コロ助「わーっ! みよちゃんが剥製になっているナリーっ!」
キテレツ「あのモット伯っていう人は、魔法の道具で人間をコレクションにしている悪い人だったんだ」
コロ助「悪いお殿様は許せないナリ! 絶対に懲らしめてやるナリ!」
キテレツ「五月ちゃんが何とかがんばっているけど、モット伯も強い魔法使いなんだよ」
コロ助「ワガハイ、五月ちゃんに助太刀するナリ!」
キテレツ「ああっ! あの伯爵が持っている魔法の道具って……まさか、何でここに!」
キテレツ「次回、波濤のモットの秘宝! 錬金の魔法銃」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
シエスタと別れたキテレツ達は再び真っ黒衣で完全に透明になり、屋敷の探索を再開します。
「あの白菜の奴はどこにいやがるんだ?」
「どうして伯爵を捜すの?」
「あいつについていれば、もしかしたらみよちゃんのいる所に行くかもしれないじゃねえか。あいつはロリコンなんだろ?」
五月から問われたブタゴリラは得意気にそう答えます。
「まあ……居場所は知っているだろうけどね……」
みよ子が今、この屋敷でどんな目に遭っているのか分からず、キテレツは気が気ではありません。
『どうなの、あんた達。ミヨコは見つかったの?』
廊下を進んでいく中、キテレツのトランシーバーからルイズの声が小さく聞こえてきます。
「それが、まだなんだ……でも、道具も反応しているからここにいることは間違いないはずなんだよ」
『いい? 何かあっても余計なことはしちゃ駄目なんだからね。自分達の立場を弁えなさい』
『五月ちゃんに何かあったら困るんだから、早く戻ってきてよ……』
『ちょっと! 返しなさいよ! 今、あたしが話してるんだから!』
『うわあ!』
小声で話すキテレツにルイズとトンガリはトランシーバーの向こう側で争っています。
音量は小さくしているのでほとんど周りには聞こえませんが、人が近くにいる時は迂闊に話せません。
「それにしてもこのお屋敷……何だか怖いナリね……」
コロ助は屋敷に飾られている動物の剥製を見て少し怖がっていました。
剥製はまるで生きているような雰囲気で、今にも動き出しそうなのです。
「ただの剥製だよ、コロ助」
「でも、本当に生きているみたいね……」
五月も剥製が気になって仕方がありません。
「……あっ、静かに」
「出てきやがったな……」
キテレツ達は廊下の先の曲がり角でモット伯が何やら警備の兵の一人と話し合っているのを目にしました。
「くせ者はまだ見つからんのか」
「はい……未だに」
「まあ良い。たかが平民の子供ごときが忍び込んだとしても何もできんわ。このまま警備を続けていろ」
一礼をして去っていた兵を見送ったモット伯は踵を返してキテレツ達の方へ向かってきます。
四人は壁際に寄ってモット伯が通り過ぎるのを待ってじっと息を潜めていました。
「今回は二人の娘が手に入るとは、私も恵まれているな。あのメイドはどうやって味わおうか……」
廊下を歩くモット伯はニヤニヤと笑いながら、誰ともなく独り言を呟いています。
「二人の娘……ということは……」
「みよちゃんのことね……」
「あいつめ……みよちゃんを誘拐しやがって……見てろよ……」
通り過ぎていったモット伯の後ろを離れてついていく中、小さな声でキテレツ達は呟きます。
「どれ……まだ時間があるし、少しあの娘でも眺めてくるか……」
そう言ってモット伯は先ほどシエスタと話していた部屋へと入っていきました。
「みよちゃんの所へ行く気ナリよ」
「よっしゃ……行こうぜ」
キテレツ達はそっと、静かにモット伯が入っていった私室の扉をほんの僅かに開けて中を覗きます。
「みよちゃんを眺めるって、どういうことかしら……」
「さあ……分からないよ」
先ほどモット伯が口にした言葉に違和感を感じて五月とキテレツは首を傾げます。
「何やってやがるんだ……」
扉の隙間から中を覗いていると、モット伯は何やら大きな本棚の前に立って何かをしています。
「あ……!」
「棚が動いたぜ……!」
「隠し部屋……?」
モット伯の目の前にあった扉のように開いて、奥へと続く通路が現れたのです。
まさしくそれは隠し扉と言うべきものでした。モット伯は現れた通路の中へと入っていきます。
「きっと、あの先にみよちゃんを閉じ込めてやがるんだな」
「行ってみましょう、キテレツ君」
「うん……!」
意外な事実を目の当たりにしたことで、みよ子はやはりここにいるという真実が確かなものとなっていきます。
しかも只事ではない事態となっているようなのは間違いありませんでした。
「確か、これを引いてたな……」
部屋に入り込んだキテレツはモット伯と同じように本棚に端に置かれている一冊の本を引くと、隠し扉が開いて道が現れます。
その先には薄暗い通路が奥へと続いていました。そのずっと先から明かりが漏れているのが分かります。
「こ、怖いナリ~……」
「何言ってやがんだ。みよちゃんが閉じ込められてるんだぞ」
「まだはっきりとは分からないよ……」
「とにかく、行ってみましょう」
四人は意を決して隠し通路に入ってみることにしました。
こんな隠し通路を作っているくらいなのですから、ブタゴリラの言う通りにみよ子を牢屋にでも閉じ込めているのかもしれません。
「うーむ……いつ見ても素晴らしい……鳥や獣を鑑賞するのもいいが、やはり若い娘はいいものだ」
キテレツ達が通路を進んでいると、その奥からはモット伯の上機嫌な声が聞こえてきます。
「な、何だこりゃ……?」
「これって一体……」
ブタゴリラも五月も、通路の奥にあった物を目にして愕然としました。
入り口から顔を出して覗くと、そこは広い部屋であり、部屋の中心にはいくつもの人形が並べられていたのです。
それは本物と見紛うばかりに精巧な若い娘ばかりの人形で占められていました。ポーズも直立から驚いているようなものまで様々です。
「ふふふ、やはりあのマジックアイテムは素晴らしい。これほどの剥製を一瞬で作れるとは! 少々、形は気に入らんが……」
モット伯は人形達に近づいて満足そうに眺めながら独り言を呟いていました。
「は、剥製……!? こ、これが……!?」
五月はモット伯の言葉に驚きを通り越して驚愕します。
動物の剥製なら知っていますが、人間の剥製なんて聞いたことがありません。そもそも、人間を剥製にするなんてとんでもない行為です。
「あ……! おい、キテレツ……! あれ見ろ……!」
「ああ……! みよちゃん……!?」
キテレツ達はモット伯が熱心に眺めている剥製に注目して目を見開きました。
一番若く小さな少女、ピンクのワンピースを着ている驚いたようなポーズの人形……それは紛れも無く、みよ子の姿をした剥製だったのです。
「あわわわわ……」
「嘘だろ? みよちゃんが、剥製に……?」
「そんな……みよちゃん……」
「みよちゃんが……あああ……」
キテレツ達はへなへなと倒れこみ、がっくりと膝を折って愕然とします。
友達が悪趣味どころではない趣味を持っている貴族の手で、見るも無残な剥製人形へと変えられてしまったのですから。
「今度はあのシエスタを剥製にするのが楽しみだな……」
みよ子の剥製を眺めていたモット伯は、部屋の奥へと歩いていくと何やら台の上に置かれた立派な装飾の小箱を開け始めます。
モット伯は持っている杖を振ると、箱の中から何かが浮かび上がっていました。
「……ピストル?」
五月は箱の中から出てきたものを目にして不思議そうにしました。
小箱の中から浮き上がっていたのは、かなり古い……江戸時代くらいに作られたような小さな拳銃だったのです。
中世ヨーロッパ風のファンタジーの世界にはそぐわない代物に見えました。
「お、おい……! キテレツ……あいつが持ってるのって……確か……」
「え? 何なの?」
五月は何故か驚きだすブタゴリラに戸惑います。
「あれは……即時剥製光……!?」
キテレツはモット伯が取り出した道具を目にして驚きます。
「それって、確か動物を固めてしまう道具ナリか?」
「え? それじゃあ、キテレツ君の発明品なの?」
ブタゴリラはもちろん、コロ助もその道具のことを知っていました。
即時剥製光は奇天烈斎が発明した道具で、あの道具から発射された光線を浴びせた生き物を剥製に変えてしまうものなのです。
「僕はあれを作ったことはないんだよ……でも、間違いなく即時剥製光だ……!」
かつてキテレツ達は航時機で江戸時代へ行った際、悪人が奇天烈斎の道具でトキを密猟しようとしていたのを奇天烈斎と一緒に食い止めたことがあったのです。
その時に目にしたあの発明品を、キテレツは忘れてはいませんでした。
と、いうことは屋敷中にある剥製も生きているように見えるのも不思議ではありません。即時剥製光で剥製にしたのであれば尚更です。
「何であの白菜が持ってやがるんだ……!?」
「そんなの分からないよ……」
しかし、現にモット伯は即時剥製光を持っているのです。
みよ子も、そして恐らくここにある他の女の子達の剥製も、きっとあの即時剥製光によって剥製に変えられてしまったのでしょう。
何故、モット伯が奇天烈斎の発明品を持っているのかはまるで謎ですが。
「それじゃあ……このままじゃシエスタさんまで……」
先ほどのモット伯の呟きから、いずれはシエスタまでもがモット伯の剥製コレクションの一部に加えられてしまうのです。
五月はみよ子はおろか、シエスタまでもが悪趣味なコレクションにされてしまうなんて許せませんでした。
「何て野郎だ……! おい……! みよちゃんを助けようぜ……!」
「そうナリ……! 早く元に戻してあげるナリよ……!」
「待った……! ここにみよちゃんがいるってことは分かったんだ。ひとまずルイズちゃんの所へ戻ろう」
キテレツだって今すぐにでもみよ子を助けてあげたいのです。
しかし、無茶をして失敗してしまったらどうにもなりません。この悪事をルイズに報告して突きつけてやれば、それで良いのです。
ましてや下手に争って即時剥製光が壊れてしまったら、永久にみよ子達は戻せません。
「うん。……それが良いわ。戻りましょう」
「もしもし……聞こえる?」
キテレツはトランシーバーを取り出して声をかけます。
『どうなの? 見つかったの?』
「うん。それが、大変なことが分かったんだ……」
剥製の鑑賞に浸っているモット伯に注意を払いつつ、キテレツは会話を続けました。
『大変なこと? ミヨコがどうしたの?』
『何があったのさ、キテレツ……』
『何でも良いから、早く戻ってきなさい。話はこっちで聞くわ』
ルイズもそう急かしているのでキテレツ達は一度退却することを決め、通路を戻ろうと振り返ります。
モット伯がいつ戻ってくるかも分からないので急がなければなりません。
「うわあ!? な、何ナリ!?」
しかし、その途中で最後尾のコロ助が突然、誰かに後ろから掴まれてしまっていました。
「な、何だよ! こいつら!」
それは騎士の姿をしたコロ助ほどに小さなアルヴィーの魔法人形達でした。
真っ黒衣で見えなくなっているはずなのに、アルヴィー達はキテレツ達に剣を向けてきていたのです。
その中の一体はコロ助を掴んで引きずり倒していました。
「は、離すナリーっ!」
頭巾が落ちてしまったコロ助はジタバタともがいています。
「誰だ!?」
騒がしくしてしまったので隠し部屋のモット伯に気付かれたようです。
「何だ、お前は!?」
やってきたモット伯は隠し部屋に待機しているはずのアルヴィーが倒しているコロ助を見て驚いていました。
「まずい! 見つかった!」
「このチビ! あっち行きやがれ!」
「大丈夫! コロちゃん!?」
ブタゴリラはアルヴィーを蹴りつけてコロ助を助け出します。
五月がコロ助を抱えて、三人は慌てて通路を駆け抜けていきました。
◆
「ちょっと!? どうしたの! サツキ! キテレツ!」
屋敷の外の森で待機しているルイズ達はトランシーバーから聞こえてくる音を耳にして慌てます。
『何だ! お前は!?』
『まずい! 見つかった!』
『このチビ! あっち行きやがれ!』
『大丈夫! コロちゃん!?』
トランシーバーからはキテレツ達の悲鳴や叫びがはっきりと聞こえてきました。
「あら、見つかっちゃったのね?」
「見つかったですって! 何やってるのよ!?」
「ええ!? そんなぁ!」
無断で侵入していたのがバレてしまったことにルイズもトンガリも狼狽しました。
『賊だ! であえ! であえーっ!』
『カラクリ人形がいっぱいナリーっ!』
『何で見えないのに見つかったんだーっ!?』
『たぶん、あの部屋にいた人形は音に敏感だったんだよーっ!』
トランシーバーからはキテレツ達やモット伯の叫び声が聞こえてきて、明らかに追いかけられているのは間違いありません。
「キテレツ! サツキ! 早く戻ってきなさい!」
「五月ちゃん! 早く逃げてーっ!」
『やべえ! こっちだ!』
『うわあああっ!』
二人はトランシーバーに向かって叫びますが、向こう側からは返答はありません。相変わらず悲鳴と叫び声が聞こえるばかりです。
「もう! 見つからないでって言ったのに! タバサ! お願い、すぐにシルフィードで飛ばして!」
トランシーバーをトンガリに突き返したルイズはタバサに頼み込みます。
本を読んでいたタバサは頷くとシルフィードにすぐ飛び乗り、ルイズもその後ろに乗り込みました。
「待ってよ! 僕も行く!」
トンガリも慌てて乗り込みますが、キュルケはすぐに乗りませんでした。
「待ちなさいよ、ルイズ。このまま行ってあの子達のことを説明したって、あなたもタダじゃ済まないわよ」
「だったらどうするって言うのよ! 行かない訳にはいかないでしょ!」
自分がキテレツ達の面倒を見ている以上、問題を起こせばそれは即ちルイズ自身の責任なのです。
「まあ落ち着きなさい。あたしに良い考えがあるわ」
キュルケはトンガリが持つトランシーバーに目をやってほくそ笑んでいました。
◆
モット伯の屋敷は今、騒然となっていました。
侵入者が入り込んだことが発覚し、屋敷を警備していた兵達はもちろん、アルヴィー達までもがキテレツ達を追い回しているのです。
「待てい! このガキ共め!」
屋敷中の廊下を逃げ回るキテレツ達を槍を持った兵達が追いかけます。
キテレツとブタゴリラと五月は透明なのですが、コロ助が頭巾を落としたのを慌てていたので回収し忘れたせいで、姿を消すことができません。
こう騒がしくなってはたとえ姿を消せても居場所はすぐにバレてしまいます。
「キテレツ! 何か無いのかよ!」
コロ助だけに集中させる訳にはいかないので覆面を外したブタゴリラは叫びます。
「ま、待ってよ! ええっと……」
キテレツは慌ててマントの包みから持ってきた道具を取り出そうとします。
「いたぞ! 捕まえろ!」
「わわわわっ! 前からも!」
廊下の先の曲がり角から兵達が現れたので、コロ助は余計に慌てました。
後ろからも追いかけてきているので、これでは挟み撃ちです。
「これだ! ブタゴリラ! この金縛り玉を!」
「よっしゃ! これでも、食らえ!」
小さな巾着袋を渡されたブタゴリラは中から金色の癇癪玉を二つ取り出し、目の前の兵達へ投げつけます。
「ぐわっ!」
「なっ、何だこれは! ……ヘックシ!」
足元に投げつけられた金縛り玉は破裂音と共に弾け、黄色の煙幕が噴き出しました。
煙に包まれた兵達はくしゃみをすると、直後には金色の彫像のようになって固まってしまったのです。
「な! 何だあれは!」
「すごーい……!」
金縛り玉の効果に後ろの兵達も五月も驚きました。
キテレツ達は動きを止めた兵達の横を通っていくと、入り口を目指して全速力で進みます。
「逃がすな! 追え、追え!」
金縛り玉の効果は極めて短いので、固まっていた兵達はすぐに動き出します。
「この! 食らえ! そら!」
行く手を塞ぐ兵達にブタゴリラは次々と金縛り玉を投げていき、動きを止めては道を開いていきます。
もちろん、前だけでなく後ろにも投げることで追っ手の兵達を固めて振り切ろうとしました。
「あの人形、固まらないじゃねえか!」
しかし、アルヴィーの魔法人形達には効果がなく、兵達が固まって動けないのをよそに追いかけてきていました。
「もうすぐ出口よ!」
アルヴィーに追われながらもキテレツ達は屋敷のエントランスへと戻ってくることができました。
四人は急いで入り口の扉を開けて外へ出ようとします。
「げ……!」
「うわあ!」
扉を開けた途端、ブタゴリラとコロ助はもちろん、キテレツも五月も唖然としました。
入り口の外には中庭に放たれていた何体もの番犬のガーゴイル達が集まっており、激しく唸り声を上げて威嚇してきていたのです。
「キ、キテレツ……! 何か他にないのかよ!」
癇癪玉もあと数個しか残っていないので、これでは強行突破ができません。
「ま、待って……! 確か……!」
焦るブタゴリラにキテレツは急いで道具を取り出そうとします。
「わわっ! 来たナリーっ!」
しかし、侵入者を見つけたガーゴイルは待ってなどくれません。
一体のガーゴイルが猛然と飛びかかり襲ってきたのです。
「……そうだわ! これを!」
五月は咄嗟に自分の股引の中に手を入れ、中にある物を取り出します。
キテレツから渡されていた電磁刀を思い出した五月は、今こそこれを使うべきだと判断したのです。
「電磁刀、スイッチオン!」
五月は電磁刀の柄の二つあるスイッチの一つを指でスライドさせます。
すると、柄の先端から青い光と共に刀身が伸び、瞬く間に電磁刀の刀身を成したのです。
如意光の機能を一部組み込んでいるため、使わない時は刀身を小さくして収納していたのでした。
「わああーっ!」
「えいっ!」
コロ助の前に出た五月は白く光り輝く電磁刀を振るい、迫ってきたガーゴイルを弾き飛ばします。
「また来るぜ! 五月!」
「任せて!」
次々に襲ってくるガーゴイルの番犬達を五月は電磁刀で次々と弾いていきました。
電気ショックの効果もあり、ガーゴイル達は地面に倒れて動きを止めてしまっています。
「こっちも来るナリ! ワガハイが相手になるナリーっ!」
後ろから追いついてきたアルヴィー達を前にコロ助は自分の刀を抜きました。
頑丈ではありますがこれは本物の刀ではなく、ただのオモチャでしかありません。
「ちょわ! とりゃ! うりゃ!」
「この野郎! このチビ!」
「うわあ!」
アルヴィー達を相手にコロ助は必死に刀を振り回して応戦します。
ブタゴリラとキテレツも飛び掛ってくるアルヴィーを掴んでは投げ飛ばしていました。
「そこまでだ、お前達!」
そこへ、追いついてきたモット伯が階段の上から悠然と歩いてきます。
攻撃をしてきていたアルヴィーやガーゴイル達はモット伯の出現と共に動きを止めていました。
キテレツ達も思わず呆然としてしまいます。
「お前達、確かミス・ヴァリエールらと共にいた平民の子供だったな」
キテレツと五月の顔を見回してモット伯は言います。一応、二人の顔は覚えていたようです。
「貴族の屋敷に無断で侵入するとは、一体どういうことだ? たとえ子供であろうが、その行いは厳罰に処すぞ」
階段を降りてきたモット伯は厳しい顔でキテレツ達の顔を睨みました。
「何言ってやがるんだ! 俺達の友達を勝手に閉じ込めやがって! 知らねえとは言わせねえぞ!」
「みよちゃんを帰したっていうのは嘘だったんでしょう!」
ブタゴリラと五月はモット伯に向かって叫びます。
「だから何だと言うのだ? あの平民の娘は貴族の私に無礼な真似を働いたのだ。それを罰するのはこの館の主として当然のことだ」
悪びれた風もなく答えるモット伯にキテレツ達は顔を顰めます。
「ふざけんじゃねえ! みよちゃんを剥製になんかしやがって! このロリコンのオッサンめ!」
「貴様! 平民の分際で貴族を侮辱する気か!?」
口々に叫ぶブタゴリラ達ですが、モット伯はブタゴリラの言葉に憤慨していました。
そして、手にする杖をブタゴリラに突きつけます。
「無礼なガキ共め! そこへ直れ! 貴族の館に無断で侵入し、あまつさえ剣まで抜くなど万死に値する!」
しかし、キテレツ達は誰もモット伯の脅しに屈しません。
「シエスタさんも他の女の子みたいに剥製にしてしまうつもりなんでしょ!」
「僕達の友達をコレクションにするなんて許さないぞ!」
「みよちゃんを返すナリ!」
「ふんっ。あの娘は既に私のコレクションの一部なのだ。所有物を渡す訳がなかろう」
キテレツ達の叫びを一笑に伏してモット伯は杖を構えました。
「秘密を知った以上、お前達は決してこの館からは逃がさん。この場で処刑してやろう」
「やれるものならやってみやがれってんだ!」
「悪い殿様は成敗してやるナリ!」
つまりは口封じを企んでいるモット伯と睨み合い、キテレツ達は身構えます。
「私の二つ名は『波濤』のモット。トライアングルのメイジだ。メイジの力、とくと見せてやるぞ」
モット伯は手にする杖をゆっくりと静かに振るいます。
すると、台に置いてあった花瓶が床に落ち、中の水が溢れ出てきました。
「な、何をしようってんだ?」
キテレツ達が戸惑う中、モット伯が呪文を唱えると出来上がった水溜りから見る見る内に水流が伸び上がり、水の鞭へと変化します。
さらにモット伯が杖を振るい、水の鞭は四人に向かってきました。
「うわあっ!」
突然振るわれてきた水の鞭にキテレツ達は思わず倒れこんでしまいます。
「この野郎! 白菜め!」
「やめるんだ、ブタゴリラ!」
「熊田君!」
起き上がってモット伯に立ち向かうブタゴリラをキテレツ達は止めますが、ブタゴリラは果敢にモット伯に挑もうとします。
「う、うわ……!」
「奇妙なマジックアイテムを持っているようだが、所詮は平民の子供だ。平民が貴族に立ち向かうなど百年早いわ」
しかし、目の前まで来た所でブタゴリラの体は杖の一振りで浮かび上がってしまいます。
「うわああっ!」
「うわっ!」
そしてそのままキテレツ達に向けて放り投げてきました。
ブタゴリラにぶつかってしまったキテレツは一緒に床に倒されてしまいます。
「キテレツ君、熊田君! ……何てことをするのよ!」
「黙れ。平民の小娘が!」
モット伯が杖を振ると、水流の鞭は今度は無数の氷の礫へと変わっていきます。
「ふぎゃ! 痛たっ! 痛いナリ~っ!」
「コロちゃん!」
飛んでくる氷の礫を五月は電磁刀を使って打ち返していましたが、コロ助は何発も当たってしまって終いには吹き飛ばされてしまいました。
三人が倒されてしまい、残った五月は電磁刀を手にしたまま身構えます。それはお芝居の時に刀を構えるのと同じでした。
「お前達のような愚かな平民など初めてだ。まったく……生意気な子供の分際で、貴族に逆らうとは……」
「何が貴族よ。わたしの友達を酷い目に遭わせて、シエスタさんも断れないのを良いことに……」
「名も無き平民が、私のような高級貴族に奉仕できるなどこの上ない名誉ではないか」
傲慢な態度のモット伯に五月の目付きはさらにきつくなります。
もう絶対にこの悪人の貴族を許すことはできませんでした。
「サツキ! キテレツ!」
「五月ちゃん!」
と、そこへ入り口から駆け入ってくる者達がいました。
それは騒ぎを聞きつけてやってきたルイズ達とトンガリです。
四人はシルフィードを庭に降ろして急いで駆けつけたのでした。
「ルイズちゃん……!」
「何?」
後ろを振り向く五月はルイズ達の登場に戸惑います。当然、モット伯もです。
「許可無くお屋敷に踏み入れた非礼はお詫びします、モット伯爵。ですが、どうか杖を納めてください」
「ミス・ヴァリエール。これは一体、どういうことかな?」
跪くルイズにモット伯は高圧的に問いかけてきました。
「この平民達は君の従者なのだろう? 従者の管理もできないのかね? まったく……王宮の官吏である私に剣を向けようとするなど、主と共に重罪なのだ? 覚悟はできているのだろうね」
「この者達の非礼は謹んでお詫び致します。……ですが伯爵。この者達の侵入はわたしが命じたものなのです」
しかし、ルイズは毅然とした態度を崩さないまま言葉を続けます。
「何だと? それはどういう意味だね?」
「それについては、こんな所で話すのも何でしょう。どこかわたくし達だけで話ができる場所でしませんこと? モット伯爵」
怪訝そうにするモット伯にキュルケがしたり顔で前に出てきました。
「キュルケさん……?」
何故か強気な態度で出てくるルイズやキュルケにキテレツ達は呆然としていました。
◆
ひとまず騒ぎは収拾し、ルイズ達とモット伯は応接間へとやってきます。
モット伯はソファーに腰をかけて目の前に立つルイズ達を訝しみながら見つめていました。
「伯爵。これからの伯爵の返答次第では、今回の件を王室へと報告致しますので、何卒よしなに」
「何だと? 何故、王宮の官吏である私が王室に訴えられねばならんのだ」
「あら。自分が一番よく知っているのではありませんこと? 伯爵」
ルイズとキュルケの言葉にキテレツはもちろん、モット伯までもが心底、訝しんでいました。
「伯爵。実はしばらく前から魔法学院中で噂になっておりましたの。伯爵はこのお屋敷で、何か良からぬことをしていると……」
「何だと?」
「はい。お召し抱えになった平民の娘を魔法の実験台にしておられるとか……趣味が興じて自らの手でその命をお奪いになるとか……色々ありますわ」
キュルケはほくそ笑みながら言葉を続けます。
徐々にモット伯の表情はこわばっていくのが分かりました。
「事実がどうであろうと、同じ貴族としてこれは見過ごせないと思い、この度はこの者達を使って探りを入れさせてもらったのです」
「何?」
モット伯は真っ黒衣を脱いだキテレツ達を睨みました。
「そして、この者達がこの屋敷で調べていたことは、わたくし共も全て把握しておりますの」
「な、何? それは、どういうことだ」
キュルケのその言葉に狼狽するモット伯ですが、キュルケはマントの裏から何かを取り出します。
それはトンガリに渡されていたのをルイズが奪ったトランシーバーでした。
「どうぞ、これをお持ちになって」
「ん……何だ、この箱は」
キュルケから渡されたトランシーバーにモット伯は目を丸くします。
「キテレツ。もう一個を貸してもらえるかしら?」
「う、うん。どうぞ」
目配せまでしてきたキュルケにキテレツは慌ててトランシーバーを渡します。
「キュルケさん、何をしようっていうのかしら……」
「おい……どうなんだよ、トンガリ」
「まあ、見てて」
五月とブタゴリラに尋ねられたトンガリですが、そのまま顛末を見届けようとします。
『あー、聞こえますか? モット伯爵』
「うお! な、何なのだ! この箱は!」
トランシーバーからキュルケの声が聞こえてくるので、モット伯は思わず驚いてしまいました。
「それは最近、ガリアで新しく作られた離れた所からでも声を届け合える風のマジックアイテムですの」
もちろん、それは嘘であることはキテレツ達には分かっていました。
「何を考えてるのかしら……」
「きっと、何か考えがあるんだよ」
キュルケは何か考えがあってそのような嘘八百を並べていることにキテレツ達は気付くことになりました。
「このマジックアイテムはずっと、この者が持っていましたわ。そして、この者が聞いた音や声は全てわたくし共にも届いておりましたの」
「ですからモット伯爵。この館で起きたことも、伯爵が何をしていたのかもわたくし達は全て知ってしまいました」
実際にはルイズ達はトランシーバーだけで全てを把握している訳ではありません。
トランシーバーが拾えないキテレツ達の呟きだってあるのですから。しかし、何か屋敷で起こったということは想像に難くないので、ハッタリをかましているのです。
ルイズもキュルケからの作戦を聞いて話を合わせたりしていたのです。
「あっ! じゃあ、キュルケの姉さん達も、こいつが女の子を剥製にしてやがったことも知ってたのか?」
「黙っていろ! 小僧!」
「……ええ。そうよ。申し訳ありませんが、その通り……」
一瞬、驚いたような顔をするキュルケとルイズでしたが、すぐに毅然な態度に戻ります。
モット伯は強張った顔で冷や汗を垂らしながらルイズ達を見返しました。
「馬鹿なことを言うな! 王宮の官吏である私がそんなことを……」
「何をとぼけてやがる! みよちゃんを剥製にしやがって! シエスタの姉ちゃんまで剥製コレクションにする気だったくせに!」
「み、みよちゃんを、剥製に……」
小さな声でトンガリはこの屋敷で何があったのかを把握して青ざめます。
「伯爵が潔白であるというのであれば、証拠をお見せくださいませんか? そうすればわたくし共も納得できますし、無断で侵入したことを改めて深くお詫びしますわ」
「ですが、事実に相違ないのであるなら王室へ報告させてもらいます。人間を剥製にするなどという非人道的な振る舞いは、貴族として……いえ、人として許されるものではありません」
「う、ぐ……」
気まずそうに呻くモット伯ですが、ルイズ達からこうも追い詰められてしまっては何も言い返せません。
キテレツ達が隠し部屋の存在を知っている以上、そして彼らを口封じに処刑ができなかった以上、隠し通すことはできないのです。
「た、頼む……王室にだけは……報告はせんでもらえんだろうか……? 私の、名誉が……」
「では、まずは伯爵の秘密とやらの相違を確かめさせてもらいますわ。それからまた話し合いましょう。お願いしたいこともありますので」
キュルケはしてやったり、といった顔で頭を下げるモット伯を見下ろしていました。
そして、キテレツ達の方を見やるとパチン、とウインクをします。
「すげえな……」
キテレツ達はハッタリと脅しでモット伯を屈服させてしまったことに唖然としてしまっていました。
◆
こうして、キュルケの策にまんまと嵌ってしまったモット伯は今回の件を示談とする代わりに一行の要求を受け入れなければなりませんでした。
まず、第一にみよ子とシエスタの解放です。みよ子の救出は当初の目的でしたが、ついでに働くのを嫌がっていたシエスタまでも返してもらうことになったのです。
第二に、これまで剥製にしてきた女の子達も全員、解放することです。みんなモット伯の悪趣味なコレクションにされていたので、人道上から自由にしてあげなければなりません。
そして第三に、即時剥製光をキテレツ達が預かることでした。
奇天烈斎の発明品を悪用させないため、その管理をとりあえず、魔法学院が預かるという名目にしてキテレツが回収することにしたのです。
もちろん、回収するのは女の子達を全員、元に戻して帰してあげてからです。
それらの要求を受け入れざるを得なかったモット伯は悔しそうに肩を落とす結果になってしまいました。
自分の宝物を全て失ってしまったのはこの上ない無念だったのです。
「キテレツ君……ありがとう……本当に怖かったわ……」
「本当に良かったよ、みよちゃんが無事で」
空を飛ぶキント雲の上でみよ子はキテレツに抱きつきながら涙を流します。
即時剥製光を当てられて動けるようになってから、キテレツにすぐしがみついてきたのです。
「それにしてもとんでもない趣味をしてやがったな。あの白菜のオッサン」
「でも良かったわよ。みよちゃんが無事だんだから」
「心配したナリ」
ブタゴリラ達も友達であるみよ子の無事を心から喜びます。
「もう、無茶なんかしないでよ。みよちゃん」
トンガリはみよ子の軽はずみな行動に対して注意します。
「ごめんなさい。心配をかけちゃって……」
「良いんだよ。みよちゃんが無事だったんだからね」
大好きなみよ子がこうして元気な姿で帰ってきてくれたことが、キテレツは嬉しかったのです。
「ルイズちゃん達も本当にありがとう。助けてもらっちゃって」
五月は隣を飛んでいるシルフィードに乗り込むルイズ達に礼を述べます。
今回は彼女達の後ろ盾などがなければどうにもならなかったでしょう。
「あんた達はあたしの従者なんだから。従者を見捨てるなんて、貴族じゃないわ」
「あたしの友達がミヨコにお世話になったって言うし……これで貸し借りなしってことね。タバサ?」
キュルケはタバサの頭を優しく撫でます。
「それにしても、モット伯がとんでもないことをしていただなんて……」
「あたしも驚いたわね。剥製を作るマジックアイテムが存在していたなんて。でも、あのマジックアイテムは元々、あなた達の物だったのでしょう?」
モット伯の悪行もそうですが、その原因となったマジックアイテムはキテレツ達の所有物であったことも驚きでした。
「僕たちも驚いたよ……あれがここにあるなんて」
即時剥製光がまさかこの異世界にあるなんてキテレツは予想もできませんでした。
どうしてこの世界に存在したのか、回収したら調べる必要があるでしょう。
ルイズ達に恩ができたキテレツ達は、彼女達のシルフィードと並びながら魔法学院へと戻っていきます。
もう既に、夕食の時間は過ぎてしまっていることでしょう。