キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「五月ちゃん、すっかりメイドさんやコックさん達のスターになったナリね」

キテレツ「魔法使いとケンカをしてあんなことになったからね。この世界では平民は魔法使いを怖がっているんだ」

コロ助「ところで、ブタゴリラは大きな鍋なんか持ち出して何をする気ナリ?」

キテレツ「僕達の世界みたいに大きなお風呂に入りたいんだって。五月ちゃん達が先に入るけどね」

コロ助「わあーっ! ワガハイも入りたいナリ!」

キテレツ「次回、双月の交流 微熱のキュルケと露天風呂」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



双月の交流 微熱のキュルケと露天風呂

ギーシュと五月達の決闘騒ぎを止めずに見物していた生徒達は結局、罰として夕方まで学院中の大掃除に勤しんでいました。

決闘なんか見るんじゃなかった、と後悔する生徒達ですが、一部の生徒はこのようなことをさせられることに納得がいかない様子で、密かに愚痴を呟いています。

中には八つ当たりとして、ルイズに対する言われなき悪口まで漏らす生徒までいました。

 

「はぁ~、やっと終わったナリ……」

「こんな所まで来て大掃除をするなんて思ってなかったぜ」

 

渡り廊下を歩くキテレツ達一行ですが、コロ助とブタゴリラは本当に疲れた様子です。

 

「グズグズ言うんじゃないわよ。サツキがやったことはあんた達の責任でもあるんだから」

「ごめんね。みんなにも付き合わせちゃって」

 

苦笑いをしながら五月はキテレツ達に謝ります。

 

「五月ちゃんは悪くないよ。結果的にケンカを仕掛けてきたのはあのキザな魔法使いなんだから。年下の女の子をいじめようとするなんて男として恥ずかしいと思うな、僕は」

「トンガリ君……ちょっと」

「え? 何?」

 

五月を弁護するトンガリは調子に乗りますが、みよ子が耳打ちをしてきます。

 

「あ……」

「あなたは……」

「ギーシュ……」

 

気が付けば、一行の目の前にはギーシュが現れたのです。トンガリは慌ててみよ子の後ろに隠れました。

騒ぎを起こしたギーシュは学院長室へ呼び出されて、コルベールはもちろん、シュヴルーズやオスマンにも説教されていたのです。

 

「どうだった? 先生達からたっぷりお説教されたんでしょう?」

「ははは……まあね」

 

キュルケがからかうように言うと、ギーシュは乾いた笑いを浮かべました。

五月に決闘を仕掛けていた時の雰囲気はどこへ行ったのか、何やら清々しい様子です。

 

「何か用かしら? ギーシュ。サツキ達にまだ文句があるの?」

「いや、もう良いのさ。そのことは。それよりもルイズ……」

「ちょ、ちょっと。何よ……」

 

ギーシュは突然ルイズへ深く頭を下げてきました。

一同はギーシュの行動に驚いてしまいます。

 

「僕は君に謝らなければならない。あの時は頭に血が昇っていたとはいえ、君にあそこまで酷い暴言を浴びせてしまった……」

 

学院長室でギーシュはシュヴルーズに、

 

「どんな理由があろうとお友達を馬鹿にするなど、貴族がやることではありません。ましてや出て行けだなんてそれは最大の侮辱です。恥を知りなさい」

「お友達が本当に困ったり悩んだりしている時には助けてあげるのも貴族の役目なのですよ」

 

と叱られました。さらにコルベールからは、

 

「ミス・ヴァリエールは失敗を恐れず、諦めないで何度だって挑戦して努力しているのだよ。その心構えは学友として褒め称えるべきものではないかな?」

 

と叱られてしまいました。そしてオスマンから、

 

「君の父君も君と同じ女好きではあったが、たとえ平民が相手でも決して女を傷つけたりするようなことはしなかったそうじゃ」

「時には女のために自ら悪者になったこともあるそうじゃよ。君は父君からそれを教わらなかったのかな?」

「ミス・ヴァリエールも魔法こそ上手くはできんが、それ以外であればはっきり言ってお主らより遥かに優秀じゃ。同じ貴族として馬鹿にはできんぞ?」

 

と叱られたのです。

散々に先生に説教されてしまったギーシュは、決闘騒ぎを起こした己の行いを恥じて反省していました。

そして、こうしてルイズに謝りにきたのです。

 

「貴族にあるまじき無礼な振舞いを、心から詫びるよ……君の努力の精神は僕らでは持ち得ないものだ。それは実に敬服に値する」

「もう良いわよ。そのことは」

 

いきなり畏まったようにそんなことを述べられてもルイズとしても困りました。

 

「そして、サツキと言ったね」

「はい……」

 

ギーシュは今度は五月の方を振り向いてきます。

決闘の時とは違い、ここまで真摯な態度を取るギーシュに五月も呆然としてしまいます。

 

「平民でありながら僕のワルキューレを恐れずに立ち向かったその勇気……素直に感激したよ。君はルイズの使い魔ではなくとも、従者としてルイズのためにあんなことをしたのだね」

「そんな畏まらなくても……」

「そして、僕のワルキューレを華麗にあしらってみせた君の勇姿……あれこそまさにワルキューレ(戦乙女)と呼ぶに相応しい……!」

 

熱が入り始めて新たな薔薇の造花を取り出すギーシュに五月は困惑し、他のみんなも戸惑い始めます。

 

「何か変な雰囲気になってきたな」

「すごいキザなお兄さんナリ……」

 

ブタゴリラとコロ助が呆れる中、ギーシュは五月の前に跪きだしたのです。

 

「ああ……! 君のような勇ましい女性は初めてだ! このギーシュ・ド・グラモン、こんなにまで感動したことはない!」

「ちょっ、ちょっとやめてよ!」

「ミス・サツキ! 君はまさに華麗なる女傑だ! 僕は君の華麗な勇姿を、いつまでも忘れないだろう!」

 

薔薇を振りながら興奮し、感激に酔いつつ迫ってくるギーシュに五月は困惑するどころか完全に引いていました。

 

「この色ボケ男……」

 

ルイズはギーシュの女癖の悪さは知っていますが、ここまで興奮する姿を見るのは初めてで呆れています。

 

「もう! 五月ちゃんから離れてよ! 困ってるじゃないか!」

「面白えじゃねえか。五月があんな顔する所なんか滅多に見られないぜ」

「まあ、珍しいよね」

 

トンガリが慌てますが、ブタゴリラは面白そうに眺めています。キテレツも苦笑いをしていました。

 

「ねえギーシュ。盛り上がるのは良いんだけれど……」

「何だね? キュルケ」

「あれ」

 

キュルケが指した先では、いつの間にかモンモランシーが立っていました。

彼女は完全に怒った様子でギーシュを睨んで肩を震わせています。

 

「モ、モンモランシー……!」

 

一度振られてしまった女性が目の前に現れて、ギーシュは混乱します。

 

「一年生に手を出すだけじゃなくて……そんな年下の平民にまで手を出すだなんて……! ギーシュ……あんたって人は……!」

「違うんだよ! 僕は彼女の勇姿に惚れて、ただそれを褒め称えに……!」

 

ずんずんと迫ってくるモンモランシーにギーシュは慌てて言い訳を始めます。

 

「今のうちに逃げましょう」

「そうね。行きましょう」

 

みよ子に促されて五月はキテレツ達と一緒に走り出します。

 

「あ、こら! 待ちなさい! サツキ!」

 

ルイズとキュルケ、タバサも五月達を追いかけて走り出します。

その後もギーシュはモンモランシーに言い訳を続けていましたが、結局顔にビンタをもらってしまいました。

 

 

 

 

学院の生徒全員による大掃除が終わった後は、待ちに待った夕食の時間です。

肉体労働など滅多にしない生徒達は体をいっぱい動かしたおかげでみんなお腹を空かせていました。

もちろん、キテレツ達も同じです。六人は厨房で賄いをもらおうと足を運びましたが……今回は様子が違います。

 

「おお! 来たな! 待っていたぞ! 我らの『勇者』達!」

 

厨房へやってきた途端、コック長のマルトーは豪快な笑顔で一行を歓迎しました。

 

「ゆ、勇者ぁ?」

「どういうこと?」

 

いきなりの歓迎にキテレツもみよ子も、みんな呆然としていました。

 

「シエスタから聞いたぞ、サツキとやら! 貴族とケンカをしてゴーレムを倒したそうだな!」

「シエスタちゃんもあそこにいたナリか?」

「サツキちゃん達が心配になって……」

 

シエスタは五月がギーシュと決闘をすると聞いて、現場にやってきて決闘を見守っていたのです。

しかし、五月がワルキューレと素手で互角に戦ったり、ブタゴリラが助太刀をしたり、コロ助がワルキューレをウサギに変えてしまったのを見て驚いてしまいました。

 

「はっはっは! だが、心配はいらなかったみたいだな! しかし、貴族に堂々とケンカを売れるとは、偉い度胸をしているな!」

「でも、あんなケンカで勝ったって何にもならないよ」

「そう謙遜するな! ケンカは引き分けになったって聞いているが、平民が貴族に挑んでそこまでやれるなんてすごいことなんだぞ!?」

 

マルトーは次にブタゴリラの方を見ると、にんまりと笑って顔を近づけてきます。

 

「な、何すか? おじさん」

「お前さん、昨日貴族のボウズに野菜を残すなって突っかかったろ? 俺は嬉しかったぜ!」

 

ブタゴリラの首にマルトーは自分の太い腕を巻きつけ、上機嫌に笑いました。

マルトーの豪快さと勢いにブタゴリラも思わず尻込みをしてしまいます。

 

「貴族の連中は好き嫌いが多くてな。いつも残している奴ばっかりで俺もうんざりしてるんだ。俺の気持ちを代弁してくれたお前さんには感謝するぜ……!」

 

マルトーは思わず涙ぐんでしまいます。

 

「あ、おじさんも分かります? 俺の家、野菜を売ってるもんで」

「何!? なるほど、どうりで野菜の気持ちが分かってるってことだな! さすがは商人の息子だぜ! 気に入ったぞ!」

「痛てて!」

 

マルトーはバンバン、とブタゴリラの背中を叩きました。

 

「すごい喜びようだね……」

「何であんなに喜ぶんだろう」

「マルトーさんは貴族が嫌いなの。だからあんなに喜んでるのよ」

 

相当に機嫌が良いマルトーの姿に唖然とするキテレツとトンガリにこっそりとシエスタが言います。

 

「さあ! 今夜はサツキとその友達に俺からご馳走を振舞おう! 貴族達の食事が始まるまでまだまだ時間はある! サツキも友達と一緒にゆっくりしな!」

 

いつもキテレツ達六人で一緒に食事をするテーブルへ行くと、そこにはいつもの賄い料理がありません。

 

「うへー! すげえ!」

「うひゃあ……」

 

テーブルの上には、賄いとはまるで違う豪華な料理が乗っていたのです。

ブタゴリラはもちろん、他のみんなも目を丸くしてしまいました。

 

「これ、ここの人達が食べてる食事でしょう!?」

 

お金持ちのエリートで家族と一流のレストランで料理を食べたこともあるトンガリも思わず驚きます。

 

「そうさ。貴族の連中に出しているのと同じ奴だ! さ、遠慮せずに食べてくれよ!」

「さ、サツキちゃんもカオル君も、みんなどうぞ。召し上がってくださいね」

「あ、ありがとう……マルトーさん、シエスタさん」

 

五月は戸惑いつつも席に座り、他のみんなも豪華な食事を前にして少し興奮気味のようです。

 

「いただきますナリー!」

「うん。美味しい!」

「僕もママと一緒に行ったレストランでもこれ程のものは食べたことないよ!」

「うん! こりゃ良い野菜使ってるな!」

 

コロ助もみよ子も、はたまたトンガリでさえもルイズ達が普段食べている豪華な料理に舌を巻いていました。

 

「本当に驚いたわ。サツキちゃんがあんなに飛んだり跳ねたりするなんて」

 

水差しでコップに水を汲むシエスタが目を丸くして五月を見ます。

 

「それにゴーレムを投げ飛ばしちゃうなんて。サツキちゃんは女の子なのに……」

「五月ちゃんは、お芝居でも飛んだり跳ねたりするもんね」

「五月ちゃんはブタゴリラも投げ飛ばしたことがあるナリよ」

「それを言うなって言ってるだろ!」

 

トンガリに続いて余計なことを喋るコロ助をブタゴリラが小突きました。

 

「これで剣の一本でも握りゃあ貴族のゴーレムなんか真っ二つにできるかもしれねえな! はっはっはっ!」

「五月ちゃんならやりかねないかもね。お芝居でも刀を使うから」

「そんな……キテレツ君……」

 

マルトーとしては冗談を言っているつもりでしたが、お芝居で五月の殺陣を何度も見たことがあるキテレツ達は五月なら本物の剣も扱えるかもしれないと踏んでいます。

 

「わたしは真剣なんて振り回したくないよ。人を傷つけることになるんだから」

 

五月はもちろん、キテレツ達はまだ小学五年生です。刃物なんて危ない物は持つことなんてできません。

 

「それはそうだよね。……そうだ! 五月ちゃんならあれが使えるはずだよ!」

 

突然、キテレツが何か閃いたようでポンと手を叩きます。

 

「あれって?」

「明日用意してあげるよ。僕の自信作なんだ」

 

キテレツは何かの発明品を出すつもりのようです。一体、何を出そうとしているのか五月は予想できません。

五月でも使いこなせるという発明とは一体なんなのでしょうか。五月もみよ子もコロ助も考えます。

 

「あっ! おじさん! ところでお願いがあるんですが!」

「何だい? 何でも言ってみな!」

「外に置いてあった大きな鍋、あれって使わないんですか? 良かったら、俺達に貸して欲しいんですが!」

 

ブタゴリラは学院の庭の隅に古い大釜が置いてあるのを昼間に見かけていました。

 

「おう! 構わないぜ! どうせ捨てようと思ってた奴だからな!」

「へへっ! 毎度どうも!」

 

快く許可してくれたマルトーにブタゴリラはしたり顔を浮かべます。

 

「熊田君。何をする気なの?」

「なあに! 後のお楽しみさ! トンガリ! コロ助! 食い終わったらちょっと手伝え!」

「え~。何でさ……」

「つべこべ言うんじゃねえ! 良いから手伝え!」

「何をする気ナリか……」

 

トラブルメーカーのブタゴリラが考えていることなんて大したことではないとトンガリとコロ助は怪訝そうにします。

魔法学院の生徒達の食事の時間が始まるまでの間、キテレツ達は仲良く食事を楽しんでいました。

 

 

 

 

夕食が終わると、トンガリとコロ助はブタゴリラに付き合わされていました。

 

「こんな大釜を何に使う気なのさ」

「お前、まだ分からねえのか? お坊ちゃまは日本伝統の風呂も知らないのかよ?」

 

人気のないヴェストリ広場の隅へ大釜を転がすブタゴリラの後ろをトンガリとコロ助が薪を運んで続きます。

 

「何のことナリ?」

「五右衛門風呂だよ。五右衛門風呂」

「お風呂ぉ?」

 

ブタゴリラが何をしようとしているのかを知ってトンガリは声を上げました。

 

「俺は、あんなサウナじゃ満足しねえんだ。やっぱり、日本人はしっかり風呂に入らねえとな!」

「まあ確かにね……」

 

魔法学院の浴場は貴族しか使えないため、平民はサウナ風呂を使うしかありません。

ブタゴリラもトンガリも昨日、一度入ってみたのですが特にトンガリはすぐに嫌になってしまったのです。

 

「分かったら体を動かせ! そいつの次は石を運ぶんだ!」

 

ブタゴリラ主導の下に五右衛門露天風呂は作られていきます。

均等に配置した石の上に大鍋を置き、その下に薪をくべ、大鍋の中にたっぷりと注いだ水を火で沸かすのです。

 

「よっしゃ! 後は湧くまで待つだけだぜ!」

「楽しみナリーっ!」

「おっと! お前は入るのは後だ!」

 

水をはった大鍋の中を覗き込むコロ助をブタゴリラは掴み上げます。

 

「何でナリか!」

「まずはレディペーストって言うだろ! 五月とみよちゃん達が先に入るんだよ!」

「レディファーストでしょ。……あ! まさか五月ちゃんのお風呂を覗く気じゃ……」

「馬鹿野郎! 何考えてやがるんだ! お前は! そういうお前こそ覗こうとするんじゃないだろうな?」

「そんなことする訳ないでしょ!」

 

トンガリは顔を真っ赤にして叫び返します。

ところが、思わず頭では大好きな五月が入浴する姿が浮かんでしまいました……。

しかし、トンガリは頭を振ってやましい考えを振り切ります。

 

 

 

 

「ふーん。露天風呂かぁ。熊田君も考えたわね」

「ブタゴリラ君らしいわね」

 

約二時間後、準備が整った風呂釜に五月とみよ子がやってきました。

覗き防止のために風呂釜を囲むように木板の衝立まで用意されています。

 

「へへへ! まずは女の子お二人をご案なぁ~い」

 

ブタゴリラはまるで風呂屋を商売しているような気分でした。

実際、ブタゴリラは銭湯を経営していた妙子という女の子と相思相愛の仲なのです。

 

「ありがとう。ブタゴリラ君」

「それじゃあ、男の子は向こうへ行っててね。覗いたりしたらダメよ」

 

五月は両手を腰に当てて三人の顔を覗き込みます。

 

「も、もちろんだよ五月ちゃん……」

「それじゃごゆっくり~。……おら! トンガリもコロ助も、こんな所でウロウロしてるんじゃねえ! あっちへ行くぞ!」

「痛いナリ~!」

 

散々手伝わされたトンガリとコロ助は、ブタゴリラに引きずられてヴェストリ広場を後にしました。

 

「一応、この召し捕り人を置いておくからね」

 

キテレツは『御用』と書かれた提灯の姿をしたからくり人形を持ってきて、それを足元に置きます。

 

「何? この人形?」

「悪い人を捕まえるからくり人形よ。これがいてくれるなら安心してお風呂に入れるわね」

 

屈みこんで召し捕り人を見る五月にみよ子が説明します。

必殺・召し取り人は少々融通が利かない部分がありますが、悪人を捕らえる腕前そのものは非常に優秀です。

 

「召し捕り人。怪しい人が来たらすぐに捕まえるんだ。いいね?」

「御用! 御用! 御用ぉ~~っ!」

 

十手と縄を手に、召し捕り人は張り切ります。少々やかましいのは仕方がありません。

 

「それじゃあね。何かあったらすぐに呼んで!」

 

見張り役も用意できたことで、キテレツもヴェストリ広場から離れていきました。

 

「入ろうか。みよちゃん」

「ええ」

 

広場から誰もいなくなったのを確認すると、五月とみよ子は着ている服を脱ぎ始めます。

服はブタゴリラが用意した桶の中に入れて、五月とみよ子はタオルを手にすっかり湯が沸いて湯気を昇らせている大鍋の中へと身を沈めていきました。

五右衛門風呂なのでそのまま入ると火傷をしてしまいますので、鍋底には木の板が敷かれています。

 

「はあ……良い気持ち……」

「本当ね……生き返るわ……」

 

五月もみよ子もブタゴリラ特製の風呂に快適な様子でウットリとしていました。

 

「まさか魔法使いの世界にやってきて、露天風呂に入るだなんて思ってもみなかったわ」

「ええ。そうね……」

 

空を見上げればそこには二つの月が浮かんでいます。

それは露天風呂としてはまさに絶景そのものでした。

 

「二つの月……わたし達の世界じゃ絶対にあり得ないよね。こんなの」

「やっぱりここはファンタジーの世界ってことよね」

 

五月とみよ子はすっかり露天風呂から眺める幻想の光景に見惚れていました。

おとぎ話のようなファンタジーの世界にやってきてしまったこと自体が夢のような出来事なのです。

 

「すぐに元の世界に帰れなくなって……少し得をしたかもしれないね」

 

大鍋の縁に寄りかかって五月は呟きます。

 

「……でも、やっぱり早く帰れると良いわ。ママも心配するといけないし」

「うん……」

 

しかし、いくら美しい光景を見ることができても、それは気休めでしかありません。

みんなで元の世界の、表野町へ何としても帰らなければならないのですから。

それだけは五月も忘れないのです。

 

「そういえばキテレツ君。わたしに何を渡してくれるのかしら」

「さあ……何かしら。キテレツ君の発明品だから、何か役に立つものだと思うけど……」

 

五月とみよ子が露天風呂でくつろぎながら語り合いを続けていますが、しばらくすると……。

 

「御用! 御用! 御用! 御用!」

「ちょっと! 何よこれ! きゃあああっ!」

 

突然、衝立の向こう側から召し捕り人の叫び声と共に女の悲鳴が聞こえてきます。

風呂に浸かっていた二人は突然の騒ぎに目を丸くしました。

 

「御用! 御用! 御用! 御用! 御用ぉ~~~!」

 

しかもガキン、ガキンと音を立てて争っている騒音まで響いてきます。

 

「……見てくるね」

 

タオルを体に巻いて湯船から上がった五月は衝立の向こう側を覗き込んでみました。

そこでは召し捕り人が灯りを発して二人の人間を縄で縛って張り倒しています。

 

「覗き見、召し捕ったり~っ!」

「痛たたた……ちょっと、離しなさいよ……」

「キュルケさん! それにタバサちゃん!」

 

召し捕り人に仲良く縄で縛られているのは、キュルケとタバサだったのです。

 

「ハァイ、サツキ」

「どうしてここに……」

 

苦笑しながらも挨拶をするキュルケに五月は驚きます。後に続いてやってきたみよ子も同じでした。

 

「キテレツに、サツキがここにいるって聞いたから来たのよ」

 

しかし、衝立に近づいた途端、灯りを消して身構えていた召し捕り人が二人を覗き見と誤認して捕まえにかかったのです。

キュルケはあっさり捕まってタバサも多少は応戦しましたが、杖を投げ縄で奪われて無力にされて呆気なく捕まったのでした。

 

「それより、これを解いてくれるかしら?」

「その人達を放してあげて」

「構いぃ~無しぃ!」

 

みよ子が頼み込むと、召し捕り人は二人を雁字搦めに縛っている縄を器用に外していきます。

縄から解放されたキュルケとタバサは起き上がりました。

 

「ごめんなさい……迷惑をかけちゃって」

「ああ。別に良いわよ。それにしてもタバサもあっさり倒すなんて、そのガーゴイルすごいわね」

「……不覚」

 

杖を拾うタバサは妙に沈みこんだ様子で召し捕り人を見つめます。

 

「ところであなた達、お風呂に入ってるんですって?」

「はい。ここのお風呂はわたし達じゃ使えないって聞いてるから……」

「ふぅ~ん。あなた達の故郷ではこんなお風呂に入ってるのかしら?」

 

五月の説明を聞くキュルケは大鍋を興味深そうに眺めています。

 

「そうでも無いわ。これもかなり古いタイプのお風呂だから……」

「へぇ~。……ねえ、タバサ。せっかくだからあたし達も入らない?」

「ええ?」

 

突然のキュルケの言葉に五月とみよ子は戸惑います。

 

「月夜を眺めながらのお風呂も中々良いじゃない。あたし達も楽しませてもらっても良いでしょ? サツキ」

「別に良いけれど……」

 

女同士とはいえ、貴族が平民と一緒に風呂に入るというのはあり得ないことです。

しかし、キュルケは気さくな態度を変えないまま自ら進言してきたのでした。

 

「そう。それじゃあ見張りはあのガーゴイルに任せてあたし達も入りましょうか。タバサ」

 

言いながら、キュルケはマントを外し着ている制服までも脱ぎ始めます。

 

「うわ……」

 

みよ子は大人なスタイルをしているキュルケの妖艶な裸体に思わず顔を赤くしてしまいました。

対照的にタバサはみよ子達と大して変わらない子供らしい体をしています。

 

「さ。一緒に入りましょ。サツキ、ミヨコ」

 

服とマントを衝立にかけた二人はタオルを手に、五月とみよ子と一緒に大鍋の湯船へと浸かりました。

 

「ふぅ~~……これは快適ね……」

 

髪を後ろでアップに纏めているキュルケは気持ち良さそうに声を漏らします。

タバサは無言のままでしたが、湯船の中でも杖を手放さずに持っていました。

 

「学院のお風呂も心地良いけど、このお風呂も中々じゃない。ねえ、タバサ?」

 

隣のキュルケに肩で突かれてタバサはこくりと頷きました。

 

「それで、キュルケさん。わたしに何か用事でもあるの?」

「まあ。大した用事でも無いのだけれどね……サツキを祝福しに来たってところかしら」

「祝福?」

 

五月もみよ子もキュルケの言葉に首を傾げました。

 

「あなた、平民なのにギーシュのゴーレムを投げ飛ばしたりしたでしょう? タバサと一緒に見てたわよ」

 

最初は普通に決闘の現場で見物していたキュルケとタバサでしたが、ギーシュがワルキューレ三体を呼び出した辺りからキテレツとコルベールを呼びに飛んでいったのです。

その後はタバサの遠見の魔法で決闘の様子を見届けていたのでした。

 

「タバサも感心してたわ。平民で、しかも子供なのにあんなに立ち回れるなんて」

「そんな……」

「あたしも同じよ」

 

キュルケは艶っぽく微笑みながら五月に顔を近づけてきます。

思わず五月は身を引いてしまいました。

 

「あなたがギーシュのゴーレムと戦っていた時の姿……本当に格好良かったわよ。サツキがもしも男の子だったら……あたしはあなたに恋をしていたかもしれないわね……」

 

キュルケは湯船の中で五月の手を握ってきました。

突然のことに戸惑い、五月は慌てて手を引っ込めてしまいます。

 

「ちょっと、キュルケさん……!」

「あたしの二つ名は微熱……つまり情熱なのよ。うっかり同じ女の子に恋をしてしまいそうだったわ。サツキ」

「か、からかわないで。キュルケさん……」

「嘘……」

 

唐突なキュルケの発言に五月は頬を染めて苦笑いを浮かべます。みよ子も唖然としました。

 

「ふふ……。そんなに赤くなって……でも安心しなさい。あたしはそんな趣味まではないからね」

「良かった……」

 

五月は思わずホッと安堵してしまいました。

 

「でもね。結果は引き分けになっちゃったけど、ギーシュを最初に引っ叩いたのは素直に感心したわ」

「え?」

「どういうこと?」

「だってギーシュったら、ルイズにあんな酷いことを言ったんですものね。あれはさすがに言い過ぎよ」

 

キュルケはギーシュがルイズに「魔法学院からいなくなった方が良い」と暴言を吐いた時に思わず怒りが湧いてきたのでした。

 

「あたしもルイズと口喧嘩はしたりするけど……あそこまで酷いことは言わないわ」

「そういえばキュルケさんはルイズちゃんと部屋が隣だけど、仲が悪いの?」

「どうしてなんですか?」

「まあ、色々あってね。あの子の実家とあたしの実家は国境を挟んで隣同士だから」

 

キュルケが言うには、キュルケの五代前のご先祖は当時のルイズのご先祖の恋人を奪い、四代前の先祖は婚約者を、三代前の曽祖父は妻を横から奪ったと言うのです。

こうした事情があり、ルイズはもちろんのこと、その実家の人間もキュルケの実家のツェルプストーを目の敵にしているのでした。

 

「何かすごいことがあったのね……」

「ちょっとやり過ぎな気もするわ……」

 

昔話を聞かされた五月とみよ子は呆然としてしまいました。

 

「まあ……別にあたしはご先祖様の因縁なんてどうでも良いんだけれどね」

 

大鍋の縁に凭れ掛かってキュルケは肩を竦めます。

 

「ねえサツキ。あなた、ルイズと一緒に過ごしてあの子のことをどう感じてる?」

「どうって……」

 

突然の問いかけに五月はまだ三日と短いながらもルイズと過ごしてきた時間を思い起こします。

ルイズは怒りっぽい性格でプライドが高く素直ではありませんでしたが、そうした姿を見ていて思ったことが一つありました。

 

「あの子は、独りぼっちなんだなって……」

「魔法が上手くできないせいで、あんなにみんなに馬鹿にされてるものね……」

「ふぅん……あなた達もあの子に対してそう感じるのね」

「でも、キュルケさんは他の人達と違うわ。ルイズちゃんをいじめてる訳じゃないんでしょう?」

 

キュルケはからかいはしますが、他の生徒達のように陰湿ないじめだけは絶対にしていないことを五月は察していました。

 

「勘違いはしないでね。あたしはあの子が嫌いなんだから。……でもね、邪魔だなんて思ったことは一度もないのよ」

 

くすくすとキュルケは笑いを漏らします。

 

「あの子は魔法はできないけど、それ以外のことだったらとても優秀よ。それに貴族の誇りだけは決して失くしてないわ。他の生徒はルイズと違って貴族とは思えない連中ばかりだもの」

 

確かにルイズをよってたかっていじめる光景は五月もみよ子も見ているだけで腹が立ったほどでした。

 

「あたしはね、ルイズがいつまでも貴族の誇りを失わずにいないで貰いたいのよ。あの子はあたしの好敵手でいてもらわないと困るんだから。挫けそうになったら、ちょっかいをかけてあげたくなるのよ」

「キュルケさん……」

 

五月はルイズにもしっかりと友達がいてくれることに安心します。

キュルケはルイズが嫌いと言っていますが、それは本心ではないのです。あくまでもルイズとライバルであり続けるための方便に過ぎないのです。

 

「ルイズには内緒にしてちょうだいね。あの子、プライドが高いしあたしのことは毛嫌いしてるから」

「はいっ」

 

異世界で出会った独りぼっちの女の子にもしっかりと友達が存在していたことに、五月は思わず嬉しくなりました。

 

 

 


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