EREMENTAR GERAD ~白の章~   作:真夜

6 / 6
五話『傷口が癒えない中で―』

 

「『虚空(こくう)に

我が名をしめされん

思いはしらせ

弾とならんことのはを

契(ちぎ)り籠(こ)ん』」

 

同契(リアクト)の謳を口にすると、ぶわっと俺の回りに銀色の風が渦巻き始めた。それは次第に大きなものから小さなものへと変わって、渦の球が形成されていく。

俺は目の前に出来た球に両手を入れた。

(暖かい…?)

中は緩やかな感じでほんのりと暖かな風が手に絡み付いてくる。そんな違和感を感じながら、俺はグリップを見つけると、勢いよく引き抜いた。

球となっていた渦が掻き消えると、銀色を基調としてサイドに黒のラインが刻まれた、銃身の長い双拳銃が姿を現した。

一指し指をトリガーにかけると、親指で弾くように安全ロックを解除した。

そこから、俺は右手を斜め上に――左手を下段に構えた。

 

『さあ、いくわよジン!』

 

武器――銀色の二丁拳銃へと変身したリンがそう言った。

だけど俺は銃を目の高さまで下ろすと、

 

「なあ、なんか暖かいんだけど…」

 

どうでもいい、と言えばいいことだが疑問に思うと質問したくなるのが俺の性。とりあえず、リンに訊いてみた。

少し考えるような沈黙があったあと、リンが喋った。

 

『なんの話?』

 

「だから、グリップが暖かいなーと」

 

記憶が正しければ、確か最初グリップを握ったときはとても冷たかった。でも何回目かの今は、驚くほどではないがほんのりと暖かかった。最初を氷だと例えると、今は氷は当に溶けていて、そのあと日に当てられ温まってしまった水みたいな感じだった。

(この変化はあれか? 今の気温により変わりますみたいな)と、ろくでもないことを考えてみたり。

ん~~、とリンが唸った。また律儀に考えてくれてるらしい。

 

『いつもと変わらないと思うけど…。 ジンの勘違いじゃないの?』

 

「そうかなあ~…暖かかったぞ?」

 

「まあ、なんでもいいじゃない。 それより、今はこっちよ。 ジン、戦いに集中しなさい。負けるわよ?」

 

「確かにそうだな…。 うん、今はこいつをなんとかしないと」

 

掌に伝わるふんわりとしたその柔らかな暖かさに、心が落ち着いていった。

俺は気持ちの入れ換えも兼ねて、肺に溜まった空気を吐き出した。重く張りつめたものに満たされていた身体の中が、白く新鮮なものへと変わっていく。

(…今は、こいつだ)

ふっ、と肩の力を抜くと俺は前を向いた。

 

「おう、準備はいいか?小僧」

 

「ああ」

 

「短い返答だな。 会話を楽しもうって気持ちはないのか?」

 

「これっぽっちもないな。 それよか、律儀に待っててくれるんだな」

 

リアクトは一瞬のこと。でも戦闘では、その一瞬の隙が命取りたなることが多い。それなのにブローカーは攻撃して来なかった。むしろ、会話中も黙って見ていたという有様だ。

くく、と男は馬鹿にするかのように笑うと、

 

「そりゃあな。リアクト中の敵を倒したって面白くねえ。 これから戦いをすんだ。少しでも楽しい方がいいだろう? それにそいつに傷がついたら値が落ちるからな」

 

双拳銃へと変身したリンを指差すと、男は見下すように言った。

リンがその言葉に反応するように、歯を噛みしめるのを感じた。実際に見えてるわけじゃないが、そんな感じがした。

 

『…っ………』

 

「……やっぱ最低なやつだな、お前。 人間のクズだ」

 

「クズだなんて、酷い言われようだな。 これでもお前と同じ人間だぜ?」

 

男はほら、と言わんばかりに剛腕な腕を広げた。

 

「はいはい。 人間だけど、お前は腐った人間だったな。完璧忘れてた」

 

「ははは。小僧、そりゃあ俺に対しての誉め言葉か?」

 

「そうだよ、それ以外に何があるんだってんだ?」

 

俺は欺け笑うかのようにそう言いきった。

ピクピクと引きつった顔をした後、男はこう言った。

 

「死にたいらしいな」

 

今の言葉が戦闘開始の合図かのように、男は走り出した。巨大な斧を上段に構えると振りかざしてくる。

 

「おらぁ!!」

 

『ジン、斜めに飛んでっ』

 

「ああ、分かってる!」

 

以前トラス=ベルンで戦った時と同じで、男の攻撃は斧にしては早いが直線的だった。突進して距離を詰めてからの、振り降ろし攻撃。一番避けやすいパターンのやつだ。

俺は相手の攻撃に合わせるようにタイミングを計ると、斜めに飛んでかわした。

 

「そんなことは分かってんだよ小僧!」

 

『ジンっ!』

 

「なっ!?」

 

男は斜めに振り切った斧を横に構え直すと、横に振り切ってきた。さっきより勢いを増して、脇腹を狙った攻撃が来る。

ギリギリ間に合うか、間に合わないかという瀬戸際だったが、腹にまともにきた攻撃をなんとかガードすることができた。しかし、その反動は殺し切れず、俺は吹き飛ばされた。

ガサッと大きな音をたてて植木に刺さった。

(っ……いてぇ…)

斧をガードした腕も痛いが背中の方がダメージが大きかった。少しでも動かすと痛みが走った。だが、木が植えられている所に飛ばされてなかったら、身体への負荷はもっと大きいものだったかもしれない。

 

『ジンっ! 避けて!!』

 

リンの叫ぶ声が聞こえた。俺はその危機迫る声に反応して、顔を上げた。

すると眼前に迫る斧の切っ先が見えた。

 

「くそっ」

 

羽上がるように起き上がると俺はすぐさま横へと飛んだ。そのまま転がるように体勢を立て直すと、銃を構えた。

さっきまで倒れていた所が目に入る。草むらはおろか、地面すら吹き飛んで新地へと変わっていた。

 

「…あぶな。 あんなのくらってたら、また吹き飛んでたな…俺」

 

「はは、いい反応してるじゃねえか。 俺が欲しくなりそうだぜ。 どうだ俺のモノになんないか?」

 

『いやよ。私はあんたみたいなの嫌いなの』

 

「毎日可愛がってやるぜ?」

 

『絶対嫌。死んでも嫌よ』

 

嫌悪MAXという感じにリンは言い放った。

 

「だってよ。 さっさと諦めな、おっさん」

 

俺はサイドステップをすると同時に牽制として数回連続でトリガーを引いた。弾丸がいくつも男目指して向かっていく。

 

「バーカ。そんな攻撃くらうかよ!」

 

そう言うと巨大な斧を振り抜くと、金属同士がぶつかる音がした。

身体を狙ったが男に怪我がない。つまり防がれたわけだが、まあそれは別にいい。少しでも相手の足が止まればいいのだ。

相手との距離を取ると、俺は一人事かのように呟いた。

 

「さっきの攻撃は危なかったな……」

 

『そうね。 ジン、怪我はない?』

 

「大丈夫。どこもやられてない。 ……それより、リン…サンキュな。さっきの助かった」

 

さっきの、というのは植木に飛ばされたときのことだ。痛みで一瞬、集中が切れていて相手の攻撃に気付かなかった。もし『避けて!』と言われなったらまともにくらってたかもしれない。

流石にあの吹き飛んで新地へと変わった、植木たちにはなりたくはない。

 

『ふふ、気にしなくていいわ。 わたしは当然のことをしたまでよ』

 

「ああ、そうだな」

 

理由は特にないけど、そんな強気モードのリンを笑ってしまった。恐らく銃へと変身してなかったら、今頃腰に手を当てて自慢げな顔をする女の子がここにいることだろう。

(本当にその勝ち気な態度には救われるよ…)

背中がズキッとした。傷口が開きかけているのは分かっていた。でも、ここで引くわけにも、リンにそのことを言うわけにもいかない。

気持ちだけでも負けまいと俺は歯を食いしばりながらまた頬を緩ました。

そんな俺の笑みに気が付いたのか、リンの声が聞こえてきた。

 

『な、なんで笑ってるのよ!?』

 

「いや別に…。 まー、あえて言うなら……何となくだな」

 

『何となくで笑えるわけないでしょう? ジン、ちゃんと説明なさい』

 

本当の事を言えるないわけで、困った俺はポリポリと頭をかいた。

(どう説明したら納得してくれるのやら……)

そんな時、

 

「…余裕だな。小僧」

 

相手の出方の探り合いに飽きたのか、男は構えていた斧を降ろすと口を開いた。俺はそれに警戒したまま答える。

 

「ま、少しはな。 大体お前の攻撃の仕方は分かったから」

 

「そうか。 でも、そんな余裕をこいても大丈夫か? もう俺の勝ちだっていうのに」

 

「…何を言って……――ってマジかよ…」

 

振り返ると俺たちを囲むように、茂みの中から武装した盗賊たちが現れた。前にも見たことがある服装だから、ブローカーの仲間だろう。

それには流石に言葉を失った。リンも同じなのか、歯を噛み締める音が聞こえた。

 

「万事休す。今頃、気付いても遅い」

 

そんな時、どこかからクスクスと聞き覚えのある簿く嘲笑うような声が聞こえてきた。

俺は誰の笑い声なのかすぐ分かった。俺は巨大な斧へと目を向ける。

 

『この子、なぶり殺しにしちゃうの~?』

 

「それもいいな。 でも、売った方が金になるから、闘技場に行こう。こいつは絶対儲かるぜ」

 

『え~わたしあの子タイプなんだけど。 前会ったときから、調教したくてウズウズしてるの』

 

あの武器は人の言葉を話せる。でもそれは斧が機械で、人工知能を持っているからとかではない。

相手もエディルレイドと呼ばれる、武器へと変身出来る特殊な女の子がいるのだ。

リンも同じらしく、今は双拳銃へと変身している。

 

「調教って……。絶対お前らには捕まりたくないな」

 

『きゃはは。そんなの無理よ。絶対捕まえちゃうから』

 

「まあ、ジュリア。そんなに興奮するな。 その前に俺の相手が先だ」

 

『きゃはは。いつものやるのね? 分かったわ』

 

巨大な斧を片腕だけで軽く持ち上げると切っ先をこっちに向けてきた。

それは鈍い輝きを放つと砂塵が渦を巻くように集まってきた。

 

「『砂(さ)とならさん

理(ことわり)しや塵(ちり)ゆき

わな切りしす時の波(は)

一迅とせん』」

 

「お前ら、なにをして……」

 

エディルレイドが謳い出したと思ったら、男もそれに続いて言葉を紡いでいく。

これは同契(リアクト)の謳ではない。もしそうだとしたら隣にエディルレイドがいるはずだ。でも、今はいなくて男は既にリアクトしている。なんだこれは…、と焦りが湧いてくる。

男を包み込むように渦巻いていたものが、だんだん斧の刃先へと集中していく。

ピンとあれはヤバい、と直感で分かった。でも、後ろも横も手下が囲むように立っているから逃げ道がない。

僅かしか考える時間がない中、1つだけ思い出したことがあった。

それは、少し前にリンから教わったことの一つだった。

俺はポツリと口にする。

 

「リン、アレいけるか?」

 

左手に持つ拳銃を背にあるホルスターにしまうと片手持ちだったものから、両手持ちへと換えた。

それが合図かのように、

 

『ええ。今ならいけるわ』

 

と答えてくれた。俺はゆっくりと頷くと、集中した。

 

「…リン、頼んだ」

 

「はっ!今更何をしようってんだ。 遅過ぎなんだよ!!」

 

『やっちゃってーー♪』

 

「小僧。これでもくらいな! 砂塵一千(サンドソリット)!!」

 

切っ先から離れた、砂塵――衝撃波に近いものが地面を割りながら向かってくる。

銀を基調とした銃がキラリと輝いた。

 

『ふ~~、ふふ~~ん♪』

 

リンの鼻唄が聞こえてくる。俺はそれを聴きながら、深く集中していく。

二丁から一丁――片手持ちから両手持ちへと換えたのには、意味がある。一番の理由は安定性だ。そして、撃ったときの反動を耐えられる。長身のこの銃は一発撃つだけでも反動のせいで凄い体力を消耗するのだ。

じゃあ、何故二丁を同時に使えるのかと言うと、これはリンのサポートに寄るものだ。

いつも反動を外へと逃がしてくれているらしく、連続でトリガーを引こうが左右同時に撃とうが俺への負荷はほぼ零に等しい。

しかし、それにはリンも集中しなくてはいけないらしく、今みたいに他のことに気を回すと反動軽減が出来なくなってしまう。つまり、二つのことを同時進行出来ないってわけだ。

(そんな不器用なところもリンらしいな。 こういうのも性格が関係してくるのか?)

と考えていると、

 

『いけるわよ』

 

とリンから合図が出た。

俺は右足を起点にぐるりと回転した。視界が一気に変わっていく。さっきまで目の前にいた男が目の端まで移動する。

 

『バン…バン……バン、バン』

 

「……………」

 

俺はトリガーに掛けていた指をリンの『バン』という合図に合わせて連続的に引いた。

ポッカリと空いた黒い銃口から、死神がいくつも飛んでいく。

直線的なその弾丸は狙った相手の身体へと吸い込まれるように向かっていった。

 

「な、なに!?」

 

「ぐあぁ!」

 

当たりは良好。全部ちゃんと命中したらしい。崩れ落ちるように何人か倒れた。

その瞬間、俺は走り出した。衝撃波が当たらない範囲へと移動するとまた身体の向きを反転させた。

さっきまで俺たちが居たところは、鋭い刃で抉られたかのように溝が出来ていて、それは直線的に伸びて、数十メートル離れた隣の家まで届いていた。

向こうから落胆したような声が聞こえてくる。

 

「あー、何やってんだか。てめえら、ホント使えないな」

 

『しょーがないよ~。したっぱじゃ相手にならないって』

 

「そーいう問題かあ? 五秒と保ってないぞ?」

 

『確かにね~。 どーする?もう一度やる~?』

 

もう一度、その単語が聞こえた瞬間俺は身構えた。今回はさっきみたいに囲まれてはいない。攻撃をちゃんと見れば避けられるだろう、と相手の出方を伺った。

しかし、男にその気はないらしくゆっくりとした足取りで歩いて行く。

 

「いや、いい。 それよりお前らは敵一人の足止めすら出来ないのか――あぁ!?」

 

足を撃たれてうずくまっている仲間に近付くと蹴り飛ばした。

鳩尾に入ったのか、身体をくの字に曲げて転がっていく。

 

「…す、すいません……バルドさん、ジュリアさん…」

 

怪我をした男はごほごほと咳き込みながらも謝る。

バルドさん。そして、ジュリアさんと呼ばれるブローカーの男とエディルレイド。

バルドはゆっくりといた足取りで倒れている仲間の元へと歩いていくと、巨大な斧を軽々と担ぎ上げた。

 

「馴れ馴れしく俺の名前を呼んでんじゃねーよ」

 

「す…すいません……以後気を付け――」

 

「あぁ?そんなのあるわけねえだろってな。 使えないやつは死んどくってのがここのルールだろ?」

 

止めを刺すかの如く、斧を怪我をしている男へと降り下ろした。

その瞬間、俺は叫んだ。

 

「リンっ!」

 

『ええ、分かってるわ!』

 

俺は名前を呼ぶと同時に二丁目を腰から抜いた。そして、そのままの状態で狙いを定める。

 

『いいわよ!』

 

それを聞いた瞬間俺はトリガーを引いた。弾丸は目標物目掛けて、空気を切り裂いて突き進んでいく。

発射から一秒とかからず、一発は斧の切っ先、もう一発は中心部に着弾した。

 

「ひっ……!?」

 

斧は弾丸が当たった反動で、軌道が擦れたのか男にはギリギリ当たらなかった。

頬を少しかすったのか、息を飲むかのような悲鳴が聞こえた。

 

『あ~、外れちゃった~~。もーー!!』

 

「……おいおい、そういう邪魔はしないでくれよ。殺し損ねたじゃねえか」

 

ポリポリと頭を掻きながらバルドは、地面に深く刺さった斧を抜くと肩に担いだ。

それはもう、今殺し損ねた男を仲間だと思っていない目だった。いや、元から誰一人としてそう思ってないかのような――まるで仲間を一つの駒として見ている感じだった。

バルドはまた口を開いた。

 

「なんでこんなことしたんだ? 小僧にはなんの関係もない命だろう? ここでこいつが死のうと、お前にはなんのデメリットもない。むしろ――」

 

「うるせえな、ぺらぺら喋んじゃねえよ…。 俺は仲間に手をかけるのを見てらんなかっただけだ」

 

俺は睨み付けるようにバルドを見た。

 

「お~、怖い怖い。目付きが逝っちまってる」

 

「悪いけどこれは生まれつきだ。それにヤバいなら、お前の方が逝ってるぜ? 頭ら辺がな」

 

「ははは、口が達者なもんだ。 これこそ減らず口を叩くってやつだな!」

 

バルドが突然駆け出した。

俺との距離を詰めると、巨大な斧で近接格闘戦をしてくる。

普通に考えれば、遠距離武器 VS 近距離武器の戦いにおいて、距離を詰めれば勝てる相手と戦う場合、距離を取らなくてはならない。それもこっちが遠距離系なら尚更の話だ。

だが、俺はそれを逆手に取った。

遠くて当たらないなら、近付いてガードをする暇を与えなければいい。

威力が足りないなら、銃口を鋭角に急所に叩き込んで、トリガーを引けばいい。

 

「俺に近付いてくるなんて馬鹿か!!そんなに一秒でも逝きたいか」

 

「バーカ。んなわけねえだろ」

 

接近してくる切っ先。それはとても鋭利で当たったら、腕の一本や二本、軽々と持っていきそうな感じだった。

俺はじーっとそれを見つめる。長年何の理由もなく鍛えてきたことが今、役に立つかもしれない。

拳銃を目の前で交差させると、バルドの攻撃を待った。

 

「…っ!!」

 

ガキン、と鈍く金属的な音と共に斧が途中で止まった。

 

「ほう、なかなかやるじゃねえか。今回は逃げなねえのな」

 

「…っ! 逃げたってなんも解決しないだろってね。それに一度した約束を破りたくはない……」

 

「約束だぁ?何のことか知らねえけどだ、そんなの破る為にあんだろ? そんなの逐一守ってたら切りがないぜ」

 

「だから、うるせえって言ってんだろ。その口縫ってやろうか?」

 

安い挑発だが気にせず俺は言い続ける。

 

「いや、喋れなくなるぐらいにしないと意味ないか」

 

「ハッ!威勢がいいのは良いが、力が入ってないようだが?」

 

「馬鹿言え、そんなわけねぇだろ。 …勘違いじゃないか?」

 

そう言うと頭身をクロスさせて、受け止めていた一閃を左へと流した。

その瞬間、斧の中心に向けて零距離で数発撃った。弾かれた武器は俺から少し離れた所に突き刺さる。

連撃、その言葉通り俺は畳み掛けた。

ボディブローを決めるかの如く、グリップを握り締めると鋭角に突き上げた。

 

「くそっ!」

 

「逃がすか!!」

 

バルドは地面に刺さった斧を軸に身体を捻って、溝内への攻撃をかわした。放たれた銃弾も在らぬ方向へと飛んでいく。

俺は体勢を低くすると、足に力を込めて高くジャンプした。着標地点はバルドの向かい側だ。着地すると同時に引き金を引く。その流れで回し蹴りを叩き込んだ。

全部巨大な斧で防がれたが、猛攻撃の反動までは相殺出来なかったのか武器が吹き飛んだ。

くるくると回転しながら、地面に突き刺さった。

 

『いったーーーい!! もう何すんのよー。痛いじゃない!!』

 

突然悲鳴のような叫び声がすると、バルドの斧が光り輝いた。そして、女の子が姿を現した。

どうやら手から離れたことによって、同契(リアクト)が解けたみたいだ。

俺は銃口をバルドの胸にピタリと標準を合わせた。

 

「…これで俺の勝ちだ」

 

トリガーに掛けている指に力を入れた。そんなとき昨日のことが頭を過る。溝内へと叩き込んでからの発砲。そして、大量の血がリンにかかった。

(そんなことが二日も続いたら、リンは――)

 

「おら、指が止まってんぞ!!」

 

「なっ!?」

 

一瞬でも相手に時間を与えてしまったことに後悔した。バルドの突き上げた膝が脇腹にめり込んだ。そして背中にも衝撃が襲う。

変な音が身体から聞こえた後、身体から力が抜けるのを感じた。俺は片膝を付いてなんとかバランスをとった。

 

「てめ…何をした……」

 

「何をしたって…俺はただ殴っただけだぜ? そこをな」

 

バルドの拳を見ると、返り血で真っ赤だった。

 

「なあに、そんな驚いたような顔をするな。お前らが昨日戦った相手が俺の手下だったって話だ。 それで俺は治ってないところに拳を叩き込んだ、というわけだが――」

 

蹴りあげた足が腹へとささった。さっきのバルドの仲間のように身体がくの時になって転がった。

 

「かはっ!」

 

『ジンっ!!』

 

銀色の双拳銃からリンの声が聞こえてくる。でも、それに答える余裕はなかった。それは血が逆流してきたからだ。

俺は地面に手を付くと血を吐き出した。

バルドはそんな俺を見下すように、

 

「おいおい、こんなことで死ぬなよ? お前にはとっておきの場所があるんだからな」

 

「…クソが……」

 

「あぁ? なんだって?」

 

聞こえなかったのかバルドは近づいてきた。そして、俺の胸ぐらを掴むとグイッと持ち上げた。

バルドの顔が間近に見える。

俺はもう一度聞こえるような声で、

 

「クソ野郎が、って…言ってんだ……」

 

口の中に残っていた血反吐を飛ばした。流石にこの距離で外すわけがない。唾はバルドに当たった。

べちゃりとくっ付いた血が頬を伝って下に垂れていく。

頭に血がのぼったのか、血管が浮き出ていた。

 

「……どうやら、こいつは死にたいらしいな…ジュリア!!」

 

「はーい♪ ここにいっまーす」

 

駆け寄ってきたジュリアがバルドの腕に抱き着いた。嬉々揚々と楽しそうに笑っている。まるでこれから始まるパーティに思いを馳せる様な、そんな感じだった。

でも、これから始まるのはそんな明るいもんじゃない。俺の血祭だ。

(くそ、身体に力が……)

いつも肝心な時に使えない身体。今だけでもいい…動いてくれ……、と願ったその時――

突然辺りが輝いた。そして、どこかから謳が聞こえてくる。

 

「『紅(く)りあわさん

弛流(ちる)みまさり

契(ちぎ)り籠(こ)ん!!』」

 

ぶわっと一陣の風が吹き荒れる。

警戒するように斧を構えると、バルドは叫んだ。

 

「誰だ!!」

 

その問いに答えるかのように、風に乗ってどこかから声が聞こえてくる。

 

「ん~ブローカーに名乗る名前はないかな?」

 

『そうです。ないのです!』

 

「…っ!?」

 

「……………」

 

声がした方を見やると、抽象的な顔に目の下の泣き黒子が特徴の男が立っていた。その手には、白を基調としたコートに似合わない紅色の鎌を持っていた――

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。