問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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三話

 最近特に見慣れた《サウザンド・アイズ》で黒ウサギは大人しく正座をして待っていた。隣には艶やかな黒髪の持ち主の和服の美女が同じように正座をして座っている。

 実は彼女の正体は彼等問題児達が箱庭にやってきて早々十六夜が打ちのめした蛇神である。そして先ほど十六夜と正式なギフトゲームを行い、あえなく破れ隷属させられる身となった《ノーネーム》の新たな仲間でもある。

 

「くそぅ……。この私が、よもやあんな小僧に従わされる羽目になるとは」

 

 リベンジどころかその身さえ手中に奪われてしまった彼女は先ほどからこの調子。屈辱からプルプルと体を震わせている。その視線がキッ、とこちらに向けられた。

 

「ええい黒ウサギ! 貴様先ほどからニヤニヤしてからに! それほど我の醜態が愉しいのか!!」

 

 歯を剥いて怒る彼女の目には涙が。あの問題児きっての問題児に隷属させられたのは他人事ながら可哀想だと思うが、黒ウサギは両手を挙げて顔を横に振る。

 

「い、いえいえそんなことはないのでございますよ! ……に、ニヤニヤしていました私?」

 

「していた」

 

 黒ウサギは手で顔を挟んでゆるんでいるらしい顔を引き締めようとする。が、無理みたいだ。なにせ自分は今とても嬉しいのだから。

 今回の南の収穫祭の参加日数を賭けた戦いは彼等も本気のようでそれはとてつもない成果を挙げている。先ほどあげたように十六夜は蛇神である彼女、白雪の隷属。飛鳥は牧畜として山羊を十頭手に入れた。耀は以前北で一度対決した《ウィル・オ・ウィスプ》からの招待を受け、ゲームに見事勝利。炎を蓄積できるキャンドルホルダーを獲得した。信長も最初はやる気が無いように見えたが、『種を生む土地』という特殊な農地を持つ人と農作物関連で契約を交わしている。他の三人に比べれば少々見劣りする戦果かもしれないが、これから特区の農地を作ろうとしている今、種や苗を増やすそれはとても魅力的だ。それになにより、一緒にいたリリが嬉しそうだった。勝負には負けてしまうだろうが、それだけで充分過ぎる価値を持つ。

 

 こうして《ノーネーム》が名実共に大きくなっていくことが黒ウサギは本当に嬉しい。この間までは明日の食べ物さえ心配していたはずなのに、それが今やこの東区で再び名を馳せるコミュニティとして再興しつつある。否、再興したといっていい。それどころか、かつての仲間を再び取り戻せるかもしれないと本心からそう思えるようになった。正直諦めかけていたそれが現実の希望となる。それが彼女には嬉しくて仕方が無い。

 

金糸雀(カナリア)様は今のコミュニティを見て喜んでくださるでしょうか)

 

 かつての仲間、そして黒ウサギにとって恩人である女性を思い浮かべてまた口元がゆるんでしまうのだった。

 

「すまない、待たせたな」

 

 ハッ、と黒ウサギは思考を現実に戻す。座敷に入ってきた白夜叉は二人の脇を通って定位置である上座に腰を下ろす。

 

「御無沙汰しております」

 

「ふむ、久しいな白雪よ」

 

 まず深々と頭を垂れる白雪。彼女に神格を与えたのは白夜叉であり、つまり彼女にとって白夜叉こそが主である神。神様の神様というのもおかしな話だが。

 白夜叉は黒ウサギを見るなりニヤリと笑った。

 

「白雪がここにいるところを見ると、あの小僧は見事ゲームをクリアしたようだな」

 

「YES! それどころか隷属させてしまいました」

 

 白夜叉は呆気に取られたように口をポカンとさせる。ク、と小さく笑った。

 

「それはまた相変わらずよな、あいつも」

 

「あ、あれは我が少々油断したまでです! それにあの小僧の無茶苦茶さときたら思い出しただけでも!!」

 

 うがー、と怒り覚めやらぬ彼女を見てさらに愉快そうな白夜叉だった。

 黒ウサギは苦笑しながら改めて白夜叉に尋ねた。

 

「ところで黒ウサギ達はどうすれば? 十六夜さんに白雪様を白夜叉様の所に連れて行けばわかると言っていたのですが……」

 

 黒ウサギは十六夜に言われて白雪を連れてここへやってきた。詳細を聞いても後のお楽しみと濁らされてしまったので彼女は本当に何も知らない。

 質問された白夜叉は一つ頷く。

 

「その件については用意に少々時間がかかる。他の連中が来る頃までには用意しておくさ」

 

「はあ……」

 

 要領を得られず生返事する黒ウサギ。

 

「それよりも、おんし達に重要な依頼がある」

 

 途端に真面目な顔になる白夜叉に、思わず二人は面食らう。

 

「非常に危険な依頼じゃ。しかしおんし達なら、いやおんし達でなければ任せられない! 頼めるか?」

 

「我が主神の為ならばこの命に代えても成し遂げてみせます」

 

「黒ウサギも十六夜さん達ばかりに頼っていられません。私に出来ることならば!」

 

 白雪、黒ウサギの二人は覚悟を持って応える。二人の返答に思わず目頭を押さえる白夜叉。

 

「おんし達の覚悟は充分伝わってきた。ならば任せるとしよう。――――入れ」

 

 そう言うと彼女は二度拍手を叩く。すると障子を開いて一人の少年が現れた。その人物を見るなり黒ウサギは目を丸くする。

 

「の、信長さん!?」

 

 現れたのは信長だった。てっきり本拠にいるものだと思っていた彼の登場に、この瞬間から黒ウサギのウサ耳は警報を鳴らしていた。

 信長は完璧な作法をこなしながら入室し、黒ウサギ達には目もくれず白夜叉の脇に跪く。

 

「例のものは?」

 

 と白夜叉は問い、

 

「ここに」

 

 忠実な僕の如く彼は二つの木箱を捧げる。神妙に頷く白夜叉は箱を受け取り中を取り出すと二人に見せつけた。

 服だった。着物だった。――――ミニスカの。

 掲げられた服の後ろで下卑た笑みを白夜叉は浮かべていた。

 

 決断は早かった。

 

 黒ウサギが即座に立ち上がると部屋からの脱出を図り障子の方へ。白雪は未だ状況が吞み込めず立ち上がることすらしていない。助けてやりたいが構っていては共倒れだ。非情な決断を下した黒ウサギだったが、向こうの反応はさらに早かった。

 

「逃がすな信長!」

 

「御意」

 

 障子の前へ立ちふさがる信長。

 

「一体貴方はなにをしているんですか信長さん!」

 

「我は忠実なエロと萌えの化身にゴザル。決して信長などという大うつけではないナリヨ」

 

「馬鹿にするならせめてキャラを統一してください!」

 

「ミニスカ最高」

 

「それは欲望に忠実になっただけでしょうがこのお馬鹿様!」

 

 スパーン、と黒ウサギのハリセンが炸裂。

 

「まあ待て黒ウサギ」

 

 ジリジリと間合いを取る黒ウサギにミニスカ着物を片手に白夜叉が呼びかける。

 

「これには深い事情があるのだ。全てはそこの小僧のためなのだ」

 

「信長さんの?」

 

「うむ。おんしも知っておる通り、信長は他の連中よりずっと文化も技術も遅れた時代からやってきている。異世界にやってくるなどという突飛なことに、実は一番戸惑っていたのだ」

 

 信長が十六夜達よりずっと昔の時代からやってきた人物であるというのは黒ウサギも聞いている。同じ世界の人間とも最も交流が少なかった時代だったとも。それが外国の人間どころか突然神々が跋扈する異世界にやってくれば、たしかに一番戸惑うかもしれない。

 

「でもそれとその着物とどういった関係があるのですか?」

 

「懐かしかったんだ」

 

 信長は消え入るような声で告白した。

 

「白ちゃんの部屋は凄く僕の故郷に似ていたから。もしみんなが着物を着てくれたら、この寂しさが薄れるような気がして……」

 

「信長さん……」

 

 普段飄々としている彼からはそんな不安など微塵も感じなかった。いや、彼の強さがそれを感じさせなかったのか。

 故郷の寂しさはきっと彼だけでなく他の問題児達も感じているはずだ。箱庭にやってきた後悔こそしていなくとも、故郷が特別なのは誰も同じだ。かくいう黒ウサギだって《月の兎》としての故郷、そして二つ目の故郷であるあそこを特別に感じているのだから。信長達があまりに強すぎるからそれを忘れていた。

 黒ウサギは今一度彼等のことを大切にしようと誓いながら、どうしても訊きたかったことを訊ねた。

 

「でもなんでミニスカなんですか?」

 

「「ミニスカが好きだから」」

 

 スパパーン、と二度ハリセンが閃いた。

 

「お馬鹿ですか!? いえお馬鹿でしょう!」

 

 胸を張る白夜叉と何故か照れる信長。褒めていない。

 

「わ、我が主神、さすがに我もこのような格好は……」

 

「ええいつべこべ言うな!」

 

 白夜叉の姿が消える。

 

「へ?」

 

 再び姿を現した白夜叉は白雪の背後に回っており、目にも止まらぬ速さで彼女の白地の着物を引っぺがし、手にしていた着物&ガーターソックスをこれまた早業で着替えさせていた。

 

「ひゃあ!?」

 

 仮にも神があられもない声を上げてへたり込む。着物は元々少ない布地に加えサイズがあえて小さめに作られていた。透き通るような白い肌と隠しきれない二つのロマンの塊がこれでもかと存在を主張している。

 

「芸術の世界は広くて深くて……大きいなぁ」

 

「こんなものが芸術であってたまるか!」

 

 胸元を押さえながら叫ぶ白雪。その顔が赤い理由ははたして怒っているからなのか恥ずかしいからなのか。間違いなく後者であるわけだが。

 

「女の子の服を脱がしてエロイ衣装に着替えさせる、これぞ選ばれし者に与えられしギフトだ」

 

「そんなギフトしょうもなさすぎです!」

 

 律儀に黒ウサギがツッコミを入れたその瞬間、キュピーンと信長の目が光る。隙を見せた黒ウサギの衣装を白夜叉もかくやという速さで脱がすと素早くもう一方の衣装を着替えさせた。

 しかし思い出して欲しい。白夜叉の戯言がとりあえず真実だとして、彼が出来るのはあくまで他人のギフトを見よう見真似するものであるということを。

 

 要するに着替えは中途半端だった。脱がすまでは完璧だったものの、着替えさせた着物はスカートがまくれあがっており下着が丸見え。上は左肩が規定よりさらに下にずれていて、あとほんの少し下に落ちると見えてはいけない先端部分が見えてしまいそうな感じだった。

 

「★□※☆▲ッ!?」

 

 黒ウサギは声にならない声をあげてスカートを直しずり落ちた肩を直しながら白雪同様にその場に座り込む。

 目を回さんばかりの黒ウサギの一方、信長と白夜叉はそっちのけで神妙な顔をしていた。

 

「やっぱり白ちゃんみたいに上手くいかないや」

 

「カッカッ、より精進せよ」

 

 ズパーンッッ!

 

 雷の槍が馬鹿二人を貫き水流が障子ごと吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「コンセプトは悪くなかったが、今度は俺にも一言相談をだな」

 

 スパン、と十六夜にハリセンが一発。

 

「あーあー、せっかく白ちゃんと一生懸命考えて作ったのになぁ。似合ってたのに」

 

「これ以上その話題を延ばさないでください!」

 

 スパパン、とハリセンが二発。

 

 信長と白夜叉が障子ごと押し流された辺りで十六夜達は到着した。結局皆にその醜態を晒す羽目になってしまった黒ウサギはウサ耳を真っ赤にしながら実力行使で口を塞ぐのだった。ちなみに服装はいつものに戻っている。

 

「いやあの服も今日の話に無関係ではないのだ」白夜叉は焦げた髪を弄りながら「実はあれは今度建てる新しい施設の正装にと信長と相談して作ったのだ」

 

「施設の正装!? あのエッチな着物もどきがでございますか!?」

 

「大丈夫だよー。施設は真っ当なものらしいから」

 

 あの服が真っ当じゃない自覚はあるのか、と黒ウサギは頭を抱えた。

 

「ここ最近東区には魔王が現れておらんからな。ちょいと地域の発展に協力しようかと思ったものはいいものの、さてどこから手を加えようかと悩んでいたところに十六夜から提案を受けての」

 

「発展にはまず潤沢な水源だってな。この間の旱魃(かんばつ)騒ぎでどこも水の工面には苦労しているみたいだったしな」

 

 かくいう《ノーネーム》も今でこそ毎日皆で風呂だなんだと水を使っているが、信長達がやってくるまでつい最近までは随分苦労していた。土地柄からして水に恵まれているわけではないのだから仕方が無いといえばそれまでだが。

 

「そこで一つ、《階層支配者》の権限を使って大規模な水源施設の開拓を行おうというわけだ。十六夜には水源となるギフトを取りにいってもらったのだが……よもや隷属させてくるとは思わなんだ」

 

 ぐ、と悔しそうに顔をしかめる白雪。十六夜と白夜叉の契約ではこのまま白雪の身柄を施設完成まで引き渡すというものだった。

 

「さて、これで契約成立だ。白夜叉、例のものを渡してもらおうか」

 

 そう言って十六夜は不敵笑いながら白夜叉に手を差し出した。言われてみれば施設は《ノーネーム》のためというよりは東区の地域全体のため。白雪を引き渡す、ひいては水源を提供する代わりに得るものこそ十六夜が欲しているものということだ。

 

「わかっておる。――――ジン・ラッセル、おんしに渡すものがある」

 

「僕ですか!?」

 

 突然名を呼ばれたことに驚くジン。

 

「うむ、これはコミュニティの代表がその手で受け取らねばならんものだからの」

 

 促されるまま白夜叉から渡された羊皮紙を読んで、ジンは硬直した。不思議そうに首を傾げた黒ウサギが後ろから首を伸ばして覗き見て、同じく表情を強張らせた。

 

「が、外門の、利権証? 僕らが《地域支配者(レギオンマスター)》!?」

 

「それってつまりどういうこと?」

 

 イマイチ二人が驚いている理由が吞み込めていない信長が純粋に訊ねると十六夜が答える。

 

「一つは街に未だ残ってるあの趣味の悪い置物が消えて、俺達のシンボルが置ける。二つ目は北に行くとき問題になった《境界門(アストラルゲート)》の馬鹿高い使用料を払わなくて済む。それどころか他の連中が《境界門》を使うとき料金の八十パーセントをこっちがいただけるってわけさ。――――《地域支配者》ってのはお前の故郷で言うところの大名みたいなもんだな」

 

「へぇ。それは凄いや」

 

 素直に信長は感心した。これで《ノーネーム》は恒久的な、それも莫大な収入源を得たと同時に名実共に七層東区の筆頭となったわけだ。掲げる旗やコミュニティの名が無くてもジン・ラッセルの率いるコミュニティとして名が広まっていくことだろう。

 それと何より信長が感心したのがこのタイミングでその権利を手にした十六夜の計算高さ。実力こそ認めても未だ名無しと蔑む者も少なくないが、貴重な水源の確保を実現させた今異議を申し立てる度胸のある者はおそらくいないだろう。

 やはり彼は飛鳥や耀とは別格だ。それを再確認すると心の奥底で燻っていたそれが揺らいだのを感じた。

 

(おっと、悪い癖悪い癖)

 

 左手が腰に下げるレーヴァテインの柄に触れていた右手を掴んだ。あやうく抜いてしまうところだった。もちろん抜いたところで十六夜は倒せない。何せそれに気付いていながらニヤニヤとこちらを見ているのだから。

 

「黒ウサギ?」

 

 羊皮紙を見てから沈黙してしまった黒ウサギを心配してジンが声をかける。フルフルと震えていた彼女は顔を上げるとガバッ、と十六夜に抱きついた。

 

「凄いのです! 凄いのです凄いのです! 凄すぎるのです十六夜さん!!」

 

 ウッキャー! と奇声じみた悲鳴を上げるハイテンションな黒ウサギ。いきなり抱きつかれて面食らっていた十六夜だが、今はその感触を思う存分楽しんでいる。

 

「ああん、いいなぁ十六夜」

 

 こんなことならもっと気合入れて戦果をあげるべきだったか。

 

「ねえねえ白ちゃん、ちょっと今から凄い恩恵が手に入るゲーム紹介してよ。具体的には十六夜に負けないくらい」

 

「ううむ、そんなことを突然言われてものう」

 

「半分あげるから」

 

「半分?」

 

 信長は黒ウサギを指差して、

 

「左半分は白ちゃん。右半分は僕が触るってことで」

 

「ちょっと待っておれ。今すぐ太陽の主権を賭けたゲームを全力でセッティングしてやる」

 

 ズパーンッッ!!

 

 再び雷の槍が馬鹿二人を貫いた。




タララッタッタラー!信長君は『女の子の服を脱がしてエロイ衣装に着替えさせる(劣化ver.)』を覚えた。

>毎度閲覧&感想ありがとうございます。
これこそが信長君だとばかりの第三話でした。いやぁ、白夜叉が出てくると執筆が進む進む。けれど話は進まない進まない(笑)

>原作を知っている人にとっては謎だっただろう、何故黒ウサギと白雪は抵抗しながら大人しく着物を着ていたのか。これが真実だったんですね(絶対違う)
そして信長君のギフトの無駄遣いですね。再現率で言えば一番高いかもしれない(凄くどうでもいいですね)
やっぱりこのキャラの信長君が書きやすいです。

>アニメより。
ついにペストちゃん降臨!そして意外とシュトロムのデザインかっこよかったです!もう爆散したけどね!!

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