リンのあとを追って路地を抜けていくと、広場へとたどり着いた。
そこはどうやらちょっとした休憩所となっているようで、真ん中にある噴水を中心に長椅子がぽつぽつと置かれていた。そこには休んでいる人が数人いた。
(まさか路地裏にこんなものがあるとは思ってなかったな…)
普通、路地裏と聞けば危ないところとか狭い一本道。という想像するだろうけど、ここは違うようだった。
路地裏の先には大きな広場があった。
この町は思ったより大きいのかもしれない。つい、うわ~~と口を開けて驚いてしまった。
「デカい広場だな~…。俺の町にはこんなのなかったぞ」
「ジンの町は小さかったからね」
「こら、小さい言うな。あの町で暮らしてた俺にとっては大きかったんだから」
師匠に訊いた話によると俺の町は小さな集落がいくつも集まって出来たものらしい。最初は建物が少ししかなかったが、商人によって市場が作られて裏市場もできて町はどんどん発展していったらしい。
今では地図に載るようになったとかなんだとか。
まだ小さかった俺は興味がなかったから、訊いてなくてあまり覚えてないがそんな感じだった気がする。
俺は興味半分にリンに訊いてみた。
「なあ、リンはこういうのたくさん見てきたのか?」
「そうね、わたしはこういう広場はたくさん見てきたわ。こんな大きさなんてまだ序の口よ♪」
そう言うと広場の中心にある噴水に駆けて行った。そこにしゃがみこむと中を覗きこんだ。
俺はそんなリンの背中を眺めながら、石の長椅子に座り込んだ。
ゴツゴツとしていて、尻が痛い気もするがそれは我慢。朝から歩きまくっていたから、足がもう限界だ。今の内に休ましておかないといつか暴動を起こすかもしれない。
「ねえ、ジン!」
リンは顔を上げると俺の名前を叫んだ。ここがちょっとした閉鎖的な空間だったためか声がコダマした。だんだんと俺を呼ぶリンの声が小さくなっていく。
何回も呼ばれるっていうのは、少し恥ずかしいもんだな。そう思いながら重い腰を上げて噴水の方に足を進めた。
「ん~?、なんか見つけたのか??」
「見てこれ、お金が落ちてるわ!拾っていいのかしら」
「何言ってんだよ、リン。いくら今金が無いからって、冗談でそういうのはよくないぞ?」
「冗談じゃないわよ。本当に噴水の中にお金が落ちているんだから」
そう言うとリンはひい、ふう、みいと数え始めた。
嘘かと思ってたけど、これは本当かもしれない。こんなところで思わぬ収入が入るとはなんたる奇跡なんだろうか。
恐る恐る噴水の中を覗き込むと、コインだけでなく紙幣までもが落ちていた。
「…本当だ……お金が落ちてる。 いくらあった…?」
「ん~そうね…、だいたい5千Gぐらいじゃないかしら」
「そんなにか……」
思ったより貯えてるじゃないか、噴水よ。それだけあれば当分生活には苦労しないだろう。
それより、今を乗りきるには十分過ぎる量だった。
リンと二人で噴水を覗き込んでいると、
「それはお願い事をするときに投げ込んだお金じゃから、持ち帰ることはできんよ」
「え?」
「ん?」
初めがリンでその次の間の抜けたような声が俺の声。二人して何驚いた声を出してんのかは、急に話かけられたから。俺に関しては、え…じゃあ、ダメなのか……、という気持ちが大半を占めていた。
声をかけて来たのは、笑いじわをたくさん蓄えた老人だった。時折、長く伸びた白い髭を触っている。
「どういうことなの?それ」
「さあ?お供え物みたいな感じじゃないか?」
「じゃあ、どうして噴水なんかに?」
「噴水には神様がいるとか…」
リンにどういうことか説明を求められたが、訊かれたが俺もよく分かっていなかったのであやふやな答えをした。
よく分からない、という顔をされた。
例えば、そこに咲く花の説明なら得意と言うかお手の物なんだけど、こういう町によって違う言い伝え的なのは分からない。
因みにそこに生えている白い花は、ライラックだ。その特徴的な鈴なりに花びらを付ける様は綺麗で、花言葉の『無邪気』という言葉にピッタリだった。そして、花びらの色によっては『初恋』という花言葉も持っている。
しかし、今はそんな情報は役に立たない。どうリンに説明しようか、と頭を悩ませていると軽い咳払いとともに老人が助け舟をだしてくれた。
「これはな、えぇ~っと……」
「あ、俺ですか? ジーニアス=クラウン――ジンです。 んで、こっちがリンです」
「こっちじゃないわよ。 わたしはリンよ――よろしく」
俺の方を見て口をパクパクとしているから何かと思ったけど、なんとなく理解した。そういえばまだ名乗ってなかったのだ。これさえ分かれば後は自分の名前を口にするだけ。
俺は簡単に名乗ると後ろにいる女の子の事も紹介した。紹介の仕方が悪かったのか、少し頬が脹れたがすぐいつもの凛として強気なまなざしを携えた表情に戻った。
「あ…そうですか。遅れましたがわしゃ、ローランド=フランです。ローランドでもフランでも好きな方で呼んでくだされ」
「じゃあ、ローランドさんで」
「分かったわ♪フラン」
「「……………」」
ハッと二人が違う名前で呼んでいることに気が付いた。
「リン、ローランドさんだ」
「いいえ、フランよ」
「ローランドさん!つか、歳上を呼び捨てすんなって」
「はあ!?いいじゃない別に。気にしてなさそうだし、名前だってフランでいいわよ。短くて呼びやすいわ」
「いや、でも――」
「ほっほっほ。別に呼び捨てでもかまわんよ。わしゃ気にせんから」
そう言うと頬を緩ませて笑った。そんなローランドさんの口元には笑いじわがクシャッと出来ていた。
優しそうなその笑みにこっちも微笑んでしまう。チラッとリンの方向くと、「ほら、言ったとおりでしょ?」とでも言いたげな顔が目に入った。
ローランドさんの方を見ると、まだ微笑んだままだった。本当にどちらで呼ばれても気にしない、という感じのオーラを出していた。
(…まあ、本人がそう言うならいいか)
「はいはい、リンの言うとおりだったな」
「ふふん、そうだったでしょう。 わたしのことを様付してもよろしくてよ?」
「はは、どんなキャラだよ」
「女王様キャラよ。 んで、ジンは平民より下のキャラって設定ね」
「ひでえ扱いだな俺…」
「いいのよジンなんだから。」
それも酷い言われようだな、と思ったけど、まあリンも楽しそうに笑っているしいいか。
彼女はやっぱり笑っている時の方が可愛い。別にいつもの凛としている時もそれなりに可愛いけど、どちらかと言うとカッコいいの方だと思う。
そんな凛モードの彼女を見ていたいとは思うけど、いつまでも眺めていると気づかれるので俺はフランさんの方を向いた。
「もう呼び方は決まったようだね」
「はい、フランさんってことにまとまりました」
「わたしの勝ちってことで決着がついたわ」
リンの方を見ると胸を突き上げるように勝ち誇っていた。豊満なところが双山を作っていて視線に困った。でも、彼女はそんなことなんか気にせず、胸を張り続ける。
そして腕を組んでいる姿がなんとも様になっていて、どこかの国の王女なんじゃないかと思ってしまう。
そんなリンと俺を交互に見たあと、フランさんはまた楽しそうに笑った。
「ほっほっほ。わしゃなんでもいいよ。それよりお二人は仲が良いみたいじゃの」
「そっ、そんなに仲良くないわよ。あなたの勘違いよ!」
「そうそう。誰かさんが暴走気味なところを俺が止めてるから、そう見えるだけですよ」
「なっ!?」
「…な?」
「な、なんでもないわよ!こっち見ないで」
「また怒ったのか? あんま怖い顔してると綺麗な顔が勿体ないぞ~?」
「っ!?」
リンの耳がみるみるうちに朱に染まっていくなが見えた。どうやら怒ったからではないようだった。
そっぽを向いているから表情までは見えないが、たぶんまかっかなんだろう。こういう時はすぐ顔を隠すから分かる。恥ずかしいんだろう。
触ったら熱そうだ、なんてことを考えながら俺はからかう。
「あれ? リンどうしたんだ?耳が真っ赤だぞ?」
「べ、別に赤くないわ!! ジンの勘違いじゃない!?」
リンはそう言いながら、腰まである長いホワイトピンク色の髪で耳元を隠した。微妙に見える朱に染まった耳がもっと赤くなるのが分かった。
「ジンのくせに……なまいきなのよ…」
ボソリとつぶやいた。ヤバい。そろそろからかうのを止めないと彼女の機嫌を損ねそうだ。
肩はプルプルと震えていて、背中を見るだけでも怒りかけていることが分かった。
何か違う話を、と考えていると横にいたフランさんが口を開けた。
「立ち話もなんじゃし、もし良かったらうちに来んか? 大したもんはあらんがご飯でも食べながら話――」
くーきゅるきゅる~~
「ん?」
なんか変な音が聞こえてきた。聞き覚えのあるそれは結構近くから響いた。
リンの方から聞こえた気もしたが、
ぐーーう
と俺のお腹のところから聞こえてきた。
「あ、俺か。 つか、そういえば俺たちまだ飯まだだったな」
「そ、そうね。わたしも流石にお腹が空いたわ」
リンの頬がまだ朱一色なのは気になるけど、リンの同意も得られたわけだしフランさんの案を受けることにした。
「じゃあ、いただきます♪」
*
フランさんの家は広場を抜けて路地裏を進んだ先に見えた。それは宿屋みたいな平らな屋根が特徴的な家だった。
先ほど買った地図を開いて眺めると、今いる場所は丁度俺たちが入ってきた方と反対側だということが分かった。つまり、広場を中心に縦に市場側と居住スペースが分かれているようだ。
市場のような人だかりや喧騒はなく、自然と一体的な感じな建物がばかりでとても静かだった。
「へえ~こっちは静かな感じなんだな。落ち着く雰囲気がいい」
「そうじゃろうな。向こう側と比べたら静かかもしれん。 なにしろこっち側は保守派じゃからな」
「ってことは、向こうは改革派ってことですか…」
「……………」
ちょいちょいと服の袖を引かれた。振り向くと眉間に小じわをよせ、難しそうな顔をしたリンがいた。
「どうしたんだ?」と聞く前に腕を引っ張られて、俺たちは小道へと逸れた。
「“かいかくは”とか“ほしゅなんちゃら”ってなによ? 何の話をしているの?」
「まず“ほしゅなんちゃら”じゃなくて保守派な。 んで、改革派ってのと保守派ってのは――」
「そんなところで、お二人ともどうしたんじゃ? わしゃの家はこっちじゃ」
「あ~、はい今行く!」
行くぞ、と小さい声でリンに告げると、そのままの音量でさっきの説明をしていく。
『まず改革派について説明いくからな?』
『ええ、いいわよ。 でも、どうしてこんなに小さな声で話さないといけないの?』
『それはあとで説明するから、もう少し待ってくれると助かる。それでもいいか?』
リンはう~んとしばらく黙ったあと何かを思い出したのか、分かった感じしっかりと頷いてくれた。
フランさんは俺たちの少し前を歩いていて、今も永遠と何かを説明してくれている。たまに“改革派”という単語が聞こえてくるから、それについて喋っているんだろう。
(もしかして、少し面倒な町に入っちまったか…?)
今更、そんなことに嘆いていても変わりはしないので、とりあえずリンに改革派と保守派について説明することにした。
『まず改革派ってのは、簡単に説明すると現状を打破しようとする勢力の呼称のこと。 んで、保守派っていうのは反対に現状を維持しようとする勢力のことだ』
『それのどこが声を小さくすることと関係があるのよ』
『派閥争いに巻き込まれた面倒だぞ? 旅だって足を引っ張られるし……』
『巻き込まれたら倒せばいいじゃない』
『倒せばいいじゃないって…確かにそうだけど……。 そんな簡単に片付く問題か分かんないだろ?』
『わたしとジンなら大丈夫よ。 そうでしょう?』
『あ、ああ…』
確かに大丈夫かもしれないが昨日みたいにリンを血糊まみれにしたくない。本人は大丈夫だ、と言っていたけど俺はそうは思ってないのだ。
普通の女の子と変わらず、怒ったり笑ったり泣いたり拗ねたり出来る娘が恐怖しないなんて思いたくない。むしろ強がって隠されるのが嫌だった。
でも、そんなことを本人に言って納得してくれるとは思わない。それにリンは自由に生活が出来る場所を探して旅をしているんだから、彼女が抱える問題は出来る限り少なくしてあげたい。
俺は覚悟を決めて話を切り出した。
「食事は断ってここから出よう。んで、市場の方で買い出しして違う町に向かって出発しよう」
「……………」
「それにここはあいつらだっていたんだ。危険が多すぎる」
「……………」
「なあ、訊いてるかリン?」
リンは俺の目をじっと見つめていた。まるで俺の心でも見透かしているようで、目を合わしていることさえ辛かった。
しばらくはどちらも喋らず沈黙が続くかと思ったが、決着は案外早く着いた。
俺がリンから目を逸らした。それは目を合わしているなのが辛かったからではなく、強い光を灯した彼女の瞳に負けたからだった。
「――わたしは逃げない。それに逃げたところで何も解決なんかしないわ」
そして、彼女はこう続けるんだろう――
「だったらわたしは戦う。そして、道を切り開く」
と。
これは想像だったけど、今のリンだったらそう言い切る気がする。いや、言うだろう。
なら、俺が迷ってたってしょうがない。彼女は行く。
(…なら俺は……)
「行くよ」
「……え?」
リンは驚いた顔をしたけど、俺は気にせず話を続けた。
「なんでもかかってこい!俺が相手になってやる。 んで、ぜってーリンが暮らせる場所を見つけてやる!!」
「……………」
「んま、その度にぶっ倒れたら、そん時は看病よろしくな」
そう言うと俺は精一杯の笑顔でリンに微笑んだ。これが俺の出した答え、なんつって。
我ながらダサい台詞を言ったものだ、と後悔した。リンは俯いたまま顔を上げないし、肩がぷるぷると震えている。もう時間が戻せるなら、欲は言わないから4、5分ぐらい巻き戻してほしいぐらい恥ずかしかった。
「……………」
「ぷっ! あははははー」
「リ、リン! 急にどうした?」
前髪で表情を隠して俯いていると思ったら、急に腹を抱えて笑いだした。さっきとは180度打って変わっての態度に逆に俺がついていけない。
リンは壊れたおもちゃかのように笑っていて、先を歩くフランさんが目を丸くしてこっちを見ていた。
流石に笑いすぎではないだろうか、と思ったときリンはようやく俺の方を見た。
「ふっふふ…流石ジンね……。お腹がねじれるかと思ったわ…」
「う、うるせー。笑いすぎなん――」
俺の言葉に被さるようにリンはまた口を開けた。
「ありがとね、ジン」
それは満面の笑顔だった。笑いすぎての涙か悲しくての涙か、恐らく前者であろう涙はリンの目から絶え間なく流れていた。
午後の日差しの中、それはダイアモンドのようにキラキラと輝き、頬をつたって下へ下へと流れ落ちていった。
それを俺はどう受け取っていいのかわからず、
「お、おう」
とだけ笑顔が眩しい目の前の女の子に返した。
何故か恥ずかしくなって、頬を掻いた。別に痒くもないそこはすぐ赤くなった。
「ジン、頬赤くなってるわよ? もしかして照れてるんじゃないでしょうね~?」
「う、うっせえー。そんなわけがあるか。 つか、いちいち覗こうとすんな」
「えぇ~いいじゃない。減るもんじゃないし。見せなさい!」
「い・や・だっ!」
リンとクルクルと場所を入れ替わっていると、フランさんが来た。
顔を見られまいと必死に隠す俺と笑い泣きをして涙で頬が赤くなったリン。それを交互に見たあと、頭に疑問符が浮かんでそうな勢いで訊いてきた。
「急にどうしたんじゃ? 笑い泣きなんかしおってからに」
「……別になんでもない」
「そう、別になんでもないわ♪」
「は、はあ……」
フランさんが混乱しかけていた。でも、これについては説明のしようがない。
最初の部分を省いて、リンは俺の言葉に噴出して笑いすぎて涙した。そのあと恥ずかしくて赤面した俺の顔を覗こうと格闘していた。なんて言ったらもっと混乱するだろう。
意味が分からない、と言われるに決まってる。だから、まだ覗こうとしているリンを振り切ると、フランさんの家だという方向に歩き出した。
意外と家までの道のりは遠いかった。すぐ近くに見えていたのは勘違いだったようだ。
「はあ、はあ、はあ~……」
リンとフランさんをおいて一足先に着いたはいいけど、大分息が上がっていた。やっぱりまだ傷は癒えていないのか、息苦しかった。
(くそっ……まだ痛むな…)
痛む胸に手を伸ばそうと思った瞬間、話声が聞こえてきた。リンとフランさんだ。
『あ、いた』
とリンの口が動いたと思ったら、こっちにかけてきた。俺は額の汗をぬぐうと足に力を入れて立ち上がった。
「早かったなリン。もう少し待つかと思ったぜ」
「ふふん♪ わたしを舐めないことね。 これでもあなたと出会うまで一人で旅をしていたんだから……」
「そう言うくせに息上がってるし、汗かいてるじゃねーか」
「ち、違うわよ! これはあれよ!!」
「あれって?」
「途中に川があったから、熱かったし頭から水をかけたのよ!」
「ふぅ~~ん、そう」
じーーっとリンを見つめる。最初は彼女も対抗して俺に睨みを利かせていたが、しばらくすると視線をそらした。
やっぱり少し走ったらしい。何よりの証拠としてあとから到着したフランさんが疲れた顔をしていた。
「お、お待たせしました……」
息が切れぎれの老人に「遅い。待った」なんて言葉を浴びせるなんてことはしない。ゆっくりと微笑むと「別に気にしてませんよ」と言った。
フランさんは玄関のドアを開けた。
「どうぞ中に――」
「よお、じいさん。おせえじゃねーか。 流石に待ちくたびれたぜ?」
俺たちも中に進もうと思った瞬間、中に誰かが座っていた。家の中は暗くて顔が見えなかった。
誰がいるのか分からないなか、フランさんは口を開いた。
「おぬしは……」
「何時間待たせんだよ。 俺はそんな暇じゃねーんだ。手間暇かけさせんじゃねえよ…、な?」
すっと男は椅子から立ち上がると歩き始めた。どこかからガチャガチャと金属が擦れる音が聞こえた。
確信はなかったけど、俺はとっさにフランさんの襟を後ろへと引っ張った。その瞬間何かが今までいた場所を通過していった。
ドアには鋭い刃物かなんかに切りとられたかのような残痕があった。それを確認すると同時に隣にいたリンを自分の後ろへと下げた。
「誰だお前は……」
「おいおい、もう俺を忘れちまったって、言うのか…?坊主。 俺はお前の顔を見たときにすぐ思い出したってのに」
「まさか――」
まだ昼過ぎなのに暗い家からゆらりと姿を現したのは、見覚えのある顔だった。
でも、違うところがあった。頬に一閃の傷跡が刻まれていた。その他にも服の隙間からのぞく身体は切り傷に近い痕が見えた。
「そうだ。トラス=ベルンではお世話になったな」
「なんでお前が…こんなところに……。またリンを狙って――」
「いいや、今回は別の仕事だ。 俺はそこの保守派のじいさんを殺しに来た。そこでたまたまお前らに会ったってわけだ。運がいいぜ」
「こっちとしては全然よくねえけどな…。 つかその傷……」
「ああ?これか。これはなお前らのせいでこうなったんだぜ? 毎晩痛くて痛くて、寝れねえんだよ」
「はは、それはご愁傷様だな。 でも、俺たちはそんな傷をつけた覚えはねえぞ」
「そりゃあ、そうだろうーな。 これはお前らにつけられたもんじゃねーからなっ!」
そう言うと男は斧を振りかざした。斧のスピードとは思えない速さで接近してくる。
俺はトンッと軽くフランさんの背中を押すと、前へ体重を傾けて駆け出した。横目にフランさんが地面に倒れる姿が見えたが気にせず俺は切っ先だけを見つめた。
肩ギリギリのところでかわすと、腰を左にひねった。その勢いで回転して男の顔面へと回し蹴りを叩きこんだ。男は椅子や机を巻き込んで吹き飛んでいった。
体勢を戻した瞬間、傷口から血が出たのが分かった。ジワリジワリと巻いている包帯が濡れていく感触が身体を走る。
「はあ、はあ、はあ……」
昨日今日での戦闘でガタがきていたのか、たった一発の蹴りだけで身体が悲鳴を上げていた。
(これはキツイいかもな…)
そんな中、誰かが横に立った。そして手を握ってきた。
その手から伝わるぬくもりはとても暖かく、激しかった鼓動がだんだんと落ち着いていくのを感じた。
「――ジン」
振り向くとそこにはリンがいた。そのコバルトブルーの瞳は俺をじっと見ていた。まるでわたしもやるわ、と言っているかのようだった。
不思議と身体の痛みが薄れていく。さっきまでの傷口を中心に重い感覚が嘘のようだった。
俺は力強く頷くと前を向いた。
「よし、行くか!」
「ええ、ちゃっちゃと終わらせるわよ!!」