【ギルド連絡通路 B17】
特にトラップらしき物はなく、ただ広い一本道の通路を進んでいく俺とゆりと音無。
地下一階の時は十人くらいはいたのに今ではたったの三人だ。
「残ったのはあたしとあなた達だけね」
「そうみたいだな……」
音無がそう答えると、突然ゆりは近くにある壁を音が響き渡るくらいに強く叩く。
「ホントの軍隊ならみんな死んで全滅じゃない…!あたしの浅はかな考えで陽動部隊の岡野くんを連れてった所為でに苦しい思いをさせて……。酷いリーダーね……!」
ゆりはここまで来る前に死んでいった仲間達の事と、俺をこんな事に巻き込んでしまったのを悔やんでいるようだ。普段は仲間を平気でコキ使う鬼畜なリーダーだが、何だかんだで仲間の事を本当に大切に思っているのだと、この時初めて知った。
「……仕方ないだろ?対天使用のトラップだ。これくらいじゃなきゃ意味ねぇよ」
「………」
音無は自分を責めてるゆりを慰めようとしたのだが、ゆりは黙ったままで動かず、何も答えなかった。
「……ねえ、ちょっと休まない?あんだけ沢山のトラップを潜り抜けたんだから疲れてるだろうし…」
「そうね……、そうしましょう。服も乾かしたいし…」
俺が休憩の案を出すと、ゆりは乗ってくれたようだ。
近くに数人入れるくらいのスペースがある場所で休憩をする事となり、ゆりと音無はそこのスペース場所に座り込み、俺はゆり達の近くに座り込み、壁に寄りかかって濡れた自分の制服を見る。
ところどころに染み付いてしまった松下五段の血の跡。
あんな死に方をしても時間が経てば元通りになるなんてある意味不気味に思えてくる。
巨大なハンマーに叩かれても、巨大鉄球に潰されても、バラバラに刻まれても、天井に押しつぶされても、高いところから落ちても、水攻めされても、滝に落ちても死ぬ事はない。
便利な身体であると同時に、この死なない身体を利用して拷問などもできるのだと思うと背筋がゾッとする。
……まあ、そんな考えをしたとしても流石に実行はしないだろう。
「あんな連中をよく統率してられるな。どうしてあんたがリーダーに選ばれたんだ?」
音無は隣に座っているゆりに何故ゆりがリーダーに選ばれたのかを尋ねている。
あまり気にしていなかったが、いざ聞いてみると確かに何でゆりがリーダーなのか気になるな。
「最初に刃向かったから。それだけの理由よ……」
「天使にか?」
「……そ」
(そんな単純な理由なの!!?)
意外と単純な理由なので驚いたが、口には出さず心の中で突っ込んだ。
ゆりが短い返答をした後、しばらく沈黙が続く。
「………弟妹がいたのよ」
「え?」
その沈黙を切ったのはゆりであり、突然自分に弟妹がいたと言って来た。
「あなた達にない記憶の話よ」
ゆりはそのまま話を続ける。自分は長女で妹が二人、弟が一人いたらしい。両親は仕事が上手くいってたのでとても裕福な家庭だったとか。
「夏休みだわ。両親が留守の午後、見知らぬ男たちが家の中にいたの」
「それって……まさか泥棒?」
「私は長女として、絶対にこの子達を守らなくちゃ…って思ってた。でも、かないっこないじゃない。ねぇ?」
ゆりは苦笑いをしながらそう言った。
どうやらそいつらの目的は金目のもの狙いだが、何も見つけられないので苛立ちを見せており、そして、ゆり達にとって最悪なアイディアを思いついたのだ。
それは、長女のゆりが10分毎に金目のものを持ってこないと妹たちを一人ずつ殺すというアイディアだった。
ゆりは必死に金目のものになる物を探したのだがその泥棒の人達が喜ぶ物など分かる訳が無く、ただ時間が刻一刻と過ぎていくばかりだった。
警察が来たのは30分後。生き残ったのは長女のゆり一人だけだった。
俺と音無はそんな話を聞いてただ絶句をしていた。
「別にミジンコになったって構わないわ。私は、本当に神がいるのなら、立ち向かいたいだけよ。だって……理不尽すぎるじゃない……!
悪い事なんて何もしていないのに…。あの日までは、立派なお姉ちゃんでいられた自信もあったのに……。
大事な者を30分で奪われた。そんな理不尽ってないじゃない…!そんな人生なんて……許せないじゃない……!!」
「………」
ゆりの話を聞いてふと、ある言葉を思い出した。
『私たちがかつて生きていた世界では、人の死は無差別に訪れるものだった。
だから抗いようもなかった。
だけどこの世界は違う、天使に抵抗すれば存在し続けられる。抗えるのよ』
……無差別に訪れ、抗いようもなかった。ゆりが俺に言った言葉だ。
俺が想像している以上に、ゆり……いや、ゆりだけじゃない。皆、酷い人生を送っていたのだろうか……。
『……強いのね、岡野くんは。私なら一カ月経っても記憶が戻らなかったら凄く不安になると思うわ』
皆と比べたら俺は強くなんかない。そんな理不尽な人生を送った記憶があるのにまだこの世界に留まってるゆりや皆の方が強いじゃないか…。
最初こそは早く記憶を取り戻したかった。
だけど何日か過ぎたらあの場所の居心地がよくなっちゃって、今では皆ともっと一緒にいたいという気持ちが出てきちゃって……、記憶が何ひとつ思い出せないのを言い訳にして俺はゆっくりと記憶を取り戻そうなんて考えたんだ。
そんな風に考えちまった俺は強くなんかない。むしろ弱いじゃないか……。
「……強いな。ゆりは」
「え…?」
突然の音無の一言を聞いて、ゆりは驚いている表情をしている。
「俺の記憶がそんなのだったら、とっとと消えてしまいたくなるかもしれない。でも、ゆりは抗うんだな…」
「……そうよ」
音無とゆりの二人の話を俺は口を挟まず、ただ黙って聞いている。
「なぁ、一つだけ聞いていいか?」
「何?」
「ゆりは……どうして死んだんだ?」
「……馬鹿ね。自殺なんかじゃないわよ!自殺した人間が抗うわけないじゃない!それにこの世界で自殺した人間はいないわ」
音無が質問して少し間があったが、ゆりは自殺した訳ではないと答える。
「さあ、行きましょう。あなた達はあたしが守るわ!」
と答えると立ち上がり、早歩きをして先へと進んでいく。
俺と音無もゆりに続き、先へと進んだ。
俺の生前も、ゆりみたいに理不尽な人生だったのかな…?
――――――――――――
「せ~~の……!!」
奥まで進んでいくと、鉄で出来た四角い蓋があり、音無と二人掛かりで蓋を開ける。
ゆりが言うにはこの蓋を開けて梯子を使って降りればギルドの最深部に着くらしい。
開けた蓋を覗いてみると確かに梯子があった。
「あたしが先に降りるから二人は後に来て頂戴。あっ、後梯子から降りる時は絶対に手や足を滑らしたりしないでね。じゃないと死ぬから」
そう俺と音無に忠告をしてくれると、ゆりはさっさと蓋の中にある梯子に手をかけ、降りていく。
あの口からすると、恐らく梯子はかなり長く続いているのだろう。
「……じゃあ、次は俺が行くよ」
ゆりが少し降りていった後、音無は自分から行くと言うと梯子に手をかけて降りていく。
残るは俺だけになり、俺も覚悟を決め、梯子に手をかけて降り始めていった。
――――――――――――
【ギルド最深部】
「これがギルド……。す、すごい…」
長い長い梯子を降り終えると、その光景は工場のような場所だった。みんな作業服らしき物で武器作りに励んでいる。
「ゆりっぺだ!」
「「「おおぉぉ〜〜!」」」
「来たぁ!」
「無事だったぁ!」
作業員の一人が階段を降りてるゆりの姿を見ると走り出し、他の作業員達もどんどん集まっていき、ゆりの元へと集まる。
「こいつらがここで、武器を作ってんのか…」
「だろうね。天使を倒すために」
ゆりは作業員達と何か話をしている間に、俺と音無はお互いにギルドの建物や作業員の人達を見ながら話していると、突如地響きが鳴り、爆音の様な音は天井越しから聞こえてくるので思わず上を見上げる。
「また掛かった!」
掛かった、という事は誰かが………いや、立華さんが何かのトラップに引っかかったのだろう。
「近い……」
音無も同じく音がした上を見上げてながら近い、と呟いたのが聞こえた。
「ゆりっぺ……」
作業員の一人がゆりの名前をいったので、顔をゆりがいる方へ向けると、ゆりは上を見上げながらしばらく沈黙し、そして思わぬ事を言う。
「ここは破棄するわ」
「えぇ!?」
「そんな!!?」
「正気か!!?ゆりっぺッ!!!」
「そうだぜ!武器が作れなくなってもいいのかよ!!?」
ゆりの発言にギルドの人達は騒ぎ始め、ゆりの破棄という案に反対する物も多数いた。
ここを破棄なんてしたら高松が言ってた通り、銃弾の補充などができなくなって天使に太刀打ちができなくなってしまう。当然の反応だ。
「大切なのは場所や道具じゃない。記憶よ。あなた達それを忘れたの!?」
「い、いや……」
「どういう事だ?ゆり」
ギルドメンバーはゆりの言葉を聞いて黙り込み、ゆりの言ってることがよくできない俺と音無は階段を降り、音無がゆりに話しかける。
「この世界では命ある物は生まれない。けど、形だけの物は生み出せる。
それを合成する仕組みと作り出す方法さえ知っていれば、本来何も必要ないのよ。土塊からだって生み出せるわ」
えっと………つまり、銃の作り方とかが知ってるなら土塊から作り出せるって事なのか?
この死後の世界にそんな芸当ができるだなんてな……。
「だが、いつからか効率優先となり、こんな工場(こうば)でレプリカばかりを作る仕事に慣れきってしまった」
「チャーさん…」
ボサボサの伸びきった髪と髭に、工場などで使われそうなゴーグルを付けている人が現れる。
あれ…?確かこの世界に来る人って学生なんじゃなかったっけ……?それともあの人も俺らと同じ学生なのか……?とてもそうに見えないんだけど…。
「本来あたし達は形だけの物に記憶で命を吹き込んできたはずなのにね」
「なら、オールドギルドへ向かおう。長く捨て置いた場所だ。
あそこには何もないが…ただ、土塊だけなら山ほどある。あそこからなら地上へも、戻れる」
「ここは?」
「爆破だ」
「「「「ええぇ!?」」」」
「ば……爆破ぁ!!?」
チャーさんの爆破という言葉を聞き、ギルドの人達は驚くが、同時に俺も一緒に驚いてしまう。
「……誰だ?こいつは」
俺の驚きの声を聞いたチャーさんは俺の方へと顔を向けるが、すぐにゆりの方へと顔を向けて俺が誰なのかを聞いてるみたいだ。
「一ヶ月ほど前に戦線に入った岡野弘樹くんよ」
「チャ、チャーさん……。ここを爆破したら、上にいる天使はどうなるんですか……?」
ゆりがチャーさんに俺の名前を教えると、俺はすぐにチャーさんに、上にいる天使はどうなるのかを聞いた。
「ギルドの爆発に巻き込ませる」
チャーさんがそう言うと
――ゴゴゴゴゴゴッ………!!
俺達が今いる真上から大きな音が聞こえてくる。
さっきよりも音が大きいという事は、ほぼ真上にいてもおかしくないくらいなのかもしれない。
「持っていくべきものは記憶と、職人としてのプライド、それだけだ。違うか、お前ら!!!」
「「「「「「………はい!!!!」」」」」」
チャーさんの言葉に胸を打たれたのか、はたまたもっと別の理由なのか。それはギルドで武器作りをしてない俺にはわからない事だが、ギルドメンバーの人達は全員力強い返事をする。
「よーし、爆薬を仕掛けるぞ。チームワークを見せろ!!」
「「「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ~~!!!!」」」」」」
再びギルドメンバー達は力強い返事をし、各自それぞれの場所へと行く。
「……ッ!!」
俺はというと、すぐさま走り出して階段を昇り、梯子を手にかけ、上へと登っていく。
「ちょっと岡野くん!何処に行くの!?何の武器もないのに危険よ!!戻ってきなさいッ!!」
ゆりは俺に戻ってくるように言うが、そんなゆりの言葉を無視して俺は上へ上へと長い梯子を登る。
こんな地下深くに一人だけ取り残される立華さんを考えると、放っておけなかった。戦線の敵とはいえ放っておけなかった。
立華さんの事を敵視していないからこういう考えをしてるのかもしれない。
天使だか神の使いだか知らないが、爆破を巻き込むなんてやりすぎだと思った。
だからすぐに走り出した。すぐ行って引き返すように言えば爆発に巻き込まれないと思ったからだ。
立華さんにギルドが爆発することを伝え、引き返すように言うためだけに、俺は必死に梯子を登っていった。
以上、16話でした。
いやぁ、あれですね。仮にも敵なのに何でわざわざ敵のとこに行くんだって思いますよね。
結構ご都合主義感がしますわ……。すみません……。
それではまた次回で