キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「五月ちゃんを召喚した魔法使いの女の子がとても怒ってるナリよ」

キテレツ「一体、何をしたんだ?」

コロ助「ゼロのルイズって呼んであげたら、ものすごい怒り出したナリ」

キテレツ「それはあの子にとっては悪口みたいなものなんだから、怒って当たり前だよ」

コロ助「わわわーっ! 待つナリ! 爆発の魔法が怖いナリーっ!」

キテレツ「次回、帰還不能!? ゼロのルイズの大爆発」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



帰還不能!? ゼロのルイズの大爆発

キテレツ達がオスマン学院長達と話し合っている間、みよ子やコロ助達は学院の庭で待つことになりました。

 

「しかし呆気なかったなあ。丸一日はおろか半日も経たない内に五月が見つかるなんてな。野菜をたくさん持ってきた意味がないぜ」

 

キント雲に座るブタゴリラは横に降ろしたリュックを叩いて溜め息をつきました。

 

「まあでも良かったじゃない。何も危険が無くて家に帰れるんだからさ」

「あら、あたしとコロちゃんは危ない目に遭ったのよ。トンガリ君もブタゴリラ君もあんな目に遭わなかったからそんなことが言えるんだわ」

 

実際に危険な出来事に直面しなかったので呑気なトンガリ達にみよ子が食いつきました。

 

「ははは……でもさ、五月ちゃんも見つかったし、これで万事解決だよ」

 

後はキテレツの冥府刀を使って元の世界へ帰るだけなのです。

少々張り合いのない異世界での冒険劇でしたが、トンガリとしては早く家に帰って大好きなママにも会いたいのでした。

 

「ところでコロ助の奴はどうした?」

「コロちゃんならあそこよ」

 

みよ子が指差すと、庭の一角でシルフィードと戯れているコロ助の姿がありました。

 

「きゅいきゅい~♪」

「きゃははは♪」

 

コロ助はシルフィードの首に乗って楽しそうに遊んでいます。

 

「あいつはもっと呑気だよなあ。さっきまで人さらいにさらわれてたってのによ」

「本当だね……」

 

ブタゴリラとトンガリはコロ助を見て呆れています。

と、シルフィードと遊んでいるコロ助をよそにブタゴリラ達の元へ近づいていく三人の生徒がいました。

 

「あら、タバサちゃん」

 

みよ子が世話になったタバサは友人のキュルケと一緒に、三人の前に現れたのです。

その後ろではルイズが憮然とした顔をしていました。

 

「ふ~ん。あなた達の乗っているそれが、空を飛ぶマジックアイテムなのね」

 

キュルケはみよ子達が乗っているキント雲をまじまじと見つめ、興味深そうにしています。

 

「な、なんすか。お姉さん」

「すごい美人……」

 

ブタゴリラもトンガリも綺麗な年上のお姉さんであるキュルケを前にして顔を赤くしています。

 

「タバサ。あなたの使い魔とどっちが速かった?」

「同じくらい」

 

一緒にいたタバサは本を読みつつ短くそう答えます。

シルフィードは幼生の風竜ですので最高飛行速度は時速150kmといったところで、キント雲もそれと同じくらいの速さで飛べるのです。

 

「へぇ~、すごいものに乗ってるのね。あなた達、サツキの言っていた友達ね?」

「は、はい。自分は、熊田薫と言います。実家は、八百屋で……はははは」

「ブタゴリラ。顔が赤いよ」

「トンガリ君だってそうじゃないの……」

 

目を細くしてみよ子は照れて赤くなっている二人を呆れたように見つめました。

五月に一途に惚れているはずのくせにそんな顔をするなんて、男はみんな綺麗な女の人に弱いのです。

みよ子達からしてみればキュルケは外国人で、大学生くらいのお姉さんといったところなのですから。

 

「あの、お姉さんもタバサちゃんと同じ魔法使いなんですか」

「ええ、そうよ。私はキュルケ。キュルケ・フォン・ツェルプストー。二つ名は微熱のキュルケ……」

 

トンガリの問いにキュルケは優雅に自分の名を三人に名乗ります。しかし……。

 

「キュウリの本と、増えるストライキ?」

「あらら」

 

ブタゴリラの言い間違えで台無しになってしまいました。みよ子とトンガリはずっこけます。

長ったらしい外国の名前はブタゴリラが覚えるのは無理な話だったようです。

 

「キュルケよ。キュルケ」

「ぷぷぷ……くっくっくっ……」

 

しかし、キュルケは苦笑しつつも余裕たっぷりの態度で言います。

ルイズは腹と口を押さえて密かに爆笑していました。キュルケは当然、気づいていますが無視していました。

 

「フォンっていうのは貴族の子孫っていう意味がある名前なんだよ。確か、ドイツで使われたはずだけど……」

「あらボウヤ、平民なのにずいぶんと貴族の名前の意味に詳しいわね。その通りよ。私はゲルマニアのツェルプストー家の生まれ……炎と情熱に満ちた貴族の一員よ」

 

外国のことにはそれなりに詳しいトンガリの説明にキュルケは感嘆しつつ答えました。

 

「何が炎と情熱よ。ただの色ボケの色魔じゃない」

「あら、ルイズ。あなたいたのね」

 

と、そこへルイズが澄ました態度で前へ出てきてキュルケの悪口を言います。キュルケは悪口など気にせず余裕の態度を崩しません。

 

「あなたもタバサちゃんとキュルケさんのお友達?」

「冗談じゃないわ! 誰がこんな女と友達なもんですか!」

「あら、つれないわね。実家も部屋もお隣同士じゃない。私はあなたをお友達だと思っているわよ。嫌いだけど」

 

みよ子が話しかけるとルイズはキュルケを指差して癇癪を上げていました。

 

「あの二人、仲悪いのか?」

「そうじゃない?」

 

ブタゴリラがトンガリに耳打ちをします。傍から見ればそうにしか見えません。

 

「あたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールよ」

「ルイズ、フラダンスぅ? 変な名前だな」

 

やっぱりブタゴリラには貴族の名前は覚えることはできません。またもみよ子とトンガリはずっこけてしまいました。

しかし、今回はキュルケのように穏やかには終わりません。

 

「ルイズ・フランソワーズ! 貴族の名前を間違えるだなんて無礼じゃない!」

 

ルイズはブタゴリラに向かって烈火のごとく怒り出しました。

ブタゴリラもさすがに二度も間違えて悪いことをしたと感じたのか、困った顔をします。

 

「ご、ごめんな。でも、長ったらしくて覚え難くてよ……もうちっと金平糖な名前の方が覚えやすいぜ」

「それを言うならコンパクトでしょ」

 

こんな時でもブタゴリラの天然な言い間違いにトンガリのツッコミが入ります。

 

「ぷっ……あはははは! サツキの友達って本当に面白いわね! ねえ、タバサもそう思わない!?」

「滑稽」

 

キュルケからしてみれば何とも漫才じみたやり取りに腹を抱えて爆笑してしまいます。

 

「まったく……サツキの友達がどんな平民なのかと思ったら……こんな連中だなんて……」

 

ルイズは頭を押さえて溜め息をついていました。

 

「さっきから平坦だとか、規則だとか何のこと言ってるんだ?」

「貴族と平民。貴族っていうのは、要するに江戸時代で言えばお殿様みたいに偉い人ってことさ」

「平民っていうのは、あたし達みたいなのを言うのよ」

 

ブタゴリラが貴族や平民の概念を理解していないので、トンガリとみよ子は分かりやすく説明します。

 

「要するに、トンガリみたいなのを言うんだな。お金持ちのエリートって奴か」

「ちゃんと分かってるじゃない。そうよ。あたしはトリステインの由緒正しきラ・ヴァリエール家の三女よ」

 

ルイズは尊大な態度で腰に手を当てて胸を張っていました。

 

「何か感じ悪いな……」

「そりゃあ貴族のお嬢様みたいだし……子供なんだから仕方がないよ」

 

キュルケやタバサと異なってかなり偉ぶるルイズにブタゴリラはあまり良い印象がありません。

しかし、裕福な家庭育ちのトンガリは彼女がそういう人間なのだと割り切っていました。

ブタゴリラ達からしてみればルイズは自分達と同じ年頃の女の子に見えるのです。

 

「何コソコソ話してるのよ!」

「まあ良いじゃないの、ルイズ。相手は子供なんだから許してあげなさいな」

 

癇癪を上げるルイズをキュルケがなだめます。

しかし、ルイズの不機嫌さは一行に収まりません。

 

「きゅい~♪」

「タバサちゃんのドラゴン、とっても良い子ナリね」

 

そこへ、シルフィードと遊んでいたコロ助がその背に乗ったままやってきます。

コロ助はシルフィードの首を滑り台代わりにして降りてきました。

 

「な、何よこの丸っこいのは?」

「ワガハイ、コロ助と言うナリ。よろしくお願いするナリ」

 

ルイズがタバサの友達と思ったのかコロ助は気軽に話しかけて挨拶をしてきました。

コロ助がブタゴリラ達とは明らかに違う存在であることにルイズは驚いているようです。

 

「あら、可愛いわね。この子、もしかしてガーゴイルなのかしら?」

「たぶんそう」

「これがガーゴイル? 変な姿してるわね……。背中のそれは剣なのかしら?」

 

ルイズは不思議そうにコロ助の頭を指先でつつきます。ゴム鞠のような触感……というより、元々コロ助の頭の部品はゴム鞠なので柔らかいのです。

 

「なはは……そうナリ……ワガハイは武士ナリから……」

 

ルイズの顔を見てコロ助は照れたような顔をします。

コロ助からしてみれば、ルイズはキテレツ達と同じくらいの可愛い女の子として見ていました。

 

「ところで、平民がマジックアイテムを使って空を飛んできただなんて。もしかして、あなた達が作ったのかしら?」

 

キュルケはキント雲の三人を振り返って尋ねます。

 

「あ、いえいえ。これは俺の友達が作ったものでして……」

「そうそう。さっき、五月ちゃんと一緒に中に入っていった……」

「コロちゃんもこの雲も、キテレツ君の発明です!」

 

キュルケを前にして顔を赤くするブタゴリラとトンガリですが、みよ子が気丈な態度で代わりに答えました。

 

「キテレツって、あの眼鏡の子ね? へえ~……平民なのにガーゴイルやこんなすごいマジックアイテムを作れるなんて……」

「何よ。いくら平民が作ったからって、空を飛べるだけじゃない。そんなこと、あたし達メイジだってできるわ」

 

素直に感心するキュルケですが、ルイズはつんと澄まして面白くなさそうにします。

 

「あら、でもルイズよりはすごいと思うわ? マジックアイテムを使ってでも空を飛べるんだから。自分の二つ名、ご存知?」

「……う、うるさいわね!」

 

キュルケにそう言われてルイズはさらに憤慨します。自分の二つ名……それはルイズにとって屈辱そのものなのです。

 

「二つ名って何のことだ?」

「あだ名のことだよ。ブタゴリラみたいな」

 

ブタゴリラにトンガリが耳打ちをして教えます。

 

「ああ。じゃあ、さっきのゼロのルイズっていうのが、あだ名なんだな!」

 

先ほど、生徒の何人かが口にしていた言葉をブタゴリラはふと思い出しました。

ところが何気なくその二つ名を口にした途端、ルイズの目つきがますますつり上がり、怒りの色が濃くなります。

肩を震わせ、拳をぎゅっと握り締め、俯いたままです。

 

「な、何だよ? どうしたんだ?」

「あなた、逃げた方が良いんじゃない?」

「ええ?」

 

あっけらかんと促すキュルケにブタゴリラはさらに戸惑います。

そして、ついにルイズは乗馬の鞭を取り出し、きっとブタゴリラを睨みつけました。

 

「何よ! たかが平民のくせに! たかがマジックアイテムが使えるくらいで! ガーゴイルがいるくらいで!」

 

まるで今まで溜まっていた思いを全て吐き出すかのように、ルイズの怒りは爆発しました。

 

「ちょっと、待てよ! 俺は別に何も……痛てっ!」

「うるさい、うるさい! あんた達もサツキも! 平民のくせしてあたしを馬鹿にして!」

 

鞭を振り回しながらルイズは怒りのままにブタゴリラを叩き始めました。

その剣幕にはさすがのブタゴリラもたじたじです。

 

「待ちなさい、平民! ブタ!」

「冗談じゃねえ! 俺が何やったって言うんだ!」

 

庭を逃げ回るブタゴリラをルイズは物凄い剣幕のまま鞭を振り回して追いかけ回します。

 

「さっきのあだ名って、言っちゃいけないものだったんですか?」

「まあそうね。ルイズにとっては禁句みたいなものだけど」

 

トンガリがキュルケに尋ね、キュルケは肩を竦めながら答えます。

 

「ブタゴリラはどこへ行ってもトラブルを起こすナリね」

 

コロ助はルイズに追い回されるブタゴリラを眺めて溜め息をつきます。

 

「おいおいおい! やめろって!」

「何でこんなに早くサツキを迎えに来るのよ! おまけにあたしまで馬鹿にするなんて! 絶対に許さないわ!」

 

怒りに全てを任せるルイズは思わず口にします。それは五月の友人であるキテレツ達が現れてから抱いていた思いでした。

故郷から迎えが来るだなんてせいぜい、何ヶ月……ひょっとしたら何年もかかるものだと思っていたのに、現実はたったの丸一日というとんでもない早さだったのです。

自分が召喚した五月は使い魔の契約も結ばず故郷からの迎えにより、たったの一日で自分の前からいなくなってしまう……ルイズはその現実を受け入れることができませんでした。

たとえ使い魔の契約を結んでいないとしても、五月の存在はルイズにとっては必要なものだったのです。

それをこうもあっさりと失ってしまうなんてルイズは認められませんでした。

 

「何やってるんだよ、ブタゴリラ!」

「どうしたの、ルイズちゃん!」

 

そんな中、学院本塔の入り口から出てきたキテレツと五月が目の前で起きている騒動に驚きます。

止めに入ろうと駆け寄り、ブタゴリラもキテレツ達の方へ逃げてきました。

 

「へぇ……へぇ……痛てっ! 痛たたたっ!」

「この! このぉ!」

 

草地に倒れこみ疲労困憊のブタゴリラを追いついてきたルイズが力いっぱいに鞭で引っ叩きます。

 

「ど、どうしたのさ! 一体!」

「やめて、ルイズちゃん!」

「黙りなさい!」

 

キテレツと五月が止めに入りますが、ルイズは怒りの矛先を二人にも向け始めます。

 

「どうせあんただって……すぐに帰れるから……あたしのことを馬鹿にしてたんだわ!」

 

ルイズからしてみれば五月は自分に「誰がお前の使い魔になんてなるものか」と言っているように感じていたのです。

 

「あたしは……ゼロの……ゼロのルイズなんかじゃない!」

「うわっ!」

 

鞭をキテレツの顔に投げつけ、杖を手にしたルイズは怒りに我を忘れたまま三人を睨みつけました。

 

「平民のくせに! 馬鹿にするなぁーっ!!」

 

激怒のままに杖を振り上げた途端に杖が強い光を放ち、四人がいる場所に大きな爆発が巻き起こります。

 

「うわああああっ!」

 

爆発に巻き込まれた三人は爆風に吹き飛ばされてしまいます。

 

「キテレツ君!」

「キテレツーっ!」

「五月ちゃん!」

 

みよ子達は投げ出されてしまった三人の元へと慌てて駆け寄ります。

ブタゴリラだけは草地の上で仰向けになって目を回し、気絶していました。

 

「はぁ……はぁ……」

 

肩で大きく息をするルイズも爆発に巻き込まれて着ている服は黒焦げです。

 

「大丈夫!? キテレツ君」

「うん……何とかね……」

「五月ちゃん。怪我はない?」

「わたしは大丈夫……」

 

キテレツはみよ子に、五月はトンガリに介抱されて起こされます。

 

「あああああーっ!」

 

そんな中、コロ助の絶叫が響きました。

 

「キテレツ、キテレツぅーっ!」

「どうした? コロ助!」

「め、め、め、め、め、め、冥府刀が……」

 

コロ助の元へ急いで駆け寄ると、キテレツはそこで見てはいけないものを見てしまいます。

 

「あああっ……! 冥府刀がぁ……!」

 

二人の前には、キテレツが手にしたままだった冥府刀が草地の上に投げ出されていました。

ところが、今の爆発で刀身と柄が外れ、中の部品が散らばってしまっていました。完全に壊れてしまったのです。

 

「め、冥府刀が壊れたってことは……」

 

コロ助が恐る恐る問いかけると、唖然とするキテレツはがっくりと膝をつきます。

 

「僕達は、帰れなくなっちゃったんだよぉ……」

「えええっ!?」

「う、嘘でしょ!? キテレツぅ!」

「そんな……!」

 

沈み込むキテレツに駆け寄ってきた三人は、目の前の惨状とキテレツの絶望の言葉に愕然とします。

この異世界とキテレツ達の世界を繋ぐことができる唯一の手段である冥府刀。それが無残にも壊れてしまったことは、つまりそういうことなのです。

キテレツ達は、この異世界ハルケギニアに永久に足止めとなってしまったのでした。

 

 

 

 

コルベールが庭での騒ぎを聞きつけて駆けつけた時には全てが終わった後でした。

故郷へ帰る手段を失ったキテレツ達は泣き崩れていました。トンガリは「ママーッ!」とはっきり叫んでいたほどです。

一行はとりあえず再びオスマン学院長の部屋へと招かれることになりました。そこには騒ぎの原因であるルイズもいます。

 

「これは……ひどい有様だな……」

 

ソファーに座るコルベールは目の前のテーブルに置かれた冥府刀の残骸を目にして溜め息をつきます。

先ほど、異世界への扉を開く奇跡を見せてくれたマジックアイテムは見るも無残に壊れています。

 

「しかし……これで君達は帰れなくなってしまったというのだね?」

「それを言わないでよ! おじさん!」

 

向かいのソファーにはキテレツ達が座っており、その横に立っていたトンガリが泣きながら叫びます。

コルベールは申し訳なさそうな顔で一行を見つめます。みんな、沈んだ顔をしていました。

 

「僕達、五月ちゃんを助けに来たっていうのに、こんな世界で取り残されるなんて!」

「ニラ取りがニラになるって奴だぜ」

 

気絶から回復していたブタゴリラがソファーの後ろで呟きます。

 

「ミイラ取りがミイラでしょ!」

「うるせえ! 一々、言い直すな!」

 

こんな時でも天然ボケをかますブタゴリラに怒鳴るトンガリですが、当の本人も怒鳴り返しました。

 

「何とか直せないの? キテレツ君」

「うん……一応、工具箱は持ってきてるんだけど……肝心の部品がないんだよ。大百科も無いし……」

 

みよ子に尋ねられて奇天烈は弱々しくそう答えます。

冥府刀はかなり精密な部品を使って作られているので簡単には直せません。

おまけにキテレツの数々の発明品の設計が載っている奇天烈斎が遺した秘伝の書・奇天烈大百科は元の世界にあるのです。

これでは修理はもちろん、新しく作り直すことも不可能です。

 

「それじゃあ、ワガハイ達はずっとここで暮らすナリか?」

 

キテレツはその問いに何も答えずに俯きます。まるでそれが答えだと言わんばかりです。

 

「うわ~~ん! そんなの嫌ナリ~~! 家へ帰りたいナリ~!」

「ママ~!」

 

コロ助とトンガリが泣き出してしまいます。その姿を見て、コルベールもオスマンも困り果てた顔をします。

 

「みんな……ごめんね……わたしを助けに来たばっかりに、こんなことに……」

 

五月も沈みこんで拳を膝の上で握り締めます。

そもそも事の始まりは五月があの光の鏡に不用意に触れてしまったことなのです。五月は今回の騒動の原因となったことで責任を感じていました。

 

「……何よ。全部あたしが悪いって言ってるみたいじゃない!」

 

コルベールが座るソファーの後ろで立っていたルイズが、耐えられずに声を上げました。

 

「何だと! お前が五月を誘拐したのがそもそもの原因じゃねえか!」

「何ですって! 誰が誘拐よ!」

「魔法使いだって言うんなら、俺達を元の場所へ戻す魔法を使いやがれ!」

「無理よ! 召喚したものを送り返す魔法なんて無いわよ!」

 

ブタゴリラとルイズが睨み合って言い争いを始めます。それを止めたのは、コルベールの一喝でした。

 

「やめないか、二人とも! ミス・ヴァリエール。たとえどんな理由があろうと、君がこの子達が故郷へ帰る手段を奪ったことに変わりはない!」

 

コルベールの一喝に二人は黙り込みます。そして、ルイズはキテレツ達の顔を見回しました。

この平民達はただ友達を助けに来ただけです。ただそれだけなのに、トラブルによって故郷へ帰ることはできなくなってしまいました。

そのトラブルの原因が自分にある――冷静になって考えるとその事実はルイズの心に深い罪悪感を生み出します。

 

「ブタゴリラ、ルイズちゃんを責めちゃだめよ。ルイズちゃんだって、悪気があってやったわけじゃないんだから」

 

五月がそう言うと、ルイズは余計に罪悪感に苛まれます。

 

「これはもう……我々にも責任がありますな」

「うむ。生徒の責任は我ら教師の責任じゃ……そして、使い魔召喚の儀そのものにも問題があることがはっきりした」

 

コルベールとオスマンは顔を見合わせます。

 

「我らも出来る限り、君達を送り返す手段を探してみるとしよう。それまでは、君達がこの学院にいることを認めよう」

「でも……それが見つかるまでどれくらいかかるのさ?」

 

トンガリは恐る恐るそう尋ねます。

何ヶ月……いや、もしかしたら何年もかかるかもしれません。その間、元の世界ではどうなっているのか分からないのです。

ひょっとしたら永久に見つからない……そんな結末だってあり得るのです。

 

「それは……」

 

コルベールもオスマンも何も答えられませんでした。

一同は完全に沈黙し、悩み、絶望し、困惑していました。

非常に気まずい雰囲気の中、みよ子は決意したような顔となります。

 

「みんな! 元気を出して! あたし達はきっと帰れるわ!」

「みよちゃん……」

 

キテレツはもちろん、五月もコロ助もブタゴリラもトンガリも、呆然としました。

 

「冥府刀はこんなに壊れてしまったし、奇天烈斎様が助けてくれる訳じゃないのに……無理ナリよ……」

「何言ってるのよ、コロちゃん! あたし達、これまでだって色々冒険をしてきたじゃない。それまでで帰れなかったことがある?」

 

キテレツ達はこれまでの自分達の冒険を思い出します。

航時機で近い昭和の時代から江戸時代、戦国時代、室町時代、平安時代、弥生時代、旧石器時代へとタイムトラベルをしてきました。

さらに日本だけでなく、紀元前のエジプトやローマ、中世ヨーロッパ、アメリカの西部開拓時代と、世界中を旅してきました。

果てはあの世にまで行ったことさえあるのです。

そのいずれの冒険でも危険なことは必ず起こっていました。航時機が壊れて帰れなくなりかけたことさえあります。

しかし、最後には元の世界の表野町へと帰ることができたのです。

 

「キテレツ君もみんなも、最後まで諦めちゃ駄目よ! きっと帰る方法はあるわ! それまでがんばりましょうよ!」

 

みよ子がみんなを元気付けようと発破をかけると、それまで沈んでいたキテレツ達の顔に希望が宿っていきます。

 

「そうよ。みよちゃんの言う通りだわ。わたし達は帰れるよ。だから元気を出しましょう!」

 

五月もみよ子に賛同して元気な声を上げます。

 

「キテレツ君も、諦めないでがんばってみて。もしかしたらその冥府刀だって、直せるかもしれないわ」

「みよちゃん……うん! 僕も諦めないよ!」

「ワガハイもナリ! 帰ってママのコロッケを食べたいナリ!」

「俺だって八百八を継ぐって決めてるんだ! こんな所で野垂れ死にしてたまるか!」

「僕、ママの所へ帰りたいよ……」

 

トンガリだけはまだ元気がありませんでしたが、それでも家に帰りたいという思いは同じでした。

そのように元気を出した六人の子供達を目にしてルイズもコルベールもオスマンも、呆然とします。

 

「うむうむ。ここまで元気な子達を見るのは初めてじゃな」

「ミス・ヴァリエール。君が責任を持って彼らの面倒を見るのだよ。それが君が彼らにしてあげられる最低限の償いなんだ」

「はい……」

 

ルイズは元気を取り戻したキテレツ達を眺めて、不思議に感じました。

どうしてここまで絶望的な状況なのにここまで希望を抱いて前向きになれるのか。自分より年下の、しかも平民なのに。

しかもこの六人は強い絆で結ばれた親友同士です。その輝いた姿を目にして、胸の奥がモヤモヤとしていました。

 

 


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