目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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反物質の支配者

 ―――右手を動かし、確認する。

 

 手を開いたり閉じたりを繰り返し確認するが、問題なく動く。体全体も体力が漲っており、精神力もモチベーションで溢れている。戦う為の最良のコンディションともいえる状態だった。服装は何時もの服装に加えて所持しているボールは十数程度。その状態で視線を持ち上げれば、自分の家の前に空間の亀裂が存在するのが見える。それこそが異世界へと、異空間へと―――つまりは”やぶれたせかい”へと繋がる道であり、招待状である。彼女もまた、此方を見て、待っていたのだ。

 

「ダヴィンチ」

 

 ボールの中から静かに天賦のドーブルを繰り出す。そうして出現した彼女は尻尾のブラシを使って自分の色を伝説色に染め上げる。選ぶ色は白、空間を司るポケモンを、その化身の色に自分を染め上げる事で、その権能を行使する事を可能とする。一歩下がって絵を描く彼女はそうやって伝説の絶技を描く。

 

「―――あくうせつだん」

 

「ほいほーい、っと!」

 

 亜空切断。空間を切断し破壊する伝説の絶技が放たれ、空間の亀裂が空間の穴へと変化する。ダヴィンチをボールの中へと戻しながら空間の穴を抜けて行く。

 

 その向こう側に広がっているのは究極の歪んだ世界だった。

 

 空間は宇宙みたいに果てしない黒に染まっており、大地や町がバラバラになって浮遊している。上も、下も、右も左も正しく存在しない。まさに破れた世界をツギハギにしてくっつけた様な、アンバランスさを感じさせる究極的に虚無的な世界。踏み入った瞬間下へではなく、右へと向かって落ちて行く。それでも焦る事はない。落ちながらゆっくりとボールに手を伸ばし、その中から五メートル級の大型のファイアローを繰り出し、足元に出現させたファイアローの上に着地する。

 

「……来たぜ、ギラティナ」

 

 ギラ子、とは呼ばない。呼べない。それはあくまでも仮称であり、本来の名ではない。完全に捕獲をしていない自分には彼女にニックネームを与える事も出来ない。だからすべては戦いが終わったら、与える事が出来る。ポケットの中からタバコの箱を取り出し、一本だけ口に加え、そしてライターで火を付ける。タバコをこうやって吸うのはえらく久しぶりだ。ゆっくりと肺の中に煙を溜めこみ―――そして吐き出しつつ、ライターとタバコを吐き捨てる。

 

 コツコツ、と足音が響いてくる。

 

 前方へと視線を向ければ、ゆっくりと歩いて近づいてくる姿が見える。

 

 ―――歩み寄ってくるのは一人の女の姿だ。黒をベースとしたイブニングドレスに赤い装飾が施されており、レース状の長い手袋を装着している。そんな服装の上からは白いロングコートを装着しており、アンバランスな格好をしているが―――そのスタイルは良く、長い金髪と合わせ、妙に栄える。子供の姿のアナザーフォルムとは違い、オリジンフォルムとなったギラティナの人としての、亜人種としての姿は文句のつけようがなく、美しい。目を奪われるとはまさにこのことだ。そんな彼女の姿には―――背中からまるで触手の様に伸びる、六つの翼の様な針の様な、黒い物体が見える。それが彼女が人間ではない事を証明していた。赤い瞳を爛々と輝かせながら登場した彼女は、

 

 何も存在しない虚空の上を歩いていた。彼女の領域だ、彼女にこの世界では不可能はない。たとえ戦闘力がそう高くはない伝説であったとしても、それでも己の領域という環境はその力を極限まで引き上げ、強化する。そう、それはまるで天候を支配する己の様に。天候という環境が己のポケモンを強化する様に、この世界がギラティナの力を強化している、ギラティナだけの環境。彼女を閉じ込める為の環境。

 

「来たわね、オニキス……預けた力は返してもらったわ」

 

 自身の中から二律背反の加護が消えたのが解る。これで天候の二重展開が行えなくなった他に、様々な効果が再現できなくなった。が、良い。それでいい。元々はなかったものだ。オニキスという男は元々ただの青年だった。だから世界を渡っても、何らかの異能に目覚める事はないし、ありえない事だった。だから本来の形へと戻って行った、それだけの話だ。

 

「さあ、オニキス。始めましょうか。あの時、あの場所で貴方が見せた輝きが偽りではない事―――私を閉じ込めてくれる檻となってくれるか、確かめましょう。その牙が伝説に届くかどうかを」

 

「メンヘラ伝説め。言われなくたって勝つさ。何よりお前の敗北は確定しているからな」

 

 笑みを浮かべ、ギラティナと視線を合わせる。ギラティナも此方へと視線を返し、視線を合わせてくる。解っている。言葉を交わす必要なんてない。一体何年の付き合いだと思っているのだ。馬鹿をやりながらも、ずっと一緒だったのだ。旅を一緒に続けてきた仲間だったのだ。視線を合わせれば言いたい事なんて大体解ってくる。言葉を通さなきゃ伝わらない事がある。戦わなきゃ伝わらない事がある。だけどこうやって、伝わる事もある。

 

 ―――行くぞ。

 

 ―――行くわよ。

 

 直後、光がギラティナを包む。人のシルエットがもっと巨大な、別の姿へと変貌して行く。その大きさは大よそ三十メートルから四十メートル程、外の世界で生きる為のアナザーフォルムではなく、東洋のドラゴンを思わせる細長い体に闇色の翼を六つ背に広げた怪物の姿だった。ギラティナ・オリジンフォルム。本来のギラティナの姿。ギラティナが生を受け、そして人類を滅ぼしかけた姿。それがこれになる。本来は外界でなるべき姿だが、長い時をやぶれたせかいで過ごした為に、道具の力抜きではもはやオリジンフォルムを外の世界で維持する事は出来ない。

 

 そうやってギラティナがオリジンフォルムへと変身したのを見届け、モンスターボールを握る。これは、公式戦ではない。ルールの存在しない野戦だ。そう、野戦には持ち物や道具、同時に出すポケモンの制限はない。だが、それでも、この戦いを―――自分は一種の決闘とも、神聖な儀式だと思っている。だから手に握るモンスターボールは一つ。

 

「―――待たせたな、闘争の時だぞフライゴンさん」

 

 目の前に弾き上げる様にモンスターボールを浮かべる。歓喜からか、モンスターボールそのものが震え、それを素早く掴み、そしてスライドさせるように開閉ボタンを素早く押して中にいるポケモンを繰り出す。繰り出されたフライゴンはその亜人種としての姿が変化している。二枚しか存在していなかった翼は六枚へと増え、尻尾の先のフィンは数が増え、僅かに加齢している。フライゴンさんは成長を止めなかった。更に強さを求めた。もっと、もっと、伝説種とさえも戦うだけの力を求めた果てに、更にドラゴンを殺す為に尖った。

 

 そしてその果てにたどり着いたのが、

 

 デルタ種化。

 

「公式戦じゃあ絶対に出す事は出来ない、ドラゴン・フェアリーの”竜殺し”のフライゴンさんだ。お前と戦うって聞いてずっと先へと、更にドラゴンを殺せる境地を求めた結果、たどり着いた姿と力だ、たっぷりと堪能して行けよ―――」

 

 静かに殺意を極限まで滾らせるフライゴンさんの周りにはそれだけで陽炎の様に空間が揺らいで見える。これこそが、フライゴンさんの求めた究極の”竜殺し”の境地なのだろう。殺意を全身にみなぎらせながら、油断も隙も慢心もなく、殺意に思考を曇らせる事もなく、睨んでいる。敵を。ギラティナという伝説を。

 

 正面からフライゴンさんとギラティナが睨み合い―――先に動きだしたのはフライゴンさんだった。ドラゴンタイプに対する絶対的優位性はドラゴン・ゴーストタイプ、ドラゴンゾンビとも表現できるギラティナにさえ作用する。高速で接近するフライゴンさんの動きは絶対に相手から先制を奪う、意識外の神速、ドラゴンに対する絶対的な優先度の上昇効果。ギラティナから先制を奪ったフライゴンさんのじゃれつくがギラティナへと叩きつけられ

 

『!?』

 

 ―――その三十メートルを超える巨体の上半身を仰け反らせた。

 

 その未知とも言える現象にギラティナの動きが一瞬だけ停止し、そしてフライゴンさんの追撃の連撃が入る。一番効果的であり、そして殺傷性の高いじゃれつく、その神速の四連撃をギラティナへと叩き込み、容赦なくその上半身を吹き飛ばし、近くの浮遊している大地へと叩きつける。その姿に追撃すべくフライゴンさんが一瞬で接近し、攻撃を繰り出そうとし、ギラティナが一瞬で亜人種の姿へと変化し、フライゴンさんの攻撃を回避した直後に後ろへと回り込み、

 

 再び一瞬で巨大なオリジンフォルムの姿に変身しながら六連のシャドークローが放たれる。

 

「避けて流せ!」

 

 攻撃が決まる寸前に言葉を響かせ、フライゴンさんが反応する。シャドークローを翼で受け流すように避けながら反応した姿を素早く反転させ、切り裂くように両腕を振るい、じゃれつくをギラティナへと向けて放つ。シャドークローを連結させる様に放ったギラティナが体を動かし、横へと動きながら中空に浮かび上がり、虚空を泳ぐように距離を取る。

 

 そして、伝説の波動が世界を包む。

 

「来たか」

 

 ギラティナの伝説種としての能力は簡単、反物質を操る事だ。二律背反も、異界形成も、影の中を移動するのもすべてはその応用でしかない。だけど、だからこそギラティナは万物を支配しているポケモン、”万物の逆を支配する”という事は逆説的に”万物に通ずる”という意味でもある。故に、

 

 反物質を支配する女王の波動が世界を満たし、

 

 ありとあらゆる環境や空間への干渉能力が消滅し、封じ込められる。

 

 天候変化、環境操作、設置技、空間制限、とにかくその”場所”へと影響を与える様な効果、その全てがギラティナから発せられる伝説の波動によって無効化され、そして封印される。天候交代パを基本としている自分の、交代という根幹がその行動によって完全に破壊される。それでも下す指示は変わりはしない。指を動かし、ファイアローにフライゴンさんとギラティナの戦いが良く見える場所を確保させながら、素早くフライゴンさんへと指示を繰り出す。交代する事も、追加でポケモンを繰り出す事もしない。

 

「―――舐めてると思ったか?」

 

 フライゴンさんが高速で緑色の残光を残しながらギラティナへと接近する。そのギラティナの正面にシャドーボールが数百、と生み出される。その密集地の中に存在する僅かな隙間を捉え、フライゴンさんが本能的に察知したそこへと体を、最低限の接触で済ませる様に指示し、通す。そうやってシャドーボールの流星群を抜けた先に待ち受けているのは鋼へと変化したその背の翼による翼撃、タイプをドラゴン・フェアリーと変化させたフライゴンさんを的確に殺す為の選択肢、避けようのない必殺の一撃が小さな姿へと迫る。

 

「舐めちゃあいねぇよ。これが最良の選択肢って奴だ」

 

 フライゴンさんが避けた。

 

 それはありえない現象だった。直撃する。直撃の瞬間だった。避けても残った五つの翼がまるで独立した生物の様に襲い掛かって来る。そのはずだった。だが回避した。その動きは六つの連動する翼に存在する僅かな隙間を縫うようであり、ギラティナが―――いや、生物が保有する意識の隙間を縫う動きだった。フライゴンさんの動きではない。指示を通して始めて成立する、生物の思考を見抜く、トレーナーの指示技能。ポケモンが不可能な状況でも、それを指示し、可能へと変えるのがポケモントレーナーの役割。

 

 三連撃のじゃれつくが背中を駆け抜けながら放たれる。

 

「ナツメにさ、俺は言われたんだよ。”一生能力には目覚める事はない”ってな。まぁ、それは正しいよ。ナツメみたいなサイコメトリーやサイコキネシス、イツキみたいな制限能力に覚醒する事は俺にはないさ。けどな―――」

 

 素早く回避動作に入ったところから攻撃に殺意をねじ込み、そしてそれをギラティナの死角へと的確に叩き込む。突き刺す殺意が攻撃の箇所を誤認させ、ギラティナの対応を僅かに狂わせるのだ。その結果、ドラゴンに対する優位を捥ぎ取るフライゴンさんであれば、その瞬間の攻撃を確実化させる事が出来る。だから穿った。再びじゃれつくが的確にギラティナの急所を穿ち、本来発生する以上の破壊力を生み出す。そう、伝説が多少特異な進化を遂げているが、フライゴンなんて木端に遊ばれているのは明らかにおかしい状況、ありえないといっても良い。

 

 ―――だが起きている。

 

 現実だ。

 

「あぁ、だがな! ついに目覚めたんだよ! いや、覚えたんだよ! 学習したんだよ! 俺も能力にな! 努力に努力に死力を重ねて、漸く覚えたんだ! ―――サンダー! ファイアー! フリーザー! ミュウツー! エンテイ! ライコウ! スイクン! ルギア! そしてホウオウ!」

 

 直感的に次の行動を感じ取り、モンスターボールのレーザービームに当て、フライゴンさんをボールの中へと戻した瞬間、逃げ場のない反物質の嵐がギラティナを覆った。攻勢防壁として出現するそれが生み出されたのを交代の動きで回避しつつ、素早く次のポケモンへと、ダヴィンチへと切り替える。繰りだされたダヴィンチは虚空の中を落ちて行きながらギラティナの色を描き、自分をそれに染めた。限定的に展開するギラティナの反物質の能力をスケッチし、それで反物質の嵐に小さな道を開けた。

 

 素早くダヴィンチからポケモンを切り替える。

 

 ポケモンを交代する動作には慣れている。何年も続けてきた。今でも練習している。

 

 ポケモンからポケモンへ、切り替えるその動作に0.5秒もかからない。

 

「ワタルと戦う前に備える一か月間、グリーンやエヴァとだけじゃねぇ、何度も何度もワダツミやカグツチ―――ルギアとホウオウと戦ってきた。ポケモンの才能の領域は限界でも俺は違う。だから俺は超えた、最後の壁を。そして最後の才能を使った。この世界で! 誰が一番! 伝説と戦ってると思ってるんだ!!」

 

 ダヴィンチが開けた穴を通すようにボールから放たれたアッシュが環境を破壊する様な速度―――擬似的にマッハに突入する速度で突撃し、Vジェネレートを放って反物質の嵐を蹂躙する。その内から出現したギラティナが三百のシャドーボールを浮かべ、豪雨の様にそれを降り注がせる。発生しているVジェネレートの余波をアッシュに吸収させながら再びVジェネレートに虚空を焼きつかせ、前へと向かって進んで行く。Vジェネレートで放った獄炎を身に纏ったアッシュが最小限のダメージで豪雨を突破しながらギラティナへと接近し、その姿へと向かって必殺のドラゴンクローを叩き込まんとする。

 

 それを察知したギラティナが人型へと変身し、攻撃を回避しながら尻尾を人のまま出現させ、振り回す。

 

 ―――指示を繰り出し、先読みしていたその動きを回避しながら抉り込む様にドラゴンクローをギラティナに叩き込む。

 

「戦って、戦って、戦って戦って戦って戦ってぇ! そしてこの身に焼き付けた―――」

 

 本来であれば、ポケモンが覚える筈の技術を。だけど誰よりも一番、伝説と戦い続けてきたのは自分だった。誰よりも長く伝説に触れ、誰よりも伝説を理解し、そして誰よりもその体を蹂躙してきたのが己だ。そう、己しかいない。伝説という怪物的存在を屈服させてきた蹂躙者。怪物殺しの怪物。伝説という物語の存在を現実へと引きずり落とし敗北させる天敵―――そう、天敵。それに自分は成った。

 

 トランセルがバタフリーへと進化するように、

 

 伝説が加護を身に刻み与える様に、

 

 何度も勝利し、蹂躙し、屈服し、そして喰らってきた怪物は得るのだ。

 

「―――”伝説殺し”だ。今の俺には、お前の蹂躙の仕方が良く見えるぞ、ギラティナ。負ける気がしないな」

 

「貴方に」

 

 ドラゴンクローを受けて完全に吹き飛んだギラティナの姿が浮遊する大地の上へと着地し、そして止まり、視線が此方へと向けられる。

 

「―――恋をして良かった」

 

 直後、原生種のオリジンフォルムの姿へと変貌したギラティナが虚空に吠える。空間が歪んで圧縮を始め、その戻る反動が衝撃となって逃げ場のない暴力となる。迷う事無くアッシュをボールの中へと戻しながらサザラを繰り出す。キングシールドで防御しながら出現した彼女のそれでも、時空の衝撃は防御し切れない。サザラが防御し切れなかった部分が無色の暴力となって体に突き刺さり、足場にしているファイアローにも突き刺さる。一瞬で意識を全て奪われそうな攻撃に歯を食いしばり耐えながら、

 

 殺意を穿つ一点を”伝説殺し”の直感で捉える。

 

「穿てッ……!」

 

 前へとサザラを叩き出す。神速で反応するサザラが極光の斬撃に七色の軌跡を乗せながら放つ。収束された刃は正面からギラティナを穿ち、そしてばらける。その意識の外側へと、的確に斬撃は散開してから収束し、突き刺さる。その反動で動けないサザラを素早くボールで回収し、再びフライゴンさんを繰り出す。反応するギラティナが影の世界へと潜り込み、その姿を消失させる。だがギラティナの思考、性格、好み、戦い方―――そして”伝説殺し”の異能と経験が滅ぼすべき存在の動きを直感的に捉えさせる。

 

「引きずりだせ―――」

 

「―――無論ッッ!」

 

 素早く体をブレさせたフライゴンさんが自身の影へと宙返りを取る様に向き合い、そのまま出現するギラティナの姿へと向けてじゃれつくを放ち、その姿を影の世界から引きずりだす。それに耐えたギラティナが自身への被害を無視しながら天敵を倒すべく鋼の翼を羽ばたかせる。反応し、逃れようとフライゴンさんが動き―――その逃げ場を封じる様にシャドーボールが展開される。モンスターボールに戻そうとするが、影の壁が邪魔をし、レーザーを弾く。直後、

 

 伝説の手加減しない殺意の一撃がフライゴンさんを穿ち、

 

「戦闘続行ッ……!」

 

 殺意だけで体を動かすフライゴンさんが倒れる前に全力のじゃれつくを繰り出し、ギラティナの顔面を正面から殴り飛ばしながら気を失う。解除される影の壁の合間からフライゴンさんをボールの中へと回収しつつ、浮遊する大地の上へと災花を繰り出す。場に残ったフライゴンさんの怨念と殺意を引き継ぎ、キーストーンが光ってアブソルからメガアブソルへと再び進化を遂げる。

 

「やだ……アイツ……全ての能力を最大上昇させているじゃない……」

 

 ドラゴンポケモンに対する底なしの殺意を感じ取ったところで、オートでのバトン効果は天候がないため、発動できない。その為、普通のバトンタッチを使って災花からナイトへと繋げる。そこへとギラティナがドラゴンクローを放ってくる。翼の様な、爪の様なそれから放たれる六連続のドラゴンクローを、

 

なーおー(偶ににゃあ)なおー(受けの仕事もするさ)!」

 

 正面からギラティナの攻撃を受け止めた。”伝説殺し”で的確に読み取った威力が低い瞬間に割り込んだのもそうだが、ナイト自体の能力も恐ろしく高い―――成長しているのだ、誰もが。そうやって前へと進んでいるのだ。

 

 ナイトが受けた事によってバトン効果が発動し、自動的にポケモンが入れ替えられる。ナイトから蛮へと切り替わり、メガシンカによってバンギラスからメガバンギラスへとその姿が変化する。砂嵐は領域支配によって完全に制限され、発動しない。その代わりに強靭な肉体をメガシンカを通して得た蛮が大地の上からギラティナを睨み、

 

 そして握っている道具を投げつけた。

 

 それは、

 

 ―――はっきんだまだ。

 

 メガバンギラスの蛮から放たれる剛速球が一直線にギラティナへと向かい、そして命中する事によって強制的にフォルムチェンジを強制される。オリジンフォルムからアナザーフォルムへ、外の環境で生きる為の封印の形態とも言える姿へと変化した瞬間、僅かに伝説の力が弱まる。

 

 そこを”伝説殺し”で穿つ。

 

 瞬間的に砂嵐が復活し、蛮がオリジンフォルムへと戻ろうとするギラティナを掴み、持ち上げ、そして大地へと砕く様に叩きつけた。もはや制限はない。破壊は好きなだけ行っても良い、公式戦における縛りは一切存在しないのだ。それが野戦のルール。故にそれに従う様に蛮は掴んだギラティナを再び持ち上げ、大地へと押し付ける様に振り回し、

 

 そのまま小さいが確かな大地を、ギラティナを叩きつける事で粉砕した。

 

 それにキレて咆哮を響き渡らせたギラティナがはっきんだまを吹き飛ばし、オリジンへと姿を回帰させながら影の嵐を発生させ、蛮を飲み込む。それを消滅する砂嵐と共に吠える蛮が食いしばり、砕いた大地の破片を持ち上げ、それで足を止める事無く殴りつけ、影の嵐をギラティナと共に駆け抜ける様にその先の大地へと叩きつけ、跳躍し、そのまま別の大地へとギラティナを叩きつけてから瀕死になり、虚空の中へと落ちて行く。その姿をモンスターボールで回収しながら、砕けて落ちて行く大地の上へと災花を再び繰りだす。

 

 災花の身に蛮と、そして積み重ねられてきた無念と怨念、殺意を背負って行く。

 

「潰れなさい―――!」

 

 叩きつけられたギラティナが復帰するまでの刹那に、十連撃のじゃれつくが命中し、復帰しながら放たれる時空の歪みに巻き込まれる前に災花をボールの中へと回収し、そしてナイトへとバトンを繋いだ。壁の様に立ちはだかるナイトが時空の歪み、その衝撃波の全てをワイドガードで受け止め―――そして食いしばって耐えぬき、バトンを気合のみで次へと繋げて行く。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ―――」

 

 伝説と戦い続けた事で漸く目覚めた―――或いは”開発”された異能。それを全力で振るうのは凄まじく体力を消耗する。まるで深海の底でフルマラソンを行ったかの様な、そんな疲労と息苦しさが体を襲う。それでも理解する。これがあるからこそ、まともな手段でギラティナと戦えているのだ。そして、彼女とは、何時も取っている様な、ワダツミやカグツチにやったような手段は取りたくはない。彼女とは、この戦争の様だが、儀式のようで、決闘の様な、

 

 このポケモンバトルで決着を付けたかった。

 

 最初は、ボスと、そして自分が手段を選ばずに戦った。

 

 道具も、ポケモンも、使えるものは何でも使った。

 

 だけど今は違う―――同じことをやっちゃ意味がないんだ。

 

 変わったのだ。成長したのだ。ロケット団のオニキスからポケモンマスターのオニキスになったという事を目の前のポケモンに、伝説に―――一人の女の子に証明したいのだ。だから、拾ったガラス片をひたすら磨いて作りあげた様なこの異能を、能力を、技術を、経験を、更に尖らせて、そしてギラティナの首元へと突きつける様に更に殺気を込める。空っぽのGSボールを左手で握りながら、右手でもう一度アッシュを繰り出す。

 

 体力を削られ、そして体に多くの傷を穿たれたギラティナの動きは少しだけゆっくりとなっているが、それでも前よりも凶悪に、強靭になっている。明確に殺すという意思の下、避けようのない時空の波動とシャドーボールの豪雨がアッシュに襲い掛かってくる。伝説殺しの経験と直感が最短で最小限の被害のルートを割りだす。ポケモンには絶対不可能なその算出を命令として繰りだし、アッシュをギラティナへと満身創痍の状態ながらたどり着かせる。

 

 波動の余波が体を駆け抜け、穿つ。食いしばって意識を奪おうとするその衝撃と痛みを乗り越えつつ、

 

 Vジェネレートが空間を焼いた。

 

 影という影を照らして消滅させながら、花を咲かせるように鮮やかな色を見せる炎はギラティナの全身をもうかの特性と合わせ、一瞬で飲み込む様に広がった。倒れそうな時にこそ発せられる最強の一撃を受け、ギラティナが明確に悲鳴に近い声を繰りだし、そしてそのまま全身で技でも何でもない、たいあたりをアッシュへと繰り出し、別の浮遊するさかさまの大地へと叩きつけ、貫通させ、そして瀕死へと追い込んだ。

 

「―――俺も、お前も限界が近いな。なあ……」

 

 楽しいなぁ、ギラティナよぉ。ほんとうに楽しいよなぁ―――。

 

 ポケモンバトルに取り憑かれた、バトルの亡者だ。それが自分だ。否定しない。否定は出来ない。ポケモンバトルが大好きだ。楽しい。そして伝わってくるのだ、心が。バトルを通して、ギラティナの心が、感情が、その思いがまるでナイフの様に心に突き刺さってくる。だから解る。彼女も痛いと叫び、泣いている。だけど、それでも楽しいと笑っている。まともに勝負出来て、ポケモンバトルになっているこの状況が楽しくてしょうがないと、彼女は笑っている。

 

 サザラを繰り出した。サザンドラとしての飛行能力を有しながら高速で移動し、接近して行く。迎撃の為に展開される超高密度のシャドーボールの弾幕を超えた先に、トラップとして用意されていた特大のシャドーボール、それがサザラを飲み込むが、まるで当たり前の様に気合でダメージを食いしばり、そして極光の斬撃を三回連続で叩き込み、浮遊する大地の上へと滑る様に着地しながら、そこから再び斬撃を振るい、飛ばす。反応するギラティナが横へと高速で動きながら回避動作に入り、その巨体で加速しながらサザラへと接近する。

 

 その動きに合わせる様にサザラをボールの中へと戻し、

 

「―――終わらせようか、黒尾」

 

 黒尾を繰り出す。小島の上へと着地した黒尾がギラティナへと視線を向け、そしてギラティナが赤い瞳を黒尾へと返す。その睨み合いは一瞬、次の瞬間には超加速したギラティナが今まで以上の速度を持って黒尾へと向かって来る。

 

「そこだ」

 

 指示を出した。誰よりも長く、手持ちのポケモンとして活躍してきた黒尾は比喩でも何でもなく、愛で繋がっていると思っている。それゆえに、黒尾は理解してくれる。最小限の言葉最小限の指示で此方の意図を完全に。故に言葉一つ、”そこだ”の一言で黒尾は最善の行動を取る。

 

 反応する黒尾が正面からギラティナと向き合い―――同じタイミングでシャドーダイブを発動させ、影の世界へと潜る。潜航時間は長くはない。時間にして数秒。だが場所は解っている。指を指して指示を出せばそれを黒尾が理解する。

 

 影の中から出てきて、此方に襲いかかってくるギラティナの頭上から黒尾が出現する。羽に触れる様な軽やかさでギラティナの牙が此方へと届く前に、

 

 黒い炎がギラティナの脳天を穿ち、幻痛をその全身に響かせる。

 

 攻撃を仕掛けていたギラティナの動きが止まり、そして痛みに絶叫し、攻撃が脇へと逸れて行く。黒尾が放ったのは言わば”禁止技”と言われるものだ。開発したのはいいが、凶悪すぎるか、或いは技として最低すぎるか、そんな理由で公式試合では出せない技。

 

 黒尾の放ったそれは強制的に敵の全神経に最大限の激痛を通すというだけのそれ、

 

 しかし、そんな激痛を味わった事のない者からすれば、たまったものじゃないだろう。特に、伝説何て力ばかりでまともな勝負すらした事のない存在からすれば、こんな激痛はありえないだろう。ギラティナの過去も、結局ディアルガとパルキア、そしてアルセウスにこの世界へと押し込まれたのであって、殺し合いを行っていたわけじゃない。未知の痛みを前に動きは停止し、

 

「もう―――」

 

 揺らぐ、その姿へと向かってGSボールを放つ。投げ上げ、そして蹴り飛ばしたGSボールは加速しながらギラティナへと衝突して開き、そしてその機構の中へとギラティナを捕まえて行く。内部からの干渉を防ぐという機構を施された、ルギアとホウオウの羽を組みこまれたボールはセレビィの時間干渉能力を完全に遮断するものであり、それはギラティナであっても例外ではない。弱い、捕獲できる段階で放たれたGSボールから逃れる術はない。

 

 その中へとギラティナが収納され、

 

 抵抗の証である揺れを見せる事なく、手元へと戻ってくるのを掴んだ。

 

「―――一人になる事はねぇさ」

 

 静かに横に着地してきた黒尾の頭を撫でながら、

 

 ジョウトとカントーにおける、最後の伝説のポケモンとの戦いが終了した。




 オニキス は 伝説殺し に 目覚めた !

 そりゃあこれだけ戦ってれば目覚めるだろうよ、と言うお話。ギラティナが捕獲されたのでこのお話における重要なバトルも残り二戦、終わりが見えてきましたなー……。

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