岡野にとって三回目であるオペレーション・トルネードが終わってから数週間が経った。
「えっと、『神も仏も天使もなし』」
死んだ世界戦線の溜まり場と言っても過言ではない場所、校長室の扉の前に合言葉を唱えると、ドアノブに手をかけ、校長室へと入る。
「あら岡野くん。丁度いいところに来たわね」
校長室に入ってきた岡野を最初に声をかけたのはリーダーのゆりだった。
普段は作戦の説明をする時にしか被らないベレー帽を既に被っている。
「え? 丁度いいって?」
「そりゃあ今からオペレーションの説明をするからよ。音無くん、カーテン閉めて」
窓際の壁に寄りかかっている音無はゆりの言うとおりにカーテンを全て閉める。
ソファが空いてないか岡野は軽く見渡すが、既に日向、大山、松下五段、高松、TK、そして竜胆が座っていたので扉付近の壁の方に寄りかかる。
竜胆と少しだけ目が合ったが、睨みつけられたのですぐに目を逸らした。
カーテンを全て閉め切ると、スクリーンには死んだ世界戦線の象徴でもあるSSS(スリーエス)のマークが現れる。
「今回のオペレーションは、天使エリア侵入作戦のリベンジを行う。決行は三日後」
「天使エリア……侵入作戦?」
初めて聞く作戦名に岡野は首を傾げる。
「その作戦ですか……。ですが、前回――」
高松が何か言いかけるが、ゆりが手を出し、高松の言葉を遮る。
「今回は、彼が作戦に同行する」
すると、ゆりの後ろから眼鏡を掛けているおかっぱ頭の男が現れた。
「よろしく」
突然現れたおかっぱ頭の男は皆に短いあいさつをする。
「椅子の後ろから……!?」
「眼鏡被り……」
大山は椅子の後ろから現れるのが予想外だった事に驚き、高松は今まで自分だけが唯一の眼鏡キャラだったのに突然現れた戦線メンバーも自分と同じ眼鏡キャラだったからか、動揺が隠せない様子だ。
「ゆりっぺ、何の冗談だ?」
「そんなのが使いもんになるのか?」
野田と藤巻はおかっぱ頭の男がどう見ても戦力にならないと見ているのか、あまり快く思っていないようだ。
「まあまあ、そんな風に言わないでくれる?」
「ハァッ! だったら、試してやろう!!」
そんな野田と藤巻をゆりは宥めるのだが、ただ一人野田はおかっぱ男にハルバートを向ける。しかし、おかっぱ男は何ひとつ動揺しておらず、逆に「フッ」と軽く笑い、口を開く。
「3.141592653589793238462643383279…」
「うぅ…!?」
おかっぱ男はいきなり円周率を言い出し、その数字を聞いている野田はハルバートを落とすと、地面に倒れこんで頭を抱え苦しんでいる。
「のわぁ!! やめろおぉぉぉぉぉ!!!! やめてくれえぇぇ!!! あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
おかっぱしょうねんは えんしゅうりつを つかった!
きゅうしょにあたった!
こうかはばつぐんだ!
「……円周率で苦しむ人初めて見たよ」
「眼鏡被り……」
「やめてあげてぇ! その人アホなんだッ!」
岡野は円周率で苦しむ野田をただ眺めており、高松は未だ自分と同じ眼鏡キャラが現れた事を引きずっており、大山はサラリと野田をアホ呼ばわりしている。
「そう、あたし達の弱点はアホな事!」
そしてゆりは自分達がアホだと肯定をする。
正直リーダーがそれを言っていいのだろうか。
「前回の侵入作戦では、我々の頭脳の至らなさを労低してしまった…。しかし! 今回は天才ハッカーの名を欲しいままにした彼、ハンドルネーム『竹山くん』を作戦チームに登用。エリアの捜査を綿密に行う」
「え、それ本名じゃ――」
「僕の事は――」
ハンドルネームが本名だという事に突っ込もうとするの岡野だが、竹山くんがそのツッコミを遮り、戦線メンバーに指を差し、言葉を続けてこう言う。
「――クライストとお呼びください」
『………』
その場の空間に何ともいえない空気が生まれた。
「……んで、天使エリアってのは?」
音無が天使エリアについて質問すると、その答えは戦線の最古参である日向が答えた。
「天使の住処だ」
「天使の住処?」
音無は日向の言葉を鸚鵡返しをして、一体天使の住処がどんな場所なのか、一人想像をし始めるのだが、どうにも変な想像しか思い浮かばず結局分からずじまいだった。
「二度目という事もある。天使も前以上に警戒しているはずよ。ガルデモには、いっちょ派手にやって貰わないとね」
「了解」
「それじゃあ、今日はこれにて解散」
――――――――――――
こうして、各自解散となり、皆は部屋から出て行くのだが、俺だけがゆりに引き止められる。
「それで、何の用なんだ?」
「もちろん仕事よ」
……やはりというべきか、一ヶ月前と比べると大分仕事を押し付けられるようになっている。
最初に宣言してた通り、ゆりは俺をボロ雑巾になるぐらいにこき使う気なのだろう…。
「詳しいことは遊佐さんが教えてくれるわ」
「遊佐さんが?」
『はい、私がです』
「うおッ!?」
内ポケットにある無線機から急に遊佐さんの声が飛び出し、俺はすぐさま無線機を取り出した。
「ゆ、遊佐さん!? まだ連絡もしてないのに何で……」
『オペレーターですから』
いや、意味わからないんですけど。
「ま、まあ……いいや。それで、俺は何をやるの?」
『まずは空き教室に来てください。渡す物がありますので』
「空き教室って岩沢さん達がいるとこの?」
『はい』
「了解。それじゃあ」
場所を聞き終えると俺は遊佐さんとの連絡を切ると、俺はゆりの方へ顔を向けて天使エリアについて問いかける。
「そういえばさ、さっきの作戦で言ってた天使エリアって女子寮の事?」
「えぇ、良くわかったわね。音無くんは全然わからなかったみたいだけど」
「いや、普通はわかると思うけど……」
……いや、音無は俺と違って天使を完全に敵視をしているのだ。
しかも出会ってすぐに殺されたのもあるし、変に想像をしていたのかもしれない。
おっと、それよりも天使エリアで何をするのか聞かないと。
「天使の部屋に入って何をするつもりなの?」
「そりゃあ天使の秘密を暴くのよ。彼女の部屋にあるパソコンに何かがあるとあたしは踏んでるの。前の作戦ではパスワードが分からずじまいだったけど、今回は竹山くんがいるからパスワードも解除できるはずよ」
「……流石に人の部屋に入るのはいけなくない…?」
「このぐらいでもしないといつまで経っても神のところには辿り着けないわ。ほら、この話は終わり。早く遊佐さんのとこに行かないと脳天に鉛弾ぶち込むわよ」
ゆりに無理やり話を終わらせられ、銃を取り出しそれを俺の方に向ける。
恐らく脅しなのだろうが、かと言って早く行かないとゆりの事だ、本当に撃つだろう。
俺はゆりの言葉に従い、遊佐さんがいる空き教室に足を運ぶ事にした。
―――――――――――
【学習棟A棟 空き教室】
「入っていいですか~?」
俺は空き教室に入る前にドアを何回かノックする。仮にも女の子がいる場所に入るのだから万が一も考え、ノックをしている。
有り得ないだろうが、例えば着替えてるとこを遭遇するみたいなハプニングとかがあったら相手も自分も困るからだ。
……まあ、そんな事にはならないだろうけど。一応ね、一応。
「あぁ、大丈夫だよ」
ドア越しから岩沢さんの声が聞こえ、許可を頂いたので俺はドアを開けた。
ガルデモメンバー達は水分補給をしているので、恐らく今は休憩時間なのだろう。
一先ずガルデモメンバーに軽く挨拶をし、本来の目的である遊佐さんに渡す物を尋ねる。
「それで遊佐さん。俺に渡す物って?」
「これです」
遊佐さんは机の上に置いてあった一枚の紙を此方に差し出し、俺はそれを受け取る。
「えっと、『“Girls Dead Monster" in 体育館。Tomorrow Night 19:00 LIVE START』……。これってポスター?」
「はい、それを大量にコピーして二日後、そのポスターを学園中に貼り付けて欲しいのです」
なるほどね……。体育館でライブやってゆり達はその隙に天使の寮部屋に侵入するって事か。
「体育館でやると言っても、教師達から許可は取ってあるの?」
「いえ、取ってありません」
「え!? じゃあ取らないで勝手にやるの?」
そんな俺の声に関根さんは答える。
「まあ、いつもやってるゲリラと違って今回は告知だし、教師達も黙ってないだろうけど大丈夫っしょ。食堂でやってる時も殆ど邪魔されなかったからきっといけるって!」
「……何ともまあ根拠のない答えな事で…」
「おかのんはいちいち気にしすぎなんだよ。そんなんじゃいつかハゲるぞ~?」
「死んでるのにハゲるかッ!! 関根さんは逆に気にしなさすぎなんだっつうの!」
「えー、そんな事ないよぉ。みゆきちもそう思うよね?」
一人でも味方をつけたいのか、関根さんは戦線で最も仲が良い入江さんに急遽話を振る。
「え? あ、えっと……ごめんねしおりん。流石の私もそこまでは同意できないかな」
しかし、入江さんの答えは関根さんの予想を大きく裏切ったのだった。
関根さんに少し申し訳なく思ってるのか、入り江さんは苦笑いをしながら答える。
「し、しどい!! みゆきちが私を裏切ったぁッ!!」
関根さんはリアクションだけでも分かるくらいにショックを受け、一本のアホ毛がヘナヘナと下に垂れている。
「い、いや! もしかしたら天文学的確率であのひさ子さんが私に同意してくれるかもしれない! 希望を捨てるな、私!!」
「よし、関根。準備はOKだな?」
「え? ひさ子さん、準備って何がウゲゲゲゲゲゲェェ……!」
ひさ子さんは関根さんにコブラツイストを掛け、関根さんは女性が発してはいけないような苦しい悲鳴を上げている。
「………あー、これを沢山コピーすればいいんだよね?」
自業自得とは言え、これ以上関根さんの哀れな姿を見る訳にもいかないので、話がズレてしまったが、改めて告知ポスターの事を遊佐さんに聞く。
「はい。本来なら二日後は岡野さん一人で学園中の掲示板にポスターを貼らせる事になってましたが、残念な事に一人ポスター貼りの手伝いをしたいと言ってる人がいたそうです」
え、今さり気なく残念って言ったよねこの人
「手伝ってくれる方には一階の自販機付近にある掲示板にいるよう言っておきましたので、岡野さんも最初はそこへ向かって下さい」
「あ、うん。わかった」
俺は思わず頷くと、遊佐さんは「では私はこれで」と軽い一礼をして空き教室から去っていった。
関根さんは未だにひさ子さんにコブラツイストを掛けられたままなので、椅子に座って机を見つめてる岩沢さんに声を掛けてみる事にした。
「岩沢さん。あの二人、止めなくてもいいの?」
「ん? あぁ、その内終わるだろう」
「そ、そう……」
冷たいというより、あの状況が最早日常茶飯事みたいな反応だな…。
「ところで、岩沢さんは今何してるの?」
「歌詞書いてるんだよ」
「え? まだあの歌できてなかったの?」
「あっちの方はもう完成してゆりに聴かせたさ。まあ、ボツになったけど」
「何でボツになったの?」
「バラードだとしんみりするから動きにくくなって陽動には向かないってさ」
「そうなんだ……」
確かに、ガルデモの曲は基本ロック……であってるのかな?
とりあえずしんみりするというより、激しい曲が多い。
激しい方がNPCも盛り上がるし、騒ぎ出すだろう。
「何かもったいないなぁ…。せっかく作ったのに」
しかし、岩沢さんは特に気におらず、あっさりと「そういう時もあるさ」と返したのだった。
そろそろ練習が再開するかもしれないので、俺は入江さんに別れの挨拶を言って空き教室から出て行った。
……テストの事といい、トルネードといい、今回の部屋漁りといい、やっぱりゆり達の打倒神という目的に共感する事はとてもじゃないができない。
だけど、そんな綺麗事を言ってる癖にゆり達と同じ戦線にいて、作戦の手伝いをしてる俺も同罪なんだよな…。
「俺は一体、どうすればいいんだろう……」
勝手に自己嫌悪に陥ってる俺の悩みに答えてくれる者など、当然いるはずがなかった――
以上、27話でした。
ゆり達のやり方に共感できないとか言ってる癖に結局は我が身が一番可愛い岡野でした。
こんな主人公で読者の皆様がイライラしてそうで怖いです。
いや、イライラしてるでしょうね……(汗)
それではまた次回。