目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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四天王イツキ

 ―――洗面所で髭を剃る。顔を洗う、歯を磨く、シャワーを浴びる、服を着替える。

 

 今日は何時もよりも少しだけ、気合が入っている。なにせ、髪も切って来たばかりなのだから。

 

 着替えや準備が全て完了した所で、宿舎から出て、ゴーグルを装着する。目の前にゆっくりとホウオウ―――カグツチが降りてくる。完全に服従させた伝説のポケモンの姿を数秒間眺めてから、自分の腰のボールに触れる。そこにはちゃんと、九つのモンスターボールが装着してある。それはポケモンマスターを目指す為に、大会に出場する事に選ばれた九体のポケモンだ。こいつらとこれからポケモントレーナーとしての頂点を目指す。敗北は許されない。

 

 ―――なんだ、何時も通りの事だ。

 

「よぅ!」

 

 声に振り返れば、ドアの向こう側から眠そうな姿のグリーンとエヴァが見える。結局、この二人には最後の最後まで面倒を見てもらって、というか協力してもらう事になってしまった。拘束して申し訳ない―――何て事は思わない。楽しかった。本当に。この一か月間、いろんなトレーナーに協力してもらいながら勝つための手段を探すのは、本当に楽しかったのだ。

 

「元チャンプが手伝ったんだ、やれない事はないさ」

 

「来年は私が挑戦する予定なんだから、頂で私の事を待ってなさいよ」

 

 答える事無く、笑みだけを零してカグツチの背の上に乗る。言葉のない命令を聞き届けたカグツチが翼を羽ばたかせ、空へと一気に飛翔して上がる。そのままエンジュを飛び越える様に真っ直ぐ、セキエイ高原へと向かって飛翔して行く。伝説のオーラによって風が弾かれるために、一切の抵抗等を感じない。この速度であればいいタイミングでセキエイ高原に到着するだろうとは思う。そう思っていると、足元の影が割れ、その中から良く知っている姿が顔だけを見せる。

 

「楽しそうだね」

 

 あぁ、実に楽しい。

 

「この時を待っていた?」

 

 待っていた。長かった。ここへ来るまで、本当に。でもこれで終わりではないのだ。ここから始まるのだ。終わりなどにはならない。

 

「そっか。オニキスちゃん、私、約束を守ってくれるのを待ってるよ―――」

 

 そう言ってギラティナは影の世界へと消えた。もはや”約束の時”まで姿を現す事はないだろう。彼女も、自分の勝利を願っているのだ。遊びなんてない。余裕なんてない。だけど、それでも笑わずにはいられない。今は、そういう時なのだ。そのまま素早くエンジュ、チョウジ、フスベと超えて行き、そして再び、戻ってくる。

 

 セキエイ高原、

 

 ポケモンリーグ会場へと。

 

 セキエイスタジアムの上空からゆっくりとカグツチの高度を落として行く。既にスタジアム内は大量の観客で溢れており、目撃する新たな伝説の姿にカメラフラッシュの光と興味の声で溢れ返す。

 

『―――そしてついに登場しました! ”天災”のオニキス! この一か月間の間に四天王に備えてポケモンを鍛え上げた、今、一番ポケモンマスターに近い男! 素晴らしい交代戦術と複数の天候を利用した新しいスタイルの戦い方! それは居座り戦術が多いこのカントー・ジョウトという環境においては新しい台風となってやって来た! もはやこの地方でこの男を知らない奴はポケモントレーナー失格だ! 目に焼き付けろ、新時代のトレーナーを!!』

 

 カグツチから飛び降り、フィールドの上へと着地する。反対側には既に四天王の一人、仮面に正装姿のエスパー使い・イツキの姿がある。その顔には笑みが浮かんでおり、此方の登場を歓迎しているのが見える。その姿を確認しつつ、横へと頭を寄せてきたカグツチを撫で、そしてスタジアムの外へと飛ばす。

 

『さて、簡単に説明させてもらいますがポケモンリーグは最強のトレーナー決定戦であり、このマスターズチャンピオンシップはポケモンマスターを決める戦い―――一体何が違うのか? それは簡単だ! ポケモンリーグは最強の一般トレーナーを決める戦いであり、マスターズチャンピオンシップによって得られる称号ポケモンマスターは”公式に認められ殿堂入り”の栄誉を得られるという事だ。野生最強とトレーナーの最強という様な、そういう違いだ。些細かもしれないが、トレーナーであれば当然最強を目指す生き物! とにかく勝てばいいのだ!』

 

 笑い声が会場に響く。それを聞き流しつつ視線をイツキへと向ける。

 

「よぅ、来たぜ」

 

 イツキが笑みを返す。

 

「あぁ、よく来てくれた……本当に待っていたよ。この時が楽しみでしょうがないんだ。最強を目指すトレーナーとの身を焦がす様な勝負を優先的に行えるんだ。四天王という座も悪くはない」

 

 なら、と言葉を吐く。

 

「―――俺を恨まないでくれ。今日の……いや、ここ数日の俺はたぶん、過去最高に”キレ”てる。調子が良すぎるぐらいに調子がいいんだ。トラウマを産み付けちまったら悪いな。どうにも今日ばかりは今まで死んでいた天運が女神様と一緒に微笑んでくれるらしい。あぁ―――アイツ、何時もこんな気分だったのか」

 

 右手にボールを握る。その動作に合わせる様にイツキもボールを手に取る。

 

「ふふふ、嬉しい言葉だね―――だけど四天王を舐めてもらっては困る。トップバッターだから四天王最弱、そんな甘い考えは捨ててもらう。四天王は誰もが最低二割、或いは三割チャンピオンに対して勝利する事が出来ているだけの実力を持っている。舐めていると一瞬で滅ぶよ」

 

 そりゃあちょうど良い。

 

「―――お前らぶっ飛ばせばワタルもぶっ飛ばせるって事だろう?」

 

『―――さあ、お待たせしました! ルール説明も解説も紹介も終わった! ならばもう、待つ必要はない! ついに始まるぞ! この時が! この大陸最強のトレーナーを決める為の戦いが! 誰もが待ち望んでいた戦いが始まる! マスターズチャンピオンシップ! 開幕! 行くぞ! バトル』

 

 ―――スタート。

 

 その言葉が叩き出されるのと同時に、右手に握ったボールを前へと振るう様に素早く開閉させ、その中のポケモンをフィールドへと出す。その姿は今までに公式戦には一度も出す事はなく、常に戦いにすら参加した事のない、ここにいる者は見た事すらのないポケモンだ。だけど、もう闇の中で泳ぐ時は終わった。後ろ暗い事をする必要はもうない。こいつも、そろそろ日の当たる世界に出してあげる頃だ。

 

「―――全く、お優しい奴ねぇ。ま、嫌いじゃないわ。貴方のそう言うところ」

 

「―――行け、ダヴィンチ!!」

 

 モンスターボールから放たれたポケモンはダヴィンチ―――ドーブルの天賦。あらゆる技を覚え、身に着け、再現し、そして生み出す事の出来る万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチをその才能の共通点から名付けられたポケモン。その白いベレー帽を軽く揺らしながらフィールドに立ったダヴィンチはパレットを虚空から取り出し、そして筆の様な長い尻尾を手に取り、同時に先発を―――ドータクンの亜人種を取りだしてきたイツキを画家の目線で捉える。イツキは出てきたポケモンに驚愕の笑みを零す。

 

「黒尾じゃない―――!?」

 

『おぉっと、オニキス選手、ここでまさかの新しいポケモンを投入!!』

 

 本邦初公開、超鬼畜ポケモン、ドーブルだ。

 

「そんじゃ、芸術的に染め上げましょうか―――ワイルドパレット!」

 

 登場したダヴィンチが自分のパレットに絵具を使ってタイプワイルドを描き、自身の”色”を黒色に、悪の色に染め上げる。更にそこから赤色の絵の具を使ってダメ出しを始める。虚空に描くバツの字がドータクンのいる空間と重なり、オリジナリティのなさを罰する。

 

「ダメダメねー。もっと新しさを追求しなさい? 既存の技に縛られている様じゃ私には永劫勝てないわよ」

 

「封印……!」

 

 ダヴィンチの性能を集約させると三つに分かれる。一つはワイルドパレット。自分自身のタイプを塗りつぶす事によって切り替える事の出来る特徴。二つ目がミュウ並に習得している技のレパートリー、もはや専用や伝説という垣根を超えて万能の天才(ダヴィンチ)という名の意味を知らしめる。そして最後にその豊富なレパートリーを利用した最悪の技。

 

 封印。

 

 おそらくはオリジナルを除けばほぼすべての技を覚えているダヴィンチ、それが封印を使用するという事は、

 

 ポケモンを一体、完全に封じ込めるという事でもある。

 

「戻れドータクン!」

 

「んーん、ブラボー」

 

 このまま場にドータクンを出し続けていても壁にすらならない。それを一瞬で理解したイツキが素早くポケモンを入れ替えようとし、その隙を狙った追いうちがドータクンの体力を容赦なく奪って行く。そしてドータクンと入れ替わるようにポケモンが、ヤドランが出現して来る。だが役割を果たしたダヴィンチは絵具で交代への道を生み出す。ボールの中へと七色の軌跡を描きながら続き、極光の残光を残しながらエースが出現する為の道を完成させる。ダヴィンチがボールの中へと戻るのと同時に、極光の中を喰い切り裂く悪竜のエースが出現して来る。

 

 場に残った絵具で描かれた極光を刃に纏いながら、七つの軌跡を描く刃を振るう。斬撃は出現と同時に空間を支配し、七つの斬撃を一瞬でヤドランの姿へと叩き込む。完全なエースへのアシストから繋がった連携が一瞬で奥義を完成させ、ヤドランの体力を問答無用で奪って沈める。

 

「ナイスよダヴィンチ。貴女は私の引き立て役として最高のパートナーね」

 

『縁の下の力持ちには慣れているだけよー』

 

 サザラが吠える。竜の咆哮が天に響き渡り、そしてその環境を激変させる。呼び寄せる天候は―――夜。夜の闇がサザラの咆哮に従う様に展開される。敵のいなくなった戦場へと向かって刃を向け、己を奮い立てたサザラが次の敵を求める。その姿にイツキが一瞬だけを動きを止め、

 

「―――それでこそ最強を目指すチャレンジャー! サーナイト、止めるぞ!」

 

「ハイ、マスター!」

 

 亜人種のサーナイトがフィールドの中に出現する。それと同時に超能力者として鍛え上げられたイツキの能力が輝き始める。そう、ナツメ同様、イツキも超能力者トレーナーであり、戦闘中は己の超能力を駆使して戦って来る。その戦闘方法は実に有名であり、単純であり、そして尚且つ救いがない。サーナイトの出現と共に片手を前に出したイツキの超能力が発動する。

 

「”攻撃技の禁止”をルールとして追加する!」

 

「チ―――」

 

 イツキの能力は非常に簡単だ。

 

 攻撃技の禁止。

 

 変化技の禁止。

 

 交代の禁止。

 

 これをある程度イツキ側の意思で切り替える事が出来る。これを完全にメタる事が出来る存在が、

 

「サザラ、キングシールド!」

 

 キングシールドを前に出したサザラがサーナイトから放たれたでんじは、どくどく、おにびのトライアタックを完全に受け流し、その勢いのまま闇を纏ってボールの中へと戻って行く。それに合わせてボールでサイクルを描き、代わりにフィールドに出すポケモンは決まっている。

 

「じゃんじゃじゃーん、貴女も芸術的センスはないわね。0点よ」

 

 ―――ダヴィンチだ。

 

 ダヴィンチが場に出るのと同時にバツ印がサーナイトを封印状態にする。交代すればその瞬間に解除される程度の状態だが、それでもイツキの能力とは非常に相性が悪い。攻撃、変化、交代を読んで封印する為の技能がイツキの能力だ。つまりは”強制的に相手に読みを誘発させる”能力だと言って良い。凄まじく面倒であり、戦いたくない相手の一人だが―――ダヴィンチを使用している限りはそうではない。相手の攻撃も変化も完全にダヴィンチであれば封印する事が出来る。つまり相手に交代以外の選択肢を取らせないのだ。自分の様にオリジナル技を生み出してポケモンに覚えさせているなら話は別だが、そうではない場合、交代しか出来ない。

 

 プレッシャーを与えられるのはイツキだ。

 

「攻撃を封じてステロやまなざしをばら撒かれるか、変化を封じておいうちを突き刺されるか、選べ……!」

 

「ハハッ……!」

 

 ダヴィンチのデビュー戦だ。派手にやるっきゃないし、一切の遠慮や油断、慢心は出さない。徹底的に潰す。本気で潰す。心を折るつもりで戦う。魂を燃焼させて戦う。命を、寿命を、その瞬間に全てを詰め込んで戦うのだ。

 

 それが、ポケモンマスターを目指すという事なのだから。

 

「残念だったな―――今日の俺は無敵だ。お前の能力、逆手に取って蹂躙させてもらうぜイツキ―――」

 

 悪鬼の様な笑みを浮かべ、挑発し、それにイツキは笑みを返す。

 

 

 

 

 ―――それより数分後、イツキが”詰む”為、戦闘が終了する。

 

 マスターズチャンピオンシップ第一回戦、vsイツキ戦はポケモンを三体だけ露出させた完全勝利となって終了した。

 

 強烈に凶悪で醜悪―――それでもポケモンバトルは観客の心を捉えて離さない。

 

 どんなに凄惨であろうと、トップに立つトレーナーの戦いは、万民を魅了してしまうのだから。




 イツキは犠牲になったのだ……ダヴィンチの犠牲にな……。

手持ち
黒尾
災花
月光

ナイト
サザラ
クイーン
アッシュ
ダヴィンチ

 四天王戦はこの九体から六体を選んで戦う事になります。イツキ戦はダヴィンチの”情報0で対策不可能”という事なのでメタられて死にました。

 悪パ相手にエスパーの四天王だからしゃーないね。

 次の四天王からは真面目に戦います。

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