「ミス・ロングビル!?」
外からの悲鳴にルイズ達が思わず振り向いた途端、屋根が豪快な音を立てて吹き飛ばされます。
「な、な、な、何だね!? 一体!」
「ゴーレムよ!」
ギーシュが混乱し慌てる中、キュルケが叫びます。
ルイズ達の前には、あの巨大な土くれのゴーレムの姿があったのです。間違いなく、フーケのものでしょう。
大きさこそ15メートルほどと先日より小さいですが、それでも巨大であることには変わりありません。ルイズ達を捻り潰すことも簡単です。
「大変、ミス・ロングビルが!」
ルイズが指差した先には外で見張っていたはずのロングビルがゴーレムの巨大な手に掴まれて頭上に持ち上げられています。
ロングビルはゴーレムの手の中で苦しそうにもがいていますが、当然逃げることはできません。
「きゃああああああっ……!」
ゴーレムはロングビルの体を力一杯に放り投げてしまいます。
ロングビルは悲鳴を上げながら森の中へと落ちていってしまいました。
「ど、ど、ど、どうするんだね、一体!? 本当にゴーレムが現れるなんて!」
「落ち着きなさい! 何のために作戦立ててきたと思ってるの!?」
尻餅をつき慌てふためくギーシュに怒鳴るルイズは杖を手にしだします。
「ギーシュ! 早く、ゴーレムに!」
「何やってんのよ! あんたがやらないとどうにもならないんだから!」
「わ、わ、わ、分かったよ!」
キュルケとルイズに急かされ、ギーシュは造花の杖を振り抜きます。
大量の薔薇の花びらが宙を舞うと、手はず通りにタバサも呪文を唱えて風の魔法を放ちます。
タバサの風に乗った花びらは次々とゴーレムの全身にまぶされていきました。
「ほら、次!」
「よ、よおし……!」
間髪入れずにギーシュは杖を振るいます。
すると、ゴーレムに絡みつく花びらが次々とどろりとした液体へと変化していきます。
錬金の魔法によって灯油へと変化したのです。
「いくわよ!」
張り切るキュルケが杖を構え、手早く呪文を唱えます。
ルイズもまた、同じように呪文を口ずさんでいました。
「ファイヤー・ボール!」
同時に魔法を放った二人ですがキュルケの杖から燃え盛る火球が飛んでいったのに対し、ルイズの杖からは何もでてきません。
代わりにゴーレムの胸の辺りで爆発を起こしていました。結局、ルイズの魔法はまたも失敗だったのでした。
しかし、それでも灯油に引火させるには充分でした。キュルケの炎の魔法も命中し、ゴーレムは一瞬にして巨大な炎に包み込まれます。
「おお! やった! やったぞ!」
全身を炎で焼かれるゴーレムは後ずさりながら暴れていますが、そこへタバサが前へ出て追撃します。
ゴーレムに適度な勢いで風を吹きつけさせ、炎の勢いをさらに上げていくのです。
「見て! ゴーレムが!」
キュルケが歓声を上げると、ゴーレムは膝と両手を地面についていました。
これだけ強力な炎に焼かれてはさすがの土のゴーレムも耐え切れません。
「やったわ! あたし達、勝ったのね!」
「僕の錬金が、フーケのゴーレムを倒したんだ! やったよ、父上! ギーシュは勝つことができました!」
ルイズとギーシュが互いに喜び合います。
あの土くれのフーケのゴーレムを自分達の力だけで倒すことができたなんて、夢のようでした。
「どうしたの、タバサ?」
しかし、キュルケは素直に喜びませんでした。何故なら、タバサが身構えたままだったからです。
「まだ……!」
タバサが呟くと、全身を焼かれたままでいるゴーレムが再び立ち上がりだします。
そして、焦がされた土くれが次々にボロボロと崩れ落ちていきました。
ゴーレムの土くれの体が崩壊していくのかと思いましたが……。
「え?」
「……う、嘘だろう!?」
ルイズとギーシュは目の前のゴーレムに愕然とします。
何と、土くれが崩れたその下からはとても頑丈そうな岩肌が姿を現したのですから。
土くれの全てが剥がれ落ちると、目の前にいたはずの土くれのゴーレムは、強靭な岩のゴーレムへと姿を変えていました。
「い、い、い、岩!? 土くれの下に岩のゴーレムがいたのかい!? そんなの全然聞いてないぞ!」
驚愕するギーシュの言う通りでした。土くれのフーケはこれまでも巨大な土のゴーレムを使って襲撃などを行ってきたのです。
それが岩のゴーレムを操るなどというのは計算外でした。しかもご丁寧に土くれでコーティングをしていただなんて聞いたこともありません。
土のゴーレムを倒せたと思ったのに、こんなことになるなんて思いもしませんでした。
「ひとまず退却」
「それが良さそうね。あんた達、散らばってゴーレムをかく乱するのよ!」
タバサの言葉に即座に同意したキュルケは驚いたままの二人に呼びかけ、崩れた廃屋から外に出ていきます。
岩のゴーレムが相手ではたった今実行した作戦は通用しません。ましてやキュルケとタバサの同時攻撃が通じる訳がないのです。
「ひ、ひええええっ!」
ギーシュも腰を抜かして地面を這いながら必死に空き地の中を逃げ出し始めました。
ルイズも悔しそうに唇を噛み締めながらも急いでその場から走り出していました。
岩のゴーレムは四方に散らばった四人を見回し、誰を倒そうか迷っている様子です。
◆
地中を進む潜地球の中でキテレツ達はルイズ達に起きている状況を壁耳目のモニターで見届けていました。
「強そうナリ~」
「当たり前だよ。土じゃなくて岩なんだから!」
「でもこれであいつらの作戦がパーになっちまったってことだろう?」
ブタゴリラ達もこのような展開になるのは予想外でした。
またもフーケはルイズ達の先手を打っていたのです。ルイズ達の作戦を見透かしたかのような戦法には驚くしかありません。
「錬金で土のゴーレムを岩にしていたのだな。それをさらに上から土で隠すとは……」
「でも、どうしてフーケはこんなことを……」
思わず唸っているコルベールですが、キテレツはフーケがここまで対策を施していることに強い不審を抱きます。
先日の追っ手を振り切る際にわざわざ煙幕を張ったり、今のように岩のゴーレムに土のゴーレムとして偽装するなど、あまりにも用意周到で都合が良すぎます。
「キテレツ君、あたし思ったんだけど……もしかしたらフーケはあのロングビルさんなんじゃないかしら?」
モニターを見て考え込んでいたみよ子が突然、確信したようにそう言いだしました。
「何だって? ミス・ロングビルがかね?」
「みよちゃん、いきなりどうしたんだ? あの眼鏡の姉ちゃんが泥棒だって?」
コルベールもブタゴリラも目を丸くしてみよ子を見ます。
「だって、ここまですれば明らかじゃない。ルイズちゃん達のあの作戦はここへやってくる途中で考えだしたものなのよ。それを直接聞いてでもいない限り、あそこまでピンポイントに対策なんてできないわ」
まったくその通りです。このフーケのゴーレムはあまりにも準備が良すぎるほどの対策が施され、結果的にルイズ達の作戦を無にしたのですから。
「それに考えてみれば、あの人はキテレツ君が発明品を持っていることも、学校の警備がどうなっているかも知っていたわ。だからあそこまで対策ができたのよ」
みよ子の更なる指摘には信憑性がありました。考えてみればみるほど、ロングビルがフーケであることを裏付ける点があるのです。
回古鏡で過去を写した時も、カラクリ武者を用意していた時もロングビルはその場にいました。
「コルベール先生。昨日、フーケが現れた時にロングビルさんはどこにいましたか?」
「うむ……学院長によると、彼女はその時留守にしていたそうだ。それから一日中、学院の外でフーケの情報を調べて今朝に戻ってきたのだが……」
「時間もピッタリね」
キテレツに尋ねられたコルベールの答えにみよ子はしたり顔を浮かべました。
これだけ状況証拠が揃えば、ロングビルがフーケであることは疑いようもありません。
「じゃあ、どうしてこんな所に盗んだ物を置いておくナリか?」
「あの人がフーケだっていうなら、ルイズちゃん達をここに連れてくる理由があるの?」
「それは……分からないけど」
コロ助とトンガリの疑問にみよ子は顔を顰めます。
唯一、不可解な点はそのまま逃げずにわざわざ魔法学院に戻ってきて、こんな場所へおびき出したということでした。
「とにかく、ロングビルさんを捜してみよう。それで全てが分かるよ」
ロングビルが飛ばされていった場所はレーダーの範囲外ですが、その方向は分かります。ゴーレムを操作できる範囲内の森の中にいるはずです。
『キテレツ君、聞こえる?』
その時、トランシーバーから五月の声が聞こえてきます。
「聞こえるよ、どうぞ」
『フーケのゴーレムが現れたんだけれど……』
「分かってる。こっちでも確認してるよ」
たった今、空き地へと戻ってきた五月は茂みの影からこっそりと様子を窺っていました。
『どういうことなの? 昨日のゴーレムと違うわ』
「五月ちゃん、逃げて~! あの子達の作戦が失敗しちゃったんだよ~!」
キテレツからトランシーバーを取り上げたトンガリは泣き言のように叫びかけます。
『それじゃあ、どうするの……!? どうやってあのゴーレムを倒せば……』
「ゴーレムは術者のメイジを何とかすれば、動きを止められるはずだ」
トンガリを無視して困惑する五月ですが、コルベールが一言を呟きます。
ゴーレムがメイジの魔法で動いている以上、それを操る人間がいなくなればその制御が止まってしまうのは当然です。
「じゃあ、フーケを何とかすれば良いんですね?」
『フーケ? フーケが見つかったの? キテレツ君!』
キテレツの言葉に反応して五月は声を上げます。
「あの眼鏡の姉ちゃんが泥棒だったんだぜ!」
『ロングビルさんが? ……あっ、ルイズちゃん!』
「五月ちゃん! どうしたの!?」
みよ子が呼びかけますが、応答はありません。
壁耳目のモニターを見てみれば、ゴーレムは矛先をどうやらルイズへと決めて進みだし始めました。
足元にはギーシュの青銅のゴーレムが張り付いていますが、フーケのゴーレムは物ともしません。
「何をやっているのだ、ミス・ヴァリエール! 早く逃げるんだ!」
しかし、ルイズは逃げようとせずに杖を構えていました。
それを見たコルベールが思わず身を乗り出して叫びますが、当然その声が届く訳がありません。
「あいつ、踏み潰されたいのかよ!」
「急いでフーケを捕まえよう!」
「ええ!」
「出発ナリ!」
「五月ちゃん、応答して! 五月ちゃ~ん!」
キテレツは操縦桿を動かし、潜地球を進ませます。
ロングビルが飛ばされていった場所の光点ははっきりとレーダー上で点滅していました。
その手前ではルイズ達四人や五月の光点も写っています。
◆
森の空き地で散らばった四人はゴーレムを前にしてどうしようかと立ち往生していました。
トライアングルのキュルケとタバサの攻撃が通用しない以上、どうすることもできません。ましてやギーシュとルイズは論外です。
「こ、こ、こうなれば突撃! 突撃だ! 今こそトリステイン貴族の意地を見せる時だ! いでよ、ワルキューレ!」
完全に自棄になってパニックを起こしたギーシュは喚きながら造花の花びらを数枚、舞い散らせます。
花びらは五体の青銅のゴーレム、ワルキューレへと錬金され、フーケのゴーレムへと向かっていきました。
しかし、大きさが違いすぎてまるで相手になっていません。ゴーレムの足にまとわり付いていますが、軽く振り払われています。
「あいつ……戦場じゃ一番最初に死ぬタイプね」
タバサの隣にきたキュルケが思わずため息をついて呆れます。
「どうするの、タバサ。あの子達もここに来てるはずだけど……」
「後ろにいる」
ちらりとタバサが肩越しに振り返ると、森の茂みの影から顔を出す五月を見かけました。
五月とタバサの視線が合い、五月は微かに頷きます。
「まったく……ルイズのおかげでこんなに苦労する破目になるなんて」
キュルケは顔を顰めながらもゴーレムを睨んでいました。
如意光を使えば一発でゴーレムを小さくしてやれるのにルイズがキテレツ達を拒んでしまったために彼らが堂々と行動することはできません。
どうしてルイズがキテレツ達を拒むのかをキュルケは分かっています。
「ルイズ! 何やってるのよ!」
そんな中、ギーシュのワルキューレを蹴散らすゴーレムの岩の体の表面に小さな爆発が起きていました。
見ればルイズは無謀にもゴーレムに近づいて杖を構えていました。
「あなたの魔法じゃ倒せないわ! 逃げなさい!」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」
反論するルイズは真剣な顔でゴーレムを睨んで呪文を唱え、杖を振ります。
しかし、それで起きるのはいつもの爆発だけでゴーレムは全く堪えていません。
それどころかゴーレムを刺激してしまい、ついに矛先をルイズに決めて向かっていきました。
「何考えてるのよ、あの馬鹿は……!」
「ルイズちゃん、逃げて!」
茂みから出てきた五月はルイズに向けて大声で叫びます。
その声を耳にしたルイズは、現れた五月を見て驚いていました。
「おお、ミス・サツキじゃないか!」
「何でサツキが……!」
ギーシュもまた、五月の登場に目を丸くして驚きます。
潜地球で地中からついてきたことなど全く知らなかったルイズは五月がこの場にいることに困惑します。
「何であんたがここにいるのよ、サツキ! 学院で待ってなさいって言ったでしょう!?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないわよ! 早く逃げるのよ、ルイズ!」
キュルケがルイズに叫ぶ間にもゴーレムはルイズの前へと迫ってきていました。足元にはギーシュのワルキューレが再度張り付きますが、その足は止まりません。
我に返ったルイズは迫り来るゴーレムに恐怖しながらも杖を構え直します。
「逃げなさいって言ってるのが分からないの!?」
「ルイズちゃん!」
「……嫌よ! あたしは逃げないわ!」
二人の呼びかけにもルイズは拒否しながら杖を振るいます。
それで起きる爆発でゴーレムが倒せるはずがありませんが、ルイズは諦めようとしませんでした。
「ここで逃げたら……またみんながあたしを馬鹿にするじゃない……! ゼロのルイズが逃げたって……!」
討伐隊に参加したのに成果を上げられずに学院に戻ればまた他の生徒達はルイズのことを嘲笑するでしょう。
ルイズはもうこれ以上、馬鹿にされるのが嫌なのです。
「こんな時に何を意地になってるのよ! あなた、死にたいの!?」
「それに! サツキ達は逃げなかったわ! ギーシュと喧嘩をした時だって! 伯爵の館に行った時だって! 昨日だって!」
ルイズのその叫びに五月は目を丸くします。
「平民のサツキ達でさえ逃げなかったのに、わたしが逃げるなんてそんなの貴族じゃない!」
ルイズは平民である五月やキテレツ達が団結し、仲間のために敵に立ち向かおうと勇気を発揮するその姿がとても輝いて見えていました。
それはルイズが持っていない、それでいながら求めていたものであり、とても羨ましく思っていたのです。
「わたしは貴族なのよ! 魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない!」
ギーシュのワルキューレが一斉にゴーレムの片足に集中して張り付いたことでようやく動きを鈍らせることはできましたが、すぐに振り払われるのは時間の問題です。
「敵に後ろを見せない……勇気を持つ者を本当の貴族と呼ぶのよ!」
ルイズは必死に呪文を詠唱して魔法を使いますが、失敗の爆発しか起こらないのです。
時にいつもより大きな爆発が起こりますが、ゴーレムの岩の体を少し削り取るのが精一杯でした。
「も、もう駄目だよ! これ以上、ワルキューレで押さえきれない!」
必死な表情で杖を手にするギーシュが喚くように叫びます。
ゴーレムはその巨腕でワルキューレ達を次々に薙ぎ払って吹き飛ばしてしまいました。
やがてゴーレムはルイズのすぐ目の前にまで迫り、片腕を振り上げようとしています。
「ルイズちゃん!」
「あの馬鹿……!」
ここまで危機的状況であるにも関わらず、ルイズは逃げようとしません。このままではゴーレムに潰されてしまいます。
『逃げるんだ! ミス・ヴァリエール!』
五月がズボンのポケットに入れているトランシーバーからコルベールの叫び声が聞こえてきます。
タバサの壁耳目から潜地球に乗っているキテレツ達もこの光景を目にしているはずです。
コルベールは自分の生徒が絶体絶命となっている場面を目にして、ここまで必死に叫ぶのでしょう。
五月とキュルケは思わず走りだし、ゴーレムとルイズの元へと全速力で駆け寄っていきました。
「これで……!」
五月はキテレツから預かっていた如意光をポケットから取り出します。
これでゴーレムを手乗りサイズに小さくしてしまえば完全に無力化することができます。
その後にフーケを捕まえてしまえば良いのです。
「えいっ!」
ゴーレムの後ろにやってきた五月は如意光を構えて赤いスイッチを押しますが……。
「え?」
如意光はいつものように縮小させる赤い光線を放たず、ライト部分が弱々しく赤く光って点滅するだけでした。
二度、三度とスイッチを押しても結果は同じです。
「電池切れ……!?」
そうです。タイミングが悪いことに、如意光に今使っている電池が切れてしまったのでした。
単三電池を二本使っているのですが、代わりの電池はキテレツが持っているため、交換しようにもそれはできません。
「余計なことをしないで! サツキ!」
五月が如意光を手にしているのを見たルイズが怒鳴りつけました。
「ルイズ!」
直後、駆け込んできたキュルケが叫んだ時にはゴーレムの拳が振り下ろされようとする直前でした。ゴーレムへ視線を戻したルイズは思わずは目を瞑ります。
「ルイズちゃん! キュルケさん!」
ゴーレムが腕を振り下ろすと同時にキュルケはルイズの体を抱えて大きく飛び込んでいました。
「エア・ハンマー!」
五月の横へ駆けつけたタバサが杖を突き出し、風の槌をゴーレム目掛けて放ちます。
精神をより強く集中させて放った突風の塊は振り下ろされるゴーレムの腕に命中し、軌道がずれていました。
地面に転がった二人のすぐ横にゴーレムの拳が叩きつけられます。あと少し遅れていれば、二人とも叩き潰されてしまっていたことでしょう。
しかし、ゴーレムはすぐにもう片方の腕を振り上げ始めます。二人ともまだ起き上がれないでいました。
タバサが再び呪文を詠唱し始めますが、これだけのゴーレムを今のように大きく怯ませるほどの風を放つには精神の集中に時間がかかります。これでは間に合いそうにありません。
「これで……!」
『五月ちゃん! 何する気なの!? 逃げて~!』
『おいおい! 無茶すんなよ!』
五月は腰に下げている電磁刀を手にすると、スイッチを押して刀身を伸ばし、電源を起動させます。
タバサの壁耳目から様子を見ているトンガリの悲鳴やブタゴリラの声がトランシーバーから聞こえてきますが、五月は無視して駆け出しました。
「パワーを目一杯にして……」
電磁刀の鍔部分のダイヤルを回すと、光を放つ刀身がより強く眩しすぎるほどに発光していました。
ダイヤルを回せば出力を上げることができ、より強力な磁場や電気ショックを発せられるのです。
「ルイズちゃん、キュルケさん! 早く逃げて!」
倒れている二人を庇うようにゴーレムの前へやってきた五月は電磁刀を構えて叫びます。
ゴーレムは振りかぶった拳を勢いよく振り下ろしてきました。
ガキンッ! とぶつかり合う強烈な衝撃音が響き渡ります。
「う……」
ルイズとキュルケが体を起こし振り返ってみれば、そこには目を疑うような光景がありました。
巨大なゴーレムの強靭な拳がすぐ目の前まで迫っており、今にも自分達を押し潰さんとしていたのです。
「サ、サツキ……」
そしてそのゴーレムの一撃を五月が眩い光を放つ電磁刀を頭上の前で構えて受け止めていたのでした。
パワーを最大にした電磁刀は五月の十倍はある巨大な岩のゴーレムの拳をも簡単に受け止めていたのです。
普通の剣などで受け止めようものならば剣は折れる所か、一緒に潰されていたことでしょう。
「んっ……」
しかし、ゴーレムは五月をそのまま押し潰そうと拳をさらに押し出そうとしています。
五月はその場で踏ん張って持ち堪えていました。
電磁刀の磁場の力でゴーレムの拳は刀身から僅か1ミリの所でピタリと止まっています。パワーを最大にしているおかげで五月でも押し負けることはありません。
もちろん、このままではいずれ潰されてしまいます。
五月は電磁刀を握る両手と腕に目一杯に力を込めていきました。
「んんんっ……!」
腕に巻いている万力手甲が反応し、五月の腕力をさらに増幅させていきました。それは通常の何倍、それこそ熊といった大きな動物も持ち上げられるほどにです。
五月は自分の腕がとても軽くなっていくような感覚がありました。
「……えええええいっ!」
力のある掛け声と共に、五月は渾身の力を込めて電磁刀でゴーレムの拳を押し出しました。
バチンッ、と弾ける音と共にゴーレムの拳が五月の強化された力と電磁刀の磁場によって弾き飛ばされます。
そのままゴーレムはバランスを崩して背中から大きく倒れこんでしまいました。
先ほど振り払ったギーシュのワルキューレの何体かが、倒れたゴーレムの下敷きになってしまいます。
タバサはゴーレムが倒れる前にその場から離れ、五月達の元へと向かいました。
地響きを立てて倒れたゴーレムは何とか起き上がろうともがいていますが、中々起きられません。
「すごい……」
そして、ゴーレムを倒した当人である五月自身も唖然としていました。
電磁刀と万力手甲の力によるものとはいえ、自分があんな巨大なゴーレムと力比べをして勝ってしまったなんて信じられません。
本当にキテレツの発明品は不思議で、予想のできない力を持つものだと実感します。
「大丈夫? ルイズちゃん、キュルケさん」
「おーい! 君達、無事かね!?」
五月が起き上がる二人に声をかけると、そこにギーシュも駆け寄ってきました。
「いや、しかしすごいな……こんなゴーレムを倒してしまうなんて……う~む……」
ギーシュは五月が倒したゴーレムを眺めて呆然とします。自分のワルキューレでさえ歯が立たないフーケのゴーレムを力押しで倒したのが信じられないほどでした。
そして、そのゴーレムを倒した五月がとても勇ましく見えていました。それこそ、本当の戦乙女(ワルキューレ)のようです。
「怪我はない?」
「ええ。あたしは大丈夫よ」
キュルケは笑顔で、しかもウィンクまでして余裕の態度で五月に答えますが、対してルイズは唇を噛み締めたまま俯いていました。
五月は心配そうにルイズの方を見やりますが……。
「何でっ……!」
顔を上げたルイズはきっと五月の顔を睨みつけます。その表情は怒りに満ちていました。
「何で、ついてきたのよ! 学院で待ってなさいってあれほど言ったのに……あたし達の邪魔をして!」
「ルイズちゃん……」
自分を助けてくれた恩人であるはずの五月をルイズは烈火の如く怒って非難していました。
「キュルケもキュルケよ! あたしの邪魔をしないでよ! あたしは自分の力で……!」
さらにはキュルケにも噛み付くルイズでしたがパシン! と乾いた音がルイズの言葉を遮っていました。
キュルケがルイズの頬に一発、平手打ちを叩き込んでいたのです。
頬を叩かれたルイズは突然のことに沈黙し、打たれた頬を押さえて呆然としています。
キュルケは今までにない厳しい顔でルイズを見下ろしていました。
「いい加減にしなさいよ。あんたのプライドであたし達がどれだけ迷惑をしていると思ってるの?」
キュルケの冷たい言葉にルイズだけでなく、五月もギーシュも黙り込みます。
「あんたが学院の連中を見返してやりたいって言うのは分かるわよ。でもね、それで失敗なんかしたら何にもならないじゃない。あんた、今自分がどうなっていたのか分かってるの?」
ルイズはゆっくりとキュルケの顔を見返します。
「もしサツキ達がついてきてくれなかったら、あんたはさっき死んでいたのよ!? 分かってるの!?」
キュルケのその言葉にルイズの表情は凍り付いていました。
死、という現実が自分に迫っていたことを思い出し、言い知れぬ恐怖が湧き上がったのです。
「確かに貴族らしい死に方ってものはあるでしょうね。敵に勇気を示しながら討ち死にをして貴族の誇りを示す、なんて……そんなご大層な綺麗事がね。でも、あんたがやっていたのは勇気でもなんでもない、ただの犬死によ。そんなのは誇りなんかじゃないわ!」
自分がやっていたことを咎められて、ついにルイズの目元にはじわりと涙が滲んでいました。
「この子達ははっきり言って……あたしらなんかよりずっと場数を踏んでるわ。今は貴族だの平民だの、プライドなんて言ってる場合じゃないのよ。あたし達に力を貸してくれるっていうなら遠慮なく借りたって何も恥じゃないんだから。ましてや、フーケほどの相手ならね」
「う……うう……」
「お、おいおい……」
キュルケはそっと五月の肩を抱いていましたが、ついにルイズは嗚咽を漏らして泣き出し始めてしまいました。
二人のやり取りを見届けていたギーシュは困ったように慌てています。
「だって……あたし、悔しいのよ……いつも、みんなから馬鹿にされて……」
「ルイズちゃん……」
「何で……何であんた達は平民なのに、そんなに勇気があるの……? どうしてあたし達にできないことができるの……? そんなの……そんなの、悔しすぎるわよ……」
五月達に抱いていた様々な思いをルイズは泣きながら漏らし始めます。
平民でありながら、キテレツの発明品を使って自分にできないことができるのがとても羨ましく、そして悔しかったのでした。
それどころか発明品が無かったとしても勇気を示して立ち向かうことができるのですから。
「わたしだって、本当は怖いわ。あんな大きなのを相手にしたんだから。もちろんキテレツ君達だってそうよ。でもね……」
五月はそんな泣き崩れるルイズをそっと抱き留めてあげます。
「友達のためだったら、いくらでも勇気が出せるし、どんなことでもやり遂げたいって気持ちになれるの」
「良いわよね……あんたには信じ合える友達がいて……あたしにはいないのに……」
友人や仲間の有無が決定的な違いであると、ルイズは思い知ります。
五月もキテレツ達も仲間同士で助け合えるからこそ、ここまで勇気を出し、敵に立ち向かえるのです。
それに対して自分にはそれらがないのです。その事実もまた、ルイズにとっては悔しかったのでした。
「……いいえ、ルイズちゃんにだってしっかり友達がいるわ」
五月のその言葉に顔を上げたルイズは泣き崩れて歪んだ顔のまま見つめます。
「それに……わたしだって、ルイズちゃんのことを友達だって思ってる。ルイズちゃんは、わたし達を危ない目に遭わせたくないから付いてきちゃダメって言ったんでしょう?」
呆然とするルイズですがその時、辺りを強い地響きが襲っていました。
倒れていたゴーレムがようやく起き上がりだしたのです。
「ひ、ひえ……! ど、どうするんだね……!」
ギーシュが腰を抜かして動揺します。五月達もゴーレムを前に身構えました。
「このゴーレムを操っているフーケを何とかすれば良いんでしょう? それだったら、フーケを捕まえればいいんだわ」
「で、でも……フーケがどこにいるかなんて……」
涙をぐしぐしと拭うルイズは困惑します。
しかし、五月は持っているトランシーバーをルイズに差し出しました。
「それでキテレツ君達と連絡をして。フーケを森の中で見つけたみたいなの。あのロングビルさんがフーケだって言ってたわ」
「何ですって?」
「ミ、ミス・ロングビルがかね?」
五月の言葉にキュルケとギーシュが声を上げます。
ルイズにトランシーバーを渡した五月は電磁刀を構えました。
「わたしが時間を稼ぐから、ルイズちゃん達はフーケを捕まえて!」
「で、でも……!」
戸惑うルイズですが、ゴーレムはまたも腕を振り上げようとしていました。
「早く! 行って!」
「ルイズ! ここはサツキに任せるしかないわ! あたし達にできることをやるのよ!」
「サ、サツキ……!」
キュルケがルイズの手を引っ張り、森の中へと向けて走り出します。
ルイズは心配そうに五月を振り返っていましたが、キュルケと共にすぐに森の中へと消えていきました。
「どうしたの、何で行かないの?」
「あなた一人じゃ危険」
「い、いや……こ、腰が抜けてしまって……!」
キュルケ達と一緒に行かなかったタバサがそう答えますが、完全に萎縮してしまったギーシュはその場から動けないでいました。
しかし、そんなギーシュのマントをタバサが掴みます。
「ひとまず離れる」
「うん」
タバサに促され、五月はその場から急いで駆け出しました。
ギーシュの首根っこを掴むタバサもフライの魔法で低空を素早く飛びながら離れます。
ゴーレムの拳が三人がいた場所に叩き込まれたのは、それからすぐのことでした。