問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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七巻 落陽、そして墜月
一話


 《ウロボロス》の宣戦布告から数時間。《ノーネーム》を含め《サラマンドラ》全軍は一旦引き、その間に《サラマンドラ》参加のコミュニティが続々とこの《煌焔の都》に集って来ている。他にも《ウィル・オ・ウィスプ》、《ペルセウス》もそれぞれが戦いに備え残っている。

 ほどなくして、かつて《ウロボロス》のメンバーであったペストを連れたジンが彼等と作戦会議を開いている頃合いだろう。

 

 そんななか、相変わらずそういったものに参加する気のない信長はある一室に足を運んでいた。

 

「やあああああっほおおおおお!! 黒ウサちゃん元気ー!?」

 

 ドカンと扉を蹴破るほどの勢いで部屋へ突入する信長。すると常識知らずのそんな行動に怒り狂った黒ウサギが得意武器のハリセンを取り出して素早いツッコミを――――とはならなかった。

 

「あ……信長さん……。もっと静かにしないと周りに迷惑ですよ」

 

 突入後しばらくぼーっとしていた黒ウサギは、ようやくこちらの存在に気付くなり取り繕った笑顔を浮かべる。おそらく本人はいつも通りのつもりなんだろうが、彼女をよく知る者からすれば見ていられないほど痛々しい姿でしかなかった。

 かくいう信長もそう。

 

「………………」

 

 気が削がれたようで、信長は肩を竦めて彼女が横たわる寝台の横に腰を下ろす。そうして手に持っていた皿を差し出す。

 

「ほら黒ウサちゃんの好きな人参スープ。料理人さんに特別に作って貰ったんだ」

 

「……ありがとうございます。でもごめんなさい。今は食欲が無いんです」

 

 いつも天真爛漫。《ノーネーム》のムードメーカーである黒ウサギが落ち込むのにはもちろん理由がある。

 無いのだ。耳が。

 彼女が大切に大切にしている……謙遜の多い彼女が唯一胸を張って自慢しているあのウサ耳が、彼女の頭頂部から消失していた。

 

 原因は、彼女自身が言うには殿下との一戦にあったのだという。あのとき黒ウサギは必勝を約束された《インドラの槍》、そして《太陽の鎧》を同時に使った。なんでもこの二つを同時に使うと何かしらの罰則が与えられるらしい。

 結果が耳の消失――――というより、正確には神気が失せてしまった。

 時間が経てば経つほど彼女は力を失っていく。今でさえ、最早強力なギフトはおろか超人的な身体能力すら失っている。

 

 落ち込む黒ウサギの眼前に、信長はズイッと皿を押し付けた。

 

「……信長さん?」

 

「駄目。黒ウサちゃん戻ってからなにも食べてないでしょ? このままじゃ倒れちゃう」

 

「でも……」

 

「もし君が倒れたら飛鳥ちゃんや耀ちゃんが泣いちゃうよ」

 

「………………」

 

「それでも食べないって言うなら僕にも考えがある。このまま襲いかかって口移しで無理矢理――――」

 

「食べます! 食べますから近付かないでください!」

 

「……うん。冗談だよ。ちょっと傷付いた」

 

 本気で距離を取る黒ウサギに、今度は信長が目に浮かぶ涙を拭う。

 

 冗談だというのをなんとか信じてもらい――――でも少し警戒されてる――――黒ウサギはスプーンで湯気ののぼるスープを掬い、飲む。

 ――――ぐぅ、と途端にお腹が鳴った。

 

「………………」

 

「………………」

 

 妙な沈黙。

 

 フルフルと黒ウサギが震えている。顔を俯かせて、少しだけ見える顔は真っ赤だった。

 

「ぷ。くっくっくっ……」

 

「わ、笑わないでください! だって、だってー!!」

 

 一応悪いとは思って必死に耐えていた信長だったが、遂に堪え切れず噴き出してしまう。それに黒ウサギは涙ながらに抗議するが、我慢など出来ようはずもない。

 

 スープが喉を通って、体がようやく空腹に気付いたのだろう。それほどまでに彼女は思いつめていたわけだが。

 

 抗議は無駄だと悟ったらしい黒ウサギは諦めて食事を続ける。スープは温かく、体に染み渡っていく。僅かながら元気も出てきた気がする。そんな自分に現金なものだと呆れもした。

 

「やっぱり黒ウサちゃんは可愛いねえ」

 

「ぶほっ!?」

 

 ニヤニヤと食事風景を眺めていた信長の突然の発言にスープが気管に入ってむせた。

 いや、実際彼のこういった発言はいつも通りといえばそうなのだが、今は黒ウサギの精神が弱っていることもあって、面と向かって言われるとリアクションが取れない。

 

「……信長さんは可愛い女の子なら誰にでもそう言うじゃないですか」

 

「僕は正直者だからね。箱庭は可愛い子がいっぱいで嬉しいよ」

 

 心から感じたことを言った信長だったが、すると急に黒ウサギは暗い顔になる。

 

「信長さん、箱庭に来たこと後悔していませんか?」

 

 その質問は唐突で、さしもの信長もキョトンとしてしまう。しかしすぐに彼女の視線が信長の左腕に注がれているのだと気付いて、彼女の気持ちを察した。

 信長の左腕は先の一戦で折れていた。けれどその程度、《サラマンドラ》の医療ギフトを用いればすぐに完治する。実際骨はすでにくっつき、布で吊っているのも念の為だ。

 

 それが、彼女は自分の所為であると思っているのだろう。いや、信長の腕だけではない。彼女は今こうして信長達が傷付き、そしてこれから傷付こうとしていることを危惧している。

 敵は魔王連盟――――《ウロボロス》。十六夜に匹敵する力を持つ殿下。その臣下達も只者でないことは《アンダーウッド》の一件で理解している。戦えば無事では済まない。

 

「前にも言ったでしょ」

 

 信長はいつになく優しい笑顔を浮かべた。

 

「僕は黒ウサちゃん達に感謝してる。退屈でたまらなかったあの世界から、君達はこんな楽しい場所に連れだしてくれたんだから」

 

「でもそれは、黒ウサギ達の都合です。コミュニティを救ってもらおうと、最初は騙してまで無理矢理コミュニティに入れようとしました」

 

「別に気にしてないよ。利用されるのもするのも世の常だ」

 

 利用出来るものは利用するべき。

 弱ければ奪われようと虐げられようと文句は言えない。

 勝った者。力あるもの。

 それこそ正義である。

 

 元いた世界であっても、ここ箱庭でも、それは真理であると信長は信じている。だからこそ信長は騙されたことに本当に不満などなかった。

 それに、黒ウサギ達には騙すつもりはあっても悪意は無かったのだし。

 

「もしかして黒ウサちゃん、今の質問みんなにしたの?」

 

 うぐ、と彼女は喉を詰まらせたような顔をする。

 

「……いえ、まだ」

 

「『まだ』ってことはするつもりなんだ?」

 

「…………だって」

 

 まったく、兎は寂しがり屋だといつだか彼女自身言っていたが、本当にその通りだ。これは寂しすぎると死んでしまうというのも迷信だと笑い飛ばせないかもしれない。

 

「大丈夫だよ。少なくとも僕は気にしてないし、箱庭に来れて良かったと思ってる」

 

 それは多分、十六夜達も同じはずだ。しかし信長の口からそれを伝えたところで今の彼女は納得しまい。ならば彼女の気が済むまま、三人にも同じ質問をするといい。きっと、彼女はその度に泣くかもしれない。

 

 信長は椅子から立ち上がる。ここに来る前、十六夜達は鍛錬場で火龍とじゃれてくると言っていた。今更火龍程度に興味はそそられないが、彼等のやることはいつだって心高鳴らせてくれる。そろそろ顔を出したら面白いことになってるかもしれない。

 

「信長さん」

 

 扉に手をかけた信長の背に、黒ウサギからの声がかけられる。

 

「スープ、ありがとうございました。美味しかったです!」

 

 振り返るとほんの少し、彼女は普段のような温かい笑顔を見せてくれた。

 

 信長もまた頬を緩める。

 

「弱ってる黒ウサちゃんも可愛かったけど、やっぱり笑ってるほうがいいね」

 

 

 

 

 

 

 煌焔の都、第三右翼の宮前、鍛錬場。

 

 十六夜が実力でもって認めさせた援軍の化生達。《サラマンドラ》、《ウィル・オ・ウィスプ》など奇しくも全員が集まったのでそのまま作戦会議となった。

 

 そんな中、相変わらず会議には無関心な信長は集団から少し離れていた。

 マンドラを中心に話が進む。熱心な意見が飛び交う光景を石畳に座り込んで眺める信長はぽつりと零す。

 

「呑気だなぁ」

 

「え?」

 

 隣にいたので偶然耳に入ってしまった耀が訊き返す。

 

「いや、この期に及んでこんな場所にみんなで集まって話し合いだなんて、悠長なもんだなーって思っただけ」

 

 最初、耀は信長の言葉の意味がわからなかった。《ウロボロス》の宣戦布告からまだ数時間。それなのに早速駆けつけてくれた援軍のコミュニティ。加えて今は自分達や《ウィル・オ・ウィスプ》もいる。

 魔王連盟《ウロボロス》を相手に決して余裕があるとはいえないが、充分な戦力が揃っているといえる。それもこんな短時間に。

 今もこうして、十六夜のおかげで迅速な統率が取れて、作戦も順調に決まってきている。早ければ明日中にも大まかな方針は決まるだろう。

 それが彼は気に入らないと言う。

 

 耀の表情から彼女が理解出来ていないと察した信長は、自分で言う割にはいつも通りのんびりとした調子で説明する。

 

「人がいっぱい集まって、まだ指揮系統も定まってない。人が増えればそれだけ統制も取り難い。まあ同盟を組んでいると言っても普段は別々の集団なんだから、仕方ないんだけどねえ。」

 

 戦いにおいて数の優位は重要だ。しかし烏合の衆という言葉があるように、ただ数が多いだけでは時に互いが互いの力を削いでしまう場合もある。

 そう考えると、今のこの状況はまさにそれだ。《サラマンドラ》をトップに据えるにしても、他のコミュニティに関しては縦ではなく横の繋がり。いざとなったとき誰が指揮を取り、誰が従うのか――――いや、誰が大人しく従うのか。

 

「………………」

 

 言われてみて、耀も今の状況の危うさを理解しつつあった。

 同じく隣で聞いていた飛鳥の顔を険しくなる。

 

 二人がようやく理解に及んだと判断した信長は、鼻歌でも口ずさむように告げる。

 

「僕がもし敵で、こちらを狙うなら――――今かな?」

 

「っ!?」

 

 なにがしかを感じ取った耀が頭上を見上げる。空はすでに黒い契約書類(ギアス・ロール)で埋め尽くされていた。

 

『ギフトゲーム名《Tain Bo Cuailnge》

 

 参加者側ゲームマスター、逆廻 十六夜。

 主催者側ゲームマスター、      。

 

 ゲームテリトリー、煌焔の都を中心とした半径ニkm。

 

 ゲーム概要、本ゲームは主催者側から参加者側に行われる略奪型ゲームです。このゲームで行われるあらゆる略奪が以下の条件で行われる限り罪に問われません。

 

 条件その一、ゲームマスターは一対一の決闘で雌雄を決する。

 条件その二、ゲームマスターが決闘している間はあらゆる略奪が可(死傷不問)。

 条件その三、参加者側の男性は決闘が続く限り体力の消費を倍加する(異例有)。

 条件その四、主催者側ゲームマスターが敗北した場合は条件を反転。

 条件その五、参加者側ゲームマスターが敗北した場合は解除不可。

 条件その六、ゲームマスターはゲームテリトリーから離脱すると強制敗北。

 

 終了条件、両陣営のゲームマスターの合意があった場合にのみ戦争終結とする。ゲームマスターが死亡した場合、生き残ったゲームマスターの合意で終結。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗の下、《ウロボロス》連盟はゲームを開催します。

 

 《ウロボロス》印』

 

 鷹の目でいち早く契約書類の中を読み取った耀は叫ぶ。

 

「準備急いで魔王が来た!」

 

「なに!?」

 

 空を見上げ、漆黒の契約書類が降り注ぐのを見つけると鍛錬場が騒然となる。まさしく先ほど信長が指摘した通りになるかと思われたそのとき、

 

「狼狽えるな!」

 

 その一声に水を打ったように静まる。声の主は《サラマンドラ》頭首、サンドラの兄にして腹心、マンドラだった。

 

「全員配置につけ! 作戦通りに行動を開始しろ!」

 

「ですがマンドラ様! 準備が整っていない区域はどうすれば……」

 

「そんなものは魔王との戦いにおいて茶飯事だ! むしろ半ばまでとはいえ準備出来ただけでも僥倖。これより先はゲームの進行に合わせて臨機応変に対応しろ!!」

 

「はっ!」

 

 マンドラの一喝によって恐慌に陥りかけた集団に落ち着きを取り戻させる。特に歴戦たる《サラマンドラ》のメンバーは魔王とのゲームにも慣れているのか迅速に行動を起こす。

 

「へえ」そんなマンドラを見て、薄く笑う信長「サンドラちゃんのお兄さん、意外とやるもんだねえ」

 

「意外は余計だ。それより今し方、巨人達の襲来があったと連絡が入った。黒死病の娘と共に迎撃に向かってもらえるか?」

 

「んー、それは無理かなぁ」

 

「なに?」

 

「GYAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 問い詰めようとするマンドラの声を遮って、野太い雄叫びが都市の中央から轟く。

 

「なんだ!?」

 

「巨人族が都市部に出現!」

 

「馬鹿な!? いくらなんでも早すぎる!」

 

 焦りを吐き捨てながら亜龍達が火龍の鞍に跨って迎撃体制を取る。やや遅れながら応援で駆けつけた者達も戦闘態勢を取る中で、信長――――それとウィラ=ザ=イグニファトゥスだけが虚空を見つめていた。

 

「召喚、氷結結界」

 

 炎の螺旋が漆黒の紙吹雪を巻き込んで収束する。炎の向こうからねっとりとした演技がかった声が響く。

 直後炎の螺旋は氷柱と様変わりし、砕けた。

 

「マクスウェル……」

 

「ようやく我が名を呼んでくれたね。遂に私を受け入れてくれる気になったのかな、我が花嫁よ」

 

 普段ぼんやりとしているウィラが、いつにない硬い声を出す。

 

 すると砕けた氷柱の向こうから、目の痛くなるような青と赤の外套をはためかせる優男が現れた。彼こそが巨人達を都市部へ直接召喚した張本人。ウィラと同じく、境界門を操る悪魔。

 

 マクスウェルは大胆にもウィラの眼前に降り立つとその手を伸ばす。ウィラの髪に触れようとして、蒼炎が主の少女を守ろうと踊る。だがマクスウェルは意にも介さず手を突っ込んで、遂に髪を掬った。

 地獄の炎は間違いなく男の手を焼いている。今もブスブスと肉を焦がしている。しかし彼の顔に苦痛は無く、あるのは歓喜だけ。

 

「ああ……ああっ! やっと君に触れられるだけの力を手に入れられた! この力を得るためだけに、私は時の最果てまで駆け抜けた。この恋心よ君に届けと願い続け――――ウィラ! 私はとうとう君を迎えに来たッ!」

 

「きもい」

 

 少女の拒絶の言葉すら心地良い音色のように聞き酔いながら、なお掬ったウィラの髪に口付けをしようと顔を近付ける。

 

「はーいそこまで」

 

 光の如き斬撃が閃く。一瞬早く察知したマクスウェルは跳躍してそれを躱す。

 

「今だかかれ!」

 

 マンドラの一声に押された火龍達の炎弾がここぞとばかりに空中にいるマクスウェルに殺到する。瓦礫が吹き飛び、塵が舞い、熱風が頬を炙る。

 だが、

 

「ふふ、やはり君とはなにがしかの縁が結ばれているようだね」

 

 粉塵を掻き消して、微笑を浮かべてマクスウェルはそこにいた。火龍達の一斉射撃に、まるで何事もなかったように。

 

「そうは思わないかい? ノブちゃん」

 

 一方で、ウィラとマクスウェルを引き剥がした長刀を肩に担ぎ直して信長は笑った。




>閲覧ありがとうございます

>長らくご無沙汰でございましたー。お久しぶりでございますが、ようやく再開致します。――――が、最新刊お読みの皆様はご存知の通り、今だアジさんとの決着はついていないのですが、さすがに私も我慢の限界で書き始めてしまいます!まだどこまで書くかは決めていませんが、どうぞ再びよろしくお願いします!

>お気付きの方もいますでしょうが、あまりにも問題児を書けなかった私は暇な時間を使って一話から順に書き直しています。まあそっちはメインでないので、しばらくは最新の進行をしていきますのでご安心を。
ちなみに、改丁版(?)は大筋は変わらずともちょこちょこ内容を変えていたり、信長君のキャラを今よりもう少し定着させていたりと所々変えています。お暇があれば読んでやってくだされ。

>ではではまた次話で。


>以下、10巻ネタバレ有りなので注意!!












熱いぜええええええええええええええ!なんかもうオールスターで「え?これ最終回近い??」とか逆に不安になってしまいましたー。まあ一部完らしいので間違ってはなかったですが。
これは熱い!もう胸熱通りすぎて私炎上しちゃってます。
そしてそれでも負けないアジさんどんだけチート性能なんですか。一部完まであと二巻らしいですが、もう早く次をください!

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