コロ助「わーっ! 魔法使いの泥棒が学校にも現れたナリーっ!」
キテレツ「魔法学院には破壊の杖っていうマジックアイテムが置いてあって、それを狙ったみたいなんだ」
コロ助「泥棒の魔法使いのゴーレムはとっても大きいナリ! 踏み潰されてしまうナリよ!」
キテレツ「こうなったら、如意光を使うか! あんなゴーレムだってあっという間に手乗りサイズさ!」
コロ助「うわあ! ルイズちゃん、何をする気ナリ!?」
キテレツ「次回、大胆不敵! フーケはお昼も大忙し?」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
キテレツの回古鏡でフーケの手掛かりを写しましたが、キテレツの希望とオスマン学院長の計らいで回古鏡のことは内密にしてもらうことになりました。
フーケの情報は近隣の農民からの聞き込みで得たということにしてくれたのです。
「フーケは恐らく、我が魔法学院も狙っておるに違いない」
「同感ですな」
モット伯の屋敷から帰ってきたオスマンとコルベールは本塔へ向かう道中で話し合います。
オスマン達の馬車と一緒にキント雲で戻ってきたキテレツ達も一緒に歩いていました。
「何で泥棒がここに来るって分かるナリか?」
「あんた、そんなことも分からないの? モット伯の屋敷とここは目と鼻の先なんだから、フーケは次にここを狙ってきてもおかしくないのよ」
疑問を述べるコロ助の頭をルイズはポンポンと叩きました。
「この学校にも、その泥棒が欲しがるようなものが何かあるの?」
「学校にも盗みに入るなんて、せこい泥棒だな」
呑気なトンガリとブタゴリラの言葉にルイズはムッと二人を睨み付けます。
さらにオスマンの後ろを歩くロングビルが、ピクリと反応してブタゴリラを流し目で僅かに見つめていました。
「ここを何だと思ってるの? ここは恐れ多くも誉れあるトリステイン魔法学院なのよ。貴重なお宝やマジックアイテムだって保管してるのよ」
「そんなに大事な物があるんですか? 先生」
ルイズが説明するとキテレツはコルベール達に尋ねました。
「うむ。この学院の宝物庫には、ミス・ヴァリエールの言ったように、色々な理由で預かることになった様々なマジックアイテムを大事に保管しているんだ」
「どんな物があるんですか?」
「あまり詳しいことは言えないのだが……どこかの遺跡などから発掘された危険な物とか、アカデミーから調査目的で一時的に預かっている物といった所だね」
みよ子の問いにもコルベールは丁寧に答えてくれます。
「そういえば、破壊の杖と呼ばれるマジックアイテムも曰くつきの代物と聞いていますわ」
「何なんですか? その破壊の杖って」
唐突に話題を広げてきたロングビルの言葉に五月はもちろん、キテレツ達も首を傾げます。
「私もあまり詳しいことは知らないのですけど……何でも使えばどんな強力な魔物も一撃のもとに倒すことができる力があるマジックアイテムだと聞いています」
「ほほっ、よく知っておるな。ミス・ロングビル。……じゃが、秘蔵の宝の名は滅多に口にせんようにな」
「申し訳ありません。オールド・オスマン」
オスマンに軽く諌められてロングビルは頭を下げます。
「しかし、フーケがこの近くに来ていたことが分かった以上、今夜から学院の警備はいつもより強くせねばならんの。取り越し苦労とは思うが」
「どうして取り越し苦労だって思うんですか?」
「そのフーケっていう泥棒はとても大きいゴーレムであんなことをしたんですよ?」
オスマンがどこか呑気な様子で呟くのを見てキテレツと五月は声を上げました。
彼もそうですが、コルベールからもどこか警戒心や危機感が強く感じられないのです。
「なぁに、宝物庫がある本塔は極めて頑丈に作られてあるでな。壁も天井も、宝物庫の錠前もスクウェアクラスのメイジが数人がかりで固定化の魔法を厳重にかけておる。モット伯の屋敷のものより強力にな」
オスマンは立派な自分の髭を揺らしながら誇らしく語るのですが……。
「こ、こてい、か?」
「そんな名前のイカなんかでどうしようって言うんだよ。痛てっ!」
コロ助が頭を抱え、天然ボケをかますブタゴリラの頭をパシン、とルイズが叩きます。
「固定化よ! こ・て・い・か! 色々な化学反応から物を保護する魔法のことよ!」
「うむ。固定化をかけられたものは錆付くことも、腐ることもなくなるのだよ。無論、メイジに錬金の魔法をかけられても変化することはないんだ」
人差し指を立ててブタゴリラに迫りながらルイズは説明しました。コルベールも教師らしく説きます。
「へぇー、便利な魔法なんですね」
キテレツは固定化魔法の効果について関心した様子でした。
自分の発明も古くなっていつか使えなくなってしまうことを考えると、固定化は大事な物を保存するのに最適な魔法に思えます。
(奇天烈大百科にそういう発明があったかな? ……でも、仕組みさえ分かれば僕でも作れるかもしれないな)
新たな発明が大好きなキテレツは思わずそのようなことまで考えてしまいます。
「ウオッホン……! その通りじゃ。如何に土くれのフーケと言えども、宝物庫の防御を突破することはできぬじゃろうて」
「ですが、油断は禁物だと思いますわ」
呑気な教師達に対してロングビルだけはまともな警戒心などがあるみたいでした。
「わたしもロングビルさんの言う通りだと思います」
「そうですよ、先生」
五月もみよ子もロングビルの意見に同意していました。
「僕も手伝いますから、その泥棒がいつ来ても大丈夫なようにしましょうよ」
キテレツもフーケに発明品を盗まれている以上、放っておくことはできません。
何としてでも捕まえて取り返さなければならないのです。
「うむ。確かにそうじゃな。……コルベール君。今夜の当直は君じゃったな?」
「え、ええっ!? 確か、今日はギトー先生ではなかったかと……」
「はて? そうじゃったかの? おやおや? ワシもよく覚えておらんでな。一体、誰であったかのう?」
オスマンとコルベールが大の大人なのに漫才を繰り広げていて、一行は溜め息をつきます。
「このじいさん達、やる気あんのかよ」
「さあね……」
「心配ナリ……」
ブタゴリラ達も心配そうに二人の教師を眺めていました。
◆
夕刻、ヴェストリ広場へとやってきていたキテレツはケースからまた発明を取り出しています。
「ふうん、やっぱりあのマジックアイテムがフーケに盗まれちゃったのね」
その場にやってきたキュルケが腕を組みながら頷いています。
ルイズ達がモット伯の屋敷へ行っている間、キュルケは三年のペリッソンと学院の外で軽くデートをしていました。
「そうなんです。だからわたし達も困っちゃって……」
「あの道具を何とかして取り返さないと、また悪用されちゃうわ」
五月もみよ子も苦い顔を浮かべていました。
「サツキ。あいつは何をやってるわけ?」
「わたしには何も……。みよちゃん、何なの? あのロボット」
キテレツを眺めていたルイズは五月に尋ねますが、五月もキテレツが何をしようとしているのか分かりません。
ケースから取り出した物を如意光を使って大きくしていますが、そのロボットらしき発明を五月は知りませんでした。
「あれはカラクリ武者っていう発明品よ」
しかし、みよ子はキテレツの発明品をいくつも見てきたので、それが何かすぐに分かります。
キテレツが取り出した鎧武者を模した一輪車の足を持つロボットはとても見慣れたものでした。
「カラクリムシャ? あれもガーゴイルなの?」
「へえ、コロちゃんと違って何だかずいぶんと雰囲気が違うのね」
ルイズもキュルケも用意されたカラクリ武者に目を丸くしていました。
「そんな奴を出してどうしようっていうんだよ」
「うん。今夜からカラクリ武者を見張り役にさせるのさ。フーケがいつ盗みにやってきても良いようにね」
カラクリ武者は非常に強く、侵入者を見つければすぐに撃退してくれるはずです。
その強さはキテレツはもちろん、ブタゴリラ達もよく知っていました。
「でも相手は魔法使いの泥棒だよ? あの屋敷を壊しちゃうくらいのゴーレムを使うんでしょ?」
「カラクリ武者だけじゃ心細いナリよ」
「う~ん……それもそうだね。それじゃあ……」
心配な様子のトンガリとコロ助に言われて、キテレツはさらにケースから発明品を取り出します。
「あら、あのガーゴイルまで……」
取り出されたのは先日、キュルケを縄で縛りあげた召し捕り人でした。
「あんな変なガーゴイルなんかが役に立つの?」
「まあ、頼りにはなるんじゃないかしら。少なくとも警備の兵よりは役に立つわよ」
ルイズが怪訝そうにしますが、召し捕り人の実力を思い知ったことがあるキュルケは素直にそう答えます。
「あれがあなた達のガーゴイルというやつですか」
「ロングビルさん」
と、そこへ突然現れたのは学院長オスマンの秘書、ロングビルでした。
「学院長やコルベール先生からお話は伺っていますわ。異国で作られたマジックアイテムというのは本当に不思議で変わっているのですね。本当にあの子が作ったのですか?」
「ええ」
「全部、キテレツ君の発明品ですから」
五月とみよ子の言葉にロングビルはとても興味深そうにキテレツを見つめています。
ガーゴイルだけでなく自分の過去の一部を写してしまったマジックアイテムを作り出したキテレツに驚きが隠せませんでした。
「でも、考えてみればキテレツのマジックアイテムをフーケが狙ってくるっていうのも考えられるわよね」
「それは無いと思いますよ。フーケは貴族の宝にしか手を出さないという話だそうですから」
キュルケの推測を何故かロングビルは一蹴してそう断言しました。
「どうしてフーケは貴族しか狙わないんですか?」
「やっぱりお金持ちの人がよく狙われるってことなのかしら」
「さあ……単純にそうとは言えないかもしれませんね……。貴族ばかりを狙っているということは、フーケは貴族が嫌いなのかもしれませんね」
みよ子と五月にロングビルはまるでフーケの気持ちが分かるかのように静かに答えます。
「まあ、フーケがメイジってことは元は貴族だったんでしょうけど、貴族にも色々いるしね。勘当されたり家が取り潰された貴族が傭兵になったり犯罪者になったりすることがあるみたいだし……」
「そんなことがあるんだ……」
「それであんな魔法使いがいたりした訳ね……」
みよ子は初めて異世界にやってきた日に実際に犯罪者となったメイジを目にしています。
ならばフーケが元は貴族であるという話に納得ができました。
「とにかく、早くフーケを見つけて剥製光を取り戻しましょう」
「ええ。あの女の子達も元に戻してあげないといけないものね」
五月もみよ子も女の子ながらにフーケを見つけて捕まえることに張り切っていました。
「よし! 準備はできたよ!」
キテレツはカラクリ武者と召し捕り人を並べて全ての準備を整えました。
カラクリ武者のリモコン兼モニターに、ブローチ式の小型カメラ・壁耳目を召し捕り人に装着させます。
「泥棒がやってきてもあっと言わせられるナリ」
「へへへっ、イチゴの出汁にしてやれるぜ」
「もしかして一網打尽って言いたいの? 第一、フーケって一人だけ……」
「お前は一々、人の揚げ足を取るんじゃねえ!」
「うわあ、やめてよ~!」
ブタゴリラがトンガリの首に腕を巻きつけ抱え、頭をぐりぐりと拳で捻じ込みます。
「やめなさいよ、ブタゴリラ君」
「熊田君も一々、構わなければいいじゃない」
みよ子と五月はブタゴリラを止めに入りました。二人に詰め寄られてブタゴリラも仕方なくトンガリを離します。
「本当に大丈夫かしら?」
「さあ、どうでしょうかね……」
キテレツ達を心配そうに眺めるルイズに対し、ロングビルは微かにほくそ笑みながら肩を竦めていました。
◆
しかし、張り切っていたキテレツ達に反してフーケは一向に現れる気配がありませんでした。
魔法学院を警備する衛兵はもちろん、正門の詰め所には当直の教師がいつも以上に怪しい者に対して目を光らせていますし、キテレツが用意したカラクリ人形達も庭で見張りを行っていました。
それでもフーケらしき怪しい人物はまるで見つかる様子はないのです。宝物庫も無事なままでした。
結局、三日が過ぎてもフーケはもちろん、ゴーレムすら現れません。
「全然見つからないじゃねえか、キテレツ。あの人形だって全然役に立ってねえぞ」
「そう言われても……向こうからやってこない限りはどうしようもないよ」
その日の午後、中庭でブタゴリラに文句を言われてキテレツは困っていました。
「警備が厳重だから諦めちゃったんじゃない?」
「きっとそうナリよ」
「それじゃあ困るよ! 早くフーケを捕まえなきゃいけないのに!」
トンガリとコロ助の言葉にキテレツは慌てます。
魔法学院からしてみればフーケが現れないで何も盗まれないのは良いことなのですが、キテレツにとってはフーケが現れないのは大問題でした。
フーケが魔法学院の宝物庫を狙っているのであればこっそりと夜に盗みに入るか、巨大なゴーレムを呼び出して力尽くで破壊しに現れると思ったのに、諦めてどこか別の場所へ行かれてしまってはもうどうすることもできません。
「でも、フーケが女の魔法使いだっていうのはもう広まっているんでしょう?」
「だったら、きっとまた何か手がかりが見つかるよ」
頭を抱えるキテレツに対し、みよ子と五月は落ち着いています。
確かにオスマン学院長が王宮にフーケは女のメイジであると報告をしていました。
今まで男か女かすら分からなかったフーケの性別だけでも分かったことで、王宮側も犯人捜しに当たりをつけやすくなったはずです。
「うん……」
「あんた達、うるさいわよ。今はあたし達が授業中なんだから、静かにしてちょうだい!」
と、そこにルイズがやってきてキテレツ達を叱り付けます。
彼女の言う通り、今はルイズのクラスが中庭で魔法の実技を行っている最中でした。
「ごめんね、ルイズちゃん」
「頼むわよ、まったく……」
「ミス・ヴァリエール! 今は授業中だぞ。召使いの世話は後にするんだな」
ルイズに謝る五月ですが、そこへ実技を担当しているギトーから呼びかけられました。
慌ててルイズは授業の場へと駆け戻ります。
「ゼロのルイズ! 平民と一緒に見学していても良いんだぜ?」
「どうせまた失敗するだけなんだからな」
「失敗するのは勝手だけど、僕達にはくれぐれも迷惑はかけないでくれよな」
生徒達はまたもルイズに心ない中傷を浴びせてきました。一人が言えばまた別の生徒が続き、周囲の生徒達もクスクスと嘲笑するのです。
ルイズは俯いたまま何も答えません。しかし、その表情は明らかに悔しそうにしていました。
「では改めて、実技を続けるぞ」
そしてギトーはと言うと、生徒達の行いやその誹謗中傷に晒されているルイズには興味がなさそうに授業を続行していました。
「相変わらずひどいわね。ルイズちゃんが可哀想」
「あの先生もちょっと冷たすぎるわ……」
みよ子と五月は生徒達と教師の光景に苦い顔を浮かべます。
コルベールやシュヴルーズなどの教師はこうしたいじめは絶対に許さないのに、ギトーは全くの逆でした。
自分の目の前で生徒が他の生徒にいじめられているのが目に入っているはずなのに、眼中にないかのように見て見ぬふりをしているのです。
彼は生徒への愛情や関心があまりにも薄すぎるのです。
「見てるこっちも気分が悪くなるね」
「佐々木先生を見習ってもらいたいもんだぜ」
キテレツ達のクラスの担任である佐々木先生は生徒のいじめや暴力は決して許しません。
ブタゴリラが誰かをいじめていたり暴力を振るったりしているのを見ると、真っ先にかけつけて止めに入るのです。
「そりゃあね、佐々木先生はブタゴリラが僕達にちょっかいをかけているのを見るとすぐに来てくれるもんね」
「一言余計なんだ、お前は!」
どこか馬鹿にしたような態度のトンガリに、ブタゴリラはその頭を小突きます。
「あたっ! ……もう、先生がいないと思って」
「何だと! この野郎!」
「やめろよ、ブタゴリラ。静かにしてないと……」
「そうナリよ。ブタゴリラもルイズちゃんをいじめてる子達と同じナリ」
キテレツとコロ助に止められて、ブタゴリラは渋々と矛を収めていました。
「あんな奴らと一緒にすんな」
しかし、いくらブタゴリラでも目の前のいじめっ子達と同じにされるのは嫌でした。
「ルイズちゃん……」
五月は心配そうにルイズを見つめます。
ルイズは他の生徒達が魔法で実技を行っているのを歯痒そうに眺めていました。
魔法がまともに使えないルイズは、他の生徒達のように授業を楽しむことができないのです。
◆
「やれやれ……夜はあんなに厳重だったのに、昼になれば隙だらけだねえ」
魔法学院の外壁の縁から一人の女が顔を出していました。
ローブを纏ってフードを目深く被った女はレビテーションの魔法で浮かんでおり、中庭をこっそりと覗いています。
中庭で授業をしている生徒もキテレツ達も、誰も彼女には気づいていません。
「まあ、これだけ腑抜けなら仕事がやりやすいんだけれどね」
女メイジはこのほのぼのとした光景にこっそりとほくそ笑みます。
夜は衛兵達が中庭をいつも以上に警備をしていたのが嘘のようでした。
「問題はあの平民の子達だけれど……」
女メイジはちらりと本塔の壁に寄りかかっている子供達を見つめます。
「あの子達は油断ならないからね……」
キテレツ達が数々の不思議なマジックアイテム――発明品を扱えることを知っている彼女は、仕事をするチャンスを待っていました。
夜は警備の数が多いのはもちろんですが、キテレツが用意したカラクリ武者や召し捕り人の存在のおかげで仕事が行えなかったのです。
先日、モット伯の屋敷で仕事を果たしたのはいいのですが、自分の素性が危うくバレかけたのには驚きでした。
まさか過去を写すマジックアイテムなどという物を持っているなど、全くの予想外だったのです。
しかし、今は昼間。闇夜に潜んでこっそりと仕事をすることはできず目立ちはしますが、逆に警備はまるで配置されていません。
誰が白昼堂々、授業中の魔法学院を襲うと考えるでしょう。
「どれ……そろそろ行くとするか……!」
外壁の外側へとレビテーションで降り立った女メイジは、さらに呪文を詠唱します。
それはこの場にある土を媒介にしてゴーレムを作り出す魔法でした。彼女ほどの実力のメイジであれば、30メートル級のゴーレムを作るのも簡単です。
彼女はこれまでにも同じ方法でトリステインの貴族達を震え上がらせ、数々の宝を奪ってきています。
そんな彼女を人は『土くれのフーケ』と呼んでいました。
◆
ルイズ達はギトーの指導の下、風魔法の実技を行っていました。
内容は用意されたそれぞれ大きさが異なる二つの石のどれかを風魔法で吹き飛ばしてみろというものです。
一つはボーリング玉くらいの石、もう一つはその数倍も大きく重そうな岩でした。
「何だ。この程度の石をそれくらいしか飛ばせんのか。情けない……」
生徒達の多くは小さい方の石を数十センチほど軽く転がすのが精一杯でした。クラスでは数少ないラインメイジの生徒達でさえ大きい岩を動かすことはできません。
その様子を目にしてギトーは鼻を鳴らしながら大きい方の岩の前に立ちます。
そして、手にする杖を構えて呪文を詠唱し始めました。
「ウインド・ブレイク!」
杖を突きつけると、その先から鋭い突風が放たれ、大きい岩を5メートルほど吹き飛ばしていました。
しかし、その光景を目にする生徒達から拍手はおろか歓声すら起こりません。
「いいかね。風というのは実体がないように見えて力がないように思えるが、そうではないのだ。他の属性とは異なり、目に見えぬ風はこのような力を発揮できるほどの力を秘めているのだ」
ギトーが自論を語りだすと、生徒達は辟易とした様子で軽く聞き流します。
こうやって風の魔法の優位性を語るのは彼だけではなく、多くの教師の癖なのです。
すなわち自分の能力をひけらかすのが目的、ということでもありました。
「最近は土くれのフーケとかいう盗賊のメイジがあちこち荒らしているようだが、如何にフーケと言えどもあの岩のように風の力で容易く薙ぎ倒されることだろう。所詮は土のメイジなのだからな」
自慢げに、そして得意げに語るギトーに生徒達から冷たい視線が浴びせられます。
しかし、そんなものなど気にせずギトーは喋り続けていました。
「相変わらず飽きない先生ね……」
キュルケはつまらなそうにギトーを睨みます。隣ではタバサが興味もなさそうに本を読んでいました。
「それでは、他に誰かやってみたい者は……」
「うわあっ! 何だ、ありゃあ!」
「何ナリかーっ!」
ギトーが再び生徒達を見回しますが、そこに突然見学をしているキテレツ達の大声が響きます。
「あいつら……!」
ムッとしていたルイズはキテレツ達の方を振り向きます。一行は何やら何かを見て驚いていました。トンガリに至っては腰を抜かしてしまっています。
ギトーも目障りだと言いたそうに睨みつけていました。生徒達はクスクスと嘲笑しています。
「うるさいわよ、あんた達! 静かにしなさいって……!」
「ルイズちゃん! あれ、あれ!」
怒鳴りつけるルイズですが、キテレツは驚きながらも正面を指差します。
ルイズと、他の生徒達は指差した方向を振り向きます。その先には――
「ひいっ! な、何だいあれは!?」
「ゴ、ゴーレム!」
悲鳴を上げる生徒達の視線の先、そこには魔法学院の外壁を跨ぐ巨大な影があったのです。
それは紛れもなく土のゴーレムで、大きさは30メートルもある如何にも強靭そうなものでした。
ゴーレムが歩く度に、ズシンズシンと重い地響きを立てて大地を揺るがします。
「な、何でここにゴーレムが!?」
「ま、まさか土くれのフーケ!?」
生徒達は突然の巨大なゴーレムの出現に、完全にパニックに陥っていました。
腰を抜かしてその場から動けない者、恐怖に怯えて一目散に逃げ出す者、中庭は逃げ惑う生徒達でいっぱいです。
「そ、そんな……ま、まさかフーケが……! は、白昼堂々と……!」
そしてギトーはというと、他の生徒達と同様に腰を抜かしてしまっています。
先ほど、自分の語っていた自論を実行する気力などありません。メイジとしては優秀であっても、所詮は実戦経験などほとんどないのです。
「う、うわあああああっ!」
向かってくるゴーレムを前にして、蜘蛛の子を散らして逃げる生徒達同様に、ギトーも尻尾を巻いて逃げてしまいます。
生徒達を守るべき教師とは思えないほどに情けない醜態を晒していました。
中庭をゆっくりと進むゴーレムは中庭を逃げ惑う者など眼中になく、本塔へと一直線に向かっていきます。
「きゃあっ!」
「モンモランシー! しっかりするんだ!」
ギーシュは倒れてしまったモンモランシーの元へ駆け寄ると抱きかかえて安全な場所へと運んでいきます。
最初は他の生徒同様に腰を抜かして動けなかったのですが、倒れたモンモランシーを見るなり勇気を振り絞って動いたのです。
「タバサ! 手を貸して!」
しかし、逃げ惑う生徒達の中にも果敢にゴーレムに立ち向かう者もいました。
それはキュルケとタバサです。並んだ二人はゴーレムに向けて杖を構えます。
「ファイヤー・ボール!」
「エア・ストーム」
二人の杖の先から同時に、巨大な火球と竜巻が放たれます。二つの魔法はゴーレムの巨体に直撃しました。
しかし、ゴーレムはそんな攻撃など物ともしません。
「ひえええっ! ま、まさかこんなに大きい物だったなんてー!」
腰を抜かしたままトンガリは完全にビクついています。
キテレツ達も巨大なゴーレムの出現に唖然としていました。
「見て! 誰か乗っているわ!」
みよ子が指差すと、ゴーレムの肩にはローブを纏った人影があるのが窺えます。
「あれがフーケなの?」
「間違いないよ! まさか、こんな真昼間に現れるなんて……!」
「ハクション堂々、盗みにやってくるなんて良い度胸してやがるぜ!」
「それを言うなら白昼堂々!」
こんな時でもトンガリはブタゴリラに突っ込みを入れます。
夜に襲ってくると思ってカラクリ武者や召し捕り人達を用意していたのに、完全に計算外でした。
「何とかならないの、キテレツ君!?」
「キテレツ! 如意光ナリ!」
五月が叫ぶと、コロ助が即座に対処方法を告げました。
如意光を使えば、あんなゴーレムなどあっという間に小さくすることができます。
「そうか! コロ助! 急いで持ってきてくれ!」
「分かったナリ!」
コロ助はキテレツの発明品を置いてある平民の宿舎へと大急ぎで走っていきます。
キテレツ達も本塔から離れてキュルケ達の近くへと移動しました。
「しっかりしやがれ! 踏み潰されてえのか!」
「うわあああっ! ママーッ!」
ブタゴリラに引き摺られるトンガリは恐怖から思わず叫んでしまいました。
「あっ! ルイズちゃん!」
五月はゴーレムの進路でルイズが杖を構えて立っているのを見つけます。
ルイズは逃げようとせずにキュルケやタバサ同様に果敢にゴーレムに立ち向かおうとしていたのでした。
必死に呪文を唱えているのですが、ゴーレムの表面に爆発が起きるだけでまるで効いていません。
ゴーレムは本塔の壁をその巨大な豪腕で殴りつけ始めました。
「五月ちゃん!」
トンガリはルイズに慌てて駆け寄っていく五月に向けて叫びます。
「ルイズちゃーん!」
五月はルイズに向けて呼びかけますが、ルイズは意に返しません。
「離して! フーケが現れたのよ! ここで捕まえないと!」
「駄目よ、ルイズちゃん! 逃げないと!」
五月はルイズの腕を掴んで力一杯に引っ張っていきます。
しかし、ルイズはジタバタと暴れて杖を振り回しました。
「ファイヤー・ボール!」
引き摺られながらも必死に呪文を唱えますが、やはり杖からは魔法は放たれません。
代わりに本塔の壁に大きな爆発を巻き起こす始末でした。
「ルイズ! どうせ爆発させるんだったら、フーケのいる所を爆発させなさいよ!」
「うるさいわね! ほっといてちょうだい! サツキもいい加減に離しなさい!」
ルイズは力ずくで五月の手を引き剥がすと、タバサと一緒に魔法を放つキュルケに混じってさらに呪文を唱えていきます。
しかし、やはり効いている様子はありません。
「ちきしょう! 何て頑丈な奴だ!」
「あっ! 壁が……!」
キテレツはゴーレムが何度も殴りつけていた本塔の壁についに穴を開けて破壊するのを目にします。
フーケはその腕を伝って本塔の中へと侵入していきました。
「どうすることもできないの?」
「コロ助はまだか!」
キテレツの発明品が無ければ何もできない以上、コロ助が戻ってくるのをキテレツ達は待つしかありません。
そうこうする内にフーケは破壊して開けた穴から出てきます。その腕の中で何かを抱えているのが見えました。
「あっ! 逃げて行くわ!」
フーケを肩に乗せてゴーレムは用が済んだと言わんばかりに反転して学院の外へと向かっていきます。
このままでは完全に逃げられてしまいます。
「タバサ?」
そこへタバサが突然指笛を吹き出しました。
すると、どこからともなく彼女の使い魔のシルフィードが現れて外壁を乗り越えたゴーレムの後を追っていきました。
「お待たせナリーっ!」
そこへコロ助が如意光を手に、戻ってきました。
「遅いんだよ、お前は!」
しかし、ブタゴリラはコロ助の頭を小突きました。
既に逃げられてしまった以上、今更戻ってきても意味がないのです。
キテレツ達もルイズ達も、去っていくゴーレムを呆然と見届けることしかできません。
◆
「ふう、上手くいったね……」
ゴーレムの肩の上でフーケは一息をつきます。
学院の壁をゴーレムの豪腕で破壊しようとしたのですが、さすがに頑丈な防御力を誇る本塔の壁は傷一つ付けられなかったのです。
ところが、ルイズが起こした爆発によって、壁に幸運にも大きなヒビが入ったおかげで、ゴーレムで破壊することができたのです。
こうしてフーケは宝物庫への侵入を果たし、中に収められていたマジックアイテム――『破壊の杖』が収められたケースをまんまと盗み出せたのでした。
「しつこい奴だね……」
フーケは上空を旋回しているシルフィードを見上げて舌を打ちます。このまま追跡されては面倒なことになってしまいます。
フーケは懐に手を入れると、中からピストルの形をした道具を取り出していました。
「どれ、試させてもらおうじゃないか。異国のマジックアイテムの力を」
それは先日、モット伯の屋敷を襲って手に入れたマジックアイテム――錬金の魔法銃と呼ばれる代物でした。