すっかり日は落ちてしまい、夜空には二つの月が浮かんでいました。
「サツキったら、まだ戻らないのかしら? 何をやってるのよ……!」
正門広場で腕を組んだままのルイズはつま先を何度も上下させます。
もうすぐ夕食の時間となりますが、五月やキテレツ達が戻ってきていないのでルイズは不機嫌になっていました。
五月は出発前にしっかりとルイズに「すぐに戻る」と言って出て行ったのに、もうかれこれ二時間が経過しているのです。
「迷子の一人も見つけられないの……もう!」
キテレツの持つマジックアイテムでパッパと見つけてすぐに戻ってくるのかと思ったのに、予想は外れてしまいました。
「夜になっても、こんなに熱心に捜そうとするなんてね。何だか感心しちゃうわ」
そこへ突然、キュルケが現れてルイズの隣へやってきました。
「あの子達、本当に友達思いなのかもね。あんなに友達を大事にする平民なんて、本当に初めて見るわ」
「……そうね」
キテレツ達がここへやってきたのも、元々はルイズが召喚した五月を助けにきたからです。
聞いたこともない遠い町から遥々とこのハルケギニアへやってきて、帰れなくなっても一致団結をし、仲間が危機に陥れば身の危険も省みずに助けようとします。
ルイズは自分とは対照的な輝かしい子供達を見て、思わず羨ましいと思ってしまうほどでした。
「あ~あ、サツキが男の子だったら……今頃アプローチをかけてたのになぁ……あの子、女の子だけどちょっとボーイッシュな所があるし、残念」
「な! 何考えてるのよ! あんた、平民の女まで見境いなく手を出すって言うの? どこまで色ボケなのよ! サツキは女でしょうが!?」
数多くの彼氏を持っているキュルケが同じ女にまで惚れるだなんて、普通なら考えられません。
「第一、サツキは使い魔じゃないけどあたしの従者なのよ! あんたには絶対に渡さないわ!」
「冗談に決まってるじゃない、馬鹿ね。……あら? タバサじゃないの」
ルイズの突っ込みを軽くあしらうキュルケはふと、タバサがシルフィードに乗り込もうとする姿を見かけました。
「どこへ行くの、タバサ。もうすぐ夕食よ」
「サツキ達の所」
キュルケが駆け寄ると、タバサは短くそう答えます。
「あなたまでミヨコを捜すっていうの? 迷子くらい、あの子達だけで充分でしょ?」
「たぶん、あの子達はモット伯の屋敷へ行く」
「はあ? 何でモット伯の所へ行くのよ。もうあそこには用はないはずでしょ」
タバサの言葉にやってきたルイズも訳が分からず片眉を吊り上げました。
「そういえばタバサ、あなたもモット伯のお屋敷が気になってたみたいだけど、どうして?」
「……分からない。あそこには何かがある……それだけは確か」
タバサはそれを確かめたいがために、恐らくモット伯の元へ立ち寄るであろうキテレツ達に付いていこうとしたのでした。
それに、タバサはみよ子に借りがあるので放っておくことができません。
「じゃあ、あたしも付き合ってあげるわ。サツキ達が何をするのか面白そうだしね」
「あ、あたしも行くわよ! モット伯の屋敷へ忍び込むなんてことがあったら、ただじゃ済まないわ!」
三人はシルフィードに乗り込むと、キテレツのキント雲を追っていったのでした。
◆
「みよちゃーん!」
「どこナリかー!?」
10メートル低空を飛行するキント雲の上で五月とコロ助が大声で叫びます。
キント雲に乗ったキテレツ達は魔法学院とモット伯邸の間を何度も往復していたのですが、未だにみよ子は見つけられません。
道を間違えて迷子になっているのなら、魔法学院までの一本道を外れた所を彷徨っているのかもしれないので、キテレツ達は近辺をくまなく捜してみることにしました。
「こう暗くなっちゃ全然見えねえぜ」
下に広がる森の中の林道を見下ろすブタゴリラは参ったように頭を掻きました。
いくら目が良くても、暗くなってしまってはどうにもなりません。
「こんなに捜してもいないなんて……どこに行ったんだろう?」
トンガリも心配した様子で下を眺めています。
もう魔法学院からモット伯邸の間とその近辺、およそ1キロ以内は隅々まで捜していました。
「もしかしたら、本当に道を外れて迷子になっちまってるんじゃねえだろうな?」
「それじゃあ空からじゃ捜しようがないよ」
おまけに夜になって視界がとてつもなく悪くなってしまっています。これでは森の中にいるかもしれないみよ子を見つけるのは不可能に近いです。
「キテレツ君。何か良い方法はないの?」
「うん……ブタゴリラ、操縦をちょっと代わって」
「お、おう」
ブタゴリラが操縦レバーを握ると、キテレツはケースを開けて中から取り出したものを如意光で大きくします。
「何、それ?」
五月は取り出された大きな巻き貝の形をした道具に目を丸くします。
「それって、前に使った親しい人の声が聞こえる貝殻でしょ?」
「うん。風の便りさ。これでみよちゃんの心の声を聞いてみるよ」
これは風の便りと呼ばれる発明で、トンガリの言う通り、親しい人の心の声を聞くことができるのです。
「キテレツはみよちゃんが大好きだから、きっとすぐに聞こえてくるナリね」
「う、うるさいな。もう」
茶々を入れてくるコロ助に顔を赤くしながら、キテレツは風の便りを耳に当てます。
その名の通り、今は風が流れる音がひゅーひゅー、と聞こえてきていました。
「どうだ、キテレツ? 何か聞こえるか?」
「みよちゃん……」
キテレツはみよ子のことを強く考えながら、風の便りの音に集中します。
みよ子が迷子になっているなら、きっと悲しみの声か、助けを求める声が聞こえてくるはずです。
『す……け……』
「あ……」
「どうしたの?」
「何か聞こえるナリか?」
五月とコロ助とトンガリが見つめている中、風の便りから風の音に混じって微かに声が聞こえてきます。
キテレツはより強く意識を集中して音を聞きます。
『助け……て……キテレツ……君……』
「……みよちゃんの声だ! 間違いないよ!」
はっきりと、キテレツはみよ子の声を耳にしたのです。それも自分に助けを求める声が発せられてきました。
「本当か!? で、みよちゃんはどこにいるんだ?」
「ちょっと待って……」
キテレツはさらに続けて風の便りに集中していました。空にいるので風はよく吹いており、みよ子の声もしっかり聞こえてきます。
『誰か……助けて……』
「あっちだ! あっちから聞こえる!」
「よっしゃあ!」
ブタゴリラはキテレツの言葉通りにキント雲を飛ばしていきます。
そして、すぐにあのモット伯の屋敷の近くまでやってきていました。
「おや? あそこは……」
「レンコンのもっと白菜ってオッサンの家じゃねえか」
「レンコン? どうしてレンコンなの?」
「もっと白菜って奴はオッサンなんだろ。そんな奴がシエスタの姉ちゃんみたいに若い女の子を可愛がったりするのを、レンコンって言うんだろう?」
また何かの言い間違えに首を傾げる五月にブタゴリラはそう説明しますが、さっぱり分かりません。
「ひょっとして、ロリコンって言いたいの?」
しかし、さすがにトンガリはブタゴリラの言い間違えの本当の意味を察していました。
『助けて……キテレツ君……みんな……』
「キテレツ。どうナリか?」
「……あの屋敷からだ! みよちゃんはあの屋敷の中にいる!」
風の便りから聞こえてくるみよ子の助けを求める声は、モット伯の屋敷から聞こえてきているのをキテレツは看破していました。
「えーっ! 本当ナリか!?」
「あの人、みよちゃんはもう帰したって言ってたのに……」
「それじゃあ嘘を付いてたってことなの?」
「間違いない。みよちゃんはあの中にいるんだ」
「この野郎、みよちゃんを誘拐しやがるなんて、とんだロリコンな白菜だぜ!」
みよ子の行方を知った一行は一様に驚き、憤ります。自分達の友達がさらわれて閉じ込められてしまうなんて許せる訳がありません。
「早速、殴りこみだぜ!」
「ちょっと待って! いくら何でもいきなりは不味いよ!」
しかし、キテレツは張り切るブタゴリラを制止します。功を焦った行動は無謀すぎるのです。
忍び込むにしても作戦や必要な道具を準備しなければなりません。
「おい! お前達!」
「何をしているのだ! 怪しい奴らめ!」
「あ! お前ら、さっきやってきたヴァリエール嬢の連れだな!」
と、キテレツ達が空中で騒がしくしていたので屋敷の門で警備をしている兵達がやってきました。
翼を生やしている番犬のガーゴイル達も激しく吼えています。
「や、やべ! どうすんだよ、キテレツ!」
「とりあえず一度、退却だ! ブタゴリラ! Uターンして!」
ブタゴリラは慌てて操縦レバーを横いっぱいに動かします。
「きゃああっ!」
「うわあっ!」
「わわわわあっ!」
激しく旋回するキント雲の上で五月達は悲鳴を上げます。
急速に方向転換をしたキント雲は、全速力で屋敷から離れていきました。
「どうすんだよ、見つかっちまったら屋敷に忍び込めねえじゃねえか」
「とりあえず態勢を立て直そう。森の中に着陸して」
キテレツの指示に従い、ブタゴリラはキント雲の進路を林道から外していきます。
「サツキ、キテレツ!」
手頃な場所で着陸しようとすると、突然声がかかりました。
「ルイズちゃん……」
キント雲の上空を飛んでいたのは、シルフィードに乗るルイズ達でした。
つい先ほどキテレツ達が引き返してきた所をルイズ達は高空から見つけて、すぐ様飛んできたのです。
「ハアイ、ミヨコは見つかっ……てないみたいね」
キュルケはキテレツ達の中にみよ子の姿がないことを確かめると、溜め息をついていました。
◆
「何ですって? ミヨコがモット伯の屋敷にいる?」
「うん。そうなんだよ」
森の中へと着陸したキテレツ達はルイズ達に事情を説明していました。
「本当にいるんでしょうね? もし間違いだったら、どうするのよ」
「それはないナリ。キテレツの発明で、しっかり分かったナリよ」
訝しむルイズに、コロ助は風の便りを見せながら反論します。
「こんな貝殻でどうやって居場所が分かるって言うの?」
「これ、どうやって使うのかしら?」
ルイズがコロ助から取り上げた風の便りを、今度はキュルケが手に取り尋ねました。
「耳に当ててみてください」
「どれどれ……」
キテレツに言われて興味を湧かせながらキュルケは風の便りを耳に当てます。
しかし、しばらく耳に当てていたキュルケは目を丸くしていました。
「……何にも聞こえないわよ」
「あ、そうか。風が吹いてないから駄目なんだ」
「風とこの貝とどんな関係があるのよ。こんなので人の居場所が分かるわけないじゃない」
ルイズは溜め息をつきながら苦言を漏らします。
効果を発揮できないマジックアイテムなど、役立たずも同然です。
「あなたのマジックアイテムで居場所を突き止めたのなら、わたしは信じる」
しかし、タバサだけはキテレツ達を信じていました。
キテレツの道具はどれも自分達メイジでは理解できないであろう不思議なものである以上、本人達がそれを使って確信しているなら信じざるを得ません。
「でも、どうしてモット伯の屋敷にミヨコがいる訳?」
「あのロリコンのオッサン、みよちゃんやシエスタの姉ちゃんみたいに可愛い子が趣味なんだよ。きっと、シエスタの姉ちゃんみたいに自分専用のニンジンにしてやがるんだ」
「愛人でしょ!」
キュルケからの問いかけに答えるブタゴリラに、トンガリが突っ込みました。
「まったく……もしも本当だとしても……貴族の館に無断で侵入するなんて許されないのよ。あたしがもう一度、モット伯に聞いてきてあげるわよ」
「でも、嘘をついて追い出したんだから、きっとまた白を切るよ」
溜め息をつくルイズにトンガリが反論します。
確かに先刻に尋ねた時はいないと言っていたのですから、もう一度尋ねても結果は同じでしょう。
「だからってね! 平民のあんた達が貴族の館に忍び込んで暴れたりすれば、重罪なのよ! その場で処刑されたって文句は言えないんだからね!」
「じゃあ、みよちゃんをこのまま見捨てろって言うのかよ! この薄情者め!」
「何ですって! 誰が薄情者よ!」
「やめなさいよ! 熊田君もルイズちゃんも落ち着いて!」
言い争いを始める二人を五月が取り成します。
「とにかく、みよちゃんがいるってことだけでもはっきり確認しておかないといけないんだ」
「こっそり忍び込むにも、さっき見つかっちゃったからね。どうするのさ?」
トンガリが心配そうに尋ねますが、キテレツはケースを開けて次々に取り出したものを如意光で大きくしていました。
「これを使って忍び込もう」
「何よ、その黒い服は」
「あ、それっていつか熊田君が着ていた姿が見えなくなる服ね」
顔を顰めるルイズですが、五月はキテレツの取り出した黒装束に覚えがありました。以前、バスに乗った時のことを思い出します。
それは真っ黒衣と呼ばれる黒衣の衣装で、身に着けた者は姿が見えなくなるのです。
どこかへ忍び込んだりするには最適な道具と言えるでしょう。
「へへっ、これなら見つからないで楽に忍び込めるな」
意気揚々とブタゴリラは服の上から真っ黒衣の装束を身に着けていきます。
タビに手袋、そして顔を全て覆い隠す薄布の覆面がついた頭巾を被れば……。
「きゃっ!」
「き、消えた!?」
「不可視のマント……?」
ルイズ達は真っ黒衣を着込んで姿が風景と一体化したブタゴリラに驚きました。
メイジのマジックアイテムでも姿を消すことができる代物が存在するのですが、それと全く同じ効果を持つことに呆気に取られます。
「あと三人分あるから僕とあと二人、一緒に行こう」
「わたしが行くわ」
「ワガハイもナリ」
「ぼ、僕は遠慮する……」
五月とコロ助が志願しますが、気弱なトンガリは首を振って辞退していました。
貴族の館に忍び込んで見つかった時のことを考えると、怖くて仕方がないのです。
「それじゃあトンガリはここに残って連絡係を頼むよ。はい、これ」
「そうさせてもらうよ……」
「何よ、その箱は」
トランシーバーを渡されたトンガリの後ろからルイズ達が覗き込んできます。
「たぶん、離れていても話ができる道具」
「へえ、そんな便利な物まで持っているの」
キュルケはトランシーバーを見つめて感嘆とします。
タバサは先日、使い魔との感覚共有能力でシルフィードの目と耳を通してトランシーバーの機能を知っていました。
「どう? わたしの姿、消えてるかな?」
「ええ。しっかり消えてるわよ。サツキ」
真っ黒衣を着込んだ五月はルイズ達に話しかけてみましたが、キュルケが答えます。
ルイズ達から見れば真っ黒衣を着込んだサツキ達の姿はまるで見えません。
「よし、準備オーケーだ。早速屋敷へ行こう」
「ロリコン白菜の奴の鼻を明かしてやろうぜ」
キテレツが覆面をずらして顔を見せると、他の三人も同じようにして顔だけを見せていました。
「良いこと? 変なことして見つかったりしたらタダじゃ済まないんだからね。ミヨコがいることだけ確かめて戻ってきなさい。それが分かったら、あたしがもう一度話をつけるから」
「五月ちゃん……気をつけてね……」
「うん。すぐ戻るわ」
念を押すルイズと心配するトンガリに頷いた五月は再び顔を覆面で隠して姿を完全に消しました。
森の中には、透明になった四人の足音だけが響いています。
「何だか本当に面白いことになってきたわね。あなた達って見ていると全然飽きないわ」
キュルケはトンガリの肩に肘を乗せて楽しそうに笑います。
「呑気なこと言ってる場合じゃないわよ。何かあったらあたしだってタダじゃ済まないんだから!」
「五月ちゃんが危ない目に遭うなんて、僕は嫌なんだからね!」
ルイズもトンガリもそれぞれ喚き声を上げていましたが、タバサはトンガリが持つトランシーバーをじっと見つめていました。
◆
先ほど怪しい子供達がマジックアイテムで空を飛んでうろついていたのを目撃したため、モット伯邸の警備は厳重となっていました。
門だけでなく敷地内の至る所に警備の兵が槍を持って佇み、おまけに番犬のガーゴイルまでもが何体も放たれて、侵入者を見つけようと目を光らせます。
「こ、怖いナリ……」
噴水がある前庭を歩くキテレツ達でしたが、コロ助は低く唸っているガーゴイル達に怯えていました。
「しっ……見つかっちゃうよ」
五月は自分の足元にくっついているコロ助をなだめます。
真っ黒衣には姿が見えなくなるだけでなく、臭いさえも消してしまう効果があります。
そのおかげで番犬のガーゴイル達も完全に姿を消して敷地内に侵入しているキテレツ達には気付いていません。
「キテレツ。もしも見つかったりしたらどうすんだよ」
「使えそうな道具は持ってきているから、それを使うさ」
真っ黒衣の上からリュックを身につけると見つかってしまうので、キテレツは真っ黒衣の生地のマントに道具を包んで斜め掛けにして持っています。
リュックもケースも今はトンガリに預けていました。
「あの坊主達、何しにここへ来たんだろうな」
「さてな。俺が知るかよ」
「それにしてもあんな空を飛ぶ雲なんて見るのは初めてだぜ」
警備の兵達はもちろん、ガーゴイル達も真っ黒衣で姿を消したキテレツ達を見つけることはできません。
あっという間に広い前庭を突き進んで、難なく屋敷の前へと辿り着いていました。
「まるで本当に忍者みたいね……わたし達」
「へへっ……本物の忍者だって、ここまではできないぜ」
「こちらキテレツ。……トンガリ、聞こえる?」
入り口の横に外れた建物の隅で五月とブタゴリラが話す中、キテレツは懐から出したトランシーバーを頭巾の覆面の中に入れて小さく声を出します。
『もしもし、こちらトンガリ。大丈夫、聞こえるよ。そっちはどう?』
『ちょっと! 本当に聞こえてきたわ! 何よ、これ!?』
『へぇ~、すごいわね。この箱』
トランシーバーからはトンガリと一緒に驚くルイズやキュルケの声まで聞こえてきました。
「あっ……! まずい……!」
「ば、馬鹿……! 音を小さくしろ……!」
しかし、大声を出して驚くルイズにキテレツは慌ててトランシーバーの音量を小さくします。
「誰だ! そこにいるのか!?」
「大変……!」
「いっぱい来るナリ……!」
今のルイズの声を聞かれてしまったようで、屋敷の入り口に立っていた警備の兵達がやってきます。
特に耳が良いらしい番犬はどんどん庭から屋敷に集まってきていました。
「仕方が無い……! このまま屋敷へ入ろう……! 行くよ……!」
「ま、待つナリ~……!」
こうなったら見張りが集まってくる前に一気に入り込むしかありません。
相手には姿が見えないので、キテレツ達は確かめにきた警備の兵達の目を掻い潜って屋敷の入り口へと向かいます。
警備の兵が入り口から離れてくれたので、駆け込んだ四人はそのまま扉を開けて屋敷の中へ入ることができました。
「ふぅ……危ない所だった……」
エントランスに入り込んだキテレツ達はホッと安堵していました。
「そいつを貸せ、キテレツ……! この野郎……! お前のせいで危うく見つかる所だったじゃねえか……!」
ブタゴリラはキテレツからトランシーバーを取り上げると、小さな声で叫びかけます。
『何ですって!? 何やってるのよあんた達! 見つからないでって言ったじゃない!』
『返してよ、ルイズちゃん……! うげっ!』
音量は小さくしているので、周りにはほとんどルイズの叫び声は聞こえません。
トランシーバーの向こう側ではルイズがトンガリから取り上げたトランシーバーに向かって癇癪を起こしていたのでした。
『こっちの声も向こうに聞こえてる。大声を出すとあの子達が見つかる』
『そういうことよ。あんたがサツキ達の足を引っ張ってどうするのよ、ゼロのルイズ』
『な、何ですって……!? あたしが足手纏いですって!?』
タバサとキュルケに諌められてルイズがまた大声を上げます。
しかし、ブタゴリラはもう声は聞きたくないと言わんばかりにキテレツにトランシーバーを突き返しました。
「まったく、とんでもない奴だぜ。俺達の邪魔しやがって……」
「何とか中には入れたんだから、良いじゃない」
不機嫌になるブタゴリラを五月がなだめます。
「これからどうするナリ?」
「とりあえず、屋敷の中を隅々まで調べよう。どこかにみよちゃんがいるはずだからね」
トランシーバーをしまうキテレツを筆頭にして、いよいよみよ子の捜索が始まります。
四人が歩くモット伯の屋敷の中には、相変わらず剥製の人形が飾られていました。
「一体、どこにいるんだろうな。みよちゃん」
「シエスタさんみたいに使用人になっているのかもしれないわ」
「心配ナリ……」
すれ違う使用人達は透明なキテレツ達の存在に気付くことはありません。
それでも声を出すと見つかるので、近くに誰かが来た時はじっと黙っていました。
「とにかく、どこかに入ってみようぜ」
「それがいいね」
ブタゴリラの提案でキテレツは手頃な扉から中を見てみることにしました。
そっと静かに扉を開け、その隙間からキテレツ達は中を覗き込みます。
「あ……! シエスタさんだわ……」
「本当だ……」
覗き込んだ部屋の中ではメイドのシエスタがソファーに腰掛けるモット伯と話している姿がありました。どうやらここはモット伯の私室のようです。
今のシエスタは魔法学院で着ていたメイド服とは違う、スカートなどが短く肌の露出が多い服を着ています。
「どうだ、シエスタ。ここでの仕事には慣れたか?」
「はい……大丈夫です」
「そうか、そうか。まあ、あまり無理はせぬようにな。私はお前をただの雑用のためだけに雇った訳ではないのだからな……」
モット伯はニヤけた顔でシエスタを見つめています。
シエスタは困惑した顔をしながらも頷きました。
「仕事が終わったら、湯浴みをするが良い。それが済んだら、私の寝室へ来るのだ。良いな?」
「は、はい……」
そんな二人のやり取りを見ていたキテレツ達は呆然とします。
「何だよあのオッサン、やっぱりロリコンかよ……」
「シエスタさんが可哀相だわ……」
「ワガハイにも見せて欲しいナリ……」
ブタゴリラも五月もシエスタの境遇に顔を顰めていました。唯一、中を見れないでいるコロ助は不満そうにします。
モット伯はシエスタを使用人兼愛人として扱おうとしているのですから、そのようなことをするのは当然です。
平民であるシエスタが貴族に逆らえない以上、良くない噂が多い貴族に仕えることになってしまったのは不幸としか言いようがありません。
「あ、こっちに来るよ。みんな、離れよう」
モット伯に一礼をしたシエスタが部屋を出て行こうとするので、キテレツ達は扉を閉めて離れました。
「はあ……」
中から出てきたシエスタはとても沈んだ様子で溜め息をついていました。
やっぱりシエスタはここで働くのは嫌なのでしょう。そんな態度が顔に表れています。
「シエスタさん、シエスタさん」
キテレツは歩き去ろうとしているシエスタに話しかけます。
「え? だ、誰?」
シエスタは突然誰かに話しかけられたことで困惑し、辺りを見回しますが彼女にはキテレツ達の姿は見えません。
「ここよ、シエスタさん」
「サ、サツキちゃん……!? え、ええ……!? きゃっ……!」
五月は頭巾の覆面を上げて顔を見せました。
シエスタは目の前に五月が現れたことに驚いてしまっています。
しかも顔だけになって浮いているので腰が抜けて尻餅をついてしまいました。
「ごめんなさい、驚かせちゃって」
「サツキちゃん……それに、キテレツ君にカオル君……コロちゃんまで……」
キテレツ達も顔だけを見せると、シエスタは一行の顔を見回して唖然としていました。
◆
廊下では目立つので、キテレツ達はシエスタと一緒に屋敷の物置へやってきます。
「で、でも……どうしてサツキちゃん達がここに?」
シエスタは頭巾を外したキテレツ達に戸惑いながらも尋ねます。
つい先ほど真っ黒衣で透明になっている事実を聞かされることで、とりあえずは納得していました。
「俺達、みよちゃんを捜しにきたんだよ」
「ミヨちゃんを?」
キテレツ達が貴族の館に無断で侵入した理由を知ってシエスタはさらに驚きました。
「キテレツ君の発明で、みよちゃんがここにいるってことが分かったの。シエスタさん、みよちゃんがどこにいるか知らない?」
「シエスタちゃんみたいにお手伝いさんになって働いてるナリよね」
五月とコロ助が尋ねますが、シエスタは怪訝そうな顔をしていました。
「ミヨちゃんは、もう帰ったはずじゃ?」
「え? そ、そんな!」
「どういうことなの?」
シエスタの意外な返答にキテレツ達は驚愕しました。
「ミヨちゃんはモット伯がお屋敷から追い返したって言ってたの。わたしもこのお屋敷でミヨちゃんを全然見ていないわ」
「キテレツ。あの道具で本当にここにみよちゃんがいるって分かったんだろう?」
「う、うん……」
キテレツはマントの包みを広げて中から風の便りを取り出すと、それを再び耳に当ててみました。
『助けて……助けて、キテレツ君……』
「やっぱりみよちゃんはここにいるよ。間違いない」
今までよりはっきりと聞こえてくるみよ子の声にキテレツは、みよ子はこの屋敷のどこかにいることを再確認します。
「それじゃあ、何でシエスタの姉ちゃんがみよちゃんを知らないって言うんだよ」
「僕に聞かれても……」
「シエスタさん。何か知らないかしら?」
「そう言われても……わたしには……」
シエスタは本当に何も知らないようで困惑するばかりでした。
しかし、使用人として一緒に働いている訳ではないというなら一体、みよ子はどこにいるのでしょう。
「やっぱり、メイドさんが言っていた通りナリ。このお屋敷にやってきた女の子はいなくなってしまうナリよ……」
「そのお話はわたしも聞いたことがあるわ。でも、まさかミヨちゃんが……」
青ざめるコロ助にシエスタも顔を曇らせました。
モット伯の屋敷に召し入った娘は何処かへと消えてしまうという噂は一部で有名でしたが、まさかそれでみよ子が消えてしまうなんて思ってもみなかったのです。
もしかしたら自分が消えていたのかもしれないと思うと、自分の代わりに消えてしまったみよ子に申し訳が立ちませんでした。
「こうなったら、屋敷中をくまなく捜すしかないな」
「もしかしたらどこかに閉じ込められているのかもしれないしな。絶対に見つけてやるぜ!」
張り切るキテレツ達の姿を見て、シエスタは本当に不思議な気持ちになっていました。
友達を助けるために貴族の館にまで堂々と忍び込む勇気なんて、自分達のような平民には持ち得ません。
それなのにキテレツ達はこんなにも勇気を出して行動できるのが不思議で仕方がありませんでした。
「サツキちゃん、キテレツ君達も……気をつけてね」
そんなキテレツ達にシエスタがしてあげられるのは、こうして無事を祈る言葉をかけてあげることだけです。
「あの白菜のオッサンの化けの皮を絶対に剥がしてやるぜ!」
「白菜って、伯爵のこと? ふふっ……」
そして、ブタゴリラの言い間違えに思わず笑ってしまいました。