気づいたら知らない学園にいました   作:椎名

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約一ヶ月に一話更新はしないようにしようとしたのにまたやってしまったという体たらく……。誠に申し訳ありません!!!!


28話 果てしなくキモイ

【学習棟A棟 1F 掲示板】

 

天使エリア進入作戦の説明から二日後。俺は告知ポスター貼りを手伝ってくれる人がいると言われる1階の掲示板前に待っている。

 

「来ないなぁ……」

 

左腕に付けてる腕時計を見ると、指定された集合時間は過ぎており、誰もここに向かってる気配も感じない。

忘れてるのか、それとも遅刻なのだろうか。どちらにしろ早く貼り付けないと授業が終わってしまい、休み時間にポスターを見たNPCが騒ぎ出すだろう。

そうなってしまうとポスターを貼るのに時間が掛かってしまうのだ。

 

「……先に貼ってるか」

 

大量にコピーしたガルデモの告知ポスターを取り出し、一人で掲示板に貼り付ける作業に取り掛かろうとすると、背後から大きな足音が聞こえてくる。

足音はどんどん大きくなり、こちらに近づいているのがわかる。果たして遅刻をしたお手伝いさんはどんな人なのかを確認するために振り向くと

 

「すすす、すみません!! 寝坊しましたぁッ! 遅刻した分シャキシャキビュンビュンと働きやがりますのでどうか勘弁してくださ………でええぇ?! 岡野さん!!?」

 

何と、遅刻したお手伝いさんは俺と同じ陽動部隊の下っ端であり、ピンクのツーサイドアップ付きのロングヘアーと悪魔の尻尾らしきアクセサリーが特徴のユイだった。

まさか知り合いの俺だとは思わなかったのか、ユイは一昨日の関根さんに負けずと劣らずの驚きのリアクションをしている。

 

「ポスター貼りの手伝いを希望してた人ってユイだったのか」

 

今思えば“大”と付けてもいいくらいのガルデモ好きであるユイだ。

ガルデモに関する事なら自ら望んでもおかしくはないだろう。

――と言っても、普段の陽動部隊のやる事もガルデモに関する事だけどね。

 

「なな、な、何で岡野さんがガルデモの告知ポスターを……?」

「そりゃあ頼まれたからだろう」

「…他に頼まれた人は?」

 

ユイは辺りを見渡している。

恐らく俺以外にも何人か頼まれたのかと思っているのだろう。

 

「いや、俺一人だけ」

「へ?」

 

俺の返答に先ほどのオーバーなリアクションこそはしていないが、ユイは目を丸くして驚いているようだ。

 

「……前々から思ってたんだけど、岡野さんってボッチなの?」

「違うわッ!!!! それより、早くポスターを貼るぞ」

 

少々話をしたおかげで未だに掲示板に告知ポスターを一枚も貼っていない。

俺は大量の告知ポスターの半分をユイに渡す。

 

「じゃあ、俺はこの掲示板から貼っていくからユイはここから反対の組の方掲示板から貼っていくように」

「え~~、女の子に遠くまで歩かせるなんてサイテー! あっちまで行くの面倒だから岡野さんが代わりに行ってよ~!」

「遅刻した癖に何でそんな態度でかいんだよッ!?」

 

ユイは頬を膨らませ、口からひたすら文句やわがままが飛んでくる。

遅刻をして来たにも関わらず何ておこがましい奴だ。

 

「遅刻した分シャキシャキビュンビュンと働くって言ったのは何処のどいつだ!! いいから早く掲示板に貼ってこい! ちゃんと3階まで貼って終わったらここに戻ってくるように!!」

「ぶー、わかったよー…。これもガルデモのためだもんね。岡野さんに命令されるのはもの凄くシャクだけど」

「一言余計だわ……」

 

俺に命令されて不満を言いながらも、ユイは俺が指定した場所にまで移動していった。

これでようやく作業に入れる。俺は掲示板に告知ポスターを取り出し、貼り付けの作業に取り掛かる。

 

 

◇◆◇

 

 

「――よし、これで終わりっと」

 

3階の掲示板まで貼り終えると、岡野は階段を降りて1階の掲示板前に戻ったのだがユイの姿は何処にもなかった。

 

「まだ終わってないのかな?」

 

いくら自分に命令されたのが気に喰わないとはいえ、ユイが集合場所に来ないままだというのは恐らくないだろう。

となると、まだ終わってないという選択だけになる。

 

(何か飲み物でも買うかな)

 

ついでにユイの分も、と自分の中でそう言葉を付けたし、掲示板の近くにある自販機に向かうと既に先客がいた。

 

「あっ、音無じゃん」

 

岡野が自販機の前にいる人物の名を呼ぶと、音無はkeyコーヒーを取り出し、此方の方に顔を向ける。

 

「ん? あぁ、岡野か。こんなとこで何してんだ?」

「仕事。告知ポスターを掲示板に貼ってたんだよ」

 

いくつか余った告知ポスターを取り出し、それを音無に渡す。

 

「これがゆりが言ってた派手な作戦って奴か。意外と手が込んでるな…」

 

ポスターを見た音無は感嘆の声を漏らし、keyコーヒーを一口飲む。

 

「ガルデモはNPC達の人気を勝ち得てるくらいだからね」

「NPCの癖にミーハーな奴らだなぁ」

「それはずばり! ガルデモのバンドにはそれだけの実力と魅力があるって事ですよ!!」

 

気が付くと、男二人の会話の中にポスターを貼りに行っていたユイの姿があった。

 

「あっ、ユイ。貼り終わったのか?」

「もっちろん! 頼まれた仕事はきちんとこなす優秀な美少女ユイにゃんにとってこれくらいは朝飯前朝飯前~」

「それで音無は何でここにいるんだ? 散歩とかか?」

「華麗に無視すんなゴラアァァァァッ!!」

 

ユイは自分の言葉をスルーされて口調が荒くなって怒っているが俺はそれを無視して音無と会話の続きをする。

 

「いや、さっきまで橋の下で射撃の練習をしてたんだ」

「射撃の練習………。天使との戦いに備えてか?」

「…まあ、そうなるな」

 

射撃の練習。それはつまり、天使に撃つ練習という事でもある。

たった一人の敵である少女を倒すために……。

それにしてもユイがまるで飢えた獣の如くギャアギャア騒いでいる。

 

「……それで、その娘は?」

「あっ、ユイって言います! この何処の馬の骨かわからない何の特徴の欠片もないそこら辺にいるパンピーモブ顔野郎と同じ陽動班の下っ端です」

 

一言二言それ以上にユイは俺の事をボロクソに言い、自己紹介をしている。

何でここまで酷く言われなきゃいけないのだろうか。ここまで言われたから殴っても罪にはならない気がする。殴らないけど

 

「ユイ、か。俺は――」

「あぁ、あなたの事は聞いてます」

「え、俺の事知ってんの?」

 

意外な事にユイは音無の事を知っており、音無自身もまさか初めて会った人が自分の事を知ってるとは思わず、驚きの表情を見せる。

 

「はい、確か音無先輩ですよね?」

「あ、あぁ。そうだけど、誰から聞いたんだ…?」

「いつもデカイ斧を持ってる先輩が、あいつは戦線に災悪をもたらすから注意しろ~とか何とか言ってました」

 

ユイはそう言いながら両手の指を使って何かの武器らしき物を描いており、音無は誰がそんな事を言ったのか察したのか

 

「あの野郎か……」

 

と怒りに混じった呟きをする。

ちなみにユイが描いた物はハルバートらしき物なので、災悪云々の事を言ったのは野田で間違いないだろう。

 

「ところで、先輩はガルデモを知ってますか? あっ、ガルデモは“GirlsDeadMonster”を略した言い方で、すごいんですよガルデモはッ!!」

 

音無の返答を一切待たずにユイは自分から一方的に語り始める

 

「女の子だけであの演奏力、そして何よりもボーカル&ギターの岩沢さんの爽快感ッ! 作詞作曲までしちゃうんです! あたしのお気に入りはCrow Song!! サビの天聴が―――って、まだ話は始まったばかりですよ!! まだAlchemyが残ってるんですから! Alchemyはですねぇ!!」

 

ユイがマシンガントークを言ってる中、話についていけない音無は気づかれないようこの場から去ろうとしたのだがバレてしまい、腕を掴まれ拘束されてしまう。

 

「わかった! ガルデモが凄いのはわかったから腕を離せって!!」

「い~や~で~す~ッ!! Alchemyを語らせるまで離しません~~……ッ!!」

 

音無は必死に自分の腕にしがみ付いてるユイを引き剥がそうとするのだが、中々離れない。

 

「だったら俺に歌の事を語る前にその大好きなガルデモのためにしゃきしゃきと働けってのッ!!!!」

「あっ、そういえば!」

 

ユイは何か思い出したのか、すぐに音無から離れ、何故か俺の方へと近づいてくる。

 

「岡野さん、掲示板見たけど何あれ? やる気あんの? ガルデモの大事な作戦なんだよ!?」

「は? ど、どうしたんだよいきなり」

 

突然ユイに怒られ、何故怒られてるのかがわからない俺は思わず動揺をしてしまう。

掲示板にはきちんと告知ポスターを貼ったはずだ。 なのにユイが怒っているのは何でだ?

 

「どうしたも何も! たった2~3枚しか貼ってないとか少なすぎでしょ!!」

「え、そこ?」

「『え、そこ?』じゃないっつうのクラァッ!!!」

 

ユイは勢いよく蹴りを放ち、その蹴りは俺の背中に向かっている。

当然、急に放たれた蹴りを避ける余裕も時間もなく、俺は抵抗する事もできないまま蹴りを喰らう。

 

「マックスコーヒーッ?!」

 

余りの痛さの所為とはいえ、自分でも何を口にしているんだと思う程の言葉を発した。

 

「け……蹴るこたぁないだろ…? 蹴るこたぁ……」

「あたしにあんだけ働けとか言ってたのに自分だけ手抜き作業をしてたらそりゃ蹴るわボケェ!!」

「い、いや……2~3枚貼れば充分だろ……。 そういうユイは何枚貼ってきたんだよ」

 

蹴られた背中を両手て擦りながらユイに聞いてみると

 

「掲示板に全部ポスターが埋まるほど貼ったに決まってんじゃん」

「それは流石に貼りすぎだろッ!!?」

 

沢山貼るのはわかるのだが、全部埋まるほどという事は連絡用紙の上にまで貼ってるという事だろう。

貼るにも限度があるだろうに……

 

「今回の作戦は告知ライブをする程重大なんだからもん~~の凄いインパクトを与えるのが効果的なんだよっ」

「わからなくもないけど何もそこまでアッピルしなくても……」

『アッピル?』

 

音無とユイはほぼ同時に俺の間違えた言葉に鸚鵡返しをする。

 

「あ、いや。アピールって言おうとしたんだけど間違えただけだよ…」

 

何で言い間違えたんだろう……。 変な電波でも受信したのか?

 

「そんな事より! 早く掲示板に全部埋まる程ポスター貼ってこいやクラァッ!」

「ガルデモは人気なんだからもう貼らなくてもいいだろ!」

「人気だからこそ沢山貼るんでしょ!?」

「それだと迷惑になるだろッ!!」

「じゃあ、あたしが貼るから余ったポスター寄越せぇい!」

「何でそこで貼るって考えに至ったんだよ!?」

「いいから寄越せやぁッ!!」

「うおっ!?」

 

言い争いから実力行使に代わり、ユイは俺が持っているポスターを取ろうと襲い掛かり、俺はすぐさまユイの顔を抑えつける。

 

「ぐににににぃぃぃ……! よ~~こ~~せ~~………!!」

 

俺とユイの身長と腕の長さにかなり差があるので、ユイが必死に伸ばしてる手は俺が持っているポスターに一切届いていない。

 

「おいおい、あんまり騒いでると誰かが――」

「テェェェェメエエエエェェェェエエエェェェェッッッ!!!!!」

 

音無が俺とユイの争い……ユイの一方的の争いを止めようとしたその瞬間、遠くからなのに大きな足音と声が廊下全体に響いている。

俺達三人はそれぞれ目を合わせ、足音と声がする方へ振り向く。

そこには整った顔が崩壊する程の狂った表情をした奴(竜胆)の姿があった。

 

「俺のユイに何しやがるんだあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

と叫びながら竜胆「トゥッ!」と、若干裏返った声を出し、地を蹴って大きく跳ぶ。

近くにユイと音無がいるにも関わらず、竜胆は此方に目掛けて飛び蹴りを咬まして来た。

 

「しゃ、しゃがむぞ!!」

 

音無が真っ先にそう叫び、いち早くしゃがみこむ。

 

「ユイ!」

「ふぇ? ……って、あわぁ!?」

 

俺はユイの顔を抑えてた手を頭の上に置き、下へと押す様にしてユイを先にしゃがみ込ませ、その後に俺もすぐにしゃがみ込む。

すると竜胆はそのまま俺達の頭上を素通りして通過していく。

 

「チィッ! っと、ととと……っと!? ぶべらっ?!!」

 

飛び蹴りから上手く着地ができなかったのか、竜胆は大きくバランスを崩し、自分の身体を床に思い切り叩きつけてしまう形となってしまった。

なんとも情けない格好である。

 

「つつつぅ……!! テメェ~……、よくもやりやがったなぁ…」

 

竜胆は顔を抑えながらフラフラと立ち上がり、俺に思い切り睨みつけてくる。 いや、俺何もしていないんだけど……。

本当は自業自得だと言い返したいところだが、そんな事を口にしたら火に油を注ぐのと同じなので俺は何も言わずただ黙る事にした。

すると竜胆は顔を抑えながらも続けて言葉を発してくる。

 

「しかも何だ何だぁ!? ちゃっかりユイの頭に触りやがってぇ! どうせユイの余りの可愛さにその綺麗でサラサラした髪を触り続けながらついでに良い匂いがするであろうユイのピンク色の髪の香りを嗅ごうとしてたんだろうゴラァッッ!!!」

 

キモイ。 果てしなくキモイ。鼻をヒクヒクと動かしながら言ってるから尚キモイ。

いくら何でもあの状況でそんな超下心丸出しな発想を浮かぶ訳がない。 寧ろそんな状況になってもそんな発想を出るのはお前しかいない。

そんな竜胆の気持ち悪い妄想を聞いた俺と音無は思わず顔を引き攣らせており、ユイは顔を若干青ざめ、両腕を自分に抱きしめるように押さえて2~3歩下がっている。

後ろに下がっている時にユイが小声で「気持ち悪い……」と言っていた。

 

「待ってろよユイ、今からそこにいるクソ岡野をぶっ飛ばしてお前を助けてやるからな。オラ行くぞぉ! カスや――」

「あなた達、そこで何を騒いでいるんですか」

 

竜胆がまたもや理不尽な暴力を振るおうとした瞬間、俺達の騒ぎに駆けつけてきたのか、生徒副会長の直井文人が二人の生徒を引き連れて此方へと向かってきている。

 

「ゲッ……、生徒会じゃん…!」

 

一ヶ月以上前に俺は副会長に反省室という名の独房にぶち込まれた経験がある。

またあんなところに入る訳にもいかないので音無とユイに逃げようと言って足を動かそうとするが

 

「テメェはここで直井の生け贄にでもなれや!」

「あばっ!?」

 

竜胆は俺の事を突き飛ばし、音無達よりも早く副会長から逃げ出す。突き飛ばされた俺は思い切り尻餅をつくハメとなってしまい、すぐに体勢を立て直して改めて逃げようとするのだが肩を掴まれてしまう。

 

「そこのあなた、ここで何をしていたんですか?」

 

竜胆の所為で唯一逃げ遅れた俺は三人に囲まれる形となってしまい、鋭い目つきで睨まれている。

嘘を言っても意味がないだろうし、ここは正直に話した方がいいだろう。

もしかしたら信じてくれて俺は晴れて無罪放免になるかもしれないと、僅かな希望に賭けて正直に話した。

 

「いやぁ……ちょっと友達と話していたらがいきなり竜胆って奴が飛び蹴りを咬まして来てですねぇ。それを避けたら今度はいきなり変な事を言ってきたんですよ」

「小学生でもわかる嘘はやめてください」

 

ホントの事なのに……。

 

 

◆◇◆

 

 

こうして一ヶ月ぶりの反省室にぶち込まれる事、早3時間。時間は腕時計で確認している。

現在、非常に困っている事態が発生している。

 

「腹減ったわ~………」

 

そう、腹が減ったのだ。

本来ならもう昼飯の時間帯なのだが、反省室という名の独房には飯という縁が全くなく、かなり暇でもある。

 

「それもこれも全部竜胆の所為だ……」

 

あの場に竜胆がいなければ、竜胆が俺を突き飛ばさなかったら、女性メンバーと話す時に竜胆がいなかったら……。

今までの竜胆の事を思い出すと心の奥底から竜胆に対しての怒りが混み上がってきた。

何か重い過去があるのだろうがそんな事など知ったこっちゃない。アイツを殴りたい、蹴りたい、本気で殺したいとも思った。

 

「……アアアアァァアアアッッ!!!! マッッジふっざけんなよアイツゥッッ!!!!!」

 

俺は怒りに全てを任せて暴れ出した。

雄たけびを上げながら壁に思い切り蹴りを入れ、両腕をベッドに何度も叩きつけ、また壁に蹴りを入れ、ベッドにも蹴りを何度も入れる。

暴れた。ただひたすら暴れた。今まで押さえ込んでた怒りを一気に開放をしたんじゃないかと思うくらいの暴れ方をしたと思う。

しばらく経つと、疲れが出たと同時に冷静さを取り戻し、あちこちに蹴り跡が残ってるベッドに座り込む。

壁を蹴ったりベッドを両腕で叩いたりしたからか、今頃になって足や手に痛みが走り出す。

 

「……マジなんなんだよ、竜胆の奴…」

 

突然この世界に現れ、初めて会うはずのゆりや遊佐さん、椎名さん、他女性メンバーだけではなく、立華さんの名前まで知っていた。

聞いた話だがここに来たばかりなのに戦闘能力も高いらしく、特殊な能力を持っている立華さんとも結構渡り合えるとか。

考えれば考えるほど竜胆の謎が深まるばかりだ。

 

「そういえば……何で副会長の名前を知ってたんだアイツ?」

 

俺はふと、竜胆が俺を突き飛ばした時に言ってた台詞を思い出す。

確か『テメェはここで直井の生け贄にでもなれや!』と言っていた。

俺を除く戦線メンバー達は天使の名前も知らなければ、副会長の名前すら知らないはず。

なのに竜胆は二人の名前を知っている。

 

「まるでイレギュラーな奴だな……」

 

“イレギュラー”。正に竜胆にピッタリな言葉だ。

これ以上、竜胆の事を考えても意味ないし、考えたら考えたで馬鹿らしくもあるし、再び苛立ちが混み上がりそうなので深く考えるのをやめてそのままベッドに倒れ込み、仰向け状態になる。

特に考えもせず、俺はボーッと天井を眺めて時間を潰す事にした。

 

 

◇◆◇

 

 

【生徒会室】

 

「ふぅ……、ようやく終わりましたか」

「そうね」

 

夕日が沈みかけている中、生徒会室には生徒会長の立華奏と副会長の直井文人、そして数人の生徒会役員がいた。

どうやら思った程生徒会の仕事が長引いたらしく、その長引いた仕事が今終止符を打ったようだ。

 

「皆さん、起立して下さい」

 

直井が書類らしき紙をまとめると号令を言い、奏も含め生徒会役員達はその言葉に従って起立する。

 

「皆さん、遅くまでお疲れ様でした」

『お疲れ様でした』

 

号令を終えると、生徒会役員達はゾロゾロと先に出て行き、生徒会室には奏と直井の二人だけになった。

 

「……では、お先に失礼します」

「待って」

 

直井は荷物を持ち、席を立ち上がろうとすると、奏に呼び止められる。

 

「…まだ仕事が残っているのですか?」

「いえ、今日の仕事は終わってるわ」

「では何の用が?」

「校則違反をした生徒が一人いるって聞いたのだけれど…」

 

あぁ、あのバカの集まりのグループの一員に加わったアイツか…。

派手な髪型、髪の色、特徴のある顔をしていなく、良くも悪くもそこらにいる一般生徒の様な人物だ。

 

「生徒会長も一度顔を合わせた事がある人ですよ。確かあれは……テストをサボって一人食堂で食事を取っていた事ですね」

「………それって、岡野くんの事?」

「…!?」

 

奏の意外な言葉に直井は驚いていた。奏はいつもなら名前ではなく“あの人”や、“彼”、“彼女”と言った言い方をする。誰かの名前を言う事なんてほとんどない。

 

「……どうしたの? 何か考え事?」

「あっ……いえ、何でもありません」

 

 

直井は気になった。

天使である彼女は基本死んだ世界戦線のメンバー達の名を言わないのにも関わらず、同じ戦線のメンバーである岡野という男だけは名前で呼んだ事に。

再び席に座り、彼女に聞いてみる事にした。

 

「生徒会長はその岡野という人とどういう関係で?」

「どういう関係?」

 

奏は首を傾げ、直井の一部の言葉をオウム返しする。

 

「えぇ、生徒会長が誰かの名を口に出すのは中々ありませんから」

「直井くんの事は直井くんと言ってるわよ。他の生徒会の人達の名前だって――」

「……訂正します。生徒会以外の方の名を口に出すのは中々ありませんから」

 

彼女はたまにズレた事を言う時がある。しかもワザとではなく素で言っているのだ。

一般生徒なら文句の一つや二つを言いたいところだが、相手は副会長の自分より上の生徒会長であり、天使だ。

直井も奏の特殊な能力の事を知っており、余り強く言えないでいる。

 

「そうかしら。特に意識してなかったから……」

「と言いますと、彼とは特に何の関係もないと?」

「……何て言えばいいのかしら…」

「言えないという事は、関係がないという事では?」

「…………わからない」

 

奏は少々小難しい顔をして考え込んでいるが、答えはいつまでも返ってこない。

 

(時間の無駄だったか……)

 

普段無表情な表情をしてる彼女が珍しく表情を変えるのは中々新鮮だが、恐らく待っていても答えが返ってくる事はないだろう。ならばもう彼女には用はない。

そう結論づけた直井は再び立ち上がり、荷物を手に取る。

 

「それでは、僕はこれで失礼します」

 

奏にまた何か言われる前に直井は早歩きで生徒会室から出て行き、荒くドアを閉める。

外も静かだからか、直井がドアを閉めた時の大きな音が生徒会室全体に響き渡る。

 

「乱暴ね」

 

生徒会室から出て行く直井を見届けた奏はそう一言呟き、帰る支度をするため筆記用具やノートを鞄にまとめる。

 

「………岡野くんとの関係…」

 

先ほど聞かれた直井の質問を思い出し、奏は手の動きを止める。

一体自分と彼はどういった関係なのだろう。

同じクラスという訳ではなく、性別だって同じではない。

かといって友達と言えるほど親睦を深めている訳でもない。

 

「知り合い……なのかしら」

 

“知り合い”。互いに相手を知っている事と、ある程度つきあいのある人とも言う。

だとしたらそれは彼だけではなく、神への復讐を目的としてる彼女達にだってそれは当てはまるはず。

 

「……よく、わからない…」

 

考えても考えても、奏の頭の中から答えは一切現れず、ただ静寂な時間が刻一刻と過ぎていくだけだった。

 

 

◇◆◇

 

 

夕日も沈み、空が暗闇に陥り、夜になってる中、生徒会室から出て行った直井は、1階の掲示板前で騒いでた連中の一人、岡野を閉じ込めた反省室から釈放するために向かっている。

 

(全く……、何故僕が自ら釈放しに行かないといけないんだ…)

 

他の生徒会に頼もうとしてもタイミングが悪かったのか、誰も見つからず、かといって一般生徒に頼むのも生徒会としての面子が経たない。

 

(とはいえ、一般生徒にそう易々と“アレ”を使う訳にはいかない……。“アレ”は……)

 

そう頭の中で“アレ”の事を考えてると、反省室付近までたどり着く。

直井はポケットから鍵を取り出し、分厚い扉にある鍵穴にその鍵を掛け、鍵を解除する。

解除し終えた鍵は再びポケットにしまい、分厚いドアを開ける。

 

「時間になりました。もう出ても構いませんよ」

「はい……」

 

反省室から、疲れきった表情をしている岡野が元気の欠片もない返事をして部屋から出てくる。何もない反省室に長く閉じ込められていたら動かなくても精神的にかなり疲れるだろう。

 

「次回からは決して問題を起こしたり校則違反はしないように。いいですか?」

「……はい。この度は申し訳ありませんでした…」

 

力ない返事をし、力なく頭を下げると、岡野は足元をフラつかせながらその場から去っていくのを直井はただ見届け、姿がなくなった後に

 

「フン、愚かな奴だ……」

 

と呟くと、岡野に続いて直井もその場から去っていった。




以上、28話でした。

久しぶり(?)にブチ切れ、壁や物に八つ当たりをする岡野でした。

それではまた次回。

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