キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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砂漠の城の大熱戦 お前の名は勇気と剣士・後編

「あっ!」

 

高台の上にいた鉄騎隊の槍から放たれた稲妻が五月の空中浮輪を捉えました。稲妻に打たれて粉々に吹き飛んでしまいます。

空中浮輪が無くなったせいで飛行していた五月の体はみるみる内に勢いを無くして真っ逆さまに落下していきました。

このままでは地上でワルキューレ達と戦っている鉄騎隊達の中に落ちてしまいます。

 

「……っと!」

 

五月は体を器用に捻って足が下になるよう体勢を変え、鉄騎隊の頭上に着地しました。

そこからさらに別の鉄騎隊や残り少ないワルキューレの頭へ次々と飛び移り、最後に大きくジャンプをすると体を一転させて天守に続く大階段の途中の踊り場の上へと着地に成功します。

しかし、追ってきた数体の鉄騎隊が階段を猛然と駆け上がってきました。

 

「カ・ラ・ク・リ・ム・シャ……!」

 

トンガリが操るカラクリ武者も五月を追って鉄騎隊達の間を猛スピードで潜り抜けていきます。

鉄騎隊達はカラクリ武者が振り回す刀で次々と足や体をバラバラに両断されて倒れていき、五月に迫っていた鉄騎隊達をも飛び越えました。

 

「カ・ラ・ク・リ・ム・シャ……!」

 

電磁刀を構える五月を庇うように立ち塞がるカラクリ武者は目前まで迫ってきた鉄騎隊の突き出した槍をかわし、その上に飛び乗ります。

そのまま槍の上を突き進み刀を横に一閃、首を斬り落としてしまいました。

さらにもう一体すぐ近くの鉄騎隊にも斬りかかろうとしますが……。

 

「トンガリ君!」

 

階段下から続々と登ってくる鉄騎隊達が槍から稲妻を放ってくるので五月は電磁刀を盾にして防いでいましたが、跳ね上がったカラクリ武者にそれが直撃してしまったのです。

稲妻に焼かれて撃ち落とされたカラクリ武者はそのまま階段を転げ落ちていき、バラバラに壊れてしまいました。その残骸も鉄騎隊達に踏みつぶされていきます。

 

「それっ!」

 

五月は電磁刀で防御を続けながら自分の槍から稲妻を放っていきますが、鉄騎隊の数が多すぎて捌ききれません。

鉄騎隊の数は半分ほどに減っており飛行する魚型ガーゴイルに騎乗しているものは全部倒せていましたが、ワルキューレは既に全員倒されているため攻撃の矛先が五月へと集中していました。

いくら五月でもこれだけの数を一気に相手にしてはやられてしまいます。しかし、キテレツ達が目的を達するまで足止めをしなければならないのです。

 

「五月ちゃ~んっ! 逃げてぇ~~っ!」

 

必死に時間を稼ぐ中、正門の方から突然トンガリの叫び声が大声ではっきりと聞こえてきました。

五月がそちらを見てみれば、何とトンガリが正門の入口に立って血相を変えている姿が見えたのです。

サポートをしていたカラクリ武者がやられてしまった上に窮地に陥った五月に我慢ができなくなって飛び出てきたのでしょう。

 

「サツキ!」

「五月ちゃん!」

 

直後には後ろからルイズやみよ子の声も届いてきました。

 

「キテレツ君! みんな!」

 

肩越しに振り向けば、城内に潜り込んだキテレツ達が天守上の城壁から空中浮輪や魔法を使って飛び降りてきていたのです。

一行の中にはみよ子がキテレツと手を繋いでおり、タバサも飛べないルイズの手を引いていました。

友人達の無事な姿に五月は笑顔を浮かべて階段を駆け上がります。

 

「このおっ!」

 

エントランス手前の踊り場に着地すると、ルイズは一目散に五月の元へ駆け寄るなり如意光を鉄騎隊達に向けてスイッチを押します。

目前まで迫ってきていた十体以上の鉄騎隊達に赤い光線が浴びせられ、小指ほどにまで小さくなっていきました。

 

「エア・ハンマー!」

 

それでも後続の鉄騎隊が駆け上がってきますが、素早く駆け付けたタバサが強烈な突風を叩きつけたことで次々に転げ落ちていきます。

 

「大丈夫、サツキ? ケガはないわよね?」

「うん。わたしは平気よ」

 

さらに続いてくる鉄騎隊にも次々と如意光の縮小光線を浴びせるルイズに五月は微笑みました。

稲妻が放たれてきても五月の電磁刀で防いでしまい、逆に跳ね返されていきます。

 

「早くここから逃げないと、増援も来るわ」

「コロ助! そいつをよこせ!」

「わあっ!」

 

焦るキュルケですがブタゴリラがコロ助の手から無理矢理天狗の羽うちわを奪い取りました。

 

「お前らどいてろ! まとめてふっ飛ばしてやる!」

「熊田君! ルイズちゃん、こっちへ!」

「あっ!」

 

隣にやってきたブタゴリラが羽うちわを野球のピッチャーのように掲げて腕を振り回すので五月は慌ててルイズの手を引いてタバサと共に後ろへ下がります。

 

「うおりゃああああっ!」

 

勢いをつけた上に目一杯に力を込めて羽うちわを振り下ろすと、途端に猛烈な突風が辺りに広がります。

 

「きゃああっ!」

「みんな伏せて!」

「きゅいーっ!」

 

キテレツ達はブタゴリラの後ろで蹲って強風に耐えます。

羽根うちわから放たれた突風は見る見る内に渦を巻きながら膨れ上がり、巨大な竜巻になっていきました。

中庭にいる鉄騎隊達は他の残骸もろとも次々と突き進み巻き上がる竜巻に飲み込まれていき、空の彼方へと吹き飛ばされていきます。

百体以上もいたガーゴイルの兵隊達はあっという間に綺麗にいなくなっていました。

 

「へっ! 思い知ったか!」

「あ、熊田君! あっちにはトンガリ君が……トンガリ君!」

 

未だ収まらない竜巻は城門に向かって直進していきます。門の方ではトンガリが迫ってくる竜巻に激しく取り乱しながら慌てていましたが、すぐに外へと一目散に転げるように逃げていきました。

竜巻の威力は城壁をも粉々にしてしまうほどのもので、城門を壊した後は徐々に勢いを失って萎んでいきます。

 

「ありゃま」

「うひゃー……お城が滅茶苦茶になっちゃったナリよ」

「やり過ぎだよ、ブタゴリラ」

「トンガリ君達は大丈夫かしら?」

 

中庭はもちろん、城門は広範囲に渡って見るも無残に崩れ落ちてしまっていました。みよ子はもちろん、一行は城門近辺にいるはずのトンガリとギーシュのことを心配します。

 

「一緒に吹き飛ばしちゃったんじゃないでしょうね?」

「そんな……」

「その心配はないみたいよ。ほら」

 

ルイズの一言に五月が顔を曇らせますが、キュルケが指差す先の瓦礫に二人の人影がひょっこりと姿を現すのが見えました。

それは間違いなく、トンガリとギーシュの無事な姿です。

 

「トンガリくーん! ギーシュさーん!」

「あんた達、大丈夫ー?」

 

五月とルイズが呼びかける中、中庭を駆けてくる二人はずいぶんと憔悴した様子でした。

ギーシュはその手に蜃気楼鏡を抱えて階段をトンガリと駆け上がってきます。

 

「ひどいじゃないか! ブタゴリラ! 僕達まで吹っ飛ばすつもり!?」

 

トンガリは怒りや不満、様々な感情が入り混じった表情でブタゴリラに詰め寄ってきました。

いつものトンガリでは考えられない剣幕にブタゴリラでさえ圧倒されてしまいます。

 

「はははは……悪い、悪い。まあ、でも助かったんだから良いじゃねえか。あいつらだって一匹残らず吹っ飛ばしたんだからよ」

「笑って誤魔化さないでよ! まったく、加減ってものを少しは考えてよね!」

 

気まずそうにするブタゴリラですが、トンガリの怒りは収まりません。

 

「彼は怒るとああなるのかい? キテレツ君」

「はあ……」

「いつものトンガリじゃないナリ」

 

ギーシュも怖気づいてしまった激情したトンガリの姿にはルイズ達も呆気に取られてしまいました。

普段大人しい人間が怒ると、そのギャップの差で余計に怖く感じるのです。

 

「トンガリ君。ブタゴリラ君だってわざとやったんじゃないんだから」

「うん。わたし達を助けようとしてやったことだもの。許してあげて」

「さ、五月ちゃんがそう言うんなら……」

 

みよ子と五月がとりなすと、トンガリはようやく怒りを鎮めていきます。

 

「ギーシュさんやトンガリ君のおかげでわたしだってあんなに戦えたんだもの。本当に感謝してるわ」

「あのガーゴイルがあんなに戦えるとは僕も驚いたよ。君もよくあそこまで操れたものだね。悔しいが、僕のワルキューレじゃ歯が立たなかったかもしれないよ」

「はは……それほどでも……」

 

二人に褒められたトンガリは照れながらも頬を染めて笑いました。

カラクリ武者の活躍が無ければ囮が成功しなかったのは事実です。トンガリは大好きな五月をサポートするために必死に操作してあそこまで戦い抜いたのでした。

電磁刀を五月が使っている間は交信ができなかったので、それこそ無我夢中で五月を守ろうとがんばったのです。

 

「ラジコンとか動かすのは上手いからな。ま、それぐらいしか取り柄はないけどよ」

「何だよ。それじゃあ僕は役立たずだとでも言うの? 僕だってやる時はやるんだからね!」

「でも結局は壊されちまったんだろ?」

 

ブタゴリラの言葉に不機嫌になったトンガリが噛みつきますが、逆に痛い所を突かれてしまいました。

カラクリ武者がやられる場面を城壁から飛び降りようとしていたキテレツ達はしっかりと見届けていたのです。

 

「はいはい、長話はこれまでよ。早くトリステインへ帰りましょう。増援が来るかもしれないわ」

 

キュルケがパンパン、と手を叩いて一行の気を引きました。みよ子とタバサを助け出した以上、長居は無用です。

新手が来る前にここから逃げなければなりません。

 

「それじゃあ天狗の抜け穴を……」

「お前達がキテレツの一味か」

 

蜃気楼鏡をしまい、キテレツは早速天狗の抜け穴を用意しようとしますが、そこへ突然高く澄んだ声がかかりました。

その声はエントランスの入口の方から聞こえてきたもので、一行はそちらを振り向きます。

いつの間にか入口にはつばの広い羽根つき帽子を被った異国のローブを身に纏う男が立っていました。

 

「ビダーシャルさん」

 

今日は初めて目にすることになるエルフの姿にみよ子は目を丸くしました。

 

「エルフ……!」

「う……ほ、本物のエルフ……」

 

ルイズとギーシュはビダーシャルの人間とは異なる尖った両耳を目にして息を呑みました。

初めて目の当たりにするハルケギニアの人間が恐れる砂漠の異種族、エルフの姿に恐怖が生じてしまいます。

キュルケも険しい表情で唇を噛み締めていました。

 

「あれがセルフサービスってやつか? 本当に耳が長いんだな」

「せ、せるふ? さーびす?」

「エルフよ。ブタゴリラ君」

 

コロ助が首を傾げる中、みよ子がブタゴリラの言い間違いを訂正します。

 

「思っていたより全然怖くないね。ギーシュさんが言っていたのは大袈裟すぎたんじゃない?」

「い、いや……しかし、そういう噂ばかりが流れていたというだけでね……」

 

トンガリはどこか肩透かしを食らったようにため息をつきます。

ルイズ達が恐れおののく中、キテレツ達は初めて目にするエルフに恐怖や驚きといった思いは感じませんでした。

耳の形が違う以外は自分達人間と同じ姿のエルフにむしろ純粋な好奇心さえ抱いてしまいまうほどです。

 

「キテレツ君。この人があたし達をこの城に閉じ込めていたエルフのビダーシャルっていう人よ」

「この人が……」

「お前がジョゼフの言っていたキテレツという少年か。異国の技で作られた魔道具を数多く持っていると聞いている」

 

ビダーシャルはじっとキテレツの顔を観察するように見つめてきます。

 

「どうして僕のことを……」

「後で色々話すわ」

 

みよ子はキテレツにしがみつきながら服を握り締めました。

 

「ここの兵を、あれだけの数をお前達は倒したのか。しかし、まさかここまで早くこの城へやって来るとはな」

 

ビダーシャルは一行の顔を見回してどこか驚嘆としています。

数分前まで遥か西のサン・マロンの実験農場にいたビダーシャルはシェフィールドからの知らせを受け、天狗の抜け穴を通ってこの城に来たのです。

天狗の抜け穴の抜け道は城内にあるビダーシャルがタバサに飲ませるはずだった薬を製作するのに使っていた一室に用意されていました。

 

「お前はあの時の韻竜か。お前がその者達をここまで連れてきたのか」

「きゅい! そうなのね! お姉さまは返してもらうのね!」

 

シルフィードはタバサの体を抱き締めてビダーシャルを睨みつけます。

 

「だが、お前達をこの城より逃がす訳にはいかぬ。お前達二人をここで守れ、と約束をしているのでな」

 

ビダーシャルはタバサとみよ子の顔を見つめてきっぱりと言い放ちました。

タバサは杖を手に身構えます。

 

「……なら、無理矢理奪い返すだけよ! ファイヤー・ボール!」

「きゅいーっ! やめるのねーっ!」

 

既に呪文を唱えていたキュルケが素早く杖を抜きますが、シルフィードが慌てて声を上げました。

放たれた巨大な火球が一直線にビダーシャルに向かっていきます。炎が彼を包み込む、かと思われましたが……。

 

「……えっ!?」

 

突然、命中したかと思われた火球が行き先を180度反転させて跳ね返ってきたのです。

キュルケが驚く間にも自分が放った火球が目の前まで迫ってきました。

 

「キュルケ!」

「うわあああっ!」

 

キテレツ達が慌てて左右へ動いたり倒れこんだりする中、ルイズがキュルケに体当たりをして一緒に横へと飛び込みました。

外れた火球はそのまま中庭の上空で炸裂して火の粉を辺りに散らします。

エルフは涼しい顔で倒れこむ一行を見つめていました。

 

「やりやがったな! 長耳野郎め! これでも食らえ!」

「駄目、カオル」

 

憤慨していたブタゴリラが起き上がりますが、タバサが慌てて制止しようとします。

しかし、ブタゴリラは聞く耳を持たずに天狗の羽うちわを大きく振りかぶりました。

 

「うおりゃあっ!」

 

力いっぱいに叩きつけるように扇ぐと、今まで通りに強烈な突風が吹き荒れますが……。

 

「な!? うおわあっ!?」

「うわああああっ!」

「きゃああああっ!」

「きゅい、きゅいーっ!」

 

突風はエルフを吹き飛ばすどころか逆にブタゴリラにそのまま跳ね返ってきたのです。

何十人もの人間を軽々と吹き飛ばす威力の突風をまともに受けてキテレツ達は次々と天守の階段上から空中へと吹き飛ばされていました。

 

「レビテーション!」

 

空中に投げ出された中でタバサが即座に呪文を唱えると、一行はふわふわと中庭の上空に浮かんでいました。それからゆっくりと地上へ降下していきます。

 

「な、何がどうなってんだよ……?」

「羽根うちわの風が跳ね返ってくるなんて……」

「ふにゃ~……」

 

倒れこむキテレツとブタゴリラは呆気に取られていました。仰向けになっているコロ助は目を回してすっかり参っているようです。

 

「大丈夫? 五月ちゃん……みよちゃん……」

「何とか……」

「痛った~……」

 

五月はお尻を押さえてトンガリに答えます。

 

「い、一体何が起きたというんだね……」

「もしかして、エルフの先住魔法なの?」

「きゅい……あいつ、この城に宿る精霊の力を借りているのね。その力でシルフィ達の攻撃を全部受け止めて跳ね返しちゃうのね……」

「私もあれでやられた……」

 

タバサは自分がビダーシャルに捕らわれた時も同じようにしてやられたことを思い出します。

どんなに強力な攻撃もあのエルフには一切通じないのです。それはメイジの魔法でも、キテレツの発明品でも同じことでした。

 

「あたしの炎をあっさり跳ね返すなんて、やってくれるじゃない……」

 

キュルケは悔しげに舌を打って起き上がります。

 

「蛮人がこれほどの風を、その道具だけで起こしたのか……これもキテレツのマジックアイテムの力か」

 

階段をゆっくり降りてくるビダーシャルは羽うちわが起こした突風の威力に素直に驚いていました。

 

「近づかないで! あんたも小さくしてやるわよ!」

 

立ち上がったルイズが落ちている如意光を拾い上げると、ビダーシャルに突きつけました。

しかし、ルイズの言葉を無視するビダーシャルは足を止めません。

ルイズはスイッチを押して縮小光線を放ちましたが……。

 

「えっ?」

 

赤い光線はビダーシャルの数センチ手前で、まるで見えない壁にでも阻まれているかのように届きませんでした。

 

「如意光まで……」

「何て奴だ、ちきしょう……」

 

とっておきの発明品が通じない有様にキテレツは唖然としました。

如意光が効かないのはこれが初めてではなく、以前に戦ったことがある天狗の時もそうだったのです。

 

「無駄だ。蛮人の娘よ。お前がいかなる魔法や道具を使おうと、精霊の力を破ることはできない」

 

一番下まで降りてきたビダーシャルは淡々とルイズに告げていました。

ルイズは如意光を握ったまま恐る恐る後ろへ後ずさります。

 

「ルイズちゃん……!」

 

立ち上がった五月が電磁刀を手にルイズを庇うように前へ出てきました。

 

「バンジージャンプがどうしたってんだ?」

「それを言うなら蛮人だよ。僕達のことを馬鹿にしてるんだ」

 

こんな時でも言い間違いをするブタゴリラに突っ込んだキテレツは落としていたリュックとケースを拾います。

 

「何でバンバンジーで俺達が馬鹿にされてるっていうんだ?」

「ああもう! ブタゴリラは黙っててよ! こんな時にボケたりして! 時と場合を考えてよ!」

「俺だって好きでボケてんじゃねえ!」

 

喚くトンガリをブタゴリラが小突きました。

 

「こんな時に喧嘩なんてしないでよ! 何とかしないと、みんな捕まっちゃうわ……!」

 

キテレツと一緒に起き上がるみよ子が二人を叱りつけます。

 

(これがジョゼフの言っていた、異国の蛮人の子達なのか?)

 

ビダーシャルはこんな状況でも他愛の無いことで言い争いをするキテレツ達の姿に気が抜けてしまいます。

ジョゼフからは未知のマジックアイテムを使いこなす少年少女達という話を聞いており、実際にその力の一片を目の当たりにしていたので他の道具の存在もあって警戒はしていたのです。

しかし、ビダーシャルのキテレツ達に対する第一印象は、予想を完全に裏切るものでした。

少年とは聞いていましたがここまで子供だとは思っておらず、しかもこのような危機的状況でも間の抜けている姿を見て逆にビダーシャルの方が拍子抜けしてしまうほどです。

 

(無垢なる子供達、ということか。このような蛮人もいるのだな)

 

そして何より、キテレツ達はエルフであるビダーシャルに対して一切の種族的な恐怖や敵意を抱いておらず、むしろ好奇心があるということに驚いたのでした。

みよ子がビダーシャルのことを敬称で呼んだりしたことも呼ばれた本人にとっては初めての経験でもあったのです。

 

「シルフィードちゃんの魔法で何とかできないの?」

「無理なのね。精霊の力は全部あいつに取られちゃってるし、エルフみたいにすごいのは使えないのね」

「脱時機はもうエネルギー切れだし……」

 

キテレツが先ほど背負っていた脱時機は元々、完全に修理ができておらずエネルギーも十分ではありませんでした。

鉄騎隊達の動きを止めるのに残っていたエネルギーを使い果たしてしまい、もう使い物になりません。

 

「キテレツとその仲間達よ。この城は既に我が契約した精霊の力で満たされている。ここから外へ逃れることは不可能だ」

「きゅい……本当なのね。すごい強い風の力が広がってるのね」

 

精霊の力を感じ取れるシルフィードは城の周りに強力な風の壁が作られていることを察します。

これでは元の姿に戻り空を飛んで逃げることもできません。

 

「何でそんなことをするんですか? ビダーシャルさん!」

「これも侵入者を捕えよとジョゼフから命じられたことだ。お前の仲間達が友を助けようとするその心は我も認めよう。だが、お前達を逃がす訳にはいかない」

 

みよ子の言葉を一蹴してビダーシャルが前に踏み出てくるとルイズと五月も一歩後ろに下がっていました。

 

「先住魔法で作られた牢獄ってわけ……」

 

ギーシュは尻餅をついたまま動けず、隣に来たキュルケとタバサが杖を構えています。

 

「無駄な抵抗はやめろ。蛮人達よ。我はこの城を形作る石達とも契約をしている。この城に宿る精霊達は全て我の味方だ。お前達では決して我には勝てぬ」

 

ビダーシャルが警告をしますが、五月は電磁刀を握る両手に力が入りました。

 

「キテレツよ。我は無益な争いは好まぬ。抵抗はせずに大人しく我と共に来てもらいたい。友が傷つくのはお前とて望むことではあるまい」

「駄目よ! キテレツ君! ジョゼフはキテレツ君の発明品を狙っているの!」

 

みよ子は必死にキテレツの腕を掴んで叫びました。しかし、キテレツははっきりと頷くとビダーシャルの方を真っ直ぐに見つめます。

 

「ビダーシャルさん。僕の持っている発明品は僕の先祖の奇天烈斎様が託してくれた物なんです。それを悪人に利用させる訳にはいきません」

「……なるほど。確かに、大いなる力は時に災いをもたらす。お前の一族はどうやらここの蛮人達よりも遥かに高い技術を持っていると見た」

 

キテレツの言葉にビダーシャルは納得して頷いていました。

 

「キテレツ、天狗の抜け穴を。それを使って先にみんなで逃げて」

 

タバサは先頭へ出ると一行に呼びかけました。

ビダーシャルを少しでも足止めして一行をこのアーハンブラ城から逃がさなければなりません。

それが仲間を、友人達を守ると決めたタバサの覚悟なのです。

 

「帰る時はみんな一緒よ。もう誰も囮になんかさせないわ」

「そうよ! あたしは最後の最後まで諦めないわ!」

 

しかし、キュルケはタバサの肩を掴んできっぱりと言います。

友人を助けに来たキュルケもルイズも、一人だけを犠牲にして逃げるということはできませんでした。

 

「わたしの友達には指一本触れさせないわ! みんなで一緒に帰るんだから!」

「……そうか」

 

五月は電磁刀を構えて力強い口調でビダーシャルに言い放ちました。

ビダーシャルはそんな一行の決意を目にして、諦めたように息をつきます。

 

「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命ずる。礫となりて我に仇なす敵を討て」

 

両手を振り上げたビダーシャルが朗々と呟きました。

すると、ビダーシャルの背後の階段の石が次々にめくれ上がり、文字通りに無数の石礫となって宙に浮かび上がりました。

 

「何!?」

「き、来たーっ!」

 

腰が抜けて立てず尻餅をついたままのギーシュは薔薇の造花を振り回しますが、もう精神力を切らしているので魔法は使えません。

石礫は次々とルイズ達目がけて猛烈な勢いで飛来してきました。

 

「エア・シールド!」

 

タバサが風の障壁を作り出しますが、完全に受け止めることはできずに何発かが貫通してしまいます。

 

「えいっ! はあっ!」

 

タバサと並ぶ五月が電磁刀を振るって次々と礫を打ち返していきました。

キテレツ達はタバサと五月の防御が及んでいるすぐ後ろにまでやってきます。

 

「きゅい! サツキちゃんの剣、精霊の力を散らしているのね! すごいのね~!」

 

シルフィードは五月の電磁刀が石礫に宿る精霊の力が散らされていることを察しました。電磁刀で打ち返された後はただの石になって動かなくなっているのです。

ビダーシャルも同じように気付いたのか、険しい顔を浮かべていました。

しかし、礫による攻撃を緩めずさらに片手を振り上げだします。

 

「な、何だよありゃあ!?」

「うわあっ! 危ないよ! 五月ちゃん!」

 

ブタゴリラとトンガリだけでなく一行が驚いたのは、さらに大量の階段の石がビダーシャルの頭上に集まり出すと一瞬にして数十倍もの巨大な岩の塊が現れたからです。

確実に直径20メートルはある巨岩はビダーシャルが手を振り下ろすと真っ直ぐにキテレツ達に向かって飛んできました。

 

「パワー全開……!」

 

電磁刀の鍔のダイヤルを目一杯に回した五月は眩い光を放つ電磁刀を頭上の前にかざして構えます。

パワーを最大にした電磁刀と、タバサの風魔法を容易く突き破った巨岩がぶつかり合いました。

 

「サツキ!」

「五月ちゃん!」

「んっ……! んんんっ……!」

 

腕に巻いたままの万力手甲によって腕力が増幅され、パワーも最大にしているのにも関わらず五月は受け止めるだけで精一杯でした。

以前に防いだフーケのゴーレムのパンチさえも受け止めるどころか押し返せていたのですが、先住魔法の力が相手ではそれをすることができません。

五月は何とかその場で踏ん張り、持ち堪えるのですが……。

 

「電磁刀が……!」

 

何と、巨岩を受け止めていた電磁刀の刀身に微かですがヒビが入りだしたのです。

これほどの強力な攻撃を受け止めたおかげで耐久力が限界に達しようとしていたのでしょう。

五月が狼狽する中、電磁刀のヒビは徐々に大きく広がっていきました。

 

「まずい! あのままじゃ壊れちゃうよ!」

「キテレツ! 何とかしろよ! あのままじゃやべえぞ!」

「そうだよ! 五月ちゃんを助けてよ~!」

「うわあ! 何とかしろって言われても、何にも攻撃が効かないんじゃ……! 如意光だって効かないのに……!」

 

取り乱すトンガリに思い切り肩を揺すられてキテレツは困惑しました。

先住魔法の力がここまで強力だったとは思わず、どうすればこの危機を乗り越えられるのか考えが咄嗟に浮かびません。

 

「この長耳野郎! これでどうだ!」

 

ブタゴリラは居ても立ってもいられず、斧槍をビダーシャルに投げつけました。

しかし、投げ放たれた槍はビダーシャルに達する直前でピタリと止まって地面に落ちてしまいます。

それどころかビダーシャルはブタゴリラの攻撃を意に介してはいませんでした。

 

「んんっ……」

「サツキ! ……このっ!」

 

必死に押し返そうとする五月にルイズは如意光をかざしてスイッチを押しました。

赤い縮小光線によって押し潰そうとしていた巨岩は見る見るうちに小さくなっていき、握り拳大の大きさへと縮んでいきます。

 

「ありがとう、ルイズちゃん……」

 

小さくなった岩が足元に落ちると、五月は軽く息を切らしてルイズを見つめます。

 

「何と。ジョゼフの言っていた大きさを変えるという杖か……! ここまでとは……」

 

巨岩を小さくされた光景を目の当たりにしたビダーシャルは驚嘆としてしまいます。

しかし、攻撃の手を緩める訳にはいかずにさらに手を振り上げると新たに精霊の力を使うべく呪文を唱えようとしました。

 

「五月ちゃん!」

「サツキ!」

 

五月はチカチカと点滅をしているひび割れた電磁刀を横に構えたまま突然駆け出し、ビダーシャルへ一直線に突き進んでいきます。

相手の攻撃が止んだ今この瞬間がチャンスだと見て一かバチかの勝負に出たのです。

 

「タバサ!」

 

タバサも五月の後を追って駆け出していました。

 

(サツキ……イーヴァルディ……!)

 

タバサは幼い頃に母によく読んでもらっていた大好きな本があります。そのタイトルは『イーヴァルディの勇者』と言いました。

その物語は始祖ブリミルの加護を受けた勇者が剣と槍を手に様々な怪物や敵を倒していく平民向けの英雄譚です。

今のタバサにとってキテレツ達はその物語に登場する勇者のように感じるようになっていました。

イーヴァルディとは主人公の名ですが、勇者そのものではありません。主人公が心の内に秘めている様々な思いが勇者とされているのです。

その思いとは大切な人を救いたい、という衝動や決心、命を賭けてでも敵に挑もうとする勇気こそが主人公の心に住む勇者なのです。

 

キテレツ達の心にはかけがえのない友人達を助けるために危険を顧みず、どのような敵が待ち受けようと行動を起こす勇気……勇者が間違いなく住み着いているのは間違いありません。

その勇者の存在を、先ほどまで囚われの身だった中で救い出されたタバサは確信していたのです。

この小さなイーヴァルディの勇者達を、帰るべき場所がある孤独な子供達を何としてでも守りたいとタバサは強く決心していました。

 

「サツキ! ……ファイヤー・ボール!」

 

ルイズは自分の杖を取り出してビダーシャルに突きつけました。

手を振り上げるビダーシャルは今にも新たに先住魔法を使って五月達を攻撃しようとしています。

 

「ぬっ!?」

 

突然、ビダーシャルのすぐ目の前で閃光を放ったかと思われた途端に轟音と共に爆発が起きていました。

顔を腕で覆うビダーシャルは精霊の力によって守られているのにも関わらず爆風に煽られてしまったことに戸惑いが隠せません。

 

「はっ! ……やあああああっ!」

 

爆風の土煙を五月は高く跳躍して飛び越え、くるりと宙で華麗に一転すると高く振り上げた電磁刀をビダーシャルに叩きつけました。

咄嗟にビダーシャルが手を突き出すと振り下ろされた電磁刀を受け止めます。

 

「精霊の力が……!?」

 

点滅しながらも眩い光を放つ電磁刀はあらゆる攻撃を防ぎ跳ね返す精霊の守り――カウンターの障壁とぶつかり合っても跳ね返されることはありませんでした。

それどころか電磁刀が触れている部分から障壁が徐々に削り取られ、散っていくのです。

ビダーシャルは今度ははっきりと驚愕の表情を浮かべていました。

 

「きゅい! あいつを守ってる精霊の力がどんどん無くなっていくのね! サツキちゃんのあの剣、とってもすごいのね~!」

 

電磁刀が発する強力な磁場は精霊の力を歪めるだけでなく、その力を拡散させているのがシルフィードにも分かりました。

 

「いけっ! 五月! やっちまえ!」

「サツキ!」

「五月ちゃん! がんばって!」

 

ルイズ達が応援する中、五月の電磁刀は徐々にビダーシャルの防御を崩していきます。

見えないはずの障壁が電磁刀と干渉しているおかげで一行の目にもはっきりと崩れていくのが分かりました。

 

「く……!」

 

しかし、ビダーシャルの防御を切り開いていく度に電磁刀の刀身のヒビはますます大きくなっていきます。

最初は真ん中に少しヒビが入っていたのが上下に広がっていき、やがてそれが刀身の先端と根元にまで達すると……。

 

「きゃあっ!」

 

バリン、とガラスが破裂するような音と共に電磁刀の刀身は粉々に砕け散ってしまいました。

吹き飛ばされた五月は地面に投げ出されてしまいます。

 

「五月ちゃん!」

「サツキ!」

 

倒れこむ五月に一行が駆け寄りますが……。

 

「ウィンディ・アイシクル!」

 

タバサは呪文を一瞬で唱えると、間髪入れずに無数の氷の矢を放ちます。

今の電磁刀の攻撃によってビダーシャルの防御にはっきりと穴が開いたのが分かりました。

攻撃が通じるのは今しかないと見たタバサは確実にビダーシャルを戦闘不能にするべく大技を繰り出したのです。

 

「ぐっ……!」

 

新たな精霊の守りを作り直す暇さえも無く、ビダーシャルの両手、両腕、両肩、両足と鋭い氷の矢が突き刺さっていきました。

 

「エア・ハンマー!」

 

さらに追撃を仕掛けて一気に距離を詰めたタバサは腹に押し当てた杖から突風の槌を叩きつけます。

豪快に吹き飛ばされたビダーシャルは階段の残骸が転がる瓦礫へと叩きつけられました。被っていた帽子も脱げてしまいます。

 

「ぐ……」

 

倒れこむビダーシャルは激痛に堪えつつも何とか体を起こしました。

しかし、両足もやられているせいで立ち上がることができません。

 

「これが……キテレツのマジックアイテムの力……なるほど……」

 

ビダーシャルが感じていたのは自分を打ち破った者達への賞賛の思いです。

まさかエルフである自分が蛮人である人間に敗れるなどとは思っていなかっただけに初めての敗北に戸惑いつつも、自分を負かした者達の力を認めざるを得ませんでした。

 

「……大丈夫ですか? ビダーシャルさん」

 

キテレツ達が五月を介抱していた中でみよ子がビダーシャルに近づいてくるなり心配そうに声をかけてきます。

ビダーシャルは怪訝そうに顔を顰めてみよ子の顔を見上げました。

 

「ミヨコよ。何故、我を気にかける? 我はお前達の敵なのだぞ」

「そうだぜ? みよちゃん。どうしたんだよ」

「ビダーシャルさんは悪い人じゃないわ。この人はジョゼフに命令されていたから仕方なくやっていたのよ。そうなんでしょう?」

 

首を横に振るみよ子の言葉にビダーシャルもキテレツも呆気に取られます。

ビダーシャルが単なる悪人ではない、ということはみよ子も初対面の時に察してはいました。

みよ子達を閉じ込めていたとはいえ、決して乱暴には扱ったりせず、ジョゼフに対しても好き好んで従っている訳ではないことも態度で察することができたのです。

 

「ふ……お前のような無垢なる蛮人がいるとはな……」

 

微かに笑みを浮かべてビダーシャルは俯きます。その表情はいつになく穏やかなものでした。

 

「……行くがいい。この程度の傷は精霊の力で癒せる……我の負けだ」

 

心配そうに見つめてくるみよ子は困惑しつつもビダーシャルから離れようとします。

 

「待て、ミヨコよ。これを返そう……お前達の物だろう」

 

傷ついた手を震わせながらも何とか動かして懐の中を探るビダーシャルは赤い塊を取り出しました。

 

「それ、天狗の抜け穴……」

「我には必要のないものだ。本来持つべき者が手にする品だ……」

 

ビダーシャルが回収していた天狗の抜け穴のテープが纏められたものを差し出され、みよ子はそれを受け取ります。

 

「天狗の抜け穴! それ使って早く帰ろうよ! もう嫌だよ、ここにいるのは! 五月ちゃんだって休ませないといけないんだから!」

 

喜びながら叫ぶトンガリは手を取って起こしていた五月の手を握り締めます。

一行も賛成したように頷くと、みよ子は天狗の抜け穴を持ってキテレツ達の元へと戻ってきました。

 

「忠告する。キテレツ達よ。ガリア王ジョゼフは冷酷な男だ。決してこれでは終わらんだろう。心するがいい……」

 

天狗の抜け穴のテープを地面に貼る中、ビダーシャルが声をかけてきます。

 

「ビダーシャルさん……分かりました。さあみんな、帰ろう」

 

キテレツはビダーシャルからの言葉にはっきりと頷きました。

準備が完了すると一行は次々と天狗の抜け穴の中へと飛び込んでいきます。

 

「何してるの、タバサ?」

「痕跡は残さない」

 

気絶しているコロ助を抱きかかえていたシルフィードが飛び込んだ中、タバサとキュルケは最後に残っていました。

タバサは杖を使って天狗の抜け穴を包み込むようにして土をかけていきます。

錬金で土を油に変えると、さらに発火の呪文を唱えて解放するのを留めました。

二人が一緒に天狗の抜け穴に飛び込んだ瞬間、発火の魔法が解放されて油に引火します。

油に包まれていた天狗の抜け穴は見る見るうちに炎に包まれ、やがて跡形もなく燃え尽きていました。

これで誰もキテレツ達を直接追いかけてくることも、敵地に残した天狗の抜け穴を回収することもできなくなるのです。

 

「未知の異国の蛮人の子達か……。大いなる意思よ……無垢なる彼らと出会えたことを感謝する……」

 

一人残されたビダーシャルは静かに呟くと黙祷を捧げました。

 

 


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