キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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シエスタちゃん里帰り タルブの不思議な秘密・後編

タルブ村の共同墓地はゼロ戦が置かれている寺院とはちょうど反対側の村外れに位置し、キテレツ達はシエスタにそこへ案内されていました。

 

「サツキ。あのひこうき? あれがどうかしたっていうの?」

 

道中、ルイズは寺院に置かれていたゼロ戦について尋ねます。

 

「あのゼロ戦の持ち主はわたし達の世界と同じなの。空を飛ぶことができる乗り物なんだけど、シエスタさんの曾おじいさんはそれに乗ってここへやってきたんだわ」

「学院にあるあのバズーカを持っていた人も、同じ世界から来たものね。あたし達の故郷からやって来た人達のことがもっと分かれば、帰るための大きな手がかりになるのよ」

「バズーカ……ああ、破壊の杖のことね」

「キテレツ達の故郷で作られた代物っていうなら、あれが空を飛べてもおかしくないかもね」

 

五月とみよ子の話を聞いてルイズは頷きます。キュルケも納得したように唸りました。

 

「曾おじいちゃんの故郷がキテレツ君達と同じなの?」

「ねえシエスタさん。もしかして、シエスタさんってその髪の色とか珍しいって言われたりしません?」

「ええ、それはまあ……うちの家族はほとんどこの髪の色だけど、知らない人に珍しがられることはあるわ」

 

キテレツが問うと、シエスタは困惑したように答えます。

 

「黒髪の人って貴族でも滅多にいないわね」

 

キュルケはじっとシエスタの髪を見つめていました。

ハルケギニアで多い髪の色はギーシュのような金色ばかりです。シエスタのような真っ黒な髪の人間は極めて稀でした。

 

「シエスタちゃんの曾おじいさんは僕達と同じ日本人ってことなんだね」

「言われてみりゃあ、シエスタちゃんって何か俺達と似た感じがするんだよな」

「とっても親しみがあったナリよ」

 

トンガリ達の言葉にシエスタは戸惑ったような顔を浮かべていました。

 

「そうか……わたしもサツキちゃんと初めて会った時も何だか不思議な感じがしていたのは、こういうことだったのね」

「え?」

 

シエスタの言葉に五月は目を丸くします。

五月がルイズの召喚によってハルケギニアへ呼び出されたあの日、シエスタは自分と同じ髪の色をして雰囲気もどことなく似ていた五月のことがとても親しく感じられていたのでした。

キテレツ達が迎えに来るまでがんばろうとするサツキを見て、シエスタも積極的に力になってあげたいと思ったのもそれが理由だったのです。

 

「何だか運命的だわ。曾おじいちゃんと同じ国の子達と会えたなんて」

「僕もまさか、すぐ近くに日本人の血を引いた人がいただなんて思わなかったよ……」

 

キテレツの言葉に他の五人も頷きます。まさしく灯台下暗しと言えるかもしれません。

 

「ここが村の墓地よ。わたしは曾おじいちゃんの遺品を持ってくるから、みんなは先に曾おじいちゃんのお墓に行ってて」

「え? ちょっと待ってよ。どれがそのお墓なのかこっちは分からないのに行かれちゃ困るよ」

 

やがて墓地まで辿り着いた一行ですが、シエスタにそう言われてトンガリは声を上げます。

 

「曾おじいちゃんのお墓は一番大きい物で色が黒いものだから一目で分かるの。ほら、ここからでも見えるあれがそうよ。曾おじいちゃんが亡くなる前に自分で作ったんですって」

「んん?」

「あれナリか?」

 

シエスタが指差した先には確かに、一つだけ他の墓石とは全く形や色、大きさが異なるものがあるのが見えました。

 

「ええ。それじゃあすぐに戻るからちょっと待っててね」

 

頷くシエスタは墓地から走り去っていきます。キテレツ達はシエスタが指し示した墓石の元まで向かいました。

 

「ずいぶんと変わった形のお墓ね」

 

ルイズは他の墓石とは全く違うそれを眺めて唸ります。

 

「典型的な日本のお墓だわ」

「うん。シエスタさんの曾おじいさんもずいぶんこだわりがあったみたいだね」

 

みよ子とキテレツは墓石を間近にして嘆息しました。

共同墓地の墓石はどれも白い石で横幅の広く背の低いものですが、シエスタの曽祖父の墓石は黒い石で作られ、四角柱の石を一番上に、それを乗せる台座の石を下にしたデザインは紛れも無く日本の一般的な墓石でした。

 

「でも、ずいぶんと目立つねえ……」

「まあ、他の墓石と全然違うものねえ。目立つのも当然だわ」

 

トンガリとキュルケは周りの墓石と、目の前の墓石を見比べて苦笑します。

確かに他の墓石とデザインが全く異なる上、和風の墓石が洋風の墓石の中に混じっている光景はどこか違和感がありました。

 

「何か書いてあんな。えーと、何て読むんだ?」

「ワガハイ、漢字は読めないナリよ……」

「海軍少尉 佐々木武雄、異界に眠る。シエスタさんの曾おじいさんの名前ね」

 

彫ってある墓碑銘を読もうとしたブタゴリラですが、国語力が無いので読むことができませんし、コロ助は漢字自体が読めません。

代わりに国語が得意な五月がすんなりと読み上げていました。

 

「サツキちゃん達にはその文字が読めるのね。異国の文字だからわたし達じゃ何て書いてあるかが全然読めなかったのよ」

 

そこへシエスタが何かを手に抱えて戻ってきました。

 

「それは何ナリか?」

「曾おじいちゃんの遺品よ。タルブに来たばかりの時に着ていた服と剣と……」

「うわ! 日本刀だよ!」

「それ、本物か?」

 

シエスタが差し出してきた物を目にしてトンガリは驚きますが、ブタゴリラは怪訝そうにします。

古ぼけたパイロットの飛行服にゴーグル、そして一振りの脇差しがそこにはありました。

 

「シエスタちゃんの曾おじいさんは武士だったナリか」

「違うよ。これは昔の日本の兵隊が使っていた軍刀だよ。シエスタさんの曾おじいさんは、僕達の国の兵隊の一人であのゼロ戦のパイロットだったんだ。間違いないよ」

 

キテレツ達はシエスタの曽祖父、佐々木武雄の墓碑銘や遺品から全てを理解することができました。

バズーカ砲の持ち主と同様に、ゼロ戦のパイロットだったシエスタの曽祖父もまた、異世界に迷い込んでしまった一人だったのです。

 

「兵隊さんか……やっぱり、そんな感じはしてたわ」

「どういうこと?」

「実は、曾おじいちゃんの若い頃の顔だけならわたしも知っているの。遺品の一つに曾おじいちゃんが描かれた小さい絵が残っていたから」

 

みよ子の問いにシエスタは一枚の小さな古ぼけた紙を取り出しました。

キテレツ達はシエスタの元に集まり、それに注目します。

 

「これって、写真じゃないの?」

「シャシン?」

 

驚くトンガリにシエスタは首を傾げます。

シエスタが手にしているその絵が写っている紙、というのは間違いなくキテレツ達の世界の写真だったのです。

 

「キテレツのマジックアイテムのカメラだっけ? あれで写したやつのことでしょ?」

「うん。でも、これはずいぶん古いカメラで写したみたいだね」

「戦争中だったんだから古くて当たり前だよ」

 

ルイズの言葉にキテレツとトンガリは頷きました。

シエスタが手にしている写真には飛行服を身につけた二人の男性がゼロ戦をバックに、仲が良さそうに肩を抱き合ってこちらを向いている場面が写っています。

しかし、キテレツの時代よりも何十年も古い昭和の年代に写されたその写真はカラーではなく、白黒でした。

 

「この右にいる人が曾おじいちゃんだったんですって。普通の平民じゃないってことは雰囲気で感じられてたわ」

「あら、割と良い男じゃない?」

「あんたねえ……性懲りもなく……」

 

シエスタは写真の人物を指差すと、キュルケが反応していました。ルイズは横目で見てため息をつきます。

その人物は片手に小さな瓶を手にしているのが分かりました。

 

「この隣にいる人って、ブタゴリラ君のおじさんに似てない?」

 

写真を眺めていたみよ子は何かに気付いて声を上げました。

 

「言われてみれば確かに似てるね」

「熊田君のおじさんって、ゼロ戦のパイロットだったの?」

 

頷くトンガリに対して五月は驚いたようにブタゴリラを見つめます。

 

「へへへっ、まあな。五月は会ったことなかったよな」

「うん。蜂飼いの話だって初めて聞いたもの」

「まあ。この人、カオル君の親戚の人なの?」

「いやあ、おじさん本人かは……」

「……ちょっと待って。名札をよく見てよ。ほら、熊田って書いてある!」

 

写真を観察していたキテレツがもう一人の人物を指差し、叫びました。

古ぼけて少しすすけてはいますが、佐々木武雄の隣にいる男性の飛行服の名札にははっきりと『熊田』という名前が書かれていたのです。

 

「本当だ。じゃあ、この人は本当に俺の伯父さんか!?」

「ワガハイにも見せて……おや? キテレツ、写真の裏に何か書いてあるナリ」

 

コロ助は下から見上げていたため、写真の裏側に小さな文字があることに気が付きました。

シエスタは写真を裏返し、キテレツ達もそこに書き記された短い文字に注目します。

 

「何て書いてあるの?」

「昭和十九年二月、熊一郎君と出撃前に……ですって」

 

ルイズ達では日本語は読めませんが、五月が読み上げるとキテレツ達は目を丸くしていました。

 

「熊一郎さんって、やっぱりこの人ブタゴリラ君のおじさんだわ!」

「間違いないよ! ブタゴリラ!」

「そういやあ……伯父さんから聞いたことがあるぜ。同じゼロ戦のパイロットで一番仲が良かった友達がいたって」

 

唖然としていたブタゴリラは思い出したように語りだしました。キテレツ達はブタゴリラに注目します。

 

「何でもさ、伯父さんと同じ農学校で勉強をしてたんだってよ。でも、戦争中にゼロ戦に乗って戦っている最中に行方が分からなくなって、戦争が終わった後も結局、見つからなかったみたいだぜ」

「それがシエスタさんの曾おじいさんなの?」

「そうみたいだね……」

 

ブタゴリラの話を聞いていて五月とトンガリは呆気にとられました。

 

「そうか……きっとその時にゼロ戦と一緒に、何かが原因でこの世界に迷い込んでしまったんだね。それで帰る方法も見つからなくて、ここで一生を過ごしていくことを選んだんだ」

 

キテレツは佐々木武雄の送ってきたであろう生涯について納得します。

戦争が終結した後も見つからなかったのは、異世界に迷い込んでしまったからです。それではいくら探しても見つけられるはずがありません。

そして、佐々木武雄も元の世界へ帰れずにこのタルブに骨を埋める結果になったのでした。

 

「そういえばあれってどうして飛べないのよ?」

「たぶん、故障したか燃料が切れたからじゃないかな? 調べてみないと分からないけど……」

 

ルイズの問いにキテレツは答えます。ゼロ戦は外装はしっかりしていましたが、内装はどうなっているか分かりません。

 

「それじゃあ本当に、曾おじいちゃんのあの竜の羽衣は空を飛べるのね?」

「うん。壊れていなければね」

「ここで作っているあのハチミツがブタゴリラ君のおじさんのハチミツと同じ味なのも納得できるわね」

 

佐々木武雄はブタゴリラの伯父と一緒に同じノウハウを学び、その知識を活かすことでこの世界で養蜂家として大成したのでしょう。

そして、それが村の名物になるほどになったのでした。

 

 

 

 

一行はその後、シエスタの実家へと招かれます。シエスタは家族に一行のことを紹介すると、両親は快く迎え入れてくれました。

八人兄弟の長女であるシエスタは帰郷に喜ぶ弟妹達に囲まれて楽しそうに笑顔を浮かべます。

シエスタの両親はおもてなしを兼ねて昼食を一緒に食べようと持ちかけ、ルイズ達はそれを了承しました。準備の間、シエスタの家の庭で待つことになります。

ところが、そこにはキテレツの姿だけはどこにもありません。

 

「これでよし、と……」

 

みよ子は家のすぐ近くに立っている小さな木の枝に天狗の抜け穴のテープを大きな輪にし、引っ掛けて吊るしていました。

キテレツは魔法学院へコルベールを呼びに、先ほどキント雲に乗って飛んでいったのです。

今は飛べないゼロ戦を調べ、整備してまた飛ばすことができるかもしれないためにコルベールの協力を仰ぐことにしたのです。

往復の手間を省くために、天狗の抜け穴を使ってすぐに戻って来れるようにしたのでした。

 

「これってガーゴイルなの?」

「ガーゴイル見るなんて初めて!」

「この頭のこれはな~に?」

「いたたた! やめるナリ~!」

 

シエスタの家の庭でコロ助は数人の幼い弟妹達にじゃれつかれていました。一人が珍しそうにコロ助のチョンマゲを引っ張っています。

幼い子供達にとって初めて目にするからくりロボットはかなり好奇心を刺激されるようでした。

 

「こらこらダメよ。コロちゃんをいじめたりしちゃ」

「はーいっ」

 

その様子を見かねたシエスタが弟妹達をたしなめていました。

 

「準備オーケーよ。あとはキテレツ君達が来るのを待つだけだわ」

 

藁束が積まれた荷台に腰掛けて寛いでいるルイズ達の元にみよ子はやってきます。

 

「コルベール先生があれを見たら、きっと興奮しちゃうでしょうね」

「まあ、言えてるわ。あんなに珍しい物を見たら居ても立ってもいられないかもね」

 

苦笑するルイズにキュルケは爪を磨きながら言いました。

 

「ドラゴンさんだ! すごーい!」

「きゅい、きゅい~♪」

 

タバサはいつものように持参した本を読んでいますが、ついてきていたシルフィードは中庭に座り込んで子供達と遊んでいます。

 

「あら? ブタゴリラ君とトンガリ君は?」

 

みよ子は庭に二人の姿がないことに気が付き、五月に尋ねます。

 

「熊田君と一緒にシエスタさんのお母さんの所。手伝いをしに行ったみたい」

 

みよ子が天狗の抜け穴を用意している間に、ブタゴリラはトンガリを無理矢理引っ張ってシエスタの家の中へと上がっていったのです。

 

「ミズ・ヴァリエールの皆様方にはお待たせして申し訳ないんですけど、まだしばらくかかりそうで……」

「良いわよ、お構いなく。あたしらはのんびり待たせてもらうから」

 

ルイズ達に断りを入れにやってきたシエスタですが、キュルケは気さくに答えていました。

 

「シエスタさん。わたしにも何か手伝えることはあるかしら?」

「う~ん。それじゃあ、これから倉庫に取りに行くものがあるんだけど、それを運ぶのを手伝ってくれるかしら?」

「うん!」

「あ、あたしも手伝うわ!」

「ワガハイも行くナリ~……」

 

五月達は積極的に仕事の手伝いをすることを決め、シエスタの後をついていきます。コロ助はじゃれつかれていた子供達から逃げるようにして後を追いかけました。

ルイズ達三人の生徒達は何もやることがなく、庭に残されていました。庭からも眺められる広大なタルブの草原の景色を眺め、風に吹かれます。

 

「やっぱりサツキ達も、自分達の故郷と縁がある彼女と一緒にいるのが嬉しいのかしらね」

「そう、かしら……」

 

一行を見送るキュルケの言葉にルイズは五月の後姿を切なげに見つめます。

シエスタと話をしている時の五月達がいつもよりとても楽しそうなのは、はっきりと分かりました。

まさかシエスタがキテレツ達の故郷である異世界と関わりがあったなど想像もできませんでしたが、その事実を知る前でも一行は彼女とはとても親しそうにしていたのです。

平民同士だから、というわけではなく故郷と深い縁があるために、キテレツ達はとても親近感を湧かせて安心できているのでしょう。

見ず知らずの異世界に取り残されてしまったキテレツ達は本来ならば不安で仕方が無かったはずです。そんな時にシエスタという故郷と深い縁のある人間がいてくれたおかげで、ああも元気でいられるのです。

 

 

 

 

シエスタと一緒に村の共同倉庫までやってきた五月達は大鍋や揚げ物用の油といった必要な物を集めていきます。

今作っているのはヨシェナヴェという郷土料理とコロッケで、その後にはマンジュことまんじゅうも作るつもりでいました。

 

「よいしょっと……」

 

シエスタは床に設けられた扉を開けると、階段を降りていきます。

床下の地下室に入ってくると、シエスタは壁にかけられたランプに火を点けます。

 

「ここは何ナリか?」

「樽がいっぱいだわ……」

 

薄っすらと明かりが灯った地下室の壁にはいくつもの樽が並べられていました。

 

「村で大事な物をしまっている場所なの。村で作っているワインなんかもしまってあるのよ」

「へえ。それじゃあこの樽の中にワインがあるの?」

「ワインって、お酒のことナリか?」

 

五月達はワイン樽を眺めて呆気に取られます。確かにこの地下室なら保存には最適と言えるかもしれません。

 

「マンジュを作るから、ワインを一本持っていくわ。それから……その棚の上にある箱を取ってもらえるかしら?」

「ええ。これね?」

「ワガハイが取るナリよ」

 

シエスタが指差した先の棚に向かおうとした五月ですが、コロ助が隣にある梯子を駆け登っていきました。

 

「えーと、どれナリか?」

「右側にある箱よ。ワインを冷やさないといけないから、氷を作るの。そのためのマジックアイテムが入ってるのよ」

「氷を作るマジックアイテム?」

「ええ。水をすぐに凍らせることができる薬なの」

 

首を傾げる五月にシエスタが説明しました。

 

「キテレツの瞬間氷結剤みたいナリね。……うわっ、わわわっ!」

「あっ、コロちゃん!?」

 

箱を取って降りようとしたコロ助ですが、余所見をしていたせいでバランスを崩して落ちそうになってしまいます。

 

「わあーっ!」

 

五月とみよ子が駆け寄ろうとした時にはコロ助は梯子から転げ落ちてしまいました。

一緒に落ちた箱からは丸い白い玉がは詰まった瓶が飛び出て床を転がります。

 

「痛たたた……あいたっ!」

 

さらに棚の上から落ちてきた別の小さな箱の一つがコロ助の頭を直撃してしまいました。

 

「大丈夫、コロちゃん?」

「ケガはない?」

「面目ないナリ……」

 

傍に寄ってきた五月とみよ子がコロ助の身を案じます。箱が落ちてきたせいで小さなコブができていました。

 

「大変! ちょっと待ってて。上に薬があるから」

「大丈夫ナリ。ワガハイの頭は頑丈ナリから……」

 

コロ助は地下室から上がろうとするシエスタを呼び止め気丈にも立ち上がり、片づけまでしようとします。

 

「この本は何ナリか? 何にも書いてないナリ」

 

落ちてきた箱から飛び出てきたのは一冊の本でした。コロ助はページが開いている中身を目にして不思議そうにします。

 

「まだ使ってない日記かしら?」

 

五月は本を拾い、みよ子と一緒に目を丸くして本を覗き込みました。その本はどのページも白紙であり、文字一つ書き記されてはいないのです。

 

「それはこのタルブに百年以上も前から伝わっている秘伝の書なんですって。村長さんの家が代々管理をしているとても大切な物らしいわ」

「何にも書いてないのに?」

「どうしてそんな物を大事にしまってあるのかしら……」

「う~ん……わたしもよく知らないの。でも、とても大事な物だからちゃんとしまっておいてね」

 

そう述べたシエスタはワインの瓶と桶を持って地下室から上がっていきます。

 

「そっちのはメガネみたい」

「良かった……割れてないみたいだわ」

 

もう一つの箱から出てきたのは眼鏡でしたが、高い所から落ちたのにも関わらず壊れている様子はありません。

それどころかヒビ一つ入っていませんでした。

 

「頑丈なメガネで良かったナリ」

「本当に割れてないのかしら……」

 

五月は念のためにしっかり調べることにして、自らメガネをつけてみました。

 

「うん……大丈夫。壊れてないみたいだわ」

「良かった。さ、早く片付けて行きましょう」

「ええ。……あら?」

 

みよ子に促されて五月はメガネを外そうとしましたが、手を止めていました。

 

「どうしたナリか?」

「五月ちゃん?」

 

本に視線を落とした五月は開いているページをじっと見つめたまま呆然と固まっていました。

一度、メガネを外して本を凝視しますが、またメガネをつけなおします。

 

「みよちゃん。この本、普通の本じゃないわ」

「え? どういうこと? 五月ちゃん」

「これをかけて読んで見て」

 

五月は外したメガネをみよ子に手渡します。みよ子は言われた通りにメガネをかけ、本のページを覗いてみました。

 

「みよちゃん、一体何が見えるナリ?」

「……嘘。これって……」

「そのメガネをつけないと読めないみたいなの。それって、キテレツ君の持っているカラクリ武者じゃないかしら?」

 

驚く五月に、みよ子は呆然としたままページを見つめていました。

先ほどまでこのページは何も書かれていないただの白紙でしかありませんでした。しかし、今このメガネをかけてから見ることによって、そこには明らかに文字や絵がはっきりと書き記されていたのです。

今、開いているページにはキテレツのカラクリ武者と全く同じ姿をしたカラクリ人形の絵がありました。

そして、そのページのタイトルにもこう記されていたのです。『唐倶利武者』と。

 

「これって、もしかして……!」

「みよちゃん!?」

 

ページの内容を読んでいたみよ子は何かを確信し、次々と前のページを捲っていきます。

様々なページの中は白紙ではなく、同様に文字と絵が描かれていました。しかし、みよ子はそれらには目も暮れず、どんどん最初のページに向かっていきました。

 

(奇天烈斎様は、やっぱりここに来ていたんだわ……!)

 

 

 

 

数時間後、シエスタの家の木に吊るされた天狗の抜け穴から二人の人影が飛び出てきていました。

 

「あ! キテレツナリー!」

「コルベール先生も!」

「キテレツ君! こっちよー!」

 

庭で一行はシエスタの家族達と一緒に鍋を囲んでおり、五月達は現れたキテレツとコルベールの二人を見かけると大声で呼びます。

 

「ほう……間違いなく、ここはタルブのようだね……本当に一瞬で移動できるとは……すごいものだな! キテレツ君!」

 

コルベールは周りを不思議そうに見回して呆然とします。

魔法学院から馬で三日の距離のタルブまで、一秒で瞬間移動ができた天狗の抜け穴の効果に驚いていました。

 

「で、それで、竜の羽衣? いや、ゼロ戦だったかな? それはどこにあるのかね?」

「まあ、それは後にして、まずはみんなの所に行きましょう」

 

興奮するコルベールを促し、キテレツは一行の元へと歩いていきました。

魔法学院でゼロ戦の話をしたら、知的好奇心旺盛なコルベールは居ても立ってもいられず、早く見て触りたいと叫んだりしていたのです。

しかもキテレツ達の世界の代物だと聞いたら、余計に目を輝かせていました。

 

「遅せえぞ、キテレツ! これからもう鍋パーティを始めようって言うんだからな!」

「こっちはしんどかったんだからね……」

 

トンガリはブタゴリラと一緒にシエスタの母の料理の手伝いを強制されて、疲れていました。

 

「鍋だって?」

「そうナリよ。コロッケも美味しそうナリ」

 

箱の上には鍋の他に大きな皿があり、そこには大量のコロッケが盛られていました。

 

「コルベール先生もご一緒にどうです?」

「いやあ、悪いねえ。う~ん、本当に良い匂いがするな。では、お言葉に甘えて……」

 

キュルケに招かれてコルベール達も食事の会に参加します。

 

「おじさん、すご~い! お兄ちゃんと一緒にどこから出てきたの?」

「あの輪っかは何なの? お姉ちゃん」

「そのキテレツ君が作ったマジックアイテムよ。あの人はこちらのミス・ヴァリエール達がご在学をしている魔法学院の先生のミスタ・コルベール」

 

いきなり現れた二人にシエスタの弟妹達は不思議そうに見つめていました。シエスタの家族たちも同様のようでした。

 

「やや、君はシエスタ君じゃないか。そうか、ここは君の実家だったのかね」

 

シエスタの顔と名前を覚えていたコルベールは目を丸くします。

 

「はい。ミスタ・コルベールもどうぞ、タルブの郷土料理のヨシェナヴェとコロッケをお召し上がりください。お口に合うと良いんですが……」

「すみませんなあ。いきなりお邪魔してご馳走まで頂いてしまうとは」

「いえいえ、滅相もございません」

 

相手が平民であるにも関わらず、コルベールは屈託の無い態度でシエスタの家族と接します。

 

「キテレツ君。これを見て」

「どうしたのみよちゃん」

 

一行が椅子代わりにしている箱に腰を下ろしたキテレツは、隣のみよ子から本を手渡されました。

表紙には何のタイトルも無い本にキテレツは呆気に取られます。

 

「その本の中をしっかりと読んでみて欲しいの」

「大発見ナリよ! キテレツだったらその本を読めるナリ!」

 

みよ子やコロ助だけでなく、五月も何故か嬉しそうな笑顔を浮かべていました。

 

「うん。分かったよ?」

 

いきなりのことに首を傾げつつ、キテレツは本を読むことにします。

 

「その本は一体何なのかね?」

「サツキ達がこの村の倉庫で見つけた秘伝書だそうですわ」

「ねえ、一体何が書いてあるの? いい加減教えなさいよ」

「そうだぜ、みよちゃん。あれがどうしたって言うんだよ?」

「ずるいよ、僕らには秘密にしたままにするなんて」

 

ルイズに便乗してブタゴリラとトンガリも文句を言います。

倉庫から本を持ち出してきたみよ子達はぜひ、キテレツに見せたいとシエスタに頼み込んでいましたが、その内容はまだ誰にも話していないのでした。

 

「まあ待って。キテレツ君が一番読む資格があるんだから」

 

みよ子はぐずる三人を抑えます。

最初のページに書かれている内容をキテレツはじっと黙って読んでいました。

始めの文にはこう記されています。

 

『我、奇天烈斎 異界の地にてこの書を書き残したものなり』

 

この異世界のものではない、日本語の文字を目にした途端にキテレツは心臓が一気に激しく高鳴り、驚愕してしまいました。

 


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