コロ助「こんなに朝早くからルイズちゃんは早起きナリね~」
キテレツ「お姫様がアルビオンっていう国に手紙を届けるように頼んだんだよ。とっても大事なものなんだって」
コロ助「一緒にいる魔法使いのお兄さんのお手伝いをするナリね」
キテレツ「僕達はルイズちゃん達が戻ってくるまで、水の精霊の宝物を探すのさ」
コロ助「おやおや? でも、ルイズちゃん達と一緒の方にあるナリか?」
キテレツ「次回、それぞれの出発! 空の国、アルビオンへの道」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
アンリエッタ王女が魔法学院を訪問してきた日の翌日は虚無の曜日です。
多くの生徒達は起きていない朝靄の早朝、キテレツ達は早起きをして出発の準備を始めていました。
「いくらあの水飴の奴の所に行くからって、こんな朝早くから出かけなくたって良いじゃねえか……」
中庭でキント雲を準備しているキテレツですが、ブタゴリラは眠そうに大きなあくびをします。
「善は急げさ。早いに越したことはないよ」
「ところで、五月ちゃんはどこに行ったの?」
張り切って整備をするキテレツの横でトンガリがみよ子に尋ねます。
「ルイズちゃん達を呼びに行ったみたい」
結局、昨晩はカラクリ武者を追い返されてルイズとアンリエッタ王女がどんな話をしていたのかは分かりません。
それでもルイズにはラグドリアン湖に行くという話を伝えておかなければなりません。
きっと、ルイズも一緒に行くと言うことでしょう。
「ねえ、先生は呼ばなくて良いの? キテレツ君」
「それが、まだ色々と忙しいんだってさ。お姫様のこととかでやることがあるんだって」
キテレツは数分前にコルベールにも出発することを伝えていましたが、コルベールは一緒に行ってあげられないと言ってきました。
やはり教師としての仕事は忙しいようです。
「ハアイ。おはよう、みんな」
「やあ、ルイズちゃんも」
と、そこへキュルケがタバサと一緒に現れます。すぐ後ろにはルイズが五月と一緒にやってきました。
「あんた達、ラグドリアン湖へまた行くんですって? サツキから聞いたわ」
「うん。水の精霊にぜひ協力してもらいたいことがあるからね。それで指輪の在り処が分かるはずだよ」
「そう。あたしは今日からしばらく留守にするからね」
「ええ?」
一行を見回すルイズの突然の言葉にキテレツも五月も驚きます。
「ルイズちゃん、お出かけするナリか?」
「わたし達に言いたいことってそれだったの?」
ルイズを呼びに行った五月は支度をして部屋から出てきたルイズに、「キテレツ達に話がある」と言ってきていたのです。
「あら。こんなに朝早くから、一体どこへ行こうっていうのかしら?」
「あんたには関係ないことよ。……とにかく詳しいことは話せないけど、アルビオンへ大事な用事があるの」
キュルケが関心を見せて尋ねますが、ルイズはつんと澄ましてそう答えました。
「大事な用事?」
「そう。だからあたしが出かけている間、アンドバリの指輪のことはあんた達に任せるわね」
キテレツ達は怪訝そうにルイズを見つめます。
もしかしたら、昨晩にやってきたアンリエッタ王女のことと何か関係があるのかもしれません。
「ひょっとして、昨日来ていたお姫様に何か言われたナリか?」
「あんた! こんな場所で滅多なことを言うんじゃないわ!」
キテレツ達が思っていることを、コロ助が何気なく呟くとルイズはきつい表情になって詰め寄ってきました。
「痛いナリ!」
「ちょっと、ルイズちゃん!」
コロ助の頭を両手で掴み上げるルイズにみよ子が駆け寄ります。
「姫様はお友達のあたしを頼って密命を任せてくれたんだからね! 安易に話せることじゃないのよ! 大体、あんた達! 昨日は勝手にあのガーゴイルで盗み聞きをして……!」
「ねえ、ルイズ」
「あによ!」
喚き立てるルイズにキュルケが話しかけますが、コロ助を降ろしたルイズは彼女を振り返って睨みます。
「そんなに重要な密命をお姫様から託されたっていうんなら、密命があることをあんたが口にしちゃ意味が無いんじゃないの?」
呆れたようにそう述べるキュルケに、数秒固まっていたルイズの表情が気まずそうなものに変わりました。
そうです。ルイズは昨晩、友人のアンリエッタ王女から重大な任務を託されていたのでした。
もちろん、その任務は言った通りの密命で決して公にはできないものです。
カラクリ武者は追い返し、覗き見をしようとしていたギーシュは気絶していたので誰にも聞かれることはなかったというのに……自分が喋ってしまっては密命の意味がありません。
「密命って何だよ?」
「秘密にしたままこっそり行う大切な仕事のことだよ」
意味が分からない様子のブタゴリラにトンガリが説明します。
「ま、アンリエッタ王女様からの大事な密命なら聞かないでおいてあげるわ」
キュルケは肩を竦めながらそう言いました。
「アルビオンって、戦争で今は危ない場所なんでしょう? 大丈夫なの?」
「……姫様が腕の立つ護衛を一人つけてくれるって言ってたわ。だから大丈夫よ」
心配そうに尋ねる五月にルイズは仕方なそうにため息をついてそう答えます。
そして、右手に嵌められている指輪を握り締めました。
それはアンリエッタ王女からお守りとして渡された水のルビーという指輪なのです。
「とにかく! あたしはしばらく留守にするからね。分かった?」
「その護衛という人はどこにいるの?」
「まだ来てないみたいね。ここで待ち合わせすることになってるんだけど」
みよ子に問われてルイズは中庭を見渡しますが、一行以外にはまだ誰もいません。
「わたし達もついて行った方が良いかしら。ルイズちゃん」
「駄目よ。あんたも言ったでしょう、アルビオンは危険な場所だって。あんた達がいくらマジックアイテムをいっぱい持っているからって、そんな危ない場所へ連れて行けるわけないでしょう?」
五月の言葉にルイズは毅然とした態度で言います。
確かにキテレツの発明があれば任務を達成するのは簡単でしょう。
しかし、ルイズにはキテレツ達が帰るまで世話をする大切な役目があるのです。
いくら密命が託されたからと言って、キテレツ達まで巻き添えにすることはできません。
「でも……そんなに危険な場所なんでしょう? 護衛が一人だけじゃあ、やっぱり心配だわ……」
「キテレツ君。ルイズちゃんに何か道具を貸してあげたらどうかしら?」
五月が心配する中、みよ子が提案しました。
「キテレツのマジックアイテムを?」
「良いんじゃない? 魔法が使えないあんたでも、マジックアイテムくらいなら簡単に使えるでしょ? 持っていて損はないんじゃない」
「それが良いよ、ルイズちゃん。きっと役に立つはずだわ。ね? キテレツ君。ルイズちゃんに何か貸してあげて」
ルイズが目を丸くする中、キュルケも五月もみよ子に賛同します。
「う~ん……そうだね。それじゃあ、ルイズちゃんにはこれを貸してあげるよ。ちょっと待ってね」
そう言うとキテレツはリュックの中から丸く赤いテープを、そしてケースから小さな人形を取り出して如意光で大きくします。
「何よ? そのアルヴィーは」
「これは助太刀人形、一寸ガードマンさ。これがルイズちゃんを守ってくれるよ」
コロ助よりもさらに小さいその一寸法師風の侍を模した人形は、命令することで護衛をしてくれるロボットです。
小さいながらもカラクリ武者並に強く、とても頼りになるはずです。小さいので邪魔にもなりません。
「そのテープ、瞬間移動ができるテープね!」
「そう。天狗の抜け穴さ」
「テングノ、ヌケアナ?」
五月は赤いテープを見て声を上げます。天狗の抜け穴は以前、五月がキテレツ達の運動会に出場できるように役に立った道具なのです。
そして、この道具は初めて五月が知ることになったキテレツの発明品でもあります。
「うん。使い方だけど、一度試してみようか」
キテレツ達は宿舎の隅まで移動すると、宿舎の壁に天狗の抜け穴のテープを大きな輪状にして貼り付けます。
「もう一つをこっちに……」
そして、もう一つのテープの輪を学院の堀の壁へと貼り付けました。
距離は5メートルほど離しておきます。
「それで? そんな物を貼ったから何なのよ」
「黙って見てた方が良いわよ」
怪訝そうに見つめているルイズにキュルケは楽しげにそう言いました。
「まあ見てなって!」
「あっと驚くナリよ」
得意気にするブタゴリラとコロ助にタバサも同様にじっとキテレツを見つめています。
「いいかい? このテープでこうやって丸い形を二つ作って、片方の丸の中へ飛び込むと……」
キテレツは宿舎側の抜け穴へと走りこんで飛び込んでいきました。
「えっ!」
「わっ!」
「……っ!」
ルイズ達三人は宿舎の壁の中に光と共に潜り込んでいったキテレツが、堀側の抜け穴から飛び出てきたことに驚きを隠せません。
「ね。こうやって二つのテープを通して、離れた場所からでも移動ができるんだ」
キテレツは堀側の抜け穴を通り、また宿舎側の抜け穴から出てきました。
「すっご~い……」
「本当にすごいマジックアイテムばっかり持ってるわね……」
ルイズはもちろん、キュルケも開いた口が塞がりません。タバサも無表情ながらはっきりと驚いていました。
「もし危なくなったら、これを上手く使って逃げると良いよ」
「うん。これなら絶対に役に立つわ」
五月はこの道具に助けられてキテレツ達と素敵な思い出を築くことができた経験があります。
「便利なマジックアイテムねえ……」
「でも、良いの? 天狗の抜け穴ってとても便利じゃない。全部貸すなんて……」
キュルケが感心する中、トンガリはかなり心配した様子で言いました。
天狗の抜け穴には何度も助けられているため、それを自分達が使えなくなるというのは不安なのです。
「大丈夫。テープはもう一組あるからね」
そう言ってキテレツはリュックからもう一つの天狗の抜け穴のテープを取り出しました。
「くれぐれも大事に使ってね。この一寸ガードマンはこの小型マイクで命令を出せば動くから」
「分かったわ……あ、ありがとう」
キテレツはルイズに天狗の抜け穴、一寸ガードマンと共に革製の腕時計を手渡します。
元は打ち出の小槌型のマイクでしたが、これもまた改良して腕時計型マイクを作ったのでした。
「ところで、ルイズちゃんと一緒に行くっていう人はいつ来るナリか?」
「そういえば全然姿が見えないわね」
ルイズが腕時計を巻き、マントにキテレツから渡された道具を入れる中、キュルケ達はまたも中庭を見渡します。
やはり、人の気配はありませんでした。
「そろそろ来ても良いはずなんだけど……」
「蜜豆に遅刻をするなんて、大丈夫なのかよ、そいつ……」
「密命だって……ん?」
正門前に移動し、ルイズも心配そうにしてトンガリがブタゴリラの言い間違えを訂正する中、上を見上げたトンガリは何かに気付きます。
「何か降りてくるよ」
「え?」
タバサはトンガリよりも早く気付いて見上げていましたが、他のみんなもトンガリが見上げた空に注目しました。
朝靄の中から大きな影が翼を広げて一行の前に降り立ってきたのです。
「グリフォン」
タバサが呟くと、前に出てきた影の姿がはっきりと露になります。
それは先日、王女の護衛をしていた魔法衛士隊が乗っていた幻獣、グリフォンでした。
「やあ、遅れて申し訳なかったね」
そして、そのグリフォンから羽帽子をかぶった長身の男が降りてきます。
「あら……あなたは……」
「昨日見かけた……」
キュルケは頬を赤らめて現れた若く凛々しい貴族に見惚れます。五月もその銀髪の口ひげを生やした男に見覚えがありました。
「アンリエッタ姫殿下より護衛の任を任された。トリステイン魔法衛士グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
王女の護衛を行なっていたトリステインの近衛の騎士でした。
しかも隊長となれば相当のエリートということになります。まさにとても頼りにできる護衛でした。
「かっこいいナリね」
「強そう……」
腰に差しているレイピア状の杖が、彼の騎士としての印象と力強さをさらに引き出しています。
「お髭がとっても素敵ね。ふふっ……ねえ、ミスタ。情熱はご存知かしら」
コロ助も見惚れてトンガリが唖然とする中、キュルケはしなを作ってワルドへにじり寄ろうとします。
「ミス、ありがとう。しかし、これ以上は近づかないでもらいたい」
「へ?」
男を魅惑してきたキュルケの誘惑にワルドは毅然な態度を一切崩しませんでした。
キュルケも自分の誘惑にまるで動じないワルドに逆に動揺する結果となります。
「僕の婚約者が誤解をするといけないのでね」
キュルケを押し退けたワルドは一直線にルイズへと歩み寄っていきます。
ワルドが現れてからのルイズは呆然としていましたが、目の前までやってきたワルドを見上げて笑顔を浮かべていました。
「ワルド様!」
「久しぶりだな、僕のルイズ! 相変わらず、羽のように軽いな!」
気さくな笑顔を浮かべるワルドはルイズの体を抱え上げます。
「お恥ずかしいですわ……ワルド様……」
「まさか、こんな形でまた君と会えるなんて思っていなかったよ!」
ルイズは抱えられたまま頬を赤らめてワルドの顔を見つめます。
「コンニャクって何だ? あいつ、コンニャク屋でもやってんのか」
「もう……婚約者っていうのは、将来結婚の約束をしている人達のことよ」
またも天然ボケで勘違いをしているブタゴリラに五月が突っ込みました。
「ルイズちゃんとあのワルドっていう人は、将来結婚することが決まっているんだね」
「あんなかっこいい人が婚約者だなんて……素敵ね」
キテレツもみよ子も男らしいワルドを見て納得した様子です。
「何だ、つまんないの」
逆にキュルケは興が醒めたと言わんばかりにそっぽを向きます。
タバサは全く興味がなさそうで本を読んでいました。
「ルイズの友達かな? 僕の婚約者がお世話になっているよ」
ルイズの体を降ろしたワルドはキテレツ達を振り返って屈託のない態度で話しかけてきます。
「キュルケ・フォン・ツェルプストーと申しますわ。……学友の婚約者とは知らず、失礼を致しました」
「こんにちわ」
「こんにちわナリ」
キュルケはとりあえず挨拶をし、タバサ以外の他の六人もワルドに挨拶をしました。
「貴族だけでなく、平民にも友達がいるとはね! 何とも素晴らしいことじゃないか、ルイズ。平民とも屈託なく仲良くできるなんて」
「そ、そんな……」
キテレツ達を見回してワルドは感心したようにルイズを見つめます。
ルイズはさらに頬を赤くして俯いてしまいました。
「ワルドさん。ルイズちゃんのことを、どうかよろしくお願いします」
前に出てきた五月はワルドに向かってそう懇願します。
「もちろんさ。彼女は僕の婚約者だからね。必ず守り通してみせるさ。君達は安心して待っていたまえ」
強く頷くワルドはルイズの肩を抱いてグリフォンへと歩み寄り、ひらりと跨ります。
「さあ、おいでルイズ」
「は、はい……」
ルイズは躊躇うようにしてワルドの手を掴み、後ろに跨りました。
まるで白馬に乗った王子様とお姫様のようです。乗っているのは馬ではありませんが。
「それでは出発だ!」
ワルドが手綱を握ると、唸るグリフォンは街道を進み始めます。
「いってらっしゃーい!」
「気をつけてね、ルイズちゃん!」
「あんた達も、水の精霊の宝物を見つけても無茶はしないでよ!」
ルイズとワルドを見送るキテレツ達に、ルイズは後ろを振り返りながら叫びます。
朝日が昇る中、一頭のグリフォンをキテレツ達はその姿が見えなくなるまで手を振り、見届け続けました。
「さあ、僕らも行こうか!」
「ええ!」
そして、キテレツ達はキント雲と風竜シルフィードに乗り込み、アルビオンへ向かったルイズ達とは別の方向へと飛んでいきます。
◆
ラグドリアン湖へと再びやってきたキテレツ達は早速、水の精霊を呼ぶための準備をしていました。
亀甲船はまだ修理が終わっていないので使えないため、タバサが風魔法を使ってキテレツと一緒に呼びに行くことになります。
「それじゃあ待っててね。みんな!」
「気をつけてねー!」
「タバサも気をつけてー!」
タバサの風魔法で空気の球体を周りに作り出して水中へと潜っていくキテレツ達を陸上の一行は見送ります。
水に触らないまま、キテレツ達は陸と変わらずゆっくりと湖底を並んで歩いていきました。
緩やかな斜面が続いていますが、時折いきなり深くなる所があるので進む時は気をつけなければなりません。
「どうやってアンドバリの指輪を探すの?」
湖底を進んでいる中、タバサは唐突にキテレツに尋ねてきました。
キテレツが何か道具を使うということは予想できていましたが、どういった方法で探そうとしているのかが気になっていたのです。
「コルベール先生から聞いたんだけど、水の精霊の涙っていう物があるんだって。知ってる?」
キテレツが問い返すと、タバサは小さく頷きます。
水の精霊の涙はいわゆる水の精霊石とも呼ばれるものであることをタバサは知っていました。
先日、キテレツは資料探しをしていたコルベールから水の精霊の涙というものが水の精霊の体の一部であるという話を聞かされていたのです。
それは闇市場などで売られているそうで、強力な水の魔法薬の原料にもなるそうです。
「その精霊の涙を精霊から借りようと思ってるんだ。それを使って、アンドバリの指輪の在り処が分かるはずだよ」
「あなたの道具で?」
「うん。ちょうど良い物があるんだよ。それを使おうと思ってね。……あっ」
湖底を歩いて10分と経たない内に、キテレツ達の前に見覚えのある光が現れます。
湖の底から上がってくる光はキテレツ達を包んでいる空気の球に近づいてくると、その目の前でピタリと止まりました。
『キテレツか』
「はい。こんにちわ、水の精霊さん」
現れた水の精霊は自分の体の一部を蛇のように空気の球の中へと入れてきました。
その体はまたもシルフィードと同じ顔になります。
「精霊さん。実はお願いがあるんです。精霊さんの宝物を探すのに、力を貸してくれませんか?」
『我に協力せよ、と? 秘宝を取り戻すために?』
「はい。アンドバリの指輪は、精霊さんの体と同じものでできているって聞きました」
キテレツは精霊を見上げて言葉を続けます。その隣ではタバサが空気の球を維持し続けるのに集中していました。
「精霊さんの体の一部を、ほんの少しで良いんです。しばらくの間、僕に貸してくれませんか? 宝物の場所を見つけるのに必要なんです」
『……秘宝を見つけるために我が一部が必要だというのか』
「指輪を返す時になったら一緒に返しますから、お願いします」
頭を深く下げて、キテレツは精霊に頼みかけました。
『かの者は、かつて我との誓いを守った。ならば、貴様を信じても良いと思う。……良かろう、我が一部を貴様に貸し与えよう』
「ありがとうございます!」
キテレツリュックから小さな瓶を取り出すと、竜の頭を下げてきた精霊へと近づいていきました。
小さく開いた竜の口から一滴、ほんの一雫の液体がキテレツの差し出した瓶の中へと落ちていきます。
これが水の精霊の涙と呼ばれる貴重なものです。
「待っていてください、精霊さん。必ず指輪を取り返してきますから」
『良い。かの者は我との約束を守ったのだから。……我が秘宝、必ず取り戻してくれ。キテレツよ』
水の精霊は本当にキテレツのことを信頼し、期待しているようです。
初対面のはずなのにどうしてここまで協力的なのか、本当に不思議でなりませんでした。
難なく水の精霊の涙を入手したキテレツは、陸へと上がってきました。
その手には精霊の涙が入っている瓶が握られています。
「何だよ、その水」
「水の精霊の涙っていうんだ。精霊さんの体の一部だよ」
持ち上げた瓶を見つめてキテレツは言います。
「精霊さんの体をもらったの?」
「うっそぉ……水の精霊の涙ってかなりレアな秘薬じゃない。よく手に入れられたわね……」
五月は呆然とし、キュルケは驚いたように瓶を見つめます。話には聞いたことがありますが、実際に見るのは初めてでした。
「でも、そんな物を使ってどうやって精霊さんの宝物を見つけるナリ?」
「まあ待っていて」
瓶を置いたキテレツはケースを開けて、中から何かを取り出そうとします。
いよいよ、キテレツの新たな道具が登場することにキュルケとタバサはさらに期待を膨らませていました。
「手鏡?」
五月はキテレツが取り出し、如意光で大きくしたものを見て声を上げます。
それは手鏡とコードが繋がれたような道具でした。
「これは合わせ鏡と言って、このコードの先に繋いだ物と同じ物の場所に向かって鏡から光を出すんだよ」
「それじゃあ、それで指輪の場所が分かるのね!」
みよ子はキテレツの考えを理解して歓声を上げました。
以前はスリットに差し込めるカードのようなものしか探せませんでしたが、改良をすることで他の形の品物も探せるようにしたのです。
水の精霊の涙とアンドバリの指輪は本質的には同質であり、何より持ち主が水の精霊であったためにこの道具を使うことができるのでした。
「さすがキテレツだぜ!」
「これで精霊さんの宝物は見つかったも同然ナリ!」
「よし、準備完了だ!」
キテレツはコードの先端を水の精霊の涙が入った瓶へと繋げると、取っ手部分のスイッチを押します。
「きゃっ!」
手鏡から一直線に光が放射され、五月は思わず驚いてしまいました。
光は一直線に特定の方向へと放たれ続けています。キテレツ達はその光をじっと見つめていました。
「うん! この光の先に指輪があるはずだよ! 行ってみよう!」
「よおし! 待ってろよ、泥棒め!」
光を放射し続けたまま、キテレツ達はキント雲に乗り込みました。
キュルケとタバサもシルフィードに乗ると、張り切っているキテレツ達と一緒になって光が示す方向へと飛んでいきます。
「……でも、ずいぶんと遠くにあるみたいね」
光の先を見つめるキュルケは思わず呟きます。
手鏡の光は何の障害物の無い空の中を突き切り、地平線の遥か彼方まで延びていました。
その方角はラグドリアン湖からずっと西のようです。
◆
キント雲とシルフィードは鏡からの光の先に向かってひたすらに飛んでいきました。
西へ、西へとずっと進んでいき、やがて平原から険しい山や峡谷にまで到達してしまいます。
「ねえ、まだなの?」
トンガリは思わずそうキテレツに問いかけます。
結構な距離を飛んでいるにも関わらず、ずっと合わせ鏡からの光は遥か彼方に向かって伸びたままでした。
目的地に近づけば、空からはやがて地上へと到達するはずなのに、まだその気配はありません。
「おかしいなあ……」
キテレツも怪訝そうに合わせ鏡を見つめますが、それでも行くしかありません。
この光のずっと先にアンドバリの指輪があるのは間違いないのですから。
「あら……ここは……」
キュルケは真下の地上を見下ろし、声を上げます。
峡谷に挟まれたそこには町があるのが見えました。
「町が見えるわ」
「ラ・ロシェールの町ね。ここからアルビオンへの船が出ているって聞いてるわ。あたしは行ったことないけど」
「こんな山の中なのに船に乗るんですか?」
五月に答えるキュルケにみよ子が尋ねました。
船に乗るというのであれば、海岸の港町というイメージがあるのですが、それが山にあるというのは不思議に感じられました。
「アルビオン大陸は空に浮いている」
「島が空に浮いてるナリか!?」
みよ子の問いにタバサは短く答えると、コロ助が驚きました。他の五人も同様のようです。
「そうよ。普通は空を飛ぶ船でアルビオンへ行ったりするの。……ところでキテレツ」
「何ですか? キュルケさん」
「もしかしたら、アンドバリの指輪はそのアルビオンにあるのかもしれないわよ」
「ええっ? どうして分かるんだよ」
突然のキュルケの言葉にブタゴリラは驚きます。
「ここからもう少し西に進むと、もうその先は海なの。もしそこまで行っても光がそのずっと先に行っているなら、指輪はアルビオンのどこかにあるってことになるわ」
「それじゃあ……わたし達もアルビオンへ行かないといけないってことなの?」
「ええ……でも、戦争中で危ないんでしょ?」
「ええ。……これだったら、ルイズと一緒に行った方が良かったかもしれないわね」
五月とトンガリが漏らす中、キュルケは思わずため息をつきます。
まさかそんな場所に水の精霊の宝物があるだなんて思いもしませんでした。
空に浮いている場所に指輪があるなら、水の精霊はその果てにこの世界の全てを本当に水の深い底へと沈めていたことでしょう。
「海だ」
「ずっと海の向こうへ続いてるわ」
やがてキテレツ達はトリステインの西の果ての海岸上空まで到達してしまいました。
そして、キュルケの予想通りに光は海の彼方に向かって伸び続けています。
どうやらアンドバリの指輪はアルビオンにあるようです。
「やっぱりね……」
自分の予想が当たったとは言え、そんな場所にアンドバリの指輪があることにキュルケは顔を顰めました。
「その空に浮いてる島にあるっていうんなら、このまま乗り込んでやろうぜ! それだけの話じゃねえか!」
確かにブタゴリラの言う通りです。どこに指輪があろうと、合わせ鏡がその場所を示してくれるので探せないというわけではありません。
「え~、やっぱり行くの?」
「当たり前でしょ。何のためにここまで来たのよ」
「待って。一度学院へ引き返す。アルビオンへ行くなら準備が必要」
トンガリが愚痴る中、張り切るブタゴリラや五月ですが、タバサがそう告げました。
「そうね。キテレツ、一度戻りましょうよ。また出直しましょう」
「はい」
キュルケにも促されてキテレツは一度、合わせ鏡をしまいました。
空の上の国というキテレツ達には未知の世界にこれから行くとなると、これまで以上の冒険となることでしょう。
そこでどんなに恐ろしい出来事が待っていようと、諦めるわけにはいきません。