EREMENTAR GERAD ~白の章~   作:真夜

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二話『旅は道ずれ。でも、感謝してるさ』

 

「ん~~んん~~♪」

 

 見渡す限り木しかない森の中から、一人の少女のさえずりが聴こえてくる。それに加わるように小鳥たちも唄い始めた。それが重なるとハーモニーを奏で始める。

 音楽なんて聴いたことがないが、それは心の底から勇気が湧くような…そんなメロディだった。

(うん…いい声だな。 歌付きで聴いてみたいもんだ)

 俺は鼻唄を唄っているリンの方を見た。彼女は一歩一歩ゆっくりと歩きながら、周りの景色を楽しんでいる。それはまるで唄で鳥たちと戯れているかのような雰囲気を醸し出していた。

 

「…ホント、リンは鳥と会話でもしてそうだな」

 

「ジン~、何か言ったー?」

 

 口からポロっとこぼれた感想が聞こえたのか、彼女は歩くの止めてこっちに近付いてきた。

 

「んや、なんも言ってないよ」

 

「嘘をつかない。どうせわたしのことでしょう?」

 

 リンは少し屈むと下からのぞきこむように見てきた。どうやら、尋問官の真似でもしているらしい。次は腕を組むと俺の周りをくるくると歩き始めた。

 

「俺の疑いはいつ晴れるのか、異議を申し立てます」

 

 なんとなくリンのすることに乗ってみた。すると、彼女はクスリと笑った。

 どうやら俺の意図が分かったらしい。おお、なんという以心伝心だろう。感動してもいいだろうか。

 

「その異議は却下します。被告人に発言権はありません♪」

 

「え~…なんだよそれー。酷くないか?」

 

「あはは、酷くないわよ♪ ほら、さっきなんて言ったか言いなさい」

 

「…………」

 

(ん…まあ、べつにいいんだけどね)

 彼女に隠すほどの事でもないので、機嫌を損ねる前に白状することにした。以前「別にいいだろ?」と言わなかったら眉を吊り上げて怒ったのだ。

 その時はすぐ機嫌を直してくれたからいいものの、今は無理だ。アレがない。アレというのは熟した甘い果実のことだ。

 まあ、このことについてはいつかに繰り越すとしよう。今は今にも噴火しそうなリンを何とかしないといけない。

俺は閉じていた口を開いた。

 

「いやな、唄で鳥と会話でもしてそう――」

 

「あーー!!」

 

「ん? どうしたいきなり叫んで」

 

「そんなことはいいから、早く後ろを見なさいよ!」

 

 リンは俺の背後を指さした。

 またまた~と、なかなか後ろを見ない俺にしびれを切らしたのか、近付いてきて頭の向きを強制的に変えた。

 グキッという変な音がしたあと視界が変わった。

(いてて……なんかまた興味を引く物でも見付けたのか?)と思いながら後ろを振り向くと、『――村まであと2km』と書かれた看板が立っていた。

 

「次の村まであと2キロか。でも、名前が掠れてて分かんないな…」

 

「とれないの?汚れ」

 

「ん~どうだろな。難しいかもしれない。 見た感じだいぶ昔に立てられたものみたいだし」

 

 看板に近付き、何度か汚れをはらってみるが最初と変わらず村の名前は分からなかった。

(これじゃなんて村に着いたか、分かんねえな…)

 地図なんてものがあったらよかったのだが、そんな便利なものが我が家にあるわけもなくお金とわずかな食べ物を持って旅に出たのだ。

 

「分からないならしょうがないわ。それに私が知りたいのは良い所かどうかよ」

 

「良い所ねえ…行ってみないと分かんねえな。 俺は村を出たのは始めてだし」

 

「…どこか違うところに行きたいとか思わなかったの?」

 

 気のせいかリンの雰囲気が少し変わった。

 まだリンと出会って3日目。それほど日はたっていないので、彼女のことはあまり分からない。分かっているのは、どんな相手にも強気で出るところと、何か興味を引く物があるとすぐ食い付くってところだけ。

(まあ、焦ってもしょうがないか)

 人には訊かれたくないことや知られたくない秘密なんていくつもある、と聞く。俺は特には内緒にしておくことなんてないが自分の事をペラペラと語る気はない。訊かれたら今のように話すかもしれないが。

 

「そりゃあ、思ってたさ。死ぬまでに一回は旅に出たいって。んまぁ、こんな早く旅に出るとは思わなかったけどな」

 

 そう冗談めかして言い、ニッと笑顔を作った。

 リンはそれを見て、「悪かったわね!」と言うと背を翻してさっさと歩き始めた。

 

「冗談だよ、本気にすんなって。俺は旅に出れて嬉しい。何しろリンのおかげで決心が付いたよーなもんだからな」

 

「…………」

 

 先を行く彼女に聞こえるような声の大きさで言ったつもりだったが、返答がなかった。

 しばらく歩いていると、リンは歩くのを止めた。

 

「…どうした?」

 

「……なんでわたしが旅に出ているかとか訊かないの?」

 

「…もしかしたら、訊かれたくないかもしれないしさ」

 

「…………」

 

「それに――自分から話してくれるまで待とうかなと。そんなに焦んなくてもってやつだ」

 

 と言うと空を見上げる。さっきまでちょこちょこと浮いていた雲はどこかに消えて、一面青空だった。

 

「…そう。――ありがとう」

 

「――ん? 今ありがとうって…」

 

「そうよ、言ったわよ!悪い!?」

 

「いや、悪くはないけど、お礼言われるとは思ってもなくて」

 

「う、うるさいわねっ…ジンのくせに生意気よ!」

 

 ポロッとこぼれてしまった一言が勘に触ったのか、ふんとそっぽを向いてしまった。

謝ろうかと彼女に近付くとあることに気が付いた。ホワイトピンク色の髪からのぞく可愛らしい耳がほんのりと赤みを帯びていたのだ。

 そこでピコンとある言葉が浮かんだ。“恥ずかしいんではないか”と。そうと分かればからかいたくなるのが性分の俺だ。さっそくからかうことにした。

 

「あ~、今日は暑いな~~リン」

 

 そう言って汗もかいていないのにわざと手を顔の前でパタパタとさせる。ついでに服も同じようにした。

 

「そう? わたしはそんなに暑くないわよ。意外とジンは暑がりなのね」

 

「そんなことはないように見えるけどな~。 暑そうに見えるぞ?“耳”とか」

 

「え?そんなわけ……、っ!?」

 

 耳を強調したのが効いたのか、それとも自分で触って気付いたのが効いたのか分からないが、もっと赤くなった。想像以上の湯でダコ具合に思わず笑ってしまう。

 

「く、くく……耳が――」

 

「あっ!!今笑ったわね!?ジンのくせに」

 

 眉を吊り上げて怒るが頬まで赤く染まっていたため、迫力が全くないに等しかった。むしろ俺の顔のにやけが止まらない。

 急いで口元を覆い隠すように手で塞ぐが遅かったようだ。リンは草むらの中はとつかつかと入っていった。

 

「あ、おいそっちじゃねーぞ? って、痛っ!?」

 

「このっ! このっ!」

 

何かが俺めがけて飛んでくる。わけも分からずそれを避けるが、3つ同時は流石に無理だった。チクッとした痛みが頬の辺りでした。

 下を見ると地面に茶色の物体がころころところがっていた。その一つを手に取る。

(…なんだ、これ……?)

 茶色い花びらのような葉が開くように上へと伸びていた。それは幾段にも重なっている。

 不意に頭の中に浮かんだ“木の実”という言葉。たぶん木の実で間違いないはず。この一枚一枚の花びらのような形をしているものがタネと呼ばれる種子だった気がする。

 

「うん、これは食えないやつだ…。 燃料にはなるけど……」

 

 そんなことを考えているとまた一つこつんと、木の実が頭に激突した。そしてしばらくするとまた一つぶつかる。

 

「あのー、まだ怒ってる…?」

 

「ええ、怒ってるわね。 ていっ!」

 

「痛っ…。 何個食らったらOKな感じ? そろそろピンポイントで額だけを狙うのはやめてほしんだが…」

 

「ぷっ…い、嫌よ。まだダメ。もう少しだけそうしてなさい」

 

 なんか笑われた気がするのは俺の見間違いだろうか。そして額がヒリヒリとすることと関係があるのだろうか。

 ポケットへと手を伸ばすとあるものを取り出した。それを顔の前まで持ってくるとボタン押した。

 欠けた王冠の模様が彫られた蓋がゆっくりと開いた。中からレトロな時計が顔を出すが今は時間が見たかったわけではない。蓋の裏側に用があるのだ。

 

「……………」

 

 そこには目つきの悪く、赤い額がトレードマークの男が写っていた。

 長い沈黙が訪れた、と思ったのは俺だけかもしれない。いや、実際は長かったのかも。

 自分の額の惨状を理解するには少々時間がかかった。なんでそんなことが分かったかというと、考えている間もリンの絶え間ない木の実攻撃が俺の額に直撃していたからである。

「流石にこの赤い額がトレードマークです」みたいな姿で町に入りたくない。どうやら考えている時間も惜しいらしい。

 俺は攻撃をやめさせるべく立ち上がった。

 

「もうストップだリン! これ以上赤くなったら鼻の赤いおっさんより立ち悪くなっちまう」

 

「あらそう? この赤い額がトレードマークです!みたいな方が可愛いんじゃないかしら?」

 

「いやいや、俺はどんな仕事してる人だよ……ていうか、可愛いって…誰がじゃ!」

 

「痛っ! ちょ!何すんのよ、ていっ」

 

 リンの手から離れた木の実は放物線を描いて俺の額へと飛んできた。俺はそれをキャッチすると投げた。こつんと音がしたあと地面に落ちた。

 

「あ……」

 

(やばい、顔に当てちまった……)

 肩が震えている。あえて言っておこう俺のではない。

 さあ、逃げる準備をしようか。回れ右をすると前に体重を傾けて、走り出した。

 方向はちゃんと次の町だ。看板の矢印をちゃんと確認したから大丈夫だろう。

 

「こらー待ちなさーい! よくもわたしの顔に当ててくれたわね!?」

 

 声色からリンがとても怒っているのが分かった。額に暑さとは違う理由で汗がにじみ出てきた。べとべとっとするやつだ。俗で言う嫌な汗。

(次の町に果物屋あったかな~)

 そうリンと騒いでいるうちに、遠くの方にうっすらと町が見えてきた。

 

「見ろリン! やっと町が見えてきたぞ」

 

「えっ!本当!? どこどこ、どこなの?」

 

 さっきとは真逆に目をキラキラとさせ、口元を満面の笑み作った。だがはっと何かを思い出すような顔をしたあと、いつもの強気な顔へと戻った。

 

「それで? あとどのくらいなの?」

 

「ああ、たぶんあと…1キロとかじゃないか?」

 

 リンの問いにおおざっぱに答えると、彼女から視線をずらして前を見る。

 木々が邪魔でハッキリとは確認出来ないが家の屋根が沢山見えるから恐らく町だろう。タイル張りの外見からして、俺が住んでいた町と然程変わらない気候なんだろう。屋根も三角形で特にこれといって珍しいものは見当たらなかった。

 

「ねぇ、町まで競走しないっ?」

 

 リンは足を一歩下げて勢いよく振り返った。彼女は何か面白いことを思いついたような顔をし、瞳を爛々と輝かさせながら訊いてきた。

(ホント、びっくりするぐらい元気あるよな~)

 首を縦に振るとリンはすぐ声を上げた。

 

「じゃあ、いくわよ――」

 

「なあ、どんな町なんだろうなって……えっ!?」

 

 彼女は「どん♪」の合図で走り出した。俺は聞いていなくてスタートが遅れた。

 

「ちょっ…お前ずるいぞ!」

 

「あはは、ずるくなんかないわ。あなたが聞いていなかったのがいけないのよ♪」

 

「負けたらあの町ではわたしの言うことなんでも聞いてもらうから♪ いやゆる、ジンはわたしの下奴隷ね」

 

「ちょっ…そんな話聞いてねーぞっ」

 

 流石のバツゲーム(俺限定)を受けたくはないので、俺も走り出す。だが、かなり遅れてのスタートのため彼女との距離は大きかった。

 

「待てっ!こいつ――」

 

「わたしを抜かせるもんなら、抜かしてごらんなさい?♪」

 

リンはこういう事自体が楽しくて仕方がないのか、満面の笑顔で走っている。

 

「バツゲームを受けるのは、お前だっ!」

 

 なんとしてもバツゲームを受けたくない一心――いや、次の町では俺がいた町みたいな騒ぎを起こさせないために、俺は全速力で走り出した――

 

 

       *

 

 

「はぁ、はぁ……っ」

 

「うふふ♪」

 

 リンは俺を見下ろして妖艶に笑った。そして、俺の頭にポンと手を乗せてきた。

 はあはあ、と息を切らしながら撫でてくる手をどかすと、苦情を申し立てる。アレはずるいとだけ文句を言わせてほしい。

 

「くそっ…お前、アレはずるい…からな……」

 

 との苦情にふっと鼻で笑ったかと思うと、右手を腰の位置に置くと「いいえ、正当よ♪」と言った。

 強気モードのリンだ。コバルトブルーの瞳にはある種の強気の光を放っていた。前髪を掻き上げると口を開いた。

 

「ジンは負けたんだから、わたしのド・レ・イねっ」

 

「くっ……」

 

 結果から言うと見事に負けた。だが、それはただの結果であって過程を考慮すると見事に負けたのではなく、闘争不能に陥れられ負けたのだから引き分けのはずだ。

 

 

 振り返ること5分前――

 

 

 走り出して少しするとリンの背に手が届く距離まで追い付いた。彼女も足には自信があってこの勝負に出たのかもしれないが、こちとら小さいころから走り回っていたので走りで負けるわけがない。

 

「よっしゃ!抜かしたぜ!!」

 

 抜かした後に後ろを振り向いて、ピースを送る。

 

「あっ、ジンのくせにっ」

 

「はっ、俺に勝とうなんて100年早いわ!」

 

 速度を上げてリンを引き離なす。さっきまで聞こえていた走る音が遠ざかっていく。

(これで大人しくしててもらえるかな…)

 一番の不安材料のリンはなんとかなりそうなので、村に着いたら何をするか考える。

 

「チンピラに絡まれても喧嘩は買わないとして――」

 

「きゃーーー!」

 

 リンのいる方角から女の子の悲鳴が聞こえてきた。急いで振り返る。

 

「この声は…リンか!?」

 

(まさか前に襲ってきた奴等がまたリンを狙って…)とそんな不安が胸を過る。急いで悲鳴が聞こえた方角に走り出す。

 最悪な可能性は考えたくはないが、そんなことが頭を過る。背筋に汗が流れた。

 地面を力いっぱい蹴り飛ばし、速度を上げる。しばらく走ると彼女はいた。

 

「おい、リン!大丈夫か!? 何があった!?」

 

「…っ、いきなり何かが横から……」

 

 指を差した方角を見ると、木が生い茂る林がそこにあった。俺は睨むように見やると身構える。いきなり襲って来る可能性があるからだ。

 右足を引いて戦闘態勢に入った。そしてリンに声をかけた。

 

「安心しろ。また、すぐ追い返してやるから」

 

「うん…怖かった……」

 

 リンの口からはいつもの強気な言葉ではなく、今にも泣き出しそうな言葉が出てきた。

 怯えるようなその声は震えていて、言葉通り怖かったと痛いほど伝ってきた。

 俺はそんな雰囲気を感じ取り、怒りに奥歯を噛みしめた。拳にも力が入る。

 

 今思うと…その言葉が出た瞬間に胸がドキッとして「ちょっと可愛いな…」なんて思わずに、「あれ?なんかおかしくないか??」と少し疑うべきだったのだ。

 

「…なーんて、嘘よ♪」

 

「え…?」

 

(間抜けな声を出してしまった)と思う頃にはミシッという音とともに、男の大事な所から上へと駆け上がるように激痛が走っていった。

 言葉に表現できない悲鳴をあげながら、転げ回る。

 変な音がー!!なんて叫びたいのは、俺だけだろうか。でも声を出したら響きそうな気がするので、「~~~~」とだけ言っておく。

 そんな俺を見ながらリンは「あら、少しやり過ぎたかしら…?」とこの惨状に感想を洩らしていた。

 

「お、おま…これは、絶対にやってはいけないことだぞ……」

 

 痛みに我慢しながらリンに文句を言う。こうやって少しでも違うところに気を紛らわせないと、激痛が復活してきていっそのこと気を失いたくなる。

 

「なん…で…、こんなことすんだよ……」

 

「えー、だって…負けたくないんだもん」

 

「そんなことで…」

 

「じゃあ、わたしは先に行ってるわね~」

 

 そう言い残すとリンは町がある方角に走っていった。当然、全速力ではなくスキップのような感じでだ。俺が闘争不能だというのは分かっているらしく、たまに止まっては木に実っている果実を眺めたり、道端に生えている花に触れてみたりと道草をしながら目的地に向かっている。

 

「あ、あのやろ…こうなるって分かってて、やりやがったな……」

 

 足に力を入れると激痛が走るが、我慢して歩き出す。内股になりそうなのを気合で乗り切る。

これもすべていつか復讐してやるという決心をして――

 

 

 そうやってぷるぷる震える足で村に到着したころには、既にリンが村の入り口に立っていたのだ。

 そして、今の有り様。彼女は「うふふ♪」と妖艶に笑っている。恐らく、これから何をしようか考えているらしい。俺から視点をずらすと辺りをきょろきょろと見始めた。

 道を歩く人たちからの視線が気になり始めてきた。「なんですか?」と文句を言いたいが、諸事情により声を出しても迫力がなくなっている。それに今は走り終わったあとに崩れ落ちるように四つん這いになったせいで、回りから見ると俺がリンの奴隷的な感じに見えているのだろう。視線が痛い。

 

「あっ♪いいわねアレ」

 

 彼女は何か面白いものを見付けたのか声をあげた。

 俺は顔を上げてリン見ている方向に視線をずらした。

 そこにはお金持ちなのか執事をつれた体格の良い女性が歩いていた。もうセレブです、と言わんばかりのゴージャスな格好に指には赤や青、そして緑に輝く指輪をはめていた。

 女性は執事に手を引かれ、階段を上がろうとしているところだった。微妙にドレスから覗く派手な下着が存在感MAXなのは、どう対処したらいいんだろう。因みに訊きたい人がいないと信じて、色は秘密にしておこう。

(あれは奴隷ではないけど、アレならやってもいいかな…)

 俺の考えていることが分かったのか、鼻をふふんと鳴らすと笑った。

 

「分かったなら、早くやってちょうだい♪」

 

「へいへい」

 

 俺は立ち上がるとリンの手を掴むと、甲に軽くキスをした。

 

「かしこまりました。お嬢様」

 

(だったかな…?)

 うる覚えで執事っぽいことを実行してみる。あってるかは分からないが、とりあえず顔を上げた。

 すると、そこには顔を朱に染めて口をぱくぱくとさせているリンがいた。もしかするとこうなるとは思っていなかったのだろうか。実際、彼女は手を引いているとこしか見ていないのでその気持ちは分からなくもないが。

 

「ち、ちょっと…何してんのよ!」

 

 掴んでいた手が離れると、リンの後ろへと隠れた。彼女は耳まで赤くしながら文句を言ってくる。

 

「何って、執事をやって欲しかったんだろ?」

 

 と言うと階段をまだ上っている体格の良い女性とその執事を指差す。よく見ると執事の額には汗が一筋流れている。

 はあ、とため息ついてしまいそうになるのを何とか堪えるとリンの方に顔を戻した。スラッとした体躯なのに出るところは出ていて、ビー玉のように透き通った強気なコバルトブルーの瞳をもつ女の子。

 今は強気な光は灯っておらず、おどおどと目を泳がしていた。

 

「っ…違うわよ!…わたしがして欲しかったのは、…その下の子たちのことよ」

 

「え…?違うのか? 俺はてっきりこれのことかと」

 

下と言われ視線を落とすと、そこには一人の女の子にプレゼントをあげている男の子たちがいた。

 

「あぁ~そういうこと…。じゃあ、ごちそうさ――」

 

 最後まで言いきる前に横からビンタが飛んできた。それをふわりと避けると、後ろに下がる。

 頬をほんわり夕日のように紅く染めながらリンは眉を吊り上げて怒った。

 

「なんで避けるのよ!」

 

「そりゃあ、なんとなく。当たったら痛そうだし」

 

 特に頭は痒くはないがくしゃくしゃと掻いた。伸びた髪が視界の邪魔になり、掻き上げるように後ろに流した。

 リンは顔を隠すように俯向くと口を開いた。

 

「なっ、このぐらいくらいなさいよっ。わ、わたしの…初め――」

 

 リンは手を胸の前に持ってくるとぎゅっと握りながら、俯き加減に抗議してきた。

(ヤバい…タイプかも……)なんて考えてしまう。頭を振ると今考えたことは意識の外へと追いやった。

 沈黙――お互い黙るわけにはいかないので俺から喋る。

 

「リン可愛いな…じゃなくて――分かった、なんか買って来るからここで待ってろよ」

 

 そうリンに言い残すと身を翻して、お店がありそうな方に走り出した――

 

 

        *

 

 

「とは言ったものの…何を買えばいいのやら……」

 

 店を見付ける度に中に入り、何か良いものはないかと店内を練り歩く。だが、これといって買うものは決まってないので良いものはないかと見るだけ。

(女の子と付き合ったことがあればな~…少しはその知識が役に立つのに)と心の中で文句を垂れてみた。だけど、逆に虚しくなる。生きてきてこのかた、彼女がいない十数年――因みに年齢のぼかしは察して欲しい。細かく言うと悲しくなる。

 

「はぁ…どうしたものか――」

 

「何かお探しですか?」

 

「あ、いえ…ちょっとプレゼント的なものを」

 

「へぇ、優しいんですね。彼女さんにですか?って、あ…すいません。スゴい形相で悩んでたんで話かけちゃいました」

 

 彼女は何かを察したのか、それともそういう正格なのかあたふたしたのち、何故か謝ってきた。

 

「…別にいいですよ。怪しい客になる前に止めてくれたんすから」

 

 とフレンドリーな感じで返したが彼女は「すいませんでした…わたし空気読めないもので」と平謝りを繰り返す。対応に困っていると店の中にいた人たちがざわめき始めた。

 

『ねえ、あれどうしたの? クレームとか?』

 

『いや、違うだろ…店員だったら名札付けてるはずだろ? だから、勝つあげとかいちゃもんとかその辺の類いだろ…』

 

「あはは…早く顔を上げてください」

 

「いえいえ…わたしがいけないので」

 

(いや、だからそういうことではなく回りからめっちゃ変な目で見られてんだってば)

色々と弁解したいがしたらしたで、彼女が変なことを口にしそうなのでやめた。

 

「だからね、とりあえず外に…」

 

「外にですかっ!? …はい、でも少し待ってください――」

 

「あ、はい」

 

 彼女は手帳を取り出すと何かを書き始めた。

 

「お母さま、お父さま…わたし――ルーンは遠い、天国というところに行きます。でも大丈夫です…わたしは…」

 

『え?何々…?あの人、あの子を… 誰か止めてあげないの?』

 

『馬鹿っ!聞こえたらどうすんだよっ。俺たちも殺されんぞ』

 

「…………」

 

(いやいや、聞こえてますから…)

 さっきからこそこそと有らぬことを話しては勝手に話を脹らませているバカップルの方を向く。目があって「ヤバイ」とでも思ったのか、買い物かごをそこに置いたままどこかに走り去っていった。

(一つ目の問題は解決したとして、あとは…)

 目の前のルーンと名乗る女の子に視線を戻す。身長は俺の肩ぐらいだから大雑把に測って160cmぐらい。体格は全体的に細めのせいか、服が大きいせいか、見た感じがなんかだぼっとしている。顔は普通の女の子。「可愛い!」という程ではなく、「不細工…」と言うにはほど遠い。

(つまり、まあまあってことなのか…?)

 考えているうちによく分からなくなってきていた。

 

「まぁ、とりあえず…こっち来て」

 

 彼女はまだ書き足りないのか、手を引っ張られながらも手帳に言葉――恐らく遺書を永遠と書きつなれている。

 チラッと中を見ると、天国という場所についての説明だとか今までの思い出が書いてあった。

 

「うげ…リンのことあんまり悪く言えないかもな…」

 

 面倒事を拾ってこないようにと言おうと思った暁に、俺が先に拾って来てしまった。

 後ろを振り向くと何かごにょごにょ言いながら、ペンをひたすら走らせている。書くスペースがなくなると次へと進み、書く内容も昔の思い出の細かいところまで書いていた。

 

「どーしよ、この子……」

 

 何も買ってないが、とりあえずリンと所に行くことにした。

 お昼を過ぎたせいか彼女を待たせている広場は人でごった返していた。

(髪が腰まであって、ホワイトっぽいピンク色をしたやつは~)

 この人混みの中、一人の人間を見付けるのは難しいが、あの特徴的な髪色を見付けるのは簡単だった。

 

「あ、いた。 おーい、リン~って…」

 

 リンは男数人と町の外に出て行った。おかしいと思い、ようく見ると彼女の手には手錠の様なものが付いていた。

 

「…おい、マジかよっ!」

 

 リンを助けるため男たちと歩いて行った方向に走り出す。武器をまた持っていないが買っている暇なんてないので諦める。

 

「…え?ってちょっ、どこに行かれるんですか!?」

 

 書くことはなくなったのか、ルーンは顔を上げて質問を投げ掛けてきた。

 

「ちょっと、俺の連れ的な奴が危険っぽそうだからまたな!」

 

「えっ!?武器は持たないんですか!」

 

「あぁ、大丈夫じゃね? 俺にはこの足があるし。じゃあ、急いでるから」

 

 そう言い残すとまた走り出す。町を出ると森の中に入っていく。

 しばらく走っていると人影をいくつか発見した。

 木の幹に隠れて状況を確認する。男は四人。一人は剣。もう一人は人一人分ぐらいあるんじゃないかというぐらい大きな斧。あとの二人は腰に短剣を付けているだけ。全員武器持ち。

(皆さん、フル装備っすね…まぁ、あんま関係ないけど)

 そう戦闘においては、武器があっても勝てないものは勝てない。それなりの実力があれば素手でも勝つことは出来る。だが、それが成立するのは素手で挑む方が戦闘に慣れていて、相手より強いというのが絶対条件だ。それに当てはまらなければ負ける。

(出来れば相手の力量を知りたい所けど…そんな時間ないか……)

 リンを見ると様子がおかしい。いつもの強気な態度や言動は消え失せていて、ただ下を向いて歩いている。いつもなら「ちょっと、なんなのあなたたち!?」とか叫んでるはずなのに大人しくしている。

 これはもう彼女の身に何か合ったに違いない。急いで助けに入る。

 木の幹から出ると同時に、ジャンプ。近くにいた男に蹴り飛ばしてもう一人に当てる。蹴り飛ばしたと同時に腰に付けている短剣を抜き取ると、次の標的に向かう。

 後ろを歩いていた仲間が襲われたことに気付いた残りの二人は、リンを盾にしようとした。

 そこにすかさずさっき抜き取った短剣を投げる。

 

「ぐあぁっ…!」

 

 見事に短剣は肩に突き刺さり、リンを掴んでいた男は激痛のあまり、彼女の腕を離した。

 

「きゃっ…!」

 

 勢いよく方向を変えられたのでバランスを崩して、リンは地面に倒れそうになる。

 

「うわっと…。 大丈夫か!?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえたからか、彼女は顔を上げた。

 

「…ばか……」

 

 そう言うともたれかかってきた。「えぇえ!?」そんなことを言われるとは思っていなかったので、変な声を出してしまった。

 

「あ、いや…そういうことじゃなくて!」

 

 怒られると思い防御体制に入るが、なかなか怒ってこない。

 

「…………」

 

 ただ彼女は俯いたまま、俺の胸の中にいる。

 ジンは(何が起こっているんだ!?)と頭の中ではパニック状態に陥る。そんな中後ろからパキッと地面に落ちた枝が折れる音が響いた。

(ヤバい…後ろを見なくても分かる。もう一人、剣を持っていた奴が…)

 背後から風切り音が聞こえた。

 急いでリンを抱えて横に跳ぶが遅かった。

 

「ぐあっ!」

 

 背中にスッと何かが滑った感覚がした瞬間、激痛が走しった。リンを抱えたまま転がり回る。

 起き上がるため、地面に手を付けるが右手に力が入らない。

 

「クソっ…」

 

 さっき背中を切られたせいで、腕を動かすときに使う筋肉を切られたらしい。右腕はぶらんとぶら下がっているだけで、使い物にならない。

 

「…大丈夫だったか?、リン…」

 

「わたしより、ジンの方が…」

 

「このぐらい大丈夫だ…。それより一人で逃げられるか?」

 

「えっ?置いて逃げるなんて、いやよ…」

 

 彼女も力が入らないのか、震えながら俺の手を握ってきた。

 

「大丈夫だよ。お前らは逃がさない。それに女の方は封煌符で力を封じてるから、歩くのもままならないだろうがな」

 

 剣に付いた血糊を拭きながら、男は近付いてくる。

 

「お前らはなんでこいつを狙う!エディなんとかってやつだからかっ?」

 

「あぁそうさ。こいつらは売れば金になる。それに武器としても使えんだよ!一石二鳥じゃねえか」

 

 そう質問に答えると男は不適に笑った。

 

「お前だって、そうなんだろ?だから、必死になって守るんだ。傷物になったら売れないって」

 

「お前ら――」

 

 この男の言葉を聞くたびに胸がカッと熱くなるのが分かる。ドクンドクンと心拍数が上がっていく。

 

「…殺す」

 

(右腕がぶっ壊れたって別にいい…ただこいつをぶっ飛ばしたい)

 右腕に力を込める度に背中に激痛が走る。血は止まることなく、背中から腕へと流れてくる。

 起き上がろうとすると「…待って……」と声がかかった。

 

「わたしも諦めないで戦うわ…だから、この腕に巻き付いてる封煌符を取って……」

 

「はっはっは、さっきも言っただろ?お前らが幸せに暮らせる所なんてもんはねえーんだよ」

 

(…さっき……?)

 自分が来たときのことを思い出す。定かではないがそんな話をしていなかった気がする。ということは俺がここに来る前の話なわけだ。

 彼女の方を見ると長い髪の毛で表情は隠れて見えないが、肩が震えていた。

 それを見た瞬間何かが切れた――

 

「っ…!!」

 

 立ち上がろうとした瞬間、手を引っ張られた。

 

「待って…一人で行かないで…。わたしも一緒に戦うって前に言ったでしょ?」

 

 彼女は泣いていたのか目を真っ赤に張らしていた。だが、瞳だけはいつもの強気なものだった。

 

「…分かった。その代わり無理すんなよ?」

 

 彼女の腕に巻き付いている封煌符と呼ばれる布を破きながら、約束事を話す。

 

「ふん、それはジンの方でしょっ? でも、助けに来てくれてありがとう…」

 

 封煌符を全部外す頃にはリンはいつもの強気な態度のリンに戻っていた。

(少し惜しい気もするけど…こっちの方がリンらしいか)

 

「はっ!どういたしましてってね♪ 行くぞ!」

 

「分かってるわよっ!」

 

『虚空に

我が名をしめされん

思いはしらせ

弾とならんことのはを

契り籠ん』

 

 体の回りに風が渦巻き始めると次第に大きなものから小さなものへと変わっていく。そこに俺は手を伸ばす。

 風の渦が手に巻き付く。硬くて冷たい感触を味わった瞬間、渦は飛散した。

 銀色に近い色をした銃身の長い拳銃が姿を現した。一指し指をトリガーにかけ、親指で安全ロックを解除した。

 

『いくわよジン!』

 

「ああ、分かってる!」

 

 手にした銀色に輝く双拳銃の片方の銃を前に出し、もう片方を斜め上に引き構える。

 

「クソ、プレジャー持ちか…なら、お前を殺さないとなっ!」

 

 剣を構えるとダッシュして男は懐に入ってきた。低い体勢から入り、腕を後ろに引くと突き上げるモーションへと移行した。

 

「残念だったな!銃じゃ格闘戦なんか出来ないだろ」

 

「…………」

 

 風を切り裂く音とともに切っ先が首を突きに狙ってくる。俺は首を傾けると同時に剣に銃口を軽く当ててずらす。

 すっと狂気そのものがギリギリのところを通過していった。もう一度接近してきた切っ先を同じように受け流すと、相手は地面を蹴って距離をとった。

 俺はそれを逃がすまいとトリガーを引く。当たりはしなかったが、肺の中の重い空気を換える時間ぐらいは稼げた。すべて出すように息を吐くと、新しい空気を吸った。

 

「へえ、なかなかやるじゃねえか。 少しなにか噛んだことありそうな口だな」

 

「……………」

 

「…無視ってか。つれないなあんた」

 

 男はそう言うとじりじりと右にずれた。俺も距離を保つために左へと動く。

 何発か撃つが弾丸は宙をかすめるだけで、なかなか当たらない。だがそれはお互い様で、向こうの素早いステップからの突きも銃身や銃口を使って位置をずらしてかわしていた。

 突きが通用しないとわかったのか、足の動きが変わった。斜めに踏み込むと剣のリーチを活かした横なぶりをしてきた。

 これを待っていたかのようにニッと笑うと口を開いた。

 

「………バーカ。誰が近接格闘戦が苦手っていつ言ったんだよ。 さっきの見て無かったのか?俺は近接格闘馬鹿なんだよっ」

 

「んなっ…!?」

 

 横なぶりを銃身で受け止めると、もう片方の銃を剣の真下からぶち抜く。連続で吐き出された弾丸は剣に穴を開けた。当然刀身の真ん中に穴が開いたことにより強度が陥、簡単に折れた。

 

「なにっ!?」

 

「これで終わりだ――」

 

 銃口を溝内目掛けて突き上げる。その勢いのまま、トリガーを連続で引く。

 静かな森で銃声が連続で響いたあと静寂がまた訪れた。

 

『……………』

 

 寄り掛かるように力尽きた男をゆっくりと降ろすと視線をずらして黙っているリンの方を見た。

 銃身を見ると返り血が付いていた。

 

「リン、ごめんな…」

 

 そう呟くように小さく謝ると前を向いた。

 足から力が抜けて、膝を着きそうになるが踏ん張った。意識がもうろうとして視界が不安定になる。

 血を流しすぎたせいか、足元がふらふらするがまた構えた。まだ敵が残っているからだ。

 

「…まだやるか?」

 

 そう言うと残っている輩をキッと睨んだ。迫力だけあればいいかのように銃を構える。

 すると後ろの方から「こっちでーす! 早くきてくださーい!!」と女の子の叫び声が聞こえてきた。

 敵じゃないらしい増援に安堵した。俺は閉じていた口からはあ、と息を吐き出した。

 

「くそ! 逃げるぞ!!」

 

 誰かのその言葉で一人が逃げ出すと他もそれに続き森の奥へと消えていった。

 シュンと手元が光ったと思ったら、握っていた双拳銃は消えて隣にリンが姿を現した。その横顔は何かを思い出しているときの表情だった。

 消え入る意識の中、俺はただごめんな、リンとだけ呟いた――

 


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