦を待っていたんだから」

 

 

 普段ならばレティシアやフェイス・レス、それに迦陵といった女の子達に目移りしていそうなものだが、今は違った。信長の目はアジ=ダカーハしか映していない。

 

 

『わからん。貴様が望むものとはなんだ? 貴様は何故戦う?』

 

 

 十六夜は仲間の為に戦った。口では色々言っていたが、十六夜の行動は全て仲間をアジ=ダカーハから守るために一貫していた。

 

 しかし信長は違う。瀕死の十六夜を囮に使う彼に仲間を守る為などという理由はない。さりとて自ら戦場に身を投じて自衛の為とも言うまい。

 圧倒的な力量差を理解していながら尚退かない少年の真意をアジ=ダカーハは測れずにいた。

 

 はたして自分には考えの及ばない理由があるのか。それとも目的があるのか。

 

 そんなアジ=ダカーハの考えを、信長は嘲笑って吐き捨てた。

 

 

「そんなもの、なんだっていいよ」

 

『なに?』

 

「理由なんていらない。目的なんてない。そんな面倒なもの、勝った後に考えればいい。僕はただ、生きている実感が欲しいだけだ!」

 

 

 信長の発言には、アジ=ダカーハだけでなく他の者達も驚きを隠せないでいた。

 

 

『……願いも無ければ信念すら無い、だと?』

 

 

 理由など無く、目的も無い。

 

 信長にとって戦とは最も死を近くに感じられるが故に生を実感出来るもの。それは彼にとって唯一無二の生き甲斐であり、娯楽。

 

 それはたしかにアジ=ダカーハにとって思いもよらない回答であった。そして、この上なく許せない答えだった。

 

 

『貴様は……貴様はこの御旗に挑む資格すらない!』

 

 

 アジ=ダカーハの覇気が増した。周囲の物質がそれだけで粉々に砕け散る。

 

 

『今一度宣言しよう。貴様は肉体の一切も、魂の一片も残しはしない!』

 

「っ――――」

 

 

 踏み込みに途方もない力を込めたアジ=ダカーハだったが、その一歩で体が沈む。不自然に、まるで自重に潰されるように。

 

 

「まったく。一体どんな言葉をぶつければあの魔王があれだけ怒るんや!」

 

 

 輝く羊皮紙を翳した蛟劉が信長を追い越して飛び出す。フェイス・レス、ジャックと続く。

 

 おそらく、いずれかの遊戯でアジ=ダカーハの動きを制限したのだろうと信長は予想する。

 

 

「謎を解く暇を与えたらアカン! 一気に畳み掛ける!」

 

 

 蛟劉は羽織を脱ぎ捨てて三頭龍の懐に潜り込む。白い呼気を吐きながら、気声と共に拳を突き出す。

 先ほどは棍で殴って、棍の方が粉々になったわけだが、今度はアジ=ダカーハの巨体が僅かにだが浮いた。

 

 いくら蛟劉が仙龍の霊格を宿し、いくら武技に優れていようとも、それだけでは大陸に等しい質量を内包するアジ=ダカーハの巨体は揺らがない。それを可能としたのは彼が発動したゲームの恩恵。

 蛟劉は一時的にだが星霊と同等の身体能力を発揮するというものだった。

 

 千年と積んだ鍛錬の結晶。そして星霊と同等の身体能力を発揮して耐える肉体。

 

 それらに称賛を覚えながら、三頭龍の眼は殺気を光らせた。

 

 

『だが迂闊!』

 

 

 体を浮かされたアジ=ダカーハは上。必然的に蛟劉は下に位置する。

 

 このまま落下の速度を利用しつつ腕を振り下ろすだけで容易く蛟劉の肉体を砕くことが出来る。

 

 

「私が受け止めます!」

 

 

 そこへ割り込んだ仮面の騎士。

 

 彼女は身体能力だけでいえば十六夜おろか耀にも劣る。そんな彼女が真正面からアジ=ダカーハの攻撃を受け止めようとしていた。

 

 アジ=ダカーハは標的が変わろうと攻撃を止めない。

 

 フェイス・レスは呼吸を合わせ、二対の豪槍を構える。無論正面から受け止めるのではない。アジ=ダカーハの攻撃の軌道を先読みして、槍を軌道上にそっと置く。爪の先が当たるか否か、彼女は半円を描くように槍を振るい爪を滑らせた。

 大地を砕き海を裂く力は見事にいなされ虚空を裂いた。

 

 ひゅう、と蛟劉が口笛を鳴らす。

 

 反撃は躱した。次は再びこちらの攻撃の番。

 

 

「さあ、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の御通りだ!」

 

 

 普段の奇天烈な口調が霧散する。同時にジャックの姿も変化していた。

 

 真紅のレザージャケットを纏い、同色のスカーフで顔を隠す。手にした大振りのナイフを血塗れていた。

 

 ある時代ロンドンを震え上がらせた稀代の殺人鬼は、今やその身に四桁相当の霊格を宿していた。後見人たる聖人の手により新たに作られたその遊戯は極端に難易度が低い。それを代償に得た力だった。

 

 炎をバネに変え、それでもって虚空を蹴ったジャックの速度は十六夜や蛟劉さえ凌駕していた。

 

 

『小賢しいわ!』

 

 

 間断なく攻めるジャックに業を煮やしたか、アジ=ダカーハは怒声をあげて熱波の竜巻を発生させる。

 竜巻は瓦礫を巻き上げ、倒木を焼き尽くし、巨大な刃となって周囲一帯を破壊して無尽に進む。

 

 だが、火力という点でならば蛟劉達の側でもとっておきがいる。

 

 

金翅(こんじ)の炎よ」

 

 

 鵬魔王。迦陵の黄金の炎が彼女自身に巻き付いて、彼女自身が炎の鳥となる。

 

 炎鳥となった迦陵が瞬く間に竜巻を掻き消して、そのままアジ=ダカーハを狙う。

 

 

「今です!」

 

 

 直後、フェイス・レスの蛇蝎の剣閃とジャックの炎がアジ=ダカーハの動きを寸断させる。

 

 その隙を迦陵は見逃さず襲い掛かった。――――が、

 

 

『無駄だッ!』

 

 

 迦陵の攻撃より一瞬早くアジ=ダカーハへの拘束が解かれる。

 

 しかしすでに迦陵は攻撃の動作に入っており、今更中断して退こうものなら逆に無防備な背中を撃たれる。

 ならばこのまま、アジ=ダカーハと正面衝突を覚悟した迦陵だったが、アジ=ダカーハが振り下ろした凶爪はまたも弾かれる結果に終わる。

 

 振り上げた腕を振り下ろす瞬間。溜めた力を解放するその一瞬。溜めから攻撃に移行する刹那。

 切り替わるそこにたしかな隙が存在する。

 まるで絶妙なバランスで保つ塔に、僅かな、しかし致命的な力を加えて倒してしまうような。

 

 信長はその瞬間を完全に見切ってアジ=ダカーハが攻撃に移る前にそれを止めた。

 

 

(中々いい仕事をするじゃない!)

 

 

 怪鳥となった迦陵が初対面の少年を心の中で褒めつつ、霊格を解放する。

 

 

日輪金翅鳥(ヴァーナハ・ガルダ)!」

 

 

 炎鳥が三頭龍へと突撃。衝突。

 

 小太陽に等しい熱量の大爆発は周囲の物を吹き飛ばすのではなく溶解させるほどだった。

 

 ここを勝機と睨んだ彼女は黄金の翼でもって三頭龍を包み込み更に霊格を解放する。

 眼前の大質量たる魔王を倒せるのは己だけだと、決死で挑んだ。

 

 

『温い』

 

「っ!!?」

 

「迦陵ちゃん!」

 

 

 眩い光を斬り裂いて伸びた白濁色の腕。

 

 驚愕に目を見開いて退避しようとする迦陵だったが、一瞬遅かった。振り下ろされた爪の一撃は迦陵の肩から脇腹を引き裂いた。

 

 不死の特性を活かして万が一に備えて接近していたジャックが即座に迦陵を回収する。

 

 

「一旦退くで!」

 

『させると思うか?』

 

 

 漆影の閃断が蛟劉達を襲う。

 

 咄嗟の判断で全員が跳ぶが、三頭龍の狙いは初めから唯一人。

 信長の足を影が絡め取る。

 

 

『貴様はここで死ね』

 

 

 身動き取れないと理解するや迎撃に刀を抜く信長だったが、まともに正面から斬りかかったところで結果は目に見えている。

 誰もが、次の瞬間信長の体が引き裂かれる光景を幻視した。

 

 

「させません!」

 

 

 それを文字通り身を挺して守ったのは人型となったジャックだった。

 

 ジャックが割り込もうとアジ=ダカーハの攻撃は一切弛むことはなく、ジャックの体を一文字に裂いた。

 体から臓物を零しながら鮮血を撒き散らす。

 

 

「――――!」

 

 

 己を守った仲間を、目の前で血を流す味方を。

 

 なんと信長は足蹴にして飛び越えるとアジ=ダカーハへ斬り掛かった。

 

 それは非道と呼べる行動だった。無慈悲に過ぎる行為だった。

 だが確実に虚を突く手段でもあった。

 

 そのはずだった。

 

 

『いい加減目障りだ』

 

 

 パッ、と信長の背中から血の花が咲いた。

 

 背中から生えた白い突起物がズルリと体の中に沈む。

 それは信長の胸に押し付けていた三頭龍の頭が離れていくのに連動していた。

 

 アジ=ダカーハの頭部を貫通する封印の杭。

 その一本が真っ赤に濡れていた。

 

 

「クソッタレ! 撤退や! 今すぐ回収してくれ!」

 

 

 力なく項垂れる信長の体を支えて蛟劉が叫ぶ。

 

 応じるように主催者達と信長の体が霞のように消えた。

 

 残されたアジ=ダカーハは空中に浮かぶ城を見上げる。

 

 

『空間跳躍か。小賢しい真似を』

 

 

 まあいい、とアジ=ダカーハは踵を返す。

 

 今はルールに守られていようとゲームの謎さえ解いてしまえば関係無い。1匹ずつ、確実に炙り出し始末する。

 

 ダラリとこめかみを伝うそれをアジ=ダカーハは無意識に拭う。

 濡れた血は自分のものではない。

 

 

『まずはひとり』

 

 

 その声には相変わらず不快さが滲んでいた。




閲覧ありがとうございましたー。

>信長君撃沈!そしてアジさんがどれだけ信長君が嫌いなのかを書いたお話でした。

>さすがに3人のゲームを書くのは文字稼ぎ甚だしい&面倒(ぶっちゃけるな)なのでやめました。

>いつも原作を読みながら、頭の隅でゲームをクリアしようと頑張っているのですが今まで一度たりとも解けたことがありません!いかに私の頭が残念なのかは今更語る必要もありませんね!(泣)

>さてさて、思った以上に原作がサクサクと消費されていきます。というのも原作は場面転化して十六夜だけではなく耀ちゃんや飛鳥の活躍を書いているからなのですが、こちらでは影響が無い限り、基本信長君がいる場所しか書きませんので仕方がありませんね。
これはもういっそ『星の光より~』も章を一緒にしてしまった方がいいかもしれません。

>とまあまあ、はたして信長君の運命やいかに!?といったところで次話をお待ちください。

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