作成に一月以上かかってしまった……。
呉編のラストです。
元帥と別れた3人は、十数分ほど歩き御簓の提督室のある建物へと辿り着いた。しかし、その建物の前で何か騒動が起きているらしく、入り口周辺に野次馬の人だかりが出来ていた。
「何かやけに人が集まっていますね。何かあったんでしょうか?」
「何か知ってる声が聞こえるわね……。嫌な予感がするからあまり関わりたくないけど、あそこ通らないと中に入れないし、行くわよ二人とも。」
「「はい!」」
3人は人だかりをかき分けつつ建物へと向かっていく。少しして人だかりを抜けた3人の目に入ったのは、新人の将官に対して何かを一方的に話している男性将官だった。
「だから、私はそういうことはしないと言っているのです!」
「何を言っているのだ!私たちの側についた方が昇進の為にもなるし、その身の為にもなるんだぞ!」
「そんなことは知りません!私はそういったことは、絶対にやりません!」
どうやら男性将官が新人将官に対して何かを誘っているが、それを新人将官は断っており、その言い合いがこの人だかりの原因となっているのがわかった。
ここで論争をしている二人のうち、一人に対して幽は面識があった。
「……やっぱりあいつかよ……。」
「司令官、あの人たちを知っているのです?」
「肩に少佐章が入っている新人らしき方は知らないけど、中佐章が入ってる男の方は知ってるわ。」
「知り合いなら止めた方がいいんじゃないでしょうか……。」
「正直、あいつとは絶対に関わりたくないんだけど、仕方ないか……。二人ともそこで待ってて。」
「「わかりました」のです!」
二人を一旦待たせ、幽は言い合いを続けている将官達の方へ向かう。言い争っているからか、幽が近づいていることに全く気がつく気配がなかった。
「だからそっち側にはつかないって、何度もいってるじゃないですか!」
「こちらに来た方が確実に自分の「そこまでよ。」利益に……んん?」
「あ、貴女は……」
「ふん……。誰かと思ったら、お前か幽。」
「下の名前で呼ばれる筋合いは無いっつーの。いつも言ってんだろ、
朝霧と呼ばれた中佐は、無愛想な顔で幽に相対する。朝霧の背が比較的大きく幽の背が小さめのため、必然的に朝霧が幽を見下ろす様になっていた。
「江田島以来か?
「今は簓雪よ。積もる話は無いわ。そこの彼が困ってるようだし、違法勧誘は止めなさい。」
「違法だと?私はただ、そこの新人を誘っていただけだ。誘うことのどこが違法なのだ?」
「貴方の今いる立場上、その勧誘以前に考え方自体が違法でしょ。」
「ふん、俺は『俺の考えていることをやっているだけ』さ。どうだ、お前も俺達の方に」
「お断りよ。言ったでしょ、『馴れ馴れしくするつもりはない』って。とにかく今は退きなさい。」
幽は先程までの威圧的な雰囲気から、より相手に圧力をかけていくような雰囲気に変える。その威圧の強さに朝霧は一瞬驚いたがすぐに元の調子を取り戻す。数瞬のにらみ合いの後、朝霧は軽く笑ってこう続けた。
「ふふっ、そうか。まあいい、一旦ここは引いてやろう。……その威勢がいつまでも続くといいな。」
「……全くもう。ほら、そこの貴方も元の仕事に戻りなさい。」
「あ、は、はい!」
視線を反らして振り返り、建物から離れる方向へと歩いていく。幽は少しの間朝霧の後ろ姿を見て、その後振り返えって待たせていた二人の方へ行き、御簓のいる提督室を目指した。
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「さっきの人は結局誰だったのです?」
「え?あいつのこと?」
幽の左後ろを歩いている電から幽に対して、 先ほど話していた人物について尋ねる。幽は歩きつつも少し電の方を見て、簡潔に先ほどの人物について教える。
「話すと長くなるから簡潔に言うけど、あいつは朝霧狐心(あさぎりこしん)。伊予宇和島基地の提督で、同級生よ。」
「同級生、ですか。なら、なぜあんな対応を?」
「それにはちょっと理由があってね……っと、先生の部屋に着いたから、その件はまた後々ね。」
「あ、はい。」
3人はその建物のその階の中でもかなり大きいドアの前に立つ。他に比べて少し高価そうに見えるこの扉から、この部屋の中にいる人物がこの鎮守府の中でもかなり高位の人物であることがわかる。
幽は扉の前に立って一呼吸おいた後、扉をノックした。
「先生、簓雪です。」
『おお、幽か!入ってくれ!』
御簓の言葉に従い、3人は順に部屋に入り窓際の中央付近に置かれた机の前に並ぶ。幽を中央にして左に電、右に羽黒が立った。
机には御簓が座っており、その幽たちから見て左側には恐らく秘書艦であろう艦娘が立っていた。
「お久しぶりです、先生。」
「ああ、よく来てくれた、幽。一艦隊の司令塔らしくなってきたんじゃないか?」
「いいえ、まだまだです。着任してから、何回も失敗をしてますから。」
「そうか。隣にいるのは秘書艦の子かな?」
「はい。あ、二人とも、自己紹介をお願い。」
「は、はいなのです!」
「わかりました。」
幽の先生の前ということで少々緊張していた電と羽黒は、一度深呼吸をしてから紹介をはじめる。
「簓雪幽中佐麾下、廿日市基地所属、駆逐艦電なのです!」
「同じく、廿日市基地所属、重巡羽黒です。」
「ほう。私は、呉鎮守府大将の御簓海月だ。よろしくな。そして、隣にいるのが……」
「御簓司令麾下秘書艦の吹雪です。よろしくお願いしますね。」
全員が挨拶を済ませたところで、電は疑問符を頭に浮かべていた。御簓の秘書艦である吹雪に、少し気になる部分があったからだ。
「吹雪さん……ですか?廿日市基地の吹雪よりも、背が高いような気が……。」
確かに、廿日市基地やその他基地にいる吹雪よりも、御簓艦隊の吹雪は成長しているように見える。身長は、恐らく神通よりも少し低い程度まであるのではないかというくらい高い。
その疑問に対して、御簓はこう返した。
「ああ、うちの吹雪は少々特殊な事情を持っているんだ。ちょっと他言は無理なんだがね。」
「特殊な事情……ですか。わかったのです。」
若干誤魔化されたのではないかという疑問は残るものの、電はとりあえず納得した。
それを確認した御簓は、早速今回呼んだ理由である案件について話を切り出した。
「では幽、些か拙速で申し訳ないが、本題の方に入らせてもらうよ。」
「はい。『話せる深海棲艦』と『深海棲艦の分布』、『消えたヲ級』、『伊58』についてですね。」
「ああ。吹雪、資料を頼む。」
「はい。」
御簓は吹雪から資料を受け取り、一通り目を通し直す。それから、幽に対して話し始めた。
「まず『話す深海棲艦』の件だが、この件は最近報告が増えてきている。呉だけではなく、横須賀や舞鶴、佐世保、占冠といった鎮守府やトラック等の基地でもだ。」
「!やはり全国単位で現れ始めているんですか?」
「ああ。基本的には重巡艦種以上か潜水艦で報告が上がっている。現状、
「
「まだ調査・研究中であるから断定は出来ないが、恐らくそうだろう。」
そんなことを考えていると、御簓は手早く次の論題へと話を移す。
「急かしている風になってしまって申し訳無いが、次の題に行かせてもらう。『深海棲艦の分布』ついては、一応調べてみたもののそのような情報はほとんど見られなかった。」
「えっ?ほとんど……ですか?」
幽と電、羽黒は驚く。なぜなら、自分達はほぼ全て敵の分布が変化していることが多かったのに、全体を通してみるとその報告数が著しく低かったからだ。
「ああ。
「となると、この分布異変は呉の、本当にこの周辺で起こっているということですか?」
「ああ。だが、『ヲ級が失踪したため分布が変わった』とまで出してきたのは幽だけだがな。」
「……。」
今の話を聞いて、幽は考える。この近辺でのみ今回の事例が起こっていて、それはまだ終わってはいない。つまり、深海棲艦は『消えたヲ級』を未だに見つけられてないということ。だが、ここに残っていることから、恐らく捜索・捕縛対象のだいたいの居場所がわかっているのだろう。それはつまり、
「……ヲ級がまだこの近辺に残っている?でも、ただ残っていても、ヲ級には意味がない。」
「まあ、そうじゃのう。」
「確かに、四面楚歌の状態で留まり続ける意味は無いのです。」
幽が深く考えているなかで、ふと、羽黒がこう言葉を溢した。
「そういえば金剛さんから聞いたんですけど、南西諸島防衛線で撃沈した空母は、『失踪したヲ級は艦娘に与(くみ)する意思を持っていたらしい』と言っていたみたいです。」
「!」
羽黒が何となく溢した言葉によって、幽の中には今までの思考を一本繋ぎにする1本の大きな糸が浮かんでくる。羽黒の言葉で欠けていた思考のピースがはまり、幽の思考をまとめあげた。
(艦娘に与する意思を持っていたということは、艦娘としての記憶があった可能性がある。もしもその記憶がブラック鎮守府の記憶だとしたら……)
「艦娘を助けるために、艦隊を抜けてまでブラック鎮守府を狙おうとしているということなの……?」
「「「「!?」」」」
ポロッと幽の口から出てきた言葉に、その場にいた全員が驚愕を隠せなかった。皆が驚愕で身動きが取れない中、いち早く気を取り直した御簓は幽の言葉に反応する。
「確かにその可能性も捨てきれん。幽、よく気がついた。」
「えっ?あ、いえ、ふと思ってしまっただけなので……。」
「いや、その可能性を思い付いただけでも、かなりの進展だ。少なくとも対策や作戦がうてる。吹雪、呉近辺の基地をもう一度洗い直すぞ。」
「はい、司令官。」
「……。」
自分の失言で事態が思わぬ方向に進んでいったため、幽はかなり話しにくい状態になり、話題の変更を切り出せず、あわあわと困りつつ慌てている。隣にいる電も、それにつられてあわあわしだした。
その状況にいち早く気がついた吹雪は、何とか助け船を出そうと御簓に話題転換を切り出す。
「あの、司令官。」
「ん、なんじゃ?」
「新たな仕事に集中するのもいいのですが、まだ話していない題があるんじゃないですか?」
「?……ああ、そうだった。すまんな、吹雪。幽、電、羽黒。ちょっとこっちの事で集中して悪かったの。」
「……あ、いえ、大丈夫です。」
幽は、とりあえず議題が変わったので、安心して胸を撫で下ろす。幽のそんな様子をよそに、御簓は話を続けた。
「で、じゃ。最後に廿日市の艦隊が発見、曳航、保護している佐世保鎮守府に所属する基地麾下の『伊58』の件なんだが……どれくらい回復している?」
「肉体的には回復しているんですが、如何せん目が覚めなくて……。」
「ふむ……。では、こうしよう。伊58は、回復するまでは一時的に廿日市基地麾下とし、回復してからは、本人の意思に任せるようにする。これでいいか?」
「はい、問題ありません。」
「そうか。では目が覚めるまで、世話を頼む。」
「「「はい!」」」
「とまあ、話すことはこれくらいか?」
「ええ、大丈夫です司令官。」
「だそうだ。わざわざ呉まで来てもらって悪かったの。」
「いえ、里帰りみたいなものですから。問題ありません。」
「そうか。まあ、この後は特に何もないしゆっくりしてくれ。」
「はい!」
全体の話を終え、その場にいた全員が一息つく。何となく全体の終わりの言葉をまとめたところで、幽と電、羽黒の3人は御簓と吹雪の2人に対して挨拶をしつつ部屋を後にする。電と羽黒の2人が出てそれに続けて幽が出ようとすると、何かを思い出した御簓にドアの前で呼び止められた。
「ああ、幽。ちょっと待ってくれ。一つ伝え忘れた事があった。」
「はい……?何ですか?」
「すぐに話終わる。吹雪、資料を幽に。」
「はい。どうぞ、幽ちゃん。」
「あ、ありがとうございます。」
幽は渡された資料の表題を見る。そこには『日本海軍大規模作戦(仮)』の文字が記されていた。
「大規模作戦ですか?」
「ああ。まだ確定ではないが、早い段階で深海棲艦に大打撃を与えるために大本営が計画しているらしい。で、いつ起こるか、呼ばれるかもわからないから、今のうちに大きく練度をあげておいた方がいいという忠告だ。資料はしっかり読んでおいてくれよ。」
「なるほど……。了解しました。可能な限り善処します。」
「そうしてくれ。……今日は早めに上がれると思うから、また後での。」
「はい。先生も吹雪さんも、お待ちしてますね。」
そのように言葉を交わして、幽は部屋を後にする。既に外に出ていた2人は、もう部屋の前にはいなかった。どうやら少々先まで行ってしまったようだ。2人に追いつくため、幽は歩みを普段より速めて向かう。
(『ヲ級』に『伊58』に『大規模作戦(仮)』……。これからもまだまだ大変そうだ……!)
ふと先程まで御簓の提督室で聞いてたことを思いだし、幽はふっと微笑む。これから待ち受けるであろう事をポジティブに考えつつ、恐らく待ってくれている2人のもとへ向かうため、その歩みをさらに速めた。
艦娘紹介
07 金剛
艦種 高速戦艦
役職 第1艦隊
所属 廿日市基地
簡易紹介
4回目建造組。羽黒と共に廿日市基地に着任する。
言わずと知れた金剛型高速戦艦の一番艦で、普段からかなりハイテンション。その様子から軽率なように見えることもあるが、根はかなり真面目で場合によっては頼れるお姉さん化する。
かつてその訓練の厳しさと苦痛からつけられた二つ名『地獄の金剛』の名に劣らないほど、訓練に対してはかなり真剣に、スパルタにいく。但し、神通と協力して教導をする場合には、金剛の方がストッパー役になることの方が圧倒的に多い。
走力が自慢で、島風ほど、とはいかないものの、かなり速いスピードで行動することが出来る。また、戦闘にはあまり関係ないが、かなりハイレベルの人を見抜く目を持っており、初対面でもどのような傾向の人かすぐに見抜けるらしい。
紅茶が大好きで、よく茶葉を買ってきて飲んでいる姿が目撃されている。飲むときは、だいたい羽黒、幽、暁、神通のいずれかといることが多い。
次は演習編をやる予定ですが、ちょっと別の話を挟むかもしれないです。