アルビオン大陸はトリステインに比べると見晴らしの良い平地よりも森林や山地の方が多くを占めています。
街道を進んでいれば道に迷うことはないでしょうが、キテレツ達がおたずね者にされている以上、必ず追っ手に見つかってしまうでしょう。
よって、目立たないように街道から外れたどこまでも続く広大な森を通ってアンドバリの指輪がある場所を目指さなくてはいけません。
「いやっほう! みんなも早く来いよ!」
「ブタゴリラ君、自分だけどんどん先に行っちゃ駄目よ!」
「へへっ! 分かってるって! とにかく真っ直ぐ飛んで行きゃ良いんだろう?」
一行よりずっと先にある木の枝に着地したブタゴリラにみよ子が呼びかけました。
アルビオンの森は広葉樹よりも針葉樹の木々がほとんどで、高さは20メートルを超えるものばかりです。
空中浮輪で森の中を飛ぶキテレツ達は木々の間を縫うようにして進んでいきました。
「本当に元気ねえ。で、キテレツ。どうなの?」
みよ子と一緒に隣を飛んでいる小さなシルフィードの上からキュルケが尋ねると、コンパスを見ながら飛んでいたキテレツは合わせ鏡を取り出します。
「まだこのまま進んでも大丈夫だね。この様子じゃあ、持ち主は全然動いていないみたいだよ」
コンパスと同じ方向へ向かって合わせ鏡から光は放たれています。
スカボロー近郊から出発して5時間以上になりますが、まだまだ鬱蒼とした森は続いているままなのでした。
「それにしてもキント雲よりゆっくりナリね~。いつ着くナリ?」
「それはさすがに分からないさ。持ち主が正確にどこにいるのか分からないんだから」
キュルケに抱えられているコロ助が呟きますが、キテレツはそう答えるしかありません。
恐らく、アルビオン大陸のどこかの町に指輪を盗んだ人間はいるのでしょう。
「その輪っかはもっと速く飛べないナリか?」
「これはそんなに速くは飛ぶことができないんだよ」
キテレツ達は現在、体を前に少し傾けたような体勢になって飛んでいます。
反重力のエネルギーで全身を包んで飛ぶ空中浮輪は姿勢や飛ぶ時の勢いの強さなどによって変わります。
人間の力だけではどんなに全力を出しても時速50キロ程度が限界といったところでしょう。風に乗るなど他の要素が加われば話は別ですが。
ちなみに現在の速度は時速20キロ程度とゆっくりです。こんな森の中では速く飛んでいると木にぶつかってしまいます。
「夜になったらもう少し高く飛べるから、ペースを上げられるよ」
時速100キロ以上で飛べるキント雲ならば目的地まですぐ着くでしょうが、キテレツ達は今おたずね者なのです。
目立ち難い夜で無ければ森の上を飛んでいては、空中浮輪でもすぐに見つかってしまいます。
「歩くよりずっとマシだよ。ねえ、五月ちゃん」
キテレツ達と並んで飛ぶトンガリはすぐ隣を飛ぶ五月に話しかけます。
「うん。確かにね。……よっと!」
頷く五月は目の前に木の枝が迫っていたので、姿勢を器用に変えて軌道を修正し、枝を避けます。
「五月ちゃんもずいぶん飛ぶのが上手くなったね」
「トンガリ君が教えてくれたおかげよ。ありがとう」
初めて空中浮輪での飛行を行う五月は飛び始めてからしばらくは上手く飛ぶことができずにフラついていましたが、トンガリが熱心に飛び方を教えてあげたおかげで今では自力でスムーズに飛ぶことができます。
「そ、そう? ははは……それほどでも……」
大好きな五月に礼を言われてトンガリは顔を赤くしました。
「五月ちゃんは運動神経が良いものね」
「サツキの飛び方、タバサのフライと良い勝負なんじゃないかしらね」
キュルケもタバサも空中浮輪による飛行はメイジの魔法で言う浮遊するだけのレビテーションではなく、高速飛行ができるフライと同レベルのものだと察しています。
「キテレツ君のキント雲で飛ぶのとは違った不思議な感じ。自分の力だけで飛べるなんて本当に夢みたいだわ」
「ははは、五月ちゃんがそうやって喜んでいると僕も嬉しくなるよ」
「五月ちゃんも案外、子供ナリね」
空を飛べる充実感に心を躍らせている五月の姿にトンガリもコロ助も思わず笑ってしまいます。
「……あっ! トンガリ君!」
「前、前を見て!」
「ぶつかるわよ! トンガリ!」
三人の女性陣が一斉にトンガリに向かって叫びかけてきました。
「え? ……んぎゃっ!」
五月に気を取られて余所見をしていたトンガリは真正面に木が迫っていたことに気づけず、激突してしまいます。
もろに顔面をぶつけたトンガリはそのままズルズルと地上に向かって落下していきました。
「トンガリ!」
「トンガリ君!」
キテレツと五月が叫びますが、トンガリは真っ逆さまに森の中へと落ちていってしまいます。
「急いで引き上げて」
下を見ていたタバサが僅かに表情を険しくしてそう呟きました。手にしている杖を構え、シルフィードも停止させます。
「……何かいるわ!」
「何ナリか?」
キュルケも杖を取り出して叫びました。
トンガリが落下していった森の下の方からは何やらブヒ、ブヒと豚のような濁った鳴き声が聞こえてきています。
薄暗い森の中は空中からだと下がよく見えません。
「まずいわ。オーク鬼よ」
「何だよ、どうしたんだ?」
「トンガリ君! 今行くわ!」
異変を察してブタゴリラが引き返してきましたが、五月は地上へ向かって飛び込むようにして降下しました。
「何、あれ?」
地面に倒れていたトンガリの周りには数匹の、豚のような顔をしている太った人型の怪物が取り囲んでいました。
気絶しているトンガリに顔を近づけ、何やら匂いを嗅いでいる様子です。
オーク鬼はトンガリのような人間の子供を大好物としている怪物です。
「まさか、食べる気なんじゃ……! トンガリ君!」
五月は電磁刀を手にすると全速力で降下し、トンガリに手を伸ばそうとしているオーク鬼の後頭部に向かって踏みつけるようにしてドロップキックをお見舞いしました。
オーク鬼はブギィ! と大きな悲鳴を上げます。
「五月ちゃん!」
「大丈夫!?」
上空からはキテレツとみよ子の声が聞こえてきました。
そのままくるりと一転して倒れているトンガリの前に立った五月は2メートルもある巨体のオーク鬼達を見据えます。
三体のオーク鬼はいきなりの攻撃に驚いた様子ですが、敵が子供だと知ってか持っている棍棒を手に唸り声を上げて威嚇してきました。完全に怒っているようです。
「トンガリ君には手出しはさせないわ」
光を迸らせる電磁刀を構える五月は鋭い目つきでオーク鬼達に睨みを利かせ、片腕でトンガリの体を抱えます。
オーク鬼達は光を放つ剣である電磁刀に少し慄いている様子ですが、相手が子供である以上、恐れることもなく突撃してきました。
「はっ!」
巨体に似合わない素早さですが、五月はトンガリを抱えたままジャンプをして振り下ろされた棍棒をかわします。
空中浮輪を装備していない状態でも軽く飛び越えられる身体能力を誇る五月は軽やかにオーク鬼達の背後に着地しました。
「んんっ!」
逆手に持った電磁刀を顔の前で構えて振り向いたオーク鬼の棍棒を受け止めます。
電磁刀の刀身にぶつかった瞬間、棍棒はオーク鬼もろとも勢いよく弾き返されて吹き飛ばしてしまいました。
その拍子に棍棒が隣の一体の顔にめり込みます。またもブギイ、と汚い悲鳴が出ていました。
「はあああああっ!」
二体が怯んだ隙に、五月はまたも跳躍してもう一体のオーク鬼の顔面目掛けて高く振り上げた電磁刀を叩きつけます。
電気ショックが炸裂し、オーク鬼は顔を押さえてもがきますが、今の出力では倒すには至りません。
「ジャベリン!」
「ファイヤー・ボール!」
五月が身を翻しながら飛び退いたのを見て、上空からキュルケとタバサがオーク鬼達目掛けて魔法を放ちます。
火球がオーク鬼の顔面を焼き尽くし、氷の槍が巨体を串刺しにしました。
「それっ!」
電気ショックでもがいているオーク鬼に向かってみよ子がキテレツから渡された即時剥製光の光線を発射しました。
光線を浴びたオーク鬼の動きがピタリと固まってしまい、一瞬にして剥製となってしまいました。
「大丈夫? 五月ちゃん」
電磁刀をしまった五月はトンガリを抱えたまま浮上してくると、キテレツが声をかけました。
「ええ。トンガリ君、しっかりして」
「う、うん……あ、あれ……? ぼ、僕は……?」
五月がトンガリの体を揺すると、意識を取り戻します。
「余所見なんかするからナリよ」
「今のは一体何なの? キュルケさん」
「あれはオーク鬼って言って、このハルケギニアじゃ割と有名な亜人よ。よく旅人や村を襲ったりする奴らだわ」
みよ子が尋ねると、杖をしまいながらキュルケは説明してくれました。
「鬼って、豚みたいな顔の鬼なんかがいるのかよ」
「ええ、そうよ。この森にはどうやらオーク鬼達の巣があるみたいね」
「え? 一体、何があったの?」
トンガリは目を丸くしてみんなに尋ねます。
「トンガリ君、危うく食べられそうになったのよ」
「へ? ぼ、僕が……? ……もしかして、下に見えるあれに?」
五月の言葉にトンガリは恐る恐る下を見下ろしてみます。そこにはたった今、退治されたオーク鬼達の亡骸があります。
それを目にしたトンガリの顔から血の気が引いていきました。
「……うわあっ! 怖いよーっ! 五月ちゃーんっ!」
「ちょっと、トンガリ君!」
思わず叫んで五月に抱きつきますが、五月はトンガリの体を慌てて押し退けます。
「あんな怖いのがいるなんて聞いてないナリ……」
「本当だわ……」
トンガリやコロ助だけでなくみよ子も恐ろしい怪物の存在に恐怖します。
「これは下手に降りられないね……休憩する時は安全な場所を探さないと……」
キテレツは顔を顰めて腕を組みました。
人里から離れた土地には人間を脅かす怪物達がウヨウヨしているのです。
アルビオンの兵隊達だけでなく、そういった存在のことも考えてこれから先も進んでいかなければなりません。
◆
海上より数千メートル上空を飛ぶ帆船は、アルビオンのスカボロー港へ向かう定期船です。
数時間前にラ・ロシェールの港から出航した船に乗っていたルイズとワルドは昼の青空の中、アルビオンを目指しています。
「スカボロー港への到着は今日の深夜過ぎぐらいになるそうだよ」
「まだそんなにかかるのですか……?」
甲板に出ていたルイズは時間潰しに空の景色を眺めていましたが、やってきたワルドにそう告げられて顔色を曇らせます。
「仕方がないさ。スヴェルの前までに出れる船があっただけでも幸運と思わなければ」
確かにワルドの言う通りでしょう。
アルビオン大陸がハルケギニアへ近づくスヴェルの日であれば船でも半日程度で到着するのですが、その日を待っていては余計に時間がかかってしまいます。
「そんな顔をしないで。大丈夫さ、アルビオンに到着さえすればもう任務は完了したも同然さ」
微笑むワルドはルイズの頬に触れて宥めました。
「情報によれば、ウェールズ皇太子はニューカッスル付近にいるのだったね」
「はい。そのはずですが……」
皇太子ウェールズ。その人物とまず会うことが、ルイズがアンリエッタ王女から託された任務なのです。
「ウェールズ皇太子はご無事なのでしょうか?」
「分からんな。さっき船長から聞いてみたのだが、アルビオンの王党派はニューカッスル付近で反乱軍に完全に包囲されてしまっているらしい。全滅するのも時間の問題だと」
「そこまで戦況は悪くなっていたのですか……」
余計にルイズは沈み込んでため息をついてしまいます。
「とにかく、時間との勝負だな。スカボローに到着したら僕のグリフォンで一気にニューカッスルまで行こう。一日とかからないよ」
「でも、港も反乱軍に押さえられているのでしょう? どうやってニューカッスルまで……」
「何、反乱軍の今の標的はあくまで王党派だからね。外国の人間にはあまり関心はないだろう。最悪、包囲網の強行突破も止むを得まい」
緊張した様子のルイズにワルドは頷きます。
「心配しなくて良い。ルイズは僕が守る。君は戦わなくても良いんだからね。皇太子の大事な使者なのだから」
「はい。この人形もいますものね」
ルイズは肩に乗ったままの助太刀人形を見つめます。
それを見ていると、キテレツ達が今どこで何をしているのかがとても気になって仕方がありません。
「あの子達が心配かい?」
「はい。キテレツもサツキも、わたしの大事な……大事な友人ですから」
ルイズの考えを察した様子のワルドに問われてそう答えます。
「大丈夫さ。あの子達を信じてあげようじゃないか。もしかしたら、もう魔法学院に帰ってきて僕らを待っているのかもしれないしね」
「はい……」
舷側から身を乗り出したルイズは今まで船が通ってきた進路を眺めます。
このずっと後ろにハルケギニアが、ラ・ロシェールが、そして魔法学院があります。
キテレツ達が既にアンドバリの指輪を取り戻し、そこで待ってくれていることをルイズは祈りました。
◆
夕空の中、アルビオンの森林地帯のすぐ真上をキテレツ達は飛び続けています。
「もう日が暮れるわね。暗くなってきたわ」
キュルケは沈みかけている夕日を見つめながら言いました。
一時間ほど前から辺りは暗くなってきたので高度を上げて飛行のペースを1.5倍ほどに上げていたのです。
「キテレツ君。どう?」
「う~ん。まだ反応があるね。もう少し先へ進んでみようか」
キテレツの発明が入ったケースを両手で持って飛ぶみよ子に尋ねられ、キテレツはそう答えました。
三色のランプにオシロスコープ、二つのダイヤルが側面についた手持ちの小型装置をキテレツは持っており、ランプは音と共に点滅していました。
「こう森が暗いとここからじゃ何も見えないね」
「でも、キテレツ君の道具に反応があるってことは、何か動物がいるってことでしょう?」
「また何か出てきたらこっちから追い払っちまえば良いじゃねえか」
トンガリも五月もブタゴリラも森を見下ろしながらキテレツ達のすぐ後ろをついてきています。
「そうはいかないよ、ブタゴリラ。できるだけ何もいない安全な場所で休まないと危ないんだから」
キテレツが今持っているのは、人間以外の動物などの存在を感知できる人で無しという道具です。
この分では森の中で野宿をすることになりますが、オーク鬼などの危険な怪物に襲われてはたまったものではありません。
そこで半径およそ150メートル以内に動物などの存在がないことを確認してから、休息することにしたのでした。
今はクマなどの大型の猛獣を基準にして感知するように調整しているのでオーク鬼の存在も一目瞭然です。
「……ハックシ!」
しばらく飛び続けている内に、みよ子が突然くしゃみをしだしました。
「何だかやけに寒くなってきたわ……」
「言われてみれば……確かにそうだね……」
「明るい時は暖かったのに、いきなり寒いナリ……」
みよ子もトンガリも、シルフィードに乗るキュルケやコロ助さえも体を擦りだします。
「ここは本当は空の上」
一行が寒がる中、タバサがぽつりつ呟きました。
「そうか。考えてみればそうだね。ここは空の上だからこんなに寒くなってしまうんだ」
キテレツはタバサの言葉に納得します。
アルビオン大陸があるのは地上から3000メートルも上空です。標高が高くなればなるほど寒くなるのは当たり前です。
春の季節でもアルビオン大陸は寒冷地であるため、昼は暖かくても夜になれば一気に気温が下がってしまうのでしょう。
「早く休める場所を見つけないと……」
「僕達、凍えちゃうよ……!」
五月もトンガリも焦った様子でした。確かに、このまま休める場所が見つけられなければ夜の寒さに耐えられません。
そんな中、キテレツの人で無しの反応がピタリと止みました。
「……あ! この辺りは何もいないみたいだ! ここで降りよう!」
もうほとんど日は沈んで夜になりかかっていた中、ようやくキテレツ達は森の中へと降りていきました。
今夜はこの場所でキャンプとなります。
「あ~! 助かった! 暖かいね、五月ちゃん」
「うん」
「きゅい~」
焚き木を集め、キュルケの炎の魔法で火を点けると一行は焚き火を取り囲んでくつろぎます。
寝そべるシルフィードも焚き火の熱を浴びて気持ち良さそうにしていました。
「これ。寒かったら使って」
タバサは鞄から取り出した二つの小さめの毛布をみよ子達に差し出しました。
「ありがとう、タバサちゃん」
「あなた達で使いなさいな。寒いんでしょう?」
「キュルケさんは良いんですか?」
「小さい子供を凍えさせるわけにはいかないわよ」
キュルケは微笑みながら五月にウインクをします。
「念のために、カラクリ武者と召し捕り人を見張り役にさせておいたから、何かが来たらすぐに知らせてくれるよ」
キテレツは用心のためにカラクリ武者と召し捕り人をすぐ近くに配置させていました。
「これで今夜は安心して休めるナリね」
「キテレツ君もこっちに来て火に当たったら?」
「うん」
みよ子の隣にやってきたキテレツは座り込み、焚き火の炎に当たりました。
「カオル。何をやっているの?」
「そりゃあ焚き火があるんだから、焼きいもでも焼こうと思ってさ!」
ブタゴリラは自分のリュックから取り出したいくつものサツマイモを焚き火の中へ入れていきます。
「焼きいも?」
「何だ、キュルケさんは焼きいもも知らないのか! こいつは八百八特性のサツマイモだからな! 美味いぜ!」
「サツマイモ……あなた達の国の食べ物なのかしら?」
ハルケギニアにはサツマイモというものがないのでキュルケは不思議そうな顔でイモを焼くブタゴリラを見つめます。
「ここにはサツマイモが無いんだ」
「みたいね」
意外な事実にキテレツとみよ子は驚きました。
「それにしてもこんな形でブタゴリラの野菜が役に立つなんて思わなかったよ」
トンガリは感心したような呆れたような微妙な表情でブタゴリラを見つめます。
結果的にブタゴリラが持ってきた野菜が貴重な旅の食料となったのは大助かりです。
「へへへっ! 恐れ入ったか! 八百八の野菜に感謝しろよな!」
「うん。熊田君には本当に助かるわ」
ブタゴリラの野菜に、五月はとても感心していました。
「お、これはもう良いな。そら、キュルケさんとタバサちゃんで食べてくれよ」
しばらくすると木の枝に突き刺して焼きいもを掴んだブタゴリラはそれを二人に渡します。
「熱ち、熱ち、熱ち……」
「ふぅ……ふぅー……」
初めての焼きいもにキュルケもタバサも少し戸惑いつつも、二つに割った焼いもを二人は口にします。
「うん! 美味しいじゃないの、これ」
「美味しい」
焼きいもの味は貴族である二人に合ったもので、すぐに気に入りました。
「ほら、焼けたぜ」
「いただきまーす!」
「熱ちちちち……」
五月も二等分に割った焼きいもを口にし、トンガリも手の中で躍らせつつも何とか食べていました。
ブタゴリラの焼きいものおかげで、場はすっかり和んでいます。
「それじゃワガハイもこれを……」
コロ助は自分の風呂敷を開け、中の物を取り出しました。
「コロちゃん。それって、もしかしておまんじゅう?」
「そうナリ。シエスタちゃんがくれたおやつナリよ。温めて食べると美味しくなるって言ってたナリ」
みよ子はコロ助が焚き火に近づけて暖める物を見て意外そうな顔をします。
コロ助が取り出した白くて丸いそれは、まさしくまんじゅうそのものだったのです。
「まさかまんじゅうまであるなんて……」
「コロッケと言い、まんじゅうと言い、シエスタさんって僕らの所のものばっかり用意してくれるね」
トンガリもみよ子も、まさかのまんじゅうの登場に目を丸くしていました。
「それもあなた達の国の食べ物なのね?」
「そうナリよ。キュルケさん達の分もあるから、食べさせてあげるナリ。はい」
そう言ってコロ助は温めたまんじゅう二つをキュルケとタバサに渡します。
二人はまんじゅうを一口、頬張ってみました。
「これも中々いけるわね」
「甘い」
これもまた二人には好評のようでした。
「コロ助! 俺らにもよこせよ」
「慌てなくても、ちゃんとみんなの分はあるナリよ」
キテレツ達もそれぞれコロ助からまんじゅうを受け取って食べていきます。
「本当に美味しいわ、このおまんじゅう」
「これ、ワインが隠し味に使われてるみたいね」
五月も絶賛する中、キュルケはまんじゅうの中身について口にします。
確かに、普通のまんじゅうに比べれば少し変わった味でもありました。
「……トンガリ君、顔が赤くなってない?」
「みよちゃんだってそうだよ」
見れば二人の顔色はやけに赤みがさしているのが分かります。
「何だかこのおまんじゅうを食べたら、体が温かくなってきたもの」
「それに何だか力が湧いてくるような感じだぜ」
よく見れば、まんじゅうを食べた全員の顔がすっかり赤くなって元気になっていました。
焚き火だけでなく、まんじゅうを食べることですっかり体は温まり、夜の寒さなど気にならなくなってしまうほどです。
「ん~、あなた達の国って本当に美味しいものがたくさんあるのね。あたしも一度行ってみたいなあ」
「その時は俺ん家の美味い野菜をたんまりご馳走するぜ!」
「ブタゴリラは野菜のことしか考えられないの? もっと別の物を考えないと!」
「そうよ、熊田君! あはははは!」
すっかり気が大きくなって、それからも一行は楽しい野営を続けていました。
「どうしたの、キテレツ君」
「いや、何でもないよ。まさかね……」
みよ子はまんじゅうの一欠けらを見つめているキテレツに声をかけますが、黙り込んでいたキテレツはその欠片も口へ放り込みます。
キテレツはこのまんじゅうに、奇妙な違和感のようなものを覚えていたのです。
何故なら、奇天烈大百科にも載っている発明品の一つにとてもよく似た効能の代物があったはずなのですから。