問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
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――――彼が抜いたのはまさしくそれであり、同時に
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死の風。黒死病8000万人もの犠牲者の悪霊群であり、黒死斑模様の死神として形骸化したペストだからこそ扱える破格の恩恵。
帝釈天の眷属である月の兎と、幼いとはいえサラマンドラの頭首であるサンドラを同時に相手にしても圧倒してみせた。たとえ相手が最強種の一角であろうとも、今の自分なら渡り合える。そう思っていた。
「あっはっはっはっはっはっは!!」
哄笑と共に紅蓮の炎が逆巻く。
炎の渦から姿を現したのはたったひとりの人間。
子供のような無邪気で弾んだ笑声。それでいて放たれる殺意は身が凍るようだ。
「そうだ! そうだった! 僕はこうやって笑うんだった!!」
なおも狂ったように笑う信長は、悪鬼の笑みを浮かべて真っ正面からペストに突っ込む。
放った死の風を炎の刀で悉く斬り払われる。
何度も信長を殺せそうな機会はあった。触れれば死を確定させるペストの風に対して、先程からの信長の戦法はほとんど正面からの特攻。
力負けしているとは思えない。もう少しで殺せるはずだ。
それなのに、
(止まらない……!)
すでにペストには、サンドラや黒ウサギを相手取ったときのような余裕はなかった。必死に刀を押しとどめる一方で、刀を押し込む信長は歯を剥いて獰猛に笑う。
「僕は今戦ってる! 君と本当の戦をしてる!!」
顔を近付け、さらに間合いを詰めようとする信長。大刀を武器とする彼にはすでに間合いは十分。これ以上詰めても不利でしかないはずなのに。
不利有利などという理屈は、すでに彼の中に存在していなかった。
「君が怖い……。偽物なんかじゃない、君は本物の魔王だ! だから僕は、君が怖くて堪らない!!」
怖いと言いながら前へ。顔には笑みを。
言動と行動が噛み合わない。考えていることなんて一切理解出来ない。
そうだ。ペストもまた、目の前の男が――――怖い。
「調子に、乗るな!!」
両の腕を広げる。広げた腕を交差させて振り抜く。
ペストの腕の動きに連動するように、風の渦が左右から信長を挟み込む。
死の暴風に晒されながら、信長は湧き上がる感情を抑えられずにいた。
心臓の鼓動が早い。肌が粟立つ。呼吸はままならず、体は情けなく震えっぱなしだ。
寒いのか。それとも暑いのかもわからない。
そう、これが本当の戦だ。
敵の刃が喉元に突きつけられている。
こちらが速いか。それとも向こうの方がより速いか。
互いが互いの命を狙っている。死が隣り合わせの緊張。命を懸けた闘争。
今まで誰も信長の命を奪える者はいなかった。どんな条件を揃えようとも、誰も相手にならなかった。
――――それが今目の前にいる。
ペストは、信長を殺しうる者だ。
「箱庭……! 本当に、本当に本当に本当に本当に、ここはなんて……なんて素晴らしいところなんだろう!!」
炎と踊る。天に叫ぶ。
ペストは強い。信長を殺せるくらい強い存在だ。
ここには彼女以上に強い存在が、あとどれほどいるのだろう。
白夜叉は強い。今の信長では如何な策を巡らせても軽くひねられるだろう。しかし彼女もまた箱庭最強を名乗らなかった。白夜叉すら敵わない存在……。
想像するだけで身の毛がよだつ。
これから先そんな修羅神仏を、化物を相手にすることは――――、
一体どれほど
★
「随分とまあ愉快なことになってやがるな」
「十六夜さん!」
「なにあれ? 信長君てああいうキャラだったかしら?」
「飛鳥さんも! ご無事でなによりです!」
黒ウサギは耳によってゲームの状況をほぼ全て把握している。十六夜の右腕が潰れていることも、飛鳥が新たに従えた巨兵ディーンのことも。
彼等が無事勝利を収めたことは知っていても、こうして再び会えたことが嬉しくて滂沱の涙を流した。だが、安心は同時に溜め込んでいた不安を思い出させた。
「の、信長さんが! このままだと、信長さんがこのままだと死んでしまいますぅぅぅぅ!!!」
「落ち着け黒ウサギ。簡潔に説明しろ」
グスンと鼻をすすって、黒ウサギが信長が使う刀について語る。
レーヴァテイン。あれはかつてのノーネームがあるギフトゲームに勝利し、得た恩恵であった。しかし魔剣はただ一度の使用を以ってコミュニティリーダーの命令のもと宝物庫に封印されることとなった。理由は単純。――――あまりにも危険過ぎたのだ。
レーヴァテインは使用者の霊格を喰らって能力を引き出す。その威力は絶大だが、使用者が未熟ならば使い手さえ喰い殺す。
故に魔剣。
黒ウサギが聞いた話ではメンバーのひとりが試しに使ってみた瞬間、東門の一部が消し飛んだらしい。もし火を消し止められなければ七桁の外門そのものが無くなっていたと、当時のメンバーが笑いながら話してくれた脇で幼い黒ウサギはうさ耳を震えさせていたものだ。
ペルセウス戦の後、十六夜とのいざこざで刀を失った信長を宝物庫に連れて行った。元々武器にこだわりは無いと信長自身が言っていたが、かつてのメンバーが集めた宝物庫の武具なら必ず力になると思って。好きなものを選んでいいと言った黒ウサギだったが、まさか信長が即答であれを選ぶとは思わなかった。
一応は止めたが、信長の強い要望もあり、切り札として使うのを条件に渡したのだ。
しかし今ならわかる。このときの判断は間違いだったと。
黒ウサギはあのギフトのことを甘く見すぎていたと知った。こうして目の当たりにしたあのギフトの禍々しい気配。あれは外に出してはならないものだった。
何者にもなびかない。使い手など現れない。
あれはそういう類の恩恵だ。
「お嬢様もあの刀のことは知ってたのか?」
「……ええ」
飛鳥は不快そうに鼻を鳴らして答える。
「宝物庫にあったほとんどのギフトは私には従わなかった。話しかけてもまるで無視しているみたいに」でも、と続けた飛鳥の顔が厳しいものになる「あれだけは違ったわ。自分を使え、お前を殺してやる、喰わせろ……と剥き出しの殺意を向けられた」
飛鳥はあのギフトを選ばなかった。いや、選べなかった。
今の自分では御しきれない力だと判断したのだ。正直に言えば臆したのだ。
プライドが高い自分がそう認めてしまうほどに、あれは禍々しい空気を纏っていた。
「ようするに、このままあの刀を使い続ければ」
「間違いなく信長さんは死んでしまいます」
「でも信長君て意外と馬鹿じゃないし、引き際は弁えていると思うのだけれど……」
そう、『普段の信長』なら。
3人は今も狂ったように笑いながら死の演舞を踊る信長の姿に釘付けになる。普段の飄々とした態度とはまるで違う。
はたして信長は今も正気なのか。正直判断がつかないでいた。
十六夜は肩を竦める。
「なんにしてもこのままじゃあいられない。――――黒ウサギ、作戦は続行か? やると言ったのはお前だ。お前が決めろ」
十六夜と飛鳥の視線を受けながら、黒ウサギは考えた。
おそらく今この場で無理だと言えば、十六夜は右腕の怪我をおしてペスト討伐にかかるだろう。それが悪いことだとは思えない。しかし――――。
「皆さんは信長さんのサポートを」
十六夜が再度問うた。
「それはあいつを信じるってことか? あいつが正気じゃなけりゃあ、仮に隙を作れてもお前の切り札は切れないぞ」
「はい」グイッ、と涙を拭った黒ウサギは決断する「私はレーヴァテインの狂気より、信長さんを信じます!」
力強い笑顔で応える黒ウサギ。十六夜もまた獰猛な笑みを浮かべる。
「オーケーだ、黒ウサギ」
「でもどうするの? このままだとさらに死者が出るわ」
「ご安心を! 今から魔王とここにいる主力――――まとめて月までご案内しますよ!」
★
(まあ、気持ちはわからないでもない)
炎と風が吹き荒れる戦場を眺めながら、十六夜は信長の心境を察した。
箱庭へと召喚された十六夜達は、誰しもが元の世界に飽いていた。飛鳥も耀も、己の力を持て余したから箱庭への招待に応じたのだ。
だがその中でも、織田 三郎 信長を名乗ったあの少年は十六夜達の中で最も元の世界で生き難かったのではないだろうか。
耀は動物達と話すことで、飛鳥は籠を飛び出すことで退屈を少なからず紛らわせていた。十六夜も、
しかし信長には誰もいなかったに違いない。
彼女のような導き手には出会えず、そも彼は戦いでしか飢えを満たせなかった。
群雄割拠の戦国時代。血を血で洗う戦の日々。
もし信長が常人程度の力しかなかったら、そこはなんと居心地の良いものだっただろう。だが信長は並外れていた。彼にしてみれば戦乱など、子供がちゃんばらごっこしているようにしか思えなかったのではないだろうか。
そんなものに、命がけの戦いなどありはしない。
いくら信長が
それでも時代は信長に戦うことを求めた。それが彼にとって『戦い』ですらないと気付けないまま、勝利とも呼べないモノが積み重ねられていく。
考えてみればそれはとてもストレスがたまる話だ。
毎度カードは配られていながら、開かれることはなく勝負は終わってしまう。何度も何度も。
――――だが、今このとき現れたのだ。
初めて信長の存在に気付く者が現れた。同じテーブルに着くものが現れた。
これでようやく彼はカードを開くことが出来る。待ち望んだゲームが始められる。
★
「黒ウサちゃん言ってた通り、これはとんでもないじゃじゃ馬だねぇ」
信長は右手に持つ刀を見ながら言う。こうしている今も体中の力がこの刀に吸われていくのがわかる。黒死病で瀕死になっているところにこれだ。正直目の前がチカチカする。頭はクラクラするし、呼吸は苦しい。
でも、
(ああ、楽しいなぁ……)
楽しい。楽しくてたまらない。
このままこれを使い続ければ危険だとわかっていても、ペストとの戦いにはこれが必要なのだ。ならば手放す理由は無い。
一転、周囲の景色が切り替わる。
石碑のような白い彫像が乱立する荒野。辺りには星が巡り、天には箱庭の世界があった。
「チャ、
顔面を蒼白にしたペストが叫ぶ。
ここはどうやら月の上らしい。空に浮かぶ黄金の大地。これはまた痛快だ。
――――と、いつもならば踊り喜ぶところだが、今の信長は目移りなどしない。今見えているのは
信長は刀を構える。
「いくらでも喰らうがいいよ。その代わり、僕にお前の力を寄越せ!!」
一層勢いを増した炎がペスト目掛けて立ち昇る。
黒ウサギの恩恵に動揺していたペストはそれに気付いて死の風で応戦。喰らえば喰らうほど勢いを増す炎を片っ端から殺していく。
「くっ!!」
「本物の魔王様、君は本当に怖くて強かった」
叩きつけるような剣撃に歯を食いしばって耐えるペスト。
「出来ればずーっとこうして君と戦っていたいけど、もう正直僕の方が限界なんだ。だからもう終わりにしよう」
「ならさっさと死ね!」
ペストの腕の振りに呼応して風の刃が放たれるが、信長を取り巻く炎がそれらを喰い尽くす。同時に、ペストを守っていた風の壁が斬り裂かれた。
もう防ぐ術は無い。
信長は高く刀を振り上げて、
「ごほっ」
信長の体勢が崩れた。
そのとき、彼女が考えて動けたとは思えない。敗北を覚悟した彼女を動かしたのは――――8000万の執念か。
「私は……
死の風が信長を貫いた。
グラリと信長の体が傾く。頭から真っ逆さまに地面に落ちていく信長を、今まで周囲を取り巻いていた炎が寄ってたかって襲いかかった。炎に巻かれて姿が見えなくなる。
最後は使い手すら喰らうとは、おぞましい。
そう思ったペストは目を見開く。
炎が内側から弾けるようにして開けた。再び姿が見えるようになった信長の手には先程までの長刀は無い。しかし代わりに大弓があった。
「……っ」
疑問に思うべきだった。レーヴァテインが北欧の神話であるのに、なぜあれは『刀』という形状を取っていたのかを。元よりあれに形など無い。神話でも、明確に形状を記されたものなど無かった。
「いえ、今はそれより回避を……!?」
気付いたときにはすでに遅い。炎の壁がすでにペストを囲んでいた。炎のアーチが彼女の逃げ道を塞いでいた。
「ありがとう、ペストちゃん」
大弓を番えた信長が口にしたのは感謝の言葉だった。炎の矢が放たれる。
矢は大気を切り裂き、苦し紛れの死の風をも突き抜けてペストの胸を貫いた。
たとえ形状が変わっても、これの特性は変わらない。矢は内側からペストを炙り、喰らわんとする。
「が……こんな、もの!」
それでもこの程度ではペストを殺せない。――――そんなこと、彼は承知の上だった。
「上出来よ、信長君」
炎のアーチで逃げ道を潰したのも、矢で動きを止めたのも全てはこの瞬間の為。
『叙事詩・マハーバーラタ』の大英傑、カルナが手にしたと伝えられる『必勝の槍』。太陽神の息子であるカルナが、生来持っていた不死不滅の鎧と引き換えに得た、ただ一度のみの奇跡を宿す――――
ディーンの力を借りて、黒ウサギに託されたギフトを飛鳥が放つ。アーチの始点から終点にいるペスト目掛けて。
轟と響きをあげた軍神の槍と共に、魔王を称した少女は爆ぜて散っていった。
九話ってさすがに長すぎたぁ、とか思いながら次話にエピローグ。
というわけで十話で二巻終了となりますね。閲覧ありがとうございます。
>今回は楽しく愉快に信長君にははっちゃけていただきたかった。彼の安否は如何に!(白々しい)
>めちゃくちゃ余談に彼のことを補足しますと、信長君は別に戦闘狂とかではないのですよ?まあ噛み砕いた感じでいうと、怖いもの見たさで肝試しをやってみたり、怖がりながら絶叫マシーン乗ってみたり、十六夜君とは少しベクトルが違った刺激を欲していたわけです。
信長はドSではなくドMだったんだね!(台無し)
>ちなみに、レーヴァテインの伝承やらがあやふやなのも史実です。明確になっていないものって本当にアレンジ加えやすくていいですねぇ