コロ助「メイドのシエスタちゃんが辞めてしまったナリ」
キテレツ「モットっていう貴族の人に気に入られてそっちで働くことになったんだよ」
コロ助「でも他のメイドさんやコックさんは何で嫌な顔をするナリか?」
キテレツ「それがそのモットっていう人はあまり良い噂を聞かないんだって。若い女の子をメイドとして連れ込むんだけど、誰も帰ってこないんだよ」
コロ助「わあっ! みよちゃんまで連れて行かれちゃったナリか!? 大変ナリ!」
キテレツ「次回、少女達の危機! レンコン、モット伯の人形館」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
昨日のギーシュとの決闘騒ぎは、魔法学院中にキテレツ達の様々な印象を与えることになりました。
奉公している平民達にはキテレツ達、特に五月は貴族にも果敢に立ち向かい互角に渡り合える勇者です。
「あのサツキって平民、中々やるよな」
「ギーシュのゴーレムを倒すなんてな!」
「あんなに飛んだり跳ねたりするなんて。まるでイーヴァルディの勇者みたい」
「ふん! だが決闘に勝った訳じゃない」
「あんな平民の娘なんかが貴族に勝てるはずないんだ」
「この僕だったら一瞬でケリをつけてみせるさ」
生徒達はギーシュのゴーレムを倒した五月を平民ながらに賞賛したり、逆にそれを認めずに反感を抱いているのとで分かれました。
前者は下級生に多く、後者は上級生が多いです。二年生は半々といった所でした。
「あのマジックアイテムは一体何なのだ?」
「何故、平民があんなものを持っているというのだ?」
「あの眼鏡の平民は他にもマジックアイテムを持っているそうだ……」
教師達は五月よりも、コロ助が使った動物変身小槌に驚き、興味を抱いています。
というより、キテレツが様々な発明品……マジックアイテムを持っているというのは周知の事実で少し警戒されていました。
「キテレツの奴、どこに行ったんだ?」
「さあ……」
晴々とした空の下、学院の正門広場でブタゴリラも五月も首を傾げます。
キテレツは昼食が済むと、どこかへ消えてしまったのです。コルベールの研究室にもいませんでした。
「五月ちゃんに渡すものがあるって昨日は言っていたけど、結局まだ用意してないのよ。キテレツ君」
「朝の時もどこかにいなくなったんでしょ? ちょっと不安だよ……」
「キテレツのことだから大丈夫ナリ!」
トンガリの呟きにコロ助は反発しました。
キテレツの発明品を信頼しているコロ助は発明品を馬鹿する者――それは即ち、尊敬する奇天烈斎を馬鹿にしているのと同じなので許せないのです。
「何やってるのよ、あんた達」
「あ、ルイズちゃん」
そこへ昼休みの真っ最中のルイズがやってきました。
ルイズはキテレツ達がトラブルを起こさないように、手が空いている時は自分で見張っておくことにしたのです。
「キテレツ君を捜してるんだけれど……ルイズちゃんは見なかった?」
「知らないわよ、あたしは見てないわ。……またトラブルを起こされるのはごめんだからね」
「うん。気をつけるわ」
五月は溜め息をつくルイズに苦笑を浮かべながら答えます。
「特に! あんたが一番問題児みたいだからね!」
「げげ……!」
キッとルイズはブタゴリラを睨みつけました。
本来ならば五月よりも前にブタゴリラが最初にトラブルを起こしたのですから、ルイズが一番警戒するのも当然です。
「ブタゴリラはいつもトラブルメーカーだったナリからね」
「本当にこっちも気が重くなるくらいなんだ……」
「なんだと! お前ら!」
「痛い、痛い!」
「痛いナリ~!」
「やめなさいよ、ブタゴリラ君!」
愚痴を漏らすコロ助とトンガリをブタゴリラがチョンマゲと首根っこを掴みます。
そこをみよ子が取り成すことで離すのでした。
「あ……あれじゃないの? あんた達が捜してるのって」
その光景を目にして呆れるルイズが視線を外すと、正門から駆けてくるものを目にして呟きました。
「あ! キテレツ君!」
ルイズの指摘に五月達がそちらへ振り向けば、紛れも無くそこにはキテレツの姿があったのです。
その手には細長い棒のようなものを持って五月達の元へ走ってきます。
「キテレツ君、何か持ってるわね」
「何かしら?」
「何よ。あんた達、あいつのマジックアイテムなのに知らない訳?」
溜め息をつくルイズは、またキテレツの持っているマジックアイテムの一つなのだと当たりをつけています。
空飛ぶ雲に大きさを変える杖、動物に変えてしまうハンマーなど、どれも見たことがない効果を持つキテレツの発明品に、実はルイズもそれなりに興味はあるのです。
「お待たせ~! やっと充電が終わったよ!」
「どこへ行ってたの、キテレツ君。それにその刀みたいなのは……」
「ごめんごめん、これのバッテリーの充電に時間が掛かっちゃって!」
そう言ってキテレツは手にする物を見せ付けます。
それは円筒状の柄を持った90センチほどの刀のようなものです。ただしその白く細長い刀身は刃ではなく蛍光灯のような棒でした。まるで誘導棒みたいです。
「何なの、それ?」
「オモチャの刀?」
「ワガハイには自分のがあるからいらないナリ」
「あ! それって確か……」
「いつだったか使った光る刀だよな!」
五月とみよ子は首を傾げますが、トンガリとブタゴリラはその刀のようなものに覚えがありました。
「うん。電磁刀さ」
それは以前、航時機で中世ヨーロッパへ行った際に役立てたことがあった刀で、もちろんキテレツの発明品です。
「何なのよ。その剣もマジックアイテムだって言うの?」
「まあ、そんな所だね。この刀は磁場の力で向かってくる攻撃を避けたり、跳ね返したりできるんだよ」
「じ……じば……? 何よそれ……」
キテレツの説明を聞いても全く分からないルイズは顔を顰めてしまいます。
「これを五月ちゃんに渡しておくよ。五月ちゃんはお芝居でも刀を使ってたし、きっと使いこなせると思うんだ」
「わたしがこれを?」
キテレツから手渡された電磁刀を見つめ、五月は呆然とします。
「それは良いや! 五月ちゃんならピッタリだよ!」
「大丈夫か? 前みたいにすぐぶっ壊れるんじゃねえのかよ」
トンガリが目を輝かせますが、ブタゴリラは心配そうな顔をします。
「大丈夫だよ。あれはまだ実験用のものだったんだし、改良を重ねて材料も壊れにくいのを使ってるし、頑丈に作ってあるからさ」
「どうやって使うの?」
「うん。その柄のスイッチを押してみて」
五月は言われた通りにスイッチを押してみます。
「きゃっ!」
その途端に電磁刀の刀身は光を放ちだしました。五月は思わず驚いてしまいます。
「うわあ……」
「光ってるわ……」
五月とルイズは光り輝く電磁刀に溜め息をつきました。
「もしもまた何かあった時はそれを使ってね。あ、それとその電磁刀のバッテリーは太陽の光で動くようにしてるから」
「それじゃあお日さまが出てないと使えないナリか?」
「また充電する時はね。朝からずっと外に置いておいて、バッテリーを溜めておいたんだよ」
そのためにキテレツは朝早くに起きて電磁刀を太陽光がよく当たる場所に放置しておいたのです。
昨晩、コルベールから日当たりの良い場所を聞いていたのでした。
「ただの棒がこんなに光るなんて……一体、何でできてるの……」
発光し続ける電磁刀の刀身に目を奪われるルイズは、恐る恐る手を触れようとします。
「あ! 触っちゃ駄目だよ!」
ルイズが電磁刀の刀身に触ろうとするのを見たキテレツが慌てて止めようとしますが……。
「え? ……ぎいいいいぃぃぃっ!!」
刀身に指で触れた途端、ルイズの全身を強烈な衝撃が走ったのです。
悲鳴を上げるルイズはそのまま目を回して倒れてしまいました。
「ルイズちゃん!」
「しっかりするナリ!」
「だから言ったのに……電磁刀は電気ショックで攻撃するようになってるんだよ」
電気ショックで気絶してしまったルイズにキテレツは頭を抱えます。
「調整すれば熊とかも倒せるんだから……光ってる時は触っちゃ駄目なんだよ……」
「熊も……」
電磁刀の威力に五月はもちろん、ブタゴリラ達も驚きます。
これは実に頼もしい武器と言えますが、一歩間違えればとんでもないことになりかねません。
「とにかく、ルイズちゃんを運びましょう」
「ったく、しょうがねえなぁ……」
電磁刀のスイッチを切った五月がルイズの体を起こすと、ブタゴリラが背負いだします。
キテレツ達は気を失ったルイズを医務室がある水の塔へと運んでいきました。
◆
「もう! 何てことしてくれたのよ! おかげで午後の授業全部休んじゃったじゃない!」
夕食前に目を覚ましたルイズはキテレツと五月を見つけるなり、叱りつけていました。
不用意に電磁刀に触れてしまったルイズの自業自得なので、八つ当たりにも近い癇癪を上げます。
「ごめん……」
ヴェストリ広場で五月と一緒に叱られるキテレツは思わず頭を下げます。
「サツキも、あんな危ないマジックアイテムは無闇に使わないでちょうだいね!」
「うん。そうするわ」
現在、電磁刀は五月のズボンに剣首部分のキーホルダーで柄だけになって繋がっています。
電磁刀の刀身は持ち運びがしやすいように改良されて伸縮するようになっているのです。
「分かったならそれで良いわ。今後はトラブルを起こさないように注意しなさい」
まだ不機嫌さが収まらない様子のルイズは仏頂面のまま後にします。
ルイズから解放された二人はそのまま厨房へと向かっていきました。
「あいつが自分から触ったのがいけないんじゃねえか……」
厨房の入り口で眺めていたブタゴリラが呟きます。
「僕もしっかり説明しなかったのがいけなかったんだよ」
配慮が足りなかったと申し訳なさそうにキテレツは頭を掻きます。
「キテレツ君。これは大事に使わせてもらうからね」
「うん。できれば使うことがなければ良いんだけど」
また貴族の魔法使いとケンカになるようなことはもう避けたいと思っていました。
あくまでもこの電磁刀も護身のために使うべきなのです。
「キテレツ。その電磁刀は、もっと無いのか?」
「うん。一番新しいタイプのこれしか持ってきてないんだ。これを作るまでの間のいくつか試作品を作ったんだけど全部元の世界にあるんだよ」
「何だよ。いっそ全部持ってくりゃ良かったのによ」
ブタゴリラは悔しそうにします。五月だけが武器を持つことになって自分は何もないのではつまらないのです。
「でもあれは普通の電池を使う奴だからね。そんなに長くは使えないんだよ」
「ごめんね、熊田君」
「ちぇっ」
キテレツ達は厨房に入ると、六人仲良く夕食の賄いを食べ始めます。
「はい。どうぞ」
「ややっ! こ、これは!?」
コロ助はシエスタがテーブルに置いた皿の上に乗っていた物に驚き、目を輝かせました。
「コロッケじゃないの? これ」
みよ子は皿の上に乗っている、そのサクサクの揚げ物に目を丸くします。
紛れも無く、六人の前には山盛りのコロッケが出てきたのでした。それは日本の食卓でよく出てくる食べ物です。
「コロッケナリ~! わーい! コロッケが食べられるなんて感激ナリ~!」
コロッケが大好きなコロ助は自分の好物が出てきたことに大喜びしていました。
「ここにもコロッケがあんのか」
「意外だね……」
「これはわたしの村の郷土料理の一つなのよ。今日はみんなにこれをご馳走したいと思って、無理を行って厨房に立たせてもらったの」
呆然とするブタゴリラとトンガリにシエスタは言います。
「ワガハイ、コロッケは大好物ナリよ! シエスタちゃん、ありがとうナリ~!」
「ふふっ、コロちゃんはそんなにコロッケが好きなのね。わたしも作った甲斐があるわ」
コロ助の喜びようにシエスタも思わず嬉しそうに笑いました。
「さあ、サツキちゃん達もどうぞ。遠慮なく食べて」
「いただきますナリ~!」
シエスタの作ったコロッケはほとんどコロ助だけが食べていってしまいます。
異世界にやってきて、家に帰るまでコロッケを食べられないと嘆いていたのですから、その嬉しさはとてつもないものがありました。
「美味しいナリ~! ママのコロッケの味ナリ~!」
「コロ助、少しは遠慮ってものをしなよ」
「良いのよ。そんな風に喜んで食べてもらえるなんて嬉しいもの」
コロッケを一つ口にして呆れるトンガリですが、シエスタはむしろコロ助の食べっぷりが気に入っているようでした。
「でも突然コロッケなんてどうして?」
「わたしね……サツキちゃん達と一緒にいたり、こうしてお話をしていたりすると……何だかとても親近感が湧いてたのよ」
五月が尋ねるとシエスタはキテレツ達の顔を見回しています。
「サツキちゃん達の故郷は、ここからずっと遠いんでしょう?」
「ええ……まあ、そんな所です」
異世界から来たとも言えないのでキテレツはそう答えます。
「何だか不思議な感じ……みんなとは生まれ育ちは全然違うはずなのに、まるで同じ所で過ごしていたように感じられるわ」
「言われてみれば、何だかそんな感じがするよな。シエスタの姉ちゃんは話しやすいっていうか……」
「きっと、髪の色のせいじゃないかしら」
「そうかもしれないわね。わたしの髪の色は、ここじゃとても珍しいから」
ブタゴリラの言葉にみよ子がそう答えます。シエスタもそれに同意しました。
シエスタの黒い髪の色は日本人と似たような印象があるのです。
「でも、みんなはわたし達とは違うわ。サツキちゃんもカオル君も、コロちゃんも……とても勇気がある」
「へ?」
コロ助が一人美味しくコロッケを食べている中、ブタゴリラと五月は呆然とします。
「どんなことがあってもめげないで、友達と一緒に助け合って貴族にも立ち向かえる子供達……。みんなを見ていると、勇気が湧いてくるの。わたしもこれからもっとがんばれるって思えるようになるわ」
「シエスタさん……」
いきなりのシエスタの称賛にキテレツ達は戸惑います。
「そんなサツキちゃん達に是非、わたしの手料理を食べてもらいたかったのよ」
「こんなに美味しいコロッケなら、ワガハイ毎日食べたいくらいナリよ!」
嬉しそうに答えながらコロ助はコロッケをほお張ります。
シエスタは笑顔を絶やさずにキテレツ達を見つめていました。
「シエスタ。これ、先生のテーブルの方へ持って行くから手伝って~」
「はーい! すぐに行くわ! ……それじゃあね」
同僚のメイドに呼ばれて、シエスタはキテレツ達の前から去って行きます。
「どうしたのかしら、シエスタさん」
「何だか様子が変ね」
五月もみよ子も、シエスタの雰囲気がいつもとは違うことに気が付いていました。
◆
「やだ……早く起きすぎちゃったわね……」
翌日の早朝、みよ子は何故かとても早く起きてしまいました。
キテレツ達はまだ眠っていて、ぐっすりしています。ルイズの従者として働く五月も朝は早いのですが、まだ起きません。
「キテレツ君、ずっとがんばってたのね」
キテレツだけは壁に寄りかかったまま眠っていました。その前には冥府刀の残骸が広げられています。
何とか修理ができないか色々と考えていたのでしょう。
「がんばってね……。キテレツ君」
みよ子はキテレツにそっと声をかけると、せっかくなので朝の空気でも吸いに外へ出ることにします。
「はぁ……良い朝だわ」
その場で軽く伸びをするみよ子は庭を散策でもしようと思い、歩き始めました。
「あら? シエスタさん?」
「ミヨちゃん」
朝日の光が入り込む正門の所へやってくると、そこにはシエスタの姿がありました。
しかし、いつものメイドの姿ではなく私服の姿で、しかも大きな鞄を手にしています。
見れば一台の馬車まで停まっていました。どうやらその馬車に乗ろうとしていたようです。
「どうしたの? こんなに朝早く……」
「ちょっと散歩をしようかなって思って。でもシエスタさんもどうしたの? そんな荷物を持って……」
驚くみよ子にシエスタは溜め息をつきながら弱々しく笑みを浮かべます。
「わたしね、この学院で働くのを辞めることになったの」
「辞める? どうして?」
突然のことにみよ子はさらに驚きました。
「モット伯爵っていう、偉い貴族様のお屋敷でご奉公することになったの。だから、ミヨちゃん達とはお別れね」
「でも、急にそんなことになるなんて……」
昨晩の夕食の時にシエスタの雰囲気がおかしかった意味が今、分かりました。
シエスタはみよ子達にさよならは言いたくなかったのでしょう。
「仕方がないの。伯爵がわたしを名指しでお呼びしたんだから……」
「シエスタさん、その貴族の人の所で働くのが嫌なんじゃないの?」
みよ子に問われてシエスタは困った顔をします。
「そんなことはないわ。平民が貴族にご奉仕をすることは名誉なことなのよ。モット伯は王宮勤めの貴族だし……」
「それじゃあどうしてそんな顔をするの? シエスタさんはその貴族の所で働くのは本当は嫌なんでしょう?」
みよ子はシエスタの態度を見て、すぐに分かりました。
どんな理由かは知りませんがシエスタはそのモットという貴族の奉公人になることを望んでいないのです。
「正直に言って、シエスタさん」
「……わたし達平民は嫌であっても、貴族には逆らえないの。だから仕方がないのよ……」
沈み込んだ様子で答えるシエスタにみよ子は思わず我慢ができなくなります。
「シエスタさんが嫌なら嫌ってはっきり言えば良いじゃない。その伯爵にちゃんと、自分の考えをはっきり言わないと。言いなりになるだけじゃ、相手の思い通りだわ!」
「でも、貴族様を怒らせる訳にはいかないのよ。逆らえばとんでもないことになってしまうわ」
「おい、早く乗ってくれ。早くしないと伯爵に私が怒られてしまう」
みよ子とシエスタが話を続けていると、馬車を操る御者から声がかかります。
「はい。今行きます。……ミヨちゃん、サツキちゃん達によろしくね」
シエスタは切ない笑みを浮かべると馬車に乗り込んでいきます。
このままみよ子が見過ごせばシエスタは行きたくもない貴族の所へ行ってしまうのです。
「待って! あたしも一緒に行くわ。一緒にその伯爵に話をして、断りましょう!」
「ミ、ミヨちゃん!」
馬車に乗り込んできたみよ子にシエスタは慌てました。
みよ子は基本的に心優しく良識的な女の子ですが、同時にすぐにおせっかいを焼きたがるほどに気が強く行動力も高いのです。
そのため、キテレツ達が何かトラブルに遭ったりや冒険に出ようとすると仲間外れは嫌と言わないばかりにしゃしゃり出ていたのでした。
結局、強制的に乗り込んできたみよ子とシエスタの二人を乗せて馬車は出発してしまいました。
◆
モット伯爵の屋敷は魔法学院からそう遠くない場所に建っていました。歩きなら一時間ほどかかります。
敷地は広く、門から屋敷までは結構な距離があり、槍を持つ兵や番犬のガーゴイルが警備をしていました。
「伯爵はお部屋でお待ちでございます。どうぞ、こちらへ」
シエスタとみよ子が馬車を降りて屋敷へ入ると、屋敷の使用人が二人を奥へと招きます。
「ミヨちゃん……伯爵が駄目だって言ったら、素直に帰るのよ。怒らせるなんてことがあったらタダじゃ済まないわ」
「そんなに弱気じゃ駄目よ。わたしも一緒に断るから、シエスタさんもしっかり断ってね」
廊下を歩く二人はひそひそと小声で話し合います。
魔法を使う貴族の恐ろしさがよく分かるシエスタですが、みよ子は相手が海賊や山賊であっても強気な態度は変えません。
やがて、二人は使用人に屋敷の応接間へと連れて来られました。
「おお。待っていたぞ。シエスタとやら」
そこで待っていたのは、派手な服装をした中年の貴族でした。カールな細い髭が特徴的な紳士然とした風貌です。
シエスタは頭を下げて挨拶をすると部屋に入り、みよ子も続きました。
「私がこの屋敷の主の、ジュール・ド・モットだ。まあ、まずは座りたまえ」
「失礼します」
ソファに座るモット伯に促されてシエスタは向かい合う形となる椅子に座ります。
「はて……? 一緒にいる娘は何だ? 私が買い入れたのはシエスタだけのはずだったが……」
モット伯はみよ子を目にして怪訝そうにします。
「わたしはシエスタさんの友達のみよ子です」
「何だ。魔法学院の友人かね? シエスタと一緒に我がモット家で働きたいと言うのかな?」
気丈な態度で答えるみよ子にモット伯は溜め息をつきました。
しかし、同時にみよ子を眺めて少しだけニヤついています。それはシエスタに向けていたものと同じでした。
「いいえ。違います。シエスタさんを魔法学院へ帰してあげて欲しいんです」
「何だと?」
「ミ、ミヨちゃん……!」
みよ子の単刀直入な言葉にモットもシエスタも驚きます。
「馬鹿を申すな。シエスタは私が正式に魔法学院から買い入れたのだぞ。今さら、帰すことなどできん」
「シエスタさんはここで働くのは嫌だって言ってるんです。それでも無理矢理、働かせる気なんですか?」
みよ子の言葉を一蹴にするモットですが、みよ子も持ち前の気の強さで食いつきます。
「何? シエスタよ。お前は我がモット家に仕えることに、何か不服があるのかね?」
「い、いえ……わたしは……」
モット伯に睨まれてシエスタは何も言い返せません。
貴族に逆らえば何をされるか分かっている以上、どんなに嫌なことでも頷かなければならないのです。
しかし、それを見て許せないのがみよ子でした。
「シエスタさん! はっきり言って! この屋敷で働きたくなんかないって! 本当は魔法学院で働いていたいんでしょ!?」
「黙っていろ! 小娘! シエスタは既にこのモット家の正式な使用人なのだ! 使用人をどうするかは主の自由なのだ!」
モット伯はしゃしゃり出てくるみよ子を睨みつけて叫びます。
「シエスタよ! 王宮の官吏であるこの私に仕えることに何が不満なのだ! 言ってみろ!」
「シエスタさん! ちゃんと自分の考えを言わないと、この人の言いなりになるだけよ!」
「子供が出しゃばるなと言っているんだ! 引っ込んでいろ!」
「……お止めください! わたしは伯爵にお仕えすることに何もご不満はありません!」
いたたまれなくなってしまったシエスタは大声でそう叫びました。
「どうか、この者の無礼をお許しください! まだ子供なのです!」
「シエスタさん……」
シエスタは深く頭を下げてモット伯に謝罪します。みよ子はそんなシエスタの姿を見て苦い顔をします。
これ以上逆らえばとんでもないことになるとシエスタは分かっていました。だからこうするしかなかったのです。
「ふん……最初からそう言えば良いのだ。もう良い、部屋へ案内させるからそこでこの屋敷の服に着替えるのだ。良いな?」
「はい……」
モット伯に促されてシエスタは沈み込んだ様子で部屋から出て行きました。
みよ子はその姿を残念そうに見届けることしかできません。
「君も屋敷からすぐに出て行くのだな。さあ! 帰った、帰った!」
モット伯も手を振ってみよ子に退室を命じます。
みよ子は不満そうな顔でちらりと一瞬、モット伯を見やりましたがこれ以上ここにいても何もできないため、出て行くことにしました。
しかし、出て行こうとするみよ子の姿をじっと追っていたモットは、突然ニヤリと笑い出します。
「……待ちたまえ。ミヨコと言ったな?」
「……何ですか」
ノブに手をかけようとして呼び止められたみよ子はモット伯を振り向きます。
モット伯は先ほどのように好色そうなニヤけた顔でみよ子を見つめていました。
「私は今、ちょっとした趣味に凝っていてね。それに君が手伝ってくれれば、先ほどの願いを考えないでもない。どうかな?」
「趣味って……何をするの」
貴族の趣味とやらが分からないのでみよ子は怪訝そうにします。
「何、そんなに難しいことではない。子供でも簡単にできることだ……ちょっと剥製作りを手伝ってくれればいい」
自分の髭をいじくるモット伯はしたり顔で笑います。
みよ子はそんなモット伯を見つめて眉を顰めますが、仕事を手伝ってシエスタが帰されるのであれば文句はありません。
動物の剥製作りとなれば、確かに変な趣味でもないので問題もないはずです。
「……分かったわ。手伝います」
みよ子の返答に満足した様子のモット伯は鈴を鳴らすと、部屋には使用人が入ってきます。
「例の物を用意しろ」
「はい。かしこまりました」
使用人は一礼をするとすぐに部屋を後にします。
モット伯はみよ子へ向き直ると、さらにニヤついた顔をしていました。
「では、付いてきたまえ」
そして、モット伯はみよ子を連れて屋敷の奥へと連れていきます。
みよ子達の後ろには小さな剣を持ったアルヴィーの魔法人形が何体か付いてきていました。