問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
「まったく、信長君は一体何を考えてるのかしら!?」
地表を目指して走る一同。いの一番に駆け出すなり皆を置いて地表へ飛び出した少年を思い出して飛鳥は腹を立てる。状況がわからないうちは固まって行動するべきだという注意を呼びかける暇もなかった。
ようやく地上へ上がった彼女達が目にしたのはほぼ壊滅状態にある《一本角》と《五爪》。警戒の鐘からいくらも経っていないのに、これはあまりにも妙だった。
すると一頭のグリフォンがこちらへ向かって飛んできた。耀の口ぶりからそれがグリーだと判明する。雄々しく艷やかだった羽も乱れ果て、後ろ足には怪我も窺えた。その姿はそのままこちら側の劣勢を物語っていた。
飛鳥は戦場を見渡す。目立つことこの上ない四文字の漢字を刻んだ背中は発見出来なかった。
★
何体目かしれない巨人が足元に転がる。四肢を斬られたもの、体の一部が炎上しているもの、完全に灰になって形すら残っていない死体がまばらに打ち捨てられている。
地表に出るなり例の琴の音を聞きつけた信長はその源目掛けて戦場を駆けた。道すがら巨人共を斬りつけながら。
琴の音と戦闘、繋がりを問われれば勘だとしか答えられない。強いて言えば北で出会ったラッテンが笛の音でネズミを操っていたようにこれも何らかのギフトなのではないかというのが勘が働いた理由だ。案の定、音に近付くほどに巨人の出現率が高い。
不意に音にならない笑いが零れた。ついさっき自分自身が歪んでいると自覚しておきながら、こうして戦いが起こればいの一番で駆けつけて危険な臭いのする方へ自ら進んでいる。そしてそんな自分をまるで気味が悪いと思えない。むしろ心は躍り、体はすこぶる調子が良い。
「ハハ」
今度はしっかりと声を出して笑った。――――瞬間、視界の端で何かを捉えた。半ば反射的に構えた刀に衝撃。足を止める。
濃霧の先に人型のシルエットが見える。目を凝らせばそれが白銀の鎧を纏った女性であるとわかる。さらにえば彼女は飛鳥を救った人物だ。どうやら向こうも信長の存在に気付いたらしい。
「貴方も敵でしょうか?」
斬りかかってきた後の言葉とは思えない。非常識過ぎる質問に、しかし彼もまた非常識で答える。
「敵だなんてとんでもない。僕は女の子とは仲良くしたいと思ってるよ。君ともね」
鎧の女性の反応は無い。仮面で最初から顔は見えないが、見えても特に変化がないのだろうな、と思えるほどの無反応だった。
「どうやら敵ではないようですね。すみません」
抑揚のない声で彼女は謝罪する。もしかしたら飛鳥と一緒にいたときのことを思い出してくれたのかもしれない。
「気にしてないよー。でもそうだなぁ、良ければ名前を教えてくれない? ちなみに僕の名前は織田 三郎 信長」
「フェイス・レスです」
「フェイちゃんだね! 名前と一緒に是非とも顔も見てみたいところだけど――――」
信長の刀が閃く。ほぼ同時にフェイス・レスと名乗った女性の剣も閃いた。交差する剣閃は互いを避けて相手の背後へ。濃霧を切り裂いた先で、巨人が倒れた。
「強いね」
返答はない。構わず続ける。
「どうかな。ちょっと僕と戦ってみない?」
「私も貴方には少し興味があります――――が、この状況でそれは止しておいた方が身のためです」
再び琴線が弾かれる。信長がそちらへ視線を向けるとフードをすっぽりかぶったローブの人物が一体の巨人の肩に乗っていた。大きさだけなら信長達と同じ人間。少なくとも巨人ではあるまいが、その光景を見る限り間違いなく巨人側の人物。つまり敵だ。ちなみにフードから覗ける特徴を見る限りその人物は女性だった。
「うーん。嬉しくて困っちゃうなぁ」
無論、女性に囲まれたこの状況が。ふとフードの奥で女性が笑ったように見えた。
ぞろぞろと現れる巨人達。それも誰も彼もが装備類に身を固めている。前回のことを踏まえるならそれが巨人達の精鋭と雑兵を見分ける方法だ。それが少なくとも十体。
「これでも嬉しいですか?」
フェイス・レスまで微笑を浮かべる。意外とお茶目なのかもしれない。
「GYAAAAAAA!!」
巨人の咆哮と共に二人は後ろに跳ぶ。信長は着地と同時に前へ。前回の戦いで巨人達の力量はわかっている。十という数は厄介だが、それもフェイス・レスがいれば問題にならない。
その計算はいきなり狂わされることとなる。ローブの女性が弾いた琴の音。途端意識がぐらついた。
勢いが緩んだ信長目掛けて振り下ろされた曲刀は、横合いから当てられた剣戟に弾かれた。
「ありがとう、フェイちゃん」
一旦下がって礼を言う。彼女の手にはまるで鞭のように不規則な動きをする奇妙な形の剣。後に聞けばそれは蛇腹剣と呼ばれているらしい。
「それにしても急に眠くなってきたよ」
微睡む瞼をこする。一日二日寝なくても鍛えているのだが、この急激な眠気は妙過ぎる。おまけに戦闘中に。
「気を付けてください。おそらくあの竪琴のギフトです」
ローブの女性が持つ黄金の竪琴を示して彼女は言う。
「睡眠の誘惑……おそらくあれで見張りの意識を奪ったのでしょう。それにそれだけではないようです。どうやら巨人達の士気の高さにも影響を与えているようですね」
「意外とお喋り好きなんだね。よく喋る女の子は好きだよ」
「無口でも好きなのでしょう?」
否定はしなかった。
それにしても、フェイス・レスの分析が当たっているとして、士気の操作に睡眠の誘発。ラッテンの笛といい、楽器というのはよくよく精神に関するギフトが多いらしい。音楽が人を魅了するのは見たことがあったが、それも本当は使っている楽器がそもそも特殊だったのかもしれない。
思考の合間にも後方から錫杖を振って放たれた氷の槍を躱す。
「それなら」
信長は急加速。その方向はローブの女性。
音を止める術は無い。ならば音を発している楽器、もしくは演奏者を先に排除すればいい。当然、そんな単純な攻略法を敵が見逃しているはずがない。控えていた新たな二体の巨人が信長の進路を塞ぐ。
巨人の存在を確認しても信長の速度は緩まない。邪魔をするならまとめて斬り捨てるまで。
左の巨人の棍棒をやり過ごし、槍を持つ右の巨人へ斬りかかる。勢いのまま両断するつもりだった。
「無駄ね」
言葉はローブの女性のもので、再び琴線が弾かれる。
「士気の操作は何も巨人達にだけ作用するものではないわ。貴方達の喜鬱さえこれは操れる」
初めて聞いた女性の声はそれこそ奏でる竪琴のように魔性の響きを帯びていた。
戦意を削がれれば自然と力は落ちる。それも信長達は知らないが、竪琴の効果は近くで聴けばそれだけ大きな影響を受ける。
無理矢理であっても戦意を上げられた巨人の腕力と戦意が落ち込んだただの人間。勝敗は火を見るより明らかだ。
――――相手がただの人間であったなら。
振り下ろされた刀は空気を焦がすほどの炎熱を帯びて巨人の槍と衝突。拮抗など一瞬もなかった。鋼鉄の槍は溶解しながら切断され、延長線上にいた巨人に至っては血を沸騰させて倒れた。
唖然とする女性の目の前で、白い蒸気を切り裂くように血糊を払った着物の少年は薄い笑みを浮かべて言った。
「君みたいな人を相手にやる気がなくなるなんてありえないよ」
「……それは嬉しいわね」
冷や汗を流す女性は何かに気付くと即座に巨人の肩の上から飛び退いた。瞬後、巨人の首が蛇の如く伸びてきた剣によって跳ね飛ばされる。見れば女性が信長に気を取られていた数秒の間にフェイス・レスは五体の精鋭巨人を片付けていた。
「さすが《クイーン・ハロウィン》の寵愛を受けた騎士かしら。少々分が悪いようね」
言うなり彼女は琴線を弾く。次の手を打たれる前に竪琴を狙う信長だったが、またしても巨人達によって阻まれる。身を呈して割り込んできた巨人達を炎で一掃し、尚も女性に近付こうとする信長。
「下がって!」
らしいとは思えないフェイス・レスの張り上げた声に素直に停止。飛び退く。直後降り注いだ雷は巨人達を巻き込みながら大地を破砕した。あのまま追っていたら今頃巨人達と同じ末路を信長も辿っていたところだ。
「また会いましょう」
クスクスと笑う女性はそう言葉を残して濃霧の先に消えていく。追いたいところだが残った巨人達が立ちはだかる。倒した後では追いつくまい。
「せめて名前だけでも聞いておきたかったなー」
本気で残念がる信長。
その後フェイス・レスと共に残りの巨人を片付けた辺りで戦場を覆っていた濃霧も薄れ始めた。
★
時間は進み、戦闘から明くる日。陽も沈んだ宿舎の前で、今まさに殺し合いが勃発していた。
「ふ、フフフ……よくも堂々と私の前に現れたわね。その度胸は認めてあげる」
かつて北で多くの者を絶望へ貶めた少女、《
「ペストちゃん怒ってる? なんで?」
「自分の胸に聞きなさい」
「わからないなー。あ、そのメイド服似合ってるね」
「この馬鹿武将ォォォォ!!」
放たれた黒い風を信長は軽やかに躱す。彼の言葉通り、かつて魔王と呼ばれた少女は一度は魂まで砕かれながら復活し《ノーネーム》の前に現れた。メイド服姿で。
北でのギフトゲーム、《The PIED PIPER of HAMELIN》の全ての勝利条件をクリアしたのでペストは隷属という形で箱庭の奇跡によって復活を遂げたのだ。ゲームに大きく貢献した《ノーネーム》に彼女は隷属相手として白夜叉からジンに送られた。
「あの屈辱の日々を忘れはしないわ。白夜叉と貴方の玩具にされてあんな……あんな格好を!!」
思い出したのか羞恥に顔を赤くするペスト。
「メイド服も良かったけどナース服っていうのも僕は好きだったなー。あ、あとブルマも可愛かった――――」
「死ねええええええええ!!」
「まったく、何をしているのだ」
狂ったように荒れ狂うペストの風を嘲笑うように躱す信長。そんな二人に声をかけたのはこちらもメイド姿の金髪美少女であった。レティシアは呆れたように肩を竦める。
そしてペストを見つけるなり納得したように老齢な仕草で唸る。
「なるほど。そういうわけか」
「こんばんわ、レティシアちゃん」
殺されかけているのに余裕たっぷりな信長の挨拶に相変わらずだと小さく笑いながら挨拶を返す。一方で肩で息をするペスト。キッとレティシアを睨みつけた。
「荷物を置いたらジンの部屋に来なさい。その後は主催者に挨拶よ!」
怒鳴りつけるように要件を伝えると彼女は大股で宿舎に戻ってしまう。これ以上殺りあっても無駄だと思ったらしい。残念そうに手を振って見送る信長。不憫だと思わなくもないレティシアだった。
信長はレティシアを見て、周囲を見回したと首を傾げた。
「十六夜は?」
「南の景観を抱きしめにいってくるそうだ」
冗談めかしたような言い方だが、信長の方は納得して相槌をうつと空を見上げる。南の水樹の景観は圧巻の一言に尽きる。彼ならまずはしゃいでいたに違いない。
ふと、信長はレティシアの表情にいつもとは違う陰を見た。まるでこの世の絶望を知ってしまったような、どうにもならない世界を恨むような陰鬱な表情を。『どうかしたのか』、そう訊こうとした彼の耳に再びあの竪琴の音が届く。加えて声。
――――目覚めよ、林檎の如き黄金の輝きよ。目覚めよ、四つの角のある調和の枠よ。竪琴よりは夏も冬も聞こえ来る。笛の音色より疾く目覚めよ、黄金の竪琴よ――――
「な、ん……」
レティシアの体が傾く。信長は駆け寄ろうとして、止まる。倒れかけたレティシアの体を支えたのは先日戦場で出会ったローブの女性。
「また会いましたね」
「運命っていうのもあながち信じる気になるよね」
最後のときのように口元を押さえて微笑する女性。信長も柔和な笑みを浮かべながら腰の《レーヴァテイン》にすでに手をかけている。無論女性の方もそれに気付いている。だからこそ間合いを広く取っているのだ。
次いで地響き。周囲も騒がしくなってきた。十中八九、巨人の来襲だろう。
「仲間が気になるかしら」
「ううん。みんな強いから大丈夫だよ。それにもし死んじゃったらそれまでだったってことだよ」
「冷たいのね」
「人間の一生なんてほんの数十年だよ。どんなに気を付けていたっていずれは死ぬ」
でも、そう続けた信長は鯉口を切って刀を抜いた。
「目の前で仲間の命をみすみす奪わせるつもりもないから――――とりあえず、レティシアちゃんを返してもらえるかな?」
「こちらもこのドラキュラさんには用があるの」
「そっか――――」
大地を破砕する勢いで地を蹴った信長。間合いは一気に狭まり刹那の間に刀の間合いに入った。半月を描くよう下から襲いかかる刃は、空を裂いた。
「!?」
驚きに目を開く。周囲を探り、上空を見上げる。
レティシアを抱えた女性はどういったギフトによるものなのか空を飛んでいる。出来損ないのグリフォンのギフトしか持たない信長ではもう追い縋れない。
「こんにちわ!」
前触れ無く突然眼前に現れた少女の笑顔。何を考える前に放った斬撃は、やはり何も捉えられない。
「ああびっくりした。躊躇いないですね。うん、でもそれは正解です。今のところ私は貴方の敵ですから」
再び現れた少女は信長の目の前ではなく数メートルの間合い離した前方にいた。ノースリーブの黒いワンピースを着込んだ黒髪の少女。見た目だけならとても可愛らしい普通の少女だが、腰に下げたベルトにはいくつものナイフがぶらさがっている。
それになにより異常なのは明白だ。二回だ。警戒していた信長の間合いに現れ、剣戟を躱した。そのどちらも信長は彼女の姿を目で追えなかった。
「その口ぶりだと、まるでいつか僕が君の仲間になるみたいだよ」
「はい! だから迎えに来ました」
――――仲間になりませんか?
少女は邪気を感じさせない晴れ渡るような笑顔でそう言った。
閲覧ありがとうございますー。
>ようやく展開が頭でまとまってきたかなぁ、といった感じです。といっても最後のですが。
>ちょいと早めにリンちゃん登場!
書いてて思いましたがリンちゃんと信長君のキャラがかぶった!リンちゃんに罪はなくかぶらせてしまったのは信長君ですが!
そしてそして、戦い方がフェイスさんとかぶった!これも悪いのは信長君、ひいては私ですが。
>三月中に四巻分までまとめられるのか!月末まで乞うご期待!
>アニメが来週最終回じゃないですか!
>箇条書き過ぎるあとがきでしたー。