コロ助「ウェールズさんはアンリエッタお姫様の恋人って本当ナリか?」
キテレツ「そうだよ。ルイズちゃんは王子様を連れて帰るためにずっとがんばっていたんだ」
コロ助「精霊さんの宝物も取り返したし、後は帰るだけナリ!」
キテレツ「でもシェフィールドは僕達を捕まえようとすごい必死なんだ。この空の国からは間単には逃げられないよ」
コロ助「おや? あのお姉さんはこの間捕まえた泥棒さんナリね」
キテレツ「次回、プリンセスのラブレター? 王子ウェールズの決意」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
キテレツ達がハヴィランド宮殿でトラブルに巻き込まれている間、廃墟ではルイズとみよ子達が寝そべっているシルフィードの側で腰を下ろして話を続けています。
「そう。それであんたのフィアンセが……」
「ワルドさんがスパイだったなんて……」
「それってさすがにあんまりだね……」
ルイズはワルドがレコン・キスタのスパイであったことをキュルケ達に話すと三人は気の毒そうな顔をします。
「良いのよ。もう済んだことだから」
ため息をつきながらそうは言うものの、ルイズはショックを隠せません。
まさか自分の婚約者が裏切り者であったなんて、信じたくはありませんでした。
幼い頃、魔法の不出来で両親に叱られて実家の中庭でいじけていた時には慰めてくれたり、励ましてくれたワルドはルイズには心の支えの一つだったのです。
今回の任務で再会してからあんなに熱心にアプローチをしていたのもルイズをレコン・キスタの一員として加えようとしていたからなのでしょう。
そして、ありもしないはずのルイズの魔法の才能をワルドは欲していました。憧れの人は自分のことなどこれっぽちも愛してなどいなかったのです。
「でも、あんた達がこんな所でこれを使っていたなんて思わなかったわよ。……おかげで助かったけど」
ルイズは壁に貼られた千切れたままの天狗の抜け穴を見ます。
「アンドバリの指輪を盗んだのが、まさかレコン・キスタのリーダーだったなんて……」
「あんなひょろそうな司教さんが盗むなんて普通考えないわよねぇ。あたしも拍子抜けしちゃったわ」
キュルケ達とルイズ達はお互いのことを話し合って、どういった状況なのかをある程度理解することができました。
ルイズがウェールズのことを軽く紹介すると、三人はアルビオンの皇太子である彼に驚いたほどです。
謙虚な性格であるウェールズは平民であるみよ子とトンガリにも屈託なく接してくれました。
ちなみに彼は今、ここに置かれている潜地球に近づいて見入っており、話の輪には入っていません。
潜地球が異国のマジックアイテムの一種であるとルイズに説明されると不思議そうに眺めています。
「けど、あんた達もよくレコン・キスタの本拠地までやってこれたわね」
「キテレツ君の発明やキュルケさん達のおかげよ」
「ま、そういうこと」
ルイズはキュルケ達がキテレツの発明によってアンドバリの指輪の在り処を突き止めたことから、このロンディニウムまでやってくる間に何があったのかをある程度聞かされました。
港町でスパイ扱いされて兵隊に追い回され、森ではオーク鬼に、山ではワイバーンに襲われたことも聞いたルイズは一行がこのアルビオンで過酷な旅と冒険を繰り広げていたことを知って息を呑んだほどです。
「でも、これで納得がいったわ。あたし達がアルビオンで指名手配にされていたのは、あのワルドのおかげだったわけね」
「まさかこんなことであんた達を危険な目に遭わせちゃうなんて……」
「ルイズちゃんは悪くないわよ。誰もその人がスパイだなんて分からなかったじゃない」
「良いお兄さんに見えたんだけどね……」
キテレツ達を故郷へ返すという責任を背負っているルイズとしては、今ここに一行がいることさえ本当は気が気ではありません。
まさかアンドバリの指輪を盗んだ人間がこんな空の上にいるだなんて思いもしなかったのです。
「そういえばルイズちゃんがお姫様から受けた仕事って、やっぱりあの王子様と何か関係があるの?」
トンガリがルイズにそう尋ねますが、そこへウェールズが歩み寄ってきて四人の近くに座り込んできました。
「トンガリ君。ミス・ヴァリエールはトリステイン王女アンリエッタの大使として密命を託されたんだ。興味本位で内容を知ろうとするのは良くないことだよ」
「あ……ごめんなさい」
ウェールズに注意をされてしまったトンガリは思わず謝ります。
しかし、それでもみよ子とキュルケは興味深そうにルイズを見つめていました。
ルイズは何とか話を逸らして別の話題に切り替えるために頭を巡らせ、あることがふと思い浮かびました。
「そ、それよりサツキ達はどうなっているの。キテレツ達は城に忍び込んでるんでしょう?」
今、ルイズが気がかりなのは、城に忍び込んでアンドバリの指輪を探しているキテレツや五月達の安否でした。
「あっ、そうだわ。一体、向こうはどうなってるのかしら……」
みよ子もはっと思い出してトランシーバーを手に取ります。
先ほど連絡をした時、キテレツはクロムウェルを見つけたと言っていました。
もうすぐ取り戻して脱出をしようとしているのは間違いないでしょう。
「天狗の抜け穴を早く元に戻してよ。これじゃあ五月ちゃん達がこっちに戻ってこれないんだよ」
「ちょっと待って。向こうからワルドが来るかもしれないんだから」
トンガリが文句を言いますが、それをルイズが抑えました。
ニューカッスルではワルドが今、どうなっているのか分からないので迂闊には戻せません。
元に戻した瞬間、こちらに現れる可能性もあるのです。
「とりあえず、ミヨコのそれで向こうの様子をちゃんと確かめてからね。もしもの時はあの潜地球で迎えに行きましょう」
「分かったよ……」
キュルケにまで諭されたトンガリですが、納得ができないといった顔で口を尖らせていました。
◆
キテレツ達を捜してハヴィランド宮殿二階の廊下を駆ける五月とタバサですが、二人の前に次々と衛兵達が現れます。
タバサは先ほどのホールでの戦いですっかり精神力を消耗してしまい、もう魔法を使うほどの余裕がありません。
「このっ……! うぐっ!」
とはいえ、それでもタバサは杖による打撃で衛兵達を倒していきます。
小さい体を活かした素早い動きで攻撃をかわして懐に入り込み、死角に回り込んでは急所に一撃を与えていきました。
「何っ!」
「はああっ!」
五月も衛兵の突き出してきた槍を跳躍して避け、振りかぶった電磁刀を顔面に叩き込みます。
炸裂した電気ショックによって衛兵は一発で昏倒してしまいました。
「はっ!」
「うおおっ……!?」
「ぐふっ……!」
それからも現れる衛兵達を二人は次々に倒していきました。
五月は持ち前の運動能力で飛び跳ね、身を翻し、それと思わせてスライディングで懐に入り込んだりと兵達を翻弄しては電磁刀の電気ショックで気絶させていきます。
もちろん、タバサも負けずに確実に敵を倒していきます。その動きはまるで暗殺者のように冷徹かつ迅速でした。
「てええいっ!」
「うわああああっ!?」
時には衛兵の腕を取り、見事な一本背負いを決めて投げ飛ばしたりもします。
「なっ……うおわあっ!?」
タバサも杖の先端の湾曲した部位で衛兵の服を器用に絡め取って投げ飛ばしていました。
二人に投げ飛ばされた兵達は床や壁に全身や頭を強烈に叩きつけられて動けなくなってしまいます。
「タバサちゃんもやるのね」
「サツキの真似」
床に転がる白い包みを五月は拾い上げると、タバサと一緒にまた走り出しました。
その包みは隠れマントで、中には真っ黒衣が入っています。衛兵達を相手にする時は邪魔になるので一つに纏めていたのでした。
今すぐにこれを着て姿を隠すこともできるのですが、それではキテレツ達が五月達を見つけることができないのでこうして持っているしかありません。
「キテレツ君達はどこにいるのかしら……」
五月は焦った様子でキテレツ達を捜します。
電磁刀は使いすぎたせいかバッテリーが切れかかっているようで、光も弱くなってチカチカと点滅し始めていました。
大量の衛兵が現れても天狗の羽うちわで吹き飛ばせますが、タバサも魔法が使えない以上、早く脱出をしないと本当に捕まってしまいます。
「うわああああっ! こっち来るなよ!」
「助けてナリー!」
ちょうど十字路となる廊下までやってくると、聞き覚えのある悲鳴が響き渡ります。
立ち止まった二人は声が聞こえてくる右側の廊下の方を振り向きました。
「何あれ!?」
見れば廊下の先から数体の獰猛な狼達が駆けてくるではありませんか。凶暴な唸りを上げて真っ直ぐこちらに向かってきます。
「フェンリル。ガーゴイルの一種」
「あ! 五月ちゃんとタバサちゃんナリ~!」
「五月ちゃん! タバサちゃんも無事だったんだね!」
杖を構えるタバサですが、キテレツとコロ助の喜ぶ声が聞こえてきます。
真っ黒衣で姿は見えないキテレツ達ですが、その声から存在がはっきりと分かりました。今、三人はあのフェンリルに追われているということも察します。
「のわあっ!」
「コロ助!」
「コロちゃん!」
勢いあまって転んでしまったコロ助の頭巾が外れ、その姿が露になります。
五月とタバサは急いで駆け寄っていきますが、フェンリル達ももう間近に迫ってきていました。
「えいっ!」
コロ助に飛び掛って襲おうとしたフェンリルを五月は電磁刀で弾き飛ばします。
炸裂した電気ショックが効いて壁に叩きつけられたフェンリルは動かなくなります。
「五月ちゃん、キテレツ~……」
タバサも五月と一緒に自分の杖でフェンリル達を退け、その隙にコロ助は起き上がっていました。
「いたぞ! あそこだ!」
しかし、フェンリル達の数は多い上に追っ手の衛兵達まで現れました。
電磁刀を手に身構える五月にフェンリル達も鋭く唸っています。
「五月! そのうちわを貸せ!」
「はい、これっ!」
透明のままのブタゴリラが声を上げると、五月はズボンに挟んでいる天狗の羽うちわを差し出しました。
姿が見えないのでブタゴリラが受け取ったうちわは宙を浮いているように見えます。
「下がってろ! ……どおりゃあっ!」
羽うちわを手に前へ出てくる透明のブタゴリラは力いっぱいにうちわを扇ぎます。
「きゃああっ!」
「うひゃああっ!」
「みんな伏せるんだ!」
「ぐおっ! うわああああっ!」
廊下を吹き荒れる凄まじい暴風に衛兵達はおろかキテレツ達さえも悲鳴をあげてしまいました。
至近距離から突風をまともに食らったフェンリルはもちろん、その先から迫ってきていた衛兵達さえも紙のように吹き飛ばし、遥か先の壁へと次々に叩きつけていきます。
ブタゴリラの後に下がり、キテレツの忠告に従っていた一行は吹き飛ばされることはありません。
「……キテレツ君。みんなも無事だったのね」
五月が声をかけるとキテレツ達は頭巾を外して姿を現します。
「うん。指輪も取り返すことができたよ」
「ここにあるナリ」
コロ助は懐から取り出したアンドバリの指輪を五月とタバサに見せました。
「ったく……何で透明なのに追われなきゃならないんだよ……」
羽うちわを手にしたままブタゴリラは不満そうにしています。
フェンリル達は真っ黒衣で透明になっているはずのキテレツ達の気配を察知できるようで振り切ることができず、おまけに金縛り玉も効かないので追われる破目になったのです。
「でも本当に無事で良かったわ……あとはここから逃げるだけよね」
「うん。天狗の抜け穴ですぐに脱出しよう」
「それは後。今は逃げるのが先」
タバサは杖を構えたまま一行に告げます。
衛兵達を天狗の羽うちわで吹き飛ばした廊下の先からまた新たな追っ手が姿を現したのです。
「もう一発お見舞いしてやるぜ!」
「待って、ブタゴリラ! いくらやってもキリがないよ! どこか安全な場所を探してそこから天狗の抜け穴で逃げるんだ!」
張り切るブタゴリラをキテレツが制止し、五人は五月達が来た道を戻ります。
「賊はあそこだ! 追え、追え!」
「わあっ! あっちからも来るナリよ!」
十字路まで来た所で五月達が来た方向の廊下からも追っ手が迫ってきていました。しかも反対側の廊下の先からも衛兵達がこちらへ向かってきています。
「どうすんだよ!」
「みんな、こっちよ!」
唯一、追っ手の姿がない四つ目の分かれ道の廊下の方へ五月とタバサは向かっていました。
その廊下の一番奥には扉があるのが見えます。
「お前らは先に行け! 俺に任せろ!」
「ブタゴリラ! それよりこれを投げて!」
殿を務めようとするブタゴリラですが、それを止めたキテレツは巾着袋から取り出した数個の金縛り玉の一部を差し出しました。
「観念しろ、ガキ共め!」
「よっしゃ! ……これでも、食らいな!」
槍を手にじりじりと迫る衛兵達に二人は大量の金縛り玉を投げつけます。
「ぐわっ!」
「うわっぷ!」
「何だこれは……! へっ……へっ……ヘックシ!」
煙幕に包まれた衛兵達は次々にくしゃみをしてしまい、直後には全身が金色の彫像のように固まっていました。
ちょうど十字路からキテレツ達のいる廊下の途中に大量の硬直した衛兵達がいるおかげで道が塞がっており、後続の追っ手達はこちらへ来れません。
「今のうちに行こう!」
「おう!」
二人も五月達三人が向かっていった奥の扉へと向かって駆け出します。
飛び込むように中へと駆け込むと、そこでは先に入っていた三人が待っていました。
「大丈夫ナリか?」
「うん。……ここは会議室みたいだね」
そこそこの広さを持った白一色で塗りつぶされた荘厳な場所は16本の円柱がホールの周りを取り囲んで天井を支えています。
部屋の中心には立派な造りをしている巨大な円卓がしつらえられていました。
どうやらここはアルビオンの大臣や王族達が国の舵取りを行っていた会議室のようです。
「でもすぐに追っ手が入ってきちゃうわ。何とかしないと……」
五月は困った様子でそう言います。金縛り玉も効果が短いのですぐに追っ手達はここへ突入してくるでしょう。
天狗の抜け穴を用意している間に入ってこられては逃げる余裕がなくなってしまいます。
「何かでバリケードが作れれば良いんだけど……」
「キテレツ君、これを使いましょう」
会議室には円卓とその周りに背の高い椅子がいくつか置いてあるだけで他には何もありません。
五月は一番大きな上座を引きずって扉の前へと置きます。タバサも一緒に他の椅子を持っていっていました。
「そんなんじゃ駄目だぜ。キテレツ! あのすげえ力が出せるなんとか鉄甲を貸せ! そのテーブルも使うんだ!」
「万力鉄甲だろ?」
ブタゴリラの考えをすぐに察したキテレツは包みから万力手甲を取り出して渡します。
万力手甲を手首に巻いたブタゴリラは巨大な円卓の前に部屋の扉と向かい合う位置へ歩み寄り、その淵を掴むと力を込めて押し出します。
すると、テーブルの下でメキメキと崩れる小さな音が聞こえてきていました。
「いけないっ!」
「ドアを押さえるナリ!」
扉の向こう側から走ってくる足音が聞こえてきて、五月とタバサとコロ助は慌てて扉を押さえます。外では衛兵達が部屋に入ろうと激しく叩いているのが分かりました。
タバサが魔法を使えればアンロックで鍵を閉められたのですが、それもできません。
「急いで! ブタゴリラ!」
「待ってろって……! ふんっ……! ぬぬぬぬ……!!」
床と一体化している上に重い円卓のテーブルを人間が、ましてや小学生の子供であるブタゴリラの力で押し出せるはずがありません。
万力手甲を装着することで通常の何十倍もの怪力を発揮することができ、円卓の太い支柱がバキバキと砕ける音と共に床から剥がされていきました。
「……どおりゃああっ!」
「きゃっ!?」
「わあっ!」
気合の入った掛け声と共に一気にテーブルを押し出し、五月達が慌てて横へ避けると同時に扉が蹴破られかけました。
しかし、すぐに押し出され引っくり返ったテーブルが半分開いた扉にぶつかり、再びバタンと閉めてしまいます。
「おいこら! 開けろ!」
「このっ、何とかしろ!」
バリケードの向こうでは衛兵達が叫んでドンドン、と扉を叩いていますが重いテーブルに完全に押さえつけられて開けることはできません。
「何とかこれでしばらくは持つね」
「さっさとここから逃げようぜ」
「みよちゃん達もどうなってるか心配ナリよ」
「急ぎましょう」
ブタゴリラはもちろん、コロ助も五月も脱出を急かします。
『キテレツ君。聞こえる?』
包みから天狗の抜け穴のテープを取り出そうとすると、キテレツのトランシーバーからみよ子の声が聞こえてきました。
「みよちゃん、そっちは大丈夫?」
『あたし達は大丈夫なんだけど……』
『サツキ!? サツキなのね!? あんた達こそ大丈夫!?』
五月が声をかけるとみよ子の声と一緒に聞き慣れた少女の声まで返ってきていました。
「この声……もしかしてルイズちゃん!?」
「どうしてルイズちゃんが……?」
「ええ? ルイズちゃんがみよちゃん達と一緒にいるナリか?」
「ワールドって兄ちゃんと一緒だったんじゃなかったのかよ?」
アルビオンの別の場所で自分の仕事をしているはずのルイズの存在にキテレツ達は困惑します。
トランシーバーの向こうではルイズがみよ子からトランシーバーをひったくっていました。
『そんなことはどうでもいいの! あんた達、今どうしてるの!?』
「えっ……う、うん……それが、アンドバリの指輪は取り返すことができたんだけど、城の兵隊達に追われていて……」
『何ですって!?』
『五月ちゃんは!? 五月ちゃんは無事なの!? 五月ちゃ~ん!』
『タバサは? タバサはいる?』
キテレツが返答をするとトランシーバーの向こうの人間達がそれぞれ驚き、泣き叫び、困惑の声を漏らしていました。
「落ち着いて。わたし達は大丈夫だから。今から天狗の抜け穴でそっちへ戻るわ」
コロ助が壁に天狗の抜け穴を貼っている中、トランシーバーを受け取った五月が答えます。
「そっちの天狗の抜け穴は大丈夫だよね?」
『それが実は……今、天狗の抜け穴を剥がしているの』
「何だって!?」
キテレツの問いかけにみよ子は困ったように答えていました。
「わわっ! 本当に繋がってないナリ」
「それじゃあ俺達が帰れないじゃねえか!」
コロ助が天狗の抜け穴の輪の中に手を入れようとしますが、壁に触れるだけで向こう側へ行けません。
『ルイズちゃんが天狗の抜け穴を通って別の場所から来たんだけど、そこにワルドさんがいるらしくて……』
「ワルドさんって、ルイズちゃんと一緒にいた人でしょう?」
「キテレツ君。その人はこのアルビオンのスパイだったみたいなの。さっきホールでタバサちゃんと一緒にワルドさんの分身と戦ってきたんだけど……」
五月の説明に事情を知らないキテレツ達は驚いた顔をしていました。
『だからこれを繋げるとワルドがこっちに来ちゃうかもしれないわけ。どうすればいいかしら?』
『キテレツ君、潜地球で迎えに行った方が良いかしら?』
『何でも良いからこっちに早く戻ってきてよ!』
キュルケとみよ子、そして喚くトンガリにキテレツは顔を顰めます。
まさか向こうではキテレツも考えもしなかった事態が起きていたのですから。
「分かった。それじゃあこうしよう。そっちが天狗の抜け穴を貼り直したらすぐに合図を送って。僕達はそれですぐにそっちへ戻るよ」
『ワルドはこっちに来ないの?』
「その心配はないよ。天狗の抜け穴は一番近い位置に貼られた場所を優先して繋げるようになってるから。向こうから来ても僕達が今いる場所に出るだけなんだ。そっちへ全員戻ったらすぐに剥がせばもう追って来れないよ」
ルイズの問いにキテレツは答えます。
『分かったわ。トンガリ君、天狗の抜け穴を元に戻して』
『うん。……キテレツ、いくよ! 準備はいい?』
「うん! いつでも良いよ!」
五人は天狗の抜け穴の前で待機して身構え、合図を待ちます。少しでも遅れれば今この場にワルドが現れてしまうかもしれません。タイミングと迅速な行動が肝心になります。
『……今だ!』
「それっ!」
トンガリの合図と同時に五人は天狗の抜け穴へと一斉に飛び込んでいきました。
誰もいなくなった会議室には、バリケードの外からドンドン、という音だけが響いています。
少しすると、バリケードで塞がれた扉が見る見るうちに砂へと変わり、崩れていきました。
直後にはバリケード自体も砂となって崩れ、会議室に衛兵達が次々と突入してきます。
「奴らはどこへ行った!?」
衛兵達は会議室を探し回りますが、既にここはもぬけの空です。
「おやまあ、逃げられたみたいね……やっぱり一筋縄じゃいかなかったか……」
衛兵達に続いて入ってきたフーケは中を見回して肩を竦めていました。
侵入者が二階の会議室へ篭城したという騒ぎを聞きつけてやってきた彼女は得意の錬金魔法で扉を砂へと変え、衛兵達が突破できなかったバリケードを容易く破ったのです。
「ミス! これを!」
衛兵の一人が壁に貼られた天狗の抜け穴を見つけて叫びます。
フーケはそこへ歩み寄ると、天狗の抜け穴のテープに指で触れます。
「これもキテレツのマジックアイテムね……どうやら、これで城の外へ逃げたみたいだね」
輪の中に手を入れようと手を伸ばしたその時です。
「っ!?」
「何だ!?」
天狗の抜け穴の中から何かが飛び出てきて会議室の床に降り立ちました。
フーケと衛兵達はいきなり現れた人影に驚きますが、その姿を確認して胸を撫で下ろします。
「何だ、あんたか。どうしたのさ、ニューカッスルで任務をしていたんじゃないのかい?」
フーケは目の前に現れた男――ワルドにため息をつきつつ話しかけました。
ワルドは風の偏在で分身を作り、本体と別行動をしていたのです。ここに現れた彼は本物です。
「ここはハヴィランド宮殿か? ……奴らはどこだ?」
「何を言ってるんだい。さっぱり分からないよ。それよりどうしたんだい、その顔は?」
フーケはワルドが顔に傷を作り、鼻血を流しているのを見てくすりと笑いました。
「放っておけ。それより奴らはどこだ? ルイズ達はこれを通ってこっちへ来たはずだ」
陥落したニューカッスルから天狗の抜け穴を回収して外に出ていたワルドは戦艦に乗り、そこで貼り直してここへ来たのです。