問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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四話

 宴を終えた夜、三毛猫は眠った耀に抱きしめられていた。

 

 ――――私はあんまり凄くないね。

 

 耀は寂しそうな声でそう言っていた。三毛猫が知っている彼女は二人いる。一人は動物達に劣らない能力を得た強く、優しい耀。もう一人は、歩くことさえ出来なかった初めて出会ったときの耀。今の彼女はまるでその頃の姿だった。

 耀はここ最近特に悩んでいた。自身がここ一番で活躍出来ないことに。十六夜が水を用意し、飛鳥が蘇らせ、信長が特区のための準備をしている農地に彼女だけが関われていないことを。己の弱さを、思い悩んでいた。

 

 だから彼女は今回の勝負で誰よりも勝ちたかった。一日でも長く南の収穫祭に参加して多くの幻獣と友達になり力をつけると同時に農地のための種や苗を獲得して、自分は《ノーネーム》の一員であると皆に認めて欲しかった。――――いや、違う。そんなことをしなくても、コミュニティの誰もが耀のことを仲間だと認めてくれている。それは彼女自身わかっている。

 彼女はきっと安心したかった。今回の勝負で一番になることで、自分は足手まといではなく立派な主力の一人だと自分自身に認めさせたかった。

 

 結果は負けてしまった。当初の目的である収穫祭の参加日数は最大を獲得出来たものの、飛鳥と共にクリアした戦果でさえ(・・・・・・・・・・・・・・・)一番にはなれなかった。彼女はそれが悔しかった。

 

 

 

 

 

 

 信長が談話室にやってくると飛鳥が一人で紅茶を傾けていた。

 

「飛鳥ちゃん一人? 耀ちゃんは?」

 

「もう寝てしまったようね」

 

 ふーん、と言いながら信長は飛鳥の正面の椅子に座る。彼女は一瞥し、なにも言わない。同席を許してくれたと受け取ると、信長もカップに紅茶を注ぐ。

 

「一言ぐらい断りを入れるのが礼儀よ」

 

「飲んでいい?」

 

「どうぞ」

 

 あくまで形式的なやり取りを終え信長は改めて紅茶を傾ける。故郷では味わったことのない香りと渋み。最初に飲んだときは少々驚いたものだが、今はそんな新しい刺激の一つ一つに心が潤う。

 

「そういえばリリちゃんも見ないけど、もう寝ちゃったのかな?」

 

「あの子ならレティシアと十六夜君と一緒にお風呂に入ってるわ」

 

「あ、ちょっと急用を――――」

 

「座りなさい」

 

「……はい」

 

 一度は立ち上がった信長だが、飛鳥の一声で大人しく座り直す。不満そうに唇を突き出す。

 

「なんで十六夜君はよくて僕は駄目なの?」

 

「貴方は少し危険な香りがするのよ」

 

 微妙な顔をする飛鳥。信長はクンクンと自分の臭いを嗅いでいた。

 

 そんなやり取りもそこそこに、しばらく二人は無言で過ごしていた。沈黙を破ったのは信長。

 

「耀ちゃん落ち込んでるみたいだったけど大丈夫だった?」

 

 ズズ、とカップを両手で支えながら紅茶を啜る。その向こうで、飛鳥がなんともいえないキョトンとした顔でこちらを見ているのに気付いて首を傾げる。

 

「なにかな?」

 

「……いえ、ちょっとね」

 

 気を取り直そうと飛鳥はカップを傾けるが、中身が空っぽだったようで眉をひそめる。信長がティーポットをすすめると彼女はカップを差し出す。

 注がれた紅茶に視線を落としながら彼女は訊いてきた。

 

「信長君って意外と気の付くほうなのね」

 

「好きな女の子限定だけどね」

 

 彼ならばそう言うと思っていた飛鳥は思わず小さく笑った。そうしてひとしきり笑った彼女はとつとつと話し始める。

 

「春日部さんだけじゃないのよ」

 

「ん?」

 

「私だっていつも貴方達に嫉妬してる。自分の力不足に不安を感じているの」

 

 一度どころではない。ガルドとのゲームで耀が自分を庇って傷付いたとき。ペルセウス戦で囮にしかなれなかったとき。北でラッテンに負けたとき。

 耀のように動けたら。十六夜のように博識であったなら。信長のように――――。

 それが無いものねだりだということもわかってる。隣の芝は青く見えるとはよく言ったものだ。

 

 そんな自分が少し前向きになれたのはメルンとディーンのおかげだ。彼女達がいてくれたから飛鳥は今のままで頑張っていこうと思えるようになった。それでも今でも時々思ってしまう。ディーンを手に入れて確かに自分はコミュニティに貢献出来た。

 けれどそれは自分自身が強くなれたわけではない。もし信長達のような力があったなら、と。

 

「みんな同じじゃつまらないよ」

 

「え?」

 

「人は絶対平等なんかじゃない。持っているお金も、領地の広さも、友達の数、寿命――――才能もね。同じ努力をしたって報われない人もいれば報われる人もいる。最初からそんな努力をしなくても全部上手くいってしまう人だっている」

 

「それは……とても理不尽ね」

 

 かつては彼女自身がそれだった。多少の努力で何もかも上手くいってしまう世界。彼女の言葉に是としか答えない世界。それが今や彼女の方が羨む側の人間だ。

 

「でもね、不平等だからこそ人はみんな違っている。違うからこそ刺激がある。刺激があるからこそ、僕達は生きていられるんだ」

 

 刺激のない世界がどうであるか、信長はよく知っている。そんな一生がどれだけ長く感じるものなのかも。

 

「飛鳥ちゃんが僕を見て思うように、君も耀ちゃんも僕に無いものをいっぱい持ってるよ。そしてしっかり生きている。だから僕は飛鳥ちゃん達が大好きなんだから」

 

 そんなことを言い放つ信長の顔を飛鳥は直視することが出来なかった。今自分が情けない顔をしているような気がしたから。

 それを察してくれたかどうかはわからないが、彼はそろそろ寝ようかなと言って席を立つ。扉に向かって歩く彼の背をそっと見つめながら彼女はため息を吐き出す。

 

 耀のことを相談するつもりだったのに、何故かこちらが励まされてしまった。はたして向こうにその気があったかわからないが、少なくとも飛鳥の気持ちはずっと楽になっている。それを自覚すると余計に悔しい。久遠 飛鳥は、一体いつからこんなにか弱い女の子になってしまったのかと。

 どうにも彼を相手にすると調子が狂ってしまう。自分の知らない自分が出てきてしまう。

 

「信長君、貴方の寝室は左でしょう。右にはお風呂場しかないわよ」

 

「………………」

 

 右に向きかけた彼は大人しく左へ進んだ。飛鳥はふっと微笑んで、

 

「ありがとう、信長君」

 

 小さく呟きながら紅茶を飲む。注いでからそれなりに時間が経ってしまったはずだが、それは妙に温かかった。

 

 

 

 

 

 

『ということで代わりによろしく』

 

 収穫祭への出発の朝、一向に姿を現さなかった十六夜はそう言って信長を送り出した。そんな十六夜の頭にはお馴染みとなったヘッドフォンではなくヘアバンドが載せられている。どうやら昨夜、彼が入浴中にヘッドフォンが無くなってしまったらしい。皆で夜通し捜したが見つからず、結局彼は前夜祭には参加しない予定だった信長と参加日数を交換する形になった。

 

「それなのになんで信長さんが不機嫌なんですか?」

 

 《境界門》を目指す道すがらジンは訊ねる。全日程に参加出来るのは嬉しいことのはずなのに、本拠を出てからの信長は不満顔だった。

 

「だって、せっかく前夜祭の間はレティシアちゃんが僕だけのメイドになってくれるはずだったのにー。はっ! まさか十六夜はそれを妬んで僕と交換するなんて言い出したのかも!?」

 

「結果的にこうなってよかった気がするわ」

 

「うん」

 

 飛鳥は疲れたように額を押さえ、耀は神妙に頷いた。

 しばらく歩いて門前の人だかりが見えてくる。それと一緒に見えた門前の虎の彫像を見るなり飛鳥は顔をしかめる。

 

「収穫祭から帰ってきたらいの一番にこの彫像を取り除かないと」

 

「ま、まあまあ、それはコミュニティの備蓄が充分になってからでも」

 

「なに言ってるの黒ウサギ。この門はこれからジン君を売り出す重要な拠点になるのよ。まずは彼の全身をモチーフにした彫像と肖像画を」

 

「お願いですからやめてください!」

 

 本当にやりかねない飛鳥の提案に顔を青くして抗議するジン。それに飛鳥は残念そうにため息を吐き出し、

 

「じゃあ黒ウサギを売り出しましょう」

 

「なんで黒ウサギを売り出すんですか!」

 

「……じゃあ黒ウサギを売りに出そう」

 

「なんで黒ウサギを売りに出すんですか!!」

 

「買った!」

 

「買わないでください!!」

 

 スパンスパンスパン、と朝から絶好調なハリセンさばき。十六夜がいなくても、彼等問題児は相変わらず絶好調に問題児だった。

 

 

 

 

 

 

 《境界門》を経て南へやってきた《ノーネーム》一同は現在グリフォンの引く戦車で遊覧飛行中だった。何を隠そう信長達を出迎えたこのグリフォンは、以前白夜叉のゲームで耀と戦った彼である。

 

「うわー本物はやっぱり違うなぁ。僕と違って本当に空を走ってる!」

 

 戦車には乗らず直接グリフォンの背に乗せてもらっている信長は無邪気にはしゃいでいる。すると、一人自身の力で空を走る耀が二、三グリフォンと会話をして信長に伝える。

 

「グリーが褒めてくれてありがとうだって」

 

 楽しく空の旅を満喫するその後ろで、肉体がひ弱なジンと飛鳥は楽しむ余裕すらなく風圧によって振り落とされないよう必死にしがみついているわけだが。ちなみにグリーというのはこのグリフォンの名前である。彼はここ南の出身だったらしい。

 

 グリーの背を跨いで見下ろす《アンダーウッド》はまた絶景だった。遠目からでも圧巻される水の大樹。網目のように張り巡らされた木の根に包まれた地下都市。北が火の街ならこちらは水の街といったところか。

 

 信長達を街に送り届けたグリーは再び空へ舞い上がり行ってしまった。参加者に害を為す可能性がある殺人種、ペリュドンが境界を越えて街に近付いているので彼の騎手と共に追い払ってくるとのことだ。

 グリーを見送った信長達の前に、再び顔見知りが現れた。

 

「お前耀じゃん! お前らも収穫祭に」

 

「アーシャ、そんな言葉遣いは教えていませんよ」

 

 カボチャ頭のお化けジャックと西洋人形のようにヒラヒラした服を着る少女アーシャ。北で出会った《ウィル・オ・ウィスプ》のコミュニティだった。

 

「アーシャちゃんこんにちわ。いつも可愛いね。カボチャさんは相変わらず美味しそうだね」

 

 さっそくいつも通りの信長だが、信長を見るなりアーシャの方は些か緊張しているようだった。無理も無い。なにせ彼女が知っている信長はペストと戦っていたときの狂気じみた彼の姿だ。あのときの信長は初めての戦いに少々テンションが上がりすぎていたわけで普段とは随分違っていた。

 信長自身その自覚はあるものの、女の子にあからさまに避けられると結構傷付く。ゆるんだような笑顔のまま、どんよりと落ち込んで壁に向き合ってしまった。

 

「なあ、ジャックさん。あれ本当にあのときと同じヤツなのか?」

 

「はてさて」

 

 あまりのギャップに戸惑う二人。

 

「それよりさ、耀は出場するギフトゲームは決めたか?」

 

「ううん。今来たばっかり」

 

「それなら《ヒッポカンプの騎手》には出ろよ!」

 

 耀達は聞きなれなかったが、なんでもヒッポカンプとは水を走る馬のことらしい。水上水中を駆ける彼等に乗って行われるレースが《ヒッポカンプの騎手》と呼ばれるギフトゲーム。

 

「前夜祭の中じゃ一番大きいゲームだし、なにより北のときのリベンジだ! 絶対に出ろよ」

 

「検討しとく」

 

 耀とアーシャがそんな会話を交わしている一方で、ジャックはフワフワと麻布の体を浮かしながらジンのもとへ近付くと礼儀正しく頭を下げた。

 

「ヤホホ、お久しぶりですジン=ラッセル殿。いつかの魔王戦ではお世話になりました」

 

「い、いえこちらこそ!」

 

「それに例のキャンドルホルダーに伴う大量受注と、是非とも今後とも御贔屓に願います」

 

 互いの挨拶もそこそこにジン達はジャック達と共に主催者へ挨拶に向かうこととなる。

 

「ほら信長君、いつまでショック受けてるのよ」

 

「アーシャちゃんに嫌われたー」

 

 見かねた飛鳥が引きずるようにして信長も主催者のもとへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「旗が七枚? 七つのコミュニティが主催してるの?」

 

 本陣営があるのは大樹の中腹。水式エレベーターで大樹を昇りその先の通路を進んでいる途中に見えた《龍角を持つ鷲獅子》の旗を指差して耀が訊ねる。

 

「残念ながらNOですね。《龍角を持つ鷲獅子》は六つのコミュニティが一つの連盟を組んでいると聞きます。中心の大きな旗はおそらく連盟旗ですね」

 

 徒党を組む利点は信長でもいくつか簡単に思いつく。限定的な利害の繋がりである商売取引などよりは強い繋がりであるため、リスクの分散はもちろんより大きな規模のゲーム主催も可能となる。

 けれどそれらの利点以上に彼等が連盟を組む理由は魔王の存在だろう。たった一つでは相手にならなくても、六ものコミュニティが集まれば対抗出来るといった具合だ。

 信長の時代でもそういった同盟は多くあったものだ。ただし、彼の場合は徒党を組まれる側だったわけだが。

 

「《ノーネーム》……もしや《ノーネーム》の久遠 飛鳥様でしょうか?」

 

 本陣営受付にいた樹霊の少女がそう訊ねてきた。

 

「そうだけど、貴女は?」

 

「私は火龍生誕祭に参加していた《アンダーウッド》の樹霊です。飛鳥様には弟を助けていただいたと聞きまして……」

 

 ああ、と飛鳥は思い出す。信長とペストの戦闘中、それに巻き込まれそうになっていた少年をたしかに彼女は助けていた。

 

「その節はどうもありがとうございました! おかげでコミュニティ一同、誰一人欠けることなく帰ってくることが出来ました!」

 

「それはよかったわ。なら招待状は貴女達が送ってくださったのかしら?」

 

「はい。大精霊(かあさん)は眠っていますので私達が送らせていただきました。他には《一本角》の新頭首にして《龍角を持つ鷲獅子》の議長であらせられるサラ=ドルトレイク様からの招待状と明記しております」

 

 少女が口にした名は一同も聞き覚えのあるものだった。思わずジンに振り返った飛鳥が訊ねる。

 

「もしかして《サラマンドラ》の……?」

 

「え、ええ。サンドラの姉の、長女のサラ様です。まさか南側に来ていたなんて」

 

 そういえば、南の景観の一部に北で見た水晶技術に似たものがあったのを思い出す。

 

「もしかしたら北の技術を流出させたのも――――」

 

「流出とは人聞きが悪いな、ジン=ラッセル殿」

 

 聞き覚えの無い女性の声に一同が振り返る。途端熱風が顔を撫ぜた。炎熱の発生源は空から現れた褐色肌の美女、その二翼から放たれていた。

 《一本角》の新頭首にして、《龍角を持つ鷲獅子》の議長。本来ならばサンドラに代わって《サラマンドラ》の頭首となるべきはずだった女性。ここ《アンダーウッド》を再建した救世主――――サラ=ドルトレイク。

 

「サラ様!?」

 

「久しいなジン。――――それと」

 

 ジンを見るなり快活な笑顔を浮かべていた彼女の顔が些か曇る。視線の先で、ニコニコと笑う少年は気軽に片手を挙げてみせた。

 

「この間ぶりだね、サラちゃん」

 

「ちゃん付けはやめてくれと言ってるだろう、信長」

 

 口元を引くつかせるサラは慣れない呼称に恥ずかしそうに顔を赤くした。そんな二人のやり取りに、

 

「「…………え?」」

 

 一同が声を失った。




閲覧ありがとうございまッス!

>全国の飛鳥ファンの皆様お待たせしました。ようやく彼女にライトを当てる日がやってきました!
ワーワー!ヒューヒュー!!
まあ最後までライトを浴びせることが出来るかはわかりませんがね。(リングに物を投げないでください)

>書いてみて思いましたが三巻すっごい書き難いですね。どこを削っていいのやら、というのもありますし場所が頻繁に変わるのでそれに信長君をついていかせるかと毎回悩みます。
こんなことで四巻大丈夫かと今から心配でなりません。誰よりも私が。

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