EREMENTAR GERAD ~白の章~   作:真夜

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三話『あれ…普通な人は出てこないのか?』

 

 

 

「んっ……」

 

朝の眩しい日射しや肌をさすような寒さで俺は目覚めたのでなく、激痛によって反強制的に起こされた。

体中が悲鳴をあげているかのような錯覚に陥る。それを奥歯で噛みしめるように我慢すると窓の方に向きを変えた。

(…ここは……)

ここがどこなのか、あの後どうなったのか…。色んなことが目覚めたばかりの頭に疑問をなげかけてくるが、誰かが助けを呼ぶ声が聞こえたあとの記憶はない。自分の意識が飛んだんだ、そうぼんやりと理解出来た。

外はまだ日は上がり始めたばかりなのか薄らと明るく、森の木々から漏れる暖かな日差しがこの部屋を照らしていた。

だんだんと意識が覚醒していくとともにある女の子のことがぽつんと頭に浮かんだ。

いつも楽しそうに鼻歌を唄いながら、歩く道をきょろきょろと散策する強気な言葉使いが特徴の女の子。面白そうなことが大好きで、思いついたら即実行するらしい。

でも、実際はそれだけではないと知った。元気いっぱいなだけではないと気付かされた。

笑っていたかと思えば俯いて悲しい顔を見せまいと表情を隠したり、自分が危ないのに他人を助けようとしたり。俺の勝手解釈かもしれないが初めて逢った時も、そんなことがあった気がする。まあ、俺はそんなの無視して助けに入ったんだが。

窓からのぞく景色をずっと眺めている気はないので、体勢を変えた。

 

「っ!? リン!?」

 

逆に顔を向けて最初に目に入ったのは横たわる俺の横で眠るリンだった。顔が近いせいかすうすうと静かな寝息が聞こえてきた。

つい叫んでしまった口を塞ぐと軽く息を吐いて、肩の力を抜いた。

(驚いちまったけど、目立った外傷がなくてよかった…)

いつまでも女の子の顔の近くでガン見なんて、失礼だから身体を起こした。少し背中が痛むがそこは気合で乗り切った。

痛みが走る度に戦闘の記憶が戻ってくる。

 

「そうか、あの後――」

 

またもリンを狙って襲ってきた。顔も知らなければ名前は知らない男ども。でもその服装には見覚えがあった。そう、それは俺の村で倒したやつらが身に着けていたものと類似していた。

腰巾着みたいな部下をつれていた、筋骨隆々な中年の男と同じ組織なのだろうか。もしそうだとすると、またあいつが俺たちの前に現れるかもしれない。

 

『エディルレイドは金になる』

 

とあの時男が言っていた言葉を思い出すと、胸がズキンと痛む。知らぬ間に握りしめていた拳を緩めると、手のひらを眺めた。

俺は初めてリンと同契(リアクト)した時にそいつと闘い、なんとか倒した。ほんとギリギリの勝利だったと覚えている。

その初めてずくしの戦いは今でも鮮明に思い出せる。

頭の中に流れるように浮かんでくる言葉。聞いたことも使ったこともないのに自然に紡がれ、一つの嘔となる。

ほんと不思議な感じだった。リンは口元を緩めて「一緒に謳って?」と言っていたけど、何も知らない俺にとっては“なぜ?”のただ一言だった。今ではなんとなくその理由が分かる。これからは一緒に戦う、連携ではなくて共闘。そんな意味合いがそこにはあったんじゃないかと思う。

嘔を唄い双拳銃へと変わったエディルレイドと呼ばれる女の子――リーン=リヴァランス。訳して、リン。

それを手にし戦ったのだが、状況はあまり変わらず俺、いや俺たちは苦戦した。

普通近距離武器より遠距離武器の方が間合いに敵が入ってこない限り、有利ではないかと考えるだろう。でも、もし戦っている場所が制限されていて狭い部屋だったらどうなる?当然こちらも接近戦をせざるおえない。

俺たちは運悪く、宿屋の一室にいた。そこが足かせになり苦戦を虐げられた。傷口は開きかけるは、血が足りないはで死ぬかと思ったほどだ。

次は勝利の代償が気絶ではすまないだろう。なんせ俺の血は珍しいのだから――

(いや、忘れよう。 それよりリンは平気だっただろうか)

あの位置からすると、まともにかかっただろう。女の子からすると身体に大量の血が付くのは相当のモノだったはず。男の俺でも初めて見たときは吐き気がしたくらいだからだ。

リンの方を見ると良い夢でも見ているのか、口元がもぐもぐと動いている。たまに「無理…そんなに食べ……られないわよ」と寝言が溢れているから、何か食べている夢でも見ているんだろうか。

人の寝言に答えてはいけないと言うが、「どんなもん食べてんだ?」と訊きたくなる。

訊いてみてしまおうか、と思った瞬間、ぱちっという効果音がピッタリの目覚め方をした。

 

「…あれ?リンゴのハチミツ漬けは……」

 

などと目を覚ましたリンは呟いた。寝惚けているのか、夢の世界から完全に帰還しきれていないようだ。

ずずっと垂れそうな涎をすすると、眠そうな目を擦った。

しばらくそんな寝ぼけた女の子を眺めていると、大きなコバルトブルーの瞳と目が合った。俺が起きていることに気付くと驚いた顔をしてこう言った。

 

「ジン、起きたのね! 身体の方は大丈夫なの!?」

 

「あ、ああ。大丈夫さ。傷の方もだいぶ塞がってきたし」

 

「ほら」と左肩を回してみせる。元気ですよ、というアピールをするがリンの表情は逆に曇っていく。

 

「ん?どうかした?」

 

「……………」

 

と無言になったと思ったら、言葉の代わりに睨みつけるからの右ストレートが飛んできた。

 

「包帯巻いたの誰だと思ってるのかしら……。 わたしなのよ?」

 

「バレてた?」

 

「バレバレよ。むしろ気を使われてるのが分かったぐらいだわ」

 

「…はは、そんなにか~。 演技下手だなあ俺はー」

 

笑えば場の空気がピリピリしたものから和らいでいつものに戻るかな、と思ったが間違いだったらしい。

本気で心配してくれていたのか、どんどん眉毛が吊り上っていく。

(…これはヤバい!)という直感に従い、すぐ謝った。

 

「心配かけてホントごめん。 あと、あの時もありがとな」

 

俺がそう言うと、リンは「まったくよ」と言ってそっぽを向いてしまった。

怒っているのだろう。そりゃそうだ。事あるごとに俺はバッタバッタと倒れている。別に貧血だからだとかそういうわけではなくて、昔から運動神経は良い方なのだが体力がてんで無いため、めちゃくちゃ動くとすぐぶっ倒れる。

そのせいで、よくあの人には叱られたものだ。「あんたの体力の無さはどうなってるのよ? 燃料切れとで言いたいの?」と。その度に「毎回、全力でやってるからしょうがないだ」と言い返していたのを今も覚えている。

俺が考え事で沈黙にふけっていると、リンがチラチラとこっちを見ているのに気が付いた。

 

「もうお腹が空いたのか? 夢でたくさん食べただろうに…」

 

いつも瞳には強気な光を灯している彼女が心配そうな目をするので、冗談を言ってみた。するとみるみるリンの耳が紅くなっていく。

(照れてるってわけじゃ…ないよな……)

そりゃそうだ。俺がこの状態で女の子がチラチラ見てくる、ときたら、身体の傷が心配で見てきているしか理由がない。

でも、謝れるのも嬉しくないので「気にすんな」とだけ伝えると、ベットから出た。リンは浮かない顔をしたまま頷いてくれる。

俺的にはこっちの方が心配なんだけど、と言いたいぐらいだ。

昨日の戦いの時、相手の溝内に銃口を突き差しながら引き金を引いたため血を浴びた。それがどんな風に感じるのか分からないけど、少なからず覚えているはずだ。それを気にしてないか訊きたいがわざわざ思い出させるのもあれだろう。

俺はさっさと話を変えることにした。

 

「なあ、町をまだちゃんと見てないから、これから見に行かないか?」

 

「別にいいけど…」

 

「じゃあ、行くか♪ リンはまだ見てないところとかたくさんあるだろうから楽しみだろ?」

 

「…そうね」

 

反応はいまいち乗り気ではないらしいが上着を羽織ると扉を開けた。そのまま一階へと降り出口へと歩いていく。

 

「見たいところとか――って……」

 

振り向くと目を逸らされた。ついてくるように後ろで歩くリンに歩調を合わせるように横へと並んだ。

一応俺の案には乗ってくれたがまだ俺の身体が気になるのか、表情を伺うようにチラチラと視線が落ち着かない。

どうしたらこの空気を打開出来るんだろう、と頭をフル回転させていると見知った顔が前を通り過ぎた。向こうもこっちに気付いたのか走って戻ってきた。

服の間から覗く身体のラインは細いのにサイズの合わないだぼっとした女の子が目の前でストップした。

まさかの5mの距離なのに息を切らしたのか、すう…はぁ~と深呼吸をし始めた。それにはリンも驚いたのか、「どうしてこの距離で息を切らすの?」とでも言いたげな顔をしたのち、開いていた口を閉じた。自分も開いていたのに気付きさっさと閉じた。

上下に揺れていた肩が落ち着いてくると下を見ていた顔が上を向いた。

 

「どうもです!お兄さん。 昨日ぶりですね~…ってわたしのこと覚えていますか?」

 

「そりゃあ、まあね…」

 

「それは良かったです。わたし存在感薄いから忘れられてたら、どうしよーってなってましたよ」

 

「あははー…そうなんだ」

 

昨日も今日も変わらずのマイワールドっぷりにまたついていけない。とりあえず、あははと愛想笑いを浮かべているとルーンはハッとした顔をした後、被っていた帽子を勢いよく外すと頭を思いっきり下げた。

 

「す、すいませんです!わたしそんな気はなくて…ただ、帽子を被っていたのを忘れていて――」

 

「は…?」

 

「だから……お命だけは…」

 

「いや、ホント話がよく分からないんだけど……って痛っ!?」

 

急に脹脛にゴツンと何かがぶつかった。いや、蹴られたの方が正しいな。俺は後ろを振り返るとぶつけたままの位置で足を止めているリンがいた。

なぜか眉が吊り上っている。これは機嫌が悪くなる前振りなのだが、理由がさっぱり分からん。早急に解決したいのだが今回はマジで無理そうだ。

 

「…なんだよ急に蹴ったりして」

 

「…この人よ……昨日の人」

 

「…ごめん。なにが…?」

 

「「……………」」

 

意味が分からない人、そして説明する気がさらさらない人――そんな俺とリンが睨み合っていると、どこかで聞いたことがある声が風に乗って俺の耳へと届いた。

 

『ねえ、ちょっとあれ見てよ……。あの男って昨日お店でカツアゲしてた人じゃない…?』

 

『ああ。それもまた新しいターゲット見つけたのかまたやってんぞ…』

 

『『こっわ…』』

 

「……………」

 

(…出たよ……。またあいつらだ…)

声がした方に目を向けると、昨日この勘違いが激しいルーンと名乗る女の子と知り合った時にいたバカップルがいた。今日も二人とも上下奇抜な格好をしていて、お互い服を交換すると一つのセットになる組み合わせで着ていた。

リンもその話声が聞こえたのかそっちの方を向いた。結果的にこれで二人して睨みつける形になってしまったわけだけど…さてどうしようか。

そんな事を考えているとルーンが両手を上に上げたあと、横に降ろすように広げた。

 

「落ち着いて下さいっ! あんなバカップルより二人の方が、100倍お似合いです!!」

 

「……は?」

 

「……え?」

 

暴走機関車並みの勢いで意味不明なお世辞――いや、横槍が入った。俺もリンも間の抜けた声が出てしまった。それを何故そう思う?と聞かれたと思ったのか、それに答えるように口をまた開けた。

 

「そ、それはですね……お二人の方がどこか通じあってるといいますか――こう信頼できるパートナーみたいな関係に見えるからです!」

 

そう言い切るように語尾を切ると、ふうと息を吐いた。そのあと自信満々な笑みを携え、キラキラと小さな瞳で見つめてくる。そうですよね?とでも言いたいのだろうか。そう思わせる顔で俺たちの方を見てきた。

 

「そんなことはないよな~?リン――って、リン?」

 

「……………」

 

「どうしたんだ?」

 

ルーンの方を見つめたままピクリとも動かないリンを覗くと、本当に固まっていた。その顔は怒っているわけでもなく、照れているわけでもないものだった。苦虫を噛んでいるみたいな顔をしていた。

 

「どこか具合でも悪いのか…?って――おい!」

 

「いいから黙ってついて来なさい」

 

そう言うと口を結んだまま、ぐいぐいと俺の腕を引っ張っていく。後ろから「あっ!ちょっと待って下さい!」とルーンの声が聞こえてきたがリンはそんなのお構いなしに進んでいく。

市場を抜け少し歩くと角を曲がった。それと同時に走り出す。

民家の間を抜けたり路地裏に入ったりと、しばらく走ったあと息を切らしたのか膝に手をついて止まった。

 

「はあ…急に走り出してどうしたんだよ? ルーンにまだお礼とか言ってないんだけど……」

 

「はあ、はあ……あいつらがいたのよ…。 気付かなかったの?」

 

「……え?」

 

リンは胸に手を置いた。息をする度に上下に動いている。空気を深く吸い込むとふう、と余分な息を口から吐き出した。

少しは落ち着いたのか俺の疑問に答えるかのようにゆっくり話始めた。

 

「まだ距離があって向こうも気付いてはないと思うけど、ルーンの向こう側に昨日のやつらがいたの」

 

「だから気付かれる前にあそこから離れたのか…。あのまま話してたらばったりだったな……」

 

「…ええ。 ……何も言わずに走り出しちゃって、ルーンって娘には悪いけど、巻き込むわけにはいかないわ」

 

「……………」

 

(ほんと、意外と言ったら悪いけど……こいつ根は優しいよな…)

そんなことを考えていると、追ってがいないか確認していたリンと視線が重なった。途端にコバルトブルーの瞳を大きく開けて驚いた顔をした。

 

「…な、なによ!? じーっと人の顔なんか見て――ってまさか……」

 

喜怒哀楽が豊だなあ、とふと感慨に耽ってみたり。そんな俺の顔を見て何かを勘ぐったのかハッとした顔をしたと思ったら、じりっと一歩後ろに下がった。

そして身体を守るように手で覆うと

 

「いくらわたしの身体が魅力的だからって、……へ、へんな目で見ないで!」

 

とよく意味が分からないことを言い出した。頭の中で時計がチクタクと針を動かしている音が聴こえる。

無い頭を捻ってもなにもでない、とはよく言うがこれほど今の自分に当てはまる言葉はないなと思った。悲しきかな俺の知識の無さ―

黙っているのもなんなので「……は?」とだけ言っておこうかと思った時だった。太陽の日差しよって生まれた影がリンの後ろに伸びていた。

 

「リン!」

 

名前を呼ぶと同時に彼女の腕を引っ張った。いきなりだったためかふわりとリンの身体が腕の中に納まった。

俺のとっさの行動に驚いたのか「ちょっと!?」と叫ぼうとする。それを口をふさいで止めようとするが、抵抗して叫ぼうとするので「そこに、誰かいる……」とだけ伝えと、塞いでいた手を離した。

俺を見つめる眼光はやたらとキツイが、流石に今の状況を理解してくれたのか静かになった。

(もしかして俺たちに気が付いて、あとをつけてきたのか…?)

 

「くそ……」

 

背中の傷は治ったし、体力も多分完全ではないが回復した。でも、俺が大丈夫でもリンが万全か分からない。あれから半日しか経っていないのにまた戦闘とか彼女の負担も大きいだろう。

ならばやることは一つしかない。俺はリンを後ろに下げると右足を大きく退いた。

(…一撃で仕留められるのか……?)

 

「――いや、なんとかなる…」

 

頭の形をした影が通過して、肩、腰といった瞬間退いていた足を前へと出すと同時に身体を横に捻った。その遠心力を利用して渾身の回し蹴りを繰り出した。

 

「うわっ!?」

 

リンの声でも俺の声でもない驚いた声がこの狭い路地に響いた。

あのブローカーの仲間にしては、なんか弱々しいな…という疑問が頭を過ったりもしたが俺は続けて攻撃をした。

回し蹴りからの左肘でのエルボーが相手の顔面を捉えた、と思ったら宙をから打った。体勢を整えるために後ろにジャンプする。

 

「うわー、今のは死ぬかと思った~」

 

そんな間の抜けた声が男から漏れた。

抽象的な顔に目の下の泣き黒子が特徴の中肉中背の男性。白を基調とした服に青いラインが入っているこれまた白いコートを着ていた。

服装から判断するにはあの時と同じ敵ではないらしい。最初の一撃のガードから二撃目の避けが引っかかるが俺の勘違いだったみたいだ。

 

「大丈夫か!?ってそんなわけないか…ごめんな! 人違いだったみたい」

 

「あはは~僕は大丈夫だよ。ただびっくりして腰抜かしただけだから」

 

そう言うと男は苦笑いを浮かべた。その目には敵意はなく、本当に腰を抜かしているみたいだった。

地面にずっと座っていさせるわけにもいかず、手を差し出した。

 

「ん、ああどうもどうも。ありがとね」

 

「いやいや、こっちが悪いからさ…。 それより腰の方は大丈夫か?だいぶ派手に転げてたけど……」

 

「あ~うん、大丈夫みたい。…てか、君の蹴りすごいね♪なんか格闘技でもやってたの?」

 

「まあ、ほんの少し――いや、一齧りぐらいって言った方が正しいかな」

 

「へえ~~それは初ね」

 

「そりゃあ、話したのが今が初めてだからな」

 

「内緒にしてた。みたいな感じなの?」

 

「いやそんなことはないけど…――って、リン!?」

 

普通に会話を続けてしまったが途中から女の子のアルトボイスに変わったのに気が付いた。急いで振り返ると

すぐ後ろに腰に手を当てて仁王立ちをしている強気モードのリンがいた。

素晴らしいぐらいポーズが似合っていて、その瞳には強い光が灯っていた。

 

「待ってたのにいっこうに戻ってこないし、来てみたら知らない男と談笑してるしで結局どうなったの?」

 

「ごめん、忘れてた…」なんて口を滑らしたら、眉を吊り上げて怒りそうだ。なんとかこの場を乗り切るためにさっき知り合った男に話を振ることにした。

 

「俺の勘違いだったみたい。んで、びっくりして腰を抜かしちゃったこの――えと…」

 

今までの説明からの流れでこの男の紹介までしようと思ったがまだ名前を訊いていなかった。そのことに相手も気付いたのか手を前に出しながら名乗った。

 

「ああ、そういえば自己紹介まだだったね。ウィルです。よろしく♪」

 

「ウィルね、よろしく。 俺はジーニアス=クラウン――ジンでいいよ。んで、こっちが――」

 

「リンよ。よろしく」

 

ウィルは一人ひとり順番に自己紹介と握手を交わすと、頬を緩ませて笑った。

 

「ところで…なんでこんなところなんかにいるんだい? 路地裏は危険だよ」

 

「ああ、知ってるよ。俺の村もすごかったからな」

 

「すごかった…?」

 

「それはもうすごいのなんの――って…言い忘れてたけど、俺とこいつは違う町から来たんだ」

 

何故か自慢げにそうウィルに説明していた。“俺とこいつは違う町から来たんだ”つまり、俺たちは一緒に旅をしている、という言葉を噛みしめていると、じとーっとリンに見られていることに気が付いた。

「こいつって誰の事言ってんのよ、ジン……」と横にいたリンから苦情が届けられる。そんな彼女に笑いながら「まあまあ」となだめるように言うと、話を続ける。

 

「ここからそんな遠くないところにある、トラス=ベルンって町なんだけど分かる?」

 

「トラス=ベルン――かあ…どこかで聞いたことあるけど、思い出せないや。ごめんね?」

 

そう言うとウィルは頭を掻いた。知らなかったことが申し訳ないと思っているのか、それとも思い出せないからか、ペコリと頭を下げると「うぅ~ん…」と唸り始めた。

時折、眉をひそめているあたり記憶を漁っているんだろう。それを邪魔するのはなんなので、リンの方を向いた。

 

「んー、分かんねーかあ…。少し離れただけでこうも違うもんなんだな」

 

「そんなの当たり前じゃない。わたしだって今初めて知ったわ♪」

 

「おいおい、それは問題在りだろ……」

 

「そうかしら? わたしにとってはそんなこと関係ないから知らなくても、問題ないんじゃない?」

 

「それを言われたらな~…。そうだな、としか返せないな」

 

「でしょ?」とどこか勝ち誇った顔をすると、彼女は身を翻して歩き出した。来た道とは反対に進んでいく。

 

「あ、おい! そっちに行くのか? 来た道はこっちだぞ?」

 

「こっちでいいのよ♪ わたしの勘がそう告げてるわ」

 

自信満々にそう言い切ると鼻歌を奏でながら、ズンズンと先へと進んでいく。こうなってしまったら、もう誰にも止められないのでさっさと諦めることにした。頭の中で「旅ってこんなもんだろ」と旅についての補足事項を付け足す。

 

「…トラス=ベルン……。三日前に確認した…あの……」

 

よく分からないがウィルはまだ悩んでいるらしい。ぼそぼそと呟くようになにかを言っているが、声が小さすぎて聞き取れなかった。

まあ盗み聞きをする気はさらさらないので、リンを見失う前に別れを告げることにした。

 

「じゃあ、ウィル。 俺たち行くわ」

 

「…あ、うん分かった。またどこかで会えるといいね」

 

「ああ、そうだな。そん時はいろいろ話そうな♪」

 

手を振るウィルに「またな」と返すと背を向けて走り出した。

この町に来て初めて普通なやつと話したな、と考えると笑えた。

俺はどんな波乱な人生送っているんだと――

 


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