問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
今章唯一(の予定)の真面目回
アンダーウッド・川辺の放牧場。
穏やかな陽気のもと、眩むような日差しが水面を照り返す。気候と同じように緩やかな流れをした大きな溜池のようにさえ見えるアンダーウッドの川。
そこに一つの影が浮かび上がり、徐々に大きくなったそこから顔を出したのは、水浴び中の信長だった。
「ぷはっ!」
いつもは適当に流している長い髪を大雑把に括った尻尾のような黒髪が、ブルブルと顔を振る動きに合わせて正しく尻尾のように振られる。
信長がこんな所で呑気に水遊びをしているのには理由がある。
まず一つは彼が泳ぎたかったから。この理由が理由の大半であるものの、他にも理由はある。彼はとある幻獣を訪ねてここに来たのだ。――――正しくは、信長は彼女達の付き添いであるのだが。
不意に横を大きな何かが通る。信長は見上げた。水中とはいえ、見上げるほどにそれは大きかった。
それは馬だった。しかしそれは彼の知る馬の姿とは少々変わっていた。たてがみには魚のようなヒレ。潜ってみれば蹄には薄透明の水かきが見えたことだろう。何より、それは陸をひた走る馬ではなく水辺を棲家とする海馬であった。
水の上を走る馬。それこそが幻獣、ヒッポカンプなる存在だった。彼等がここに訪れる理由が、この幻獣に会うためだった。
てっきりそのまま素通りするのかと思えたヒッポカンプは信長の側で静かに止まった。水中で見上げると陸で見たのよりずっと大きく感じる。そんな海馬の背中からひょこりと顔を出す少女がいた。
「耀ちゃん!」
海馬の背に乗っていたのは耀だった。彼女の風貌もまた信長同様変わっていた。彼女のは黄色い水着を着用しており、髪も後ろに纏めつつピンで止めている。といっても、変わっているのは髪型だけで、どこかの神様の撥水性の恩恵にかまけていつもの着物姿のまま泳いでいる信長と彼女の変化を同一するのは失礼だったかもしれない。
「水浴び気持ちいい?」
「うん! やっぱり暑い日は水浴びにかぎるよね。ここは水も凄く綺麗だし」
絶賛しながら器用に耀が乗るヒッポカンプの回りを泳ぐ信長。元々泳ぐのが得意であり大好きな彼の上機嫌な様子に、ヒッポカンプの上の耀は自分も泳ごうかとうずうずしていた。しかし今乗ったばかりのヒッポカンプの背から降りるのも、と迷っていた彼女は信長に呼ばれて下を見下ろす。
「耀ちゃん、その水着凄い似合ってるよ」
「……ありがと」
真っ直ぐな賛美に思わず赤くした顔を信長の視線からヒッポカンプの背に隠した。
さて、信長達がここに来た理由だが、明日はいよいよこの収穫祭でも目玉である《ヒッポカンプの騎手》のギフトゲームが開催される。ゲームへの参加資格はおおまかに二つ。水上を走る幻獣とそれを操る騎手の存在だ。けれどそう都合よく全てのコミュニティが水棲の幻獣を有するわけではない。かくいう《ノーネーム》も他に漏れず。
そこで運営側はこの《アンダーウッド》の生息する幻獣、ゲームの名ともなっているヒッポカンプを無償で貸し出している。但し、運営に騎馬を借り入れる場合、参加資格に一文が追加される。『本部に海馬を借り入れる場合、コミュニティの女性は水着必着』……と。当然こんなふざけきった――――本人は至って大真面目――――ルールを加えたのはとある白髪の駄神様である。
今日ここにやってきたのはゲームで乗るヒッポカンプと参加する女性陣の水着を選ぶため。
「!」
ぼんやりとたゆたっていた信長の真横に波が立つ。
「ぷはぁ」
そちらに目を向けてすぐ水面から顔を出したのは耀。どうやら結局我慢出来ずに飛び込んだらしい。
顔の水を拭った耀と目があった。
「やっぱり気持ちいい」
「でしょ? それにしても耀ちゃんは泳ぐのも上手なんだねえ」
「うん。イルカやペンギンとも友達だから」
イルカやペンギン。どちらも信長は知らない動物だが、聞く所によるととても頭の良い鯨の仲間、空を飛べない泳ぐ鳥らしい。未来、もしくは別の世界というのは本当に不思議な生き物が多いのだな、と信長は楽しくなる。
「それじゃ黒ウサちゃんのところまで競争しようか?」
「いいよ」
信長の挑戦に微笑みと共に受けて立った耀。その手が伸びてある方を指さした。
「負けた方があそこのアイス驕り」
川辺にある『氷』の一文字を掲げた出店。
「乗った」
「ヒポポタママさんもね」
「ヒポポタママさん?」
首を傾げる信長の横でヒッポカンプが嘶きをあげた。
「この子の名前」
「へー」改めて傍らの海馬を見上げて「よろしくね。ヒポタマさん」
にへらと笑う信長。きっと、この場に飛鳥がいればツッコミの一つぐらい入れてくれたかもしれない。
「よーし……じゃあよーい、どん!」
今ここで、明日のレースに向けた前哨戦が始まった。信長の号令と共に耀とヒポポタママは
「えええええ! 二人して水の上走るのはさすがにずるくない!?」
信長の悲鳴のような抗議も虚しく、無情にも二人は揃って黒ウサギの元まで辿り着くのだった。しかし彼女達は決してずるをしたわけではない。箱庭風に言わせてもらうなら、水の上を走れない信長が悪いのだから。なお、二人がゴールした際、勢い余って立った波が浅橋でうなだれていた黒ウサギにぶちまけられてずぶ濡れになっていたりもした。
★
ヒポポタママの背の上で信長に驕ってもらったアイス棒を嬉しそうに頬張る耀。ヒポポタママも水草を美味しそうに食んでいる。
そんな二人を、浅橋に腰掛けながらかき氷を突きつつ眺める信長。得意の泳ぎで惨敗したことは悔しいが、彼女達の嬉しそうな顔を見れたからまあ良しとしながら、掬った氷を食べる。美味しい。けど頭が痛い。
ふと、背中に視線を感じた。振り返って目が合うと、その人物は大きく肩を跳ねさせてしゃっくりのような悲鳴をあげて麦わら帽で顔を隠した。顔を隠してもそれが誰なのかは丸わかりだ。
「飛鳥ちゃん?」
「………………」
彼女は答えない。うなだれたまま、体を腕で隠すように抱えて縮こまっている。
彼女の格好も耀と同じくいつもとは違っていた。下半身を大きめの布で隠したそれは耀の水着とはまた違った色気を感じる。もちろん色は彼女のお気に入りの赤。今は水着と同じように赤くなった顔を麦わら帽で隠している。
何も言わずに向き合うこと十秒足らず。耐えられなかったのはやはり飛鳥だった。
「黙ってないでなんか言いなさいよ!」
ヤケクソのように帽子を取ってがなる飛鳥。生粋の昭和女子である彼女には、これほど肌が露出した格好で出歩くのは裸に等しい。無論本当に裸になったら自殺しかねない勢いだが。
時代が時代であった信長も飛鳥の思考はわからなくもない。わからなくはないが、
「なんで隠すのさー? 凄い似合ってるのに」
「うんうん。似合ってるのに」
いつも通り、素のままの感想を述べる信長。平常時の飛鳥なら呆れた顔でも浮かべる場面だが、今はそんな余裕もなく喉を詰まらせたように硬直する。一度は吹っ切って黒ウサギが進めるまま水着を着たものの、やはり異性である信長に見られるのは別だった。
そんなこんなで思考が止まりかけていた飛鳥は、彼女の心情を察した上で楽しそうにしている耀を見つけて僅かに余裕を取り戻す。
羞恥心を怒りで塗り潰し硬直を解くと、今まさに耀が口の中に迎え入れようとしていたアイスを横から奪い取って一口で平らげた。
「ああ……」
悲しそうな声をあげる耀。
「酷い、飛鳥」
シャクシャクと咀嚼する飛鳥はフン、と顔をそらす。アイスの冷たさが熱かった顔の温度をいくらか下げた。
「それより春日部さん」麦わら帽をかぶり直して「信長君に言うことがあったのでしょう?」
「あ」
そうだった、という顔の耀。
「信長、私達とチーム組まない?」
「チーム?」
ピンときていない感じの信長に飛鳥が尋ねる。
「もしかして貴方も明日のルール変更を知らないの?」
「うん」
仕方ない、というように説明してくれた彼女が言うに、明日のギフトゲーム《ヒッポカンプの騎手》のルール変更は女性陣の水着着用に加えてもう一つ。参加者は騎馬である幻獣を除いて三人のサポートをつけることが出来ることになったのだ。
そのルール変更を聞いて、信長は心の中でなるほどと納得した。それは昨夜の白夜叉の言葉を知っている彼だからであり、知らない者達にとってはただ単にゲームがチーム戦となり戦略の幅が広がった、程度にしか感じていないだろう。
「騎手は私が。サポートに春日部さんと、まあ十六夜君も誘えば乗るでしょう。それでサポート枠がもう一つ空いてるのだけれど」
「お願い、出来ない?」
その言葉に、信長は思わず笑みが零れた。耀は以前、仲間を頼ることが出来ず独断専行で大きな傷を負った。火竜生誕祭では頼ることと甘えを履き違えて叱咤された。飛鳥も、前までならこうも素直に頼ることは出来なかっただろう。それも仕方がない。彼女達は元いた世界で限りなく上位の存在だったのだ。決して少なくない驕りがあった。
それが今やこうして真っ先に仲間を信じて頼り、信長にまで助力を願うようになった。
それを弱さと断じる者もいるだろう。一人で戦えない、弱者の馴れ合いだと。
そうなのかもしれない。しかしこれだけは言える。彼女達は間違いなく変わった。そして変われたということは今より、そして昔より強くなれる可能性を秘めている。変化の無い者にそれ以上の強さは得られるはずはないのだから。
故に信長は嬉しい。彼女達が今より強くなることが。その可能性を秘めることが。
いつか彼女達は信長の期待通りに、期待以上に強くなるのかと思うと、嬉しくて堪らない。
「気味が悪いわね。何を笑っているのよ」
「気持ち悪いよ、信長」
「えっへへー」
「「???」」
急に上機嫌な信長にわけがわからず顔を見合わせて首をひねる二人。
「それで?」
「ああ……うん」今度は急に歯切れが悪くなった「ごめんねえ。喜んで! ……って言いたいとろこなんだけど、実は僕やらなくちゃいけないことがあってさ」
「そう……」
「………………」
彼の性格を鑑みるならてっきり二つ返事かと思っていた二人は僅かに驚いた顔をした後、目に見えて気落ちしていた。それはそれだけ彼女達が信長と共に戦いたいと願っていたからでもある。
その反応に狼狽する信長は、俯く彼女達の口端がつり上がるのに気付かなかった。
ドン、と気付いたときは浅橋から水の上へと突き飛ばされていた。
高々と水柱を立ち昇らせて、やがて水面から出てきた彼の顔は珍しくキョトンとしたものだった。
「まったく、こんな可愛い女の子達からの誘いを断るだなんて」
「信長のばーか」
彼女達は笑っていた。何故なら彼女達は信長を心の底から信頼しているから。この程度で揺らぐほど弱々しい繋がりなどではない。そう信じているから。
それは彼女達が信長と同じ位置に立っているからこその笑顔だった。それは彼が、元いた世界で求めて止まず、終ぞ手に入れられなかった対等な存在。
そんな彼女達の信頼を、まさか信長があんな形で裏切ることになることを彼女達はまだ知らない。
★
一方その頃、アンダーウッド・貴賓室ではちょっとした宴が開かれていた。
この部屋は巨龍との戦いで傷を負った英雄、グリーの療養としてサラが用意したもの。
そこにまず現れたのは十六夜。なにせグリーの傷はグリーが十六夜を庇って負ったものだ。誰よりも彼はその傷を気にかけ、そして称える者であった。その次に現れたのは《六本傷》の元・頭首のガロロ。それとキャロロだった。
ガロロ達が持ち込んだ酒もいい具合に回り、いつになく気分の良さそうな十六夜はふとガロロに尋ねる。
「ところでどうだ? 元・《階層支配者》の参謀だったあんたから見て、女子組は芽がありそうか?」
元・《階層支配者》参謀。何を隠そうガロロはかつての《階層支配者》、ドラコ=グライフの盟友であった。数多のギフトゲームを制し、ドラコと共にこの箱庭で名を馳せた強者の一人。
それを知った耀は巨龍の一件の後、彼に師事を請う。新たな力を使いこなすため、そして今よりもずっと強くなるため。そしてそれは、大切な友達を守るために。飛鳥も思いを同じくしてガロロに頭を下げたのだ。
尋ねられたガロロは杯のラム酒を煽り、楽しげに笑った。
「ああ、勿論だ。才能だけならありすぎるほどだ」
「そりゃいい」
「いいことばかりじゃねえさ。――――といっても耀お嬢ちゃんの方はあまり心配いらない。独断専行のきらいはあるが、あの子はほとんど完成されてる。特に手を加えなくても勝手に強くならぁな」
「ってぇーと、問題はお嬢様か?」
「問題、と言っちまうと可哀想だがな。あの子はあまりにもギフトが特殊過ぎる」
十六夜が空いた杯に酒を注ぎながら続きを促す。
「ギフトそのものは凄まじい。だがそれに見合うギフトが無え」
十六夜はまだ飛鳥の新たなギフトの効果をこの眼で見たことはなかったが、なんでも護身用程度に持たされたギフトで神霊級のギフトを打ち消したというのだ。しかし後すぐにそのギフトも壊れた。耐えられなかったのだ。与えられた力に。
「安物っつってもタダじゃねえ。それにそんなところでケチっていざってとき役立たずじゃそれこそ意味がねえ」
「そりゃそうだ。それにしてもお嬢様も随分変な才能を持ったもんだな」
ヤハハ、と十六夜は笑う。金にしろ労力にしろ、惜しんだ結果死ぬことにでもなれば悔やんでも悔やみきれない。
とはいうものの、飛鳥がガロロに師事を受けたこの半月で彼女が壊したギフトの数はなんと二十四。神格級のものではないとはいえ決して安物ではないにも拘わらずだ。幸いにも巨龍の一件の礼として、ガロロが壊したギフトについて金銭の請求をしなかったのは本当に助かった。そうでなければ彼女がギフトを使う度、《ノーネーム》での毎日のおかずが一品ずつ減る羽目になる。結末は金欠地獄だ。
現段階で彼女の全力のギフトに応えられるのはディーンだけ。つまりディーンクラスのギフトが無ければ彼女のギフトはまさに宝の持ち腐れとなってしまいかねない。
『変の度合いで言ったらお前もだろう、十六夜。最強種を一撃で屠るなど』
珍しくツッコんだのはグリーだった。もとより只者ではないと思っていたが、今回の一件を間近で見て改めて目の前の少年のデタラメさを知った。それなのにグリーが彼に対して恐怖を感じないのは、彼の強大な力以前に、彼という人間そのものが好ましいと思えるからだろう。彼の不器用な優しさを知っているから。
和やかな歓談が過ぎる中、グリーの発言を聞いたガロロの表情がどこか強張った。
「ああ……そして
「信長か?」
ガロロの声に先ほどまでとは打って変わった緊張のような硬さを感じ取った十六夜はガロロに向き直る。
「でもよ、あいつの場合そこまでぶっとんだもんでもないだろうよ」
信長のギフトの真の力は未だわからないが、今の段階で答えを出すならギフトのコピー。耀のように友達となった動物、といった制約こそ無いものの、コピーの精度はまちまち。それに全てのギフトをコピー可能、というわけでもないようだ。
汎用性は高いが安定しない。特殊性においても十六夜はもとより、飛鳥や耀と比べても見劣りする。
十六夜の考えを肯定するようにグリーも頷く。ガロロだけが未だその表情を硬くしたままだった。
「ギフトに関してはその通りだ。俺が言ってるのはボウズのルーツさ」
「興味深いな。聞かせろよ」
身を乗り出して期待に口元を笑みで形作る十六夜。
ガロロは数瞬何かを迷ったように間を置いてから、やがて話しだした。
「それを話す前に飛鳥お嬢ちゃんのルーツだが……これについちゃなんとなく予想はついてる」
ガロロは本題の前にそう切り出した。
たしかに、飛鳥のルーツについても気になるところはある。あれだけのギフトを持って生まれた彼女のルーツ。それについて十六夜も是非とも聞きたい内容であった。
ガロロは言った。彼女は先祖返りの一種であろうと。但しこの場合の先祖返りとは十六夜も知るそれではなく、彼女の出生に神霊、もしくはそれ以外の何者かの奇跡が関わっていたのだろうというもの。それも一度ではなく何度も。
例えば、子が出来ない人間の夫婦に地母神のような存在が子を授けたりすれば、その子供は夫婦以外に神霊という系統を宿す。するとその子供はちょっとした高位生命になる。
飛鳥は、おそらくそんな奇跡を十世代近く繰り返した末、生まれた存在だろう。それならば彼女のギフトも頷ける。間違いなく彼女の能力は与える側、神霊達のような力を宿している。
「しかしそれが全てってわけでもない」
「どういうことだ?」
「神霊は血筋じゃなれないのさ。いくら神霊の恩恵を受け続けて生まれた限りなく神霊に近い生命であろうと、そも神仏の類でもなけりゃそれは神霊にはなれない。人が神霊に至るには《一定以上の信仰》が必要になる」
信仰。それは別に感謝し崇め奉るようなものでなくても構わない。たとえ恐怖とう形でも構わないのだ。
かつて八千万の死という規格外の功績を積み上げたのがペストだった。しかしそれだけの功績を持ってしても彼女は神霊に至ることはなかった。それは黒死病という存在が、やがて人々にとって恐怖する対象で無くなってしまったから。
偉大な神にしたって、忘れられてしまえば信仰は消え失せてしまう。
ガロロの話を聞いて、十六夜は益々飛鳥の存在に引っかかりを覚える。彼女は間違いなく人間だ。それもまだ自分と同じ程の年齢のうら若き少女。
そんな子供が果たしてどんな行いをすれば神霊に至れるほどの信仰を得られるというのか。
「ボウズは立体交差並行世界論――――通称、
「前者は。後者は初耳だ」
「歴史の転換期は人類だけでなく、一生命体の単位で観測される節目の時期をさす。大規模な戦争や、生態系が変わっちまうほどの天変地異とかな。これは大まかだが起こる時代が決まっている。だからこの時期は歴史の収束を促すため、あらゆる恩恵が生まれる。だからコミュニティのルーツを辿ると伝承、伝説、史実上の人物に行き渡るわけだ」
歴史の収束……いくつもの世界の歴史を一つの結果へと導くためのピースとしてギフトが生まれる。
「それがお嬢様になんの関係があるんだ?」
「お嬢ちゃんの時代は敗戦直後だったんだろう?」
『ああ、なるほど』。口にはせず、十六夜はガロロの言わんとすることを理解した。
飛鳥の時代は敗戦直後だった。どんな戦争だったのかはわからないが、それはきっと国中の人間が不安に陥る出来事だっただろうことは間違いない。
そんな中で生まれた偶像。自分達を救い、導き、よりよい世界を創造する救世主の存在。いや、それは偶像というより人々の願望であったのかもしれない。そしてそんなものもまた、人々の信仰に他ならない。
飛鳥はそんな偶像を具現化する存在、もしくはその候補者であったのだろう。家柄は五指に入る大財閥。血筋は神霊。器もブランドも十二分。彼女自身が功績を積み上げなくとも、たとえ人々が彼女を知らなくとも、皆が願い求めた存在として、彼女は人々の信仰を得ていたのだ。
しかしそうなると新たに別の疑問が湧く。歴史の収束――――そのために飛鳥が生まれたのならば、他の世界でも同様の事象を確認出来ていなければならない。けれど少なくとも十六夜は《久遠》という名の財閥に心当たりはない。
その違和感の正体はわからない。だがそれ以上に、今はここからわかる異常性に戦慄する。
「歴史の転換期……歴史の収束……。その理論でいくなら信長の在り方は異常だ」
『どういうことだ?』
「私にもなにがなにやら……」
ガロロの感じた違和感に追いついているのは十六夜だけ。グリーとキャロロは疑問符ばかりが浮かぶ。
「いいか? 今の話を基にして考えれば、信長は俺達の中で最も真っ当な召喚をされた。お嬢様の時代、春日部の時代、そして俺の時代でも《織田 信長》という人間は実在し、そしてほぼ同じ生涯を遂げていた」
それは彼と初めて出会った、十六夜達が箱庭に召喚されたその日に確認出来ていたことだ。両親、兄弟、彼に仕えた臣下、彼を裏切り殺した部下も、その後栄える者の名も一致しなかったが、彼の名と一生の記録だけは三人共に同じだった。
つい先程ガロロが話した歴史の転換期。間違いなく彼はそこに関わる人物であり、立体世界においてペルセウスや蛟魔王といった彼等と同じ存在なのだろう。そして彼は正真正銘その人物として箱庭にやってきた。彼等が知る、歴史の表舞台に出るより前の少年としての彼が。それは、いい。それだけなら何もおかしくはなかった。
「だがその理屈でいくなら、あいつはあのまま元の世界にいたなら、戦乱の時代を瞬く間に蹂躙し、最期は天下統一を目前に裏切られ死ななくちゃならない。いいか? あいつは夢半ばで死ぬんだ」
『そういう、ことか……』
「え? え!?」
そこまで話してグリーもようやく辿り着いた。まだわからないキャロロに向けて、否、十六夜自身己の中で再確認するために口に出してその違和感の結論を話す。
「なら――――
「あ……」
これが矛盾の正体だった。
歴史の収束の力は強大だ。かつて黒死病に侵され死んでいった怨念達。如何なる世界であろうとも決して変わることのなかった死を強要された者達。そんな『カノジョタチ』は、箱庭に召喚されてさえ未だその結果を覆せていない。それほどに歴史の収束は、運命は強固なのだ。
しかしそれならば彼はどうだ。擬似的にとはいえ空を飛び、十六夜という規格外の人間と張り合い、遂に箱庭でも最強種と呼ばれる巨龍を素手でかち上げた彼を、一体どんな手段でただの人間が殺せるというのか。
斬殺。暗殺。謀殺。奇襲。裏切り。数による圧殺。
少なくとも、十六夜にはそのどれもが現実味を感じない。たとえ彼以外の全ての人間が結託したとしても、彼を殺せるとは思えないのだから。
そもそも彼の最期は『部下に裏切られ殺される』だ。しかし肝心の部下は十六夜や他二人の歴史を照らし合わせても皆バラバラの名前だった。それはつまりその存在が歴史の転換期に関わるほどの特殊性を持たないことを意味している。
信長は飛鳥とは逆だった。その存在が未だ明確ではない飛鳥と真逆。その正体がはっきりしているからこそ、その運命に逆らった存在の異常性が際立つ。あるいは、
「お前みたいな存在が同じ世界にいたなら話は別だがな」
ガロロは半笑いで十六夜を見た。
十六夜は肩を竦める。
「いないだろうな。多分」
だろうな、とガロロも言う。
わかっていたことだ。十六夜ほどの存在もまた、そうほいほい存在するはずもない。
そうなればこの違和感の解答は二つ。歴史の転換期の絶対性の疑問。そして、
「なあボウズ」最後だというようにガロロは問いかけた「あれは本当に《織田 信長》という名の人間なのか?」
彼そのものに対する疑念だ。
お久しぶりでございまする。閲覧ありがとうございます!
>終わったああああああああ!!(色々な意味で)
改めまして、お久しぶりです。えーおまけを除けば約二ヶ月ぶりの更新と相成りました。お待ちしてくださった方々はほんっっっっっとうにありがとうございます。
>書いてるときはそれほどでもなかったですが、禁止するとひたすらに書きたいという衝動が襲ってきました。おかげで今回の更新分は、試験終わって同僚と酒飲んでカラオケ行って寝不足のまま家帰ってから一時間しないで殴るように書いた!結果長くなりましたw
まま、試験終わってもやらなくちゃならないことは色々ありますが、とりまえず停止期間は抜けますので以前ぐらいのペースで書いていくと思われます。
>ちょっと雑談。
執筆禁止中、妄想する時間が増えまして(勉強しろ)書きたい作品が一気に増えましたねー。
禁書は以前から言ってるとして、他には鋼殻のレギオスとか、進撃の巨人とか、なのはの映画二期(?)とか、SAOとか、アクセル・ワールドとか、あと前に書いたISの続きを友達に書いてくれとも言われました。なんでも今度アニメの二期がやるそうな?
衝動のまま書いてもいいけど確実に何作品かは放置になってしまうから迷い中。でも近いうちどれかは書こうかな、と。
まま、そんな感じの復帰&その後予定ですね。
とりあえず、貯まってる小説読もう!デュラララとかSAOとか問題児とか!!!!